著者
杉森 絵里子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

統合失調症は、自己主体感(自分自身が行動を起こしているという感覚)の障害であると考えられている。また、「自分が発話している」という感覚の障害であると言われている幻聴と、「自分が考えている」という感覚の障害であると言われている思考吹入の関係について、「発話=自分の考えをアウトプットすること」という観点から関係が深く、両者を検討する必然性がうかがえる。●研究1:大学生約100名を対象とし、ソースモニタリング課題を用いて発話の自己主体感に関わる要因について検討した。参加者は、単語を「聴く」「発話する」「内言する」「口真似する」のいずれかでインプットした後、モニタリング段階ではそれぞれの単語を「発話したか否か」について答えた。その結果、発話をイメージすること、口を動かすこと、声のフィードバックが得られること、その声が自分の声と同じであることが、それぞれ「発話した」判断に関わることが明らかになった。この結果の一部はQJEPに投稿し、受理された。●研究2:大学生約200名を対象とし、DRMパラダイムを用いて、幻聴傾向と思考吹入の関係について検討した。DRMパラダイムは、学習時に提示しないクリティカル語(ねむい)と、15語の連想語からなるリストで構成されている。被験者はリスト語(ベッド、おやすみ、おきる、つかれた、ゆめ、さめる、いびき、ふとん、いねむり、ひるね、あんらく、あくび)を学習し、後に再認を求められた。その結果、幻聴傾向とクリティカル語虚再認率に正の相関が見られ、幻聴傾向が高いと思考吹入が起こりやすいことが示唆された。この結果はConsciousness & Cognitionに投稿し、受理された。
著者
木内 久美子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

今年度は特にベケットとジョイスとの関係に焦点をあてて「言語の起源」としての「幼児期」の形象を分析した。四・五月には昨年に引き続き文献学的調査をおこなった。特に「幼児」の形象に焦点を絞り、一九二〇年代前半から三〇年代後半にかけて書かれた両者の草稿・ノート・書簡・著作を比較検討した。その結果、両者がマウトナーの著作『言語批判に寄せて』とヴィーコの『新しい学問』に影響を受けていることが明らかにされた。六月から九月にかけてはマウトナー・ベケット・ジョイスの関係の解明に取り組んだ。文献学的作業によって「隠喩・擬人化批判」が三者に共通する問題意識として取り出された。マウトナーを参照することによって、ジョイスの『フィネガンズウェイク』言語の中心課題が「擬人化批判」として明確化され、それを「直接的言語」と評したベケットの意図も照射されることとなった。その研究成果の一部は七月に行われた日本サミュエル・ベケット研究会例会にて発表された。年度の後半ではヴィーコ『新しい学問』を読解し、ベケットとジョイスに共通する「隠喩・擬人化批判」がヴィーコの「幼児」や「子供」の形象に媒介されていることを解明した。ヴィーコは既知の隠喩を未知の対象に適用しようとする隠喩使用を「幼児」や「子供」の形象に代表させている。その能力は未発達であるため認識を獲得できず、むしろ認識に失敗する。これを出発点にしてジョイスとベケットのヴィーコ受容を比較分析し、二者の差異を解明した。この研究経過は第四回表象文化論研究集会において発表された。以て「幼児」形象の分析を介して、ベケット的なエクリチュールに向かう自伝文学の系譜の起源にヴィーコ的な幼児言語(認識の失敗)とマウトナー的な言語批判(行為としての言語使用)が見出されることとなった。
著者
大沼 保昭 MALKSOO Lauri
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

日本が国際社会に参加を開始した当時のロシアの国際法的及び外交的な基本的立場の定式化を行った、私と同国人であるエストニア生まれの国際法学者のフリードリッヒ・マルテンス(1845-1909>への関心から私の研究は始まった。日本滞在中、マルテンスの対象とした19世紀後半のロシアの国際法的外交的立場の単なる記述から、ヨーロッパ中心主義的国際法の受容態度の日露両国の比較考察という新たな視角を獲得することができた。この結果、「18世紀より20世紀にいたるロシアの国際法学史」に関する研究の草稿を完成させることができた。結論的には日露両国のヨーロッパ中心主義的な国際法秩序への参加には、従来考えられてきた以上に類似性と相違性がともに存在することが判明した。まず両国はヨーロッパ中心主義的国際法理論のコピーに努めたが、これは同時に西欧に対する自国の周辺性を両国がともに受諾したことを意味する。しかし第一次大戦後(及びロシアでは社会主義革命後)、西欧列強の偽善の一つに過ぎないとして、両国の国際法理論は従来の国際法の普遍性主張に対して懐疑的な方向へと向かっていった。ところが1945年以降、敗戦国日本は普遍主義的、西欧中心的な主流的立場に回帰したが、主要戦勝国であったロシアは1991年のソ連邦崩壊まで反西欧的国際法理論を採用してきた。だが今日では、異なる文明は異なる国際法観を有するので、国際法に関して文際的(文明間の対話の)観点が不可欠である旨主張する大沼保昭教授と類似の主張を行う論者がロシアにおいても存在するに至っている。共産主義イデオロギーが敗退した今日のロシアは、今後、1917年以前の西欧中心主義的な主流的国際法思考に回帰するのか、それとも「人権」等の西欧的概念に対抗しつつ独自の文明観に立つアプローチを展開するのかが最大の問題であるといえる。
著者
梶原 羊一郎
出版者
静岡大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

勝負手探索の理論的考察を深め,従来の相手モデル探索[Iida 1993]で必要とされる相手プレイヤに関する詳細なモデルが得られない状況でも勝負手探索が可能となるアルゴリズムを考案した。ここでいう相手の詳細なモデルとは,相手の棋風に相当するが,対戦者が計算機である場合には,評価関数や先読みの深さなどを意味する。主たるアイデアは,最善応手手順周辺の探索ノード数が最大化するようにすることで局面の複雑化をはかることである。AND/OR木探索の視点では,証明数が大きな値となるような変化に誘導することに相当する。こうすることで劣勢において,相手は最善を選択するのが最も困難な状況になることが期待できる。複雑なゲームでは,提案するアイデアを適用することで,特別な相手のモデルを得ていなくても,自然な意味での勝負手を行うことができる。これまで劣勢の大小に関係なく,通常のミニマックスのセンスで着手を選択すると,全体的レベルにそぐわない奇妙な指し手を選ぶのが計算機の大きな特徴の一つであった。しかし,今回の研究成果により最後まで勝負手を放ち,計算機が人間エキスパートのような振る舞いを示すことが可能となったと言える。通常の意味での探索アルゴリズムや評価関数の調整を実施して将棋プログラムを作成し,世界選手権などに参加し,その成果を評価した。世界大会で二次予選を2位で予選通過し決勝へと進むことができた。たくさんの試合を行う大会では,優勢な試合を確実に勝ち,劣勢において逆転の可能性を最大化することが欠かせない。そのような意味で,大会の成果は本提案アイデアの有効性を示している。
著者
坂田 奈々絵
出版者
上智大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

シュジェールの文書についての読解をすすめると同時に、シュジェールや同時代人たちの祭儀とそれにまつわる装飾観について、当時の資料を参照し、研究を進めた。加えてビザンツから擬ディオニュシオス文書がどのような形でパリへと伝播したのかという点について、主に翻訳史と祭儀における聖歌について着目した研究を行い、それを早稲田大学の中世ルネッサンス研究所にて発表した(6月)。またシュジェール研究の現在の世界的状況についてのまとめを、西洋中世学会にてポスター発表し(同月)、意見交換や幅広い交流の場を得た。8月から9月にかけて、イル=ド=フランス及びノルマンディ地方のゴシック建築群、またクリュニー修道院をはじめとしたブルゴーニュ地方のロマネスク-ゴシック過渡期における修道院建築/思想についての実地調査を行った。またそれと並行して、先の「祭儀」と「装飾」の関係性を中心とし、パリにて資料収集を行った。同時に、先年度に教父研究会にて発表した、サンドニ修道院における擬ディオニュシオス文書の受容とシュジェールのテキスト分析について資料等で補完し、雑誌『パトリスティカ』にて発表した。また12月には教父研究会・上智大学共生学研究会が共催する三日間にわたるシンポジウム「闇-超越と認識」の企画、運営をおこなった。3月には彼の同時代人であるクレルヴォーのベルナルドゥスの「清貧」に対する思想との対比について、単に「財貨」の問題だけではなく、そこには「祭儀」をそのようなものとして見るかについての違いがあったのではないか、と仮定し、原典と補助的な先行研究に基づいた研究を進めた。その結果については、美学会東部会にて発表、意見交換を行った。
著者
相澤 伸依
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年も昨年に引き続きミシェル・フーコーの方法論についての研究を進めた。特に、言語行為論に関する文献を読み進めた。また、フーコーとカントをつなぐテーマである啓蒙についての研究も進めた。カントの歴史哲学と啓蒙論は、フーコーが自身の方法を練り上げる上で強く意識していた事柄である。というのも、フーコーは自身の研究を現代における「批判哲学」と位置づけ、自己創出のプロセスとして系譜学を構想しているからである。哲学における自己創出という問題は晩年のフーコーの研究テーマでもあり、2008年に出版された講義録Gouvernement de soi et des autresでパーレシア概念の研究という形で展開されている。そこで、カントの歴史哲学について概観するとともに、フーコーの前述講義録に依拠しつつ、フーコーと啓蒙について研究会で発表した(社会哲学研究会)。フーコー研究と平行して、セックスの哲学についての研究も行っている。英米圏で展開されているPhilosophy of sexは、「性的」とはどういうことかといった原理的問いから売買春やセクシュアル・ハラスメントのような応用倫理学的な問いまで含んだ興味深い領域であるが、日本での受容はさほど進んでいない。そこで、本年はセックスの価値に関する研究や売春合法化論をめぐる議論の検討などを行い、発表した(京都生命倫理研究会)。
著者
木村 至聖
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は、1974年に閉山した海底炭鉱・長崎市端島(通称:軍艦島)を事例として、文化遺産を地域社会の生活環境を維持するために積極的に活用しつつ、その価値をめぐる開かれた議論の可能性を探求することである。本年度は、1)初年度の成果の発表、2)継続フィールド調査、3)博士論文執筆に向けての理論的な発展を行なった。特に2009年は、1月に軍艦島を構成資産とする「九州・山口の近代化産業遺産群」がユネスコの世界遺産の暫定リストに掲載され、4月には長崎市が上陸観光を解禁するなど、軍艦島を取り巻く大きな状況の変化がみられた。そこで今年度は市役所、および軍艦島観光ガイドを行なうNPOへの聞き取りを重点的に行ない、上陸観光ツアー参加者に関するデータや最新の情報を入手した。また、これと並行して、端島(軍艦島)出身者への聞き取りも行なった。以上の調査研究を通して明らかになったのは、1)近年の産業遺産としての軍艦島の再発見・再評価の気運をうけての長崎市による上陸観光への環境の整備の一方で、2)軍艦島の保存・活用の具体的取り組みについては、主にNPOやツアーを取り扱う民間旅行会社、地元の業者によって担われていること、3)その取り組みは、元住民のなかでも比較的若い世代の人々や周辺地域の住民による活動が中心であり、元住民でも炭鉱で働いた本人などの関わりはイギリスなどの同種の事例と比較すると弱いことがわかった。こうした現状把握は、軍艦島が「観光資源」として活用されていくなかで、それがいかに意味づけられ、その意味が今後どのように展開・変化しうるのかを考える上で非常に重要である。本研究は、その一端を明らかにしたという点で、大きな成果を挙げたと言える。
著者
本條 晴一郎
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

聴覚系は外界の空気振動に反応する受動的なシステムではなく、状況に応じて反応の仕方を変える能動的なシステムである。前年度は、状況に応じて聴覚系がどのように反応の仕方を変化させるかを、聴覚末梢の有毛細胞をモデル化することによって調べた。そこで見出されたのは、ノイズなどで外界の状況が異なると聴覚系が作り出す音が、空気の振動周波数とは別に変化してしまうことであった。本年度は、状況に依存して知覚の形式が変わるということはどういうことか、外界の状況だけでなく学習の履歴によって知覚の形式はどのように変わるのかに注目して研究を進めた。置かれた状況=コンテキストに注目して学習について検討したG・ベイトソンの理論と、情動的身体反応が何かを決断する際にバイアスとして働いていると主張しているA・ダマシオの理論を見なおし、両者の理論を修正し一般化した。その結果、受け取ったメッセージがどのような意味を持つのかを判断する基準になるコンテキスト・マーカーはベイトソンの言うようなコンテキストレベルのメッセージではなく情動反応を通じて創発するものであること、情動反応はダマシオの言うようなバイアスとしてではなくコンテキストを捉えるものであることを見出し、学習の理論の基礎付けをすることができた。合わせて統合失調症の理由を解き明かしたベイトソンのダブルバインド理論を修正して一般化を行い、様々な精神疾患の原因ともなるハラスメントの理論に到達した。複雑系研究において創発現象についての関心は高い。ところが創発自体と創発を前提とする学習を停止させる機構についての研究は行われてこなかった。本研究ではハラスメントが学習の停止を導くものであるという見地から理論化を行った。このことにより、創発を伴う生命現象への研究が進展することが期待できる上、様々な日常的/社会的現象に対して科学的なアプローチをすることが可能となった。
著者
長尾 宗典
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本課題の研究日的は、高山樗牛の「美学」思想の特質を明らかにすることにより、それが彼の生きた明治中・後期の時代状況のなかで占めた位置を、「浪漫主義」の思想運動との関わりのなかで解明し、近代日本思想史における「浪漫主義」思想の意義を考察することにある。近年では、近代に対する批判的な反応を具体化したという観点から、保田與重郎など、昭和期の日本浪曼派の活動の再評価が進められているが、日本浪曼派同人たちが自らの先達として位置づけた明治期の「浪漫主義」者の思想に関する内在的研究は、まだ十分に行なわれているとはいいがたい。高山樗牛の思想の研究は、上述の研究動向を補完し、近代日本の「浪漫主義」の思想史的意味を究明する上で重要な位置を占める。なぜなら高山は、作家ではなく美学者として、西洋の「浪漫主義」の理論を自覚的に取り入れて自らの思想を構築していった人物だからである。以上の目的のもと、本年度においては、高山樗牛の「浪漫主義」思想の歴史的意義をより明確にするため、彼の友人や周辺人物との思想比較を試みた。とくに高山の友人であり、批評家でもあった宗教学者・姉崎正治の思想分析に取り組んだ。姉崎は、芸術にも造詣が深く、高山が没した明治35年(1902)以降には高山の思想的後継者とも見なされた人物であった。日露戦争の時期になると、姉崎は雑誌『時代思潮』を創刊し、文明批評家として時代状況に対して旺盛な言論活動を展開していくことになる。姉崎の議論は、芸術や宗教に対する造詣もあって、いわゆる煩悶青年たちに一定の支持を得たが、日露戦争が終結に向かう明治38年の頃になると、自己犠牲の価値を強調し、文化的な共同性を重視しようとする傾向が現われ、やがて後に明瞭な国家主義に転化していってしまう。「自我」の救済から「国家」への帰依という姉崎の軌跡は、「日本主義」を唱えた後に「個人」の立場にこだわった高山の思索と対照的であることが明らかである。以上の研究成果は、学術論文として発表したが、このほか、高山樗牛と雑誌『明星』グループとの思想的交流の問題について学会での口頭発表も行なっている。以上の比較を通して明らかになる同時代における「浪漫主義」の思想の全体像を評価していく必要があり、引き続き多角的な観点から考察を加えていくことを課題としたい。
著者
古賀 浩平
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究の目的は大脳皮質における高次脳機能を明らかにすることであった。特に以下の点に焦点を絞って研究を行った。A)無麻酔下サル大脳皮質からのin vivoパッチクランプ法の確立、B)生理的感覚刺激によって誘起される応答をシナプスレベルで解析し、皮質における情報処理機構を明らかにする。以下の実験は、生理学会や疼痛学会など国内外の学会の研究指針および倫理規定に従って行った。1)一年目の研究実施計画(麻酔下サル大脳皮質からのin vivoパッチクランプ記録法の確立)を継続して行った。サルの大脳皮質からパッチクランプ記録を行う際、呼吸由来の脳の揺れが想像以上に大きかった。その為、現状では記録の確立が困難であると考え、記録法の習練が必要と考えた。2)従って、上記の実験を続けながら、小動物からの記録法も同時に目指した。その結果、幼若から成熟までのラット及びマウスの大脳皮質第一次体性感覚野から、麻酔下でin vivoパッチクランプ記録法を適用した。長時間の安定した記録を確立し、受容野へ生理刺激(ブラシ、熱、ピンチ刺激)を行いその応答を解析した。さらに、アジュバンドを用いて後肢に炎症が生じたモデルラットを作製し、正常状態での皮質深層細胞の膜特性及び生理刺激によって誘起される性質を比較した。炎症モデルラットでは、熱及びピンチ刺激で大脳皮質第一次体性感覚野の深層細胞にはより大きな膜の脱分極が観察された。これは第一次体性感覚野V層の錐体細胞は皮質視床路から入力を受け、視床を主に運動野、第二次体性感覚野、脊髄へ軸索を伸ばしている細胞であることから、痛みの高次統合機能を活性化する出力系と考えられる。これらの結果は、国際疼痛学会で発表した。3)1)の実験途中でサルが死亡し、以降供給ができなかった為、研究を継続することができなくなった。
著者
宇山 智彦 BEATRICE Penati PENATI Beatrice FENATI Beatrice
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

当初はウズベキスタンの地方文書館で史料調査を行う計画であったが、近年、外国人研究者にウズベキスタンの文書館の利用許可が非常に下りにくくなっているため、実現できなかった。その代わり、モスクワのロシア国立社会政治史文書館(RGASPI)で、ウズベキスタンの地方の党組織から共産党中央委員会中央アジア・ビューローに送られた文書を閲覧した。その結果、土地水利改革が、モスクワからの押しつけというよりも、地方からの要請で行われた面が大きいという仮説を裏付けることができた。前年度までの作業と合わせ、土地水利改革の前史(ロシア帝国期の土地調査・税制を含む)、政策立案の方法、改革に関与した諸組織・指導者、改革の経済的・社会的影響を解明し、研究の目的をほぼ達することができたと言える。研究分担者は2011年8月にカザフスタンのナザルバエフ大学助教授となり、日本を離れたが、研究成果の取りまとめと発表はその後も続けている。成果の一部は、ESCAS(欧州中央アジア研究学会)などヨーロッパ各地の学会・セミナーで発表した。また、1920年代のネップ期に中央綿作委員会が、金融・商業・食料供給・投資を含むウズベキスタン経済のさまざまな分野において果たした役割と、他の諸機関との競争関係を分析した論文が、2012年内にフランスのCahiers du Monde Russe誌に掲載されることが決定した。また、ロシア革命から農業集団化前夜までの、ウズベキスタンにおける土地水利改革を含む農業・経済政策と社会・環境変化についてのモノグラフを執筆中で、遠からず完成する予定である。
著者
佐々木 悠介
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

前年度に引き続き、写真言説の中でとりわけ重要と思われる、カルティエ=ブレッソン受容文脈の変遷について、研究・調査を行った。昨年度、新型インフルエンザ流行と、海外での資料開示状況が思わしくなかったために見合わせていた出張を積極的に行った。まず六月にニューヨーク近代美術館のアーカイヴへの出張を行った。これはアメリカにおけるカルティエ=ブレッソン受容の状況を掘りこす意味で重要な調査であり、一部、公開審査を停止している資料があったものの、二十世紀後半の状況について、調査を行うことできた。また、八月には国際比較文学会(ICLA)の大会(於韓国ソウル、中央大学校)に参加し、研究発表を行った。これは、前述ニューヨーク出張の成果を踏まえたものである。またこの研究発表に関連して、国際比較文学会のProceedings(研究発表記録集)も英文原稿を投稿し(本年一月)、掲載可否の査読を待っているところである。なお、本研究に関連して博士論文の執筆中であるため、これ以外の途中段階の研究報告は行わなかった。本研究の二年間の採用年度の間に、次々と新しい題材が見つかり、研究対象の範囲を拡げてきたが、写真関連の一次資料(写真集ど)および二次資料(研究文献)は、国内の所蔵が極めて少なく、基本的な文献でも国内の図書館に全く所蔵されていない物も少ななかった。また、これらについて海外の図書館から複写取り寄せを試みたが、いずれも新しい時代の題材であるために,複写許可がりない物がほとんどであった。したがって、必要最低限のものは独自に購入せざるを得ず、本年度も昨年度に引き続き、洋文献購入特別研究員奨励費の多くを使った。その結果、本研究に関わる題材の、海外における研究状況の概略が明らかになったほか、従来の真研究の通説とは違った構図も徐々に発掘でき、現在執筆中の博士論文にも大きな前進が見られた。
著者
諫早 直人
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

今年度も韓国、日本の諸機関において実地調査を遂行した。とりわけ韓国に関しては、これまでにおこなってきた清州新鳳洞古墳群出土馬具や高霊池山洞古墳群出土馬具に対する調査成果について、前者は共同、後者は単独で公表することができた。また、新たに嶺南大学校博物館が所蔵する慶山林堂古墳群出土遺物、そして昌原大学校博物館が所蔵する蔚山中山里遺跡出土遺物について、それぞれ韓国人研究者との共同調査をおこなった。その概要についてはすでに一部発表をおこなっており、今後も引き続き調査を継続する予定である。また、日本の宮崎県六野原古墳群出土馬具についても所蔵先の研究者と共同で報告をおこなった。以上のような実地調査やその共同報告作業の成果にもとついて、雑誌・学会発表をおこなった。とりわけ今年度は日本列島古墳時代の馬具にづいて検討をおこなった。具体的には初期轡について検討をおこない、それらの製作技術と系譜について明らかにした。さらには轡だけでなく初期馬具全体に対する検討結果について口頭発表をおこなった。また東アジアにおける鉄製輪鐙の出現について検討をおこない、現状では日本列島に世界最古の鉄製輪鐙が存在することを明らかにした。このような今年度の成果をこれまでに進めてきた中国東北部や朝鮮半島の研究成果と総合し、博士学位論文『古代東北アジアにおける騎馬文化の考古学的研究』を京都大学大学院文学研究科に提出した。これによって、本研究が課題として掲げた騎馬文化と王権の関係、そして古代国家形成における馬の果たした役割についてモデル化を試み、騎馬文化東漸の歴史的メカニズムを解き明かす、という所期の目標を達成することができた。
著者
瀬谷 貴之
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

本年度の研究は、解脱上人貞慶が勧進状を起草し、その弥勒信仰から、強く関与したとされる興福寺北円堂鎌倉再興事業の実態について主に明かにした。まず、解脱上人貞慶関係の基本史料(『讃仏乗抄』『祖師上人御作抄』『解脱上人小章集』など)について調査・再検討した。その結果、北円堂再興造営は、貞慶により南都仏教に宣揚・確立された、釈迦(舎利)=弥勒という思想・信仰に基づくものであることがわかった。その理由としては、次ぎの(1)〜(3)が挙げられる。(1)北円堂本尊弥勒仏の頭部には、唐招提寺舎利を込めた弥勒菩薩像を納めた厨子が、板彫五輪塔に挟まれ納入される。(2)弥勒仏脇侍の無着像は宝筐とされる布に包まれた持物を持つが、これは本来舎利瓶とみられる(これについては同じく脇侍の世親像についても言える可能性が高い)。(3)北円堂それ自体の特徴として、屋根に頂く大きな火炎宝珠形があるが、これも当時の宝珠形舎利容器と共通する。そして、これら北円堂再興造営に、釈迦・舎利信仰の強い影響がみられ、造形に反映されているという事実は、現在、興福寺南円堂に安置される鎌倉初期の四天王像が、本来の仏師運慶一門によって制作された北円堂像ではないかとされる学説の有力な手掛かりとなる。なぜなら同四天王像のうち多聞天像は、その持物である舎利塔をことさら高く掲げる。また一般に多聞天(北方天)は、陰陽五行説に基づき身色を黒色系とするが、現南円堂像は、その身色を白肉色とすることを特徴とし、これも当時の南都仏教界において、貞慶によって唱えられていた舎利の色を「白玉色」とする思想に影響を受けたものとみられる。以上のことから、現南円堂四天王像は・貞慶の思想的影響を受けた北円堂像の蓋然性が濃いのだが、その詳細については今後の研究課題としたい。
著者
大倉 浩 (2007) 湯沢 質幸 (2006) 李 承英
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究においては、日韓文化史的な研究の一環として、日本に残存する中世の韻書に焦点を当て、それを同時期の韓国韻書と比較し、韻書の取り扱い方や位置づけにおける日韓間の同異を解明することを目的とし、本年度では以下のような研究を行った。1. 日本中世漢字音研究の指導的役割を果たした五山系抄物について、『玉塵抄』『史記抄』等、有用な資料を調査・収集し、韻書におけるデータを整理した。韻書や抄物等は関西の図書館や社寺に所蔵されている場合が多いので、本年度における資料調査は関西方面において行った。2. 資料の調査結果を踏まえて、まず、日本側の韻書である聚分韻略の音注の系統を探るため、五山系抄物、特に『玉塵抄』『史記抄』『漢書抄』等の呉音・漢音と比較を行った。3. 五山系抄物との比較した結果を基にし、中世の呉音漢音の資料である文明本節用集との比較も行い、聚分韻略の音注の系統を更に探った。4. 日本の韻書の聚分韻略と同じ三重韻形式を採用している韓国『三韻通考』とを比較し、両国韻書の歴史における位置を確かめ、この二書の前後関係を考察した。5. 日韓漢字文化史の比較研究を行うために、京都・中国地方の図書館や博物館等において漢字音資料の発掘や調査、資料収集を行った。
著者
小野 大輔
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

昨年度は、生物発光、多電極ディッシュを用い概日時計の中枢である視交叉上核(SCN)の分散培養を行い、個々の細胞の概日リズムにCRY1/CRY2が必要ではない事を明らかとした。さらにこれらの同時測定系を用い、脱同調したPer1発現リズムと同調した電気活動リズムがCry1-/-/Cry2-/-マウスのSCNに存在することを明らかとした。さらに最近Cryl-/-/Cry2-/-マウスのSCNのPER2::LUCに減衰していくリズムが認められ、一貫した結果が得られていない。これらの原因には測定系とマウスのageが考えられる。本年度はこの原因を検証するために、発達段階におけるSCNのPerl-luc,PER2::LUCのリズムを測定した。生後1日目(P1),P7,P14,P21,adult(8-16w)のマウスからSCNを切り出しメンブレン上で培養し、SCN全体の発光リズムを測定した所、P1,P7のCry1-/-/Cry2-/-マウスのSCNからはrobustなリズムが認められたが、このリズムはP14になると減弱し、P21,adultになると消失した。これらの結果はCry1-/-/Cry2-/-マウスのSCNのリズムは生後初期に出現し、離乳するP21付近で消失する事を示す。さらにこのリズムの消失は個々の細胞の脱同調である事を発光イメージングを用いる事で明らかとした。本研究結果はCRY1/CRY2に依存しない細胞間ネットワークが存在すること、そしてこのネットワークは離乳する生後3週間で消失する事を初めて示し、SCNの新たな細胞間ネットワークにCRY1/CRY2が関わっている事を明らかとした。
著者
橘 誠
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度は、アメリカのインディアナ大学・中央ユーラシア学部において在外研究を行い、主にこれまでの研究成果を国外に発信することに努めた。在外研究中、The Association for Asian Studies、The Mongolia Society、Annual Central Eurasian Studies Conferenceなどのアメリカの学会において、それぞれ"Mongolian Independence and International Law","Bogd Khaan Government and Qinghai Mongols","The Birth of the National History of Mongolia : On 'gangmu bicig ba nebterkei toli'"と題する報告を行い、またインディアナ大学内の東アジア研究センター、中央ユーラシア学部のコロキアムにおいても報告の機会を得、"Translationsin Early 20th century Mongolia"、"The Forgotten History of Mongolia : Bogd Khaan Govemment 1911-1921"という報告を行った。また、モンゴル国では、第10回世界モンゴル学者会議、第4回ウランバートル国際シンポジウム「20世紀におけるモンゴルの歴史と文化」、国際会議「モンゴルの主権とモンゴル人」において、それぞれ「モンゴル国の政治的地位-宗主権をめぐって」、「ボグド・ハーン政権の歴史的重要性-モンゴルにおける2つ『革命』」「20世紀初頭の『モンゴル史』における内モンゴル-帰順した旗について」という報告を行った。日本では、辛亥革命百周年記念東京会議において、「辛亥革命と『モンゴル』-独立か、立憲君主制か、共和制か」と題する報告を行った。その他、昨年上梓した『ボグド・ハーン政権の研究-モンゴル建国史序説1911-1921』のモンゴル語版〓〓〓〓〓〓〓〓1911-1921(『忘れ去られたモンゴル史-ボグド・ハーン政権1911-1921』)をモンゴル国において出版した。
著者
坂部 晶子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

日本が「満洲国」というかたちで植民地侵略を行った中国東北地区をとりあげ、地域に残された植民地の記憶が、新中国成立以降の地域社会のなかでどのように再編成されてきたのかを、歴史資料館、記念館の展示形式や、聞きとり記録、また当事者からライフヒストリーの聞き取りといった作業をとおして実証的に解明するという本研究の目的にむけて、本年度においては、中国東北地区においてこれまで収集してきたデータや資料の整理、また日本国内における補足調査を中心に研究が進められた。中国関係資料としては第一に、黒竜江省東寧県で昨年収集された「満洲国」期の労働者(「労工」)への聞きとりデータの整理、分析を行った。第二に、中国では解放後以降長期にわたって、各省、市、県などのそれぞれのレベルで、植民地占領期の回想録や聞きとり調査の資料が「文史資料」というかたちで収集、編集されている。これらの資料は、日本での「満洲国」研究のなかではさほど重視されていないが、当事者の語りや記憶に注目する本研究にとっては重要な一次資料である。そのため「文史資料」のエクステンシブな収集と整理を行い、中国東北社会における「満洲経験」のティピカルな表現を抽出し、地域に残る植民地記憶の枠組みをとりだし分析した。さらに、日本国内における補足調査として、長野県上山田町および泰阜村、飯田市等で「満洲開拓団」の出身母村での聞きとり調査を行った。「満洲国」奥地に入植させられた日本人開拓民は、「満洲国」期と戦後とをつうじて、他の日本人植民者に比べて、一般の中国東北社会と比較的かかわりが深かったといえる。彼らの体験談や視点をとおして、植民地社会における植民者-被植民者の関係性や植民地経験のその後の記念化のあり方を分析している。今年度の調査資料およびこれまでの研究データを総合して、植民地経験の記憶化の錯綜した諸相について、後述の論考のなかで総合的に分析を行った。
著者
黒坂 愛衣
出版者
専修大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

・引き続き,被差別部落出身者,ハンセン病病歴者およびその家族,トランスジェンダー,レズビアン,中国帰国者といったインビジブル・マイノリティの聞き取り調査を重ねた。さらに,ハンセン病療養所をフィールドワークし,当事者との関係の構築を図ってきた。・蘭由岐子『病の経験を聞き取る』(2004年)以降,社会学の文脈では,ハンセン病病歴者の姿が隔離政策の「被害者」としてのみ描かれることが批判され,彼ら/彼女らの「生活者」としての姿をとらえるべきだという主張がなされてきた。しかしながら,ともするとそれは,被害を訴える病歴者と,国に感謝する病歴者とを,対立的に位置づけることにつながった。「隔離政策の被害を訴える」語りと,「国に感謝する」語りが,じつは,両方とも隔離政策の力によって生み出されていること。同様に,園内での堕胎について,「意志に反して堕胎させられた」という語りと,「みずから進んで堕胎した」という語りがあるが,これも,両方とも,優性政策の力の強さを示すものであることを,語りの分析によって示した。・群馬県にある国立ハンセン病療養所・栗生楽泉園の入所者自治会が中心となって作成される『栗生楽泉園入所者証言集』編集委員会の一員として,8月から原稿作成作業に専心してきた。これには,ぜんぶで51人の入所者の証言,および,家族や園の元職員らの証言が掲載される予定である。入所者の平均寿命が80歳を超えた現在,これだけの数の当事者の語りを記録できることは,今後はそうそうないことであり,貴重な歴史的資料をつくる営みに参画できた。わたしも編者のひとりであるこの証言集は,2009年夏は出版予定である。
著者
内山 秀樹
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度は、以下の4点について成果があった。1.「すざく」X線データの系統解析により、天の川銀河の熱的活動性の起源が、中心と銀河面で異なり、多成分を持つことを明らかにした。2.電波・ガンマ線と「すざく」X線の中性FeKα輝線データを組み合わせ、天の川銀河を満たす非熱的な高エネルギー宇宙線(光子を含む)の巨大分子雲との相互作用や、その加速源候補の調査を行った。3.「すざく」搭載X線CCDカメラXISを用いた新たな解析方法を開発し、系外活動銀河核から時間変動しない軟X線成分を発見した。上記の1-3の成果はいずれも査読付論文として受理・発行されている。特に1.の成果は重要であるため、詳細する。「すざく」が観測した天の川銀河の全データを系統解析し、銀河拡散X線における硫黄、アルゴン、カルシウムの高階電離イオンからの輝線強度の空間分布を世界で初めて得た。その結果、元素の電離温度が、鉄では銀河面より中心の方が高いのに対し、硫黄では逆に銀河面より中心の方が低いことを明らかにした。これは銀河拡散X線を放射する高温プラズマが鉄あるいは硫黄輝線を強く出す高温(~7千万K)と低温(~1千万K)の2成分からなり、それぞれの成分が中心と銀河面で異なる起源を持つことを強く示唆する、全く新しい観測事実である。また、4.次世代X線天文衛星ASTRO-Hに搭載予定の硬X線撮像検出器・軟ガンマ線検出器の地上試験・較正を行い、2015年の打ち上げに向け、計画を進めた。これはASTRO-Hを用いた将来の発展的研究につながる。