著者
田中 克典 小杉 緑子 大手 信人 小橋 澄治 中村 彰宏
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.265-286, 1998-12-25
被引用文献数
6 4

Aiming to clarify the mechanism and prediction of CO_2 exchange between a plant community and the atmosphere, a multilayer model of CO_2 exchange having a feedback function is proposed. This model can calculate not only the profile of CO_2 flux within and above a canopy, but also the profile of meteorological elements such as solar radiation, long-wave radiation, air temperature, specific humidity, wind velocity and CO_2 concentration. The profiles are calculated using information on the canopy structure, leaf characteristics, and meteorological elements observed over the plant community. In order to validate the reproducibility of CO_2 flux over the plant community by this model, we observed CO_2, latent heat and sensible heat flux over aplanted forest, albedo and the profile of relative wind velocity, downward diffuse solar radiation and CO_2 concentration within the canopy. By applying this model, we found that it could successfully reproduce not only CO_2 flux, but also latent heat and sensible heat flux, over the canopy and reproduce the profile of these meteorological elements. Moreover, numerical experiments on CO_2 flux were carried out using this model to investigate the influence of the characteristics of canopy structure on SO_2 flux. As a result, we found the followings: (1) When the values of LAI arc 6 and 8, the fluctuations of CO_2 fluxes over a canopy are more sensitive to the meteorological elements over the canopy than when the values are 1 and 3. (2) CO_2 absorption by a community is not always greater during high solar elevation, as the average value of leaf inclination is greater. (3) Among the three canopies studied in the numerical experiments, one whose distribution of leaf area density is almost even absorbs CO_2 gas the most.
著者
比嘉 基紀 若松 伸彦 池田 史枝
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.365-373, 2012-11-30
被引用文献数
3

生物圏保存地域(Biosphere Reserve、日本国内での通称:ユネスコエコパーク)は、MAB(人間と生物圏)計画の最重要事業の一つで、3つの機能的活動(保全・持続的開発・学術的支援)により、豊かな人間生活と自然環境の保全の両立を目指す国際的な自然保護区である。発足以降世界的に登録地は増え続け、2012年4月時点で114ヵ国580地点が登録されている。日本では、1980年代に志賀高原、白山、大台ケ原・大峰、屋久島が登録された。しかし、国内での生物圏保存地域の認知度は低い。今後、国内での生物圏保存地域の活用および登録を推進するために、ドイツ、ブラジル、モロッコ、メキシコの活用事例を紹介する。ドイツのRhonでは、伝統的農業の重要性について見直しをすすめ、生物圏保存地域内で生産された農作物に付加価値(ブランド価値)をつけることに成功していた。さらに、子ども向けの教育プログラムも実施している。ブラジルのサンパウロ市Greenbeltでは、貧困層の若者向けに「エコジョブトレーニング」プログラムを実施している。プログラムの内容は持続可能な環境、農業、廃棄物管理など多岐にわたり、受講者の自立の手助けとなっている。モロッコのArganeraieでは、アルガンツリーの保全と持続的な利用を促進する取り組みを進めている。メキシコのSierra Gordaでは、行政組織・研究機関・地域住民が連携した統合なアプローチによって、自然環境の保全と豊かな人間生活の両立の実現に取り組んでいる。それぞれの地域の自然環境および文化や政治・経済的背景は一様ではないが、いくつかの事例は国内の生物圏保存地域でも実施可能であり、自然環境の保全とそれを生かした地域経済の発展に対して、有用性の高いプログラムである。
著者
高田 亘啓
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.4, no.4, pp.145-148, 1955-03-31

The present paper states the results of some observations on the function of the biotic factor to daily infestation of A. femoralis. (1) During night they rest quietly on the under sides of leaves of various tall plants standing by the feeding place. Their nocturnal resting place seems to be selected by their negative geotaxis. Therefore, as the crops such as cucumber grow taller, the number of insects remaining throughout night at the diurnal feeding place become larger. The dietary crops such as pumpkin which are trained to creep on the ground seem to have no value for this insect as a nocturnal resting place. (2) The values of dietary crops as food varies by species and growing stages. (3) Because various dietary crops have different values as food or as nocturnal resting place for A. femoralis, the pattern of the daily rhythmic activity of infestation exhibited in some crop fields is easily modified when other species of crops are cultivated in the adjoining furrows.
著者
石井 弓美子 嶋田 正和
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.183-188, 2007
参考文献数
36

生物種間相互作用は生物群集の構造に重要な影響を与える。特に、数の多い餌種をその存在比以上に選択的に捕食するようなスイッチング捕食は、多種の共存を促進する強力なメカニズムとして注目され、多くの理論研究が行われてきた。しかし、その実証研究は遅れている。頻度依存捕食を引き起こすような捕食者の採餌行動についてはすでに多くの研究が行われているが、それらの行動が個体数動態、さらに群集構造に与える影響についての実証研究は多くない。理論研究によれば、ジェネラリストである共通の捕食者によるスイッチング捕食は、被食者間の共存を促進することが示されている。本稿では、多種の共存促進メカニズムとしてのスイッチング捕食について、理論と実証のそれぞれの研究について紹介する。また、著者らが行った2種のマメゾウムシ(アズキゾウムシCallosobruchus chinensis, ヨツモンマメゾウムシC. maculatus)と、その共通の捕食寄生者である寄生蜂1種(ゾウムシコガネコバチAnisopteromalus calandrae)からなる3者系実験個体群では、寄生蜂によるスイッチング捕食が2種マメゾウムシの長期共存を促進するという結果を得た。寄生蜂を入れずにマメゾウムシ2種のみを導入した系では競争排除により必ずアズキゾウムシが消滅したが、そこに寄生蜂を導入したときには3者が長期間共存し、さらに2種マメゾウムシの個体数が交互に増加・減少を繰り返すような「優占種交替の振動」が見られた。そこで、寄生蜂の2種マメゾウムシに対する寄主選好性を調べると、数日間の産卵経験によって寄主選好性が変化した。産卵した経験のある寄主に対して選好性を持つため、寄生蜂は、頻度の多い寄主に選好性をシフトさせ、頻度依存捕食をしていることが分かった。この結果はスイッチング捕食が被食者の共存持続性を増加させることを示した数少ない実証例である。
著者
鈴木 美季 大橋 一晴 牧野 崇司
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.61, no.3, pp.259-274, 2011-11-30

生物間相互作用がもたらす形質進化の研究では、個々の生物が果たす役割とそのメカニズムについて、さまざまな角度から調べる統合的アプローチが必要とされている。被子植物のいくつかの種が見せる「花色変化」という現象は、植物、動物の両面から興味深い問題をいくつも含んでおり、こうした研究に適している。花色変化は、送受粉の役目を終えた花をわざわざ維持し、かつ色までも変えるという不思議な現象である。この形質の適応的意義として提唱された従来の仮説には、1)古い花を維持して株のディスプレイを大きく見せ、より多くのポリネーターを誘引する効果と、花粉や蜜を含まない古い花の色を変え、株を訪れたポリネーターを若い花に誘導する効果を組みあわせることで、他家受粉を促進するというものと、2)色を変えることで報酬を含まない花の存在をアピールし、株を訪れたポリネーターの立ち去りを早める効果をつうじ、他家受粉を促進するというものがある。しかし、これらの仮説はいずれも他家受粉の測定による裏づけがなされておらず、また個々の事例に見られるちがいを十分に説明できない。たとえば、古い花を摘みとった実験では、ポリネーターの訪問が減ったとの報告もあれば変わらなかったとする報告もある。また、被子植物の中には花色変化しない種も多数を占めている。さらに、色の変化部位や変化の引き金となる至近要因には著しい種間差がある。今後は、色変化をめぐる諸形質やそれらが引き起こす効果の「多様性」に目を向け、花色変化が、どんな条件のもとで、どんな形質との組みあわせにおいて進化するのか、といったより一般的な疑問に答えてゆく必要がある。そのためには、まず第一に、花の各部位の色や蜜生産の変化パターン、個花の寿命、開花スケジュール、そしてこれらの組みあわせによって実現される株全体のディスプレイ設計について、種間比較をおこなうことが有効だろう。第二に、ポリネーターの種類や個体の学習量のちがいによって生じる、花色変化への反応の多様性を把握する必要がある。そして第三に、花の形質とポリネーターの行動の相互作用をもとに、花色変化の進化を包括的に説明するための理論の整備も望まれる。こうして植物の繁殖生態学にとどまらず、生理学、行動学、そして理論生物学を組みあわせることで、花色変化、ひいては生物間相互作用がもたらす形質進化の研究は大きな進展をとげるだろう。
著者
中田 兼介 藪田 慎司
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.166-173, 2006-08-31
被引用文献数
4

自然教育の目的の一つは、子供たちに自分の身の回りの自然を好きになってもらう事である。動物の行動は人間の行動と機能的、外形的に共通する部分が多く、子供たちを自然の中で振る舞う動物を観察するよう導く事は、自然への親近感・共感を引きだす事に通じ、自然教育の目的に適うものである。そして、動画資料を使用する事で自然教育における行動観察の効果がより高められるだろう。動画を事前学習で使えば、子供たちの観察に対するモチベーションやセンスを高める事ができる。自然観察の最中では、人の目ではなかなか見る事のできない現象を見せる事ができる。そして動画撮影を行なう事を目的とする事で、観察会を一過性のイベントに終わらせる事なく、後の議論や成果発表に繋げて行く事ができる。一方、動物を扱うフィールド生物学者はしばしば研究対象を動画に撮影する。このような動画資料を研究者が持ちより、広く利用できるように公開すれば、自然教育の現場を支援すると言う意味で重要な貢献になるだろう。筆者たちを含む有志のグループは、このように考え2003年からインターネット上で「動物行動の映像データベース」(http://www.momo-p.com)というウェブサイトを立ち上げて運営している。このサイトには研究者と教育関係者を含む一般の利用者とを繋ぐ様々な機能が用意されており、研究者は特に教育関係者の事を考慮せずとも、自ら所有する動画資料をインターネットに接続されたコンピュータから登録するだけでよいのである。
著者
増田 直紀 中丸 麻由子
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.219-229, 2006-12-25
参考文献数
62
被引用文献数
1

複雑ネットワークは、要素と要素のつながり方の構造と機能に焦点をあてた新しい研究分野である。生態学の多くの対象においても、地理的空間、あるいは抽象的空間で個体や個体群同士がどのようなつながり方にのっとって相互作用するかは、全体や個々のふるまいに大きく影響しうる。本稿では、複雑ネットワークについて概説し、次に食物綱や伝播過程の例を紹介しながら、生態学へのネットワークの応用可能性を議論する。
著者
早坂 大亮 永井 孝志 五箇 公一
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.193-206, 2013-07-30

農薬は作物の品質・収量確保の上で必要不可欠である一方、持続的な農業活動に向けては生物多様性を無視することはできない。本稿では、今後の農薬の生態リスク管理手法として取り入れるべき、多種系あるいは群集レベルの評価手法について概説するとともに、これら手法の有効性・可能性と今後の展望について議論する。日本における現行の農薬管理は、農薬の曝露影響と生物への影響の濃度とを対比させて評価を行う。農薬の曝露影響は多段階の評価制度(Tier制)が確立されているが、生物影響は個体レベルの室内毒性試験のみで評価されており、群集(生態系)レベルでの評価手法は確立されていない。また、室内試験の結果を野外環境に外挿することの難しさは多くの研究者により指摘されている。近年、個体レベルの評価から多種系の評価に外挿する手法として、農薬に対する各生物の感受性差を考慮した統計学的手法である種の感受性分布(SSD:Species Sensitivity Distribution)が開発されている。これにより、生物集団の潜在影響を簡便に評価できる一方で、生物間相互作用や群集の回復性などは考慮できない。これら課題の解決に向けて、メソコスムを含む実験生態系による試験の実施が有効であると考える。実験生態系は、多種の生物に対する影響を同時に試験可能であるとともに、コントロール(対象区)を設定できる、などの利点がある。群集レベルの農薬の生態リスク評価にはこれまで、多様度指数や主成分分析等が指標として用いられてきたが、何れも生物多様性への影響評価として解釈が困難であった。そこで、コントロールと農薬処理区との群集組成の時間変化における差に着目した多変量解析である主要反応曲線(PRC:Principal Response Curves)解析が開発され、現在、多くの現場で使用されている。一方、曝露後影響のモニタリング期間が短い場合、世代期間(生活史サイクル)の長い生物に対する影響を過小評価してしまう危険性がある。1年以上の長期モニタリングを行うことで、各種の生活史も考慮したより現実的な生態リスクの評価が可能になる。これらの課題を踏まえ、今後の生物影響の評価システムとして、室内毒性試験、種の感受性分布、および実験生態系による長期モニタリングを一つの評価パッケージとして段階的に実施することを我々は提案する。その上で、これら試験結果から総合的に導かれる農薬の毒性について曝露影響と比較することで、農薬の生態リスクの総合評価による登録保留基準の設定が可能になると考える。
著者
前田 真 田中 真悟
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.483-489, 1982-12-30
被引用文献数
1

A sea-fronted sandy beach was selected as the study site for the seasonal change of vertical distribution of collembolan species. The dominant species there were Proisotoma sp. 1,Proisotoma sp. 2,Folsomina onychiurina, Parafolsomia sp. 1,Acherontiella sp. and Onychiurus sp. These species showed remarkable seasonal change in vertical distribution. Acherontiella sp., Proisotoma sp. 2,F. onychiurina and Parafolsomia sp. 1 inhabited in upper layer of soil from April to October, then shifted to deeper layer in winter. Onychiurus sp. showed a reciprocal pattern to this, namely its distribution shifted to deeper layer in summer. Proisotoma sp. 1 inhabited in upper layer throughout the seasons. Moreover, these specificities in the layer preference is related to the seasonal change in ambient temperature of microhabitat, and the temperature is correlated with the abundance of species population as an agent controlling the population level. Co-existence of many species, 23 species found in this study, in the same sandy beach is explained by these reciprocal pattern of seasonal abundance of species populations.
著者
大園 享司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.304-318, 2007
被引用文献数
2

冷温帯産樹木の落葉を材料として、その分解過程と分解に関わる菌類群集の役割を実証的に明らかにした。調査地は京都府の北東部に位置する冷温帯ブナ天然林である。35ヶ月間にわたる落葉分解実験の結果、14樹種の落葉のリグニン濃度と落葉分解の速度および落葉重量の減少の限界値との間に負の相関関係が認められた。また窒素・リンの不動化-無機化の動態がそれぞれリグニン-窒素(L/N)比、リグニン-リン(L/P)比の変化によく対応していた。実験に用いた落葉樹種のいずれにおいても、リグニン分解はホロセルロース分解より遅く、落葉中のリグニン濃度は分解にともなって相対的に増加する傾向が認められた。落葉に生息する微小菌類と大型菌類について調査を行い、29樹種の落葉から49属の微小菌類を、また林床において一生育期間を通して35種の落葉分解性の担子菌類を記録した。ブナとミズキの落葉において分解にともなう菌類遷移を比較調査した。リグニン濃度が低く分解の速いミズキ落葉では、リグニン濃度が高く分解の遅いブナ落葉に比べて、菌類種の回転率が高く、菌類遷移が速やかに進行した。担子菌類の菌糸量はミズキよりもブナで多く、またブナでは分解にともなって担子菌類の菌糸量の増加傾向が認められた。分離菌株を用いた培養系における落葉分解試験では、担子菌類とクロサイワイタケ科の子嚢菌類がリグニン分解活性を示し、落葉重量の大幅な減少を引き起こした。落葉のリグニン濃度が高いほど、菌類による落葉の分解速度が低下する傾向が培養系でも示された。同様に、先行定着者による選択的なセルロース分解によりリグニン濃度が相対的に増加した落葉においても、菌類による落葉の分解力の低下が認められたが、選択的なリグニン分解の活性を有する担子菌類の中には、そのような落葉を効率的に分解できる種が含まれた。これら選択的なリグニン分解菌類は野外においても強力なリグニン分解活性を示し、落葉の漂白を引き起こしていたが、林床におけるその定着密度は低かった。
著者
土屋 一彬 斎藤 昌幸 弘中 豊
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.179-192, 2013-07-30

都市生態学は、人間活動が優占する都市生態系のふるまいの解明にとりくむ研究分野である。近年、国際的に進行している都市人口の増加と、それにともなうさまざまな環境問題の拡大を背景に、都市生態学への注目が高まっている。とくに都市生態学には、生物相保全や生態系サービス向上へ向けたとりくみの科学的基盤となることが期待されている。本稿では、日本国内における研究者のさらなる都市生態学への参入と議論の深化のきっかけとなることを企図し、国際的な都市生態学研究の進展状況と今後の主要な研究課題について、主に1)都市において環境問題の解決に生態学が果たす意義、2)都市に特徴的な生態学的パターンとプロセスおよび3)社会経済的要因の影響の3点から論述した。都市において環境問題の解決に生態学が果たす意義を取り扱った研究は、生物相保全を通じた環境教育への貢献や、都市生態系が提供する生態系サービスのうちの調整サービスおよび文化サービス、そして負の生態系サービスの評価を多くとりあげていた。都市生態系の特徴の解明にとりくんだ研究についてみると、都市から農村にかけての環境傾度に沿った種群ごとの個体数の変化や、都市に適応しやすい生物とそうではない生物の比較といった、生態学的なパターンについての知見が多くみられた。一方で、そうした生態学的なパターンをもたらすプロセスについては、十分に研究が進んでいなかった。都市生態系を規定する社会経済的要因を取り扱った研究については、社会経済的要因も含めた都市生態系の概念的なモデルの追求や、生態系の状態に影響が強い社会経済的要因の特定にとりくんだ研究が多くみられた。他方で、生態系の状態と管理などの具体的な人間の行為との関係や、その背後にある制度などの間接的な社会経済的要因との関係については、十分に明らかにされていない状況であった。今後の都市生態学には、都市生態系の構成要素や社会経済要素が相互にどう関係しているか、すなわち都市における社会生態プロセスに対して、さらに理解を深めていくことが求められよう。その実現のためには、生態学者が中心となった都市の生態学的プロセスの解明や、社会科学者と協働することによる分野横断的な研究アプローチの開発が鍵となろう。
著者
西川 潮
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.60, no.3, pp.303-317, 2010-11-30

一般に、キーストーン種とは、自身の生息個体数の増加に対し、影響力が格段に強くなる高次捕食者を言い、これが生態系から消失(もしくは加入)すると、群集構造が大きく変化する。古くは、Paine(1966,1969)が、ヒトデ捕食者(Pisaster ochraceus)が潮間帯の群集構造の維持形成において主要な役割を果たすことを発見し、ヒトデをキーストーン捕食者と呼んだことからこの用語が使われるようになった。近年では、キーストーン種の概念は、捕食者のみならず、生産者や分解者、生態系エンジニアなどにも適用されている。しかしながら、ある環境下でキーストーン種となる生物であっても、他の環境では、固有の役割を持たない、群集構成メンバーの一員に過ぎないこともある。生態系には、その消失に伴い機能的役割が他生物によって置き換わる生物と置き換わらない生物とが存在するため、キーストーン種を判別する上で、その系における機能的役割の固有性と影響力の強さの双方が重要なポイントとなる。動物と植物の両方を摂食する雑食、および生態系エンジニアは、栄養効果や非栄養効果を通じて複数の栄養段階に直接効果や間接効果を伝播させることから、機能的役割の固有性が高く、また生態系への影響力も強いことが想定される。本稿では、最初にキーストーン種の定義について再考するとともに、ニュージーランドの河川において、雑食、ならびに生態系エンジニアとしての役割を併せ持つ在来ザリガニが、落葉分解や生物間相互作用の面で主要な役割を果たしていることを明らかにした一連の研究を紹介する。
著者
沖津 進
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.113-121, 1985-03-30
被引用文献数
5

OKITSU Susumu (Dept. Biosystem Management, Div. Env. Conservation, Grad. School of Env. Sci., Hokkaido Univ., Sapporo). 1985. Consideration on vegetational zonation based on the establishment process of a Pinus pumila zone in Hokkaido, northern Japan. Jap. J. Ecool., 35 : 113-121. The characteristic features and process of establishment of the Pinus pumila zone in Japanese high mountains were explained, and their ecological significance was discussed in relation to that of the vegetational zones, including both vertical and horizontal ones. The P. pumila zone is a unique vegetational zone which is not an extension of the forest zone regarded as the timberline ecotone, nor is it dependent on the Kira's Warmth Index 15. The P. pumila community invades into high mountain areas, which are forest areas under thermal conditions but become deforested by strong winds and heavy snows in winter, and finally, extends into the areas and forms the P. pumila zone there. The horizontal counterpart of this zone is the Larix dahurica forest zone in eastern Siberia, and P. pumila is presumed to have been a remnant element of L. dahurica forest in the Last Ice Age, and to have established its own vertical zone in high mountain areas of Japan after the last Ice Age.
著者
久保 拓弥 粕谷 英一
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.181-190, 2006-08-31

生態学のデータ解析で一般化線形モデル(generalized linear model; GLM)が普及していくにつれ「GLMだけでは説明がむずかしい現象」にも注目が集まりつつある。たとえば「過分散」(overdispersion)はわれわれがあつかう観測データによくあらわれるパターンであり、これは「あり・なし」データやカウントデータのばらつきがGLMで解析できなくなるほど大きくなることだ。この過分散の原因のひとつは個体差・ブロック差といった「直接は観測されてないがばらつきを増大させる効果」(random effects)である。この解説記事ではこのrandom effectsも組みこんだ一般化線形混合モデル(generalized linear mixed model; GLMM)で架空データを解析しながら個体差・ブロック差を考慮したモデリングについて説明する。
著者
福田 真由子 崎尾 均 丸田 恵美子
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.387-395, 2005-08-31
参考文献数
25
被引用文献数
14

日本の河川敷で分布しているハリエンジュの種子繁殖とその初期侵入過程を明らかにするため、定着初期のハリエンジュ群落が成立する埼玉県の荒川中流域の中州において、2001年9月-2003年12月の期間に追跡調査を行った。その結果、ハリエンジュは春の発芽は見られないが、期間中に台風により中州が水没して土砂の供給を受けた各3回の増水の後、新たな堆積物上に一斉に発芽が見られ、河川敷で種子繁殖していることが明らかとなった。増水の時期が異なる3つの当年生実生集団の最終個体重を比較した結果、増水の時期が早いほど発芽当年の最終個体重は大きくなり、また最終個体重が大きくなるほど翌年までの生存率が高くなる傾向が見られた。そして遅くても9月の増水によって発芽することが定着のためには必要であることがわかった。増水後に発芽した実生は、粗砂からなる粒径組成の堆積物に集中して見られ、このような堆積物はハリエンジュの発芽に適した条件を備えているといえる。