- 著者
-
岩月 健吾
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会秋季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.84, 2021 (Released:2021-09-27)
1.研究の背景および目的 かつて日本では,野外で採集したクモ同士を闘わせて勝敗を決める遊び(クモ相撲)が,沿岸の地域を中心に全国的に見られた(図1).クモ相撲は,第二次世界大戦後の経済成長に伴う社会・自然環境の変化を背景に多くの地域で消滅してしまった(川名・斎藤 1985).しかし,関東・近畿・四国・九州の一部地域では,クモ相撲が行事化し,組織的な運営のもとで現在も存続している. 本研究の目的は,現代におけるクモ相撲行事の存続要因を,行事の担い手(行事の運営者・参加者)に注目して明らかにすることである.民俗学における従来のクモ相撲研究では,遊びの分布やクモに関する方言,使用するクモの種類,遊びの形式に注目して,その地域差や類似性等が論じられてきた.しかし,行事化したクモ相撲を対象に,その存続の仕組みを明らかにする試みは少ない. 2.調査の対象および方法 本研究では,鹿児島県姶良市加治木町の年中行事「姶良市加治木町くも合戦大会」を事例として取り上げる(図2).地元で「加治木のくも合戦」の呼称で親しまれる本大会は,1996年に文化庁により,「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選択された.本研究では,「姶良市加治木町くも合戦保存会」役員や姶良市役所加治木総合支所加治木地域振興課職員,大会参加者を対象に,聞き取り調査を実施した.調査は主に,2015年,2018年,2019年の大会開催日(6月第3日曜日)に実施した. 3.結果 2011年〜2019年の大会参加者は,105人〜153人で推移している.全体に占める姶良市内からの参加者の割合は,2014年の45.7 %を除くと,53.6 %〜64.5 %で推移しており,本大会が地元住民によって支えられていることがわかる.また,県外からの参加者も,大会を活気づけ,試合を迫力あるものにする重要な存在である. 本大会の参加者の特徴として,他の参加者と家族・親族の関係にある者が多いことが挙げられる.例えば,2019年の参加者のうち,他の参加者と家族・親族の関係にある者は全体の64.5 %を占めている.何年も続けて大会に参加する者も多く,2019年の参加者のうち,2018年の大会にも参加した者の割合は66.1 %であった.このうち69.5 %は家族・親族の関係にあり,家族・親族での参加が大会参加者数の維持に大きく貢献しているといえる.こうした集団は,交際・結婚を機に新たに誕生したり,人数を拡大したりする.また,分裂してライバル関係になることもある. クモの採集場所は他人には秘密にされるが,家族・親族内では共有され,共に採集・飼育を行うことで知識・技術が継承される.子どもも幼い頃からクモに触れ,一担い手へと成長していく.しかし,中学生になると忙しくなり,継続できなくなるという課題がある. 本発表では,大会参加者の他に,運営者についても言及する. 文献川名 興・斎藤慎一郎 1985.『クモの合戦—虫の民俗誌』未来社.