著者
今井 悠介
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究は、アリストテレス-スコラ的な類種概念による秩序から別の秩序への転換という視点を軸に、デカルト存在論の特質を描くことを目的とする。本年度は以下の研究を実施した。1/存在論を形作る概念枠組みの変化を研究するため、前年度に引き続き主にスアレス、エウスタキウスらデカルト以前の近世スコラ哲学者との比較を行った。スアレスの区別論において、他の諸々の区別を三つの区別のみに帰着させるという構造化がなされ、この構造化・単純化を引き継いだのがデカルトであることを明らかにした。エウスタキウスにおいてはこのような構造化がなされておらず、デカルトのものと異なっている。以上の系譜関係は認められつつも、普遍自体の考察を素通りし、区別の徴表の議論を実体論に先立たせ、その前提とさせるデカルトの議論構成において、スアレスの体系構成の換骨奪胎が起こっており、存在論の議論構成においてもドラスティックな変化が起きたことを明らかにし、以上の成果を日本哲学会において発表した。2/デカルトの強い影響を受けた近世スコラ哲学者であるクラウベルクの検討、およびアルノー、ニコルの『ポールロワイヤル論理学』の検討を行った。クラウベルクにおいて、アリストテレスのカテゴリー論批判の議論とデカルト哲学の摂取が結びつく次第を検討し、また、『ポールロワイヤル論理学』において、オルガノン的枠組みとデカルト哲学の概念群がどのように架橋されているのかを検討した。その結果、デカルト哲学の概念群が、オルガノン的枠組みの一部を刷新し、後の哲学者の体系構成に変化を与えるものであったことを明らかにした。3/デカルトの存在論に関するマリオン、クルティーヌらの先行研究を整理し、デカルト哲学の体系構成の検討を行った。また、本有性、明晰判明性等々の概念群の関係を整理することで、観念の理論がデカルト存在論とどのように関係するかという問題の一端を明らかにした。
著者
梶 達也
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2000

クロマグロを含めたサバ科魚類は,水産業上の重要魚種を多く含むにも関わらずその初期発育については断片的な知見があるにすぎなかった。本研究では,通常は入手がきわめて困難なサバ型魚類仔魚を複数種利用できるという利点を最大限活用し,その初期生残戦略を明らかにすることを目的とした。昨年度に東京都葛西臨海水族園において行った実験から得られたハガツオ仔魚の胃内容物を精査した。その結果,本種仔魚は摂餌開始の翌日に速やかに魚食性へと移行するが,摂餌開始日の1日のみ動物プランクトンに依存するという食性を示すことを明らかにした。また,マサバとサワラの飼育実験と,昨年までに得ていたクロマグロ,キハダ,スマのデータから,これらサバ型魚類の魚食性・高成長という初期生残戦略の多様性は特化した消化系の発達過程に良く対応することが示された。昨年度に発見した卵白添加による海産仔魚の浮上へい死防除を,三重県科学技術振興センター水産研究部尾鷲水産研究室においてクエおよびマハタ仔魚に適用した。小規模実験の結果,両種にも卵白添加法はきわめて有効であることが明らかとなった。さらに中規模の試験結果から,本手法は量産規模へ応用できる可能性が高いことが示された。以上の研究のため,国内旅費を必要とした。昨年度の飼育実験による成果を平成14年度日本水産学会において口頭発表した。また,同学会で催されたシンポジウム「サバ型魚類の資源・増殖生物学」においてサバ型魚類の初期発育をとりまとめレビューを行った。さらに,投稿論文を2編発表した。
著者
奥村 大介
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

平成24年度は、昨年度に続いて放射線の概念史・文化史的研究を行なった。とくにロシア生まれの生物学者グールヴィチ(1874-1954)とオーストリア生まれの精神分析家・社会思想家ライヒ(1897-1957)の生体放射概念についての論考「生体放射の歴史」を『生物学史研究』に寄稿した。ライヒのいわゆるオルゴンエネルギー説については平成23年度以来の調査を継続し、新たな成果は「宗教と精神療法研究会」(吉永進一・舞鶴高専准教授主催)で報告した。この研究会では神秘思想、宗教思想の研究者との交流により、<科学と神秘>という本研究課題のなかでも重要な位置を占める問題系についての議論が深まった。また、平成24年度は西欧の遠隔作用概念についての概念史的背景をなす「不可秤量流体」についての調査・分析をおこなった。その西欧的文脈についての調査から派生した近代日本における不可秤量流体概念の歴史を、さきのグールヴィチ/ライヒの生体放射概念と比較しつつ、明治期の医師・明石博高(1839-1910)と昭和初期の霊術家・松本道別(1872-1942)を主要な対象として研究した。その成果は「人体、電気、放射能―明石博高と松本道別にみる不可秤量流体の概念」として『近代日本研究』に投稿され、査読を経て掲載された。この論考は単に明石と松本の思想を紹介・分析するにとどまらず、不可秤量流体概念を通じた19世紀~20世紀初頭の目・欧・米の比較科学文化史、さらに<近代日本科学>、すなわち<近代における><日本で><科学をいとなむ>とはそもそもいかなる歴史的現象なのかを問う議論を含む長大な論考となった。研究最終年度としていくつかのテーマが調査・分析のなかばで残ったが、他方で、当初、西欧近代をその射程としていた当研究は、日本近代の史料をもコーパスとすることで、より重層的・多面的なものへと拡大した。
著者
柴山 惟
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2020-04-24

本邦で肥満者の割合は増加しており、肥満を原因とするメタボリック症候群は高血圧や耐糖能異常を呈るため肥満合併症の病態解明は喫緊の課題である。肥満者で副腎から鉱質コルチコイドであるアルドステロンが過剰分泌されることが報告され高血圧の原因の一つと考えられるが、その機序は明らかでない。脂肪蓄積に関わる脂肪滴周囲蛋白ペリリピンは肥満の病態と深く関わっており、肥満によるアルドステロン過剰分泌がペリリピン1により調整されているという仮説のもと、副腎でのペリリピン1発現を調整する因子が肥満高血圧の新たな治療の標的となるかを解明する。
著者
園田 耕平
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本年度において国際動物行動学会(Behaviour2015)で行った研究発表は、オカヤドカリが貝殻の大きさを知覚するのに慣性モーメントを用いていることを明らかにした実験についてである。これは、無脊椎動物であるオカヤドカリが人間と同様に、「ダイナミックタッチ」を用いて身体の大きさを知覚していることを示唆するものである。以下、その意義についての説明である。これまでの研究により、ヤドカリが貝殻の大きさを知覚できることが明らかになった。これは人間における「車体感覚」に近いと考えられる。生態心理学においては自動車を用いた通過可能性[Shaw 1995]に関する実験が行われたが、申請者が行ったヤドカリの実験と直接に対応するだろう。車体感覚は日常経験からもわかるが、その知覚基盤は解明に至っていない。しかしながら、生態心理学のダイナミックタッチ[Turvey 1995]が有力な候補と考えられる。この概念は手に持った物体を振り、その振り方によらない普遍的な知覚情報として慣性テンソルを参照し、物体の形状を知覚するものである。そして、自動車の形状を広義のダイナミックタッチで知覚していることが考えられる。ヤドカリも貝殻を後脚で保持しており、歩行による振動を通してダイナミックタッチにより貝殻の形状を知覚しているといえる。本研究は、その可能性を実験的に示したものであり、動物行動学ならびに心理学において重要な成果といえる。
著者
成田 悠輔
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

交付申請書に記載した研究計画にほぼ沿った研究が進行している。この研究計画は「人々はそれぞれ異なった時点に生まれ死ぬため、社会的意思決定のための投票が行われる各時点で人々が持つ利害の規模は人それぞれに異なる。そのような状況を明示的に考慮した場合に動学的に望ましい投票制度は何か?」という問いを、世代重複モデル上の動学的投票制度の下で人々がプレイするゲームとして定式化・分析しようとするものである。今年度は人々のインセンティブや戦略的行動を捨象した場合に望ましいと考えられる投票制度を見つけるという予備的理論分析を予定している。この予備的理論分析はすでに終えつつあり、当初の研究計画通りの進捗であると考えている。また、当初の研究計画には含まれていなかった公立学校選択制の制度設計に関する新しい研究に着手し、論文"Promoting School Competition Through School Choice:A Market Design Approach"(小島武仁氏(Stanford大学助教授)、John William Hatfield氏(Stanford大学助教授)との共同研究)をまとめた。この研究は、公立学校選択制の制度選択が公立学校の自己改善インセンティブにもたらす影響を分析し、公立学校に自己改善による競争を促すような公立学校選択制の制度を提案するものである。この論文についてはすでに共著者の小島武仁氏が東京大学経済学部および公正取引委員会で招待講演を行っており、今年度中に英文国際学術誌に投稿する予定である。
著者
真野 弘明
出版者
基礎生物学研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度の研究実施計画に基づき、ハナカマキリの体色を形成する色素分子の生化学的解析を行った。昨年度の研究により、ハナカマキリ体色の赤色色素としてキサントマチンを同定したが、色素の抽出条件およびHPLCによる分離条件を検討した結果、ハナカマキリの色素抽出物には通常型のキサントマチンのほかに、分子上のカルボキシル基を1つ欠失した脱炭酸型のキサントマチンが含まれることを見出した。赤と黒を基調とした体色を持ち、カメムシ幼虫に擬態しているとされるハナカマキリの1齢幼虫では、相対的に多量の脱炭酸型が含まれていた。一方、花に擬態する2齢幼虫以降のステージでは、脱炭酸型キサントマチンの含有比率が次第に低下すると判明した。1齢幼虫の赤色部位はやや黄色味がかった赤色であるのに対し、後期幼虫の赤色部位は紫がかった赤色をしており、この色調の違いはキサントマチンの通常型と脱炭酸型の含有比率の違いによって生み出されている可能性が考えられた。また、ハナカマキリ後期幼虫の脚部にある花弁様構造の反射スペクトルを測定した結果、534nm付近に吸収ピークをもつスペクトル形状を示した。これは中性バッファー中における酸化型および還元型キサントマチンの吸収スペクトル(吸収極大波長はそれぞれ440nmと495nm)とは大きく異なる一方、還元型キサントマチンの凝集体の懸濁液の吸収スペクトルとは良く似た形状を示した。以上の結果から、ハナカマキリの花擬態に特有の赤紫色は、還元型キサントマチンが組織内に凝集体として存在することによって形成されていると推測された。
著者
古賀 純子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

申請者の研究はベルクソン哲学を音楽との関わりについて考察するものである。これまでに(1)20世紀の作曲理論をベルクソン哲学の観点から解釈すること、(2)ベルクソンの哲学理論を演奏という具体的な芸術活動の場に置き直す、という二つの方向で研究を行ってきた。平成18年度は、上記二つの方向性をふまえながら、20世紀音楽とそれ以前の古典音楽の時間構造をより詳細に分析する研究を行った。音楽作品は通常、拍節構造とメロディという二重の時間構造を持つ。ある種の現代音楽は規則的な反復に基づく古典音楽の拍節構造を「音楽的時間を不当に束縛している」と考える。しかしベルクソンの時間概念に照らすと、古典的拍節は「自由」で「創造的」な持続(dur□e)の時間構造と矛盾しない。音楽家は規則的な拍子に従いつつも、厳密に均等な時間配分で演奏するわけではなく・現実的にはそれらを伸縮させつつ独自の旋律形体を創造する。ベルクソン哲学から導き出される創造的時間の本質は、数的計測と不規則に合致しつつ、創造的主体が自らの選択によって旋律形体を形作るプロセスに存在すると考えられる。このようなベルクソン的時間論から見た場合、規則的拍節を持たない20世紀音楽、および伝統的な東洋音楽の時間構造はどのように解釈されるだろうか。申請者は以上のような問題意識のもと、これまで行ってきたオリヴィエ・メシアン、ジョン・ケージの研究に引き続き・ピエール・ブーレーズ、ヤニス・クセナキスの音楽作品の分析に着手している。この研究のため、18年9月、ひと月間パリに滞在し、ジョルジュ・ポンピドゥーセンター付属の公共情報図書館および国立近代美術館資料室で文献・資料の調査を行い、執筆中の博士論文に有用な情報を収集した。
著者
田中 凌
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2021-04-28

本研究は、「言葉の使用には責任を取らなければならない」という規範の内実とその実装を明らかにすることを目指す。着目するのは、言葉の使用には「この使用の仕方が正しいものである」という暗黙裡の判断が常に伴い、話者はその判断に責任を負うという考えである。後期ウィトゲンシュタイン、また一部の解釈によればカントにもこうした考えが見出されるとされるが、本研究は現代の言語哲学・認識論・倫理学の枠組みを用いてそれを明晰化する。その上で、この種の責任の存在は「自分の言葉の意味を明示化する」能力を個々の話者に要請することを示し、当該の要請が経験的言語科学の視点から見てどの程度現実的なものであるかを明らかにする。
著者
織田 康孝
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

今年度は、戦中から戦後の連続性をキーワードに日本・インドネシアの関係に着目し研究を行った。具体的にいうと、戦中において軍政に関わっていた日本人、とりわけ清水斉(元第十六軍宣伝部所属)の戦後の動向、彼が設立した日本インドネシア文化協会の役割、スカルノの動向の三者を軸に考察したものである。戦後においてスカルノは「革命」の名の下インドネシア国内における自らの地位・正当性を表現しており、反オランダ活動を展開していた。彼の反オランダ活動は政治的・経済的両側面より展開された。まず、政治的側面においては、オランダの手中にあった西イリアンをインドネシアに返還するよう求め、経済的側面では、オランダ資本を追い出し、それらを自国民族の資本に変更することを遂行した。このスカルノの政策は、インドネシア国内を困困窮の道へと導いてしまう。そこでスカルノは、戦後賠償を紋切りに日本から経済協力を引き出すのであった。その際彼は軍政期の話を持ち出し、日本=兄、インドネシア=弟といったいわゆる「大東亜共栄圏」的発想で日本からの援助を求めていくのであった。しかし、オランダ資本に代わり、外国資本である日本資産がインドネシア国内に入ってくることでスカルノの同政策は自身の正当性を担保しきれないものとなっていく。この状況を打破していくのが日本・インドネシア文化協会であった。その設立者である清水斉の論考をみると、軍政期の日本中心的な考えを否定し、かつ、スカルノ政権では西イリアン問題が非常に重要な問題となっているので、同協会を利用し西イリアンの解放運動までも行おうと試みていたのである。これがインドネシア国営通信社であるアンタラ通信にて報道され、インドネシア国内にも認知されるようになった。これらの活動が当該期における日本・インドネシアの関係において潤滑剤となっていたことが推察できる。以上が今年度の研究実績である。
著者
友永 省三
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

ジペプチドであるカルノシン(β-アラニル-ヒスチジン)およびアンセリン(β-アラニル-1-メチルヒスチジン)は、抗酸化作用を有し、脳内で神経調節物質として働くことが知られている。一方、これらジペプチドは鶏胸肉抽出物に高濃度に含有されている。これまでに、鶏胸肉抽出物およびカルノシンの摂取が学習改善効果や脳内一酸化窒素産生効果を有することを発見した。今回は、鶏胸肉抽出物およびカルノシンの単回投与が強制水泳試験におけるラットのうつ様行動に与える影響を調査した。供試動物としてWistarラット(6週齢、オス)を用いた。馴化および前試験後、鶏胸肉抽出物経口投与2時間後に強制水泳試験を実施した。不動状態をうつ様行動とした。試験後、頚椎脱臼後に断頭し、視床下部および海馬を採取し-80℃下で保存した。後日、HPLC-ECDを用いてモノアミン類を分析した。同様の試験をカルノシンでも実施した。さらに両物質が自発運動量に及ぼす影響をオープンフィールド試験で調査した。強制水泳試験において、両物質の投与により、抗うつ様行動効果が認められた。海馬および視床下部の3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol(MHPG)含量は、両物質投与により減少することが観察された。MHPGは、ノルエピネフリンの主要代謝産物であるので、両物質は脳内ノルエピネフリン神経を抑制する効果を有する可能性が示唆された。両物質はオープンフィールド試験における自発運動量に影響を与えなかった。したがって、両物質における強制水泳不動時間の減少に自発運動の影響がないことが明らかになった。以上より、鶏胸肉抽出物の摂取により抗うつ様効果が認められ、その作用機構にはカルノシンが関与している可能性が示唆された。
著者
林 正幸
出版者
千葉大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

昨年度までの研究では、カオマダラクサカゲロウ卵のもつ卵柄がアリに対して有効な防御手段として機能し、卵がアリ随伴アブラムシコロニー付近に産下された場合、随伴アリからの保護という間接的な利益を受けることを示した。また、カオマダラクサカゲロウ幼虫の載せるアブラムシ死骸の体表炭化水素成分がアリの攻撃性を抑制し、アリに対し化学的偽装の役割を担っていることを明らかにした。このアブラムシ死骸の機能により、カオマダラクサカゲロウ幼虫はアリ随伴アブラムシを捕食可能であることが示唆された。これらの研究成果の一部は、Journal of Chemical Ecology誌およびEnvironmental Entomology誌に投稿し、受理・採録された。本年度は、カオマダラクサカゲロウ幼虫の載せるアブラムシ死骸のアリに対する化学的偽装機能がどのようなメカニズムで生じているのか明らかにすることを目的に、アリのアブラムシ認識機構について検証実験を行った。まず、アリのアブラムシ認識が個体の経験に依存しているかどうかを検証したところ、アリのアブラムシ認識に学習が関与することが示唆された。次に、アリのアブラムシに対する学習行動が種特異的かどうか調査した結果、随伴経験のない他の共生型アブラムシ種に対してもアリは寛容に振る舞うようになった。アブラムシ各種の体表炭化水素を塗布したダミーに対しても、アリは同様の行動変化を示した。GC/MSを用い化学分析を行ったところ、共生型アブラムシ種の体表炭化水素成分は質的類似性をもつことが示された。この化学成分の質的類似性が、随伴経験のないアブラムシ種へのアリの攻撃性減少の要因であることが示唆された。
著者
冨田 知世
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

本研究は、事例県のある進学高校において、1990年代に確立された実践が「進学校」として取るべき実践のセットとして制度化され、その後も当該校に受け継がれる様子と、他校にも普及する様子を、教師という個人レベルのアクターの行為に着目して明らかにすることを目的とした。事例校で構築された実践を制度と捉えた時に、制度の確立という過程に本年度前半は焦点を絞り分析を進めた。分析に用いたデータは1990年代に事例校に勤務していた教師数名に対するインタビューデータである。1990年代に事例校で確立した実践は「進学校」として取るべき実践のセットとしてその後の時代の当該校や他校に影響を及ぼすような実践として制度化されたが、分析の結果、以下のことがわかった。当時、事例校ではあらゆる教育活動が合格実績の向上と関連しているのだという論理が教師の間で主観的に構築されたということ、同時に普段の授業における実践と合格実績が関連しているという論理について統計手法を用いて可視化できたこと、これらが実践の技術的合理性を高め、実践の制度化に寄与したことがわかった。この分析の成果は、2015年9月の日本教育社会学会で発表をし、2015年度東京大学大学院教育学研究科紀要に発表した。また本年度後半は、他校・他県と比較した際に、1990年以降、事例校卒業生の合格大学の特徴やその趨勢的特徴がどのような点にあるのかを『サンデー毎日』に掲載された難関大学合格者数情報より分析した。加えて、1990年代に事例校が所在する県で実施された県教育委員会主導による「学力向上施策」の背景を行政資料等から明らかにした。
著者
服部 恵典
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

本研究は、女性向けAVを性的主体化の装置として捉え、視聴者の受容・抵抗を、SNSの自然言語処理とインタビュー調査によって、調査の(不)可能性を踏まえながら明らかにする。表象を消費する側の存在として「女性」主体を位置づけるという第三波フェミニズムの潮流のもとでポルノを分析するとき、ポルノを男性の性的主体化の装置として捉えた赤川学の理論が有用である。と同時に赤川の理論の、「見る主体」としての「女性」が射程に入っていないこと、主体化への抵抗可能性が明らかでないことの2点の克服が目指される。調査可能性自体、セクシュアル・ストーリー論の枠組で反省的に分析しながら、語りのデータから理論の再構成を試みる。
著者
舩山 日斗志
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究では、散開星団に属する恒星の高分散分光観測を行って、恒星が持つ鉄の存在度(金属量)を測定して、散開星団の金属量の一様性について調べた。その結果から、太陽系外惑星をもつような金属量の高い恒星の形成過程を探ることを目的としている。以下に本年度の成果を挙げる。1.2007年度までに行った高分散分光観測で取得した、プレアデス星団に属する恒星とプレセペ星団の恒星のスペクトルから、天体の金属量を測定した。特に、プレアデスについては、単一研究としては過去最大数の22天体の金属量を測定した。結果、プレアデスで属する恒星のもつ金属量は一様であることがわかった。この結果は、金属量の測定精度が高い先行研究で得られた値と一致しており、このごとからプレアデスに属する恒星は一様な金属量をもつことが示唆された。また、プレアデスには系外惑星をもつような高い金属量を示す恒星は存在しないととが示唆された。プレセペについては11天体の金属量の測定を行い、この11天体が一様な金属量をもつことがわかった。2.各星団の金属量の一様性について、より定量的な議論を行うため、観測天体数を増やすことを目的として、2009年1月・2月に岡山天体物理観測所と県立ぐんま天文台で高分散分光観測を行った。そして、プレアデスに属する恒星をあらたに6天体、プレセペの13天体のスペクトルを取得した。また、対象とする星団の数を増やすことも重要であり、あらたにコマ星団に属ずる恒星10天体の観測もあわせて行った。3.鉄以外の元素についても測定可能であるか、模索した。結果、これまで取得したスペクトルがらα元素や鉄族元素の測定を行うととが可能であるととがわかり、特にSiやNiのような可視波長域に吸収線が多い元素については、十分な精度で存在度の測定できることがわかった。これまで、プレアデスの11天体について13元素の存在度の測定を行った。
著者
渡邊 克巳 JOHANNSON Andres.Petter JOHANNSON Andres Petter
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

人間は時には自分の意図を正しく理解していないばかりか、自分の行動を説明するためのストーリーを「後付けで」構築する傾向がある。この現象を実験心理学的に調べることのできる「Choice Blindness(選択盲目)」現象の成立過程を調べるために、平成20年度はChoice Blindness現象が、購買行動のシミュレーション場面で、選択要因が明言されている場合にも起きるかを調べた。その結果、購入するもののポジティブな側面とネガティブな側面の一部を入れ替えても、それに気づく被験者は少ないことが分かった。さらには、それらの選択要因の重要度もすり替える事によって変化する可能性が明らかになった。この知見は、Choice Blindness現象が「全体的な印象」だけでなく「選択の明言的な要因」にも起きる事を示している。この結果は、国内外の学会でするとともに、いくつかの研究会でも紹介した。さらに本年度は「Choice Blindness」現象の解明に加えて、自己の発話中の情動とそのフィードバックの影響を調べる新しい実験パラダイムを考案し、情動理解における内的状態と外的条件の関係を調べる研究をスタートした。その結果、外的に操作された情動フィードバックが被験者の情動に影響を及ぼす可能性を示唆するデータを得た。以上の研究成果は、すでに国際学会などで発表しているが、今後の共同研究のなかで発展させていく予定である。
著者
御前 明洋
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

白亜系鳥屋城層において,Canadoceras Kossmati,Sphenoceramus schmidtiなどが産出する層準と,Didymoceras awajienseが産出する層準の間に,Diplomoceras sp.などの特有のアンモノイドのみを産出する層準があることがわかった.さらに詳しく検討する必要があるが,この層準は,蝦夷層群などのMetaplacenticeras subtilistriatum等を含む層準に相当する可能性が考えられる.淡路島に分布する和泉層群から産出するPravitoceras sigmoidaleを詳しく観察すると,完全に平面的なものだけでなく,フック部の付け根が少しゆがんでいるものがあることがわかった.動漂構モデルを用いて形態解析を行った結果,1)典型的なD.awajiense,2)昨年度の調査で明らかになった平面形に近い形態のD.awajiense,3)フック部がゆがんだP.sigmoidale,4)ほぼ平面的なP.sigmoidaleのそれぞれの形態の差異はかなり連続的なものであることがわかった.また,鳥屋城層で産出するEubostrychoceras elongatumやD.awajienseなどの異常巻きアンモノイドと,東京大学総合研究博物館や東北大学総合学術博物館に所蔵されているいくつかの標本の比較検討を行い,これらの異常巻きアンモノイドの分類学的研究を行った.夏には,北海道の羽幌町周辺の白亜系の調査を行った.Inoceramus uwajimensisの産状と堆積相との関係を詳細に観察した結果,I.uwajimensisの生息姿勢や埋積過程を考える上で重要なデータを得た.また,パキディスクス科大型正常巻アンモノイドの両面全体にPycnodnteが付着している重要な標本を採集した.
著者
国武 貞克
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

旧石器時代の行動領域分析を行うために、主に石刃製の大形刺突具の石材を関東地方全体にわたって検討した。分析の方法は、2段階にわたっている。まず、関東地方北部から東北地方南部にかけての石器石材の産地の現地踏査を詳細に行った。前年度は栃木県北部の高原山周辺地域と会津盆地周縁地域で重要な石材産地を発見したが、今年度は新潟地域の珪質頁岩の調査を詳細に行った。その結果、従来判然としなかった信濃川流域の珪質頁岩の産地が判明した。これにより関東地方から東北地方南部の石器石材環境に関する基礎データが整備された。次に、後期旧石器時代初頭から後半期にかけて、9つの細分時期の資料を関東地方全体にわたって抽出し、その石刃石器に利用されている石材を調査した。関東地方全体の資料を対象としたが、主に東部関東の資料を中心に検討した。その石材を現地踏査による石材と照合して、主たる狩猟具を調達するための移動領域の範囲を検討した。その結果以下のような移動領域が判明した。東部関東に遺跡を残した集団の移動領域は、後期旧石器時代初頭には南北100キロメートル程度の比較的狭い範囲の往還領域が抽出された。具体的には、房総半島南部から宇都宮丘陵周辺を南北方向に往還移動していた。石刃生産が顕著に発達するIX層中部移行の時期になると、特定石材産地を結節するV字形の移動領域が成立している。具体的には利根川上流の三国山地と高原山周辺を両極端の石材産地に配置し、その中間に下総地域や下野地域を挟み込んだ領域が成立している。西武関東も特定石材産地を2〜3箇所結節した回廊領域が成立している。この回廊領域は、後期旧石器時代前半期を通じて維持され最終氷期まで継続している。この回廊領域が崩壊して新たな領域配置が見られるのが、後半期の両面体調整石器群の発生期である。この時期に、社会的な集団間の再編成が起きていると推定された。
著者
本間 謙吾
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

先行研究により、ALS関連変異型SOD1が小胞体膜タンパク質Derlin-1と結合することで、恒常的な小胞体ストレスを誘導することが明らかとなっている。本研究は、ALSにおける変異型SOD1による小胞体ストレス誘導メカニズムの新知見に基づき、生理的ストレス応答としての野生型SOD1とDerlin-1結合による小胞体ストレス誘導の分子機構ならびに病態生理学的意義の解明を目的としている。昨年までに、亜鉛枯渇によって、野生型SOD1とDerlin-1が結合すること、ならびにこの結合によって小胞体ストレスが誘導されることを見出した。今年度は、亜鉛枯渇下で誘導される小胞体ストレスによって引き起こされるタンパク質翻訳抑制が、不良タンパク質の蓄積を抑制することで、細胞恒常性の維持し細胞のsurvivalに関与していることか分かった。また小胞体ストレスによって誘導される亜鉛トランスポーターとして、ZIP14を見いだした。さらに、ZIP14が小胞体ストレス時に誘導される詳細なメカニズムとして、ATF6とJNKの活性化を明らかにした。これより、亜鉛枯渇時のSOD1とDerlin-1結合を介した小胞体ストレスは亜鉛恒常性の維持に関与している可能性が考えられる。これにより亜鉛恒常性を制御する新しい分子機構を明らかとなった。現在は、SOD1とDerlin-1の結合による小胞体ストレスによって誘導されるZIP14の亜鉛恒常性維持における重要性をin vitro、in vivoにおいて評価することで、その生理的な役割の重要性の解明に取り組んでいる。
著者
高橋 勇一
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2000

中国長江上流域に位置する四川省・雲南省における森林環境の歴史的変遷を文献によって調べた結果、特に18世紀後半以降の人口急増に伴い、森林率が減少してきていることが明らかになった。また20世紀後半から現在に至る雲南省の森林・林業の変化を文献およびフィールドワークによって調査した結果、1980年代において、木材生産の急増が行われ、90年代以降において生態的側面を調査した結果、1980年代において、木材生産の急増が行われ、90年代以降において生態的側面を重視する方向へ移行し、98年の大洪水を契機に、天然林保護および退耕還林など、さらに生態保全の強化が進んだことがわかった。ところで、持続可能な生態村を建設する上では、地域住民の自主的・積極的な参加が必要不可欠である。そこで、自然資源の循環型利用を行う上で、住民との協働管理を考慮した持続可能な森林経営の資本評価の方法を考慮した。これは、本年の持続的経営の管理費kを、輸伐期uで還元するというのが基本であるが、環境保全に対する住民の支払意思額CSを加え、u(k+CS)と評価するものである。これを具体的な事例として、雲南省北部で最も有名な人工林であるウンナン松に適用し、その評価を試みた。ここで、農民たちの参加意思は意外と高いことがわかったが、社会の成熟度等によって変動が予想されることから、u'(k+αCS)の方が望ましいことを導いた。さらに、その古城が世界文化遺産に指定されている麗江県を対象に、エコシステムマネジメント導入の実行可能性について考察した。その結果、麗江は自然環境的要因においては条件が恵まれているが、都市と農村の共生関係の問題、政府・地域住民・研究機関等の協働関係の問題、そして特に県境付近における違法伐採など、さまざまな課題を残していることが明らかになった。