著者
蘆田 裕史
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度は、シュルレアリスムにおける衣服と身体の問題を理論的な見地とモードとの関連の双方から考察していくことを目指した。その際に着目したのが「切断=裁断」の概念である。シュルレアリスムの「イメージ」においては、衣服が人間身体に代置されるものとして描かれることが珍しくない。それはすなわち、身体が不在のものとなり、衣服のみが現前することである。また、シュルレアリストが描く身体はしばしば切断され、パーツへと解体されている。これはある意味で、衣服的なありかたである。というのは、衣服は本来いくつかのパーツが縫合されることで成立するものであり、常に解体可能なものであり、切断される身体はあたかも衣服であるかのように扱われているといえる。アンドレ・ブルトンがパピエ・コレを型紙になぞらえていることから、衣服制作とコラージュとの関係に着目し、当時現れはじめた立体裁断の手法との関連を明らかにした。つまり、身体にあてられた布地は既にして身体と同一化しているのであり、表象のレヴェルにおいては布地にハサミを入れることと身体にハサミを入れることが同じ行為と見なされるのである。このことを踏まえつつ、ブルトンの『狂気の愛』における有名なスプーンの分析を参照することで、シュルレアリスムにおいては衣服が潜在的な身体として捉えられうることを口頭発表「シュルレアリスムにおける衣服と身体-切断=裁断の概念をめぐって-」において提示した。これはシュルレアリスム内部での問題にとどまらず、シュルレアリスムを同時代のモードの世界に関連づけられる点において、シュルレアリスムにおける衣服の問題を語る上で外せない論点となることは間違いない。
著者
山本 祐輔
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

平成22年度は「Web情報の信頼性の評価」に関する研究として2つの課題に取り組んだ.1つ目の研究課題は,Webページに掲載された画像の信憑性を分析するためのアルゴリズムの開発である.本アルゴリズムのために,昨年度開発したWeb情報の信憑性を分析する汎用的なアルゴリズムを画像信憑性分析のために応用・改善した.開発した分析アルゴリズムは,画像の信憑性を画像とその周辺テキスト内容(例:キャプション)との整合性に着目した分析アルゴリズムである.また,提案アルゴリズムの応用システムとして,Web画像の信憑性をブラウジング時にリアルタイムに解析できるアプリケーションImageAlertを開発した,ImageAlertを用いることで,閲覧中の画像の信憑性を分析し,より信憑性の高い画像を取得することが可能となる.開発したアルゴリズム・アプリケーションは,既存のメディア情報とは異なり信憑性の検証がほとんど行われないWeb情報,特にインターネット広告の画像の信憑性検証に有益である.2つ目の研究課題は,インターネットユーザの信憑性判断モデルの推定に基づくWeb検索結果の最適化に関する研究である.情報の信憑性は,情報の種類や情報を閲覧するユーザによって評価尺度が異なる情報特性であることが知られている.そこで,2つ目の研究課題では,検索結果に対するユーザの信憑性フィードバック情報から信憑性判断時にユーザが重視する信憑性評価観点を推定し,それを基にWeb検索結果を再ランキングするシステムを開発した.提案システムによって,(1)通常のWeb検索結果では確認することが難しい信憑性判断情報を確認すること,(2)膨大なWeb情報の中から各々のユーザにとって信憑性が高いと思われるWebページを効率よく検索することが可能となる.
著者
近藤 正基
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

ここでは、平成19年度に掲載が決まった論文について、その概要と意義について論じ、研究実績の報告としたい。比較政治経済学、例えば資本主義の多様性論やコーポラテイズム論においては、ドイツは非自由主義経済の代表国と目されてきた。ドイツ経済と自由主義モデルとを分かつ点として、労使関係の特徴が挙げられる。つまり、労使団体による集権的な労働条件決定システムのない自由主義経済(アングロ・サクソン諸国)に対し、ドイツでは産業レベルを中心に労使交渉が実施され、そこで実質的労働条件や労働市場政策が決定されるのである。近年、ドイツ経済は「自由主義モデル化」の道を歩んでいるのか、またはその特徴は「持続」しているのかで、議論が対立している。第二論文「現代ドイツにおける労使関係の変容-統一以降の協約自治システムの展開に関する政治経済学的考察」(1)(2)(3)では、1990年から2006年までのドイツにおける労使関係と労働市場政策の変遷を分析し、この両者の仮説を検証した。それにより、強い拘束力を梃子にして、産業レベルの労使団体が広範な労働者の実質的労働条件について決定し、同時に産業平和を達成してきた労働条件決定システム、すなわち協約自治システムが、統一以降、空洞化や権限縮小といった変化を経験し、機能不全を呈していることを示した。その結果、「自由主義化」仮説が妥当であるとの結果を導出した。分析にあたっては、労使団体を中心的アクターとして位置づけるとともに、連邦政府、連邦雇用庁、連邦労働裁判所といったアクターも視野に入れた。
著者
高根沢 均
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

サンタニェーゼ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂(ローマ、7世紀初頭創建)について、2003年10月から現地の建築調査を実施してきた。本年度も2006年10月に現地を訪れ、約2週間にわたって同聖堂の実測と細部写真記録を行った。実測調査では、トータルステーションによる精密測量を行い、図化を進めている。また並行して文献収集を行うとともに、ドイツ考古学研究所にて初期教会堂建築の碩学であるブランデンブルク教授を訪問し、貴重な意見と示唆をいただいた。実測データ等については、図化・整理を行い、考察を進めている。本年度は、サンタニェーゼ聖堂の建築的特徴と建築部材の配置計画について、学会誌に論文を2本投稿し採用受理されている。これらは、本研究の重要課題である階上廊の機能について検討したものであり、新しい知見を得ることができた。また、イタリアでの研究報告のため、イタリア語の報告書の作成を進めている。2006年11月には、日高健一郎教授(受入研究者)のハギア・ソフィア大聖堂(イスタンブール、537年創建)学術調査に参加し、ドームつきバシリカ式建築の代表例である同聖堂の建築細部の特徴を確認した。また、同じくユスティニアヌス帝建立のハギア・イレーネ聖堂(6世紀初頭創建)を訪れ、細部の写真記録を行った。2007年1月にはテッサロニキとローマで目視調査を行った。テッサロニキでは、古代末期のドーム建築であるハギオス・ゲオルギオス聖堂(4世紀初頭創建)と、初期キリスト教時代の階上廊付バシリカであるアヒエロポイエートス聖堂(5世紀創建)において、細部の写真記録を行った。今後、日高教授が2007年度に実施する方向で準備を進めている建築調査に、一員として参加する予定である。またローマでは、初期中世の教会堂の目視調査を実施し、再利用部材と建築空間の機能との関係について、サンタニェーゼ聖堂での考察の検証を行った。
著者
佐藤 真行
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本年度は環境の価値の経済学的定式化とその測定手法の開発にとりくみ、それら環境評価手法に基いた環境政策に関する研究を行った。本年度は研究計画の最終年度にあたるため、これまでの研究蓄積を総括し、本研究課題の成果を論文にまとめ、学術雑誌等に投稿し掲載された。第一に、離散選択モデルを環境問題とりわけ建築廃棄物問題に応用した研究「建築廃棄物問題と住宅政策」が査読を経て『経済政策ジャーナル』に掲載された。これは昨年度の研究に基づくものであるが、今年度の改訂の際に住宅選択時の環境負荷にかんする消費者選好の多様性を分析するために、計量モデル(Random Parameter Logit Model)を選好パラメタの相関を含めるかたちに展開し、そうした選好の多様性をふまえて建築廃棄物問題と現状の住宅政策にかんする考察を行った。第二に、とりわけ情報の不完全性と繰り返される消費者行動と環境の認識を分析するための研究「環境・品質情報の信頼性と消費者行動」が査読を経て『国民経済雑誌』に掲載された。本研究では離散選択モデルと計数データモデルを併用することで、繰り返し選択と環境認識の関係を分析した。また、先の研究とあわせて、消費者選択の頻度によって情報の影響の差異があり、環境評価手法における注意点をあわせて整理した。第三に、情報の質と量が消費者行動に影響することが定量的に示した以上の研究を発展させ、情報の受け手側の性質に注目して情報過負荷現象の発生と抑制のメカニズムを分析する研究に着手した。本年度は、消費者への情報提供や教育・啓蒙活動の影響を分析する研究を行った。知識や関心が高くなければ環境情報は適切に処理されず選択における混乱(行動誤差)の原因になること、そして知識の提供や専門家とのコミュニケーションはそうした誤差を抑制する作用があることを示した。
著者
小野里 美帆
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2000

平成12から13年度までの基礎研究、実験的支援研究をもとに、自閉症幼児に対する包括的なコミュニケーション指導プログラムの作成及び実験的支援を行った。これまでの研究から、自閉症児は、発達初期から相互伝達系(他者と関わること自体が目的化される伝達)や「会話」に顕著な困難性を示し、それが他者意図理解の困難性と密接に関連していることが明らかにされた。そのため、「会話」と構造的類似性をもつ原初的行動であり、かつ自閉症児にとって獲得が困難である「相互性の獲得」、すなわち相互遊び(ボールのやりとり、イナイナイバー等)の習得を目標として、「フォーマットの理解」、「自他同型性の理解」、「伝達効果の理解」という相互伝達系の下位構成要素を設定し、先行研究による発達過程をもとに、プログラムを構成した。自閉症児1名R児に対する支援を行った結果、第1期:「働きかけへの応答:共同行為への参入」(道具的他者としての認識)、第2期:「自発的な働きかけ:共同行為の成立」(行為主体としての他者認識)、第3期:相互性の獲得:というプロセスを経てターンを伴う相互遊びやルール遊び、言語や視線による要求を習得した。支援直後には、直接的に支援を行っておらず、自閉症児にとって非常に獲得が困難である提示行為と言語による叙述(3ヶ月後)が生起したことから、作成したプログラムの一定の妥当性が示唆された。
著者
長谷川 陽子
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

ハンナ・アーレントの1920年代から1958年までの論考が、その後の著作に重要な影響を与えていることを論証するため、当該期間に著された論考の原文による読解をおこなった。今年度は主として『全体主義の起源』、草稿である『カール・マルクスと西欧政治思想の伝統』と、同じく草稿である『政治の約束』の前半部を中心的に読み解くことで、アーレントの思想が、『人間の条件』執筆以前に完成された形で提示されていたことを論証することができた。1920年代のアーレントの思想から、連綿と受け継がれてきた「実存哲学」思想が、『人間の条件』以前までの論考の中に主軸として発展させられていたことを確認した。従来の研究ではこのアーレントの「実存哲学」思想には、全体主義につながる契機となるのではないかとするマーティン・ジェイを代表とする指摘を受け、重要視されることはなかった。しかし、この「実存哲学」こそが、アーレントの人間の『複数性』と「個別性」とを訴えかける貴重な契機となっていることが了解されたのである。この成果をもとに、前年度までに学会報告等において知り合うことができた、国内の他のアーレント研究者の協力を求めて話し合うことで、より多面的な見地から、意見を伺うことができた。また、1920年代から1930年代にかけてのアーレントの思想を改めて追う中で、「公的空間」における「創造の契機」こそが、アーレントにとって最も重要であったことを再確認した。このことは、アーレントの「公的空間」が、その中での問題解決を最初から見込んでいるものではないとする、思想射程を明確化する機会ともなった。上述してきた研究成果を、発展させ、アーレントの思想における「他者存在」と「政治的公共空間」とがどのようにその思想の中核となっていったかを明確化した上で、博士論文の執筆を行った。
著者
野田 裕紀子 (村本 裕紀子)
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

インフルエンザウイルスの最大の特徴は、ウイルスゲノムが8本のRNA分節にわかれていることである。しかし「8本にわかれたゲノムRNAをどのようなメカニズムでウイルス粒子内に取り込むのか?」というゲノムパッケージング機構の謎はほとんど明らかにされていなかった。これまで、インフルエンザウイルス粒子にゲノムRNAが取り込まれる際に、8種類の遺伝子分節間にパッケージングシグナルを介したなんらかの相互作用が存在することが示唆された。つまり、パッケージングシグナルが遺伝子分節間の相性の良し悪しに関与していると予想される。そこで本研究では、遺伝子分節間の相性の良し悪しを指標として、どの遺伝子分節同士が強く相互作用しているのかを明らかにすることを目的としている。ヒトインフルエンザウイルス由来もしくは鳥インフルエンザウイルス由来のパッケージングシグナルをRNA分節の両末端に持ち、その内側には実験室株の全翻訳領域を持った変異分節をそれぞれ作製し、変異分節1分節と実験室株遺伝子7分節からウイルスレスキューを試みたところ、NP遺伝子またはM遺伝子に変異を入れると、それがヒトウイルス由来の遺伝子であっても、鳥ウイルス由来の遺伝子であってもウイルスがレスキューできないことがわかった。NP遺伝子やM遺伝子はインフルエンザウイルス蛋白質のうち、もっとも発現量が多い蛋白質である。また、パッケージングシグナルはウイルス遺伝子のプロモーター領域・ターミネーター領域にまたがる領域である。したがって、パッケージングシグナルの変異(重複)により、蛋白質発現が影響された結果、ウイルスレスキューされないと考察できた。つまり、本研究において、パッケージングシグナルを重複させると、遺伝子によってはウイルス遺伝子として機能できないことが明らかになった。
著者
鮫島 邦彦 NEUPANEY Dhanapati
出版者
酪農学園大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

ネパールの高山地帯でヤクのバターは、古くから打ち身、切り傷、腹痛、火傷、頭痛、日焼け、高山病などの緩和や防止に利用されているが、その根拠についてはほとんど知られていない。本研究はヤクバターの成分を分析してこれらの機能特性について明らかにすることを目的として実施した。ヤクバターは、ウシバターに比較して特有の風味を持っている。これは、ヤクバター中に含まれる多くの短鎖飽和脂肪酸によるものであること、またヤクバターはα-トコフェロール含量が多く酸化安定性に優れていることが明らかになった。さらに、ヤクバターには抗動脈効果、抗癌効果が示されている共役リノール酸が多いことも明らかとなった。また、チロシナーゼ活性の強いこと、不飽和脂肪酸を多く含有する植物油脂の酸化を抑制する効果のあることも明かとなり、これらの結果は、Milk ScienceとAnimal Science Journalの2誌にすでに公表されている。ヤクバターのこれらの特徴を決定する遺伝情報を調査するために、生体内の脂肪酸代謝の鍵となっている膜たんぱく質(CD36)の遺伝子分析も実施した。ヤクCD36は分子量86kDaで472個のアミノ酸残基からなり、cDNAのスタートコドンは390(ATG)で、終了は1808(TAA)であった。ヤクのcDNA遺伝子は、ホルスタインのそれと比較すると98%であった。CD36のアミノ酸組成はホルスタインの96.2%が類似していたが、ヤクCD36ではセリン、アラニン、ロイシンが多く、ホルスタインCD36ではイソロイシン、スレオニンが多いことが明らかになった。現在これらの特徴と薬効特性との関連について検討を加えているところであるが。これらの内容については、Animal Science Journal誌に投稿中である。
著者
石川 敬史
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

平成15年度科学研究費補助金(特別研究員奨励費)によって行った研究活動は以下である。1.本年度の研究を経て、以下の知見を得た。(1)18世紀の政府理論形成は、この時期英国で発達していたモラル・フィロソフィーを知的背景としていた。すなわち、教会秩序にたいする、世俗秩序を確立するという観点から、政府理論が発達し、アメリカ諸邦政府および連邦政府もこの流れの中に属していた。(2)アメリカの単独主義外交の起源は、第二代大統領ジョン・アダムズ政権期になされた、米仏同盟解消交渉にあった。この時期に、ヨーロッパ諸国の政治情勢に関与しながら、相互の国益を調整するアレクザンダー・ハミルトンの路線が、アダムズの単独主義外交の方針に破れたことが後のモンロー・ドクトリンにつながるアメリカ外交の基礎となった。(3)アメリカ政党制は、米仏同盟解消交渉の過程で明らかになった、外交方針の違いがきっかけとなって、構成されるようになった。すなわち、内政上の争点は政党分裂の根本要因ではなかった。2.調査旅行(1)神戸大学国際文化学部の図書館にて資料収集を行った。(平成15年5月29日〜平成15年6月2日)(2)東京大学大学院総合文化研究科附属アメリカ太平洋地域研究センターにて、資料の収集および、資料批判作業に従事した。(平成16年2月8日〜平成16年2月11日)3.関係資料の購入(1)18世紀英国における、財政軍事国家への変容過程を知るために、英国史関連の書籍を購入した。(2)アダムズ政権が対応したフランス総裁政府の政治史を理解するため、同時代のフランス政治史に関する文献をそろえた。4.博士論文の執筆平成15年度の研究活動は、博士論文の執筆を中心に進められた。公刊論文が無いのはこのためである。博士論文は、ほぼ完成に至り、教官の許可を得しだい提出予定である。
著者
板木 拓也
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本年度は,学振特別研究員の採用最終年度として,これまでの成果をまとめつつある.論文発表としては,第一著者,共著ふくめて7編の原稿を学会誌に投稿し,そのうち4編が受理された(3編については現在審査中).6月に島根で行われた古生物学会では,シンポジウム「日本海の生物相の変遷と環境変動〜過去,現在そして未来へ向けて」を共同企画し,その成果を特集号として学会の邦文誌「化石」に掲載予定である.このシンポジウムでは,これまでに十分に整理されていなかった鮮新世から更新世における日本海の生物相変化を総括し,新たな研究の発展性が期待された.また,まだ不足している試料およびデータの収集を行った.5月に秋田の男鹿半島で行った野外調査では,これまでデータが得られていなかった中新世および鮮新世の微化石(放散中・珪藻)試料を採取した.10月下旬〜11月上旬には,日本海と東シナ海の間にある対馬海峡からプランクトン(放散中・有孔虫)の試料を採取した.これらの調査で採取された試料の処理はほぼ終了し,現在データの解析を行っている.近い将来,これらの成果について論文を執筆する予定である.この他,6月には熊本大学で共同研究者との研究の打ち合わせを行い,また,熊本大学所有の最新の顕微鏡画像解析システムを用いて,微化石標本の写真撮影を行った.この顕微鏡写真は,学会発表などで既に用いられ,また現在執筆中の論文にも掲載される予定である.
著者
山田 美和
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

初年度に構築した乳酸(LA)ユニットとヒドロキシブタン酸(HB)ユニットからなる乳酸ポリマー、P(LA-co-HB)の生合成経路を利用して、ポリマー中のLA分率向上を目指した。嫌気条件下で菌体を培養し、乳酸の供給量を増加して、モノマーであるLA-CoAの供給量増加を促した。結果、共重合ポリマー中のLAユニット分率が飛躍的に上昇したP(47mol% LA-co-HB)を合成した。続いて、さらなるLA分率の向上を実現するために、乳酸重合酵素に変異を導入し、LA重合能力の高い乳酸重合酵素を創製することを目指した。そこで、HB-CoA重合能力をさらに向上させれば、LA-CoA重合能力の増強につながるのではと考え、これまでにHB-CoA重合能を向上させると報告されていた変異を乳酸重合酵素に導入した。結果、従来の乳酸重合酵素よりも、LA分率が向上した新規乳酸重合酵素を創製することに成功した。本重合酵素と嫌気培養を組み合わせることで、62mol%まで向上した乳酸ポリマーを合成した。さらに、見出した新規変異点におけるアミノ酸飽和変異導入を行うことで、16~45mol%と幅広い範囲でLA分率が調節されたP(LA-co-HB)を合成することができた。これらの乳酸ポリマーの熱的性質分析から、乳酸ポリマーは、これまでPLAの課題であった柔軟性を持つポリマーである可能性を示唆することができた。
著者
内田 直文
出版者
(財)東洋文庫
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

本年度は皇帝と臣下との間で直接交わされた奏摺がいつ如何なる政治的要因で、使用されるようになったかを、(1)清代康煕年間における奏摺政治の展開(九州大学東洋史論集、2005年5月、第33号)、(2)清代康煕27政変再考(東方学、2006年7月、第112輯掲載予定)の論文において明らかにした。さらに、それについて(1)九州大学東洋史研究室定例会において、「清代康煕朝奏摺政治と地域社会」と題する口頭を2005年11月20日に、(2)財団法人東洋文庫談話会において「清代康煕朝奏摺政治の展開と地方社会」と題する口頭発表を2006年3月24日に行った。また、台湾・中央研究院台湾史研究所、及び歴史語言研究所へ訪問研究員として受け入れをしていただき、資料調査・学術交流を行った。中央研究院歴史語言研究所所属の傅斯年図書館は、明清時代の公文書を整理した内閣大庫?案を所蔵しており、清朝の政務決裁過程を検討する上で、その資料の収拾分析は大いに有益であった。さらに、同院近代史研究所所属の郭廷以図書館が所蔵する財政類の奏摺は、台湾故宮博物院図書文献館が所蔵する宮中档案とともに、清代奏摺政治の展開や、清朝の公的政務決議機関として18世紀の乾隆時代に成立した軍機処について考察する上で欠かせない資料であったが、受け入れ期間中の調査により、充分な資料収集を行うことができた。さらに、国立国家図書館には貴重な満洲語資料が多数収蔵されており、それらの収集を行った。台湾の研究環境は申し分なく、報告者の研究を進展する上で大変有益であった。中央研究院台湾史研究所・歴史語言研究所受け入れ期間中に収拾した資料を活用した研究成果の一部は、本年度中の研究発表に示した研究業績に反映されているが、今後さらなる検討分析を加え、研究成果を公表していきたい。さらに台湾での学術交流を通じ、文献でしか知ることのなかった諸先学と面識を持つことができ、様々なご指導をいただいた。短い期間ではあったが、研究活動を通じて培った交流は、今後、報告者の研究において貴重な財産となると思われる。
著者
今泉 飛鳥
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は、第二次世界大戦以前の東京府の機械関連工業を対象に、経済発展に産業集積の存在がもたらした効果とその変化を明らかにすることである。本年度は分析結果を博士論文等の形でまとめる計画であった。実際に11月末に博士論文を提出し、3月に学位の認定を受けた。今年度中の研究の具体的内容は主に以下の4点であり、すべて上記博士論文に収録されている。(1)先行研究のサーヴェイと研究枠組みの整理本研究の土台となる先行研究整理を行った。そこでは特に人文地理学の分野の研究を参考にしながら、空間経済学と近年の産業集積論双方に目を配り、集積地から集積内企業が受け取り得る効果を「集積のもたらすメリット」として総合的に整理した。比較的狭い範囲の産業集積内部に注目してきた従来の集積論を客観化することにより、産業集積と広域の工業分布や「都市化の経済」との関係を論じる足掛かりをも得ることができた。(2)産業集積の実態東京市芝区に存在した機械工場(大塚工場)の経営資料を用い、産業集積内に立地する企業がどのような取引ネットワークを構築していたかを明らかにした。この成果は4月と9月のコンファレンスにおいて報告した。また、1910年代に相次いだ東京における機械工業関連の組合の結成過程を分析し、産業集積との関連を考察した。(3)危機に際する集積の効果の働き方1920年代に開始された都市計画用途地域制を事例に、産業集積が突発的なショックや継続的な制約に対して示した反応の解明を通して集積のメリットの実証を試みた。この成果を『経営史学』に発表(掲載決定済)した。(4)長期的・全国的俯瞰1902年から35年の4冊の『工場通覧』を包括的にデータ化し、戦前期日本の産業立地とその決定要因を分析した。この結果は8月の国際経済史学会(於ユトレヒト)において報告した(なお、同様のデータを用いた共同研究2つにも参加し、現在論文を作成中である)。
著者
汐海 沙知子
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

中国雲南地方の在来品種である「麗江新団黒谷」は、「コシヒカリ」や「ひとめぼれ」などの日本の強度耐冷性品種を上回る極強の耐冷性を有することが知られている(。申請者らはこれまでに「麗江新団黒谷」と「ひとめぼれ」の交配後代系統を用いてQTL解析を行ってきており、2年間の反復をとった耐冷性検定の結果から第3染色体長腕に「麗江新団黒谷」型の対立遺伝子の作用による耐冷性QTLを確認した。さらに染色体部分置換系統を作成し、候補領域内で組換えが生じている系統10系統を選抜して、2008年度および2009年度の2年間の反復をとった耐冷性検定の結果から候補領域を約1.2Mbの領域に絞り込んだ。この領域について「麗江新団黒谷」の塩基配列を決定して「日本晴」と比較したところ、ミスセシス変異を起こすSNPが6遺伝子に生じていた。これらのSNPについて、dot-blot-SNPマーカー化し、「麗江新団黒谷」と「ひとめぼれ」の遺伝子型を調べてところ、「ひとめぼれ」は全て「日本晴」型であった。また、推定遺伝子領域の上流5kb以内にSNPが存在る遺伝子について、「ひとめぼれ」及び準同質遺伝子系統の穂ばらみ期穎花からRNAを抽出して発現解析を行ったところ、両者で発現量に大きな差が見られるのはなかった。本研究では、「麗江新団黒谷」に由来する強度耐冷性の候補遺伝子を6遺伝子に絞り込むことができた。今後これらについて相補性試験等を進めることで、耐冷性遺伝子を単離できる可能性が高い。また、研究の過程で作成した準同質遺伝子系統は、実際に「ひとめぼれ」に比べて耐冷性程度が向上していることを確認しており、耐冷性育種にも貢献できると期待される。
著者
高田 時雄 余 欣 YU Xin
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度の研究実績は以下の通りである。(1)前年度に引き続き、さらに関連資料の収集につとめ、充実と完備を期するとともに、文献の校訂、輯佚、注釈及び考証などの各段階におよぶ整理と分析も合わせおこなった。(2)古籍原本の調査は、漢籍の他に、調査の重点を日本古抄本に転じ、とくに古類書、古歳時記、日本の陰陽道文献の調査をおこなった。本年度は、国立公文書館内閣文庫、国立国会図書館、東洋文庫、金澤文庫などに加え、重点調査対象機関として、宮内庁書陵部および前田育徳会尊經閣文庫において調査をおこない、本課題に関する非常に重要な資料を発見した。それらのうち最も重要な稀見資料については複製許可を申請し、すでに批准されている。(3)上述の資料を用いて六朝隋唐時代の歳時記と占卜文献に関する輯佚と校訂作業を行った。(4)昨年度の実績をふまえ、幾つかの重要な問題点にっき、個別的研究を行った。それらのうち唐宋時期の土貢の名称と歴史的背景については、京都大学人文科学研究所の"西陲發現中國中世寫本研究班"において研究報告をおこない、『敦煌学研究年報』第四号に公刊予定である。また"蔓菁"という植物の考証論文の初稿も完成させた。(5)九月初にロシアのサンクト・ペテルブルグで開催された「敦煌学--更なる百年:研究の視点と論題」国際学術会議に出席し、「シルクロードにおける人形を用いた避邪技法」という論文を提出した。このほか六月に関西大学で開催された「東アジア文化交渉学会」の創立総会及び第一回年次大会に出席した。
著者
中野 貴文
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

二年間にわたって続けてきた消息的テキストの文学史的な位置つげを明らかにする研究のまとめとして、消息的テキストの中心である『徒然草』の文学史的性格を闡明した。これまで論じてきた通り、『徒然草』の序段から三十数段までのいわゆる「第一部」には、「身ぬ世の人へ宛てた消息」という性格が濃厚であった。加えて、幾つかの章段からは、『源氏物語』、及びその強い影響下に成立した中世の王朝物語の類と非常によく似た表現・美意職が看取された。具体的に言えば、「第一部」には閑居の理想を説いた第五段や晩秋の美を説いた第十一段など、『源氏物語』の中でも「賢木」から「須磨」にかけての光源氏を彷彿とさせる章段が散見する。これは兼好が、失脚し閑居において無聊を箪で慰める源氏の姿を借りる(したがって著名な序段の「つれづれ」も、ある種の擬態・ポーズと見るべきであろう)ことで、『徒然草』という文学史的に特異なテキストを書き進める根拠としたためであると思われる。『徒然草』「第一部」の内容は、兼好固有の思想として即時的に理解されるのではなく、むしろこのような執筆姿勢によって規定されたものとして把握されるべきなのである。以上の内容をまとめた論文を『日本文学』に投稿し、二〇一〇年六月号に掲載されることとなった。『徒然草』は、「書く」という行為の次元において『源氏物語』と密接につながっており、さらに同時代の物語群とも強い関連を有している。同論文は、従来は指摘されることの少なかった古典テキストと『徒然草』との影響関係を解明したことによって、中世文学史の見直しの契機と成り得るものと確信する。また、共著『大学生のための文学レッスン古典編』を上梓し、『徒然草』の文学的性格を広く世に問うことにも貢献した。(733字)
著者
KIKOMBO Andrew Kilinga
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

半導体デバイスの発展は個々の素子の微細化により進められてきた。しかし、素子の寸法が小さくなるにつれて量子効果(通常の回路動作にとっては望ましない影響)が顕著になり、近い将来に微細化の限界が避けられないとも言われている。その一方、量子効果を積極的に利用する研究も盛んに行われる様になり、CMOSに代わる次世代量子デバイスの候補として単電子デバイスが注目を浴びている。単電子デバイスを用いれば、超高集積かつ極低消費電力な集積デバイスの実現が可能である。しかし単電子デバイスの動作は現用のCMOSデバイスと異なるため、CMOSデバイスとは異なる新しい回路構成と信号処理の方法を考える必要がある。本研究では、量子ドットを用いた集積デバイスの一例として、量子ドットの構造的特徴と動作原理を生かした高空間分解能のフォトン位置検出センサの構築を行う。そしてその情報処理方法を画像処理サブ・プロセッサに拡張する。本研究は、フォトンの入射位置を正確に読み取る(空間的に高い分解能をもつ)センサの開発を行うことを目的とする。現在、フォトンの入射位置を検出するためには、Micro-channel plate(以下MCP)が用いられる。MCPの入射面に向かってくるフォトンは光電子増倍チャンネルの内面の伝導層に当たって光電子を発生させる。さらに発生した電子が多くの2次電子を発生させて光信号を増幅する。出力面から出てくる電子を観測することで、フォトンの入射位置を特定することが可能である。MCPの空間的分解能はチャンネルの配列ピッチで決まり、製造プロセス上、10μm前後が限界である。一方で、量子ドット集積体のドットピッチは数十ナノメートルであり、これをセンサとして用いることで空間的に高い分解能を得ることが可能である。そこで、これまで解析した量子デバイスの非線形特性を生かして、フォトンの(入射)位置を正確に検出可能なセンサデバイスを提案する。
著者
田中 規夫 DAS SHAMAL Chandra DAS SHAMAL Chandra
出版者
埼玉大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

バングラデシュ国における側岸侵食の実態と現状で行われている対策方法、堤防被覆に使用可能な植生(草本・木本)を整理した。また、高潮時における被災事例の把握をもとに、堤防や盛土法面を被覆し侵食を防止する植物としてのベチベル草を選定し、水理模型実験の粗度としてモデル化し、堤防を越水する流れに及ぼす草本や低木の効果を定量評価するための実験を行い、せん断力低減効果を評価した。また、側岸侵食防止効果について、高水敷上の水制の長さ・間隔や傾きをパラメータとして、流速低減域と加速域がどのように変化するかについて、水理模型実験を行い、それを表現する数値モデルの開発を行った。さらに、樹木の倒伏限界値の把握に関して、荒川明戸地点・荒川板橋地点・高麗川にて行った樹木引き倒し試験の比較検討を行った。特に、荒川板橋地区にて行った引き倒し試験結果を詳細に解析した.その結果,地上部体積を表すパラメータが転倒限界モーメントMmaxを精度良く表現すること、根茎構造(浅根型,深根型)の相違による根鉢のサイズ(根鉢の表面積および体積)が転倒限界モーメントに大きく影響していること、転倒限界モーメントには地盤の粘着性が大きな影響を与えることなどを明らかにした.樹林帯の高潮減災効果については、数値モデル解析を行い、バングラデシュに存在するマングローブ樹種の効果について、樹林幅・樹種などによる相違を解析した.特に緩勾配条件化では2つの樹種を組み合わせることで高潮に乗っている高波成分の流速の低減には有効であることを示した。