- 著者
-
寺岡 丈博
- 出版者
- 日本認知科学会
- 雑誌
- 認知科学 (ISSN:13417924)
- 巻号頁・発行日
- vol.27, no.2, pp.227-232, 2020-06-01 (Released:2020-06-15)
近年の深層学習の発展により,機械翻訳をはじめとする様々な自然言語処理技術も発展の一途を辿ってきている.しかし,その一方で意味や文脈の理解に関しては未だ課題が散見され,その代表的なものが,比喩理解である.比喩とは,「ある事柄や物をそれと関係のある別の事柄や物で説明する」修辞法である.つまり,比喩は字義通りの意味と本来表現するべき意味が異なるため,文中や発話中に「比喩表現がどこにあって何を表しているか」を正しく理解することは自然言語処理の重要な課題といえる. 本稿で紹介する論文は,それぞれ修辞性が異なる比喩表現を扱っているが,どちらも統語関係に基づいた特徴量を機械学習に用いた研究である.第1 論文は,半教師学習(semi-supervised)と教師なし学習(unsupervised)をそれぞれ用いてコーパス内の比喩表現(metaphorical expression)を同定している.ここでいう比喩表現は,“mend marriage”のような動詞が隠喩的に用いられる表現を指す.第2 論文は,Predicate Window と最小構成のニューラルネットワークを使用して,コーパス内の換喩表現(metonymic expression)を識別している.換喩(metonymy)とは隣接性・近接性に基づいた比喩であり,ここでは“London”のような地名を表す固有表現(named entity)を識別の対象にしている. 以上の2 編は,比喩研究や言語研究を専門とする研究者にとって興味深い内容であると考えられる.第1 論文で,比喩表現の同定過程で取得した比喩のパターンは認知科学と心理学の比喩や概念に関する研究に貢献できる可能性が示唆されている.第2 論文では,統語的にシンプルな情報であるPredicate Window を新たに定義しており,換喩表現だけでなく,固有表現や語彙多義性の処理にも応用できる可能性が示唆されている.これらの自然言語処理研究を通して新しい知見が得られる機会になるとともに「比喩理解に何が必要なのか」を提言していただければ,紹介者として本懐の至りである.