著者
垰田 和史 中村 賢治 北原 照代 西山 勝夫
出版者
公益社団法人日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.47, no.6, pp.246-253, 2005-11-20
被引用文献数
1 4

新医師臨床研修制度導入以前の研修医の労働や生活の実態を検討する目的で, 国立大学附属病院に所属する102名の研修医について, 連続した4週間の生活時間調査を行った.調査対象とした2,722人日のうち76%の有効回答をえた.平日の平均睡眠時間は5.7時間, 土曜・祝日の平均睡眠時間は6.8時間だった.研修医の40%は睡眠時間が6時間未満で5時間未満の者が17%おり, 外科に所属する研修医の睡眠時間は特に短かった.研修医の睡眠不足は健康を脅かすだけでなく医療の安全性を低下させることから, 新医師臨床研修制度のもとで, 研修医の睡眠時間を含む生活が適切に保たれるよう, 追跡検証する必要がある.
著者
津田 敏秀 馬場園 明 茂見 潤 大津 忠弘 三野 善央
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.43, no.5, pp.161-173, 2001
参考文献数
63
被引用文献数
1 1

医学における因果関係の推論-意思決定-:津田敏秀ほか.岡山大学大学院医歯学総合研究科社会環境生命科学専攻長寿社会医学講座-産業医学においては, 予防施策を講じるにおいても補償問題においても, しばしば業務起因性が問題となる.また近年ではリスクアセスメントにおいても疫学の重要性が増し疫学的因果論を産業現場においても認識する必要が出てきた.我々は, 医学における因果律が確率的因果律として認識される事を明らかにしてきた.この因果律は, 科学のモデルの1つとして見なされてきた物理学においても同様に確率現象として認知されて来た.数学者・物理学者たちは, 因果推論において確率的思考が重要であることを, 不確定性原理が発見される以前に同様に主張してきた.それから, 病因割合, 曝露群寄与危険度割合, 原因確率, 等々で呼ばれる指標を説明した.原因確率(PC)は, ある特定の曝露によって引き起こされた疾病の個々の症例への条件付き確率を知るために用いられてきた.これは, 適当な相対危険度を決定するために曝露集団の経験を使って求められ, 曝露症例への補償のためにしばしば用いられてきた.最近の原因確率に関する議論も本論文の中で示した.次に, 人口集団からの因情報を個別個人の因果情報として適用可能であることを示した.日常生活においてさえ, 我々は因果を考える際に, 多くの人々によって試行された結果に基づいて因果を判断している.その上で, 我々は疫学研究から得られた結果を個人における曝露と疾病の関連に応用することに関して疑う懐疑主義を批判した.第三に, 我々は疫学の手短な歴史的視点を提供した.疫学はいくつかの期間を経て発展してきたが, 日本においては, 近年それぞれの疫学者が学んだ時代に依存して疫学者間で多くの互いに共約不可能な現象を観察することになった.第四に, 疫学的証拠に基づいた判断や政治的応用について, 柳本の分類に基づいて考察した.そして, 判断の理由付けのいくつかの例を呈示した.疫学の分野では因果関係による影響の大きさが確率として認知され, 意志決定にも極めて役に立つ.最後に, 疫学の未来におけるいくつかの課題について考察した.
著者
舟越 光彦 田村 昭彦 垰田 和史 辻村 裕次 西山 勝夫
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.45, no.6, pp.235-247, 2003 (Released:2004-09-10)
参考文献数
34
被引用文献数
9 8

タクシー運転手の腰痛の実態と腰痛に関わる労働要因を明らかにするために, 福岡市内某タクシー事業所の男性運転手を対象に1999年 (n=280名, 以下第1回調査) と2001年 (n=284名, 以下第2回調査) に腰痛と労働実態に関する質問紙調査を実施した. 調査は, 1) 第2回調査時における腰痛の有訴率と腰痛に関わる労働要因についての断面研究と, 2) 第1回調査で腰痛の既往がなく, かつ, 腰痛の訴えがなかった運転手で, 第2回調査時に「最近1年間の腰痛あり」と新規に回答した者を腰痛の罹患例とし, 腰痛の罹患率と腰痛罹患にかかわる第1回調査時点の労働要因について検討した縦断研究である. この結果, タクシー運転手の腰痛の有訴率は45.8%で, 腰痛多発が報告されている他の職業運転手と同様に高率であり, タクシー運転手にとって腰痛が重要な問題であることが示された. また, 2年間の腰痛の罹患率は25.9%と推定された. 断面研究と縦断研究の結果, 腰痛と有意な関連を認めた労働要因は, 「運転席座面 (以下, 座面) の適合性」, 「車両の延べ走行距離」, 「全身振動」, 「職務ストレス」および「タクシー運転手としての乗務経験年数」であった. さらに, 腰痛と「車両の延べ走行距離」の間には有意な量反応関係を認めた. 以上より, タクシー運転手の腰痛に「座面」の人間工学的問題と「全身振動」および「職務ストレス」が関与していることが示唆された. また, 「車両の延べ走行距離」が腰痛に関与しているとの報告例はなく, 「車両の延べ走行距離」が腰痛発症に関与する機序について今後の検討が必要であると考えられた. さらに, 「全身振動」の影響の評価のため, 実車両を対象とした曝露振動の実態把握が必要と考えられた.
著者
山下 未来 荒木田 美香子
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.48, no.6, pp.201-213, 2006 (Released:2006-12-15)
参考文献数
77
被引用文献数
20 22 3

Presenteeismの概念分析及び本邦における活用可能性:山下未来ほか.大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻―本研究の目的は,presenteeismという概念を明らかにし,定義を示すことによって,本邦の産業保健における活用可能性を検討することである.Rodgersの概念分析法を参考にシステマティックレビューを行った.“presenteeism”をキーワードにMEDLINE,PsycINFO,医学中央雑誌で検索を行い,文献を抽出した.概念の分析は,文献の中でpresenteeismがどのように使われているかについて,定義,先行要因,帰結を抽出し,検討を行った.1955年から2005年に報告された計44文献を分析対象とした.抽出された各定義からpresenteeismの4属性を明らかにし,「presenteeismとは,出勤している労働者の健康問題による労働遂行能力の低下であり,主観的に測定が可能なものである」と定義した.presenteeismの先行要因は職場要因と個人要因に分類され,健康問題を抱えた労働者の出勤するか否かの判断に影響を与えていた.presenteeismの帰結は,quality of life(QOL)及び健康状態の悪化,健康関連コストの増加,他の労働者への悪影響,労働災害の増加,製品やサービスの質の低下が挙げられ,presenteeismを生じている状態の改善は産業保健が取り組むべき課題であることが明らかとなった.したがって,presenteeismの本邦の産業保健における活用可能性は,1)presenteeismの測定とその要因を検討すること,2)適切な休業取得を阻害する要因を検討すること,3)産業保健計画および評価に活用することが挙げられた.本邦でpresenteeismを測定するためには,測定目的に適した欧米の質問紙の導入や新たな尺度の開発が必要である.presenteeismのアセスメントを保健活動へ反映させるためには,個人のpresenteeismの程度だけでなく,組織全体としても捉えること,また,労働者の健康問題と,職場要因や個人要因との相互作用を考慮に入れることが必要である.更に,presenteeismはその労働損失の程度を金銭単位へと換算することが可能であり,保健活動の必要性や根拠を示すエビデンスとなることが示唆された. (産衛誌2006; 48: 201-213)
著者
辻 洋志 臼田 寛 高橋 由香 河野 公一 玉置 淳子
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.63-71, 2016-03-20 (Released:2016-06-07)
参考文献数
40

目的:現在,日本では少子化に伴う労働力不足を補うために外国人を採用する企業が増加している.米国では移民労働者の労働衛生に関する研究が進んでいるが,日本においてはほとんど報告がない.本調査は,米国における移民労働者の労働衛生の現状と課題,および取り組みを明らかにすることを目的とする.方法:米国誌に掲載された移民労働者の労働衛生に関する先行研究論文をレビューし,米国での移民労働者に対する労働衛生の現状と課題,および取り組み事例の調査を行った.結果:米国では移民労働者の労働衛生は主に健康格差という側面で研究されていた.先行研究レビューにより,健康格差に影響を及ぼすもしくは可能性のある因子は7つに分類された.カッコ内は各因子に対するキーワードを示す.1.職業選択(有害業務,業務上負傷,休業,ブルーカラー,低出生体重児)2.教育(学歴,ヘルスリテラシー,衛生教育),3.文化(配慮,コミュニティー人材),4.環境(劣悪環境,地域差,環境変化)5.アクセス(言語,統計,労災補償,医療保険,受診自粛),6.感染症(結核,エイズ,フォローアップ),7.差別(人種,暴行,ハラスメント).また,共通した課題として移民労働者のデータ不足が指摘された.取り組みの事例調査では企業や地域団体が複数の因子に対して組み合わせて対応することが行われていることがわかった.考察:米国では移民労働者の労働衛生研究が多く行われている.しかし,調査対象である移民労働者のデータが不足していることが課題となっている.先行研究レビューの結果,多くの論文が健康格差を取り上げていた.健康格差に影響を及ぼすもしくは可能性のある因子は7つに分類する事ができ,各因子のキーワードに関連した取り組みが求められていると推察された.取り組みの事例調査では企業や地域団体が複数の因子に対して組み合わせて対応することが行われており,社内外の労働衛生従事者は,7つの因子すべてに着目した柔軟な対応が求められている.日本でも健康格差の原因となりうる因子に関するデータの蓄積および研究の推進と共に,企業や地域の取り組みが喫緊の課題である.
著者
道下 竜馬 太田 雅規 池田 正春 姜 英 大和 浩
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.11-20, 2016 (Released:2016-02-18)
参考文献数
30
被引用文献数
1 2

目的:近年,運動負荷試験中の過剰な収縮期血圧の上昇が将来の高血圧や心血管病の新規発症と関連することが多数報告されている.本研究では,勤労者の職場環境や労働形態,労働時間,睡眠時間,休日数と運動負荷試験中の収縮期血圧の反応との関係について横断的に検討した.対象と方法:某市の健康増進事業に参加した者のうち,安静時血圧が正常であった労働者362名(男性79名,女性283名,平均年齢49.1歳)を対象とした.自転車エルゴメータを使用して3分毎に10–30 wattsずつ漸増する最大下多段階漸増運動負荷試験を実施し,各負荷終了1分前に血圧を測定した.Framingham Studyの基準に準じ,運動負荷試験中の収縮期血圧の最大値が男性210 mmHg以上,女性190 mmHg以上を過剰血圧反応と定義した.また,自記式質問票を用いて,職場の有害環境や労働形態,労働時間,睡眠時間,休日数,通勤時,仕事中の身体活動時間,余暇時の運動時間について調査した.結果:362名中94名(26.0%)に運動負荷試験中の過剰な収縮期血圧の上昇が認められた.有害環境や労働時間,睡眠時間,休日数,通勤時の身体活動時間別による過剰血圧反応発生の調整オッズ比について検討したところ,過剰血圧反応発生と関連する要因は,労働時間が1日10時間以上,睡眠時間が1日6時間未満,休日数が週1日以下であった.労働時間,睡眠時間,休日数を3分割し,それぞれの組み合わせによる過剰血圧反応発生の調整オッズ比について検討したところ,労働時間が長く,睡眠時間,休日数が少ないほど,過剰血圧反応発生の調整オッズ比が有意に高かった.まとめ:本研究の結果より,労働時間が長く,睡眠時間や休日数が少ない勤労者は,将来の高血圧や心血管病発症,過労死防止のため,日常生活や職場,運動負荷時の血圧変動を把握することが重要であると考えられる.
著者
津野 香奈美 早原 聡子 木村 節子 岡田 康子
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.64, no.6, pp.367-379, 2022-11-20 (Released:2022-11-25)
参考文献数
22
被引用文献数
1

目的:ハラスメントの雇用管理上の措置が企業に義務付けられているが,企業に義務付けられている対策が実際にハラスメント防止に効果があるのかは検証されていない.そこで本研究では,ハラスメント指針の中でトップのメッセージ発信や研修実施等に着目し,従業員の対策認識度と企業ごとのハラスメント発生割合を比較した.対象と方法:日本国内の某グループ会社計68社(従業員数計約20,000名)を対象とした.ハラスメント対策は7項目,パワーハラスメント(パワハラ)は厚生労働省の6類型を参考に作成した11項目,セクシュアルハラスメント(セクハラ)は7項目,マタニティハラスメント・パタニティハラスメントは2項目,ケアハラスメントとジェンダーハラスメントは各1項目で測定した.組織風土はシビリティ(礼節),心理的安全性,役割の明確さ等の下位概念から成る10項目で測定し,ハラスメント防止対策実施後の従業員や職場の変化は7項目で測定した.ハラスメント防止対策の従業員認知割合並びに組織風土を高群・中群・低群の3群に分け,企業ごとのハラスメントの発生割合や職場の変化認識割合をKruskal-Wallis検定あるいはANOVAで比較した.結果:自社でハラスメント対策として実態把握等のアンケート調査,ポスター掲示や研修の実施,グループ全体の統括相談窓口の設置,コンプライアンス相談窓口の設置を実施していると7割以上の従業員が認識している企業では,認知度が低い企業と比べてパワハラ・セクハラの発生割合が低かった.一方,トップのメッセージ発信,就業規則などによるルール化,自社または中核会社の相談窓口の設置に関しては,従業員認知度によるパワハラ発生割合の差は確認できなかった.組織風土に関しては,シビリティが高い,心理的安全性がある,役割が明確であると8割以上の従業員が認識している企業では,パワハラ・セクハラの発生割合が低かった.また,従業員がハラスメント防止対策の実施状況を認知している割合が高い企業ほど,従業員が自身や周囲・職場の変化を実感している割合が高かった.考察と結論:各ハラスメント防止対策を実施していると多くの従業員が認識している企業では,ハラスメント発生割合も低い傾向にあった.心理的に安全である・役割が明確であると多くの従業員が回答した企業ではハラスメント発生割合が低かったことから,ハラスメント防止には組織風土に着目した対策も有効である可能性が示唆された.
著者
高橋 由香 津野 陽子 大森 純子
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
pp.2021-029-B, (Released:2021-12-05)
被引用文献数
1

目的:健康リスクを改善し生産性維持・向上に寄与することを促進するのは,単に介入プログラムの内容によるのではなく,「職場における健康文化(Workplace culture of health)」の醸成が重要であるというエビデンスが蓄積され始めている.先行研究において,従業員の主観的評価による組織の健康へのサポートに関する認識が高いほど,健康リスクやプレゼンティーイズム損失が小さいといったエビデンスが蓄積され始めており,健康経営においても従業員視点による評価が重要と考えられる.本研究では,従業員視点による職場における健康文化の指標を作成し,健康経営における従業員による主観的評価指標としての有用性を検討することを目的とした.方法:従業員の健康や生産性に関する職場における健康文化の文献レビューにより作成した指標20項目を用いてアンケート調査を実施した.対象はA県内の健康経営優良法人2019に認定された50組織の従業員を対象とした.協力の得られた25組織の従業員886名に調査票を配布し,分析対象者は435名となった.結果:大規模法人部門(ホワイト500)の43件,中小規模法人部門の263件,自社の認定部門が分からない群の123件の3群で分析を行った.大規模法人部門と中小規模法人部門の2群比較では,「健康保持・増進に関する全社方針の内容」,「健康問題が起きた時の対処手順」,「復職に向けた制度や支援」,「心をサポートする体制や支援」,「安全と健康に関する協議の場」は大規模法人部門で有意に良い結果であり,「上司による体調に関する声がけ」,「健康づくりに役立つ情報の提供」は中小規模法人部門で有意に良い結果であり,組織規模による特徴がみられた.一方,自社の健康経営優良法人の認定部門が分かる群と分からない群との比較では,全ての項目で認定部門が分からない群が有意に悪い結果であった.また,本指標は20項目全てで,職場における健康文化が良い結果である者の方が健康リスク数やプレゼンティーイズム損失が小さいことが確認された.考察と結論:従業員視点による職場における健康文化の程度を捉えられること,職場における健康文化は従業員の健康リスクや生産性に関連することが検証され,健康経営における従業員視点での評価指標として有用であることが示唆された.
著者
森 晃爾 永田 智久 梶木 繁之 日野  義之 永田 昌子
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.55, no.5, pp.145-153, 2013 (Released:2013-10-23)
参考文献数
12
被引用文献数
1

目的:昨今,企業全体で整合性の取れた産業保健活動の展開が必要になってきており,そのためには,活動方針の明確化,活動基準の策定,産業保健スタッフの配置や意思疎通を企業全体で行っていく必要がある.その際,産業保健分野の高度な専門性を有し,統括産業医や総括産業医等(以下,統括産業医)の名称を与えられ,企業全体の産業保健活動をリードする産業医が任命されるようになってきた.しかし,これまで国内において,統括産業医の実態や機能に関する実態調査やそれに基づく検討はまったく行われていない.そこで我々は,統括産業医の機能と企業内での位置づけについての実態を明らかにすることを目的として,実際に大企業において統括産業医として任命されている産業医に対するインタビュー調査を行った.対象と方法:従業員数5,000名以上で,「複数の事業場と複数の産業医が存在する企業において,企業単位での産業保健活動の方針や活動の管理の役割を果たす産業医」を調査対象とし,条件を満たす統括産業医14名にインタビューを行った.インタビューのスクリプトをコード化し,統括産業医として果たしている具体的な機能と企業内での対象者の位置づけについて分析を行った.結果:分析の結果,5つの事項が示唆された.機能としては,1) 統括産業医は産業保健に関する全社的な方針,基準,計画の策定に主体的に貢献していること,2) 産業保健に関する全社方針や基準等は,その実行性を確保するために,事業拠点を統括する本社の事業部門等から出されるとともに,統括産業医が事業拠点の産業医や産業保健スタッフに対して指導や情報提供をしていること,3) 労働安全衛生マネジメントの内部監査や業務監査の一環で実行状況の評価が行われている企業があり,統括産業医が専門的に貢献していること,4) 産業医や産業保健スタッフの会議を主宰するなどの方法で意思疎通を行ったり,基準の技術的事項などについて全社的な研修を行う努力をしていることが示唆された.また,5) 総括産業医が役割を果たすためには,意思決定者である人事担当役員等の職位の経営層に直接または間接的に提案できるような位置づけや関与が重要であることが示唆された.考察:企業全体での整合性が取れた産業保健活動を推進している企業では,企業活動の意思決定や指揮命令等の機能を用いるとともに,統括産業医のもつ産業保健に関する専門的な知識を活用していると考えられた.また統括産業医が,産業保健専門職の確保や意思疎通に大きな役割を果たしていることが考えられた.今後,統括産業医業務の事例収集,統括産業医のコンピテンシーの明確化などを行った上で,研修プログラムの開発と提供が必要と考えらえる.
著者
池上 和範 江口 将史 大﨑 陽平 中尾 智 中元 健吾 日野 亜弥子 廣 尚典
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.74-82, 2014 (Released:2014-06-11)
参考文献数
13
被引用文献数
2 1

目的:本研究の目的は,若年労働者のメンタルヘルス不調の特徴を明らかにし,実効的なメンタルヘルス対策を検討することである.方法:国内の産業医386名に無記名の自由回答式質問票を送付し,109名から回答を得た.質問票は,産業医として対応したメンタルヘルス不調者の年齢階層別の特徴に関する設問と,若年労働者に対して実施しているメンタルヘルス対策とその効果の認知に関する2つのパートで構成された.全ての回答をデータ化し,質問毎に頻出語句とその出現数を数えた.前者に関しては,各年齢階層と頻出語句の関連性を検討するために統計学的処理を加えた.後者では,共同研究者および研究協力者10名にて,若年労働者に対して実施しているメンタルヘルス対策とその効果の認知に関する記述を整理した.結果:コレスポンダンス分析において,20歳代の周辺には,性格,未熟,他罰的,発達障害,統合失調症,新型うつ病,不適応,入社,社会,上司,同僚などの語句が布置された.30歳代では業務の質的負担,量的負担といった仕事に関する語句,40歳代は家庭,子供,介護といった職場外要因に関する語句が布置された.若年労働者に対して実施した対策は,教育と面談に関する記述が頻出したが,その効果は不明であるという回答が最も多かった.複数名の回答者から,上司や人事担当者,産業医といった職場関係者と若年労働者の家族との連携により家族の支援の向上が認められたという回答が得られた.考察:若年労働者のメンタルヘルス不調は,職場への不適応や未熟で他罰的な性格といった個人的要因や精神障害,労働者の背景や職場組織に関する職業性ストレスといった様々な要因の影響を受けていることが示唆される.職場と家族との連携は若年労働者にとって重要なメンタルヘルス対策となる可能性がある.
著者
伊藤 直人 吉田 彩夏 森 晃爾
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.1-12, 2020-01-20 (Released:2020-01-25)
参考文献数
10

目的:特定業務従事者健康診断は,業務内容に関わらず定期健康診断と同じ検査項目であり,特殊健康診断との役割も不明確である.このため,特定業務従事者健康診断の対象業務の妥当性について課題が提示されているが,法制度が複雑でありその解釈は容易ではない.そこで,特定業務従事者健康診断の実施対象となる業務とその基準に関する変遷を明らかにする.方法:特定業務従事者健康診断の歴史に関連する法令,通達,文献,書籍の内容を調査した.結果:特定業務従事者健康診断の対象業務は,差し当たり特別な衛生管理をしなければならない有害物を取り扱う業務として昭和22(1947)年に旧労働安全衛生規則第48条で定められ,対象業務の定量的基準は当面妥当と考えられる基準値として昭和23(1948)年の通達によって示され,その後大きく変更されていない.その結果,多くの特定業務従事者健康診断の実施基準の多くは,許容濃度を超えていた.結語:特定業務従事者健康診断の対象業務及びその基準は,約70年間ほとんど変更されていない.社会環境の変化や有害業務の管理手法の向上を鑑み,特殊健康診断と特定業務従事者健康診断の目的や役割を再整理し,特定業務従事者健康診断のあり方を改めて考える必要がある.
著者
市橋 透 西埜植 規秀 高田 康二 武藤 孝司
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.1-8, 2015 (Released:2015-02-16)
参考文献数
38
被引用文献数
3 1

目的:成人期に増加する歯周病は細菌感染による慢性疾患であるが,生活習慣とも関連が深い.したがって,歯周病と健康行動との関連を明らかにしていくことは,歯周病予防に重点を置いた保健指導を効果的に推進していく上で重要と考える.そこで,本研究は歯周病が進行した状態にある歯周ポケットに着目し,その有無に関連する健康行動を明らかにすることを目的とした.対象と方法:対象は歯科保健プログラムを全員参加方式で実施した某企業の従業員3,850人で,同時に実施した質問紙調査に回答し,本研究への協力に同意の得られた者3,142人(男性2,429人,女性713人,42.4±10.5歳,範囲20–59歳)とした.歯周組織の状態はCommunity Periodontal Index(CPI)の個人コードで評価し,歯周ポケット無し群(CPI個人コード2以下)と歯周ポケット有り群(CPI個人コード3以上)に分類して健康行動(歯みがき習慣,デンタルフロスおよび歯間ブラシの使用状況,歯科受療状況,ブレスローの健康習慣など)との関連性について比較検討を行った.さらに,歯周ポケットの有無に関連する健康行動を明らかにするため,歯周ポケットの有無を目的変数,説明変数に健康行動の項目を用い,性別,年齢階級,職種を調整変数としてロジスティック回帰分析を行った.結果:ロジスティック回帰分析結果から,歯周ポケット「有り」に関連する好ましくない健康行動は,デンタルフロスを使用しない(OR=1.95(95%CI: 1.57–2.41))が最も高く,タバコを吸う(OR=1.71(95%CI: 1.44–2.03)),1日の歯みがき1回以下(OR=1.33(95%CI: 1.10–1.61))であった.考察:歯周病予防対策が中心となる職域での歯科保健プログラムにおいては,デンタルフロスの使用率の向上と1日2回以上の歯みがき習慣の定着化,歯周病のリスク因子である喫煙対策に向けた健康教育や保健指導が重要であることが示唆された.
著者
三澤 朱実 由田 克士 福村 智恵 田中 太一郎 玉置 淳子 武林 亨 日下 幸則 中川 秀昭 大和 浩 岡山 明 三浦 克之 岡村 智教 上島 弘嗣 HIPOP-OHP Research Group
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.97-107, 2015 (Released:2015-06-15)
参考文献数
28
被引用文献数
3 1

目的:従業員食堂を中心とした長期間の食環境介入が野菜類の摂取量に及ぼす効果を検討する.対象と方法:対象は福井県現業系事業所の従業員約1,200人(19–61歳)である.野菜摂取量を増加させるため,日本型の3要素(主食・主菜・副菜(野菜))を組み合わせた食事の摂取を推進した.適切な食物選択を導くための食環境整備として,従業員食堂の全ての献立表示を3色で示した(3要素順に,黄色・赤色・緑色).食事の代金清算時に,3要素を組み合わせて食事を選択するよう栄養教育を実施した(適切選択者).同時に適切選択者の割合も評価した.介入前後に,半定量食物摂取頻度調査法に準じた質問紙調査を実施した.野菜類の摂取頻度と摂取目安量を質問し,1人1日当たりの推定摂取量の平均値を求めた.結果:適切選択者は,介入1年後63.5%から,介入2年後82.1%(p<0.001),介入3年後80.0%(p<0.001)へと有意に増加した.介入3年後では,朝食時(p<0.001),昼食時(p<0.001),夕食時(p=0.011)の野菜,野菜ジュース(p=0.030)の推定摂取量は,有意に増加した.漬物は有意に減少した(p=0.009).これにより野菜類摂取量は,男性では167.3 gから184.6 g,女性では157.9 gから187.7 gに増加したと推定された.考察:従業員食堂を中心とした長期間の食環境介入によって(3年間),野菜の推定摂取量の増加,漬物の推定摂取量の減少が認められ,野菜類の摂取量に望ましい効果が示された.
著者
川崎 ゆりか 西谷 直子 榊原 久孝
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.130-139, 2015 (Released:2015-08-20)
参考文献数
36
被引用文献数
5

目的:産業現場ではメンタルへルスの不調を訴える労働者が増加傾向にあるとされ,生産性への影響が危惧されている.しかし,製造業のブルーカラー,ホワイトカラーにおける抑うつに関する調査は十分とはいえない.本研究の目的は特に睡眠状況や生活習慣に注目してブルーカラー,ホワイトカラーの職種別に抑うつと関連する要因を明らかにすることである.対象と方法:製造業A社社員1,963名を対象に,定期健康診断時に同意を得て自記式質問紙調査を実施した.回収できた1,712名(回収率87%)のうち精神疾患の治療中もしくは既往歴のあるものを除いた男性社員1,258名(ブルーカラー674名,ホワイトカラー584名)を分析対象とした.調査票には基本属性,生活状況のほか睡眠状況についてはWHOの「アテネ不眠尺度」,抑うつについては「CES-Dスケール」を用いた.また,生活習慣は健康診断の問診票に記入されたデータを用いて分析した.結果:抑うつがあるとみなされたCES-D16点以上の労働者はブルーカラー,ホワイトカラーともに15.1%で同率であった.アテネ不眠尺度6点以上の不眠者はそれぞれ18.8%,18.3%であった.多重ロジスティック回帰分析で抑うつと有意に関連のみられた要因はブルーカラーでは①「アテネ不眠尺度6点以上」(オッズ比:10.93;95%信頼区間:6.12–19.51),②「睡眠で疲労がとれない」(オッズ比:3.36;95%信頼区間:1.85–6.09),③「朝食を週3回以上抜く」(オッズ比:3.10;95%信頼区間:1.42–6.76),④「同居家族なし」(オッズ比:2.08;95%信頼区間:1.05–4.12),⑤「片道通勤時間」(オッズ比:1.01;95%信頼区間:1.00–1.02)であった.ホワイトカラーでは①「アテネ不眠尺度6点以上」(オッズ比:14.91;95%信頼区間:7.54–29.49),②「同居家族なし」(オッズ比:2.54;95%信頼区間:1.27–5.09)であった.なお,睡眠時間は両職種に有意差は認められなかった.また,アテネ不眠尺度6点以上の不眠者のうちCES-D16点以上の抑うつ症状がみられたのはブルーカラーで51.6%,ホワイトカラーで53.8%であった.結論:ブルーカラー,ホワイトカラーの両職種ともに抑うつを有する者が同程度にみられ,職種にかかわらず保健対策を行うことが必要であると考えられた.また,抑うつには両職種ともに不眠が最も強く関連していることが明らかになり,職場での抑うつ対策として不眠に注目していくことの重要性が示唆された.職種による生活習慣の特徴と不眠状態に焦点を当てて保健指導に活かすことは意義があると考えられた.
著者
吉村 健佑 川上 憲人 堤 明純 井上 彰臣 小林 由佳 竹内 文乃 福田 敬
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.11-24, 2013-02-20 (Released:2013-02-26)
参考文献数
25
被引用文献数
5 3 1

目的:本研究では,職場におけるメンタルヘルスの第一次予防対策の実施が事業者にとって経済的利点をもたらすかどうかを検討することを目的とし,すでに公表されている国内の研究を文献検索し,職場環境改善,個人向けストレスマネジメント教育,および上司の教育研修の3つの手法に関する介入研究の結果を二次的に分析し,これらの研究事例における費用便益を推定した.対象と方法:Pubmedを用いて検索し,2011年11月16日の時点で公表されている職場のメンタルヘルスに関する論文のうち,わが国の事業所で行われている事,第一次予防対策の手法を用いている事,準実験研究または比較対照を設定した介入研究である事,評価として疾病休業(absenteeism)または労働生産性(presenteeism)を取り上げている事を条件に抽出した結果,4論文が該当した.これらの研究を対象に,論文中に示された情報および必要に応じて著者などから別途収集できた情報に基づき,事業者の視点で費用および便益を算出した.解析した研究論文はいずれも労働生産性の指標としてHPQ(WHO Health and Work Performance Questionnaire)Short Form 日本語版,あるいはその一部修正版を使用していた.介入前後でのHPQ得点の変化割合をΔHPQと定義し,これを元に事業者が得られると想定される年間の便益総額を算出した.介入の効果発現時期および効果継続のパターン,ΔHPQの95%信頼区間の2つの観点から感度分析を実施した.結果:職場環境改善では,1人当たりの費用が7,660円に対し,1人当たりの便益は点推定値において15,200–22,800円であり,便益が費用を上回った.個人向けストレスマネジメント教育では,1人当たりの費用が9,708円に対し,1人当たりの便益は点推定値において15,200–22,920円であり,便益が費用を上回った.上司の教育研修では2論文を解析し,Tsutsumi et al. (2005)では1人当たりの費用が5,290円に対し,1人当たりの便益は点推定値において4,400–6,600円であり,費用と便益はおおむね同一であった.Takao et al. (2006)では1人当たりの費用が2,948円に対し,1人当たりの便益は0円であり,費用が便益を上回った.ΔHPQの95%信頼区間は,いずれの研究でも大きかった.結論:これらの研究事例における点推定値としては,職場環境改善および個人向けストレスマネジメント教育では便益は費用を上回り,これらの対策が事業者にとって経済的な利点がある可能性が示唆された.上司の教育研修では点推定値において便益と費用はおおむね同一であった.いずれの研究でも推定された便益の95%信頼区間は広く,これらの対策が統計学的に有意な費用便益を生むかどうかについては,今後の研究が必要である.