著者
久保田 一雄 白倉 卓夫 大類 十三雄 村谷 貢 真木 俊次 田村 遵一 森田 豊穂
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.509-514, 1991-07-30 (Released:2009-11-24)
参考文献数
11
被引用文献数
5 19

我々は次の二つの課題を明らかにする目的で, 20歳から99歳までの2,231名 (男性1,295名, 女性936名) の血球測定値と血清総蛋白 (TP), 総コレステロール (TC), 及び中性脂肪 (TG) 測定値を分析した. (1) 白倉らの1978年の報告以来約10年が経過し, その間に日本人の食生活はさらに改善され, 平均寿命も延長した. そのような改善が老年者の血球測定値に何らかの影響を及ぼしているのだろうか? (2) 日常生活の質, 例えば老人ホームではなくて, 在宅であるとか, 就労しているとか, 旅行もするとかなど, が老年者の血球測定値に影響を及ぼすことが指摘されている. 60歳未満の青壮年者と上述したような質の高い生活をしている60歳以上の老年者とで, 血球の測定値に差異があるのだろうか? 結果は, ヘモグロビン濃度, 赤血球数, ヘマトクリット値のいずれも, 男性では50歳代から, 女性では60歳代から低下し始め, その変化は加齢に伴い, かつ男性でより顕著であった. 白血球数, 血小板数も加齢とともに低下傾向を示した. TP, TC, TGも60歳以上の老年者で加齢に伴って低下した. これらの成績から, 老年者では加齢に伴ってヘモグロビン濃度, 赤血球数, ヘマトクリット値のいずれも低下することが確認され, その原因の一つとして摂取蛋白の低下が推定された.
著者
亀山 正邦
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.71-81, 1974-03-31 (Released:2009-11-24)
参考文献数
12
被引用文献数
4 2
著者
中村 健正
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.45-52, 2020-01-25 (Released:2020-02-18)
参考文献数
21
被引用文献数
2

目的:回復期リハビリテーション病棟に入棟した高齢脳卒中患者における誤嚥性肺炎の危険因子,誤嚥性肺炎が脳卒中後の摂食状況および日常生活動作の回復に及ぼす影響を明らかにすること.方法:対象は当院回復期リハビリテーション病棟に入棟した脳卒中症例のうち入棟時65歳以上で嚥下障害を有していた463例(80.2±8.1歳).診療録から後方視的に調査項目を抽出し,誤嚥性肺炎の危険因子,誤嚥性肺炎と入院中のfunctional oral intake scale(摂食状況の指標)のレベル上昇および機能的自立度評価法(日常生活動作の指標)の運動項目点数増加(以下,運動FIM利得と略す)の関係について多変量解析を用いて検討した.解析にあたって運動FIM利得は16点以上=1,15点以下=0に変換した.結果:誤嚥性肺炎は52例に発症し,性別(男性のオッズ比(OR)3.07,95%信頼区間(CI)1.59~5.95,P<0.001),入棟時geriatric nutritional risk index(栄養状態の指標,1単位上昇のOR 0.94,95% CI 0.90~0.97,P<0.001),入棟時経管栄養の有無(有りのOR 3.89,95% CI 1.71~8.83,p=0.001)が誤嚥性肺炎の有意な発症予測因子であった.誤嚥性肺炎は入院中のfunctional oral intake scaleレベル上昇の有無を従属変数とした多変量解析で有意な独立変数であり(OR 0.29,95% CI 0.12~0.66,p=0.003),運動FIM利得にも関連していた(OR 0.23,95% CI 0.09~0.55,p=0.001).結論:男性,入棟時低栄養,入棟時経管栄養が誤嚥性肺炎の危険因子であること,誤嚥性肺炎は脳卒中後の摂食状況および日常生活動作の回復に関連することが示唆された.
著者
山本 章 山﨑 紘一
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.52, no.2, pp.153-161, 2015-04-25 (Released:2015-05-19)
参考文献数
22
被引用文献数
1

目的:ESBL産生大腸菌が急増している事態を踏まえ,高齢者尿路感染症の抗菌薬治療の効率を比較検討する.方法:2013年1月以降の15カ月間に尿路感染症を起こした入所患者について,内服薬として①ホスホマイシン(FOM),ミノサイクリン(MINO),スルファメトキサゾール・トリメプタム合剤(ST),およびリファンピシン(RFP)のうちから2剤(原則としてFOM/MINOあるいはRFP/ST併用),②単剤としてのレボフロキサシン(LVFX)と,注射薬として③スルバクタム配合セフォペラゾン(SBT/CPZ),④メロペネム(MEPM),の計4種の治療効果を比較検討した.治療後に一般病原細菌が検出されなかった場合に治療有効と判定した.結果:①内服薬組み合わせ群での全病原細菌に対する治療有効率は9/11=82%で,ESBL産生大腸菌は結果不明例を除く4例でいずれも消失,②LVFX群では15例中3例に治療前,また3例に治療後ESBL産生またはLVFX耐性の大腸菌が検出され,培養結果判明後,治療薬をMEPM注射に切り替えた.結果不明の1例を除く14例についての治療有効率は9/14=64%であった.③SBT/CPZ群では治療前に検出されたESBL産生大腸菌は3例中2例で消失したが,治療終了後の尿から新たにESBL産生菌2例と一部耐性菌1例が検出された.全病原細菌に対する治療有効率は9/16=56%であった.④MEPM群ではESBL産生/LVFX耐性大腸菌(16例)はいずれも消失したが,全病原細菌に対する治療有効率は19/27=70%で,治療後Klebsiella pneumoniaeが残った例が見られた.⑤全症例についての尿中好気性病原細菌培養における感受性検査の結果では,ESBL産生大腸菌群に高頻度にβ-ラクタマーゼ阻害薬配合βラクタム系薬に耐性の株(SBT/CPZ:18/32=56.3%,CVA/AMPC:9/32=28.1%)が検出された.結論:比較的軽度の尿路感染症に対するFOM/MINOの有効性が確認された.SBT/CPZは有効率が低く,培養細菌の感受性テストでも耐性株が高頻度に検出されたので,β-ラクタマーゼ阻害薬配合βラクタム系薬の使用には注意を要する.MEPMはESBL産生大腸菌には有効だが,他の細菌や,他の臓器疾患との関係で今後の検討が必要である.
著者
山田 実
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.175-182, 2021-04-25 (Released:2021-05-27)
参考文献数
18
被引用文献数
1 3

アジアにおけるサルコペニアワーキンググループ(AWGS:Asian Working Group for Sarcopenia)は2014年に初版を,2019年に改訂版となるサルコペニア診断基準を報告した.我が国においては,このAWGS2019を用いてサルコペニアを判定することが推奨される.この判定基準では,筋力,身体機能,骨格筋量といった指標を用いてサルコペニアを判定することが可能である.臨床現場においては,これら指標を計測する際の制約を十分に踏まえた上で,過小および過大評価に留意しながらサルコペニアを判定することが望まれる.
著者
大類 孝 山谷 睦雄 荒井 啓行 佐々木 英忠
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.40, no.4, pp.305-313, 2003-07-25 (Released:2011-03-02)
参考文献数
75
被引用文献数
5 4

口腔は, 皮膚と腸管とともに3大細菌網で, 口腔雑菌を知らず知らずに飲み込んでいる. 誤嚥性肺炎患者では, その口腔の中のセンサーが悪く, 唾液がたまったことを感知できない, いわゆる嚥下反射が低下している. そして気管に誤嚥したときは咳として出さなければいけないけれども, 咳反射も低下している. そして不顕性誤嚥を何回も起こしているうちにいつか肺炎になる.それではなぜ嚥下反射, 咳反射が落ちるかというと, 迷走神経あるいは舌咽神経の知覚枝の頸部神経節でつくられるサブスタンスPという物質が少ないからである. サブスタンスPがなぜ少ないかというと, 黒質線状体でつくられるドーパミンという物質が少ないからである. なぜドーパミンが少ないかというと, 深部皮質における脳血管性障害があるからである.サブスタンスPが少ないことから, 抗生物質に頼らないお年寄りの肺炎の予防が可能になる. カプサイシンという物質がサブスタンスPを強力に放出する物質であるため, カプサイシンを口の中に入れてやると嚥下反射が良くなる.ドーパミンが少ないため, ドーパミンを上げてやれば良い. アマンタジン (シンメトレル®) はドーパミンの遊離を促す. ドーパミンを投与した群としない群に分け, 3年間にわたって投与したところ, 肺炎の発生率を1/5に減らすことができた.アンジオテンシン変換酵素阻害薬はサブスタンスPの分解も阻害するため咳が出るが, 肺炎をくり返すお年寄りは咳が出ないで困っているので, ACE阻害薬を投与した. イミダプリル (タナトリル®) を2年間にわたって投与したところ, 投与しない群に比べて肺炎の発生率を1/3に減らすことができた.65歳以上であれば半分の人たちは何らかの脳血管障害がある. 深部皮質に不顕性脳血管障害がある人は, 2年間に30%が肺炎を起こすという成績が得られた. したがって要介護老人のみの問題ではなく, 65歳以上であれば身近な問題であると言える.脳血管性障害を防ぐことがお年寄りの肺炎を防ぐことにつながる. シロスタゾール (プレタール®) を3年間にわたって投与したところ投与しない群に比べて脳梗塞の発生率を半分に減らすことができた. しかも肺炎の発生率も半分に減らすことができた.
著者
佐川 尚子 鶴谷 悠也 野村 和至 奥山 朋子 近藤 真衣 佐田 晶 宮尾 益理子 水野 有三
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.51, no.6, pp.581-585, 2014-11-25 (Released:2015-02-26)
参考文献数
14
被引用文献数
8 9

症例は83歳男性.29年来の2型糖尿病で当院通院中であり,グリメピリド0.5 mg内服にてHbA1c 6.0%前後,腎症1期で推移し,入院7日前の採血結果では,血清Cre 0.8 mg/dl(eGFR 69.67 ml/分/1.73 m2)であった.入院5日前に右眼瞼および結膜の炎症にて近医眼科を受診し,帯状疱疹が疑われ,バラシクロビル3,000 mgが処方され,頭痛が出現したため2日前にロキソプロフェン180 mgが処方された.入院前日より,構音障害,徘徊,食欲不振が出現し,Japan Coma Scale II-20程度の意識障害が進行したため2013年2月に入院となった.入院時,血清Cre 5.11 mg/dl(eGFR 9.16 ml/分/1.73 m2)と腎機能障害の進展を認め,頭部MRIや髄液検査では意識障害の原因となる有意な所見を認めなかった.多彩な中枢神経症状や内服歴から,バラシクロビルによるアシクロビル脳症を発症したと考え,血液透析を導入し,速やかな意識障害の改善を認めた.入院時の血中アシクロビル濃度が9.25 μg/mlと高値だった.アシクロビル脳症は腎機能障害者で発症することが多いが,高齢者では腎機能障害の指摘のなかった患者に発症した報告もある.バラシクロビルは帯状疱疹など高齢者で使用されることが少なくない薬剤であるが,それ自体により腎機能障害を引き起こし,中毒域まで血中濃度が上昇する危険があるため,高齢者に投与する際には十分な注意が必要である.
著者
橋田 英俊 本田 俊雄 森本 尚孝 相原 泰
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.38, no.5, pp.700-703, 2001
被引用文献数
5

75歳の男性が見当識障害, 構語障害, 歩行障害の増悪を来して入院した. 患者は4年前に頸椎症と診断され治療を受けていたが, 四肢の運動障害及びしびれ感は徐々に増悪していた. みかけ上の血清Cl値の上昇が端緒となり, ブロム中毒が疑われた. 10年来のブロムワレリル尿素含有鎮痛薬の内服歴及び血清ブロム濃度上昇を認めたため, ブロム中毒と診断された. 輸液により症状は軽減したが, 四肢の運動障害は残存した. 四肢の運動障害は頸椎症に加え慢性ブロム中毒による不可逆性の障害も関与している可能性が否定できない. 高齢者の精神・神経症状は, 老人性痴呆や加齢による影響と判断され積極的な診断や治療が見送られることが多い. ブロムワレリル尿素は市販の鎮痛薬等にも含まれている成分であり, 高齢者で精神・神経症状を呈した症例に対しては, ブロム中毒を念頭におく必要がある.
著者
大沼 剛 橋立 博幸 吉松 竜貴 阿部 勉
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.151-160, 2014 (Released:2014-05-23)
参考文献数
30
被引用文献数
1 4

目的:本研究では,屋内生活空間の身体活動指標home-based life-space assessment(以下,Hb-LSA)を開発し,地域在住の要支援・要介護高齢者を対象にHb-LSAの臨床的有用性を検証することを目的とした.方法:対象は,要支援・要介護高齢者37人(平均年齢78.5±7.0歳)であった.Hb-LSAとともに,身体活動(life-space assessment(LSA)および離床時間),動作能力(bedside mobility scale(BMS)およびfunctional independence measure(FIM)),身体機能(握力,下肢筋力,片脚立位保持時間),認知機能(mental status questionnaire)を調査した.結果:Hb-LSAの成績は平均55.7±24.7点(最小値4点,最大値102.5点)であった.Hb-LSAの信頼性係数を算出した結果,級内相関係数ICC(1,1)=0.986,(1,2)=0.993と高い再現性を示した.Hb-LSAはLSA(r=0.897)および離床時間(r=0.497)と相関を有し基準関連妥当性および収束的妥当性が確認された.また,Hb-LSAは動作能力,身体機能の各指標と有意な相関を認めた.屋内移動自立群と屋内移動非自立群の2群に分けてHb-LSAを比較した結果,Hb-LSAは屋内移動自立群(75.8±18.8点)で,屋内移動非自立群(45.7±20.2点)に比べて有意に高い値を示した.結論:本研究において,屋内生活空間における身体活動の指標であるHb-LSAは,指標の信頼性および妥当性が確認された.また,屋内移動能力と関係する臨床的に有用な評価指標であることが示された.
著者
後藤 佐多良
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.45, no.2, pp.155-158, 2008 (Released:2008-04-25)
参考文献数
12
被引用文献数
1 1

老化防止を期待して抗酸化ビタミンその他の抗酸化物質を摂取する人が増えている.しかし,その効果が科学的に証明されたものは少ない.一方,最近の研究によりカロリー制限や定期的運動にはタンパク質やDNAの酸化傷害を軽減する効果があることが分かってきた.運動は酸素消費を高め活性酸素の産生を促進して有害であるという考えとは相容れない.運動の有益作用は,ヒトの60歳,70歳に相当する老齢ラットを使った実験でも証明されている.カロリー制限はエネルギー代謝を低下させ酸素消費,ひいては活性酸素を減少させるのが抗老化作用メカニズムだと考えられてきたが,活性酸素あるいは酸化傷害分子の除去あるいは修復酵素系活性化の寄与が大きい.アンチエイジングのためにはカロリー制限や運動,その他の環境要因によって"抗老化"酵素等のタンパク質遺伝子の発現を高め潜在能力を引き出すことが重要である.抗酸化物質の必要以上の摂取は抗酸化系の一部を高めることはあっても全体的には無益であるだけでなくバランスを損なって有害になる恐れがある.それに対して適度なカロリー制限や運動は,バランスよく抗酸化その他の防御能力を高めている可能性がある.
著者
大類 孝
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.458-460, 2013 (Released:2013-09-19)
参考文献数
5
被引用文献数
3 3

肺炎は長らくわが国の疾患別死亡の第4位を占めてきたが,厚生労働省の2011年度の報告によれば,ついに脳血管障害を抜いて第3位になり正に現代病の様相を呈している.また,近年のデータから肺炎で亡くなる方の約95%が65歳以上の高齢者で占められ,肺炎は老人の悪友であるといえる.高齢者の肺炎の大部分が誤嚥性肺炎であると報告されている.誤嚥性肺炎(広義)は,臨床上Aspiration pneumoniaとAspiration pneumonitisに分けられるが,両者はオーバーラップする事もある.高齢者の肺炎の多くはAspiration pneumoniaであり,その危険因子として最も重要なものは脳血管障害などに併発しやすい不顕性誤嚥である.不顕性誤嚥は,脳血管障害の中でも特に日本人に多い大脳基底核病変を有している人に多く認められる.誤嚥性肺炎の最良の予防法は,脳血管障害ならびに脳変性疾患の適切な予防ならびに治療であるが,他に,降圧剤のACE阻害薬,ドーパミン作動薬のアマンタジン,抗血小板薬のシロスタゾール,漢方薬の半夏厚朴湯,クエン酸モサプリドなどの不顕性誤嚥の予防薬も有効で,これらは肺炎のハイリスク高齢患者において肺炎の予防効果を有する.
著者
高山 真 沼田 健裕 岩崎 鋼 黒田 仁 加賀谷 豊 石井 正 八重樫 伸生
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.128-131, 2014 (Released:2014-05-23)
参考文献数
10
被引用文献数
2 4

背景と目的:東日本大震災の際,災害弱者である高齢者は避難に難渋し避難所においても体力の衰え,免疫力の低下などから様々な疾患を患うことも多かった.本報告では,東北大学病院漢方内科が被災地域で行った漢方診療を振り返り高齢者における統合医療,漢方の役割について述べる.方法:発災から10週間までの期間に被災地域の避難所で行った漢方診療に関し,診療録をもとに症状の変遷や漢方診療の内容についてまとめた.結果:震災から2週間までは低体温や感冒,胃腸炎が多く,当帰四逆加呉茱萸生姜湯や人参湯,桂枝湯,五苓散などを処方した.2週間から6週間まではアレルギー症状や呼吸器症状が多く,小青竜湯や麦門冬湯などを処方し,6週間から10週までは精神症状が多く,抑肝散や加味帰脾湯などを処方した.これら経過を振り返るに,高齢者においては発災から間もないころには低体温症例が比較的多く,6週間以降は特に精神症状を訴える例が多かった.考察:震災後に行った漢方診療を振り返るに,多くはすでに西洋薬等が処方されていたものの症状が遷延している例も多く,漢方薬の追加で症状の改善をみる症例を数多く経験した.基礎代謝が低下し,津波をかぶり体が冷え切った低体温の高齢者には,体を温める漢方薬は西洋薬にない効果を発揮した.また,長期間続く避難所生活による精神的,肉体的ストレスによる免疫力低下にも漢方薬が貢献できた可能性がある.さらには,高齢者では効果の強い睡眠導入剤を使用することにより,余震の際に朦朧として力が入らずに転倒する危険性があるが,軽度に鎮静作用を持つ漢方薬は睡眠を補助しつつ,筋緊張を低下させないため使いやすかった.結論:漢方薬のエビデンスが蓄積されつつある現在,西洋医学と漢方医学の併用は災害時の困難な状況においても,統合医療として相補的に用いられるのが理想と考える.
著者
大沢 愛子 前島 伸一郎
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.40-44, 2020-01-25 (Released:2020-02-18)
参考文献数
27

認知症に対する非薬物療法は,薬物療法と対をなし,MCIから重度の状態まで,様々な病期において実施可能な治療法である.また,非薬物療法では,患者本人へのアプローチのみならず家族へのアプローチも可能であり,家族にとっても意義のある治療法である.本稿では認知症に対する非薬物療法の原則を述べ,その後,代表的な非薬物療法を紹介しながら,そのエビデンスについて説明を加える.
著者
長谷川 範幸 田中 光 柳町 幸 丹藤 雄介 中村 光男
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.47, no.5, pp.433-436, 2010 (Released:2010-11-24)
参考文献数
24
被引用文献数
3 3

高齢者は非高齢者に比し低アルブミン血症をはじめとした低栄養状態を高率に認める.低アルブミン血症は,易感染性,難治性感染症,褥瘡の難治化,手術後の縫合不全や創傷治癒の遷延化などを引き起こす.このことからも,高齢者にとって栄養状態を良好に維持することは非常に重要である.われわれは高齢者の低アルブミン血症の原因を明らかにし,その治療法に関する検討を行った.その結果,高齢者では非高齢者に比し消化吸収能は低下しておらず,蛋白質摂取量の低下及び消化吸収率の良好な肉類の摂取量低下という摂取蛋白質の変化を認め,このことが高齢者の低アルブミン血症の主因であると考えられた.高齢者の低アルブミン血症を改善する方法として,プロテインスコアが良好で消化吸収率も高い鶏卵を摂取する方法が有効であった.高齢者診療においては低アルブミン血症を認めた場合,早期から積極的な介入を行うことが望ましい.
著者
山部 一実 西田 隆宏 井手 芳彦 本田 純久
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.327-329, 2020-07-25 (Released:2020-09-04)
参考文献数
5

地域在住の後期高齢者233人を対象に100 mL水飲みテストのスクリーニング精度を検証した.嚥下障害の質問紙EAT-10を外的基準とした時の嚥下時間の最適カットオフ値は10/11秒であった.100 mL水飲みテストのムセの徴候と嚥下時間の2指標を組み合わせたスクリーニングの感度と特異度は74%,61%と良好であった.地域介護予防事業で100 mL水飲みテストを用いたスクリーニングの有用性が示唆された.
著者
一杉 正仁
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.186-190, 2018-04-25 (Released:2018-05-18)
参考文献数
11
被引用文献数
1

わが国では,交通事故死者数が減少傾向にあるが,65歳以上の高齢者が占める割合は増え続け,54.8%となった.高齢運転者は,青壮年に比べて事故をおこしやすく,特に正面衝突事故が多い.事故の原因として,慌てやパニック状態となり,適切な危険回避行動をとれないことや,体調不良によって適切な操作を行えないことが挙げられる.高齢者は判断能力や操作能力が低下するため,これらを補うような訓練や装置の導入が望ましい.
著者
野本 愼一 中西 由佳
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.276-281, 2011 (Released:2011-07-15)
参考文献数
18
被引用文献数
1 3

目的:中規模一般病院に通院する後期高齢者を対象に処方実態を解析し,その問題点について検討した.方法:地域の患者診療が中心の中規模一般病院を連続した6日間に受診し,かつ処方を受けた後期高齢者159名(男性59名,女性100名,年齢80.6±4.5歳)を対象とし,過去9カ月間に受診した院内診療科,および調査時点で過去3カ月以上固定していた定期処方内容(1,031剤)を調査・解析した.結果:過去9カ月間に2診療科以上受診していた患者は121名(76.1%)であった.定期処方の薬剤数は最大15剤,平均6.5±3.5剤,服用錠数は最大36錠,平均12.4±7.8錠であった.6剤以上の多剤処方例は92名(57.9%)にみられた.薬効別の処方頻度は,1,031剤のうち降圧薬20.3%,高脂血症用薬5.4%,抗血栓剤5.0%,糖尿病用薬3.5%,骨粗鬆症・骨代謝改善薬3.2%であった.また,対症療法薬は消化性潰瘍治療薬・健胃消化薬(以下抗潰瘍健胃薬)15.8%,催眠・鎮静・抗不安薬(以下催眠薬)9.0%,下剤8.1%,鎮痛薬3.5%であった.そのほか,ビタミン製剤は5.1%,漢方便秘薬を除いた漢方薬は2.1%であった.同効薬の多剤処方例は,降圧薬55.9%,催眠薬43.5%,抗潰瘍健胃薬36.8%,下剤35.6%であった.最高併用薬剤数は降圧薬処方例の5剤であった.高齢者に対して慎重投与を要する薬物は全処方1,031剤中4.8%で,159人中48人(30.2%)に処方されていた.結論:一つの中規模一般病院に通院する後期高齢者を対象とした処方実態調査という限界はあるが,複数診療科受診例,多剤処方例が大学病院を対象とした報告よりも多く見られた.また,同効薬を多剤併用した例は降圧薬,抗潰瘍健胃薬,催眠剤,下剤に多くみられた.後期高齢者の多剤処方を減らすには,処方を見直す機会を定期的に作り,医師のみならず薬剤師,看護師などを含めたチームでこの問題に取り組む必要があると考える.
著者
谷口 優 清野 諭 藤原 佳典 野藤 悠 西 真理子 村山 洋史 天野 秀紀 松尾 恵理 新開 省二
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.269-277, 2015-07-25 (Released:2015-08-13)
参考文献数
25
被引用文献数
1 3

目的:本研究では,1.身体機能,骨格筋量,及び身体機能と骨格筋量に基づくサルコペニアと認知機能との横断的な関連 2.身体機能,骨格筋量,及びサルコペニアと認知機能低下との縦断的な関連をそれぞれ明らかにすることを目的とした.方法:群馬県草津町在住の65歳以上を対象とした介護予防健診データをもとに,ベースライン調査(2008年から2011年)が完了した805名を横断的解析対象者とし,その後2012年までに再度認知機能検査が完了した649名を縦断的解析対象者とした.身体機能は,握力及び通常歩行速度から身体機能得点を算出した.認知機能はMini-Mental State Examination(MMSE)により評価し,追跡期間中の年平均変化量0.5点以上の低下を認知機能低下(CD)有りと定義した.結果:身体機能,骨格筋量及びサルコペニアと認知機能との間にそれぞれ有意な横断的な関連性がみられた.縦断的解析では,平均追跡期間3.0±1.1年に201名(31.0%)のCDがみられた.重要な交絡要因を調整したロジスティック回帰分析を行った結果,CD有りに対する身体機能[OR=0.75(95%信頼区間0.65~0.87)]に有意な関連性がみられたが,骨格筋量には有意な関連性はみられなかった.AWGS(Asia Working Group for Sarcopenia)基準による身体機能と骨格筋量の組み合わせにより分類した低身体機能かつ骨格筋量正常群は,身体機能と骨格筋量いずれも正常群に比べてCD発生リスクが有意に高かった[OR=2.10(1.18~3.38)].一方,低身体機能かつ低骨格筋量群(サルコペニア)ではCD発生に対する差の傾向がみられた[OR=1.57(0.93~2.63)].結論:地域在宅高齢者の身体機能,骨格筋量及びサルコペニアは,それぞれ認知機能の関連要因であった.高齢期の身体機能は,CDに対して社会医学的要因とは独立した予測因子であり,骨格筋量が正常であっても低身体機能の高齢者は将来認知機能が低下するリスクが高いことが示唆された.
著者
石川 和信
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.84-87, 2013 (Released:2013-08-06)
参考文献数
4
被引用文献数
2 6

東日本大震災に引き続いた東電福島第一原発事故から1年を経た.現在も15万人を超える福島県民が県内外への広域避難を余儀なくされている.多くが仮設住宅・借り上げアパートに家族が分かれて転居せざるを得なかった結果,高齢者を支える健常な家族関係やコミュニティーの機能が大きく低下している.長期の度重なる避難の影響もあり,東日本大震災による震災関連死は既に1,300人超となり(2012.3現在),既に阪神大震災のそれを超えた.体力の低下した高齢者の誤嚥性肺炎,突然死を含む心血管疾患,自殺がその上位を占めている. 一方,低線量被曝による安全性への懸念から福島県内の幼児の外遊び時間は平均13分と極端に減少し,3世代同居の多い東北地方の高齢者が戸外で孫達と遊ぶ楽しみも奪われている.見えざる放射能を恐れる心理は高齢者にも認められ,健康のために継続してきた散歩や運動を敬遠する状況が生まれている.また,コメ・畑作りの多くを担い,農業を生業としてきた高齢者も農作物の安全基準への対応の困難さ・風評被害・豊穣感の喪失から耕作をついに放棄する方が増えている.酪農による堆肥の汚染,里山からの山菜・きのこの収穫禁止など,多くの地の恵みが汚染物とされ,中山間地のリサイクルも破壊されている.里山の利を活かしてきた高齢者ほど,地域の喪失感に耐えて居られるように映る. 原発避難の町村が復興のために実施しているアンケート調査では高齢者ほど望郷の思いが強く早期帰還の希望が強い.一方,商工業,医療機関,介護施設を担う若年層の帰還への懸念・不安は強く,複雑な要因が絡まっている.各世代のライフステージの差異が原発事故への対応に異なる態度を生じている.