著者
斎藤 久美
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.11, pp.710-723, 2005-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
26

本研究は,韓国の地方中心都市である清州市を対象とし,都市における血縁組織の形成とその変容を,村落から都市への人口移動との関連から明らかにすることを目的とした.韓国の都市における血縁組織の形成は,1960年代以降,首都ソウルに人口が集中するとともに同族集落からの転入者によって,ソウルなどの大都市に形成される動きがみられるようになった.清州市の血縁組織は,清州市への人口集中が著しくなった1970年代以降活発に形成されたという.一方,清州市の血縁組織は,1970年代に忠清北道内の同族集落から清州市に転入した経済的・社会的成功者たちを中心に,同族集落との連絡を補うために形成された.その後,都市の血縁組織は,各同族集落からの転入者を会員に迎え入れ成長したが,その中で,就職の斡旋や住居地の紹介など,転入者の都市定着支援などの役割も補う例もあった.都市の血縁組織は都市居住者が増大するにしたがって,都市住民のニーズに応じ,血縁組織が細分化されるなど,社会状況に応じて変容し続けている.
著者
柚洞 一央
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.13, pp.809-832, 2006-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
33
被引用文献数
2 1 3

家畜であるミッバチの生態を利用した養蜂業は,植生や気候などの自然環境の変化に大きく左右される産業である.花を求めて全国を移動するという日本の養蜂業の形態は,明治期において確立されたが,戦後の蜜源環:境の劣化に伴い,近年ではその経営形態も大きく変化してきた.本稿は,日本の養蜂業が,今日どのような経営を行っているのか,各種の統計資料と全国131の養蜂業者に対する聞取り調査をもとに,その地域的特色と近年の変化を明らかにし,それらの変化が持っ意味にっいて考察する.今日の養蜂業者は,経営者の高齢化や中部地方以西における著しい蜜源植物の減少に伴って,廃業や移動空間の「狭域化」を余儀なくされている.その一方で,ハチミツ生産のみでなく,ローヤルゼリー生産や,花粉交配用にミツバチを貸し出すポリネーションなどの新しい生産形態を取り入れて,経営の多様化・安定化を模索してきた.こうした点にっいて,養蜂業の持っ特質,つまり「移動性」と「間接性」という観点から,近年の養蜂業の経営動向にっいて考察を行った.その結果,蜜源分布の変化に合わせた移動空間の変更や,ミッバチを媒体とした資源利用の方法という点では,柔軟な対応を行ってきたと評価できる一方,蜜源環境の維持や,業界内部における資源配分という点においては,さまざまな問題を残しているという現状が明らかになった.
著者
申 英根
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.6, pp.491-505, 2008-07-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
27
被引用文献数
1

本稿では, 大韓民国江原道春川市で行われている春川マイム祭りを事例として, 新たに創られた祭りによる地域おこしをめぐって, 春川マイム祭りが地域社会に及ぼした影響を経済的側面と社会的側面から考察した. 経済的側面では, これまで祭りに無関心であった春川市は, 春川マイム祭りが中央政府の「文化観光祝祭」に選ばれるなど評価が上がるにつれて, 財政支援の拡大とともに「観光商品化」を目指したが, 地域経済に及んだ影響は大きくないことが明らかとなった. 社会的側面では, 主催団体の活動と春川市の支援によって春川マイム祭りの地域社会への定着が図られ地域住民の認知度は高まったが, 住民が積極的に参加する段階にはまだ至っていないことが明らかになった.
著者
中澤 高志 神谷 浩夫
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.9, pp.560-585, 2005-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
71
被引用文献数
6 2

本稿は,金沢市と横浜市の高校を卒業した女性のライフコースについて,高校卒業時および最終学歴修了時の進路決定のプロセスとそれ以降の就業にみられる差異を把握し,そうした差異をもたらすメカニズムを明らかにする.金沢対象者は,学校側の積極的な介入の下で進学先を決定していた.そのことは,自分が学んだ分野と就職したい分野の葛藤に悩む学生を生んだ反面,教員や看護士の職に就く者を増やし,結婚後の就業率を高める一因となっていた.さらに金沢対象者では,結婚・出産後も女性が働きやすい環境にも比較的恵まれている.横浜対象者が通った高校では,進路について教師からの働きかけはほとんどなかった.そのため生徒は就職時の有利不利はあまり考慮せずに,進学先を決定していた.就職についても,民間企業を中心にイメージを重視した就職活動を行った.こうした進路決定は,現実との齟齬による離職を生んだ.これに加え,横浜対象者は家事や育児と両立しながら就業を継続することが難しい環境にある.このように,個人のライフコースは,地域が付与する固有の可能性と制約の中で,過去に規定されつつ,形成されてゆくのである.
著者
片岡 博美
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.6, pp.387-412, 2005-05-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
44
被引用文献数
5 3

本稿では,静岡県浜松市におけるブラジル人のエスニックな連帯の様態を,エスニック・ビジネスの利用状況に注目することにより分析した.エスニック・ビジネス事業所は,財・サービスの提供のほか,同胞間の情報の結節点,ネットワークの構築,同胞援助,受入国との接点といった社会的機能や,母国文化の保持・発信,母国との紐帯,アイデンティティの保持・育成などの文化的機能を持ち,浜松市のブラジル人にとり「特別な場所」となっている.これら機能の発達は,「市場媒介型移住システム」をはじめとしたブラジル人の国際移動形態と密接に関連する.浜松市のエスニック・ビジネス事業所は,「開かれた」,「弾力性を持つ」エスニック・コミュニティの拠点として機能しており,ブラジル人の滞日が長期化する中,今後,一層その必要性は高まると考えられる.
著者
大竹 伸郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.8, pp.615-637, 2008-11-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
33
被引用文献数
4 4

衰退を続ける日本の水田稲作の再生をめざして, 政府は生産性の向上を可能にする大規模経営体を中心とした担い手の育成を進めている. しかし, 伝統的な村落社会に根ざした水田稲作地域は, 担い手農家や農外就業に依存した兼業農家, 自らは農業を行わない土地持ち非農家など多様な農家からなっている. したがって, 持続可能な水田稲作を実現するためには, 担い手農家以外の農家をも視野に入れた地域農業の再編が必要である. 本研究では, 第二種兼業農家率が高く, 小規模農家の割合が高い富山県砺波平野において生産の組織化を図りながら, 大規模水田稲作経営を展開している農業生産法人を事例にして, 持続可能な水田稲作の実現に向けた考察を行った. その結果, 持続可能な水田稲作を実現するためには, 地域の実情に即した経営戦略を有する農業生産法人を育成し, 地域内の余剰労働力や農地などの有効活用を実現する地域農業の形成が鍵となることが明らかとなった.
著者
友澤 和夫
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.77, no.9, pp.628-646, 2004-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
24
被引用文献数
11 5

本稿では,インドのバンガロールに進出したトヨタ社の現地法人トヨタ・キルロスカ・モーター (TKM) 社を事例として,生産の小規模性に対応して構築された生産システムの特徴を明らかにした.TKM社では,当面の生産規模拡大の不透明さを前提に設備投資が抑えられ,廉価で調達できる労働力を活用した生産ラインが築かれた.部品は,同国の主要な自動車産業集積地に所在する日系企業,外資系企業,ローカル企業から調達しているが,金額的にはバンガロールに進出したグループ企業によって大部分が占められた.サプライヤーからの部品搬入には,ミルクラン方式が全面的に採用され,JITを実現しながら物流コストを削減する仕組みがっくられた.TKM社とローカル・サプライヤーとの取引金額は概して小さく,それらの取引の基本構造である範囲の経済性の追求を変えるには至っていない.日系サプライヤーの中にも,同社以外のメーカーとの取引を始めているものもみられ,インドでは取引先の多様化が競争優位を獲得する一つの方法であることが示された.
著者
戸所 泰子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.9, pp.481-494, 2006-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
21
被引用文献数
3 1 1

本稿は,都市における空間利用と,人々が都市景観を認識する際に重要な視覚情報となる建築物の外観に使用される色彩に着目し,その両者の関係性について,京都市都心部を事例に分析したものである.その結果,幹線道路には,大規模・中高層建築物に収容される商業・業務関連機能が,細街路には,京都の伝統的建築物である京町家を中心に居住関連機能が各街路に沿って卓越すること,都市景観の識別に大きく影響する色彩には「地域の色」と「企業の色」があることなどがわかった.幹線道路沿道には,地域性よりも全国一律の企業アイデンティティを重視した「企業の色」が,細街路沿道には,その地域の自然・文化を反映し,地理的・歴史的に形成されてきた「地域の色」が現れる.「地域の色」は主として建築物の外観に用いられ,都心景観全体のベースを成すが,近代化に伴う機能的地域分化・都市更新の過程で「企業の色」が「地域の色」を凌駕し,地域性を喪失させている.
著者
伊藤 慎悟
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.2, pp.97-110, 2006-02-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
28
被引用文献数
3 3

本研究では,横浜市において1960年代後半に開発された住宅団地を対象とし,人口高齢化に差異が生じるかを検証した.その結果として,1975年という開発間もない時期に,すでに年齢構成に差異がみられた.そこで本研究は,住宅形態ごとに四つに類型化し,高齢化の進展状況を比較した.1975年は持家率の高さが居住者の年齢や,その偏りに影響を及ぼすことが判明した.しかし,1985年になると持家率にかかわらず公団・公社の共同住宅において居住者がかなり入れ替わり,居住者年齢の偏りは大幅に緩和された.一方,公営の借家住宅ではこの偏りがあまり緩和されず,中高年層の転入もあって急激に高齢化が進展した.戸建て住宅も同様に高齢化の進展が著しく,公営の借家住宅と戸建て住宅の中には,2000年時点で,高齢人口比率が30%を超えた地区も出ている.
著者
久保 倫子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.2, pp.45-59, 2008-02-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
32
被引用文献数
4 3

本研究は, 水戸市中心部に立地するマンションに居住している世帯の現住地選択に関する意思決定過程の分析を行った. 水戸市中心部におけるマンション居住者の多くは, 周辺地域からの住み替え世帯であり, 核家族世帯や中高年夫婦世帯が多い傾向がある. マンションの選択は, 水戸市中心部への選好と密接に結びついている. つまり, マンション自体への評価と水戸市中心部への志向によって中心部のマンション需要が生まれている. マンションが評価されているのは, 将来的な賃貸や売買のしやすさ, 戸建住宅や賃貸住宅と比較しての購入しやすさ, セキュリティや維持管理の容易さ, そして立地的優位性である. マンション購入世帯の意思決定過程の特徴は, 居住形態の決定の段階によって意思決定のパターンや転居先の選択要因, 転居先の探索地域に差異がみられることである. また, 居住形態の選択要因は, 世帯の経済状況や世帯構成, 親族との関係などを反映している.
著者
今里 悟之
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.77, no.7, pp.483-502, 2004-06-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
103
被引用文献数
2 1

本稿は,1980年代以降の英語圏の地理学の主要トピックの一つである景観テクスト論について,その理論的枠組を再検討する.まず,景観テクスト論の中心論者であったDuncanらの論点とその思想背景を整理する.次に,このDuncanさらにWaltonらとPeetおよびMitchellとの間で展開された,一連の論争の争点を指摘する.最後に,仏語圏や日本の空間記号論も一部参照しつつ,今後の課題を指摘する.すなわち,使用する概念の記号論的な体系化,テクストの空間的な単位と体系への注目,意味の「構造」の多様性・重層性・変動性の解明,事例研究の蓄積とそれらの比較検討,などである.
著者
石黒 聡士
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.7, pp.535-550, 2008-09-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
32
被引用文献数
2 2

2004年12月26日のスマトラ沖地震に伴いアンダマン諸島からスマトラ島にかけて大規模な地殻変動が生じた. このうちアンダマン諸島北西部では, 特に大きな隆起量が推測されたにもかかわらず, 余効変動の影響もあり, 地震直後の隆起量がわかっていない. 本論文では, 新たに考案された高解像度衛星画像を用いる標高計測手法により, 地震前後の汀線位置の標高変化を計測し, 北アンダマン島北西端における地震直後の隆起量を推定した. その結果, 本地域が地震時に2.2m隆起していたことを確認した. これは今回の地震に伴う隆起量の中で最大級である. 計測誤差は手法の制約から標準偏差で0.8mであったが, 縁脚地形の離水を衛星画像中に視認できることと, 撮影時の潮位から, 隆起量は2mを上回ると判断された. 本地域は海溝からの距離や重力異常から, より隆起しやすいことが示唆され, 地震時隆起量が大きいことと関連していると考えられる.
著者
川久保 篤志
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.9, pp.455-480, 2006-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
31
被引用文献数
4 2

本稿では,系統外出荷組織の1形態である集出荷業者の集荷・販売活動の特徴と産地維持に果たしてきた役割の解明を試みた.事例地域はミカンの集出荷業者の集積が著しい熊本市河内町である.その結果,集出荷業者の集荷・販売活動の特徴である農家からミカンを集荷する際の契約事項(集荷する品種や量,期日・時間帯,家庭選別基準など)の簡素さが,ミカン価格低迷下での農家の営農継続に大きく寄与していたことが判明した.簡素な荷の受委託は,大規模に出作地を経営する農家や労働力基盤の弱体化した農家にとって,収穫・選別・出荷作業を省力化できる点で農協共選より好ましかったのである.しかし,1990年代に入りミカンの市場環境が変化すると,集出荷業者が苦境に立たされる一方で農協は糖度センサー選果機の導入を機に糖度別出荷を徹底して販売成績を上げたため,出荷委託先を農協に変更する農家も増え始めた.今後の熊本市河内町では,販売面で優位に立った農協を中心に産地再編が進むと思われるが,集出荷業者も農家ニーズに応じた多様なサービスの継続によって産地維持に一定の役割を果たし続けるものと考えられる.
著者
吉田 英嗣 須貝 俊彦 坂口 一
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.10, pp.649-660, 2005-09-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
23
被引用文献数
3 3

岩屑なだれをはじめとする大規模土砂供給イベントが,流域の長期的な地形発達に与える影響を評価する事例研究として,約2.4万年前に浅間火山で発生した大規模山体崩壊に由来する前橋泥流が達した利根川・吾妻川合流点付近を対象とし,河川地形発達史を考察した.本地域では最終氷期初頭以降,泥流流下時までの間,気候変動に対応した段丘発達過程がみられた.本地域に達した泥流は,5~6万年前までに段丘化した段丘面に衝突し,段丘面を覆うローム層を削剥しながら,これをのりこえていった.他方,利根川を遡上し,堆積した泥流堆積物は,速やかに河川に侵食されていった.最終氷期最盛期前後には,泥流堆積物が再堆積するなどして,下流側において小規模な谷埋めが生じ,晩氷期には側刻が卓越し,完新世に入ってから下刻が始まった.最終氷期最盛期以降の利根川本流の河床変動は,泥流イベントの影響を残しつつも,再び広域的な気候変動に対応してきたと考えられる.
著者
野澤 秀樹
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.14, pp.837-856, 2006-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
59
被引用文献数
2 2

石川三四郎は日本を代表するアナ-キストの一人である.「土民哲学」,「歴史哲学」にその思想的特徴がある.石川の思想形成に大きく関わった一人として19世紀フランス最大の地理学者といわれるエリゼ・ルクリュがいる.ルクリュはカール・リッタ-の弟子として,「地と人」の統一思想のもとに『新世界地理』全19巻を著わす一方,パリ・コミューンに参加するなどアナ-キズムの理論的指導者としても活躍した.その思想のもとに書かれた『人間と大地(地人論)』全6巻は,石川に強く影響を与えた.石川とルクリュは,「世界観」,「宇宙観」を共有していたが,世界,宇宙における人間をどのように見るかの人間観に差異があった.石川は,そこに人間の無常を感じ,虚無観,厭世観を抱いていた.石川の内省的・求道的な個人主義的傾向,反文明,反科学の歴史哲学は,それに由来する.一方エリゼ・ルクリュは,微小,泡沫な人間ゆえに連帯を説き,そこに「進歩」と「希望」を託していた.
著者
中澤 高志 由井 義通 神谷 浩夫 木下 礼子 武田 祐子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.3, pp.95-120, 2008-03-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
43
被引用文献数
9 6

本稿では, 日本的な規範や価値観との関係において, シンガポールで働く日本人女性の海外就職の要因, 仕事と日常生活, 将来展望を分析する. 彼女たちは, 言語環境や生活条件が相対的に良く, かつ移住の実現性が高いことから, シンガポールを移住先に選んでいる. シンガポールでの主な職場は日系企業であり, 日本と同様の仕事をしている. 彼女たちは, 日本においては他者への気遣いが必要とされることに対する抵抗感を語る一方で, 日本企業のサービスの優秀さを評価し, 職場では自ら日本人特有の気配りを発揮する. 結婚規範の根強さは, 海外就職のプッシュ要因となる可能性があるが, 対象者の語りからは, こうした規範をむしろ受け入れる姿勢も読み取れる. 彼女たちは, これら「日本的なもの」それ自体というよりは, それを強制されていると感じることを忌避すると考えられ, 海外就職はこうした強制力から心理的に逃れる手段であると理解できる. 日本の生活習慣や交友関係のあり方は, むしろ海外での生活でも積極的に維持される.
著者
西村 雄一郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.75, no.9, pp.571-590, 2002-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
87
被引用文献数
1

本稿では,日本におけるジェンダーと職場の関係について,地理学の立場から論じ,日本における研究の可能性を提示することを目的とする.従来の日本の地理学では,職場におけるジェンダーの問題を限定的にしか注目してこなかった.本稿では特に,日本における空間的分業論による研究と時間地理学的研究を取り上げることによって,従来の研究におけるジェンダーの視点の欠如・限界について批判的に検討した.一方,欧米のフェミニスト地理学においては,ポストフォーディズム下での「新しいジェンダー秩序」,および職場内部のミクロな空間におけるジェンダーの構築に関する議論が進展している.そこで本稿では,日本の職場におけるジェンダー秩序の変化とその分析枠組を明らかにしようと試みた.1970年代から1980年代の日本のトヨティズム期における性別職務分離は欧米の場合と異なっていた.1990年代以降の日本経済の変化は,職場におけるジェンダー関係を変化させるだけでなく,職場と家庭の境界が不明確な新たな空間を生み出している.日本において,新たなジェンダー秩序がどのようにつくられるのかについて,職場丙部のミクロな空間性や経済的・社会的・文化的・政治的要素,ネットワークに着目することによって検証する必要がある.
著者
青山 高義
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.8, pp.405-422, 2006-07-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
25

松本盆地南部や伊那盆地北部に発達する南風は,総観スケールの気圧傾度が北東方向に低い場合と,北西方向に低い場合に発達する.前者をNE型,後者をNW型として,二つのタイプの気流に対する地形の影響をスコラー数(l)を用い検討した.NE型は冬季に多く,冬型や二つ玉低気圧で発現し, NW型は暖候期に多く,前線型,日本海低気圧型,移動性高気圧型などで発現する.両タイプの850hPaの風向は250°, lは0.81km-1を境界とし, NE型では風向は北よりでlはより小さく, NW型では南よりでlはより大きな値となって,NE型では山越え気流, NW型では迂回流の性質が強くなると考えられる.それぞれのタイプの850hPaの風と地上の風速,局地的気圧傾度,温位差などとの相関分析を行った. NE型では,局地的気圧傾度や温位差等と高い相関を持って山越え気流の特徴を,NW型では,局地的気圧傾度等と相関を持つが温位差との相関は低く迂回流の特徴を示した.
著者
高橋 伸幸 長谷川 裕彦
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.76, no.3, pp.161-171, 2003-03-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
22
被引用文献数
2 1

北アルプス南部に位置する常念乗越(鞍部)の標高2465m地点において1997年10月~1998年10月の期間で気温観測を行った.その結果,年平均気温は3.9°Cであったが,アメダスデータとの対応で推定される平年値は2.7°Cとなる.また,温量指数の平年値(27.2°C・月)は,常念乗越が亜高山帯に位置付けられることを示しており,温量指数15°C・月により推定される森林限界高度は標高2833mとなる.しかし,実際には西寄りの冬季卓越風により森林の成立が阻まれ,常念乗越頂部から西向き斜面の風衝地を中心に周氷河環境が出現している.年間の凍結・融解出現日数は,72日に及んだ.この値は高山帯周氷河地域における凍結・融解出現日数を凌ぐものである.常念乗越における凍結・融解の出現時期は10~4月であり,3~6月と9~11月に出現時期が二分される高山帯周氷河地域とは明らかに異なる.

7 0 0 0 OA 空間認知とGIS

著者
若林 芳樹
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.76, no.10, pp.703-724, 2003-09-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
140
被引用文献数
2 2

1990年代以降,GISの研究が「システム」から「科学」へと力点を移していく過程で,空間認知研究との間に新たな接点が生まれてきた.ここで,GISと空間認知との関わり方には,(1)空間認知研究のツ-ルとしてのGIS,(2)空間認知モデルとしてのGIS,(3)空間的知識の情報源としてのGIS,(4)空間認知研究の成果を応用したGISの改善,という四つの側面が考えられる.本稿は,これらに関する既往の研究の成果と課題を整理し,今後の展望を提示した.