著者
阿部 史郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.7, pp.474-485, 2005-06-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
15
被引用文献数
2

本稿は,製造業が製品の納入において高速道路をどのように利用しているのかを,JITが典型的にみられる自動車部品産業の事例を用いて明らかにする.製品ごとに事業所間分業が行われているため,工場は分散していても製品の納入の空間はどの企業も広い.納入先までの距離が長いと高速道路の利用が高まる.企業が高速道路を利用する場合は,輸送において輸送時間の短縮と定時性の確保を重視している場合である.これは安定した生産を行うためである.企業が高速道路を利用しない場合は,輸送費の削減を重視している場合である.高速道路の利用には納入先の影響もある.下請のピラミッドの階層が下がると製品の単価が下がり,納入先からのコストの要求が厳しくなる.そのため輸送時間の短縮と定時性の確保を重視しているとしても,比重としては輸送費を無視できなくなる.
著者
藤村 健一
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.6, pp.369-386, 2005-05-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
35
被引用文献数
1

本稿では,福井県嶺北地方の3集落における寺院・道場を事例として,施設が形成され,位置づけられ,逆に施設がそれをめぐる社会集団に影響を与える相互関係を動態的に分析する.寺院・道場と社会集団との相互関係は,以下の構図を示す.まず,社会集団により寺院・道場の形成や位置づけが行われ,形成された寺院・道場の存在が,社会集団の紐帯を強化する.これにより,寺院・道場と社会集団とが相互に支えあう関係の枠組が半ば固定化される.ところが,世俗化などの集落内外の変化や動向によって,寺院・道場を支える社会集団に変化が生じると,再編成された社会集団により再度,寺院・道場の形成や位置づけがなされる.さらに,こうした寺院・道場の存在が社会集団の紐帯を強化する.このような共通の構図の枠内で,主に施設の制度的な位置づけやそれを支える社会集団の性格の違いによって,3集落の寺院・道場と社会集団との相互関係に差異が生じている.
著者
小岩 直人
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.7, pp.433-454, 2005-06-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
56
被引用文献数
1 1

奥羽脊梁山脈の諸河川では,最上流部付近において20ka前後に形成された堆積段丘の存在が指摘されてきた.本稿は宮城県名取川上流域において,最終氷期以降の河成段丘の編年を行うとともに,堆積段丘構成層の移動・堆積プロセスを検討し,堆積段丘の発達過程について考察した.その結果,名取川の上流部では河谷の埋積は酸素同位体ステージ4以前に開始され,最終氷期最寒冷期頃あるいはその直前に終了していること,河谷埋積期には土石流や流水が大きく関与した斜面プロセスにより河谷へ岩屑が供給されていること,埋積終了は最終氷期最寒冷期の気候乾燥化による岩屑供給の減少によって引き起こされたことが明らかになった.
著者
山本 俊一郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.4, pp.179-201, 2005-04-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
24
被引用文献数
3 3

本研究は,東京都台東区の靴産地で実施されている産業支援事業「アルティベリー」に着目し,当靴産地における新たなネットワークの形成が高付加価値生産体制に及ぼす影響について明らかにした.その結果,当事業は地域の「産」,「官」,「学」を結び付ける触媒としての機能を果たしており,そこでの新たなネットワークの形成が他産地に対するさまざまな競争優位を生み出していることが明らかとなった.当事業には問題点も山積しているが,当事業を通じた「コンペティションの開催」や「地域ブランドの創出」によって,デザインや技能の向上はもちろん,生産から販売を含め業種の枠組を越えた協力体制の構築が進んでいる.さらに,「ものづくり」に対する意識変化から,若者の製靴関連専門学校への志願者が増加傾向にあり,若者の有するセンスやデザインが当事業を通じて高齢優良技能者の有する技術と融合し得る環境が生まれつつある.
著者
西 律子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.1, pp.48-63, 2005-01-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
25
被引用文献数
2 3

本研究は,シルバーピア(高齢者向け集合住宅)に入居している単身高齢者が,個別のエイジングプロセスにおいて居住を継続していく際にどのような問題が生じているのか,居住支援として何が必要とされるのかを,居住する地域を含めて考察することを目的とする.調査対象としたのは文京区シルバーぴア3カ所の入居者である.調査から次のことが明らかとなった.(1)都市的アメニティが集積する文京区の地域特性はシルバーピア入居者の居住継続を支援する要因ではあるが,エイジングによる身体機能等の低下によって,これを十分に利用できていないケースがみられる.(2)シルバーピアが地形を考慮した立地ではないため,入居者の行動領域を狭めるケースもみられる,(3)シルバーピアでは,入居者同士の関係が希薄であると同時に地域との関係が疎遠であり,サポート資源としての隣人が得られていない.(4)日常的にサポートが必要になった入居者の場合,介護保険制度を利用して生活を維持しようとするが,サービス内容の面で必ずしもニーズに応えるものとなってはいない.
著者
森山 昭雄 鈴木 毅彦 加古 久訓 中村 俊夫
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.77, no.13, pp.924-939, 2004-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
28
被引用文献数
1

岐阜県高富低地において,ボーリング資料を用いて推定した地下構造と,1本のオールコア・ボーリング中の広域テフラおよび化石ケイソウ群集の分析から,堆積環境の変遷にっいて考察した.高富低地を構成する高富層(新称)は,下位から高富基底礫層,高富下部泥層,高富軽石質砂層および高富上部泥層に分けられる.上部泥層および下部泥層は湖成堆積物であり,上部泥層からはK-Ah,AT,Aso-4の広域テフラが検出された.高富軽石質砂層からは御岳火山起源の御岳第一浮石層(On-Pm1)および御岳藪原テフラ(On-Yb)などが検出され,高富軽石質砂層は木曽川流域に広く分布する木曽谷層に対比される.テフラの年代から古木曽川は,約100ka頃に美濃加茂付近より関市をまわる流路を通り,当時湖の環境であった本地域に高富軽石質砂層を一時的に流入させたと考えられる.オールコア・ボーリング資料が得られた西深瀬では,約31kaから現在まで泥炭湿地の環境が続いた.また,梅原断層以南の鳥羽川低地には,長良川が最近まで流下していた可能性が高い.
著者
青木 久
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.77, no.4, pp.195-208, 2004-04-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
31

礫浜におけるカスプの形成過程を明らかにするために野外実験と室内実験を実施した.相模湾真鶴岬先端付近のポケットビーチ(礫浜)における野外実験では,既存のカスプを壊して平滑に整地した後,カスプが回復する過程を観察した.室内水槽実験では,平滑な一様勾配斜面から成る模型海浜を作り,遡上波帯の地形変化を含めて,カスプの出現・成長過程を観察した.カスプスペーシングは野外では2.2~2.5m,室内では29~35cmとなった.フルードの相似則に基づいたスケーリングによって,室内実験値を野外スケールに換算すると7.7~9.5mとなり,オーダーレベルで野外実測値と一致することがわかった.カスプ形成に関しては,野外と室内実験のいずれにおいても,不規則地形(野外では巨礫集積部,水槽内では側壁)から遡上波フロントの屈曲が起こり,カスプの形成が始まった.この遡上波フロントの屈曲とそれに同調する前浜上の凹凸地形の相互作用が,連続したカスプを形成することがわかった.
著者
小野 映介
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.77, no.2, pp.77-98, 2004-02-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
42
被引用文献数
11 13

中部日本の濃尾平野を対象として,約3,000~2,000 yr BPにおける海岸線の変化とその要因を明らかにするために,ハンドボーリング調査,堆積物の14C年代測定,珪藻分析などを行った.濃尾平野では縄文海進最盛期以降,海岸線が海側に前進し,内湾の縮小が進行した.特に約3,000~2,000 yr BPには,海岸線の前進と低地の拡大が急速であった.この原因は,約3,000~2,500 yr BPにおける相対的海水準の低下と,約2,300~2,100 yr BPに生じた土砂供給の増加と考えられる.約2,300~2,100 yr BPにおける三角州前置層の堆積量は,1.1~1.4km3と推定され,これは約3,000~2,300 yr BPにおける前置層の堆積量(1.1~1.5km3)に匹敵する. 2,300~2,100 yr BP頃における堆積活動の活発化は,中部日本や西日本の多くの平野でも確認されており,気候変化に伴う豪雨の増加といった広域的な原因を持つ可能性がある.
著者
中村 洋介 金 幸隆
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.77, no.1, pp.40-52, 2004-01-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
24
被引用文献数
2 2

本研究では,魚津断層の南部に位置する早月川および上市川流域の河成段丘においてボーリング調査を実施し,ローム層中に微量に含まれる火山起源の鉱物を用いて段丘の形成時期の推定を行った.研究地域の段丘面は,高位より,東福寺野面,中野面および大崎野面の3面に分類される.ローム層の層相ならびに火山灰層の層位から考慮して,東福寺野面はMIS6に,中野面はMIS5dに,大崎野面はDKP降下直前に,それぞれ形成されたものと推定される.これらの段丘面は魚津断層によって上下変位を受けている.それぞれの段丘面の形成年代から,魚津断層の上下平均変位速度は北部では0.4~0.5mm/yr程度,南部では0.2mm/yr程度と算出される.北部の変位速度が南部よりも速いのは,本研究地域が全長約25kmの魚津断層の南端に位置するためと考えられる.
著者
田中 博 村 規子 野原 大輔
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.77, no.1, pp.1-18, 2004-01-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
22
被引用文献数
2 3

本研究では,福島県下郷町にある中山風穴の冷気の成因解明のために, 2001年夏季と冬季の2回にわたり現地観測を行った.夏季の風穴循環は斜面上部の温風穴から吸い込まれた外気が崖錐内部で冷やされて下方の冷風穴から吹き出すと考えられている.夏季の観測ではそれを実証するために,CO2を用いたトレーサー実験を行った.その結果,温風穴から吸い込まれた外気は約1.5時間で140m下方の冷風穴から噴出することが実証された.この実験で得られた循環速度2.6cm/sから総質量フラックスを計算し,気流の温度変化を掛け合わせることで,夏季に約4×1012Jという熱量が崖錐に蓄えられるものと推定された.一方,冬季の風穴循環は逆転して,下方で寒気を吸い込み上方の温風穴から暖気を吹き出す.冬季の温風穴での地表面熱収支観測の結果,地中から上向きに約150W/m2の地中熱流量が観測された.これにサーモグラフィーで調べた温風穴の全面積を掛け合わせると,冬季に崖錐から放出される総熱量は約5×1012Jとなり,上記の値とオーダー的に一致した.以上の結果から,中山風穴の冷気は,冬季に活発な対流混合で蓄積された寒気が,夏季に重力流として穏やかに流出する,という対流説で定量的に説明できることが示唆された.したがって,風穴保護の観点からは,温風穴の位置をサーモグラフィーで見極め,その周辺の植生を伐採して崖錐表面の目詰まりを解放させてやることが,効率的で有効な保護対策と考えられる.
著者
滝波 章弘
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.76, no.9, pp.621-644, 2003-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
52
被引用文献数
2 2

本稿は,都市のホテルにおける雰囲気について,空間的な議論を試みたものである.従来の研究は雰囲気を商品や情感として実態的に扱ってきたが,本稿では雰囲気を空間的かつ社会的に構成されるものと考え,その意味を考察した.すなわち事例として,ホテル産業が大きな位置を占めるジュネーブ市街地の著名なホテルを取り上げ,雰囲気を提示することがホテルの当事者にとってどのような意味を持つかを,ホテル関係者のコメントを中心に,ホテルのパンフレット,ホテル編集の雑誌,ホテルの空間構造などを参照しながら分析した.その結果,ホテルにおける雰囲気は,単なる場所の状態ではなく,ホテル側の戦略に基づき,ホテルという場所を,フランス語圏地理学でいうような領域とする役割を持つものとして意識されていることが明らかになった.
著者
由井 義通
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.76, no.9, pp.668-681, 2003-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
14
被引用文献数
4 3

本研究は,母子生活支援施設と入所世帯とを調査し,母子世帯の住宅問題と彼女たちを取り巻く住宅状況の地域的な差異を解明することを目的とする.母子生活支援施設入所者の特徴をみると,地域的な差異が明瞭である.東京大都市圏内の施設には家出を理由とした入所者の比率が際立って高い.家出の原因として可能性が高いドメスティック・バイオレンスからの避難として,施設が重要な役割を果たしていることがわかった.入所している母親の年齢は,いずれの地域の施設においても30歳代が過半数を占めるが,大都市圏内では20歳未満の未婚の母親が多い.乳幼児を抱えた母親にとって,育児の負担が大きいために就業することが困難で,生活保護受給者が大都市圏内には多い.
著者
杉浦 真一郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.76, no.7, pp.497-521, 2003-06-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
28
被引用文献数
5 1

本稿は,営利系事業所の進出が少ない農山村地域における介護保険制度下の訪問介護サービスに注目し,保険者たる行政と既存事業者としての社会福祉協議会の役割が目立つ中で,組織的特性の異なる複数のサービス事業所が併存する石川県穴水町の事例から,サービス供給実績の変化とその制度的背景を分析した.町内3事業所のうち,後発の農協系事業所が制度施行2年目からサービス供給実績を伸ばしたが,これは町役場との関係が密接な社会福祉協議会系事業所や,特別養護老人ホームなどを併設する社会福祉法人系事業所とは対照的に,連携する組織やサービス機能をほかに持たないことに起因している.訪問介護の利益率が一般に低水準である中で,この農協系事業所の事業構造は利用者特性の面からみても不安定であり,本事例からは介護保険事業者の特性について,従来の「既存/新規」および「営利/非営利」に加えて,「総合型/単独型」との観点が有効であることが示唆された.
著者
林紀 代美
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.76, no.6, pp.472-483, 2003-05-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
28
被引用文献数
3 4

本稿では,中国におけるトラフグ養殖と輸出,および日本市場の対応を考察する.その成果を,フグ流通,水産物流通の空間構造を検討する一助とする.中国の養殖業者は,高収益を得るため,高級魚であるトラフグの養殖に着手した.日本との立地条件などの違いから,異なる養殖手法が開発され,日本より低密度で大量の生産が行われている.今後は,生産拡大により生じる供給過剰への対策が必要で,中国国内でのフグ食自由化,市場形成が望まれる.今日の日本のトラフグ流通は,低価格の中国産フグが新たな構成要素として加わり,集荷地域が海外へも拡大するとともに,フグ利用・消費層が広がった.調理・提供の都合から生産するフグのサイズの目標が決まるなど,販売・消費のニーズが,流通の構造や構成要素とその活動,要素間の相互関係を規定する大きな要因となっている.また,中間魚輸入や,市場卸売業者によるフグ食文化の紹介や中間魚取引の仲介も確認された.
著者
山神 達也
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.76, no.4, pp.187-210, 2003-04-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
59
被引用文献数
6 3

本稿では,日本の大都市圏における人口増加の時空間構造を把握するために,展開法に依拠し,時間的・空間的連続性を仮定したモデルを適用するとともに,観測値が得られる最新年次までの動向を基に,人口増加の空間構造の将来予測を行った.その結果,以下のことが明らかとなった.まず,日本の大都市圏では,人口増加の絶対水準が徐々に低下した.また,東京・大阪・福岡の各大都市圏では,人口成長の中心が遠心的に移動し,近年,人口の再集中傾向がみられる。一方,他の大都市圏は,人口成長の中心が都心から10~15km帯にとどまり,都心区の人口回復は,予想されないか,予想されても人口増加の空間構造が絶対的分散から相対的分散へ変化するにすぎない.以上の結果は,展開法に依拠した本稿のモデルの適用によりはじめて得られるものであり,従来の都市発展モデルでは同一の発展段階にあるとされた大都市圏問の差も確認することができた.
著者
西部 均 平野 昌繁
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.75, no.7, pp.479-491, 2002-06-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
39

兵庫県南部地震による市街地被害の数量的評価のため,神戸市兵庫区・中央区の応急修正版住宅地図に基づいて震災被害率を計算した.家屋の被害には1950年の建築基準法施行が最も大きく影響していると考え,米軍空中写真を利用して市街地の戦災状況を判別し,震災被害と戦災状況を比較した.その結果,震災被害率は戦災の程度が大きいほど小さくなる関係にあることが確認された.その関係性を踏まえた上で,さらに1万分の1地形図を利用して震災被害率の空間分布の方位特性を分析した.その結果,戦災を免れた地区ばかりでなく,活断層に沿う部分でも被害が大きいことも判明した.このように空間的に市街地被害を評価することで,被害分布図のみでは判定しがたい家屋特性と活断層という被害要因の相乗効果を明確化することが可能となった.
著者
後藤 拓也
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.75, no.7, pp.457-478, 2002-06-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
34
被引用文献数
3 2

本稿はカゴメ株式会社を事例に,食品企業が農産物流動の国際化にどのように関与しているのかを明らかにした。日本のトマト加工品輸入量は1972年以降急増し,早くから国際的な農産物流動を経験してきた.その輸入地域は,1980年代までは台湾に依存していたが,1990年代以降は著しく分散化し,空間的変化が顕著である.輸入地域の1980年代以降の変化は,基本的には原料のコスト要因に規定される傾向にある.しかし,輸入量の約50%を占めるカゴメの海外調達戦略が,輸入地域の空間的変化に大きな影響を与えていた.そこでカゴメを事例に,企業単位で海外調達のメカニズムを検討した.その結果,カゴメが1980年代以降に海外調達提携先の多元化を進め,調達地域を著しく分散化させてきたことが確認された.カゴメによる海外調達先の分散化は,調達用途の多様化,調達のリスク分散,調達の周年化を進める上で重要であり,低コスト調達のみを追求した結果ではない.事実,カゴメの調達組織では,海外産地に対し多面的な評価を行っている.一方,カゴメによる海外調達の進展は,国内調達にも大きな影響を与えた.カゴメは,自らの国内産地を輸入原料で代替困難なジュース専用産地に位置付ける必要があり,国産原料をジュース専用品種へ全面的に転換したのである.これは,カゴメが海外調達で進めてきた用途別調達,分散調達,周年調達が,国内調達と連動していることを端的に示している.
著者
北崎 幸之助
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.75, no.4, pp.161-182, 2002-04-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
36

本研究は,戦後開拓地が現在まで農業集落として維持・発展している大八洲開拓農業協同組合地区を研究対象地域として取り上げ,アクターネットワーク論を用いて,開拓集落の維持・発展の要因を明らかにすることを目的とした.満蒙開拓団出身者らによって建設された大八洲開拓農業協同組合地区は,加藤完治の直接的な指導を受けた初代組合長の佐藤孝治が地域スケールのグレートアクターとなって,満蒙開拓団時代の紐帯や加藤から受けた農業指導を活かしながら共同経営を開始した.高度経済成長期以降,入植2代目の多くは日本国民高等学校や農業試験場などから最新の農業技術を学び,地域の営農に活かしていった.地域内に形成された水稲作や酪農における機能集団の外的なネットワークは,国家や地方スケールの補助事業を積極的に導入しながら営農の集団化を進め,水稲の請負耕作や集団転作などに対応した.また,開拓組合員に求心力を持たせる相互扶助や土地売買に関する内的なネットワークも形成され,組合員の離脱を防ぐ役割を果たしていた.このように,大八洲開拓農業協同組合地区内には,外的・内的なネットワークが重層的に形成されるとともに,国家や地方スケールの垂直的なネットワークとの連繋も図られていたため,戦後開拓地を農業集落として維持・発展させることができた.
著者
大橋 めぐみ
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.75, no.3, pp.139-153, 2002-03-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
23
被引用文献数
3 3

本研究では,日本の条件不利地域における小規模なルーラルツーリズムの可能性と限界を明らかにするため,長野県栄村秋山郷の事例を取り上げ,ツーリズムの需給構造ならびにツーリズム資源となるルーラルアメニティの保全との関連に注目して検討した.秋山郷を訪れるツーリストは,ルーラルアメニティを構成する要素のうち自然的・文化的要素への関心が高く,リピーターを中心に満足度も高い.しかし,農業的要素への需要は十分満たされていない.地域住民は,農業や建設業との複合経営の一環として,低コストで小規模な宿泊施設を経営してきたが,近年は経営の維持が困難となっている.こうしたツーリズムは文化的要素の維持には貢献してきたものの,農業的要素の維持には結び付いてこなかった.ルーラルアメニティの劣化はツーリズム自体の存立を脅かすものであるが,その保全のためにはツーリストやツーリズムに携わる住民のみでなく,地域住民全体を含めた保全の枠組が必要である.