著者
稲垣 剛志 木村 昭夫 萩原 章嘉 佐々木 亮 新保 卓郎
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.192-199, 2013-04-15 (Released:2013-07-24)
参考文献数
24
被引用文献数
1 1

【目的】鈍的頭頸部外傷患者において,頸椎CT撮影の新たなclinical decision rule(CDR)を作成することを目的とした。【方法】Derivation研究の対象は2008年4月1日~2010年8月14日に当院へ救急搬送された頭頸部外傷患者のうち頸椎CTを施行した1,076症例,Validation研究の対象は2010年8月15日~12月31日に当院へ救急搬送された頭頸部外傷患者887例とし,診療録および救急患者データベースから後ろ向きに情報を得た。頸椎損傷の定義は骨折もしくは脱臼とした。頸椎損傷の有無と相関する因子を解析した後に,感度100%となるような新たなCDRを導けるか検討した。【結果】単変量解析では,年齢,後頸部痛の有無,神経学的異常所見の有無,来院時のGlasgow coma scaleスコアにおいてCT上の頸椎損傷所見の有無で有意差が認められた。また年齢が高い群で受傷機転における階段等からの転落の有無も有意差が認められた。二進再帰分割法を行った結果,意識障害や後頸部症状に加え,年齢や具体的な受傷機転を含めた新たな頸椎CT施行基準が導出され,感度100%を保ち,損傷の見逃しを回避することができた。以下に新基準により頸椎CTの適応となるものを示す。(1)GCSスコア13以下の患者。(2)GCSスコア14-15の患者で後頸部圧痛か神経学的異常所見を有する患者。(1) (2)以外の患者のうち,(3)60歳以上:受傷機転が階段等からの転落であった患者。(4)60歳未満:受傷機転がバイクの事故か墜落であった患者。【結語】従来より提唱されているGCSスコア,頸部症状,神経所見に加え,年齢や具体的な受傷機転を評価項目に含めた新しい基準は感度が高く,頸椎損傷の見逃しを回避しうるCDRである。
著者
飯塚 進一 山本 理絵 河谷 雅人 埇田 真彰 金指 秀明 秋枝 一基
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.10, pp.864-870, 2013-10-15 (Released:2013-12-30)
参考文献数
20
被引用文献数
1

向精神薬の服用や薬物過量服薬に伴う意識障害により,同一姿勢で四肢を長時間圧迫し横紋筋融解症やクラッシュ症候群,神経麻痺を来す報告は散見されるが,上記に加えて肺塞栓症を併発した稀な症例を経験したので報告する。症例は73歳の男性で,躁鬱病の外来治療中に内服薬が変更され過鎮静の状態となり,胡坐の状態で約10時間就眠した。覚醒後より右下肢の運動障害,右臀部から大腿部の腫脹と疼痛がみられ当院に救急搬送された。搬送時の意識状態はJCS 1で呼吸循環状態は安定していたが,身体所見上,右臀部から大腿部の腫脹と圧痛,坐骨神経麻痺を認めた。診察中に呼吸困難と酸素飽和度低下,意識障害を来したが,数分間で改善がみられた。病歴聴取で上記の発症状況が判明したため,CT血管造影検査を施行したところ,右中殿筋から大腿四頭筋の筋腫脹と肺塞栓症,右ヒラメ静脈内の深部静脈血栓症を認めた。また血液検査ではCPK 52,700 U/lと上昇しており,右下肢の長時間圧迫に伴うクラッシュ症候群,坐骨神経麻痺,右下腿深部静脈血栓症および肺塞栓症と診断し,十分な輸液と抗凝固療法を開始した。その後,横紋筋融解症や腎機能障害は改善し,下肢深部静脈血栓症や肺塞栓症の再発はなかった。薬物服用後に意識障害を来し,とくに下肢の長時間圧迫によるクラッシュ症候群を発症した症例では,経過中に肺塞栓症を合併する恐れがあるため注意を要する。
著者
酒井 智彦 田崎 修 松本 直也 鵜飼 勲 別宮 豪一 高橋 幸利 杉本 壽
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.5, pp.258-264, 2009-05-15 (Released:2009-09-04)
参考文献数
16

フェノバルビタール大量療法で難治性痙攣をコントロールし得た 1 例を経験した。患者は50歳の男性。熱発・全身倦怠感で発症し, 4 日後に,脳髄膜炎を疑われ,前医へ入院となった。入院後から痙攣発作を認めるようになり,痙攣の持続時間は数十秒から30分程度であった。原因検索を行うと同時に,各種抗痙攣薬で痙攣のコントロールが試みられたが,痙攣の頻度は変わらず,前医第 9 病日に当センターへ転院となった。ミダゾラム,サイアミラール,プロポフォールなどの静脈麻酔薬を併用しつつ,抗痙攣薬で痙攣のコントロールを試みたが,痙攣は消失しなかった。経過中,血清中の抗グルタミン酸受容体IgM-ε2抗体が陽性であることが判明し,自己免疫介在性脳炎が強く疑われた。ステロイドパルス療法が著効しなかったため,フェノバルビタールの投与量を段階的に1,200mg/dayまで増量したところ,血中濃度が60μg/mlを超えたところで痙攣が消失した。その後,他の抗痙攣薬を順次中止し,フェノバルビタールの単剤投与としても,痙攣が再発することはなく,第76病日の脳波でも棘波は消失した。痙攣のコントロールに難渋する症例に対して,フェノバルビタール大量療法は効果の期待できる治療法であると考えられた。
著者
福田 健志 太田原 康成 西川 泰正 遠藤 英彦 佐藤 直也 山野目 辰味 小川 彰
出版者
Japanese Association for Acute Medicine
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.14, no.11, pp.745-747, 2003-11-15 (Released:2009-03-27)
参考文献数
10

A 38-year-old man complained of headache and nausea after traveling by aeroplane. On physical examination, high fever and nuchal rigidity were found. Computed tomography showed pneumocephalus. Magnetic resonance imaging showed sphenoid sinusitis. Cerebrospinal fluid examination revealed purulent meningitis. The patient was medically treated using antibiotic agents. The pneumocephalus disappeared and the purulent meningitis was resolved. We suggest that the barotrauma resulted in the pneumocephalus and purulent meningitis. Barotrauma is a potential cause of pneumocephalus, especially if the patient has parasinusitis.
著者
丸藤 哲 澤村 淳 早川 峰司 菅野 正寛 久保田 信彦 上垣 慎二 平安山 直美
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.9, pp.765-778, 2010-09-15 (Released:2010-11-09)
参考文献数
43
被引用文献数
1

外傷急性期の凝固線溶系の変化に関してEducational Initiative on Critical Bleeding in Trauma(EICBT)から新しい病態概念である「Coagulopathy of Trauma」と「Acute Coagulopathy of Trauma-Shock(ACoTS)」が提唱された。しかし,これらの診断基準は存在せず,両者の本態は従来から独立した病態として存在する線溶亢進型DIC(disseminated intra vascular coagulation)に一致する。診断基準がないことが同概念と線溶亢進型DICおよび類似病態との鑑別を不可能としている。これらの理由により「Coagulopathy of Trauma and ACoTS」は,独立した疾患・病態概念ではなく定義不能な臨床状態として位置づけることが可能である。このような曖昧な概念を外傷急性期の凝固線溶系変化の病態生理解明のために使用すべきではない。外傷急性期の凝固線溶系異常は線溶亢進型DICで説明可能であり,線溶亢進型DICは従来どおり正しく線溶亢進型DICと呼称されるべきである。
著者
小山 徹 許 勝英 上條 剛志 山本 基佳 菅沼 和樹 朱田 博聖 橋本 隆男
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.51-58, 2012-02-15 (Released:2012-03-20)
参考文献数
12

【目的】しびれを主訴に救急外来を受診する患者について,危険な責任病変に対する診断の的確性に関して検討する。【対象・方法】2009年1月1日から2011年3月31日までの2年3か月間で,当院の救急外来受診患者数は95,514人あり, そのうち電子カルテの検索ソフトを利用し,しびれの記載のある約7,500人の電子カルテを調べ,「症状が1か月以内に発生し,外傷に関係ない,主訴がおよそしびれ単独の症例」を抽出した。【結果】抽出した対象症例は433例で受診後および入院後に危険な責任病変が診断できたものは57例(13.2%)あった。内訳は脳出血2例,硬膜動静脈瘻による硬膜外血腫1例,脳幹出血3例,脳梗塞26例,脳幹梗塞14例,多発性硬化症1例,頸椎症3例,頸椎椎間板ヘルニア1例,頸髄腫瘍1例,脊髄炎1例,脊髄梗塞1例,急性下肢動脈閉塞1例,高カリウム血症1例,ギランバレー症候群1例だった。しびれの部位と危険な責任病変の診断率に関して検討すると,A群(片側上下肢,片側上肢または下肢+顔面,顔面単独)125例,B群(片側上肢,片側下肢)181例,およびC群(両上肢,両下肢,四肢)116例において,もし頭部CTを先に行った場合,それぞれ37例(A群125例中29.6%),9例(B群181例中5.0%),4例(C群116例中3.4%)において危険な責任病変を診断できないものと推測された。引き続き頭部MRIを施行すると,それぞれ3例(2.4%),2例(1.1%),4例(3.4%)において危険な責任病変を診断できないものと推測された。【結語】とくにしびれの分布が片側上下肢の場合,脳出血や脳梗塞はしびれの危険な責任病変として最も重要である。しかし,緊急で頭部CTと拡散強調画像を含む頭部MRIを施行しても,1.1%から3.4%において危険な責任病変を診断できない可能性があるものと推測された。
著者
福井 貴巳 水井 愼一郎 桑原 生秀 日下部 光彦 高橋 恵美子
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.7, pp.351-357, 2010-07-15 (Released:2010-09-20)
参考文献数
25
被引用文献数
1

症例は74歳,男性。突然の強い右側腹部痛により救急車にて当院救急外来を受診。腹部CTにてS7の肝細胞癌破裂と診断され緊急入院となった。入院後,出血性ショックとなったため化学塞栓療法(transcatheter arterial chemoembolization; TACE)を施行しショックより離脱した。TACE後3日目より急性間質性肺炎による呼吸不全となったため,人工呼吸器管理,ステロイドパルス療法など施行し改善した。また,TACE後20日目には胆嚢壊死穿孔による胆汁性腹膜炎を発症したが,経皮的ドレナージ術にて改善し退院した。その後,4か月後に2回目,8か月後に3回目のTACEを施行。破裂後約11か月経過したが,肝内転移,腹膜播種を認めないため,当院外科にて肝右葉切除術,横隔膜合併切除術,胆嚢摘出術を施行した。病理所見は中~低分化型肝細胞癌であった。術後経過は良好で,術後18日目に退院となった。現在,術後約2年9か月経過したが,再発徴候は認められない。肝細胞癌破裂による出血性ショックに対して,肝動脈塞栓療法(transcatheter arterial embolization; TAE)により一時止血を施行し,全身状態が改善後に再度病変の検索,評価を行い,その後に二次的肝切除術を施行すれば良好な予後が得られる可能性がある。
著者
篠原 一彰 佐久間 宏規 岡崎 美智弥 松本 昭憲 熊田 芳文 野崎 洋文
出版者
Japanese Association for Acute Medicine
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.10, no.11, pp.692-696, 1999-11-15 (Released:2009-03-27)
参考文献数
18
被引用文献数
1

Severe pulmonary thromboembolism (PE) during pregnancy occurred in 2 young patients. One patient died from PE recurrence without placement of an inferior vena cava (IVC) filter, but the other survived with emergent filter placement before cesarean section. A 31-year-old woman presented with sudden dyspnea at 34 weeks of pregnancy. On examination, she was cyanotic and echocardiography revealed marked right heart dilatation and pulmonary hypertension. An emergent cesarean section was performed, but soon after the delivery, she fell into circulatory arrest. PE recurrence was suggested as cause, and t-PA was administered into the pulmonary artery. She was resuscitated but she died from another PE recurrence 4 days later. A 25-year-old woman, 35 weeks pregnant was admitted because of threatened abortion. She felt sudden dyspnea 3 days after admission and was diagnosed with severe PE by echocardiography and pulmonary catheterization. A Vena-Tech IVC filter™ was inserted at the suprarenal position to prevent PE relapse. Emergent cesarean section was then carried out uneventfully. Heparin and urokinase were administered postoperatively, and her pulmonary arterial pressure decreased. She was extubated 7 days later, and is now doing well 10 months later. Once severe PE has occurred, its relapse may be lethal. The IVC filter is effective in preventing recurrence. Even if the patient is young, emergent IVC filter placement to avoid fatal PE relapse is essential.
著者
河原 弥生 木下 浩作 向山 剛生 千葉 宣孝 多田 勝重 守谷 俊 丹正 勝久
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.9, pp.755-762, 2009-09-15 (Released:2009-11-09)
参考文献数
19
被引用文献数
1

【背景】本邦における異物による気道閉塞患者に対する現場処置の実態は不明である。本研究では,当院に搬送された目撃のある気道異物患者に対する初期対応の実態から,転帰改善になにが必要かを明らかにする。【方法】2003年 1 月から2006年12月までに当救命救急センターに搬送された,目撃のある気道異物による窒息症例50例を対象にした。患者搬送時に目撃者および救急隊から異物内容と現場での処置を聴取し,1)年齢,2)性別,3)反応消失後の異物除去行為の有無,4)bystander cardiopulmonary resuscitation(CPR)の有無,5)覚知から救急隊現場到着までの時間,6)覚知から患者の病院到着までの時間,7)気道閉塞の原因が大きな一塊の異物片か否か,8)普段の食事介助が必要か否かと転帰との関連について検索した。【結果】全症例,救急隊到着時には傷病者の反応は消失していた。反応消失までに,目撃者によるHeimlich法などの異物除去が施行された症例は存在しなかった。反応消失後は,気道異物の除去のみを施行している症例が50%であり,38%が119番通報のみであった。反応消失後にCPRを行った症例は12%であった。最終転帰(退院もしくは転院時)は,死亡34例(死亡群),生存16例(生存群)であった。両群間で生存退院に対して,統計学的有意であったのは,119番通報から患者の病院到着までの時間だけであった。【結論】気道異物による反応消失前にHeimlich法などの異物除去の処置が施行された症例は存在しなかった。反応消失後にCPRを行った症例はわずか12%であった。一次救命処置に関する講習会が各地で頻回に行われているが,生命を脅かす病態に対する対処法が一般救助者や介護施設のヘルスケアプロバイダーに普及していない可能性がある。今後,一次救命処置における気道閉塞患者など生命を脅かす病態に対する救急処置法の講習が普及しているかどうかの実態調査と更なる救急処置法の普及活動が必要である。
著者
佐々木 庸郎 石田 順朗 小島 直樹 古谷 良輔 稲川 博司 岡田 保誠 森 啓
出版者
Japanese Association for Acute Medicine
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3, pp.160-167, 2008-03-15
参考文献数
7
被引用文献数
1 1

症例は50歳の男性。視力障害,意識混濁により医療機関を受診した。当初心房細動,大脳基底核の両側対称性病変,視力障害からtop of the basilar syndromeを疑われ,脳血管造影を施行したが否定された。その後昏睡状態に陥り,CT,MRI上の両側対称性の被殻病変,重度の代謝性アシドーシスの存在から,メタノール中毒が疑われた。集中治療室へ入院し,気管挿管,血液浄化療法,エタノール投与,活性型葉酸投与などを行った。意識は回復したものの,ほぼ全盲であり見当識障害が残存した。その後妄想性障害のため精神病院へ転院となった。メタノール中毒において,治療の遅れは重篤な後遺障害につながる。メタノールの血中濃度は迅速に測定することができないため,臨床症状,血清浸透圧較差,CT及びMRIの特徴的な病変から疑い,迅速に治療を開始する必要がある。
著者
藤野 靖久 藤田 友嗣 井上 義博 小野寺 誠 菊池 哲 遠藤 仁 遠藤 重厚
出版者
Japanese Association for Acute Medicine
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.6, pp.304-310, 2009-06-15
参考文献数
13

除草剤のラッソー乳剤<SUP>®</SUP>を自殺目的で服毒し、短時間のうちに塩化ベンゼンによると考えられる全身痙攣,循環不全等を呈して死亡した症例を経験した。症例は52歳の男性で,うつ病のため通院中であった。自宅で倒れているところを発見され,救急要請。近くに空のラッソー乳剤<SUP>®</SUP> 500 ml入りの瓶が落ちており,服毒自殺による急性薬物中毒の疑いで搬送された。意識レベルはJCS 200,GCS 4(E1V1M2)であった。胃洗浄,活性炭・下剤を投与し,輸液等にて加療開始したが,発見から約12時間後より全身痙攣を発症し,痙攣のコントロール困難となり,頭部CTでは著明な脳浮腫を認めた。更に血圧低下を認め,昇圧剤にも反応しなくなり,発見から約22時間後に死亡した。当科搬入時のアラクロールの血清中濃度は8.0μg/ml,塩化ベンゼンは17.8μg/mlであった。ラッソー乳剤<SUP>®</SUP>は主成分がアニリン系除草剤であるアラクロール(43%)で,溶媒として塩化ベンゼンが50%含有されている。アニリン系除草剤中毒ではメトヘモグロビン血症を起こすことが知られているが,本症例では認められなかった。溶媒である塩化ベンゼン中毒では,肝・腎障害の他に脳障害や循環不全がある。本症例のように早期に死に至る大量服毒例では,塩化ベンゼンによる脳障害や循環不全が主な死因になると推測された。
著者
本多 ゆみえ 李 慶湖 小林 弘幸
出版者
Japanese Association for Acute Medicine
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.10, pp.847-856, 2013

【はじめに】近年,医療界全体にわたり,医事紛争件数が増加している。これは救急領域においても同様であり,この領域での医師不足の誘因になっている可能性がある。しかし,救急領域の医療訴訟を詳しくみると,ある特定の疾患やその処置内容などいくつかの特徴があることがわかってきた。そこで今回,その点を検証するために救急領域の裁判例の実態を検討し分析した。【方法と症例】救急領域に関する裁判例を抽出するためTKC法律情報データベース,第一法規株式会社の法律情報総合データベース「D1-Law.com」を利用し,キーワード検索条件として「医療訴訟」または「医療過誤」を充足し,かつ,「救急外来」あるいは「救急センター」をも充足する裁判例を1965年から2011年まで検索した。そのなかで純粋に医師が当事者となり急性期の医療行為が対象となっている裁判例は50例であった。以下,疾患・年齢・性別・争点・転帰・認容率・認容額,原告側の過失主張と裁判所の判断につき検討した。【結果】全50例の内訳は,男性40例(80%),女性10例(20%),平均年齢46歳(4歳から84歳)で15歳以下の小児は6例(12%)であった。疾患は,外傷が11例で最も多く全例死亡。続いて,イレウス7例(死亡6例と後遺症1例),急性喉頭蓋炎6例(死亡3例と重度脳機能障害3例),くも膜下出血4例(死亡3例と重度脳機能障害1例),急性心筋梗塞3例(全例死亡),急性大動脈解離3例(全例死亡)であった。また賠償が命じられるパーセンテージ(認容率)は76%であり,その額(認容額)は,棄却12例を除くと平均3911万円で,1億円以上も4件あった。【結語】救急領域で訴訟になりやすい疾患は,外傷,くも膜下出血,急性大動脈解離,急性喉頭蓋炎,イレウスで,いずれも誤診が最大の問題である。
著者
服部 憲幸 森田 泰正 加藤 真優 志鎌 伸昭 石尾 直樹 久保田 暁彦
出版者
Japanese Association for Acute Medicine
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.9, pp.804-810, 2010-09-15
参考文献数
11

2009年に世界規模で流行した新型インフルエンザA/H1N1に劇症型心筋炎を合併した症例を,経皮的心肺補助装置(PCPS: percutaneous cardiopulmonary support)による循環補助を含む集中治療にて救命した。症例は24歳,女性。2009年11月,近医でインフルエンザA型と診断され,オセルタミビルの投与を受けた。2日後には解熱したが発症5日目に頻回の嘔吐と下痢が出現,翌日当院へ救急搬送された。心電図上II,III,aV<SUB>F</SUB>,V<SUB>3-6</SUB>の各誘導でST上昇を認め,クレアチンキナーゼ,トロポニンTも上昇していた。心臓超音波検査でも壁運動が全体的に著しく低下しており,心筋炎と診断した。当院受診時にはインフルエンザA型,B型ともに陰性であった。ICUにて大動脈内バルーンパンピング(IABP: intra-aortic balloon pumping),カテコラミンによるサポート下に全身管理を行い,合併した急性腎不全に対しては持続的血液濾過透析(CHDF: continuous hemodiafiltration)を行った。来院時にはインフルエンザ抗原が陰性であったことからオセルタミビルの追加投与は行わなかった。一般的なウイルス感染も想定して通常量のγグロブリン(5g/day×3日間)を投与した。しかし翌朝心肺停止となりPCPSを導入した。PCPS導入直後の左室駆出率は11.0%であった。第4病日にPCPSの回路交換を要したが,心機能は次第に回復し,第7病日にPCPSおよびIABPを離脱した。第8病日にはCHDFからも離脱した。気道出血および左無気肺のため長期の人工呼吸管理を要したが,第15病日に抜管,第17病日にICUを退室し,第33病日に神経学的後遺症なく独歩退院した。インフルエンザ心筋炎は決して稀な病態ではなく,新型インフルエンザにおいても本邦死亡例の1割前後は心筋炎が関与していると思われる。本症例も院内で心肺停止に至ったが,迅速にPCPSを導入し救命できた。支持療法の他は特殊な治療は必要とせず,時期を逸さずに強力な循環補助であるPCPSを導入できたことが救命につながったと考えられた。
著者
吉田 雄樹 黒田 清司 和田 司 奥口 卓 遠藤 重厚 小川 彰
出版者
日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.14, no.4, pp.179-186, 2003-04-15 (Released:2009-03-27)
参考文献数
9
被引用文献数
1 1

1996年1月から2002年4月までの期間に,初回CTにて急性硬膜下血腫およびそれに伴う脳腫張が主病変であり,GCSが10以下もしくはmidline shiftが10mm以上であった重症例52例に対し,救急外来での穿頭による血腫除去術を行った。52例中42例は搬入時既に瞳孔異常を伴う脳ヘルニア状態を呈していた。穿頭術のみによる血腫除去率は平均で69%であり,なかでもCT所見にて低吸収像の混在するmixed densityを呈する症例ほど除去率が高かった。穿頭術後に瞳孔所見や意識の改善が36例(69.2%)に認められた。穿頭術のみで脳圧管理が可能であった症例は13例であった。全症例の転帰は,GOS評価でGR 6例,MD 6例,SD 4例,PVS 4例,D 32例であった。さらに術式別にみると,穿頭術のみではGR 6例,MD 4例,SD 1例,D 22例であり,開頭術を追加されたものはMD 2例,SD 3例,PVS 4例,D 10例であった。穿頭血腫除去術は,急性硬膜下血腫に対しては効果的でかつ迅速に行える方法で,重症頭部外傷例においても施行可能な手技である。ゆえに救急外来での穿頭血腫除去術は,重症急性硬膜下血腫例に対して試みるべき方法であると思われた。
著者
蕪木 友則 須崎 紳一郎 勝見 敦 原田 尚重 原 俊輔 伊藤 宏保 安田 英人
出版者
Japanese Association for Acute Medicine
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.207-212, 2013

経動脈的塞栓術が有効であった穿通性腹部臓器損傷症例を経験したので報告する。症例1は35歳の女性。路上歩行中に果物ナイフで数箇所を刺され受傷した。そのうちの右前胸部の刺創は,胸腔から腹腔内に達していた。来院時血圧は維持されており,腹部造影CT上,肝右葉に損傷を認め,造影剤の血管外漏出所見,腹腔内出血を認めた。主要な損傷は肝損傷のみで,損傷部からの持続出血を認めたが,肝動脈塞栓術で出血のコントロール可能と考えて,経動脈的塞栓術を施行した。塞栓術により,出血はコントロールできた。症例2は63歳の男性。妻と口論の末,果物ナイフで右背部を刺され受傷した。来院時血圧は76/43mmHgであったが,輸液負荷により上昇し,腹部造影CT上,造影剤の血管外漏出所見を伴う右腎損傷を認めた。腎動脈の分枝からの出血と判断し,腎動脈塞栓術にて出血のコントロール可能と考えて経動脈的塞栓術を施行した。塞栓術により,出血はコントロールされた。穿通性腹部臓器損傷に対する止血法として,循環が維持され,CT検査が施行できる症例に関しては,経動脈的塞栓術も選択肢の一つになると思われる。
著者
村上 成之 中村 紀夫 谷 諭
出版者
日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.3, no.6, pp.461-470, 1992-12-15 (Released:2009-03-27)
参考文献数
21
被引用文献数
1

二輪車交通事故における頭部外傷のメカニズムを検討する目的で,臨床情報をふまえて事故後回収したヘルメット120例について分析を加えた。臨床データから頭部外傷の程度によって負傷者を軽症,重症,死亡に分類した。また,障害の内容も細分しそれぞれの延べ数を求めた。ヘルメットは外表の観察にとどめず,切断して衝撃吸収ライナーとして使用されている発泡スチロールの状態も検査した。この方法によりヘルメットの損傷部位と程度を評価した。ヘルメットが事故に際し脱落したもの(脱落例)では脱落しなかったもの(非脱落例)に比べ障害が重症となる傾向を示した。局所性脳損傷は脱落例で多いのに対し,びまん性脳損傷は脱落例,非脱落例で明らかな差はみられなかった。ヘルメットの分析結果から衝撃の強さと方向を推定し頭部外傷の傷害内容と比較したところ,急性硬膜下血腫ではヘルメットの辺縁部に前後方向から衝撃を受けた場合に生じやすく,びまん性軸索損傷は円蓋部に横方向から衝撃を受けた場合に生じやすかった。脳組織の損傷メカニズムとして,実験的に回転外力でびまん性脳損傷が生じやすいことが証明されている。ヘルメットの円蓋部を打ったときにびまん性軸索損傷が多かったのは,ヘルメットの円蓋部への衝撃では頭部の重心より上部に外力が加わり,辺縁部への衝撃に比べ回転外力が生じやすいためと考えられた。急性硬膜下血腫,脳挫創,びまん性軸索損傷などの重症の脳外傷はヘルメットの損傷の強い場合が多かった。ヘルメットにそのような損傷を来す外力がヘルメットを着用せず直接頭部に加わっていたならば,さらに重篤な脳損傷を来して死亡していた可能性が強いと推定された。したがって,重症度の軽減の面からはヘルメットは十分に脳保護作用を発揮していると考えられる。
著者
石田 詔治 黒田 誠一郎 吉永 和正
出版者
Japanese Association for Acute Medicine
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.1, no.2, pp.103-109, 1990

西宮市消防局,新明和工業と防振ストレッチャーを共同開発し,予備実験,実車搭載走行で振動測定実験を行った。生体は1~14Hzの周波数域で全身振動に暴露されると,各種の生体反応や臓器共振をきたす。したがって,生体の全身振動を軽減するには,この周波数域で車体からストレッチャーへの振動伝播を軽減する必要がある。加振台上での予備振動実験において,ストレッチャーへの振動伝達率は25~50%未満であった。テストローラ上での実車走行実験を時速20, 50, 80kmにおいて,床面とストレッチャー上の振動レベル80%上端値を計測した。ストレッチャー上の頭部,胸部の高さに相当する部位での80%上端値は速度の影響をほとんど受けなかった。床面と比較した80%上端値は頭部で2~18%,胸部で10~37%と,いずれも低値を示した。しかし,胸部の高さでの振動伝播の軽減の程度は,頭部に相当する部分と比較して低値であった。一般道路での実車走行実験は,時速40kmの定時走行で,床面とストレッチャー上のパワー・スペクトル密度(以下PSD)を測定した。1~14Hzの周波数域でストレッチャー上の頭部,胸部に相当する位置で測定されたPSDは,全周波数で床面より低値を示した。すなわち,この防振ストレッチャーは一般道路上の実車走行でも,床面と比較して防振ストレッチャー上の振動が少ないことが実証できた。しかし,胸部の高さでの振動伝播の軽減の程度は,テストローラ上での結果と同様,頭部に相当する部位と比較して低く,まだこの防振ストレッチャーに改良の余地のあることを示唆した。
著者
山田 浩二郎 山本 五十年 宮田 敬博 有嶋 拓郎 澤田 祐介 島田 康弘 橋本 俊賢
出版者
Japanese Association for Acute Medicine
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.261-270, 1994

わが国における医師常駐型ドクターカー制度導入の可能性と救急搬送システムの問題点を検討する目的で,フィールド研究を施行した。調査は,1991年1月21日から1月30日(10日間),愛知県名古屋市中区消防本部に医師が常駐し,すべての救急搬送要請事例について救急車に同乗し行った。搬送要請事例は55例(外因性30例,内因性24例,誤報1例),うち52例を搬送した。患者は男33例,女21例,平均年齢44.5±21.3歳であった。現場または救急車内における処置施行例は37例,救命処置施行例は1例であった。搬送時間は覚知~現場到着が4.8±2.2分,現場到着~救急車収容が8.4±85分,覚知~医療機関搬入が22.2±9.0分であった(平均±標準偏差)。重症患者,深夜帯(午前2時から午前6時)では全搬送時間が増大する傾向を認めた。全搬送時間は現場時間(現場到着~救急車収容)と救急車内時間(救急車収容~医療機関搬入)とおのおの正の相関(p<0.0005)を認めた。相関係数の差の検討の結果,p<0.05をもって救急車内時間がより深く関係していた。本調査により,以下の結論を得た。(1)搬送事例の98.1%は現行の救急隊員の技能で対応可能であり,1日あたりの出動件数は5.5回であることより,今回の調査地域において1消防機関1医師常駐型ドクターカー制度導入は非効率的である。効率と効果を考慮するならば,(1)搭乗医師の確保,(2)覚知より10~15分以内に到達可能でしかもより広い管轄範囲の設定,(3)出動システムの整備など救急司令をも含む抜本的な救急搬送システムの改善が必要である。(2)救急車内時間の増大は,搬送医療機関決定の遅れ,搬送距離の増大を反映するものと推察された。(3)現行の救急司令情報では現場到着前に患者の状態の推測は困難であり,救急救命士制度,ドクターカー制度のいずれの導入においても救急司令システムの高度化が必要であると思われた。