著者
秋野 憲一
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.63, pp.121-130, 2014-04

広大な面積を有する北海道においては,保健医療施策全般について地域格差,健康格差に対する対応が求められている.医療従事者にも恵まれ,経済的にも比較的良好な大都市から,医療従事者の確保もままならず人口流出が続き地域の存続すら危ぶまれている過疎地域まで含まれている.実際,北海道の歯科保健医療の状況については,北海道全体の12歳児一人平均う歯数が全国平均に比べ大きく劣っている他,道内の幼児及び学童のう蝕の地域格差も著しい状況となっている.歯科医療についても,心身障害者等に対する専門的な歯科医療においては,受診のため数時間の交通機関による移動を強いられる地域もあるなど,医療格差が著しい状況である.北海道では,このような幼児及び学童のう蝕の地域格差や障害者歯科医療の地域格差などの健康格差に対する施策として,従来の個人へのアプローチを重視した施策から公衆衛生的なアプローチを重視する施策へ転換を図った.幼児および学童のう蝕の地域格差対策として,先進県において確かな成果を挙げているフッ化物洗口事業の導入を図ることとし,平成21年6月に道議会において成立した「北海道歯・口の健康づくり推進条例」に明確に位置づけた.条例成立を機に,北海道保健福祉部に加え,北海道教育委員会においてもフッ化物洗口の普及を重要施策として取り組むこととなり,導入市町村数は,条例成立前の179市町村中27市町村から,平成25年10月末現在,159市町村まで急速に増加し,さらに今後5年以内に全市町村での導入を目指している.障害者歯科対策では,受診に数時間を要するなど多大な通院負担がある医療格差を踏まえて,北海道全域において心身障害者が身近な地域で一次歯科医療や定期的な歯科健診等を受けられることを目的に,協力医の知事指定を行う「北海道障がい者歯科医療協力医制度」を平成17年度に創設した.北海道内には21の二次医療圏があるが,全ての二次医療圏において協力医を1名以上指定することにより,地域の医療格差の縮小に寄与している.歯科保健における健康格差は,社会的要因の影響を受けやすいため,様々な健康課題の中でも顕著に出る傾向がある.このため保健政策を担う自治体の役割はとりわけ大きく,住民の健康格差縮小に向けてリーダーシップをとっていく必要がある.
著者
熊谷 晋一郎
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.66, no.5, pp.532-544, 2017 (Released:2017-11-28)
参考文献数
68

目的:自閉スペクトラム症の概念は純粋なインペアメントではなくディスアビリティを記述しているために,社会的排除の個人化を通じて有病率が大きく影響するだけでなく,医療モデルに基づく社会適応が支援の目標とされる状況が続いている.社会モデルに基づく自閉スペクトラム症者に対する支援を実現するために,本研究では,コミュニケーション障害を個人のインペアメントではなく,情報保障の不十分と読み替え,個々人に固有のインペアメントの探求と,インペアメント理解を踏まえたうえでの情報保障の探求の 2 点を目的とする.方法:2008年以降,自閉スペクトラム症の診断を持つ綾屋とともに,本人固有のインペアメントを探究する当事者研究を継続的に行ってきた.研究では,綾屋の主観的経験の中に立ち現れる,通状況的なパターンの抽出と,1回性のエピソードの物語的統合の 2 つに取り組み,後者に関しては2011年以降,綾屋と類似した経験をもつ当事者との研究を継続して行った.また,2012年以降は,当事者研究で提案されたインペアメントに関する仮説を検証する実験も並行して行った.結果:情報保障に関連したインペアメントには,音声や文字といった記号表現や,事物の認識におけるパターン化の粒度が,定型発達者よりも細かいという点が重要だとわかった.情報保障の具体例としては,音声の伝達場面ではパソコンや手話の使用,残響の生じない部屋,同時発話のないコミュニケーション様式,短い面談時間と面談での筆記用具の持ち込みなど,文字の伝達においてはコミックサンズというフォントの使用,文字の大きさや行間の調整,光沢のない紙の使用,文字の背景色を薄茶色にするなど,そして全般的に同期的マルチモーダルな情報提示が有効であった.また事物の認識に関しては,音声言語と日本語対応手話の同期的マルチリンガル情報提示や,事後的な「意味づけ介助」が有効だった.結論:自閉スペクトラム症と診断される人々のインペアメントは異種混淆的なので,一人一人に合った情報保障の在り方も多様性がある.したがって,本研究の方法を参考にし,個別の対象者と当事者研究を行うことが望ましい.
著者
林 玲子
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.62, pp.449-458, 2013-10

ミレニアム開発目標(MDGs)は2015年に期限を迎えるが,一定の結果を出している.次なるポスト2015年開発目標は現在策定が進行中であるが,リオ地球環境サミット(1992年),カイロ国際人口開発会議(ICPD:1994年),北京女性会議(1995年)といった複数の開発分野を統合した形となるようである.古代から明瞭な分野が確立されていた医学と違い,人口学は近代の民主主義思想とともに欧米で18世紀より発展した新しい領域である.さらに人口学が国際的な広がりを持つようになったのは世界人口会議が開催され始めた1920年代からである.当初は学術的な要素が強かった人口問題は,1970年代から人口爆発として地球規模問題に発展し,さらに1990年代ICPDの頃より「開発」という文字が入り,国際協力という実践の場に組み入れられるようになった.またICPDを契機に「人口問題」は,女性の健康,リプロダクティブ・ヘルスに重点が置かれるようになり,保健と人口は,特に開発という観点から密接な関係を有するようになる.ICPDは当初からセクシュアル・リプロダクティブ・ライツ,つまり中絶,同性愛の是非について議論があった.イスラム諸国,アフリカ諸国のみならず,アメリカやロシアといった国が政権交代により大きく態度を変えるため,ICPDの存在自体を揺るがしており,20年経った今でも状況は変わっていない.日本は第二次世界大戦後の優生保護法の制定,1970年代の日本人口会議などを通じた人口抑制政策を通して,人口爆発への対応は見事に結果を出した.その後1980年代から1990年代にかけて,世界のトップドナーの地位を得ながら人口分野における国際貢献を行っていたが,ODA予算削減にあわせ,近年はより戦略的かつ「スマート」な取り組みが模索されている.今後の人口分野の新しい切り口として,普遍的な人口登録,人口高齢化,人口移動などが挙げられるが,人間開発における基本インフラというべき,出生・死亡などに関する人口データをきちんと収集・分析し,評価に活用するためのインフラを構築・維持していくことがポスト2015年開発目標の基礎として認識されるべきである.
著者
峯村 芳樹 山岡 和枝 吉野 諒三
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.59, pp.304-312, 2010-09
被引用文献数
1

改正臓器移植法が本年(2010年)7月から全面施行されたが,わが国における臓器移植の現状や脳死の認識には,生命観等の社会的・文化的要因が大きく影響しているとされる.本稿では,筆者らの「医療と文化の連関に関する統計科学的研究」における日本と,欧米(アメリカ,ドイツ,フランス,イギリス)及びアジア(韓国及び台湾)における社会意識調査結果を比較分析した.特に臓器移植・脳死の質問項目について,属性や生命観(宗教,信頼感等)などとクロス集計を行い,臓器移植・脳死に関する認識や行動に係る文化差について検討した.その結果,日本では若い世代,高学歴の人々ほど臓器移植について肯定的な傾向が認められた.脳死については日本では「(どのようなものか)わからない」とする割合が欧米諸国に比べて高いことが特徴的であった.以上から,わが国における脳死・臓器移植に関する情報の発信の必要性が示唆された.
著者
大久保 千代次
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.532-539, 2015-12

日本人を含め世界中の人々が,電波利用の恩恵を受けており,電波の恩恵を受けないで現代生活を営むことは無理である.しかし,恩恵を受けながらも,電磁界の健康影響を懸念する人々がいるのも事実である.電磁界ばく露と生体との相互作用は,周波数が100kHz以上の電波領域では熱作用が主となる.電波ばく露防護の国際的なガイドラインを作成している国際非電離放射線防護委員会は,熱作用を基に低減係数(安全係数)考慮した上でばく露の制限値を設定している.したがって,ガイドライン値以下のばく露環境では国民は十分に防護されていると言える.しかし,国際的ガイドラインの制限値を大幅に下回るばく露レベルでも健康影響をもたらすとの学術論文も発表されている.その科学的信憑性はともあれ,論文内容がメディア等を介して不正確に国民に情報伝達されるため,国民に漠然とした不安を抱かせる要因のひとつとなっている.その上,電波の存在やその強弱を感覚器で感知するのは困難であり,得体の知れない存在でもある.この傾向は世界各国共通であり,日本固有の問題ではない.WHOは電磁界ばく露の健康リスク評価を目的として,1996年に国際電磁界プロジェクトを発足させ現在も継続中である.健康リスク評価対象となる周波数は0-300GHzで,広範囲に亘る.健康リスク評価の結果は,環境保健クライテリアとして2006年に静電磁界,2007年に100kHzまでの超低周波電磁界を対象として順次出版されてきた.本稿では,電磁界と生体の相互作用,WHO国際電磁界プロジェクト概要と現在実施中の100kHz以上300GHzまでの無線周波電磁界(電波)の健康リスク評価と環境保健クライテリア作成の進捗状況を紹介する.
著者
亀井 雄一 岩垂 喜貴
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.11-17, 2012-02

睡眠は,子どもの行動・発達において非常に重要である.しかし,子どもの睡眠に関する重要性はさほど浸透していない.日本では生活の夜型化と睡眠時間の短縮化が著しく,子どもにおいても同様である.睡眠時間の短縮や生体リズムの変調は,脳や身体の発達に影響を与える.また,肥満のリスク因子であることが指摘されている.さらに,日中の眠気,集中力・記憶力の低下,抑うつやイライラといった精神症状,頭痛・肩こりなどの身体症状を引き起こす.子どもの健康な生活のためには,適切な睡眠時間の確保と規則正しい生活習慣が重要である.子どもにとって,よい睡眠習慣とともに睡眠障害も見逃せない問題であるが,その対応も不十分である.その理由として,年齢によって出現しやすい睡眠障害が異なること,子ども特有の症状を示すこと,などが考えられる.本稿では,子どもの睡眠習慣とその問題点,子どもによくみられる睡眠障害とその特徴,行動・発達障害にみられる睡眠の問題,について概説する.よい睡眠習慣と睡眠障害の適切な診断・治療が,子どもの発達と生活のために重要である.
著者
稲葉 洋平 内山 茂久 戸次 加奈江 欅田 尚樹
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.448-459, 2015-10

我が国は「たばこ規制枠組み条約(FCTC)」を批准し,「受動喫煙」「禁煙支援」などのたばこ対策は推進しているものの,「たばこ製品の規制」に関するたばこ対策は実行されていない.さらにここ数年間でメンソールカプセルを封入した紙巻きたばこ,無煙たばこ,電子器具を使用する「Ploom」,「iQOS」などの新規たばこ製品さらには電子タバコが販売されるなど,喫煙者を取り巻く環境が大きく変化しており,最近の調査では,禁煙の意思の低下が報告されるようになった.FCTC第 9 ,10条「たばこ製品の規制・情報開示」の実行は,たばこ製品の「毒性」,「依存性」,「魅惑性」を低下させ,喫煙者がたばこ製品の有害性を知る機会を増加させ,最終的に禁煙を選択することへの行動変容が期待される.さらに,たばこ対策を推進するための科学的根拠の蓄積がされる.これまで我々は,これを目的としてWHOたばこ研究室ネットワークとたばこ製品評価の標準化を行い,国産たばこ銘柄の各種有害化学物質の分析,日本人喫煙者の喫煙行動調査を実施してきた.その結果,我が国のたばこ製品は,海外産たばこ銘柄と比較すると有害化学物質の低減の余地があり,依存性,魅惑性の低下が求められた.日本人喫煙者は低タール・低ニコチンたばこの喫煙に伴う代償性補償喫煙行動によりたばこ煙曝露量が上昇することが確認された.今後,FCTC第9,10条に基づいたたばこ製品の調査を継続しつつも,早急なたばこ製品規制が求められる.
著者
武村 真治 橘 とも子
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.58, pp.226-230, 2009-09
被引用文献数
1

国立保健医療科学院では,新型インフルエンザ対策を含む健康危機管理に関連する研修として,保健所長等の保健所管理職員の健康危機管理対応の実践的能力の向上を目的とした「健康危機管理保健所長等研修(実務編)」,健康危機における保健所の組織管理及び意思決定に関する高度な実践的能力の向上を目的とした「健康危機管理保健所長等研修(高度技術編)」,感染症等の集団発生の原因究明調査に必要な実地疫学(field epidemiology)の技術の習得を目的とした「感染症集団発生対策研修」,ウイルス感染症の検査診断法の技術の習得を目的とした「ウイルス研修」及び「新興再興感染症技術研修」が実施されている.これらの短期研修では,早くから,新型インフルエンザを重要な分野として位置づけ,厚生労働省,地方自治体,企業などの担当者による講義,新型インフルエンザに特化した実地疫学の演習,新型インフルエンザの検査診断法(PCR法)の実習などを導入,実施してきた.今後は,今回の新型インフルエンザに対する国,地方自治体等の対応を詳細に分析した上で,新型インフルエンザ対策に必要な能力(コンピテンシー)を抽出し,それらに適合した教材及び演習プログラム(事例分析,シミュレーション等)を開発・実施し,より高度な実践対応能力の向上を図る予定である.人材育成を通じて保健所,都道府県を支援することは国の責務であり,地域健康危機管理の拠点である保健所等の職員の能力・資質の向上のための短期研修を継続的に実施してきた実績をもつ国立保健医療科学院の果たす役割はますます大きくなっていくと考えられる.今後も,新型インフルエンザを含む健康危機管理に関する研修の充実を図り,都道府県や保健所を積極的に支援していく必要がある.
著者
香坂 雅子
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.33-40, 2015-02

女性の健康(Women's Health)では,疾患の性差の把握はもちろんのこと,女性特有のQOL,心理社会的背景やライフステージを考慮した予防やヘルスプロモーション,治療が求められる.ここでは,ライフステージをふまえながら,女性の睡眠ならびに特有な睡眠障害について概説する.睡眠時間についての大規模な調査が行われ,女性の多くの年代で男性よりも睡眠時間が短く,年々その傾向は際立っている.女性の睡眠は,性ホルモンの影響を受け,月経周期とともに変動し,睡眠の質が不良となる,徐波成分や睡眠紡錘波の周波数が変化する,などの報告がある.また,黄体後期では,体温リズムの振幅が低下する,などの特徴が認められる.睡眠構築についても性差があり,加齢とともに徐波睡眠は減少するものの男性に較べて女性では比較的保たれ,レム睡眠の分断が少ない. 睡眠障害についてみると,アジア,欧米圏で行われた疫学調査のメタ解析では,女性における慢性不眠の報告が多い.日本の全国調査でもDoiらは男性173. %,女性の215%. と,同様の傾向を示した.慢性不眠の背景となるような身体的,心理社会的要因としては,更年期に特徴的な血管運動神経症状を呈する更年期障害,介護を担う家族の一員としての心理社会的要因による不眠,レストレスレッグズ症候群などがある.睡眠時無呼吸症候群(OSAS)は日中の眠気を訴える疾患であるが,発病率に性差があり,女性では不眠を訴えることが多い.OSASが重症になると女性では男性に較べて糖尿病や,虚血性心疾患の合併率が増すとの報告もある.女性においては,睡眠時間と高血圧の発症との間に相関があり,5年後の追跡調査では5時間以下の睡眠をとる女性は,7時間睡眠に較べて19. 4倍の発症率を示した.睡眠の剥奪は女性にとって有害な心血管疾患をもたらすと警告している. 女性が,それぞれのライフステージにおいて健康を保つための知識を確保できるようにするとともに,教育や啓発活動を受けることのできる行政のシステムづくりが必要と考える.
著者
齋藤 信也 児玉 聡 安倍 里美 白岩 健 下妻 晃二郎[翻訳]
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.62, pp.667-678, 2013-12

本報告書は,ガイダンス(推奨)作成に用いるプロセスを設計する際,およびガイダンスの各項目を作成する際にNICEが従うべき諸原則についてまとめたものである.これは主として,介入の効果と費用対効果に関する決定を行う際,とくにそれらの決定がNHSの資源配分に影響を与える場合に,NICEおよびNICEの諮問機関(advisory body)が適用すべき判断に関するものである.本報告書はNICE理事会によって作成された.これは2005年に作成された「社会的価値判断(Social value judgements)」第一版に基づいている.すべてのNICEガイダンスおよびガイダンスの作成にNICEが用いるプロセスは,本研究所の法的義務,および本報告書で記述された社会的価値の諸原則と一致していなければならない.NICEガイダンスのいずれかの部分がこれらの諸原則に従っていない場合,NICEと諮問機関はそれらを特定し,その理由を説明しなければならない.
著者
南澤 甫 川井 充 今野 義孝
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.59, pp.199-203, 2010-09

目的 本研究は,筋萎縮性側索硬化症および多系統萎縮症の発症から診断確定までの間に患者が経験する心理的体験を捉え,診断未確定期における患者の心理状態を明らかにして,医療供給体制や難病患者支援体制のより良いあり方を考える資料を提供することを目的とする.方法 国立病院機構東埼玉病院(以下,当院という)を受診中で,研究参加に同意を得られた患者に対して診療録調査と半構造化面接を行う.半構造化面接では,1)初めて症状に気づいたときの気持ち,2)医療機関を受診したときの説明とそれについてどのように感じたか,3)最終診断の告知をどのように受けたか,4)現在の療養生活をどのように捉えているか,5)人生に対する考え方,等を自由に語ってもらう.結果 診療録調査から,確定診断に至るまでの年月として,最低でも二年,長ければ十年以上を要するということが明らかとなった.半構造化面接については,初めて症状に気づいたときの気持ちとして,「こんな重大な病気だとは思わなかった」といった語りが得られた.医療機関を受診したときの説明とそれについてどのように感じ,受け止めたかについては,「わかりにくい部分があった」といった語りが得られた.最終診断の告知をどのように受けたか,またそれについてどのように感じたかについては,「これで人生終わりだと思った」といった語りが得られた.現在の療養生活をどのように捉えているかについては,「自分の今後が知りたい」といった語りが得られた.人生に対する考え方については,「人に迷惑をかけない」といった語りが得られた.結論 診療録調査から,初期段階において神経難病の可能性を推測することは,患者はもちろんであるが医師にも著しく困難であると考えられた.つまり,診断未確定期における患者は,症状を自覚してはいるが,それを神経難病と結び付けることはほとんどないと考えられる.それは,医師も同様である可能性が示唆された.一度の受診で正確な診断が下されることはなく,患者は進行する症状となかなかはっきりしない病名に不安やいらだちを覚えていることがうかがわれた.また,医師による説明に患者は満足していないことが明らかになった.個人差という言葉や,専門用語に隠されて自身の病気の実態が見えないという患者の訴えが聞かれた.患者の求める情報と,医師による説明とが一致しないことへの不満も聞かれた.一方,同じ内容を伝えるとしても,患者に分かりやすいように伝えようとする医師の姿勢は患者に伝わるのであり,そこに患者は信頼を寄せるということが考えられた.
著者
土井 由利子
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.3-10, 2012-02
被引用文献数
2

近年,国内外の数多くの睡眠研究によって,睡眠障害が罹病のリスクを高め生命予後を悪化させるというエビデンスが積み重ねられて来た.世界的に睡眠研究が進む中,睡眠問題は取り組むべき重要課題として認識されるようになり,日本を含む各国で,国家的健康戦略の1つとして取り上げられつつある.このような流れの中で,過去10年間を振り返って,日本における睡眠障害の頻度(有症率)と睡眠障害による健康影響について,エビデンスをもとにレビューすることは,公衆衛生上,有意義なことと考える.文献レビューの結果,睡眠障害の有症率は,慢性不眠で約20%,睡眠時無呼吸症候群で3%〜22%,周期性四肢運動障害で2〜12%,レストレスレッグス症候群で0.96〜1.80%,ナルコレプシーで0.16〜0.59%,睡眠相後退障害で0.13〜0.40%であった.健康影響に関するコホート研究では,死亡に対し短時間睡眠で1.3〜2.4,長時間睡眠で1.4〜1.6,2型糖尿病の罹病に対し入眠困難で1.6〜3.0,中途覚醒で2.2と有意なリスク比,入眠困難と抑うつとの間で1.6と有意なオッズ比を認めた.日本国内外のコホート研究に基づくメタアナリシス研究でも同様の結果であった.以上より,睡眠障害へ適切に対処することが人々の健康増進やQOLの向上に大きく寄与することが示唆された.そのためには,睡眠衛生に関する健康教育の充実をはかるとともに,それを支援する社会や職場での環境整備が重要である.また,睡眠障害の中には,通常の睡眠薬では無効な難治性の神経筋疾患なども含まれており,睡眠専門医との連携など保健医療福祉における環境整備も進める必要がある.
著者
小井土 雄一 近藤 久禎 市原 正行 小早川 義貴 辺見 弘
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.60, pp.495-501, 2011-12
被引用文献数
1

背景:今日の急性期災害医療体制は,阪神淡路大震災の反省に基づき研究が行われ,研究成果が国の施策に活かされることにより構築された.その本幹を成すものは,災害拠点病院,DMAT(災害派遣医療チーム),広域医療搬送計画,EMIS(広域災害救急医療情報システム)の4本柱である.今回の震災においては,くしくもこの新しい急性期災害医療体制が試される結果ともなった.しかしながら,今回の震災における医療ニーズは,阪神淡路大震災とは全く違ったものであった.DMATにおいても,これまで超急性期の外傷を中心とする救命医療に軸足を置いてきたが,今回の震災においては,また新たな対応を要求された.目的:今回の震災においてDMATの医療活動が効果的に行われたか後方視的に検証し,課題を抽出することにより,DMAT事務局として今後のDMATのあり方に関する研究の方向性を示すことを目的とした.方法:2011年3月11日発生した東日本大震災に対して,DMAT380チーム,1,800人の隊員が全都道府県から出動した.全380チームの活動報告書を基に,指揮命令系統,病院支援,域内搬送,広域医療搬送,入院患者避難搬送などそれぞれのDMAT活動実績をまとめ,課題を抽出した.活動報告書は著者らが所属するDMAT事務局が共通フォーマットを作成し,2011年6月にインターネット配信し回収した.結果:今回の震災では,DMAT隊員1.800人を超える人員が迅速に参集し活動した.指揮命令系統においては,国,県庁,現場まで統括DMATが入り指揮を執った.急性期の情報システムも機能し,DMATの初動はほぼ計画通り実施された.津波災害の特徴で救命医療を要する外傷患者の医療ニーズは少なかったが,被災した病院におけるDMATの病院支援は十分に効果的であった.本邦初めての広域医療搬送が行われたことも意義があった.また急性期の医療ニーズが少なかった一方で,発災後3〜 7日に病院入院患者の避難等様々な医療ニーズがあったが,このような医療ニーズに対してもDMATは柔軟に対応し貢献した.考察:本震災において行われた急性期災害医療を,阪神淡路大震災時と比較すると,被災地入りしたDMATの数だけをとっても,隔世の感を持って進歩したと言え,これまでの研究の方向性が間違っていなかったことが証明された.しかしながら,今回の地震津波災害においては,阪神・淡路大震災に認められなかった様々な医療ニーズが出現し,その中には今まで研究されていない領域のものもあった.東海・東南海・南海地震が連動した場合は,今回と同じ医療ニーズが生じると考えられ,DMATに関しては,これまでやってきた阪神淡路大震災タイプ(直下地震)の対応に加え,更なる対応が必要と考える.研究の方向性に関しても,今まで課題に挙がっていなかった部分を,今回の教訓をもとに進めて行く必要がある.
著者
米山 正敏 深田 聡 森川 美絵
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.63, pp.407-417, 2014-08

近年,我が国では,保育所入所待機児童(調査日時点において入所申込が提出されており,入所要件に該当しているが入所していないもの.厚生労働省保育課が把握して「保育所関連状況取りまとめ」を作成する際に定義されている.保育所に空きがなくて入所できない児童,もしくは空きがあっても諸事情により入所していない児童を含む.以下,待機児童という.)の解消が大きな目標になっている.平成13年以降,保育所定員数も保育所数も全国レベルでは右肩上がりに増加しており,かつ,毎年保育所利用児童数は定員を下回っている.しかしながら,待機児童は依然として発生しているという現状がある.このことは,待機児童の地域偏在や,待機児童解消のための保育の受け皿整備等,自治体による取り組み方の違いに起因している可能性,そして,それらについての検証の必要性を示唆している.本報告では,待機児童と保育所整備に関する状況について既存のデータを整理し,有用と思われる新たな指標も追加することで現状の分析を行った.結果として,政令市・中核市レベルの待機児童と保育所整備に関する状況は,人口規模の類似した自治体であっても大きく異なっていることが明らかになった.また,自治体単位の5才以下人口に占める保育所定員数の割合が高いほど,5才以下人口に占める待機児童数の割合が低いという傾向が見出された.また,どのような受け皿により保育ニーズが吸収されているのか,地域の保育ニーズに応じるためにどの程度の地方単独保育施策が動員されているかについても,自治体によりかなりの相違があることも示された.なお,待機児童の解消を含めた保育所整備は,保育の受け皿の量的拡大のみならず,ケアの質の保障,地域の子育て支援能力の向上,雇用環境とマッチした環境整備といった多様な視点からなされることが重要である.それらを把握しモニタリングするための指標の開発,地域の施策立案への活用が,今後の課題として示された.
著者
Kitajima Keiko
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.60, pp.451-452, 2011-10

Objectives: This study aims to make clear the notion of community resilience in disaster management, in order to provide appropriate support systems throughout the disaster management cycle. In order to comprehend community resilience, three main specific objectives were set out: first, to figure out the general understanding on community resilience from the collection of community actions in literature; second, to understand how to measure the level of community resilience; and finally, to understand how the vulnerable groups are in an emergency, in terms of community resilience. 1) To identify the characteristics of community resilience in each phase of the disaster management cycle. 2) To summarize the current measurements of the community resilience in a disaster. 3) To summarize the special consideration given to vulnerable people.Study Design and Methods: A review of literature was conducted using a few databases with the keywords, "disaster," "flood," "water hazard," "community resilience," and "community mobilization." References cited in the literature were also reviewed. After the selection of articles, the concept of community resilience by Norris et al. (social capital, community competence, and information and communication) was adapted to analyze the characteristics of community resilience when faced with floods through a disaster management cycle. Next, measurements of the level of community resilience were also investigated, in terms of its development by indicators and analysis. In addition, considerations found in literature were summarized in terms of the protection of vulnerable populations: chronic disease patients, socioeconomically disadvantaged populations, and women and children.Results: 1) The characteristics in each phase of the disaster management cycle: According to each phase, the characteristics of collective actions were observed. In terms of "social capital" and "community competence," rescue operations, collective efficacy, and restoring contact between separated families, as well as the development of crisis committees were reported (relief phase). In addition, mutual cooperation in communities, nationwide ethnic community support, community mental support, etc., were found (recovery and rehabilitation phase). Moreover, actions for preparing and mitigating the next disaster, such as gaining a sense of community, enhancing collective efficacy and empowerment, and networking and building political partnerships by learning and practicing the process, were also observed (preparedness, early warning, and mitigation phase). In terms of "information and communication," emergency information delivery among community members and local knowledge of crises based on experience were reported (relief phase). Oral histories were being utilized in all phases of the disaster management cycle to raise awareness of citizen preparedness. Furthermore, community participatory preparedness actions, such as developing a hazard map and an early warning system, were also important (in preparedness, early warning, and mitigation phase). 2) Measurements of the level of community resilience were developed and found valid by tests, however when implementing these measurements in other cases, the development of another set of indicators according to the socio- and culturaleconomic context is still needed. 3) Meanwhile, for vulnerable people, the socioeconomic factors in the disaster management context have a greater impact on them, and there is still not enough evidence of support mechanisms for community resilience on this matter.Conclusion: 1) All the factors from the characteristics of community resilience are important, and they are strongly connected and interact with each other. Among all the factors, organizing collective efforts becomes the core of the community resilience to water hazards. Additionally, it demonstrates the characteristic of forming community cohesion at the first stage and then expanding to the outside community to cooperate together. However it is believed that social capital, which is based on a network and relationship of mutual trust, has become the core of community resilience. Additionally, each factor is strongly connected to the others. 2) Measurements of community resilience are developed to some extent (economic development, social capital, and collective efficacy). However they still need to be adjusted to the study area by developing indicators and analyzing the social and cultural context. More accurate measurement requires future research and development. 3) Support mechanisms for the vulnerable population are not sufficient at present, thus community-based support mechanisms should be introduced and improved in order not to leave these populations marginalized in a crisis and to involve them in the community-based disaster management cycle.
著者
中島 孝
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.60, pp.130-137, 2011-04
被引用文献数
4 2

HAL(Hybrid assistive limb)は四肢に装着する装着型ロボットであり,人とのハブリッド技術の一つである.HALは装着者の運動意図を基にしてリアルタイムに四肢の運動機能を増強する機能を持つ知的なロボットである.HALの医学応用にむけて,社会心理的および倫理的問題を考察するために,人-機械によるハイブリッド技術について,歴史的な検討を行った.HALの医学応用の一つとして,脊髄性筋萎縮症,球脊髄性筋萎縮症,筋萎縮性側索硬化症,シャルコー・マリー・トゥース病などの神経・筋難病患者への治療への応用を検討した.HALの臨床効果の評価法として,QOLとPROの重要性について論じた.「神経・筋疾患により障害された四肢を適切にアシストすることで,罹患筋の機能は長持ちし,より健常な筋の廃用症候群は予防できる」という仮説を最終的に証明するための治験実施を本研究は目指している.患者がHAL-神経筋難病モデルを間欠的に使用することにより,QOLが改善するだけでなく,疾患の進行スピードも減弱する可能性が期待できる.