著者
森 理恵
出版者
美学会
雑誌
美學 (ISSN:05200962)
巻号頁・発行日
vol.56, no.4, pp.41-54, 2006-03-31
被引用文献数
1

This article analyzes garments worn by young males depicted in Ihara Saikaku's 1687 publication entitled Great Mirror of Male Love, or Nanshoku Okagami. Saikaku describes garments with long fluttering sleeves, known as furisode, that were worn by young males, such as those who worked as pages in the service of military lords (kosho). Their garments, portrayed as gorgeous (hanayako) and elegant (furyu), represented the cutting edge of fashionable dress of the period. The furisode worn by young males employed in theaters mimicked those worn by young pages; however, their complicated patterns are thought to be specific to actors' garments. Furisode worn by young male actors differed little from that of young women. This study reveals that the wearing of furisode depended not on gender, but rather according to age or social status. On the other hand, the effect of interactions among social classes is apparent. Men described in The Great Mirror of Male Love followed established social norms but through interactions across class boundaries, created their own distinctive mode of beautiful clothing.
著者
森 理恵 RIE MORI
出版者
京都府立大学学術報告委員会
雑誌
京都府立大学学術報告 人間環境学・農学 (ISSN:13433954)
巻号頁・発行日
no.56, pp.51-65, 2004-12

台湾植民地征服戦争に1895年から1903年まで参加した憲兵の日誌を紹介する。内容は主に,台湾での自分の任務についてであり、なかでも抗日車との戦闘の様子をくわしく記している。著者の高柳彌平は,憲兵上等兵として台湾に出征し,軍需品輸送警備,抗日車との交戦のほか,現地で台湾語を学んで通訳となり,台湾人の密偵を使って情報収集などをした。勤務地は主に台南であった。現地の環境を考慮せずに持ち込んだ日本車の衣食住の様式は,兵士を苦労させただけでなく,徴用や略奪といった形で現地の住民に被害を及ぼすことになった。著者の台湾人住民に対する行動は,「良民撫育」と「土匪討伐」に二極化しているが,いずれにせよ,相手の人格の無視ないし軽視である。この二つの任務に明け暮れた著者の生活は,その後長く日本に根付く,台湾の人々に対する蔑視を形作る要素となったと考えられる。
著者
森 理恵 櫻井 あゆみ
出版者
一般社団法人 日本家政学会
雑誌
日本家政学会誌 (ISSN:09135227)
巻号頁・発行日
vol.63, no.5, pp.225-236, 2012-05-15 (Released:2013-10-09)
参考文献数
18

Based on an examination of books on hand-knitting published during the first half of the twentieth century, the authors observed three major trends.First, the repertoire of items that Japanese people knitted by hand, such as accessories and innerwear, gradually expanded to include various types of garments. Moreover, in the 1920s, there was an increase in the types of tools and in the variety of imported and domestic yarns used for knitting.Secondly, the authors determined that there were two periods when hand-knitting flourished: the first phase dates from the latter half of the 1880s to the early 1900s, and the second phase dates from the 1920s to the early 1930s.Third, the discourse on hand-knitting shifted over time. From the 1900s, hand-knitting was appreciated from a practical and economical viewpoint, and then from the 1910s to 1920s it was also regarded from an aesthetic and technical point of view. After the 1920s movement to ‘make good use of leisure time’ and ‘create an artistic home,’ hand-knitting came to be seen as one of the duties women should engage in.Throughout the mid-twentieth century, connections between hand-knitting and femininity were strengthened by this discourse.
著者
横林 結 森 理恵 YUI YOKOBAYASHI RIE MORI
出版者
京都府立大学学術報告委員会
雑誌
京都府立大学学術報告 生命環境学 (ISSN:18826946)
巻号頁・発行日
no.61, pp.9-17, 2009-12-25

アジア太平洋戦争敗戦後の1950年前後の日本において, 洋裁・洋装の普及過程で注目された「直線裁ち」は, 洋服地と洋裁技術のないままに, 「和服」地と和裁の技術をもって洋服を身につける, という困難な課題に対する解決策であった。またそこに西洋の洋服とは違う, 「日本人に合った洋服」が求められることにもなった。本研究では, この時期に, 多くの服飾関係者や一般の人々が, 「日本人にとって洋服とは」という疑問につきあたり, 「和服」と洋服との折衷とも言える「直線裁ち」に活路を見出そうとしていたということ, また, 洋服に「和服」の手法を取り入れるという方向と, 「和服」に洋服の手法を取り入れるという方向との双方向があったことを明らかにした。加えて, 和服がほぼ儀礼服と化した現在と異なり, 1950年前後の時期は, 「日本人にふさわしい衣服」についての議論が活発であり, 「和服」と洋服のあり方や両者の関係についてもとらえ方が流動的であることを明らかにした。
著者
東 朋美 森 理恵
出版者
京都府立大学
雑誌
京都府立大学学術報告. 生命環境学 (ISSN:18826946)
巻号頁・発行日
vol.60, pp.1-17, 2008-12-25

日常的着物着用者が「なぜ着物を着るのか」ということを調査した結果,それぞれの着用者は,現代の着物の問題点を次のように克服していることを明らかになった。価格と販売方法については呉服店と親しくなることや古着店や骨董市,ネットオークションを利用すること。着付けや手入れのむずかしさについては,同じく呉服店と親しくなることや,近所に洗い張りの専門家を見つけること,着付けや手入れの技術を習得した母や祖母の身近にいること,和裁などを習得して自分で技術を身につけることである。とくに古着を着用する場合には,いつでも利用できるメンテナンスの方法を確保することが必須となる。着物のルールについては,わずらわしいと感じるより,着物特有のしきたりを身につけることで自分を高めようとする意識が見られた。友人のネットワークが日常的な着物の着用と関係していること,着物の「伝統文化価値」が着用者にとって着物の魅力となっていることも明らかになった。
著者
町田 玲子 三橋 俊雄 奥村 萬亀子 大谷 貴美子 森 理恵 南出 隆久
出版者
京都府立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2000

本研究は「しまつ」などの京都らしい暮らし方について、衣食住の各側面から考察し、その伝承のされ方、次世代への生かし方について明らかにすることを目的とする。衣分野:京の暮らしぶりの特性に「しまつ」がある。衣生活については一方で「京の着だおれ」と評される特性がある。京の女たちはこの両側面をうまく成り立たせる工夫や心がけを持っている。また、この両側面にかかわる商人としての悉皆屋がある。彼らはきものの管理・再生から流行のきもの作りまでを手がける。そして、京の人々の暮らしと深くかかわり、「しまつ」な暮らし方と流行のゆくへを伝授する。京の「しまつ」な暮らしは生活者の行動意志と同時にそれを支える産業組織から成り立っていたのである。食分野:都として栄えた京の郷土料理とも言える京料理と町衆のおかずであるおばんざいに光をあて、「しまつ」に関する知恵を探った。京料理には、材料を生かす精進の精神(無駄をしない、持ち味を生かす)が、薄味や旬の素材の利用に生かされ、おばんざいには、粗末なおかずをも、様々な意味づけをして生活を楽しむ知恵や、また乾物等の調理方法に栄養素を無駄なく利用する知恵などが認められた。住分野:京都市上京区・中京区・下京区の居住者に、住生活を維持するための昔の知恵について調査をした。その結果、昔は大掃除や日々の掃除を家族で行なっていたので、子どもへも自然に掃除の知恵が伝承されていたこと、住に関するしまつ意識は高齢者同居世帯において高いこと、近隣づきあいは相手の領域に安易に踏み込まない暗黙の了解があり、高齢者層ほどその認識度が高い傾向がみられること、などが明らかになった。
著者
清水 裕子 森 理恵
出版者
京都府立大学
雑誌
京都府立大学学術報告. 人間環境学・農学 (ISSN:13433954)
巻号頁・発行日
vol.58, pp.29-39, 2006-12-25

本研究は,ファッションブランド,メゾン・マルタン・マルジェラについて,ブランド自身はどう考えているのか,雑誌などではどう取り扱われているのか,そして,実際の着用者はどのように見て,着ているのか,この三者の関係性を見ていくものである。調査の結果,メゾンとメディアと着用者の関係については次のことが明らかになった。メゾンは様々なことに挑戦していこうとしており,そこに意味付けをしているのはメディアである。しかし着用者はメディアが作るイメージよりも,服そのものの新しさに驚いたり,楽しんだりして着ているのである。
著者
東 朋美 森 理恵 TOMOMI AZUMA RIE MORI
雑誌
京都府立大学学術報告. 生命環境学 = The scientific reports of Kyoto Prefectural University. Life and environmental sciences (ISSN:18826946)
巻号頁・発行日
vol.60, pp.1-17, 2008-12-25

日常的着物着用者が「なぜ着物を着るのか」ということを調査した結果,それぞれの着用者は,現代の着物の問題点を次のように克服していることを明らかになった。価格と販売方法については呉服店と親しくなることや古着店や骨董市,ネットオークションを利用すること。着付けや手入れのむずかしさについては,同じく呉服店と親しくなることや,近所に洗い張りの専門家を見つけること,着付けや手入れの技術を習得した母や祖母の身近にいること,和裁などを習得して自分で技術を身につけることである。とくに古着を着用する場合には,いつでも利用できるメンテナンスの方法を確保することが必須となる。着物のルールについては,わずらわしいと感じるより,着物特有のしきたりを身につけることで自分を高めようとする意識が見られた。友人のネットワークが日常的な着物の着用と関係していること,着物の「伝統文化価値」が着用者にとって着物の魅力となっていることも明らかになった。
著者
森 理恵
出版者
一般社団法人 日本家政学会
雑誌
日本家政学会誌 (ISSN:09135227)
巻号頁・発行日
vol.66, no.5, pp.197-212, 2015 (Released:2015-05-14)
参考文献数
21

The purpose of this study was to clarify how the term kimono became popular as a way of referring to Japanese traditional clothing.   We collected articles from the Yomiuri and Asahi newspapers in which the term kimono in kanji, katakana, and hiragana were used by searching those words on their online databases, and analyzed them in order to find out the meaning of the word, as well as the sex and the nationality of the people who wore or possessed kimono in the articles.   We found the following: Firstly, kimono once referred to clothing in general or nagagi (long garment), regardless of which sex it was meant for. Secondly, kimono came to mean Japanese traditional clothing in the 1900s after the word “kimono” was established in Western languages. Thirdly, the word “kimono” tended to be used for women while wafuku and nihonfuku were gender-neutral words. In addition, it became increasingly common to write kimono in hiragana in the 1960s, during which time the main consumers of kimono were women, who preferred that it be written that way.
著者
森 理恵
出版者
社団法人日本家政学会
雑誌
日本家政学会誌 (ISSN:09135227)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.155-164, 2008-03-15

This paper aims to clarify advances in research concerning Japanese clothing between the Second World War and the post-war period of rapid economic growth. After Japan's defeat, the circumstances of the transitional period, from the time when there was a shortage of clothing until it became possible to freely obtain clothing, are not sufficiently clear. Through an analysis of articles from the monthly women's magazine "Fujin Asahi" around 1950, this paper clarifies how women remade clothes. At first, women were making western-style clothes by altering second-hand clothes and kimonos with skills and techniques that they had acquired from dress-making schools and books. After clothing regulations were abolished in 1950, new fabrics became available and the variety of clothing increased. Meanwhile, women were not merely imitating American and French fashion, as it has been said up until now. In particular, because much value was attached to work both in and outside the home, it has become clear that clothes specifically intended for work were designed, and the merits of Japanese clothing were taken into account.
著者
横川 公子 田口 理恵 角野 幸博 佐藤 浩司 笹原 亮二 森 理恵 井上 雅人 佐藤 健二
出版者
武庫川女子大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

国立民族学博物館所蔵の大村しげコレクションは、元の所有者が日々の暮らしの中で蓄積した生活財のほぼ全容をもって構成される。今までの調査によって、個々の生活財について詳細な情報が記録され、全体像を表すエクセルファイルと画像データのCDを発行すると同時に、調査の過程で発見された特徴的な傾向や、研究者の問題意識にしたがってモノから見えてきた見解等について、『国立民族学博物館研究報告書SERS68』(2007.3)を発刊した。その主たる内容は以下のように一覧できる。「大村しげの都心居住」「収納家具とその中身の配置について」「おばんざいの道具立て」「おばんざいの流布について」「おばんざいの思想について」「大村しげの衣類・履物について」「文筆家としての大村しげの思想について」等々である。さらにもうひとつの課題である、生活主体が抱いているモノをめぐる生活の価値については、関係者へのインタビューと著作を参照することによって再現し、これについても取りまとめて公刊する(横川公子編『大村しげ京都町家暮らし』河出書房新社、2007.6予定)。以下のような見通しを得ることができた。所有者の生活の経時的変化に対応する生活財のまとまり、および生活財の空間的な所在を再現することによって、所有者と時間的・空間的な生活財の位置との関わりや暮らしの思想を再現できた。さらに拝観チケット・食べ物屋のメニューやチラシなどの遺品から、所有者のお出かけ行動の内容と京都市内外における行動範囲や行動スタイルが判明し、都心居住者としての生活を再現することができた。同様に、主にインタビュー調査とフィールド調査によって晩年に居住したバリ島における行動や行動範囲・行動スタイルを再現した。物書きとしての用品として大量の原稿や校正刷り、原稿用紙、筆記用具、著書など、及び父親の家業であった仕出し屋の道具類や多様な贈答品の蓄積から、京都や祇園という地域の固有の暮らしを再現、等々。モノと著作による暮らしの内側からの発信は、観光都市・京都イメージとは異なる、都会暮らしの現実感覚があぶりだされてくる。
著者
西谷 美乃理 森 理恵
出版者
京都府立大学
雑誌
京都府立大学学術報告. 人間環境学・農学 (ISSN:13433954)
巻号頁・発行日
vol.57, pp.33-41, 2005-12-25
被引用文献数
1

陸軍被服本廠内の被服協会の機関誌『被服』と,上村六郎『戦時の本染』により,十五年戦争下における染色をめぐる状況を見た。その結果は次のようにまとめられる。植物染料による「本染」(草木染)の振興は,第一に,化学染料の輸入の途絶と国内染料工場の化学兵器工場への転用とによる染料不足,第二に,本土空襲による迷彩色を身につける必要性の高まり,というふたつの要因から企図された。ところが一方,「本染」は,先に民芸関係者により,化学染料にはない美をもつものとして評価しようという動きが開始されていた。これが「本染」振興の第三の要因である。その普及に当たっては,染料不足の解消と迷彩色の獲得という差し迫った目的よりも,これは日本古来の美なのである,という美的精神的側面が強調される。「本染」(草木染)は戦時下の国粋意識と結びつき,戦後にはこの第三の要因によって,支持されることとなった。
著者
森 理恵
出版者
The Japan Society of Home Economics
雑誌
日本家政学会誌 (ISSN:09135227)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.155-164, 2008

本報告では、第二次世界大戦期と戦後高度経済成長期にはさまれた時期の日本の衣生活について明らかにしようとするものである。敗戦後の衣服が欠乏した状態から、衣服が自由に手に入るようになるまでの過渡期の状態については、これまでじゅうぶんに明らかにされているとは言えない。そこで、1950年前後の、総合女性月刊誌「婦人朝日」の記事を分析することにより、当時の女性たちがどのようにして衣生活を再建していったかを明らかにした。女性たちはまず、洋裁学校や洋裁の本で洋裁技術を獲得し、古着や着物を更正して、洋服を作っていった。1950年以降は新しい生地が手に入るようになり、衣服の種類が増え、デザインの幅も広まった。一方、女性たちは、敗戦後の生活物資の不足による、家庭内や家庭外での多くの労働のなかで、和服生活から洋服生活へ移行しつつあったため、和服のよさを再認識しながら、独自に動きやすく働きやすいデザインを工夫していたことが明らかになった。
著者
森 理恵
出版者
The Japan Society of Home Economics
雑誌
日本家政学会誌 (ISSN:09135227)
巻号頁・発行日
vol.66, no.5, pp.197-212, 2015

The purpose of this study was to clarify how the term <i>kimono</i> became popular as a way of referring to Japanese traditional clothing. <br>  We collected articles from the <i>Yomiuri</i> and <i>Asahi newspapers</i> in which the term <i>kimono</i> in <i>kanji</i>, <i>katakana</i>, and <i>hiragana</i> were used by searching those words on their online databases, and analyzed them in order to find out the meaning of the word, as well as the sex and the nationality of the people who wore or possessed <i>kimono</i> in the articles. <br>  We found the following: Firstly, <i>kimono</i> once referred to clothing in general or <i>nagagi</i> (long garment), regardless of which sex it was meant for. Secondly, <i>kimono</i> came to mean Japanese traditional clothing in the 1900s after the word "kimono" was established in Western languages. Thirdly, the word "kimono" tended to be used for women while <i>wafuku</i> and <i>nihonfuku</i> were gender-neutral words. In addition, it became increasingly common to write <i>kimono</i> in hiragana in the 1960s, during which time the main consumers of <i>kimono</i> were women, who preferred that it be written that way.
著者
森 理恵
出版者
京都府立大学
雑誌
京都府立大学学術報告. 人間環境学・農学 (ISSN:13433954)
巻号頁・発行日
vol.58, pp.19-28, 2006-12-25

1889年の創刊以来現在まで日本美術史研究の権威とされる,美術誌『国華』において,その研究を支えた思想の変遷と戦争との関係を明らかにすることを目的とし,日露戦争期,第一次世界大戦期,日中戦争期・太平洋戦争期における,誌上の論説の分析をおこなった。その結果,『国華』の思想は,戦争と深くかかわり,戦争を賛美し,戦争の進展にともなってその思想を発展さ,常に日本帝国主義と歩調を合わせて展開してきたことが明らかになった。