著者
廣瀬 慧
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

今年度は,まず,因子分析の変数選択に関する研究を行った.因子分析モデルにおける変数選択は,例えば,社会科学,心理学の分野では,アンケート調査でどのアンケート項目に基づいて分析を行うのがよいかを決めるために必要となる.また,ライフサイエンスの分野では,数万の遺伝子の中からどの遺伝子が癌などの病気の原因となるのかを発見する際に重要な役割を果たす.そこで,L_1型正則化推定法に基づいた新たな変数選択法を提案した.因子分析モデルでは,各変数に対応する因子負荷量が複数あるため,通常のlasso推定法にあるような,係数1つ1つに対してスパースな解を導く罰則項を適用すると,適切に変数選択を行うことができない.そこで,複数のパラメータをグループとみなし,グループごとに変数選択を行うGroup Lassoを導入した.提案したモデリング手法をKendall(1980,Multivariate Analysis(2nd. ed.)Charles Griffin)の求人データに適用し,観測変数の背後に潜む因子を明らかにした.構造方程式は,分析者が観測される多変量データの複雑な因果構造に関する仮説を立て,その仮説から現象の因果を検証することを目的とする多変量解析手法で,心理学,社会科学生物学や医学など諸科学の様々な分野で応用されている.このモデルに含まれるパラメータを最尤法で推定すると,推定が不安定となりやすく,特に誤差分散の推定値が負となる不適解問題が発生することがあり,解決すべき重要な問題として知られている.この問題に対処するために,ベイズアプローチに基づくモデルの推定を行った.パラメータの事前分布として,Akaike(1987, Psychometrika, 52, 317-332.)の事前分布に基づいて,新たな事前分布を提案した.さらに,事前分布に含まれるハイパーパラメータの値を選択するために,モデル評価基準を導出した.提案した一連のモデリング手法を個人消費低迷の原因についての因果分析の実データに適用し,その特徴と有効性を検証した.
著者
横山 淳
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

1.背景我々の長期的な研究目標は,近年提案された第一原理手法である細胞動力学理論を人体の臓器器官に応用し,臓器の形態形成メカニズムや細胞の集団戦略を理論的に解明することである.特に,糖尿病との関連から実験的知見が豊富である膵臓細胞の組織形成をターゲットとする.その為にまず,細胞内エネルギーが一定に保たれるメカニズムを解明し,堅牢なエネルギー論に基づいたミトコンドリアのモデルを構築する.次に組織形成に向けた細胞間相互作用を担う情報伝達物資の,膵臓細胞における分泌・受容機構のモデル化を行う.2.結果(1)ミトコンドリアが細胞内ATP濃度を一定に保つメカニズムの有力な仮説のひとつであった"feedback control theory"は,激しく変わるATP需要に十分に耐えられないことが近年の理論研究から示されている.そこで我々はATP-ADP交換体の熱力学的平衡により細胞内ATP濃度が一定に保たれるという新しい仮設を提唱した.本仮説に基づいたモデルは,100倍以上変化するATP消費速度においてもATP濃度が一定に保たれ,かつミトコンドリア数の変動に対してもロバストであることが理論研究から認められた.本論文はJournal of Theoretical Biologyに投稿され,現在審査中である.(2)膵臓細胞の情報伝達物質の分泌・受容機構のモデル化として,フィックの法則を細胞膜の境界条件に応用した情報伝達物質分泌の新しい空間モデルを構築した.本モデルをテストケースとしてGnRH分泌細胞に応用したところ,情報伝達物質の拡散性が小さい方がより遠くまで情報を伝達できるという画期的な現象を発見した.これは拡散性が小さい程,分泌細胞の近くに情報伝達物質が滞留し,より細胞発火の閾値に近い状態を維持する為,僅かしか情報達物質が伝わらなくても細胞の発火を引き起こす為に起こる.本研究成果によりSociety for Mathematical Biologyからポスター賞が授与された.
著者
平松 亜衣子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は、現代クウェートにおけるイスラーム復興運動について、政治的領域だけでなく経済・社会的領域における影響について検討しようとするものである。本年度は、まず5月に開催された日本中東学会年次大会において、「現代クウェート議会における投資のイスラーム適格性をめぐる議論」と題する研究報告を行った。本発表では、クウェートの金融部門においてイスラーム的な規範を重視しようとする動きが観察されることについて、クウェートの政府系ファンドであるクウェート投資庁の投資活動に関するクウェート国民議会の議論を材料に明らかにした。本発表では、近年膨大な石油収入を獲得している他の湾岸アラブ産油国においても類似の潮流があることを念頭におきつつ、クウェートの事例を紹介した。また、湾岸アラブ産油国の政府系ファンドについては、近年大きな関心が寄せられるようになっているものの、その実態について分析した研究がなされてこなかった。本研究はこの研究上の空白を埋めるという点においても意義がある。次に、7月に実施した現地調査では、議会におけるクウェート国民議論の全貌が記された議事録を入手した。また、調査対象であるイスラーム主義系の国会議員へのインタビューのほか、クウェートの政府系ファンドであるクウェート投資庁では同庁幹部へのインタビューおよび資料収集を行うことができた。現地調査で収集した資料をもとに、9月に中国・北京で開催された、日本・中国・韓国・モンゴルの中東学会に属する研究者が一同に会する国際会議であるアジア中東連合において、"Overseas Investments and "Shari'a Compliance" in the Arab Gulf Countries : A Case of Study on Kuwait Investment Authority"と題する研究報告を行った。そこでは、四力国を代表する中東専門家たちからコメントを受けた。それらをふまえて、10月に開催された国際ワークショップ"Technology, Economics and Political Transformation in the Middle East and Asia"において、"Where should Kuwait's Oil Wealth Be Invested?-Islamists' Demands in Kuwaiti National Assembly"と題する報告を行った。上記3つの研究報告をもとに、12月には『日本中東学会年報』に「現代クウェートにおける政府系ファンドと投資のイスラーム適格性」と題するペーパーを提出、査読審査のうえで掲載が決定した。2月には、チュニジアやエジプトで民主化への革命が連鎖的に生じたことから、『中東・イスラーム諸国民主化ハンドブック』が商業出版されることになり、同書の「クウェート」の章を執筆した。
著者
池田 華子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

他者の運動が自身の運動に及ぼす影響を調査するために、他者の運動の観察による印象評定についての研究を更に進めた。更に複数の他者の動作を知覚する際の視覚的特性を検討した。平成23年度の本研究員の成果は以下の通りである。(1)受け渡し動作における丁寧さの評定:本研究では人が物体を他者に渡す際の渡し方について、丁寧さの印象に関わる要因について検討し、特に受け手の性別による違いについての影響を分析することを試みた。被験者は渡し手が丁寧に物体を差し出す場合と普通に物体を差し出す場合のビデオ映像を観察し、各動作について印象評定項目に回答した。印象評定項目得点の分析の結果、受け渡し動作について丁寧さの印象を判断するために男性は女性に比べると運動の特性や機能的側面により敏感で、女性ではその魅力といった対人的な特性を重視する傾向にあった。この成果は今年度開催の国際学会KEER2012において発表され、発表内容は同学会論文誌に掲載される予定である。(2)他者の歩行方向判断における周囲の人間の動作の影響の検討:集団の中で特定の他者の運動を特定する際の知覚の特性について、周辺視野で複数の物体が固まって提示されると個々の物体の同定が困難になるというクラウディング効果を利用して研究を行った。実験では歩行している人間の関節運動情報のみから構成されたバイオロジカルモーション(BM)刺激を複数体、周辺視野で観察させ、その中の1体の歩行方向を判断させた。その結果、観察者はターゲットの歩行方向を正しく回答することが困難になった。更に、ターゲットとなるBMの歩行方向の回答は、近接する妨害BM刺激の歩行方向の影響を受けた。以上から、人が他者の動作を認識する時には対象に近接する人間の動作から妨害を受けかつ動作の影響をも受けるということが示唆された。この成果は今年度開催の国際学会ECVP2012において発表される予定である。
著者
門田 有希
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

<具体的な研究内容>イネは2004年に日本晴の全ゲノム塩基配列が解読され、遺伝子の同定および機能解析が盛んに進められている。近年は、次世代シークエンサーを用いた比較ゲノム解析により、コシヒカリおよび雄町と日本晴との間において、それぞれ約67,000箇所、約130,000箇所の一塩基多型(SNP)が同定された。しかし、短いリードをReference genomeにマッピングし、小さな変異を同定する手法では、欠失、挿入、逆位等、大きな構造変異を同定することはできない。そこで本研究では、銀坊主のゲノム配列を高い精度で解読、新規コンティグを用いた比較ゲノム解析により、多様なゲノム構造変異についても明らかにした。イネ品種銀坊主を用いて、二種類のライブラリー(500bpのPair endlibrary、3kbのMate pair library)を作成、Hiseq2000によりシークエンス解析を行った。得られた配列を、日本晴ゲノム配列にマッピングした後、123,299か所のSNP、43,480箇所の短い欠失および挿入を同定した。さらに、複数のソフトウェアを組み合わせ、数100bpから数100kb以上に及ぶ大きな構造変異を1500箇所以上同定した。その後、銀坊主の新規コンティグを作成し、マッピング解析により得られた構造変異の妥当性を検証した。確認された構造変異の70%は、転移因子配列の切り出しもしくは挿入によるものであり、転移因子を介して生じたと思われる逆位も複数存在した。<意義および重要性>今回の研究結果から、イネ近縁品種間において大規模なゲノム構造変異が多数存在していること、並びに、このような構造変異に転移因子が密接に関与することを明らかにした。これは、自殖性作物であり遺伝的均一性の高いイネにおいて、転移因子を介したダイナミックなゲノム進化が短期間に進行することを示す重要な成果である。
著者
鎌原 勇太
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

最終年度である本年度は、新たな民主主義指標を作成するという研究課題に基づき、研究実施計画三年目に沿って、民主主義指標を作成した。1.昨年度に引き続き、民主主義の構成要素についてデータ収集を行った。本研究の民主主義指標を構成する要素の一つである予算審議日数は、これまで体系的に収集されてこなかった独自のものであり、資料的に非常に価値のあるものであると考えられる。また、収集したデータを合成した民主主義指標を作成し、国際比較を行った結果、既存の指標では区別できなかった民主主義国間の民主主義の程度の違いを明らかした。さらに、本指標を用いて、民主主義と経済成長との間の関係について暫定的な計量分析を行った結果、それらの間には負の関係があることが明らかとなった。2.研究発表:平成21年度に行った既存の民主主義指標のレビューに関して、「民主主義指標の現状と課題」と題した論文として刊行した。また、民主主義指標め利用に関して方法論的に考察した研究を日韓学術交流シンポジウムで報告した。そして、公共選択論をテーマとする研究誌『公共選択の研究』に、「民主主義指標と『プラグマティック・アプローチ』」として刊行した。さらに、本研究で作成した民主主義指標に関する研究成果の一部については、アメリカで行われたMidwest Political Science Associationの研究大会や日本政治学会の研究大会、そして国際シンポジウムで報告した。3.本研究の研究成果と意義:(1)従来の研究が見逃してきた民主主義の新たな構成要素の発見、(2)民主主義指標の方法論の発展、(3)新たな民主主義指標の作成、(4)民主主義の効果測定、が挙げられ、本研究分野に大きく寄与したと考えられる。
著者
安西 眞 ARTIMOVA J. ARTIMOVA Josefa
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

アルティモヴァ博士の研究目的は、全体として、新約聖書が成立した文化的背景と、現在、スロヴァキアで試みられている新約聖書のスロヴァキア語訳の背景となっている文化との差異をどのような方法で明らかにし、また、それを翻訳にどのように生かすかについての、研究である。文献学的であると同時に、文化接触研究でもあるという境界的な研究であるといえる。今回の外国人特別研究員としての北大文学研究科での研究は、すなわち、科学研究費の支援を受けてのものである研究は、近代日本がその聖書翻訳史の中でその問題をどのように取り組んで来たかを、理解することが主たる目的であったと言える。北大の学生たちと、聖書の日本語訳や、英語訳をつうじての勉強会を主催しつつ、日本語訳や、日本文化と古代地中海文化との差異の問題を理解し、日本語訳が抱えている問題を知り、かつ、そこで得た知識を自分の本来の研究の目的である、スロヴァキア語訳聖書の向上のために使おうとする、きわめて特異な試みであったと言える。日本語は欧州の言葉を基盤とする研究者にとって、それが言語の専門家であってもそれほど修得が容易な言語とは言えないので、成果はそれほど短時日で、直接の形で、現れることが期待はできないが、長い目で、かつ、彼女のスロヴァキア本国における研究成果の全体の中で、必ずや、この2年間の科学研究費補助金による研究が、間接的であろうとも、現れることを期待したい。
著者
森本 淳平
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

申請者は、生体の翻訳の機能で炭素-炭素結合を形成させることで、多様な構造を有するライブラリの構築およびスクリーニングをmRNAディスプレイ法によって可能とすることを目指した。初年度の前半でこの研究を追求したが達成には至らなかったため、側鎖に特殊な構造を有するアミノ酸が導入されたペプチドライブラリを構築・スクリーニングする、という研究へと方向転換し、初年度の後半および第2年度の研究を通してこれを達成した。本年度は、前年度の研究で得られたヒト脱アセチル化酵素SIRT2の阻害ペプチドをさらに深く評価する研究を行った。まず、SIRT2阻害ペプチドS2iL8およびS2iD7のいくつかの変異型を合成してSIRT2への結合能および阻害能を評価することで、これらペプチドの強力な結合能の構造的基盤を明らかとした。この結果は学術誌へ論文投稿し掲載された。また、本研究の基盤技術となるフレキシザイムというリボザイムについての総説も学術誌に掲載された。また、阻害ペプチドの分子構造の徹底的な改造を行なうことによって、IK^<Tac>TY(K^<Tac>=チオアセチルリシン)というペプチドを創出し、10μMで細胞内のSIRT1を阻害し、p53のアセチル化レベルを亢進させることに成功した。この成果は現在論文投稿準備中である。さらに、東京大学の濡木研究室との共同研究を通してSIRT2阻害ペプチS2iL5とSIRT2との共結晶構造の解明にも成功した。この結果から、in vitroでの活性評価の結果を裏付けるデータだけでなく、SIRT2の基質特異性に関わるような新たな知見も得られた。これら結晶構造解析の成果についても、現在論文投稿準備中である。このように、本年度の研究を通して、一報の論文掲載とさらに二報分の論文の研究成果をあげた。三年間の研究を通じて、当初の目的であった炭素-炭素結合を形成することはできなかったものの、特殊なペプチドライブラリの構築およびスクリーニング技術の発展に貢献し、興味深い構造を有する強力な阻害剤の獲得に成功した。
著者
塚原 伸治
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は、老舗の生成・持続について分析することで、商家の存続の仕組みを、家の内部だけではなく世間という外部との関係性のなかで明らかにすることにある。具体的な作業としては、千葉県香取市、福岡県柳川市、および滋賀県近江八幡市という伝統的都市において、自営業者に対する聞き取り調査および資料調査を中心としたフィールドワークを実施した。フィールドワークにおいて得られたデータをもとにした商慣行および経営戦略の分析から「信用」を生みだす商いの形態を明らかにし、町内や近隣、マチの人びととの関係のありかたから家格維持の方法および、家の連続性を示す方法を明らかにした。その結果、商家が家/店の評価を操作することで安定的な評価を得るための戦略を選んできたこと、また、その評価は社会的な価値体系に基づいた土着的なものであることを明らかにした。一方で、その価値体系は商家の経営戦略にとって桎梏となり、自由な選択の幅を狭めてしまう傾向にあるような事例についても明らかにした。このことで、家業経営という面から事象を扱ってこなかった民俗学の経済研究における新たな領域を開拓し、そのための基礎的なモデルを提示した。地域社会の論理を重視して対象を扱うという民俗学の特徴を生かして家業経営者を理解することで、民俗学が当該分野の研究に参画する意義が明らかになった。その成果の一部は、学術論文(2011「豪商の衰退と年齢組織の成立」『史境』第62号)や学会発表などにおいて発表された。
著者
吉川 左紀子 NORASAKKUNKIT V. NORASAKKUNKIT Vinai
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

昨年度は、ひきこもりの家族関係の役割とメンタルヘルスの状態を調査するためにニート、ひきこもり、そして京都大学の学生を対象に質問紙データの収集を行った。ひきこもりと京都大学の学生のデータには彼等の両親のデータも含まれていた。このデータとそれに関連する調査結果は2010年6月29日に行われた京都大学こころの未来研究センター研究会にて口頭発表、2010年12月18日に行われた京都大学こころの未来研究センター研究報告会2010にてポスター発表を行った。それに加えて、影響力のある査読付き論文集であるJournal of Social Issuesのグローバライゼーションにおける心理学という特別号にニートにおける動機づけのパターンに関する研究についての論文を執筆した。また、収集したデータについて3つの国際学会、7つの国内での会合、5つの招待講演において発表した。現在は、ニートの日本の標準の行動パターンからの逸脱傾向における文化価値の役割について追従、帰属、そして社会的サポートからの知見を検討する実験の準備中である。また、現在社会的不安に関して京都大学こころの未来研究センター内田由紀子准教授と、ミシガン大学心理学部北山忍教授と論文を共同執筆し、その論文はJournal of Cross-Cultural Psychologyに掲載されることが決まっている。
著者
中山 幹康 RARIEYA Marie RARIEYA Marie Jocelyn
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

研究課題「持続的な開発と福祉に向けて:複合農業経営の新たな枠組み」の事例研究地域である西部ケニアのヴィクトリア湖流域に於いて,現地調査を実施すると共に,現地の関係機関を訪問し,情報を収集した.西部ケニアでは,従来観察されていた「大雨期」と「小雨期」のうち,近年では,本来は「小雨期」に該当する時期においても降雨が殆ど観察されないなど,気象の変化が観察されている.当該地域の農民は,そのような変化に対応すべく,各種の自助努力を試みている.人間の安全保障の観点からは,収入源を多様化し,特定の農業セクターあるいは作物に依存することに起因するリスクを軽減することが,賢明な対応と考えられる.そのために,当該地域における複合農業経営を推進し,気象状況の変化に適合し,リスクの低減を図ることが重要な課題になっている.設定した3つの事例地域(Vihiga District, Siaya District, Kisumu West District)において,土壌流出,害虫の蔓延,植物病虫害などの自然環境の悪化に加えて,資金提供メカニズムの欠如,市場へのアクセスの困難,インフラ整備の不足,情報へのアクセス不足などの社会的な条件が,気象条件の変化を克服し,円滑な農業経営を維持する上での障害となっていることが判明した.これらの制約要因には,農民の自助努力で克服可能な事柄も含まれるが,地方政府や中央政府による行政的な対応,あるいは国際社会による助力がその克服には不可欠な項目も少なからず存在し,従来的な「閉じた社会」の枠組みでは解決は困難であることが示唆された.
著者
藤岡 悠一郎
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は、南部アフリカに広がるモパネ植生帯における人間-環境系の持続性を気候変動、植生の動態、地域社会の脆弱性という3つの視点から検討することを目的としている。研究実施計画では、最終年にあたる2011年度には、アンゴラ、ナミビアの農村において、一か月程度の補足調査を実施すること、調査結果の総合分析を行うことを予定していた。当該年度には、研究対象国であるナミビアおよびアンゴラにおいて2011年12月からのべ3か月間滞在し、現地調査を実施した。ナミビアでは、調査村において前年度雨季の大雨洪水イベントの影響と人々の対処方法を明らかにした。2009年度、2010年度のデータをあわせ、計3か年分の大雨洪水イベントに関するデータを取得することができ、長期的な人間-環境系の動態を考える上で貴重な情報となった。また、村の植物利用に関する集中的な聞き取り調査を実施し、植生動態に関する人間活動の影響を明らかにした。アンゴラにおいては、西部を中心に南部から北部まで広域調査を実施し、地図上で選定した数ヶ村において植生の移行形態や農業の実態、洪水旱魃の状況に関する調査を実施した。この調査により、ナミビアからアンゴラにかけて広がる湿地帯の全体像が明らかになり、調査地の位置づけがより鮮明になった。また、アンゴラでは内戦の影響で基礎調査がほとんど実施されていないため、貴重なデータになると考えられる。研究内容の一部は、2011年5月の日本アフリカ学会、2012年3月の日本地理学会において発表を行った。
著者
森元 庸介
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

史料整理に注力した前2年度の成果に立脚し、今年度は、近世決疑論における藝術の位置づけについて、総括的な考察をおこなうことを主眼とした。その内容と意義は以下のごとくまとめられる。(1)藝術に対する寛解主義と厳格主義の対立は、一義的には道徳上の対立である。だが、この対立は、美学的な見地からするならば、作品を非実効的であるがゆえに安全とみなす「弱い」藝術観と、実効的であるがゆえに危険とみなす「強い」藝術観の対立として翻案される。(2)とりわけ前者、換言するなら藝術を形式主義的な相のもとで理解する態度について、思想史の通念は、それをもっぱら18世紀以降に成立したものとみなしてきたが、16-17世紀に全盛期を仰えた決疑論について精査することで、西洋における藝術観の変遷をめぐる時間的な見取りを再検討する必要を明らかにした。また、一般的には、上記の対立は、理念的には作品の間然することなき理解を前提する検閲という営為の逆説について再考をうながすと同時に、翻っては、表現の自由、さらには思想の自由が抱える消極性について一定の光を投げかけることにもなった。(3)また、本研究は、決疑論が依拠した法学的コーパス(主として教会法の領域)をつうじて、藝術の問題を法制史の文脈に位置づける道筋を実証的に示すとともに、中世に成立した法文書群の近世における持続的な効果を裏づけた点でも意義を有している。前2年の成果と併せ、以上の内容を、学会発表2点をつうじて公表した。
著者
花澤 麻美
出版者
千葉大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

今年度は下記の研究成果が得られた。(1)骨髄中の抗原提示細胞の動態抗原標識した抗原をマウスに投与することで、生体内における抗原の可視化に成功した。抗原は二次応答時にのみ骨髄に選択的に集積し、その中で血管周囲に付着するものと骨髄内に散在するものの二種類が観察された。免疫を行ったマウスの血清を新たなマウスに移入する実験により、血管周囲への抗原の付着は抗体を介して行われることが示唆された。また、骨髄内に散在する抗原のほとんどは、抗原を取り込んだ成熟B細胞であることが明らかとなった。この成熟B細胞の骨髄内における動態を観察するため、様々な色素を用いて抗原を標識し、観察に最も適する色素の探索を行った。今後は二次応答時の、この抗原提示細胞と骨髄の記憶ヘルパーT細胞のMHC class II-T細胞レセプターを介した接着を中心に細胞間相互作用を明らかにしていく。(2)二次免疫反応における骨髄記憶ヘルパーT細胞の動態初めに、生きているマウスの長骨において細胞動態を観察する実験系の立ち上げを行った。GFP遺伝子発現マウスより骨髄を取りだし、その浮遊細胞を新たなマウスの静脈中に移入した。この時、血管を標識する目的として、色素標識されたデキストランを共に投与した。その結果、移入したGFP陽性細胞が血管から骨髄内に移動している様子が観察された。加えて、細胞の移出入は血管の特定の部位において選択的に行われていることが明らかとなった。現在は、抗原特異的エフェクターヘルパーT細胞をマウスに移入し、この細胞が骨髄に入る様子、また抗原を投与した際に再び骨髄より移出する様子の撮影を行っており、移出入に関わる分子メカニズムを明らかにする予定である。また、記憶ヘルパーT細胞の形成と維持における分子メカニズムを解明した研究を投稿した。現在、Eur. J.Immunol.において審査後修正中である。
著者
廣瀬 憲雄
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度の研究目標は、特に隋代から宋代にかけて東アジア諸勢力間の外交関係として散見される「擬制親族関係」に注目して、東アジア地域の外交関係を検討することに加え、特別研究員としての研究成果全体をもとに、外交を通じた東アジア地域の連関を明らかにして、日本史を中心にした各国・各地域の歴史を、「東アジア」という地域の中に改めて位置付け直すことである。まず前者に関しては、以前に行った隋・唐代、および日本-渤海間の擬制親族関係についての予備的な検討をもとにして、時期を宋代にまで広げ、対象も中国王朝と西方・北方の諸勢力間や、日本-渤海間以外にも広げて擬制親族関係の事例を集積して、東アジア地域における実際の外交関係の全体像を明らかにした。その結果、従来説かれてきた日本・中国・朝鮮を中心とする、いわゆる「東アジア世界」に関しても、より広く中国の北方・西方を加えた「東部ユーラシア」という視点や、より狭く日本と朝鮮の類似性に注目するなど、複数の枠組を利用することで、より多様な理解が可能であることを提示した。また後者に関しては、宋代の外交文書・外交儀礼についての新たな研究を土台として、来る5月に歴史学研究会日本古代史部会において、「倭国・日本史と東部ユーラシア-6~13世紀における政治的連関再考-」と題する大会報告を行う機会を与えられた。当該報告では、従来「東アジア」という地域設定のもとに、西嶋定生・石母田正両氏の枠組で説明されてきた、7・8世紀を中心とする「東アジアの中の日本(史)」に対して、「東部ユーラシア」という新たな地域設定と、宋代を加えた新たな時期設定から再検討を加えていく。さらにこの作業を通じて、日本史も含めた広域の地域世界像についても言及していく予定である。最後に、今年度は中華人民共和国・北京大学中国古代史研究中心主催の国際シンポジウムに招かれ、本研究全体を通じた重要な検討課題である、日本-渤海関係の報告を行ったことを付記しておきたい。
著者
周 金枝 (2007) 周 金枚 (2006)
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究では、防火服着用時の生体負担軽減の方策を探求するため、異なる防火服等着衣時の生体負担の相違について検討することを目的に、消防隊員及び学生を対象に、暑熱ストレス軽減及び活動性の向上をめざした改良試作防火服、試作冷却装置および半ズボンなど異なる着衣条件下で、高温に設定された人工気候室内でトレッドミルによる運動を行った際の温熱負担について、生理・心理的指標の両面から検討した。さらに、改良した防火服、冷却装置及び半ズボンなど異なる着衣条件における着脱衣感、快適性、動作性について質問紙等を用い検討した。トレッドミルによる運動負荷実験では、試作防火服及び試作PCMの着用により、平均皮膚温の上昇がやや抑制されるこが示されたが、直腸温、心拍数及び体重減少量においては着衣条件間に有意な差は見られなかった。一方、心理反応においては、現防火服は、試作防火服及び試作冷却装置の着用よりも、主観申告は、「暑い側」、「不快側」、「湿っている側」になった。さらに、試作防火服、試作冷却装置及び半ズボンにおける活動性について評価したところ、消防訓練活動を行った際に、足の上げやすさの項目で、試作防火服、試作PCM、半ズボン着用条件の方が評価が高かった。しかし、運動負荷テストまたは消防訓練活動を行った際の動作性は、現防火服着用時に比べ、試作防火服、試作冷却装置、半ズボン着用時は、上半身の動きにおいて評価が悪く、脱衣感のアンケートにおいても現防火服の方が軽いという評価であった。これらのことから試作防火服及び試作冷却装置の使用が運動時の身体的温熱負担軽減に大きく関与することはなかったが、心理的な暑さ、不快感の軽減には効果があることが示された。
著者
齋藤 仁
出版者
首都大学東京
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

研究目的を達成するために平成22年度に行った研究内容は,以下のようにまとめられる(齋藤ほか,2011,GIS-理論と応用,投稿中).1.土砂災害のリアルタイムモニタリングシステム(SWING system)の構築前年度までの研究で得られた「2種類の降雨イベント(短時間集中(SH)型と長時間継続(LL)型)の特徴」に基づいて,斜面崩壊を発生させる降雨イベントのリアルタイムモニタリングシステム(the system with Soil Water Index Normalized by Greatest value, SWING system)を構築した.SWING systemは,気象庁発表の毎正時の解析雨量と土壌雨量指数をリアルタイムで解析し,現在の降雨イベントをSH型またはLL型に分類する.その結果を図化・Web表示することで,日本全域を対象として,斜面崩壊を発生させる降雨イベントのリアルタイムモニタリングが可能である.本システムは,http://lagis.geog.ues.tmu.ac.jp/swing/にて試験公開した.2.2010年の豪雨による土砂災害を対象とした,SWING systemの検証SWING systemの構築後,2010年に発生した土砂災害(九州南部,岐阜県八百津町,広島県庄原市など)をモニタリングし,本システムの有用性を検証した.その結果,霧島市国分重久や岐阜県八百津町での事例では,SH型の降雨イベントとして過去10年間で最も斜面崩壊が発生しやすい状況であったことをモニタリング,事前予測できた.また,霧島市霧島大窪や都城市高野,庄原市の事例では,LL型の降雨イベントとして,斜面崩壊が発生しやすい状況であることがモニタリング,事前予測できた.より多くの事例での検証やシステムの改良が必要であるが,本システムを土砂災害情報として応用できる可能性が示された.
著者
東畑 郁生 GRATCHEV Ivan Borisovich BORISOVICH Gratchev Ivan
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

近年の都市再開発では、従来存在していた工場などから廃棄物が地中に浸透して地盤汚染を起こしていることが、しばしば発見されている。この問題への対処としては、汚染物質の除去あるいは封じ込めが想定されてきた。環境的な視点に立つならば、このアプローチは妥当である。しかしそれに加え都市の再開発を考えるならば、地盤の剛性や支持力のような力学的性質が化学物質の浸透によってどうに変化するのか、という問題意識を欠くことができない。さらに、地球温暖化に伴って海水面上昇が議論され、電解質である塩水の浸透によって粘土地盤の地盤沈下の可能性も、考慮しなければならない。このような視点から本研究では、全国各地から粘性土のサンプルを集め、これに酸性流体や電解質流体を浸透させる装置を製作し、粘土の剛性や沈下などの力学的性質に起こる変化を測定した。まず酸性流体の影響を調べるため、中性およびpHの小さい流体を浸透させ、その後一次元圧縮実験を行なって粘土の持つ剛性を測定した。当初、酸性流体は粘土の圧縮性を高め、剛性を減少させると予想していた。しかし実際には剛性が増加する粘土と減少する粘土とが存在し、その原因としてモンモリロナイトのような粘土鉱物の含有量が想定された。すなわち酸性流体廃棄物の浸透によって地盤沈下を起こしやすい地盤とそうでない地盤とが存在する。次に電解質であるが、真水で飽和した粘土試験体に、海水程度の濃度の塩水を浸透させ、体積収縮を測定した。粘土鉱物間の流体のイオン濃度が上昇すると電気二重層が収縮して鉱物同士が接近し、体積収縮につながるものと予測していた。使用した粘土は東京下町の有楽町粘土であり、東京における海水面上昇の影響を想定した。実験結果によれば電解質の浸透は体積収縮をあまり起こさなかった。これは当該粘土が本来海水中で堆積したものであり、塩水の影響はすでに完了しているもの、と考えられる。