著者
市川 彰
出版者
国立民族学博物館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究の目的は、1)先古典期から古典期(紀元後100年から900年)にかけてのメソアメリカ太平洋沿岸部の製塩活動と社会の実態を解明すること、2)イロパンゴ火山噴火が沿岸部社会に与えた影響を解明すること、そして3)紀元後5世紀イロパンゴ火山の巨大噴火前後のメソアメリカ太平洋沿岸部の生業と社会の特質について考古学的に明らかにすることにある。本研究の遂行により、「沿岸部社会・塩・火山噴火」というメソアメリカ考古学研究において重要視されながらも研究の実現が困難であった、もしくは調査研究が不十分であった課題を克服することが可能となり、生業研究や災害考古学への貢献が期待できる。研究成果は以下のとおりである。ヌエバ・エスペランサ遺跡の考古学調査では、発掘調査に加えて大量に出土する粗製土器片に付着する白色物質の化学分析、土壌成分の分析をおこなった。その結果、エルサルバドル太平洋沿岸部では少なくとも紀元後100年頃にはすでに集約的な土器製塩活動が存在し、それらは植物質食料(C4植物)を中心として定住生活を営む社会集団による季節労働であると推察され、製塩活動以外にも黒曜石などを遠隔地から入手し、墓には往時の社会的地位などを反映させていたことが明らかとなった。またイロパンゴ火山灰との層位的関係・出土遺物の分析の結果、噴火年代は紀元後400から450年頃、噴火時に儀礼をおこなう時間が存在したこと、つまり避難する猶予が存在したことが明らかとなった。また、イロパンゴ火山灰との層位的関係の明瞭な遺跡から出土した土器の型式学的分析や放射性炭素年代測定によって、火口からの距離によって噴火のインパクトが異なることを明らかにし、先スペイン期の人々の多様な火山噴火への対応の一部を考古学的に明らかにした。
著者
仲川 涼子
出版者
千葉大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は,動物の発声が進化的に獲得されてきた上で,情動による絞込みが言語発生に重要な役割を担っているのではないかという仮説のもとで,デグーの発声の中でも情動との関与が深い求愛歌や警戒声に注目し,齧歯類の発声の脳内メカニズムを明らかにするためにデグーの情動性発声の脳内機構およびを検討することであった。視覚刺激・聴覚刺激を用いて警戒声の誘発可能性を検討した結果,天敵を連想させる視覚刺激を提示したところ,デグーの警戒声が誘発されるが,その刺激への順化は急激に生じることが明らかになった。次に,これらの社会性および情動発声の脳機構を明らかにするために,海馬損傷手術を行ったデグーの行動と発声の解析を行った。これまでの研究において,社会性齧歯類であるデグーには豊富な音声レパートリーがあり,約20種類の音声を状況別に使い分けコミュニケーションをすることがわかっている。また,デグーの発声中枢PAGの電気刺激実験の結果から,状況依存的発声はより上位の領域において制御され,特定の文脈における適切な発声が可能になっていることがすでに明らかになっている。本研究では,社会性行動と発声行動における海馬の役割を明らかにするため,海馬損傷を施した個体について,馴染み個体に対する発声及び行動の変化を,術前と術後で比較した。その結果,行動解析においては海馬損傷群と馴染み個体との間で攻撃行動が増卸した。しかし発声解析においては,馴染み個体の拒絶発声は,海馬損傷群よりも偽損傷群に対して多く発せられることが明らかになった。
著者
坂下 美咲
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

本研究の目的は,骨の多様な形態が形成されるメカニズムを骨に加わる外力に基づいて理解することである.研究対象の魚類の椎骨は側面の形態が種によって異なる.観察から,これらの形態は各魚種の遊泳法との関連が予想された.そこで,外力依存的に形態を生成する数理モデルを構築し,現在までに一部の形態が再現できた.研究期間中はより多種の形態を正確に再現するため,数理モデルの改良に必要な生物的要因を実験から明らかにする.加えて,椎骨の構造強度解析と変異体を用いた遺伝子操作実験により,椎骨の形態と外力の関連を調べ,数理モデルを検証する.改良した数理モデルを用いて,異なる形態に共通の形成メカニズムを明らかにする.
著者
伊藤 友一
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

将来経験するであろう事象について想像する能力は,エピソード的未来思考(以下,未来思考)と呼ばれている。うつ病臨床群では,未来思考において構築されるイメージの具体性が低下するという特徴が確認されている。うつ病の治療においては,場面想定法など未来思考を含んだ治療が存在するが,そもそもイメージする能力の低下が治療効果に影響していることが考えられるだろう。したがって,うつ病における未来思考の特徴について,より正確な理解が求められている。抑うつ感は過去の事象に対して,不安感は未来の事象について抱くものとされる。また,うつ病臨床群や不安症臨床群においては,ネガティブな事象に自動的に思考が向かってしまうという症状が知られている。このことから,過去・未来といった時間的概念とネガティブ・ポジティブといった感情価が結びついてしまっているために,ネガティブな自動思考が生じやすくなっている可能性が考えられる。例えば,未来とネガティブという概念が結びついていたならば,未来思考の際に自ずとネガティブな思考になってしまうことが考えられる。そこで,まずは健常者を対象に,潜在連合テスト(implicit association test)と呼ばれる課題を用いて,時間概念と感情価の連合について検討した。結果として,健常者においては,抑うつ傾向や不安傾向の高低に関わらず,未来に対してポジティブ,過去に対してネガティブな概念が相対的に形成されていることが示された。また,不安の種類(全般性不安と社交不安)による概念的連合の違い(具体的には,「社交不安傾向が低い場合には,全般性不安傾向が高いほど未来をポジティブに捉えられなくなる」というパターン)は見られたものの,抑うつ傾向高群と不安傾向高群の間に有意な概念的連合の違いは確認されなかった。 今後は,臨床群で実際にどのような連合が形成されているかを検討する必要がある。
著者
田口 康大
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は、人間と社会との関係についての分析を経ながら、これまでの基礎教育理論を批判的に再構築することにある。その際の分析の中心となるのは、1.人間は欲望や情動といった自己の非理性的側面とどう関わっていけるか、2.人間は他者の感情とどう関われるか、3.道徳と感情との関係、これら三つの問題である。具体的には、公的生活と私的生活との関係、自己と他者との関係において人間がいかに振舞い、振舞ってきたかについての考察である。常に変遷する人間の振舞いと、自己や他者、社会の意味合いについての変化についての考察は、今日の人間観及びそこからよってくる教育観を批判的に相対化することを可能とするとともに、歴史の変化を踏まえたいかなる教育理論の構築に貢献することが可能であると考える。以上のような目的の元、本年度は「折衷主義哲学」の思想史的変遷についての研究を重点的に行った。日本に限らず、世界的にも折衷主義哲学は軽視されてきたが、今日の社会状況下で、プラグマティックな側面をもつ折衷主義哲学は評価しなおされ始めている。目の前にいる他者とのコミュニケーションから始まる思考の重要視、抽象的な概念に自分を適合させるのではなく、実際のコミュニケーションの経験から得られた自己の見解の暫定的な保持の重要視、そのような他者との実践と経験を重んじる理論は、過度の抽象的思考に囚われ、他者なきナルシズム的な人格の増加の一途をたどっている社会状況、およびそれを背景とした教育の営みを再考するうえで示唆を与えうると考えられる。
著者
山口 晃人
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

代表制民主主義の危機が叫ばれる現在、より良い立法システムを探究することは急務である。本研究では、選挙デモクラシーに代わりうる二つの代表者任命手続きを検討することで、立法システムの改善を目指す。第一の代替案は選挙ではなくくじ引きで代表者を選ぶロトクラシーであり、第二の代替案は優れた知識・能力を持つ人々のみが統治するエピストクラシー(知者の統治)である。実社会においても学問上においても選挙デモクラシーは自明視され、ごく最近までこれら二つの代替案の可能性は真剣に検討されてこなかった。本研究ではこれら二つの代替案との比較を通じて、優れた意思決定手続きの条件を明らかにする。
著者
内田 健太
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

本研究の目的は、人馴れ・餌付けがエゾリスの人に対する攻撃性を高める可能性について検証することである。これまで、人に馴れたり餌付いた野生動物(例えば、北米イエローストーンのクマや奈良公園のシカ)が人に攻撃的になることが知られている。しかしながら、こうした人為介入がなぜ野生動物の人に対する攻撃性を高めるのかは、未だ科学的に検証されていない。そこで、本研究では過度な人馴れにより、同種に対する攻撃性が人に対する反応にも波及するという新しい枠組みを提示する。餌付けは、野生動物を誘引しエサ台などの局所的な個体密度を高める。こうした環境では、資源を巡る競争が激化し、個体の攻撃性が高まりやすいとされる。そして、こうした攻撃性はしばしば別の対象にも波及すること(漏洩効果Spillover effect)が知られる。つまり、過度の人馴れで全く人を恐れなくなった結果、リスの攻撃性の高まりが人への攻撃性にも波及していると考えた。本研究では、集団の攻撃行動の頻度、個体の同種に対する攻撃性の性格、個体の人への攻撃性を調べることで、上記の仮説を検証にする。平成29年度は、データサンプリングを中心に行った。餌付けされている生息地では、餌付けのされていない生息地よりも、リス同士の争い合いの頻度が高いことが分かった。また、こうした生息地では、人に対する攻撃性も高いことが分かった。現在、約90頭のリスについて、Open field test(同種に対する攻撃性を測る行動実験)を実施しており、行動分析を行っている
著者
飯村 大智
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

話しことばの流暢性の障害である吃音は認知度の低さや支援のエビデンス不足のため、社会的不利となりやすい。特に就労において大きな活動・参加制約を受けていることが報告されており、ICFや社会モデルに基づいた吃音者の支援が求められている。本研究では、吃音のある人が就労で直面している社会的障壁や雇用状況、吃音の否定的認識・態度、支援の実態についてを、吃音のある人と彼らを取り巻く周囲の両側面から社会心理学的・実験心理学的手法を用いて検証する。包括的な評価・支援を目的として、併存する発話・行動特性との関連も調べる。これらより吃音のある人が最大限の能力を発揮できる要因や環境を探索し理論的枠組みを作成する。
著者
山迫 淳介
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

多くの生物において、分布の拡大と分断は、その進化の道筋を解明する上で非常に重要である。とくに海洋は、陸上動物にとって大きな障壁となると考えられており、重要な分断要因の一つである。しかし、カミキリムシのような穿孔性昆虫では、幼虫の入った木材が海流によって運ばれることにより、海洋を超えて分散したと考えられる種が少なからず存在する。本研究では、飛翔能力が欠如しているにも関わらず、台湾から琉球列島の島嶼部を経て日本の沿岸域に広域な分布を示すウスアヤカミキリ属を用いて、海洋を超えた遺伝子流動を検証し、その進化史解明に取り組んだ。平成28年度は、昨年度に引き続き、台湾から日本の各地で遺伝子解析用サンプルの収集を行い、ミトコンドリアDNA(DNAバーコード領域を含むCOI領域)の塩基配列の決定を行った。さらに、次世代シークエンサーを用いた一塩基多型の検出も行い、これらの遺伝子情報に基づいて集団遺伝学的解析を行った。その結果、台湾から日本にかけて分布するウスアヤカミキリ属では、海洋を超えた遺伝子流動が頻繁に起きており、遺伝子流動は地理的な距離のみならず、黒潮の流れにも強く影響を受けていることが明らかとなった。一方で、これまで7種7亜種に区別されてきた本群は、本結果からいずれも種レベルでは未分化で、すべて同一種にするべきとの結論を得た。これは、ウスアヤカミキリ属においては、海洋は分散障壁とはなっておらず、むしろ海流を利用することによって広域な分布を獲得した一方で、その種分化は、その後も頻繁に起きる遺伝子流動によって妨げられてきたことを示唆する。本研究結果は、黒潮流域における生物の分散、進化、またその起源を考察する上で、興味深い例を提供すると考えられる。
著者
佐藤 寿昭
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

採用者は「社会問題」と呼ばれる様々な問題を人々が議論し、合意を形成する際、それはいかにして達成されるのかという問いのもと日本のマンガ作品の性表現規制論争を事例に研究を進めている。平成28年度は①2010年の東京都青少年条例改正案をめぐる論争の分析、②日本のマンガの性表現規制を支えるレトリックの歴史的変化の研究を進めた。①2010年の東京都青少年条例改正案をめぐる論争の分析では、「相手のクレイムの一部を自説に取り込むことで相手のクレイムとは異なる結論を申し立てる」という反論戦術が同論争を方向づけた要因の一つであることを指摘した。競技ディベート論で「リンク・ターン」と定義されるこの反論戦術は対立するクレイム申し立て者の間で前提を構築し対立点を明確にする。本研究ではこの反論戦術を社会問題の論争分析の方法論である社会問題の構築主義アプローチに位置づけた。この成果は2016年11月発行『情報学研究』第91号に論文として掲載された。②戦後日本においてマンガの性表現を規制するに際してどのようなレトリックが用いられてきたのか、その歴史的変化を分析した。第一に戦後すぐ「社会問題」となった「子どもに悪影響を及ぼす」いわゆる「悪書」規制論争からマンガの性表現が特定的に「問題」とされていった経緯、第二に1990年代当初は公共の場における広告批判に用いられていた「女性の性の商品化」というレトリックがマンガの性表現批判にも用いられるようになっていった過程、第三に国際会議を端緒として国内で用いられるようになった「児童ポルノ」というカテゴリーにマンガの性表現を含めるか否かという論争の三点を中心に分析した。この時、それぞれの論に反対する過程でマンガの性表現を「日本固有の文化」として主張するレトリックが徐々に構築されていった。それぞれの分析結果は2017年度中に個別に論文化する予定である。
著者
柳沢 英輔
出版者
青山学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

今年度は、ベトナム中部高原のコントゥム省、ジャライ省、ダクラク省において、約3カ月間のフィールド調査を行い、これまでの研究成果を国際シンポジウムで発表した。具体的な調査内容は以下の通りである。(1)バナ族、セダン族、ジャライ族、ジェチエン族、エデ族の少数民族村落で、ゴングセットの計測・録音と聞き取り調査を行い、各ゴングのサイズや音高、ゴングの名称、入手経路、使用する儀礼などについて明らかにした。(2)バナ族、セダン族、ジャライ族の葬礼、バナ族の教会の祭礼など、重要な儀礼・祭礼を撮影・録音し、記録に残した。(3)バナ族の伝統的な建築物であるNha Rongと呼ばれる集会所について聞き取り・計測調査を行い、その建築方法と現在における文化・社会的利用に関するデータを収集した。(4)ゴング文化継承にとって重要な役割を担う「ゴング調律師」について、聞き取り調査とゴング調律過程の撮影・録音とから、調律方法の詳細に関するデータを得た。(5)若い世代へのゴング演奏・調律に関する教育的取り組みについて具体的な事例を記録した。(6)社会変化に対応して新たに誕生した「改良ゴングアンサンブル」について、これまでの調査では分からなった点を聞き取りした。(7)研究代表者が制作した映像作品「ベトナム中部高原のゴング文化」を撮影地となった村で上映し、作品を村に寄贈した。以上より、現地調査によって研究課題に関する多くの民族誌的資料(音響・映像資料を含む)を得ることができた。3月には国立民族学博物館で行われた国際シンポジウム「東南アジアにおけるゴングの映像民族誌」において、映像作品の上映を含む口頭発表を行い、国内・東南アジア各地の研究者と知見を交換し、交流を深めた。現在、フィールド調査で得たデータの分析を進め、投稿論文を執筆中である。
著者
加納 寛之
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

今年度の研究は大きく以下の2点からなる。第一に、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC; Intergovernmental Panel on Climate Change)で採用されている不確実性の定義について検討した。IPCCが現在採用する不確実性の定義は、2010年に発行されたガイダンス・ノートに依拠する。その中で、用いられている術語の曖昧性については、すでにいくつかの研究があるものの、依然として、まだ手付かずの問題が残っている。本研究では、不確実性を規定する尺度のひとつ、確信度を構成する二つの測定基準、「証拠」と「専門家の見解の一致度」の関係性について明確にした。第二に、IPCCの各ワーキング・グループ(WG)の証拠の集約基準について検討した。WGIがピアレビューを経た科学的知見に基づく比較的ロバストな証拠を扱うのに対し、WGII、WGIIIでは、grey literatureと呼ばれる証拠群であったり、社会的な価値を考慮する必要がある。本研究では、各WGで採用される証拠の特徴を明確にした後、どのような証拠収集のアレンジメントの実現されるのかを描き出した。また、今年度は9月より半年間、イギリス、London School of Economics and Political ScienceのCentre for Philosophy of Natural and Social Scienceで、visiting studentとして研究に従事じた。現地の研究者との交流を通して、本研究の議論の細部に関わる論点を明確にした。この点については、研究をまとめる際に反映していく。それと同時に、政策科学やリスク研究の研究者、および、気候変動政策の実務者との接点を持ちながら研究を進めていく重要性を学んだ。この点についても、来年度以降、意識的に働きかけていきたい。
著者
中野 雅之
出版者
富山大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

当該年度、申請者はKAGRAの入射光学系、特にPre-stabilized laser(PSL)とInput mode cleaner(IMC)について開発とインストールを行ってきた。入射光学系は主干渉計に安定な光を送るためのサブシステムである。多くの安定化は光共振器を使って行われる。重力波観測機では強度や周波数の安定化されたレーザー光が必要不可欠であるが、当該年度は特に周波数安定化について、インストール、インテグレーションを行い、その性能評価まで完了した。KAGRAの周波数安定化システムは全部で3つの周波数参照を使った3stageの階層制御で行う。このうち、第一階層の周波数参照共振器であるReference cavity (RC)と第二階層の周波数参照共振器であるIMCは入射光学系の管轄である。PSL上に置かれるRCを使った1st loopでは、レーザー結晶に取り付けられたPZTやbroadband EOMにフィードバックし、レーザー周波数を制御し安定化する。RCの制御帯域は500kHz程度である。second loopではRCより大きく、共振器長も安定なIMCを周波数参照とし、さらなる安定化を行う。また、RCの方が安定な1Hz以下の低周波帯ではIMCの共振器長を制御する。 IMCの制御帯域は20kHz程度である。Reference cavity(RC)とIMCの制御は非常にロバストで、調整することなく1週間以上ロックし続けることができることは実証されている。また、現状では2kHz以上で要求値を達成していないが、達成のためのサーボフィルタの改善設計などを行い、要求値達成可能性を示した。
著者
柳本 史教
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

平成30年度は以下の研究項目を実施した. 1. 平成29年度に実施したシアリップ形成試験結果の分析:複数の温度,負荷応力で実施したシアリップ形成を伴う脆性亀裂伝播試験に手えられた破面を非接触型3次元形状測定機を用いて解析した結果を分析し,シアリップ厚さの定量化を行った. 2. 亀裂先端近傍応力場決定因子の解明:従前より実施していた有限要素解析を用いた亀裂先端近傍応力場の解析を引き続き実施し,非定常効果や速度による影響を取りまとめた. 3. 脆性亀裂アレスト予測理論モデルの開発:上記1,2の成果およびこれまで実施してきた研究の内容を統合し,物理的根拠に立脚した脆性亀裂アレスト予測数値モデルを開発し,その妥当性を検証した.その結果,従来の理論モデルのような非現実的な家庭を導入することなくアレスト現象を再現することができることが示された. 4. 透明樹脂を用いた3次元構造中の亀裂伝播観察:実験難易度,コストの観点から実験趣旨を変更することなく透明度が高い弾性体であるアクリル樹脂を用いた高速き裂に対する3次元構造因子の影響について実験的に調査を行った.なお,当初想定していた3次元Application phase有限要素解析は計算コスト上現実的ではないことが研究途上で明らかになったことから実施せず,3次元効果についてはシアリップ形成試験結果を整理することに注力した.上記のうち,1の成果及び2,3の成果をそれぞれ取りまとめ2連報の論文としてすでに破壊力学に関する国際論文誌に投稿している.また,4については破壊に関する国際学会22nd European Conference on Fractureにて発表を実施済みである.
著者
西村 玲
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本研究は、僧侶普寂の思想を通して、日本近世思想史上における仏教思想の内実と展開を追い、近世から近代にかけての思想的水脈の一つを示した。3年間の研究成果は、単著『近世仏教思想の独創-僧侶普寂の思想と実践』(トランスビュー社)として、本年(平成20年)5月に出版された。初年度は、受入教授である末木文美士教授の指導により、近世思想史における大乗非仏説論への応えである、普寂の華厳思想を解明した。初年度後半から第2年度前半には、プリンストン大学宗教研究センターに一年間留学して、宇宙像をめぐる近世護法論の発表を行うことにより、日本国内では得難い、時代と地域にまたがる広い思想史的知見を得た。第2年度後半から第3年度前半には、近世的宗派意識の分析という視点から、普寂の伝記と近世浄土教団の戒律観を明らかにした。同時に末木教授の指導によって、丸山眞男に始まる日本近世思想史が政治思想史のみで推移してきたことを批判し、宗教思想史を組み込んだ全体的な思想史像を提言した。第3年度後半からは、博士論文と任期3年間に発表した論文原稿をもとにして、それらに大幅な加筆と修正を加える出版作業を行った。3年間で学問的視野が広がり、従来の日本一国政治思想史に対して、東アジア全域を視野に入れた宗教思想史を対象化するに至った。従来の日本思想史の空隙であった、仏教を中心とする宗教思想を思想史に組み込む研究の視点を得た。
著者
張 準浩
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

我々はLC/MS分析法でTetrodotoxin(TTX)類を定量してフグ中での分布を調べたところ、フグ卵巣では5,6,11-trideoxyTTXはTTXと同程度に多量に含まれることがわかった。そこで、この類縁体が段階的な還元反応を経てフグ体内でTTXへ変換するのかどうか、あるいはTTXが還元的な代謝をうけてtrideoxyTTXへ変換するのかどうかを調べることとTTXの起源生物の再検索を目的にした。(1)TTX生産起源生物の検索-北里大学山森との共同研究であり、鬼沢漁港から採集したプランクトンからTTX類が検出され、現在は実験結果の再現性を調べている。(2)ミドリフグとハチノジフグの毒性分・含量の分析-我々が確立したLC/MS法を用いて東南アジアに棲息するミドリフグの毒成分と含量を調べた。特に日本産のフグに多く含まれているTTX、5,6,11-trideoxyTTXがミドリフグにも多く含まれていて、その毒量はTTXが0.6~293.7nmol/g、5,6,11-trideoxyTTXが0.4~150.6nmol/gであった。(3)韓国産のクサフグの毒成分及び含量の分析-韓国産のクサフグにも日本産と同じようにTTX類が多く含まれていた。TTX,5,6,11-trideoxyTTX,6,11-dideoxyTTXが卵巣、皮膚、内臓に多量含まれていた。卵巣で、TTXが129~263nmol/g、5,6,11-trideoxyTTXが289~603nmol/gそして6,11-dideoxyTTXが77~310nmol/gであった。
著者
阿久津 美紀
出版者
学習院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

本研究は、保護者のいない児童、被虐待児など家庭環境上養護を必要とする児童を公的な責任で養育する、「社会的養護」(以下、社会的養護)に関する記録や記録管理システムを日本においていかに成り立たせ、社会的養護で養育された経験をもつケアリーヴァー(care leaver)の記録へのアクセスをいかに促進するかという課題について研究を行うものである。前年度から引き続き、日本国内の社会的養護の施設に保存される資料を整理・分析し、入所児童の傾向を把握すると同時に、国外の社会的養護に関する記録管理の動向についても調査した。特に、海外ではオーストラリアで実施された性的虐待に関する調査から、社会的養護の記録とレコードキーピングの役割について検証するために、オーストラリアアーキビスト協会を中心とした専門職団体の提言について分析を行った。また、メルボルンで開催された、社会的養護で生活する子どもの権利と記録管理についての会議、「Setting the Record Straight: For the Rights of the Child」に参加し、当事者からヒアリングを行った。さらに、社会的養護の選択肢の一つとして近年、日本で関心が高まっている特別養子縁組に関する記録管理についても、民間の養子縁組あっせん機関を訪問し、アンケート調査を実施した。アンケート分析結果やその成果については、今年度刊行された報告書にまとめている。
著者
都留 俊太郎
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本年度は、昨年度に台湾の中央研究院及び国立台湾図書館で収集した資料へ分析を加え、その成果をアメリカ技術史学会の年会で発表することができた(審査有り)。さらに、そこで得たコメントをもとに論文を執筆し、East Asian Sicence, Technology and Society 誌に投稿した。現在審査中で、平成28年度中のアクセプトを目指している。さらに、昨年度に引続き、断続的に台湾の彰化県二林郡でフィールドワークを行い、二林蔗農事件に関する聞き取り調査を進めた。この調査研究の成果は、The Third Conference of East Asian Environmental History(審査有り)と台灣二林蔗農事件90週年紀念國際學術研討會(招待講演)で発表した。発表の際に得たコメントをもとに論文を執筆・投稿することは、平成28年度の課題として残された。また、1920年代の甘蔗栽培技術改良について前々年・前年度までの自らの研究成果を踏まえて、International Conference on the History of Science in East Asiaにて報告を行った(審査有り)。他に、『アジア・太平洋戦争辞典』(吉川弘文館、2015年10月)の「皇民化運動」・「蔡培火」・「林献堂」の三項目について執筆を担当した。
著者
手嶋 大侑
出版者
名古屋市立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

平成29年度は、平安時代中期における皇族・貴族の荘園と国司の任命権である年官の関係を分析した。その結果、平安時代中期における皇族・貴族は、年官を利用することによって、地方有力者との人的ネットワークを形成・良好化し、彼らに荘園管理を任せることで、安定した荘園経営を実現させていたことを明らかにした。これまで、平安時代中期の地方社会の説明は、国司長官による支配という文脈で語られてきた。しかし、本研究の成果により、これまで不明瞭であった平安時代中期における皇族・貴族領荘園の様相が具体的に明らかになったことで、当該時期における地方社会の在り方に対する従来の理解に新たな知見を提供することができた。この点は大変意義あることだと思われる。それと同時に、この研究では、中央と地方を一体的に捉えて荘園を検討しており、中央と地方の連関を具体的に実証した点にも意義がある。これは、これまでの学説に再検討を迫る意味を持っている。また、本研究では、任官史料と荘園史料を組み合わせて考察する方法を採用しており、この研究方法はこれまで無かったものである。そして、この研究方法によって成果が得られたことにより、この方法が有効であることを実証することができた。このことは、近年、停滞気味であった平安時代の荘園研究に新たな研究視角・方法を提供したことになり、これによって、荘園研究が進むことが予想される。この点においても、本研究の成果は重要であると考えている。