著者
福田 治久 佐藤 大介 福田 敬
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.147-157, 2019-05-01 (Released:2019-06-13)
参考文献数
6

目的:費用対効果評価制度における分析は,『医療経済評価研究における分析手法に関するガイドライン』(経済評価GL)に基づいて実施することとなっている.経済評価GLにおいては,診療報酬改定の影響を補正するために,診療行為レベルでの単価の補正を推奨しているが,他の補正方法との比較検討はなされていない.本研究の目的は,レセプトデータを用いた医療費分析において診療報酬改定の補正方法について検討することである.方法:本研究では2009年 4 月から2016年12月のおよそ 8 年間における医科およびDPCのレセプトデータから,1度でも入院をしたことのある者の解析用IDを抽出し,当該解析用IDの中から無作為に25%分を抽出したナショナルデータベース(NDB)を使用した.2012年度から2016年度にかけて,DPCコードおよびDPCコード内における患者定義が同一のDPCコードにおける入院症例を解析対象に定めた.診療報酬改定の補正方法として以下の 4 方法を定めた:1DPC包括部分・診療行為・薬価・材料に対して2016年度単価を使用,2薬価・材料のみに対して2016年度単価を使用し,その他は診療報酬本体改定率を使用,3診療報酬本体・薬価・材料に対して全体的にネット改定率を使用,4補正を行わない.本研究では,経済評価GLが推奨する 1 を用いた補正方法によって算出した医療費に対して,2~4のそれぞれを用いた補正方法によって算出した医療費の比率を算出し,補正方法の違いによる医療費推計結果の違いを比較検討した.結果:「2012-2013年度」,「2014-2015年度」,「2016年度」の間で,DPCコードおよび患者定義が変更されていないDPC数は,2016年度全DPCコード数:4,918件のうち,999件(20.3%)であった.一方,「2014-2015年度」,「2016年度」の間では1,528件(31.1%)であった.経済評価GLが推奨する補正方法 1 による医療費に対して,各補正方法で算出した医療費の比は,補正方法 2 では1.01,補正方法 3 では0.99,補正方法 4 では1.00であった.ただし,DPCコードによって医療費比が±10%程度の相違が生じ,一部のDPCコードでは±20%以上の誤差も生じていたが,どの補正方法においても相違の傾向は同様であった.結論:経済評価GLにおいて推奨されている補正方法 1 は,DPCコード内容の変更の影響が大きいことから現実的に実施困難であることが明らかになった.また,より簡便な補正方法2~補正方法 3 を用いた場合でも,推計結果に大きさ誤差を認めなかった.そのため,結果の精度と分析実施可能性に鑑みてネット改定率(補正方法3)を用いることが許容される.
著者
大津留 晶 宮崎 真
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.132-137, 2013-04

福島第一原発事故による健康リスク環境汚染核種,I-131, Cs-134, Cs-137において,初期のI-131の吸入による甲状腺内部被ばくと,慢性的経口摂取のCs-134, Cs-137による内部被ばくいずれも,低いレベルで抑えられている.事故前と比べると土壌の汚染により空間線量率の高い地域はあり,これらによる推計あるいは実測された外部被ばくと内部被ばくの実効線量は合わせて1mSvを越えることはあるが,大多数でよく低減されている.チェルノブイリ原発事故と比較し,個人の被ばく線量が低く抑えられたのは,災害当初よりの食品・水の検査,出荷制限,その後の土壌改良,除染などの継続した取り組みの総合的な成果であろう.原子力災害を乗りこえて,住民のいっそうの健康の増進をめざして,地域においてより多角的で双方向性の新たな取り組みが開始されている.
著者
藤下 真奈美
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.96-102, 2020-05-29 (Released:2020-06-27)
参考文献数
3

我が国では,平成15年以来,健康増進法(平成14年法律第103号)により,多数の者が利用する施設を管理する者に,受動喫煙の防止措置を講じる努力義務が設けられ,これまで一定の成果を上げてきた.しかしながら,依然として多くの国民がこうした施設において,受動喫煙の機会を有している状況にある.また,平成17年に,日本も締約国である「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」(以下「FCTC」という.)が発効し,平成19年の第 2 回FCTC締約国会合において,「たばこの煙にさらされることからの保護に関するガイドライン」が採択された.FCTC第 8 条においては,締約国に対し,「屋内の職場,公共の輸送機関,屋内の公共の場所及び適当な場合には他の公共の場所におけるたばこの煙にさらされることからの保護を定める効果的な立法上,執行上,行政上又は他の措置」を求めている.こうした状況に加え,国民の健康増進を一層図るためには,受動喫煙対策を更に強化していくことが必要であることを踏まえ,健康増進法の一部を改正する法律(平成30年法律第78号.以下「改正法」という.)が平成30年 7 月に成立した.この改正法では,①望まない受動喫煙をなくすこと,②受動喫煙による健康影響が大きい子どもや患者等に特に配慮すること,③施設の類型・場所ごとに対策を実施することの 3 つの基本的な考え方を示している.また,改正法では,一定の場所を除いて禁煙とすることが法律上の義務として明記された.この義務に違反した場合は,都道府県知事等による指導,勧告,命令等により改善を促し,これに従わない場合に過料が設けられている.改正法は,規制の内容に応じて段階的に施行されてきたが,令和2(2020)年 4 月 1 日に全面施行となった.改正法により,今まで各施設によってばらばらとなっていた喫煙場所に関するルールが統一的なものとなり,望まない受動喫煙が生じない環境の整備が進むこととなった.また,喫煙をする際には望まない受動喫煙が生じないよう,周囲に配慮すべき旨の規定を設けている.さらに,改正法による規制のみならず,受動喫煙による健康影響の周知啓発や喫煙専用室を設置する事業主に対する支援もあわせて行うこととしており,こうした取組を通じて,喫煙をする人もしない人もお互いに尊重し合い,気持ちよく過ごすことができる環境が実現していくことを期待しつつ,引き続き受動喫煙対策に取り組んでいきたい.
著者
戸次 加奈江 稲葉 洋平 牛山 明
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.138-143, 2020-05-29 (Released:2020-06-27)
参考文献数
24

喫煙による健康被害は,有害成分を含む喫煙者本人の主流煙による一次喫煙をはじめ,喫煙時に発生する副流煙や喫煙者が吐き出す呼気中のたばこ煙(呼出煙)による受動喫煙(second-hand smoke),そして洋服や部屋に吸着したたばこ煙(残留たばこ煙)による三次喫煙(third-hand smoke)が知られている.特に三次喫煙については,受動喫煙と比べると一般的な認知度は低く,その有害性についても現時点で人への有害性は立証されていないものの,室内に吸着する残留たばこ煙には,揮発性が高く悪臭を伴うピリジン類をはじめ,揮発性の低いニコチンやたばこ特異的ニトロソアミン類(TSNAs)等多岐に渡る成分が含まれている.三次喫煙は,室内におけるこうした成分に,空気やハウスダストを介して非意図的に曝露を受けることであり,受動喫煙と同様,特に感受性の高い乳幼児や幼児期の子供への健康影響には注意を払う必要がある.我が国で2020年 4 月 1 日から全面施行された改正健康増進法の中では,受動喫煙対策の強化が主な目的にもされていることから,今後,室内での喫煙機会は大幅に減少していくものと推定される.しかしながら,喫煙可能な場所も未だ半数以上を占めており,これまでの実証実験による報告からも,従来の喫煙場所を禁煙区域に変更するだけでは,残留たばこ煙による三次喫煙の影響を完全に除くことは困難である.さらに,近年普及する新型たばこにおける健康影響や環境汚染への影響については未解明の問題も多く残されていることから,喫煙による室内汚染問題への対応として,今後は,長年の課題である受動喫煙をはじめ,三次喫煙も含めた微量なたばこ煙成分に対する高性能な分析技術と生物学的な影響評価手法を確立することで,喫煙の有害性に関する基礎的な情報を得る必要がある.さらに,短期及び長期に亘る実際の人への健康影響を明らかにしていく上でも公衆衛生分野における継続した疫学的調査研究の実施が必要である.
著者
大平 哲也 中野 裕紀 岡崎 可奈子 林 史和 弓屋 結 坂井 晃 福島県県民健康調査グループ
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.34-41, 2018

<p>2011年 3 月11日,東日本大震災が発生し,それに引き続き福島第一原子力発電所の放射線事故が起こった.原子力発電所周辺の多くの住民が避難を余儀なくされ,生活習慣に変化が起こってきた.そこで,各市町村で実施している健康診査、及び福島県で実施している県民健康調査のデータを用いて、震災後の避難が循環器疾患危険因子及び生活習慣病に影響する可能性を検討した。本稿では,震災前後における健康診査結果の変化及び県民健康調査の生活習慣病に関する縦断的検討の結果を概説する.震災前後において健康診査データを比較した結果,震災後,避難区域住民においては過体重・肥満の人の割合,及び高血圧,糖尿病,脂質異常,肝機能異常,心房細動,多血症有病率の上昇がみられた.さらに,震災後 1 ~ 2 年間と 3 ~ 4 年間の健診データを比較したところ,糖尿病,脂質異常についてはさらなる増加がみられた.したがって,避難区域住民,特に実際に避難した人においては心筋梗塞や脳卒中などの循環器疾患が震災後に起こりやすくなる可能性が考えられた.また、これらの要因としては震災後の仕事状況の変化、避難による住居の変化などによる身体活動量の低下、心理的ストレスの増加などが考えられた.今後,避難者の循環器疾患を予防するために,地域行政と地域住民が協働して肥満,高血圧,糖尿病,脂質異常の予防事業に取り組む必要がある.</p>
著者
石原 淳子 津金 昌一郎
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.66, no.6, pp.590-602, 2017-12-01 (Released:2018-02-20)
参考文献数
36

がんの発生には栄養・食生活などの生活習慣が深くかかわっている.本稿では,国内外で明らかとなってきている,がんのリスク要因となる栄養・食生活習慣のエビデンスの現状について紹介し,ライフコースを見据えたがん予防・対策における課題と今後の方向性について考察した.国立がん研究センターが提示する「日本人のためのがん予防法」の推奨項目は,科学的根拠に基づく日本人のがんリスクを総合的に評価し,提言された指針をもとに作成されている.評価の時点で発表されている論文の系統的レビューを行い,科学的な根拠としての信頼性の強さと,要因とがんの関連の強さを判定基準に沿って総合評価する方法で行われている.評価された項目のうち,「飲酒」「塩分・塩蔵食品」「野菜・果物」「身体活動」「体形」などの食と栄養に関わる項目は,予防可能なリスク要因のうち,日本人におけるがんの人口寄与割合が喫煙,感染の項目に次いで高いことが明らかになっている.また,国際的な動向として,世界がん研究基金と米国がん研究協会の「食物・栄養・身体活動とがん予防・継続的評価(Continuous Updating Project)」による評価がある.全粒の穀類・食物繊維,乳製品・カルシウム,赤肉・加工肉,コーヒー,体格,体脂肪(ライフコースにおける変化含む),βカロテンサプリメント,グリセミック負荷など,日本人を対象とした評価では関連が弱い,またはデータが不十分な項目についても評価されている.がんのリスク要因に関する知見のまとめと公表を目指したこのようなトランスレーショナル・リサーチは,疾病予防のための課題解決に向けて,優先順位をつけるため国内外で行われている.ライフコースを見据えたがん予防においては,①栄養・食生活について科学的に明らかながんリスク要因の具体的効果的改善方法に関する研究推進および実践,そして②若い世代が将来,がんを発症する世代になるまでの間の,食生活変化を踏まえた動向の注視,特に国際的に課題とされている要因についてのモニタリング,の二点が重要である.がんは生活習慣が長い年月蓄積して発生する疾患であるため,ライフコースを見据えた対策は特に重要である.生活習慣が確立されるライフコース前半に,身に着けるべき望ましい栄養・食生活の習慣を国民に広く伝えていくと同時に,将来,リスク要因となりうる,ハザードに関して国際的な研究結果に注意を払い,先手の対策を考えることも重要である.
著者
渡辺 賢治
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.67, no.5, pp.471-479, 2018-12-28 (Released:2019-02-16)
参考文献数
20

目的:ICD-11に東洋医学分類が組み入れられるに至った背景,開発の経緯を概説し,その意義,課題,ならびに今後の展望につき解説する.伝統医学分類の開発の経緯:WHOにおける伝統医学分類の作成はWHO西太平洋地域事務局(WPRO)における伝統医学の標準化プロジェクトの一環として開始された.2008年まではWPROでの開発であったが,2009年からWHO本部としてのプロジェクトに移行し,2009年に世界中の伝統医学の代表が一同に介する会議を経て,2010年に,伝統医学の中で,東洋医学をICDの中に入れようということで,開発をスタートさせた.2013年にはベータ版が完成し,22カ国の東洋医学の専門家と言語の専門家142名によるピアレビューと,日中韓英によるフィールドテストを経て2018年 6 月にリリースされたICD-11の第26章として位置づけられた.伝統医学分類の開発の意義:1900年からのICDの歴史の中で,伝統医学がその中に入ったのは初めてである.その意味において,前WHO事務局長のマーガレット・チャン氏が歴史的といったのは必ずしも大げさなことではないであろう.その一方で,西洋医学の分類に遅れること118年で,ようやく診断の体系が国際化されたに過ぎない.ICD-11に入ったことは,WHOが伝統医学の効果や安全性を認めたことではない.むしろ,有効性安全性を検証するための国際的なツールができたに過ぎない.よってこの伝統医学の章を用いてこれから説得力のあるデータを取っていくことが求められているのである.伝統医学分類の今後の展望:伝統医学の章の開発は日中韓を核とした国際チームによって成し遂げられた.今後は維持・普及のフェーズとなる.また,鍼灸などの介入に関してはICHIの中で位置づけられていく計画である.こうした活動の中心になる母体組織として,2018年,WHO-FICの中に伝統医学分類委員会が設置された.今後新たな伝統医学の開発も視野にいれて活動を行っている.活動の大きな柱の一つは普及である.東洋医学はアジア,オーストラリア,ニュージーランド,欧米はもちろんのこと,コロンビア,ブラジルなどの南米諸国,ロシアなどでも盛んに行われている.今後は東洋医学を行うすべての国において,伝統医学の保健統計が取得され,また,教育・研究などの分野で活用されることが期待される.結論:ICDの歴史の中で初めて伝統医学の章が入り,伝統医学保健統計の国際基盤ができた.今後伝統医学の統計・教育・研究の分野で活用されることが期待される.
著者
栗原 治
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.11-20, 2018

<p>2011年 3 月11日に発生した東京電力福島第一発電所事故(福島原発事故)から既に 7 年間が経過し,これまでの間,主として福島県住民を対象とした個人線量測定及び評価が数多く行われてきた.言うまでもなく,住民に対する個人線量評価は,今後の放射線被ばくに起因する健康影響の評価を行う上で重要である.本稿では,これまでに報告された関連する日本人研究者による主要論文の概観を行うともに,福島原発事故に係る個人線量測定及び評価に係る経験や課題について記述した.福島県住民が同事故によって受けた全身の被ばく線量の推計値は総じて低く,自然放射線から受ける年間の被ばく線量と同等またはそれ以下とする論文が大半であった.現存被ばく状況下にある近年のきめ細かい個人線量測定は,追加被ばく線量を低減するための方策を検討する上で有用であり,また,放射線リテラシーの醸成に貢献している.個人線量評価における残された大きな課題としては,特に事故初期の被ばく線量の不確かさの評価であり,さらなる研究が望まれる.</p>
著者
秋葉 澄伯
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.255-260, 2018-08-31 (Released:2018-10-26)
参考文献数
13

レギュラトリーサイエンスは,科学技術の導入による利益と不利益を調整しようとする際に,自然科学的合理性と社会科学的洞察に基づく判断に指針・根拠を与えるための体系化された知識である.新しい科学技術を広く社会に導入する際には,導入の準備段階から国・自治体が環境・社会・疫学調査によるデータの収集に能動的にかかわることが重要である.得られた情報は,科学技術の導入に伴うリスクとコストにかんする市民教育にも役立ち,また,民主的な意思決定にとっても必須なものとなる.環境政策の意思決定においては,利益と不利益のバランスを図るだけでなく,健康影響や環境負荷を可能な限り最小限とする努力が必要であることは言うまでもないが,同時に,住民の「たつき(生活の手段とそれを提供する場)」の保護とソーシアルキャピタルの増加を重視すべきである.
著者
大原 利眞 森野 悠 田中 敦
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.60, pp.292-299, 2011-08
被引用文献数
3

平成23年3月11日の東日本大震災によって発生した,東京電力福島第一原子力発電所の事故によって,大量の放射性物質が大気中に放出された.放出された放射性物質は,福島県だけでなく,東北南部や関東地方を含む広い範囲で,土壌,水道水,牧草,農産物,畜産物,上下水道汚泥など様々な環境汚染を引き起こしている.また,将来的に,半減期の長い137Csなどによる長期の環境影響が懸念される.本稿では,これまでに公表された放射性物質の放出量や測定結果に係る各種資料,及び,大気シミュレーション結果に基づき,福島原発から放出された放射性物質の大気中の挙動に関する知見を整理する.福島原発から4月初めまでに大気中に放出された131Iと137Csの総量は,それぞれ1.5×1017Bqと1.5×1016Bq程度と推計され,特に3月15日午前中の2号機からの放出が多かったと考えられている.放射性物質の大気への放出によって,茨城県北部で測定された空間線量には3つの大きなピーク(3月15日,16日,21日のいずれも午前中)が認められる.これらのピークは,放射性プルームが北風によって南に運ばれたことと,このプルームが降水帯に遭遇して放射性物質が地表面に湿性沈着したことによって説明できる.また,筑波での測定結果は,放射性核種の構成比が時間的に大きく変化すること,131Iのほとんどはガス状であるが一部は微小粒子として存在しているのに対し放射性セシウム(134Csと137Cs)は数ミクロンの粒子として存在していることを示す.大気シミュレーションによって計算された131Iと137Csの沈着量の空間分布によると,放射性物質の影響は福島県以外に,宮城県や山形県,関東地方,中部地方東部など広域に及んでいる.また,時間的には,空間線量のピークが認められた3月15日〜16日と3月21日以降の数日の2期間で集中している.更に,3月に放出された131Iの35%,137Csの27%がモデル領域内に沈着したこと,131I沈着量のほとんどは乾性沈着したのに対して137Csは湿性沈着が支配的であること,放出された131Iと137Csのうち南東北と関東の1都10県に沈着した割合はどちらも13%程度であり,131Iは福島県,茨城県,栃木県,137Csは福島県,宮城県,群馬県,栃木県などで沈着量が多いことなどが示された.
著者
吉池 信男
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.66, no.6, pp.556-573, 2017-12-01 (Released:2018-02-20)
参考文献数
21

乳幼児期の栄養・食生活は,その時期における健全な成長・発達に対してのみならず,成人後のNCDsリスクの低減という観点からも重要なことと考えられる.乳幼児期の栄養・食生活の実態に関しては,10年毎に実施されている乳幼児栄養調査から重要な情報を得ることができる.最新の2015年の調査においては,以前と比べて,母乳育児を支援する環境づくりに進捗が見られ,母乳栄養児の割合も高くなった( 1 か月51.3%, 3 か月54.7%).また,離乳食の開始時期も以前より遅くなってきており,2007年に出された「授乳・離乳の支援ガイド」とそれを活用した普及啓発活動の効果の表れと考えられた.一方,離乳食について約75%の保護者が何らかの「困りごと」を有しており,離乳食に関する学習の場として最も重要な保健所・市町村保健センター等における支援のさらなる充実が望まれる.幼児期の食習慣の形成には,保護者の影響が大きいと考えられ,保護者が抱える子どもの食事に関する「困りごと」への支援とともに,第 3 次食育推進基本計画が示している「若い世代を中心とした食育」や「子どもの成長,発達に合わせた切れ目のない」対応の推進が必要である.幼児期の食事に関わる健康問題として重要な食物アレルギーへの対応や肥満予防のための取組についても課題があり,今後の改善が必要と考えられる.子どもの貧困が社会問題化する中で,家庭の経済状況に応じた支援のあり方も検討される必要がある.
著者
山口 一郎 寺田 宙 欅田 尚樹 高橋 邦彦
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.62, pp.138-143, 2013-04

東京電力福島第一原子力発電所事故により,食品の放射線安全への懸念が国内外で高まり,そのために様々な対策が講じられた.対策の成果を評価するために,食品に由来した線量の推計が様々な方法により試みられている.ここでは,厚生労働省が公表している食品中の放射性物質のモニタリング結果に基づく線量推計例を示す.なお,事故直後から6ヶ月間の被ばく線量の評価例は,2011年10月31日に薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会放射性物質対策部会で報告されている.本稿では,その評価例に引き続くものとして,事故直後から2012年12月までの実効線量と甲状腺の等価線量を積算した評価例を示す.年齢階級別に東電福島原発事故後の食品中の放射性セシウムと放射性ヨウ素に由来した預託実効線量を推計した結果,中央値が最も高かったのは13-18歳で2012年12月20日までの積算で0.19mSvであった.95%タイル値が最も高かったのは1-6歳で0.33mSvであった.このような食品からの線量の事後的な推計は,ある集団や個人の放射線リスクの推計や放射線防護対策の評価に役立てることができる.また,今後の食品のリスク管理のあり方の検討にも役立てることができるだろう.
著者
武藤芳照
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, 2007
著者
市川 かよ子
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.62, pp.549-551, 2013-10

Objectives: This study aimed to obtain suggestions for human resource development for prefectural public health nurses (PHNs), by clarifying the actual situation of home visits by PHNs based on their ideas, experience, work environment, and "Technical skills of visit".Methods: In total,426 PHNs were surveyed via a web-based questionnaire (response rate: 42.7%). They worked full-time at prefectural health centers in metropolitan areas. After analyzing descriptive statistics, factors related to "technical skills of visit" were analyzed.Results: More than half of surveyed PHNs recognized the importance of the visit but could not visit enough. The level of "technical skills of visit" differed most between the middle-level and novice groups. Factors related to "technical skills of visit" were experience, their ideas, and total number of visits in the novice group, educational experience of rookie in the middle-level group, and work environment in the expert group.Discussion: At the prefectural health center, home visit cases are limited. Therefore, it is necessary to reduce the work environment by allowing "job rotation" and sharing the visit cases, because it is important to mature their "technical skills of visit".
著者
押谷 仁 神垣 太郎
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.62, pp.364-373, 2013-08

大規模災害後には被災地の衛生状態の悪化や避難所の過密状態など環境要因が変化することにより,感染症の流行が起きるリスクが高まる.通常,大規模災害発生後1週間目程度から感染症流行への懸念が強調されることが多い.しかし,実際に大きな被害をもたらすような感染症の流行が起きることはむしろまれである.したがって感染症発生のリスクを適切に評価し,感染症対策を実施していくことが必要となる.また,感染症の流行を早期に検知し,適切な対応をすることが被害の拡大を抑制するために必要となる.早期検知には効果的なサーベイランスシステムが機能していることが条件となるが,災害後の困難な環境の中でサーベイランスシステムを構築することは容易ではない.通常,このような場合には症候群サーベイランスが行われるが,症候群サーベイランスには利点だけではなく問題点もあり,大規模災害後に構築すべき最適なサーベイランスについては,今後の検討が必要である.2011年3月に発生した,東日本大震災後にも感染症の流行が懸念されていた.大きな健康被害をもたらすような流行は幸いなかったが,インフルエンザやノロウイルスなどの流行はいくつかの避難所でも見られていた.東日本大震災の際にも症候群サーベイランスを基本としたサーベイランスが行われたが,その実施は遅れ,最も感染症発生リスクの高いと考えられた3月11日の震災直後から3月下旬までは系統的なサーベイランスは実施されていなかった.症候群サーベイランスだけに頼るのではなく,医療チームなどさまざまな情報源から感染症に関する情報を系統的に整理できるようなイベントベースサーベイランスの有効活用も考えるべきであったと考えられる.さらに,感染症だけはなく公衆衛生全体の対応をする有効なシステムが東日本大震災以前には日本において確立していなかった.大規模災害は今後も起こることが想定されており,そのような感染症を含めた公衆衛生対応のシステムを早急に確立することが求められている.
著者
橘 とも子
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学
巻号頁・発行日
vol.66, no.5, pp.473-483, 2017

全ての国民が,障害の有無に拘わらず,「相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会において,誰でも必要とする情報に簡単にたどり着け,利用できる」ための情報基盤整備における課題を抽出し,情報アクセシビリティ向上に向けた提言を行うことを目的とした.厚生労働科学研究費補助金(障害者政策総合研究事業(身体・知的等障害分野))「意思疎通が困難な者に対する情報保障の効果的な支援手法に関する研究(研究代表者:橘とも子)」において開催した,シンポジウム「意思疎通支援の架け橋づくり.多様なコミュニケーション障がいへの支援手法を探る.」における発言から,地域の情報アクセシビリティ向上に向けて抽出しえた課題は,「『当事者主体』への意識変革や多様な障害支援方法の,医療従事者・保健福祉介護サービス提供者を含む地域住民への普及啓発の必要性」「当事者目線の調査・情報の必要性」「情報サイト構築等による先駆的取組みの自治体相互における共有促進」「妥当で効率的・効果的な『機器』『人』『ソフト』の一元的支援体制の構築促進」等であった.<br> 著者らは近年,障害保健福祉政策の推進を見据えて,「障害保健福祉施策を外傷予後の観点で再評価」するための研究に取り組んできた.近年の,地域における障害者の保健・医療・福祉・介護を取り巻く政策動向を鑑みると,地域共生社会における情報アクセシビリティ向上には,「エビデンスに基づく障害保健福祉施策の推進」が不可欠であり,障害者基本法の「情報の利用におけるバリアフリー化」には今後,「主体的健康づくりに必要な情報コンテンツの充実」を加えるべきと思われた.その実現に向け,本稿では,臨床効果情報における障害者データベースの構築を提案した.
著者
標葉 隆馬 田中 幹人
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.103-114, 2018

<p>東日本大震災は直接的な人的被害のみならず,大きな社会的被害と混乱をもたらした.この東日本大震災を巡る社会的課題の一端について考察するために,本稿では日本の科学コミュニケーションが持つ構造的問題とその歴史的経緯について検討を行う.(特に再生医療分野のリスクコミュニケーションに関する)最近の研究において,科学的コンテンツは重要であるものの,それ以上に潜在的なリスク,事故の際の対応スキーム,責任の所在などへの関心事がより一般の人々の中で優先的であることが見出されている.このことは「信頼」の醸成において,責任体制も含めた事故後の対応スキームの共有が重要であることを含意している.また,コミュニケーションの実践においても利害関係や責任の所在の明示が重要であることを指摘する.</p><p>同時に,東日本大震災を巡るメディア動向とその含意についても,最近までの研究成果を踏まえながら考察を加える.東日本大震災において,とりわけ全国メディアとソーシャルメディアにおいて福島第一原子力発電所事故がメディア上の関心の中心事となり,東北地方の被災地における地震・津波に関する話題が相対的に背景化したこと,一方で被災現地のメディアでは異なるメディア関心が見出されてきたことを指摘する.</p>
著者
藤原 武男 高松 育子
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.59, pp.330-337, 2010-12

これまでにわかっている研究によれば,自閉症の環境要因と考えられたのは(1)妊娠初期の喫煙,(2)水銀,(3)有機リン酸系農薬,(4)ビタミン等の栄養素,(5)親の高齢,(6)妊娠週数,(7)出産時の状況(帝王切開等),(8)夏の妊娠,(9)生殖補助医療による妊娠,が考えられた.一方,関連がないと考えられる環境要因は(1)妊娠中のアルコール,(2)PCB,(3)鉛,(4)多環芳香族,(5)社会経済的地位,(6)ワクチン,(7)低出生体重,であった.これらは再現性のあるものもあればないものもあり,さらなる研究が必要である.その意味で,日本で実施される大規模な出生コホートであるエコチル調査に期待したい.