著者
高井 治 APETROAEI NECULAI APETROAEI Neculai
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究では液中での放電現象(ソリューションプラズマ)を利用した金属ナノ粒子(主に銅ナノ粒子)の作製と形状制御を試みた。以下に本年度で得られた具体的成果を示す。(1)作製法ワイヤもしくはロッド電極には銅やタングステンを用い、平板電極に銅を使用した。放電が発生した領域において電極の溶融・蒸発が進行し、誘電液体中、核生成とそれに続く凝縮によりナノ粒子へと変化し液中に分散した。ナノ粒子生成の確認にはTEMを用いた。(2)形状制御誘電液体の種類を変えることで、生成するCuOナノ粒子の形状を制御した。純水中では幅10nm、長さ100nm程の針状構造を確認した。エタノールもしくはエチレングリコール中では銅-炭素合金状を、水-ヒドラジン系では多角形構造やロッド構造の生成を確認した。初期状態の形状は同じだが、最終的には液体自体の特性に因るところが大きいことが分かった。(3)電極表面銅、モリブデン、タングステンなど各種電極の表面形状をSEM観察したところ、放電前後で表面形態が変化していることが分かった。以上より、本年度はソリューションプラズマによるナノ構造制御の基礎的知見を得て、作製プロセスを確立することができた。
著者
飯村 耕介
出版者
埼玉大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

近年,海岸樹林の津波減災効果が注目されており,本研究では樹林モデルの高精度化のためにマングローブ林などの気根を有し,鉛直方向に大きく構造が変化する樹木を対象に,気根層を再現した植生模型を配置して水理模型実験を行い,上下層の密度比がもたらす流速や抵抗力への影響を明らかにした.植生模型は気根層を再現した植生模型(二層林モデル)とそれを鉛直方向に平均した植生模型(一層林モデル)の2ケースで検討した.二層林モデルでは樹高8mのマングローブ林の100分の1縮尺程度を参考に,高さの異なる直径2mmの木製円柱を組み合わせて配置した.下層部分の高さは20mmで円柱の中心間距離は8mm,上層の円柱の中心間距離は24mmとなる.一方,一層林モデルは直径5mmの木製円柱を24mm間隔で配置した.多くの研究,特に樹木抵抗を考慮した解析では,樹木の抵抗は水深積分化されて導入していることが多く,本研究の一層林モデルも二層林を水深積分化して与えている.二層林の下層部分は正三角形配置なので,その投影幅は円柱直径の6倍となり,投影幅を水深方向に平均すると4.5mmとなる.一層林ではこれとほぼ等価の幅を持つように5mm円柱を使用した.植生模型が無い条件に比べて,二層・一層林ともに植生帯前面で反射や堰上げにより最大水位が大きくなり,植生帯の背後で水位が低減した.二層林では下層部分に植生が偏って存在するため,一一層林に比べて植生帯前面での反射・堰上げの効果が小さくなった.二層林の場合は下層部の植生帯の密度が上層部に対して大きく,上層部で流れが加速し,下層部で流速が低下する.上層の流速は下層に比べて最大2.6倍となったが,植生帯全体における平均的な抵抗力は一層林のほうがわずかに大きい.そのため,植生帯前面での反射が大きく,抵抗もわずかに大きい一層林のほうが二層林に比べて背後における低減効果が大きくなることが分かった.
著者
津村 耕司
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

宇宙近赤外線背景放射(CIB)のロケット観測プロジェクトCosmic Infrared Background Experiment(CIBER)を進めている。CIBには銀河や星などの既知の天体からの寄与だけでは説明できない超過成分が存在し、第一世代天体の寄与が示唆されている。CIBERでは、液体窒素冷却された4本の専用望遠鏡をロケットに搭載し、大気圏外からCIBの絶対スペクトルや空間的ゆらぎを観測し、初期宇宙における星形成の様子を明らかにする。2009年2月25日にCIBERの第1回のロケット観測は無事に実施され、良好なデータを得ることが出来た。CIBER搭載光学系Low Resolution Spectrometer(LRS)で得られた空のスペクトルを解析した結果、黄道光のスペクトル中に今まで予期されていなかった吸収帯が900nm辺りに見つかった。この黄道光スペクトルを詳しく解析した結果、黄道光を担う近地球の惑星間塵は、小惑星帯に分布するS型小惑星起因であると結論した。惑星間塵の起源については、小惑星起源か彗星起源かという論争が長く続いているが、今回の結果は、この論争の解決に大きく貢献する非常に重要な発見であると思われる。CIBERは観測後に装置を回収して複数回の観測を行う計画となっており、第2回の打上げ観測は2010年6月の予定である。そこで回収された観測装置を第2回フライトに向けて改修・再調整も行った。特に第1回の観測結果から検出された迷光対策のため、LRSの既存のバッフルおよび迷光対策のために改造された新たなバッフルの性能比較評価実験およびその解析をすすめてきた。そのような仕事の結果、改造をほどこした第2回のフライトでは迷光成分は10分の1以下になることが期待できるとの結果が得られ、想定されている精度の観測が達成可能であるという結果が得られた。
著者
福西 悠一
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

1.マダイとクロダイにおける天然稚魚と飼育稚魚の黒色素胞の違い昨年度、マダイとクロダイにおいて天然稚魚と飼育稚魚の紫外線耐性を比較したところ、マダイでは両者の間に差はみられなかったが、クロダイは、飼育魚よりも天然魚の方が紫外線耐性が高いことが明らかになった。そこで、本年度は紫外線耐性に差が生じるメカニズムを明らかにするために、紫外線を吸収するメラニンを主成分とする黒色素胞の密度を天然魚と飼育魚で調べ、比較した。その結果、黒色素胞の密度は、マダイでは両者の間に差がなかったのに対し、クロダイでは天然魚の方が飼育魚よりも高いことがわかった。したがって、クロダイは、天然海域において後天的に黒色素胞を増加させることで、紫外線の強い浅い海域に適応していることが示唆された。2.3目6種(マダイ・クロダイ、ホシガレイ・ババガレイ、クサフグ・トラフグ)の黒色素胞の発達過程と紫外線耐性との関連昨年度は、紫外線耐性の個体発生を3目6種で調べ、近縁種間で比較した。その結果、紫外線耐性は生息域の紫外線レベルを反映しており、浅い所に棲息する種や発育段階ほど高い紫外線耐性を持つことが明らかになった。本年度は上記6種の黒色素胞の発達過程を調べ、紫外線耐性と黒色素胞との関連を探った。その結果、紫外線耐性の強いクロダイはマダイよりも頭部や腹部に多く黒色素胞を持つことがわかった。また、ホシガレイの紫外線耐性の個体発生は黒色素胞密度の発達と密接に対応していた。さらに、波打ち際に分布するクサフグの仔魚は頭部の黒色素胞が発達しているのに対し、深場に分布するトラフグの仔魚は黒色素胞がクサフグよりも少ないことがわかった。これまで海産魚類の黒色素胞の生態学的な意義としては、背景への隠蔽色としての働き等が考えられて来た。本年度の一連の結果より、黒色素胞は、紫外線への適応という役割もあることが示唆された。
著者
中山 知紀
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は,液体水素-超電導機器の複合化によって,クリーンで高効率にエネルギーを利用できるマイクログリッドの実現可能性を示すことである。本研究によって,地球環境問題やエネルギー資源の枯渇の問題を解決できる水素-超電導社会の実現を促すことができる。このために,太陽光発電や風力発電などの再生可能であるが変動が大きな自然エネルギー源からの電力を有効に貯蔵・再利用するための水素貯蔵や超電導磁気エネルギー貯蔵装置(SMES),燃料電池(FC)による発電,一般電力機器,水素製造機,およびパイプラインによる液体水素輸送,超電導直流送電などからなるシステムモデルを作成した,作成したマイクログリッドモデルにおいて,高品質な電力供給が可能であることが分かった。さらに,省エネルギーが期待される液体水素と超電導によってエネルギーを輸送する,液体水素-超電導ハイブリッドエネルギー輸送システムを提案した。FCによる電力換算500MW相当の液体水素と2.7GW超電導ケーブルの複合エネルギー輸送システムを設計し,総合損失を求めた。検討の結果,ハイブリッドエネルギー輸送システムは,従来のCVケーブルよりも損失を低減できる可能性を示した。また,貯蔵性のエネルギー源である液体水素とFCの組み合わせにより,電力需要のピークが送電容量を超える際に,4時間程度,最大2倍程度のピーク電力を補償できることが分かった。また,変動の大きな自然エネルギー発電源からの電力を平滑化するためには何らかのエネルギー補償装置が必要だが,高効率・高応答性を持つSMESだが,初期設置コストが高価であるため,コストを低減することは重要である。本研究では,SMES容量を低減するための手法としてカルマンフィルタによる電力変動予測を行い,電力の変動成分を適切に分解しFCとSMESに分担させることでSMES容量を低減させることに成功した。
著者
斉 光
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

報告者は,平成21年度に実施した研究成果は以下のとおりである。(1)2009年6月20日~25日,北京市にある中央民族大学歴史学部・モンゴル学部を訪問した。(2)6月26日~29日,甘粛省夏河市に所在するゲルク派チベット仏教寺院ラブラン寺に赴き,該寺院が保管している清代青海ホシュート部右翼の有力王公チャガン=ダンジンと彼の子孫・王妃らのお墓,ダライ=ラマが授与した印章,遺物などを調査した。(3)6月30日~7月4日、青海省海南チベット族自治州河南モンゴル族自治県〓案館に行って、清代青海ホシュート部に関連する史料,及び右翼の右力者チャガン=ダンジンと彼の子孫らが使用していたダライ=ラマ授与の印章を収集した。また、河南モンゴル族自治県地方誌を購入した。該自治県は、清代では青海ホシュート部右翼4旗の領地であり,その首長層はほとんどチャガン=ダンジン一族であった。該旗における現地調査から、清朝と青海ホシュート部右翼間の境界線が非常に近くて、康煕・雍正年間において、清朝の軍事牽制策が容易に施行できる状況であったことが明らかになった。(4)7月6日~9日,青海省徳令哈市にある海西モンゴル族・チベット族自治州〓案館に行って,清代青海ホシュート部に関連する〓案史料を収集した。該自治州は清代青海ホシュート部左翼の領地であり,北部のチャイダム盆地ガス地帯はジューン=ガル部に通る軍事的要衝であった。(5)10日,青海湖南部のチャガン=トロガイという地に赴き、清代青海ホシュート部の首長らが会盟して湖神を祭っていた場所を確認した。(5)7月11日~17日,北京にある中国国家図書館善本部・北京大学図書館善太室に赴いて,清代モンゴル年代記・アラシャン=ホシュート旗行政区畫図を収集した。(6)2009年12月9日,筑波大学大学院東洋史研究演習において,博士論文構想発表を行なった。
著者
一色 大悟
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

平成二十年度当初においては『阿毘達磨倶舎論』第二章「根品」の因果論該当箇所のサンスクリット・テクスト再校訂を継続することと、有部系諸文献における縁起説の輪廻論的側面についての検討を行なうことを計画した。『倶舎論』第二章「根品」の因果論該当箇所のサンスクリット・テクスト校訂作業にあたって、まず『倶舎論』関係の和漢撰述・チベット撰述文献の資料収集を継続した。その結果として、存在は確認しつつも入手しえていなかった資料を数点複写の形で得ることができた。また『倶舎論』第四章「業品」、第五章「随眠品」、第九章「破我品」.において議論が関連する箇所、および『倶舎論』に対する反駁書として重要な『阿毘達磨順正理論』の三世実有説(説一切有部の存在論の基礎となる説、一切のものは一切時に存在すると説く)を論ずる箇所の訳注を行い、因果論に関するそれらの内容との比較検討を行なった。結果として「根品」因果論該当箇所のサンスクリット・テクスト校訂は、上記の情報収集に時間を費やす必要があったため、完遂し得なかったものの、精度の高い校訂のための基礎固めを十分に行なうことができた。第二に、縁起説の輪廻論的側面について検討し、『倶舎論』「破我品」における無我説を踏まえつつ、『阿毘達磨識身足論』『阿毘達磨大毘婆沙論』『阿毘達磨順正理論』などの有部系諸文献との比較検討を行なった。また、上記文献において対論者として現れる犢子部の議論については、さらに正量部の『三彌底部論』、及び後代に書かれた諸論書における議論を調査した。
著者
TRENSON Steven (2010) 西山 良平 (2008-2009) TRENSON Steven
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

平成22年度は、醍醐寺の龍神信仰の日本中世の宗教における意義についての研究をまとめる作業をした。本研究の主眼は、醍醐寺の龍神信仰の日本中世の宗教における重要性に光を当てることである。日本宗教史学では11世紀末~12世紀初めに真言密教思想を基層とする日本中世の宗教が確立したとされているが、この真言密教思想の内容と特徴が十分に理解されているとは限らない。というのは、中世の真言宗の神髄が宝珠信仰にあることはすでに先学の研究によって明らかにされたが、この宝珠信仰の内容、そしてその成立と展開については、なお検討する余地が多いのである。しかし、11世紀末~12世紀初めの醍醐寺(真言宗の主要寺院の一つ)では龍神信仰が発達し、その後、その信仰が醍醐寺を中心とする宗教ネットワークの中で広まった。それゆえに、龍神信仰が宝珠信仰と不可分であるので、日本中世の宗教の形成史と有様を解明するために、醍醐寺の龍神信仰とそれと直接にかかわると考えられる諸宗教形態(神道灌頂、玉女信仰、室生山や三輪山の龍神信仰、宇賀弁財天信仰など)について検討することにした。この研究の成果・意義として主に次の点があげられる。(1)真言宗の宝珠信仰(仏舎利と龍神の宝珠との同体説)が、まず真言宗の雨乞儀礼を背景に展開し、その後、醍醐寺の密教の根本教義として伝承されたという点。(2)中世の醍醐寺では、龍とその宝珠が、天地陰陽及び両部曼荼羅(胎蔵と金剛界)を一体化する霊物と見られたが、その化身がほとんど女性の密教の神(仏眼、愛染明王、ダキニ天)であるという点。(3)醍醐寺で葬られていた白河院の中宮賢子が"玉女"(女性として現れる宝珠)として崇敬され、その崇敬が宝珠を女性の神と見る観点を促した可能性。(4)神道・即位灌頂の本尊が宝珠の女性の化身であるという説、(4)醍醐寺の龍神・宝珠信仰が地方の霊場(伊勢神宮室、生山、三輪山)へ伝承され、この信仰こそがこれらの霊場と縁が深い両部神道の基盤となったと考えられる点である。
著者
福岡 万里子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度は、(1)幕末維新期における日独関係の基礎を築いたプロイセン東アジア遠征をテーマとする博士論文の執筆を進め、また(2)ドイツ・オランダにおいて短期の研究調査旅行を実施した。以下、(1)・(2)の具体的内容を略記し、(3)でその意義を述べる。(1)博士論文執筆:プロイセン東アジア遠征は、東アジアとドイツ諸国との間の通商関係樹立のため、プロイセン政府が1860〜62年にかけ日本・中国・シャムへ派遣した外交使節団である。博士論文は、(1)同遠征実施の誘因となった19世紀中期における東アジア・世界情勢の変容過程を明らかにした上で、(2)遠征が幕末動乱期の日本に英・米諸列強に遅れて到来するに当たって生じた諸問題を、マルチ・アーカイヴァルな手法に基づき、実証的に解明することをねらいとしている。この博士論文を構成する章として、本年度は一連の論考を執筆した。学会誌『洋学』17(2008年度)号(査読有・未公刊)への掲載が決定している論文「19世紀中期の東アジアとドイツ諸国」、及び後記「研究成果欄」に記載した、学会発表「日蘭追加条約をめぐる「誤解」に関する考察」は、その成果の一部である。(2)研究調査旅行:年度末にはベルリン・ライデンを計3週間の日程で訪問し、プロイセン枢密文書館、ベルリン国立図書館、ライデン大学図書館等で資料調査・収集を行った。その結果、19世紀中期の日本・東アジア情勢に関する欧米側理解、プロイセン東アジア遠征、及び幕末のオランダ対日政策に関する、一連の貴重な外交一次史料・文献を入手した。オランダでは加えて、幕末日蘭関係史の専門家であるヘルマン・ムースハルト博士を訪問し、研究上の指導を受けた。(3)意義:幕末の日本開国史については、国内的な政治・外交過程分析、及び日米・日英関係史などの観点から、多くの研究が蓄積されてきた。しかしそこでは、遅れた近代化過程の渦中にあったドイツが、プロイセン東アジア遠征によって日本・東アジアの開国過程に遅れて参と与した際、その「遅れ」の故に、どのような特徴的な諸問題に遭遇し、日本開国過程にいかなる影響を及ぼしたのか、といった問題は、全く考慮されてこなかった。本研究の意義は、プロイセン東アジア遠征の実施過程をこのような観点から分析することによって、日本近代化の出発点となった幕末史を、19世紀中期の世界史的潮流の中に置き直そうとする点にある。
著者
稲山 円
出版者
東京外国語大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究は、イランの首都テヘランの宗教実践を事例として、イスラームとジェンダーの関係性を検証するものである。今年度は、前年度に引き続き、女性の性質、役割、義務、位置付けなどに関するペルシャ語の文献の分析、およびイランのジェンダーに関する先行研究の検証を進めた。また、12月下旬から約3週間、イランの首都・テヘランにおいてフィールドワークを実施した。イラン人の家庭に滞在し、日常生活を共にしながら宗教実践への参与観察や、家族の成員らへのインタビューを行った。特に調査の時期は、イランが国教とする12イマーム・シーア派の第3代イマームであるホセインが西暦680年にカルバラーで殺害されたこと哀悼する儀礼が行われるヒジュラ暦モハラム月が始まったところであり、今回のフィールドワークでは、この哀悼儀礼への関与に関して、男女によってどのような違いがあるのかに焦点を当てた。方法としては、モハラム月1目から哀悼儀礼がピークを迎える10日までの間の、滞在先の家族およびその親族の成員の行動について、誰とどこでどのように過ごしたかについてインタビューを行い、記録した。これにより、モハラム月に行われる様々な哀悼儀礼への関与に関して、男女という性別による違いだけでなく、世代による違いもあること、その違いは男性間の方が大きいことが明らかとなった。また、モハラム月の哀悼儀礼と親族間の紐帯が密接に関連していることも明らかとなった。帰国後は、これまでの研究成果をまとめ、博士論文の執筆を進めている。
著者
佐々木 智大
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

1995年兵庫県南部地震では,多数のRC橋脚に甚大な被害が生じたことから,あのような被害が生じた原因の究明,破壊メカニズムおよび現在の基準で設計されたRC橋脚の耐震性を明らかにするため,2007年に1体の,2008年に2体の,2009年に1体のRC橋脚の加震実験が(独)防災科学技術研究所が有する世界最大の震動台実験施設E-Defenseを用いて行われた.4体のうち2体は兵庫県南部地震で甚大な被害を受けた,1970年代の基準で設計された高さ7.5m,直径1.8mのRC橋脚(C1-1およびC1-2橋脚)であり,CH橋脚は橋脚基部での曲げ破壊を,C1-2橋脚は軸方向鉄筋が柱中央部で途中定着されており,橋脚中央部でのせん断破壊を想定した橋脚である.また,残り2体のうち1体は現在の基準で設計された高さ7,5m,直径2mのRC橋脚(C1-5橋脚)であり,最後の1体はポリプロピレン繊維補強セメント系複合材料(PFRCC)を橋脚基部に用いた次世代型RC橋脚(C1-6橋脚)である.本年度はこれらの実験結果を詳細の解析をすするとともに,C1-5およびC1-6橋脚の縮小模型の地震動を模擬した載荷実験を行い,寸法効果の評価を行った.また,C1-6橋脚に生じた軸方向鉄筋の抜け出し量を解析することにより,新材料を用いた場合の軸方向鉄筋の抜け出しの影響を評価した.この結果により,これまでの縮小模型実験の結果に基づき実橋脚の破壊特性を評価するために必要なデータを収集するとともに,PFRCCを用いたRC橋脚によって,構造物の耐震性を大きく向土させることが可能になると期待される.
著者
米田 真弓 (中川 真弓)
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究の柱の一つは、日本中世における願文執筆活動を明らかにすることである。その研究の始発として、中世菅家の礎を築いた菅原為長(1158~1246)に着目した。実用的・幼学書的性格を有するものが多く、作文集・作例集の存在も留意される為長の著作のうち、子孫・後世に影響を与えたと考えられる願文集である『菅芥集』(『続群書類従』所収「願文集」の本来の書名)を取り上げ、各願文を読み解くことによって為長の執筆活動を明らかにし、さらには願主ならびに供養対象者の伝記史料しての位置付けをおこなった。特に書写山円教寺関連の願文に着目し、為長による「性空上人伝」の文献的利用について明らかにして、これを論文にまとめた(「祖師の伝記-菅原為長と性空上人伝-」、阿部泰郎編中世文学と隣接諸学2『中世文学と寺院資料・聖教』竹林舎)。当論文によって、菅原為長の執筆活動だけではなく、中世初期における書写山円教寺の状況の一端が明らかになったと考える。また、研究のもう一つの柱としている寺院調査については、以前より参加している金剛寺科研調査(科研代表者:後藤昭雄氏成城大学)において、仁木夏実氏と共同で同寺所蔵の「無名仏教摘句抄」を閲覧・調査し、解題および影印と翻刻の紹介をおこなった(「金剛寺蔵『無名仏教摘句抄』-解題と影印・翻刻」)。さらに、岡山県倉敷市日差山宝泉寺の所蔵資料調査についても、引き続き現地での調査・検討をおこなった。今後も所蔵者の許可を得て、目録の作成作業を続ける予定である。
著者
西野 正巳
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

イスラーム主義の再定義を行うべく、その代表的イデオローグであるサイイド・クトゥブの思想と、その後継世代の思想を比較検討した。具体的には、1966年のサイイド・クトゥブ処刑後、その思想の継承と普及に努めたとされる実弟ムハンマド・クトゥブの思想を主な研究対象とした。さらにムハンマド・クトゥブの弟子筋とされるオサーマ・ビン・ラーディンらアルカーイダの思想、今日イラクで活動する武装勢力の思想など、9・11事件以降顕在化した新勢力の思想動向も研究対象に加えた。なおクトゥブ兄弟の思想は従来型一次資料である書籍や雑誌の形態で入手可能だが、一方、オサーマ・ビン・ラーディンやイラク武装勢力の思想はビデオテープ、音声テープ、ウェブサイト上のビデオファイルや音声ファイル、電子掲示板への書き込みといった形態で入手することになる。そのため資料収集に際しては、中東諸国の方式に対応したビデオデッキやDVDプレーヤー、アラビア語表示機能を備えたパソコンなどを駆使した。思想分析の結果、現時点までに得られた暫定的結論ないし仮説を述べると、1960年代にサイイド・クトゥブが確立したイスラーム主義思想の基本的枠組みは、おそらく2005年現在に至るまで後継世代にそのまま引き継がれている。即ち、イスラーム法が適用されるイスラーム社会の建設を目指すことが、彼らの思想の根幹をなしている。但しムハンマド・クトゥブのように既にイスラーム法の適用が相当程度進んでいるとされる社会に居住する者と、イラク武装勢力のようにイスラーム法が適用されているとは言い難い社会に居住する者では、自分達の暮らす社会に対する態度が大幅に相違することとなる。即ち、前者は穏健かつ漸進的な社会変革を唱えることが可能な立場にあるが、後者は急進的変革を主張せざるを得ない。その結果、イスラーム世界外部の者の目には、前者と後者が大きく異なる思想に見えることもある。
著者
緒方 裕子
出版者
熊本県立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

黄砂粒子に含まれる鉄成分の海水への溶解性について検討を行った。これまでの研究により、水透析法によって黄砂粒子中のFeが溶解する粒子の存在が確認された。そこで、実際に海水へ沈着した場合の溶解性を調べるために、人工海水を用いて個別粒子におけるFeの溶解性を調べた。純水への溶解性と比較するため、同一黄砂イベント時に採取した黄砂粒子を用いて、海水透析、水透析における溶解性を比較した。走査電子顕微鏡とEDX(エネルギー分散型X線)分析器を用いて個別粒子分析を行い、海水透析法と水透析法を用いて溶解性成分を除去し、透析前後の相対重量比を比較した。その結果、海水、純水の両方において、透析前後でFeの溶解性はほとんど確認されなかった。水透析においてFeの溶解性が確認された粒子と比較した結果、透析前の黄砂粒子の組成が異なっていた。これらの結果から、黄砂粒子に含まれるFeの溶解性について、黄砂イベントごとに異なっている事が示された。Fe溶解性の変化は、(1)長距離輸送過程における硫黄化合物質との混合、(2)黄砂粒子の鉱物組成、(3)黄砂粒子の粒径、(4)黄砂粒子の濃度、などにより異なると考えられる。また、Ca,Mgの溶解性が海水と純水で異なっていた。特にCaは水にほとんど溶解したが、海水には溶解しないものが見られた。海水透析後に含まれていたCaは非水溶性であったことから、これらの相違は海水透析による変化であるといえる。従って、海水透析により黄砂粒子中のCa及びMgにおいて、溶解性が変化することが示唆された。Feについては海水及び純粋の両方でほとんど溶解しなかったことから、今後さらに様々なケースで採取された粒子の溶解性を調べる必要がある。
著者
川田 敬一
出版者
京都産業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2000

(1)新たに調査・収集した国立国会図書館・国立公文書館・宮内庁の資料を利用し、日本国憲法の成立過程における皇室経済関係論議から、天皇の地位や皇室と国家との関係を明らかにした。憲法制定過程の日米交渉で、皇室財産の縮小を最大のねらいとした総司令部に対して、日本側は少しでも皇室に財産を残すための法的根拠を必要とした。特に、皇室の世襲財産の法的性格やそこからの収益、皇室財産の透明性について、活発に議論された。結局、私的な世襲財産のことを明文化せずに、全ての皇室財産を国家に帰属させ、天皇に若干の私的財産を残すことにより、将来に向けて私的財産の蓄積を可能にしたのである。(2)皇室経費は、毎年、国家予算に計上したうえで皇室に支弁されている。そこで、皇室経費と国家財政との関係を明らかにする第一歩として、国家財政の在り方について、法的側面から明確にした。財政は、国民の代表である国会のコントロールを受ける(財政民主主義)ことから、また政教分離との関係からも、国家・国民と皇室との関係を究明するために重要な要素である。(3)君主をめぐる政治と制度の観点から、明治維新から戦後の講和独立までの皇室財産について、従来の研究成果および英国で収集した資料・書籍を利用して考察を深めた。明治20年代までは、伊藤博文が中心となって皇室財産の基礎を構築したのであるが、これは、中央集権国家の構築を目指した新政府が、議会や世論に対抗するという側面もあった。ついで、元老、枢密院、宮内省等が皇室財産を充実させ、それを確固たるものにするために制度化し、優良な土地や証券などを皇室財産とした。しかし、戦後、巨大になった皇室財産は凍結・解体され、現在のように再編された。つまり、天皇の好むと好まざるとに関わらず、皇室財産には政治的な力学が働いたのである。なお、英国王室との比較も試みた。
著者
山本 成生
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本研究は、北フランスのカンブレー大聖堂の聖歌隊を素材として取り上げ、音楽史上「ルネサンス」期と称される15、16世紀の西欧世界における、音楽家の社会的身分のあり方とその組織構造の解明を目的とするものである。昨年度、私は特別研究員奨励費を使用して、上記の教会関連の史料が保存されているフランスのノール県立文書館ならびにカンブレー市立図書館で約一ヶ月間、調査を行った。本年度は、その際デジタル・カメラにて複製した史料の分析を行いつつ、そこで得られた成果を学術論文として発表することに専念した。その結果、計三本の研究成果を得た(以下の記述は裏面の「11.研究発表」に基づく)。最初の論文は、「少年聖歌隊教師」というカンブレー大聖堂の音楽生活において重要な役割を担っていた職務について論じたものであり、在職した人物の活動や就任過程を検討することで、同教会の雇用戦略は15世紀末にひとつの転換を迎えることを明らかにした。二つ目は、研究史上カンブレー大聖堂との密接な関係が指摘されるローマ教皇庁の聖歌隊との人的交流を扱ったものである。そこでは、先行研究によってやや誇張されていた両者の関係に修正を加えつつ、この二つの機関を往来していた音楽家に関して類型化が行われ、前述の研究課題に対する寄与がなされている。そして最後の論文は、こうした研究を行う上での基本的な史料であるものの、それ自体としては看過されてきた聖歌隊の会計記録を財政史的側面より再検討し、聖歌隊の財務構造の変容を追ったものである。前年度ならびに以上の成果から、私はカンブレー大聖堂の聖歌隊の組織構造と当時の音楽家一般の社会的身分に関して、従来の研究ににない新しい見解を提示しつつある。むろん、他の音楽機関の比較検討など、なお課題は多い。今回の特別研究員としての研究期間は本年度をもって終了するが、今後もこの課題に取り組んでゆくつもりである。
著者
米田 令仁
出版者
独立行政法人森林総合研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

熱帯荒廃地の修復をおこなう際、植栽される苗は高温、強光、乾燥に曝されるため、生育が困難である。平成17年度の研究では植栽苗が受けるストレスを軽減させるための遮光物を設計し、マレーシア、クアラルンプール郊外の荒廃裸地において、植生被覆のない裸地とイネ科草原に設置した。遮光物導入によって、植栽苗が受ける各種ストレスを軽減させることができるか、遮光物内外の微気象を測定するとともに苗を植栽し、苗の生理生態特性を比較することで遮光物の導入効果を評価した。微気象観測の結果、遮光物の外に比べ遮光物内では、光強度、温度、水蒸気圧飽差とも低い値を示した。遮光物内に直達光が当たる時間帯では光強度の値が外部とほぼ同じ値を示したが、温度、水蒸気圧飽差の値は外部ほど急激に上昇しなかった。遮光物内の温度、水蒸気圧飽差の値は苗の生育に最適な値ではなかったが、外部の生育に厳しい気象条件より緩和されていた。平均苗高約54cmのDyera costulata(Miq.)Hook.f.(キョウチクトウ科)を遮光物内と外に植栽し、今回設計した遮光物の導入効果をD.costulataの葉の光合成反応から評価した。植栽前と植栽2週間後に、葉の光飽和光合成速度(Pn_<max>)と光阻害の指標となる夜明け前のFv/Fm値を測定した。Pn<max>は午前と午後に測定した。植栽後のPn_<max>は、植栽前に比べ全調査区で低下傾向にあった。植栽2週間後では、午前中のPn<max>が処理区間で明瞭な差がなかったが、午後に遮光物のない調査区で大きく低下した。光合成速度の低下は、高い葉-大気水蒸気圧差(VPD<leaf>)による気孔開度の低下が原因であると考えられた。Fv/Fmの値は、遮光物下では0.7前後と高い値を示したが、全天の調査区では0.5以下の値を示し、乾燥や強光によって葉の光合成系IIが慢性的な光阻害を受けていることが明らかになった。以上の結果から、遮光物を熱帯の裸地に導入することにより、全天条件下に植栽した場合に苗が受ける光合成低下と慢性的な光阻害を緩和する効果があることが明らかになった。
著者
小塚 裕介
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究は酸化物薄膜のバルクにはない構造制御性を利用し、酸化物ヘテロ構造中に非自明な電子的・磁気的構造を実現し磁気輸送特性を用いてその起源を解明することである。本年度は、チタン酸ストロンチウム単結晶基板上にパルスレーザー堆積法を用いて二次元界面を作製し、界面での伝導特性を評価した。特に高磁場での磁気抵抗に注目し界面での電子の量子伝導性に注目した。まず、ドープされていないチタン酸ストロンチウム上に電子ドープチタン酸ストロンチウム薄膜を堆積し、最後にキャップ層としてドープされていないチタン酸ストロンチウムを堆積させた。この構造に対し電気抵抗の温度依存性を測定すると、非常に良い金属伝導を示し、さらに0.3K付近において超伝導を観測した。超伝導臨界磁場測定を行うことにより、ドープ層の厚さを変化させると、超伝導が二次元から三次元に転移していることがわかった。次に、高磁場を印加し磁気抵抗を測定すると、量子伝導を示唆するシュブニコフ・ドハース振動を観測された。さらに、試料を磁場に対して回転させてシュブニコフ・ドハース振動を測定すると、その周期は磁場の試料に垂直成分のみに依存しフェルミ面が二次元的であることを示している。このように超伝導を示す物質でその常伝導状態が高移動度二次元フェルミ面から成っている物質の観測は初めてである。以上の結果は、酸化物の多彩な物性を組み合わせてヘテロ構造を作製することによって可能となった。今回の成果は酸化物におけるメゾスコピック系という新しい分野の先駆的研究である。
著者
丸尾 猛 FERNANDEZ J. L.
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

子宮筋腫や子宮腺筋症に伴う過多月経の長期管理では、LNg-IUDを子宮腔内に装着すると定常的な黄体ホルモン様作用により子宮内膜の分泌腺と間質の増殖能抑制とアポトーシス誘導が惹起され子宮内膜は強く萎縮、菲薄化して月経時出血量の著明な減少をみる。しかし、LNg-IUD装着後3ヶ月間は少量の不規則な出血(spotting)が出現し、同IUD使用時の臨床的問題となっている。そこで本年度の研究では、子宮筋腫や子宮腺筋症に伴う過多月経患者を対象に、LNg-IUD装着前ならびに装着3ヶ月後に採取した子宮内膜における血管新生関連因子(VEGF、アドレノメヂュリン等)発現を免疫組織学的に検討した。VEGFに関しては、LNg-IUD装着前には子宮内膜腺ならびに間質にその強い発現が観察されたが、LNg-IUD装着3ヶ月後にはその発現は大きく減弱した。一方、アドレノメヂュリンはLNg-IUD装着前には子宮内膜にその発現は観察されなかったが、LNg-IUD装着3ヶ月後には、その発現は子宮内膜腺ならびに間質において増強していた。このことから、LNg-IUD装着後3ヶ月間の少量の不規則な出血(spotting)はLNgによるアドレノメヂュリン発現の亢進によると推察された。甲状腺機能低下症ではしばしば流産を伴う。受精卵の着床に際しては絨毛外トロホブラスト(EVT)が重要な役割を果たすことから、甲状腺ホルモンがEVT機能発現に及ぼす影響を検討した。これまでにEVT培養細胞系を確立、EVTに甲状腺ホルモン受容体が存在し、甲状腺ホルモンが培養EVTのFas/FasL、caspase-3、PARP、Bax、Bcl-2蛋白発現調節を介してEVTのアポトーシス発現を抑制することを明らかにした。
著者
片岡 大右
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

19世紀末の象徴主義運動から20世紀初頭の古典主義復興運動を経て1930年代に至るまでの文学状況を、当時の政治状況との絡み合いの中で把握する作業に取り組んだ。文学作品、批評、時事的文章を初めとする多様な文献を渉猟し、基本的な流れを再構成するとともに、注目に値する諸々のテクストの精緻な分析を心掛けながら。また前世紀末のフリードリヒ・ニーチェの仕事がフランスにおいて経験することとなった奇妙な運命にも注目した。公表された業績としては、第一に、日本フランス語フランス文学会秋季大会(於岩手大学)における学会発表「隠遁者、野生人、蛮人--シャトーブリアン『歴史研究』におけるギボンの活用」がある。本研究において重要な位置を占めるこのフランス作家は、19世紀的な文学的感受性の嚆矢とみなしうる。ここではその点が、上記三つの形象が彼の作品において果たす役割に即して論じられた。第二に、『人文学報』第98号に掲載の「「野生」の観念とその両義性--モンテーニュからシャトーブリアンまで」がある。こちらでは、同様の問題関心に立ちつつも、「野生人」あるいはその前提となる「野生的なもの」の観念それ自体に分析対象を絞りつつ、より広い歴史的パースペクティヴを獲得することが目指された。いずれの研究においても基底に横たわるのは、19世紀において勝ち誇ることとなる市民社会=文明に対する異質性の意識が、古典主義とロマン主義をめぐる議論の中でどのように表現されていたか、この点を究明しようとの意図にほかならない。