著者
木曽 陽子
出版者
日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.200-211, 2011-12-25

本研究の目的は,「気になる子ども」の保護者との関係の中で現れる保育士の困り感に着目し,その変容プロセスを明らかにすることであった。そこで,公立保育所の保育士5名に半構造化面接を行い,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチにより分析を行った。分析の結果,以下の3点がこのプロセスの特徴として明らかになった。第1に,「気になる子ども」の保護者に関わる際に,保育士は<"子どものため"の思いの基盤>を常に持ち合わせていた。第2に,<保護者との思いの対立>という経験を経て,保育士の働きかけが<"子どものため"に理解を求める>から<保護者に合わせる>へ変わっていた。第3に,<保護者に合わせる>関わりに変わっても,保育士は<"子どものため"の思いの基盤>とく保護者に合わせる>の間に葛藤を抱いていた。
著者
野田 舞 山田 真紀
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.39-50, 2018 (Released:2018-10-31)
参考文献数
9
被引用文献数
2

本研究は,保育施設のリスクマネジメントのうち,園庭遊具に焦点をあてて,重篤な怪我のリスクを減らして,遊びの価値を最大限に発揮させる,「子どもと遊具の関わり」と「保育者の援助のあり方」を,参与観察とインタビュー調査から明らかにするものである。概念整理では,日本の遊具に関する安全基準におけるハザードとリスクの概念が,世界基準のそれと異なることを指摘し,世界基準の概念定義を用いること,すなわち,ハザードは「遊具が内在する危険性」,リスクは「ハザードから生ずるおそれのある怪我の重篤度とその発生頻度」ととらえること。そして,遊具のハザードを「遊具の本質として内在するハザード」「取り除くべきハザード」の縦軸と「子ども認知可能」「子ども認知不可能」の横軸をクロスさせた4つの象限に分けて分類することの有用性について論じた。
著者
保坂 遊 音山 若穂
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.95-106, 2016 (Released:2017-03-22)
参考文献数
37

本研究では,児童養護施設の児童に対する心理的・行動的支援の一環として臨床美術による介入を行い,その実践を通して,児童の行動や情緒に肯定的な変化が認められるか否かについて検証することを目的とした。施設に入所する 32 名の児童を対象として,介入群と非介入群とに分け,介入群には計 8 回からなる臨床美術のセッションを行った。介入前後の CBCL を比較した結果では,介入群において CBCL 総得点をはじめ,内向尺度および攻撃的行動尺度に肯定的な変化が認められた。また,支援員や教諭の報告にも,介入後に肯定的な変化が認められる児童が含まれていることが示された。
著者
西 隆太朗
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.30-41, 2016 (Released:2016-10-24)
参考文献数
45
被引用文献数
2

省察は,津守眞の思想の中でも中心的な概念である。近年保育の質への注目が高まる中で,この概念への言及が増えているが,その多くは反省・記録・話し合いの外的・形式的側面を扱うものとなっている。これに対して本研究は,形式を超える内的過程を含む津守の思想を,その理論的側面のみならず実践思想としての側面から,彼の事例研究を含めて検討し,明らかにするものである。省察の内的過程を特徴づけるものとして,津守の論述と事例の検討により,(1) 行動を表現として見る,(2) コミットメント(保育者の主体的・全人的関与),(3) インキュベーション(孵化)の過程,(4) 子どもとの相互的関係が見出された。さらに省察における主観的解釈の問題について,子どもたちとの出会いに立ち返り,事例を読み解く方法論と実践知を培う必要性が示された。
著者
上田 敏丈 秋田 喜代美 芦田 宏 小田 豊 門田 理世 鈴木 正敏 中坪 史典 野口 隆子 淀川 裕美 森 暢子
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.67-79, 2020 (Released:2020-12-08)
参考文献数
29

日本では,約1万の幼稚園があり,その内の70%が私立幼稚園である。私立幼稚園の多くは,ファミリービジネスであり,園長は経営者としての役割も担っているため,保育の質の向上には,実践面の役割を担う主任教諭の役割は重要である。そこで本研究では,私立幼稚園の主任教諭が自身のリーダーシップをどのようなものとして捉え,また自身の役割をどのようなものとして認識しているのか,そこでの主任教諭としてのやりがいや葛藤はどこにあるのかを明らかにすることを目的とする。私立幼稚園の主任教諭8名に対してインタビューを行い,質的データ分析方法であるM-GTA(木下2003)を用いて分析を行った。その結果,25の「分析概念」,9つの[カテゴリー],3つの〈コア・カテゴリー〉が生成された。主任は,園長と職員集団との意思疎通を図り,それぞれの意図を伝達する〈つなげる〉ことと,カリキュラムの調整や職員への指導,心理的支援といった職員集団を〈まとめる〉ことをリーダーシップと捉える一方で,この2つのリーダーシップの間で,やりがいと共に葛藤の〈板挟み感〉を感じていることが明らかとなった。
著者
藤崎 亜由子 麻生 武
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.91-102, 2022 (Released:2023-02-15)
参考文献数
32

子どもと自然との関わりを育むための基礎的データを集めることを目的に,園庭に生息する15種の身近な虫に対する子どもの認識を調べた。3,4,5歳,計91名の幼稚園児にインタビュー調査を実施した。虫の写真を見せて,名前を知っているか,見たことがあるか,好きか,触れるかを尋ねた。その結果,虫の名前の認識は加齢とともに増加していた。一方で,5歳児になると特に女児は虫を嫌う子が増え,幼児期にはすでに虫への嫌悪感情に男女差が生じることが示された。ダンゴムシ,テントウムシ,チョウなどは名前もよく知られておりかつ好かれていた。クモ,カメムシ,カなどは嫌われていた。最後に虫に対する幼児の認識を5つに類型化して教育的関わりについて議論した。
著者
石井 美和
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.105-116, 2021 (Released:2021-11-25)
参考文献数
35

本研究の目的は,保育者が子育て支援という新しい実践を形成するプロセスを通じて,どのように保育者アイデンティティを再構築するのかを明らかにすることである。その際,新制度派組織論における制度ロジック概念を参照することにより,保育者が用いる論理に着目する。本研究では,子育て支援に早くから取り組んできた幼稚園教諭1名へのインタビューデータを分析した。その結果,市場ロジックと共同体ロジックの矛盾が子育て支援実践の形成の契機となっていることが明らかになった。また,保育者は自律性を拡大する形でアイデンティティを再構築していることが明らかになった。
著者
深津 さよこ 岩立 京子
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.33-44, 2021 (Released:2021-11-25)
参考文献数
25

本研究では,幼児期初期の罪悪感の芽生えを「後ろめたさ」と名付け,苦痛,緊張,視線回避等の指標から捉えていく。保育所の担任保育者と生後9から18か月児との相互作用によって現れた「後ろめたさ」と,「保育者を確認する姿」(深津・岩立,2019)との関連を検討した。その結果,後ろめたさの表出が見られ,この時期の子どもの経験や行動レパートリーの不足から違反への謝罪や修復行動には至らないと解釈された。また,「保育者を確認する姿」は,「後ろめたさ」の表出であり,保育者の情動や意図を確認する役割があると考察した。さらに,保育者との信頼関係を基に「後ろめたさ」の感情を経験し,他者からの自己への評価に気付き始めると考えられる。
著者
勝浦 眞仁
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2-3, pp.167-178, 2020 (Released:2021-08-04)
参考文献数
23

本研究の目的は,障害のある子どもをもつ親の内面で,障害を巡って揺れ動いている心性の両面を描き出すとともに,それを支える保育環境を明らかにすることである。自閉症で知的障害のある幼児をもつ両親に,園でのエピソードを提示し,父と母それぞれが,園での姿をどのように受け止めたのかを語りから迫ることを試みた。 その結果,「障害児の親」であるとともに,障害の有無にかかわらず「この子の親」であるという,親ならではの心性に揺れ動いていることを見出した。そして,園に「我が子がいる意味」を実感することが,親にとって大きな支えとなることを明らかにした。さらに,その実感が生まれる要因となる保育環境についても言及した。
著者
西 隆太朗
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.6-17, 2015-08-31 (Released:2017-08-04)
被引用文献数
3

倉橋惣三の保育者論については,主にその理論的・概念的な検討がなされてきたが,保育者の資質が単に機械論的に身につけられるものではなく,自己を通して実現されることからは,倉橋の思想も概念のみならず具体的な過程や体験を通して理解されるべきであろう。本研究では,倉橋が保育者のアイデンティティ探求の過程を描いた小説「夏子」をもとに,物語から彼の保育者論を具体的に検討する方法を取った。保育者のアイデンティティ探求の過程において,コミットメント(主体的・全人的関与;commitment),意識を超えたインキュベーション(孵化;incubation)の過程,対象とかかわって自ら学ぶことの意義が示された。また,現代に残された課題として,保育者の省察が論じられた。
著者
杉田 穏子
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.133-144, 2010

これまでの障害児保育では,障害のある子ども・保護者への関わりに焦点があてられてきたが,筆者は,周囲の人たちが,障害のある子どもや保護者に向けている偏見を取り除くような取り組みも重要であると考えている。本事例で担当保育士は,障害のある子どもとクラスの子どもたちとの関わりを描いてニュース(月1回)にまとめ,同僚やクラスの保護者に配布した。ニュースを読むことで,同僚や保護者たちは,子どもたちの間に形成されている関係性の豊さに目を向ける視点が育った。今後は,障害ある子どもがクラスにいる意味を,周囲の多くの人に伝えていく取り組みが重要である。そのことが障害児者の理解と関係の輪の広がりにつながっていくからである。
著者
谷川 夏実
出版者
日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.202-212, 2010-12-25

本研究の目的は,幼稚園実習におけるリアリティ・ショックとリアリティ・ショックにともなう学生の保育に関する認識の変容プロセスを9名の学生へのインタビューにより明らかにすることである。分析の結果,リアリティ・ショックをともなう問題状況における学生の認識の変容には,【子ども理解の発展】というプロセスを経るものと,【ショックからの回避】というプロセスを経るものの2つが見出された。これらの対照的な2つのプロセスにおいて,学生がどちらのプロセスをたどるかは実習先の保育者との出会いの在り方に規定されており,その在り方が実習内容の質に大きな影響を与えることが示された。
著者
本間 英治
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.52, no.2, pp.220-231, 2014-12-25 (Released:2017-08-04)

保育制度が変化し,保育ニーズが多様化する中,保育現場では,保育士と子どもとの関わりにどのような変化が生じているのだろうか。本研究では,ある自治体における保育士と子どもの関わりの実態や変化を明らかにする量的調査を行った。その結果,A市の保育士の多くが保育にゆとりがない,保育環境が悪化したと感じており,子どもの安全に不安を覚えていた。保育士と子どもの関わり方にはあまり変化はなく,日々の関わる時間(回数)も減少していなかったが,危険を回避するため,保育士が全体を見渡せる場所に立って保育をする状況が増えていた。本調査から,保育士が保育状況を評価する場合,「園児定員数」「主観的規模」「勤務形態」が大きく影響することが明らかになった。
著者
庭野 晃子
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.105-114, 2020 (Released:2020-12-08)
参考文献数
28

保育者不足が問題となっている。その要因として保育者の離職率の高さが指摘されているが,離職を規定する要因について統計的な手法を用いて検証した研究はほとんどない。本研究は,保育従事者の離職意向を規定する要因について検証し離職防止の対策を提案することを目的とした。新任からベテランの保育従事者574名を調査対象としWEBアンケートを行った。重回帰分析の結果,保育従事者の離職意向を規定する要因は,年齢,設置主体,給与,1か月の平均勤務日数,勤務の融通等の変数と有意に関連していた。離職を防止する対策として,「保育士等の処遇改善」を継続することや仕事と家庭の両立をしやすい柔軟な勤務体制を構築していくことを提案した。
著者
中谷 奈津子
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.319-331, 2014-12-25 (Released:2017-08-04)
被引用文献数
4

本研究は母親のエンパワメントの観点から以下のことを明らかにする。地域子育て支援拠点事業の利用を通して母親にどのような変化がみられるか,母親の変化は属性や支援者の子育て支援観,母親規範意識などと関連するか,支援者の子育て支援観は支援者自らの母親規範意識と関連しないのか。全国の地域子育て支援拠点事業に協力を依頼し支援者と利用者を対象にアンケート調査を行った。調査の結果,拠点事業の利用によって,母親は育児負担の軽減,育児情報の取得と活用,仲間づくりを行っていることがわかった。母親の変化は支援者の子育て支援観よりも母親規範意識に影響される傾向にあること,支援者の母親規範意識は支援者自らの子育て支援観に影響を及ぼしていることが明らかとなった。
著者
武田 京子 笹原 裕子 松葉口 玲子
出版者
一般社団法人 日本保育学会
雑誌
保育学研究 (ISSN:13409808)
巻号頁・発行日
vol.43, no.2, pp.256-268, 2005-12-25 (Released:2017-08-04)

In child care institutions, it is essential to create an environment in which there is no gender bias in order for children to develop their own gender identity naturally. Parents or kindergarten teachers' intentional and unintentional influences can cause distortion of an infant's personality and intention. An infant doesn't recognize his/her gender identity clearly when he/she enters kindergarten, although the child has probably been influenced by parents and mass-media already. Birth order, family life and TV programs often affect gender identity. An infant recognizes and accepts his/her gender identity in the process of forming that identity through experiences with the same age friends. The author realized that it is the best way for this research to grasp the situation of an infant's individual process of forming his/her own identity in detail. An infant's gender identity develops as a reflection of the gender view held by people in his/her surroundings. Therefore parents and teachers should be made aware of this and create an open environment that avoids gender bias.