著者
清水 克志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2017, 2017

<b>1.はじめに<br></b> ハクサイは明治前期に中国から日本へ導入された外来野菜である.一般に外来野菜は,「農商務省統計表」に記載が始まる明治後期以前における普及状況の把握が容易ではない.さらにハクサイに限って言えば,①欧米諸国から導入された「西洋野菜」と比較して導入政策が消極的であったことに加え,②明治後期以降も1941(昭和16)年に至るまで,統計では在来ツケナ類などとともに「漬菜」として一括集計されていたことなどにより,普及の概略を掴むことさえ難しい. 本報告では,ハクサイの普及状況について,量的把握が困難な事情を踏まえ,大正期を中心とした近代における『大日本農会報』や『日本園芸雑誌』,『主婦之友』などの雑誌類,栽培技術書などの記述を主たる分析対象とし,当時におけるハクサイ需要の高まりと種子の供給状況を突き合わせることを通して,明らかにすることを目的とする.<br><b>2.普及阻害要因としての「交雑」問題<br></b>明治前期には,政府によって山東系のハクサイ品種の導入が試みられたものの,それは内務省勧業寮と愛知県に限定されていた.ハクサイを結球させることが困難であったため,内務省では試作栽培を断念し,唯一試作栽培を継続した愛知県においても結球が完全なハクサイの種子を採種するまでに約10年の歳月を要した.結球種のハクサイは,「脆軟」で「美味」なものと認識されながらも,明治前期時点における栽培技術水準では「交雑」問題が阻害要因となり,栽培は困難とされ,広く周知されるまでには至らなかった.そしてこの時点では,結球種のハクサイよりもむしろ,栽培や採種が容易な非結球種の山東菜がいち早く周知され,三河島菜などの在来ツケナより優れた品質のツケナとして局地的に普及していった. 日清戦争に出征した軍人が,中国大陸においてハクサイを実際に見たり食べたりしたことを契機として,茨城県,宮城県などで芝罘種の種子が導入されたが,この時点でも「交雑」問題によって,ハクサイの栽培は困難な状況が続いた.日露戦争後の関東州の領有によって,中国や朝鮮にハクサイ種子を採種し日本へ輸出販売する専門業者が成立したため,購入種子によるハクサイの栽培が可能となった.しかしながら,輸入種子が高価であることや粗悪品を販売する悪徳業者の多発など,新たな問題が生じた.<br><b>3.大正期におけるハクサイ需要の高まり<br></b> 大正期に入ると,香川喜六の『結球白菜』(1914年;福岡),矢澤泰助の『結球白菜之増収法』(1916年;千葉),川村九淵の『学理実験結球白菜栽培秘訣』(1918年;東京)など,ハクサイの有用性を説き栽培を奨励する栽培技術書が相次いで刊行された.これら栽培技術書では,①ハクサイの「結球性」に起因する食味の良さと軟白さ,多収性と貯蔵性,寄生虫の害からの安全性などが高く評価されていたことに加え,②純良な種子を吟味して入手することが必要不可欠な条件であること,の2点に著述の力点が置かれていたことが読み取れる. 一方,『大日本農会報』には,1918(大正7)年以降,種苗業者による結球ハクサイ種子の広告の掲載が確認できるようになる.野菜類全般の種子を対象とする業者の広告は明治期からみられ,その中にハクサイが含まれるものも散見されたが,大正期に入ってハクサイ種子専門の業者が登場してくる事実は,ハクサイ種子に対する需要の高さと採種に求められる専門技術の高さを示すものであろう.また種子の価格を比較すると,結球種が半結球種や非結球種に比べ非常に高価であったことも確認できる.<br>&nbsp;<b>4.育採種技術の確立とハクサイ生産の進展</b> <br>大正期も後半になると,ハクサイ栽培に対する需要を背景に,日本国内でハクサイの育採種が試みられ,宮城県や愛知県を中心に各地で国産品種が育成された.その担い手の多くは一般的な篤農家ではなく,より専門的な知識や技術,設備を備えた種苗業者や公的機関であった. 「交雑」という阻害要因が解消され,ハクサイ生産の前提となる種子の供給体制が整ったことにより,昭和戦前期には国産品種の育成地を中心に,ハクサイ産地の成立が急速に進んだ.都市大衆層の主婦を主たる購読者層とする『主婦之友』に,ハクサイ料理に関する記事が初見されるのは1922(大正11)年である.このことは,東京市場において宮城などの産地からハクサイの入荷が本格化する1924年とほぼ時期を同じくして,料理記事が登場していることを意味している.調理法の記事数をみると煮物や汁の実,鍋物などの日常的な家庭料理の惣菜の割合が高い.漬物材料として所与の需要があったハクサイは,同時期の都市大衆層の形成とも連動しつつ,その食生活の中に急速に浸透していったことが指摘できる.
著者
野澤 一博
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.24-49, 2018 (Released:2018-03-16)
参考文献数
21

地域経済活性化のために,新たな技術を導入するなどして,競争力を失った地域産業の再生を図る取組みが各地で行われている.北陸地方では繊維産業の競争力強化のために,県が中心となり国の助成事業を活用し,炭素繊維複合材の開発を積極的に行っている.本稿では,北陸地域で展開されている炭素繊維複合材開発の状況と政策展開を明らかにし,産地企業の新技術を用いた実用化の取組みについて分析する.炭素繊維複合材に関して,石川県では大学を中心に研究開発が行われており,企業間のつながりもあり実用化の動きに広がりが見られた.一方,福井県ではコア技術をもとに公設試が中心となり,実用化の展開が図られていた.炭素繊維複合材の開発は,従来産業である繊維産業産地の高度化というより,将来,航空機や自動車部品という全く違った産業のサプライチェーンの一部となる可能性がある.
著者
中村 周作
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2017年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100039, 2017 (Released:2017-05-03)

発表者は,宮崎・熊本・大分を事例として,地域的に好まれる酒の分布圏(飲酒嗜好圏)の析出を試みてきた。今回対象とする佐賀県域を含む北部九州は,従来清酒文化圏として,わが国の大半の地域と共通する飲酒嗜好地域であったところに数次の焼酎ブームで焼酎嗜好が広がり今日に至る。したがって,本研究によって,地域独自の状況把握と同時に,日本におけるおおよその飲酒嗜好とその変容を見通すことができる。本稿の目的は,①地域ごとの飲酒嗜好とその変容を把握すること,②佐賀県域の地域的飲酒嗜好圏の析出を試みる。その上で③わが国の清酒文化圏の飲酒嗜好とその変容について展望する。研究方法として,『福岡国税局統計書』中のデータ分析と,より詳細なデータ,および関係者の声を聞くために,県内全域で57件の小売酒販店に対する聴き取りアンケート調査を実施した。佐賀県は,九州北西部,福岡県と長崎県に挟まれる位置にある。県の面積2440.7km2は,全47都道府県中41位,人口83.3万人も41位,世帯数29.4万も43位の小規模県である。なお,当県内には,税務署管轄区が5(鳥栖地区,佐賀地区,唐津地区,伊万里地区,武雄地区)あり,以下この地域区分により,論を進める。 佐賀県域における飲酒嗜好は,東接する福岡県から波及するブームの影響を強く受けてきた。清酒は,消費の減少が著しい。ただし,これはいわゆる普通酒(大量生産酒)の減少が著しいためであり,特定名称酒は近年好調,佐賀酒ブームが起こっている。単式蒸留しょうちゅうは,消費量が増加し,いわゆる焼酎ブーム末期の2007年にピークとなったが,その後漸減傾向にあり,特定銘柄が生き残っている。連続式蒸留しょうちゅう消費は,漸減を続けてきた。1980~年のチューハイブームと2004年以降の焼酎ブーム時に消費が微増して現在に至る。地区別に飲酒嗜好の特徴をみると,鳥栖地区は,単式蒸留しょうちゅう(特にイモとムギ)の流入と,連続式蒸留しょうちゅうの強さもあって,清酒消費が幾分減じている。佐賀地区は,伝統的に清酒嗜好の強い地区であるが,中で多久は,旧炭鉱地として焼酎消費嗜好が根強い。唐津地区も,清酒嗜好が強いが,ムギ焼酎の消費割合が5地区中で最も高い。伊万里地区は,清酒・イモ消費嗜好が拮抗するが,連続式蒸留しょうちゅうの消費割合も鳥栖地区と並んで高い。武雄地区も,清酒消費の強い地区である。特に強いのが鹿島・嬉野,白石であり,県内有数の清酒産地が,そのまま消費中心となっている。一方で,地域別にみていくと,温泉観光地である武雄市はイモ焼酎の割合が高いし,大町町や江北町でムギ焼酎,江北町や太良町で連続式蒸留しょうちゅう嗜好が強いのは,それが県の縁辺部に残っている例である佐賀県域における飲酒嗜好圏を分類すると,Ⅰ「清酒嗜好卓越型」:伝統の系譜を引き,清酒の生産-消費が直結する地域である。Ⅱ「単式蒸留イモしょうちゅう・清酒嗜好拮抗型」:鳥栖市は,九州の東西南北の飲酒文化が交差する地域であり,伝統的な清酒嗜好に加えていち早く南九州のイモ焼酎のシェアが拡大した。多久市は,かつての炭鉱地で根強い焼酎嗜好がみられる。Ⅲ「清酒・単式蒸留イモしょうちゅう・単式蒸留ムギしょうちゅう・連続式蒸留しょうちゅう嗜好拮抗型」:この型は,県の縁辺部に位置する三養基・神埼地区は,福岡方面から入ってきた焼酎ブームの最も大きな影響を受けた地域であり,同時に連続式蒸留しょうちゅう嗜好も根強い。太良町は,伝統的な清酒嗜好に加えて,福岡方面からの観光客の流入が大きく,観光客の嗜好もあってイモ,ムギ嗜好がみとめられる他,伝統的に連続式蒸留しょうちゅうの強い地域である。
著者
古関 喜之
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.261-279, 2017 (Released:2017-12-16)
参考文献数
20

バナナの生産・流通・消費においてグローバル化が進んでおり,多国籍アグリビジネスは重要な役割を演じている.しかし,日本と台湾との間には,植民地時代を背景として,独特な生産と流通の仕組みが維持され,日本市場は台湾バナナにとって依然として重要な存在である.日本市場がグローバル化の影響を受けて多様化する中で,台湾はバナナの生産と輸出において大きな変化を迫られている.本稿では,輸出自由化後の日本向けバナナ産業の特徴について検討した.輸出自由化後,台湾では,国内価格の影響を受けて輸出価格が決定されるようになった.日本では,台湾バナナの品質が向上し,流通過程の統合の動きがみられた.しかし,依然,伝統的な流通が残っており,川下主導で価格決定される日本側との差異が浮き彫りになった.製糖会社の土地による輸出用バナナ栽培では,借地面積に上限があり,生産者を保護しながら輸出強化を図るという新たな局面を迎えている.
著者
立見 淳哉 筒井 一伸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2017, 2017

都市から農山村への移住に注目が寄せられ,この現象をどのように理解するかをめぐって,様々な議論が行なわれている。とりわけ大きな影響力を持ったのが,2014年5月のいわゆる増田レポートにはじまる自治体消滅論と「地方創生」をめぐる政策動向である。これに対応するように,移住を行政の人口減少対策として位置付け,地方における「人口」増加に期待する議論が活発に行われてきた。 しかしながら全国の人口推計の結果などを考慮すると,移住による「人口」増加効果は限定的であるのも事実である。報告者の一人である筒井は,人口増加という数的な効果よりもむしろ,新たな人材の流入が既存の農山村コミュニティに,考え・年齢構成・技術・技能等の多様性をもたらし,新たな地域づくりにつながる効果を強調してきた。人口を重視する議論を「人口移動論的田園回帰」とするならば,後者の観点は「地域づくり論的田園回帰」と呼ぶことができる。この「地域づくり論的田園回帰」論は,地域の社会関係や資源との関わりの中で,移住者が自身の「なりわい」とそれを支える関係性(ネットワーク)を新たに形成していく過程に着目するものである。農山村における地域づくりという文脈における,移住者の「なりわい」づくりの「質」的な意義と言い換えても良い。 本報告では,この議論の延長として,筒井らが「なりわい」や「継業」という概念提起を通じて示そうとしてきたような,「田園回帰」のなかで少しづつ形を現しかけているように見える,社会・経済の特質を,私的利益の極大化を目指す通常の「経済」とは異なる「もう一つの経済」という視点から理論的な検討を試みるものである。 参照軸となるのは,フランスを中心とした諸国で,2000年代に入って急速に影響力を増しつつある「連帯経済Solidality Economy」の実践と理論的内容である。そして,連帯経済のガヴァナンスのあり方に関しては,イギリスで提唱され,日本では小田切らを中心に紹介されてきたネオ内発的発展論Neo-endogenous developmentとも親和性があり,この概念を媒介させることで,連帯経済と田園回帰をめぐる議論を架橋することを目指す。 理論的には,連帯経済に関する概念化を担ってきた(一部の,しかし影響力のある)研究者たちが参照し,あるいは近い関係にある,アクターネットワーク理論ANTやコンヴァンシオン理論を本報告でも上記の作業を行う上での導きの糸としたい。<br>
著者
大和 広明 森島 済 赤坂 郁美 三上 岳彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.74-84, 2017 (Released:2017-07-27)
参考文献数
12
被引用文献数
1

関東地方で実施した高密度観測から得られた夏季の気温と気圧データに対して主成分分析を行い,これらの時空間変動にみられる特徴を明らかにした.気温場と気圧場それぞれの上位3主成分には,海陸風循環,ヒートアイランド現象,北東気流に関係した空間分布が認められ,相互の主成分間に有意な相関関係が存在する.これらの気温と気圧の関係は,いずれも相対的に気温が高い(低い)地域で気圧が低い(高い)傾向を示す.晴天日の気温と気圧の分布には明瞭な日変化が認められ,日中には海風の発達に伴い,関東平野の内陸部で相対的に高温低圧となり,日没後から夜間にかけては,ヒートアイランド現象が顕在化して東京都心から北側郊外にかけての都市部で相対的な高温低圧傾向が認められた.これらの観測事実に基づいた解析から,晴天日の気温と気圧の主要な日変化パターンに,内陸部の高温低圧に伴う海風循環とヒートアイランド現象に伴う高温低圧が認められた.
著者
呉 鎮宏
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2015, 2015

&nbsp; &nbsp;近年、訪日外国人旅行者数が増加し続けており、ことにアジアからの旅行者の成長が著しい。また、外国人観光客の観光行動の多様化により、従来の観光地域のみならず、地方への流動も見られるようになった。そこで本研究では、農山村地域におけるインバウンド受け入れに成功した山形県飯豊町における台湾人観光客誘致の取り組みを分析し、その受け入れ可能となった要因と構造を明らかにすることを目的とする。 <br>&nbsp; &nbsp;山形県飯豊町は山形県の南西部に位置しており、総面積の約84%が山林で、県内でも有数の豪雪地帯である。人口は約7,600人で(2015年6月時点)、町の基幹産業は農業であり、主要作物は米作と米沢牛の飼育である。飯豊町の観光・宿泊施設は主に第三セクターの形で運営されているが、近年、設備の老朽化や常連客の高齢化、東日本大震災の影響などによって、観光入込客が減少している。一方、近年の取り組みとしては、飯豊町観光協会(以下「観光協会」)が開催するスノーパーク、なかつがわ農家民宿組合による農村民泊体験等がある。<br>&nbsp; &nbsp; 2008年秋、観光協会に高畠にあるドライブインから「雪遊び」ができる場所について紹介の依頼があり、観光協会は町内の積雪期の未利用地(町有の駐車場)を雪遊びの場として提供することとし、2009年1月に最初の台湾人ツアーを受け入れた。 最初のツアーの経験を踏まえ、次のツアーでは歓迎の意を表すために、雪遊びの会場に台湾の国旗を飾り、帰りのバスに国旗を挿したスノーモービルを並走させて見送るなどの演出を行ったが、この取り組みは台湾人客と添乗員から大変好評を博し、これにより台湾の旅行会社からの継続的な送客に繋がった。 その後、2013年に雪遊びの会場を「スノーパーク」と名付けて、不定期の運営から定期営業を行うことになり、更に日本人客の受け入れを始めた。 しかし、スノーパークは立ち寄り施設であるため、体験料金以外の収入に結び付きにくく、収入は冬に限られてしまう。そこで、一年間を通じた集客をめざし、また台湾人旅行者の滞在時間を延ばすことでもたらされる経済効果を得るため、観光協会は台湾人観光客の宿泊について検討を始めることになった。 その過程で、台湾営業の際、台湾で「田舎に泊まろう」という番組が人気であることを知り、ランドオペレーターとのやり取りの中から、中津川地区の農家民宿を活用した「田舎に泊まろうツアー」が生まれることになった。ところが、農家民宿の経営者は60代以上の高齢者が多く、外国人の受け入れに対して不安を感じていた。スノーパーク受け入れ経験のある観光協会では、農家民宿経営者に対し地道な説得を続け、最終的には「やってみなければ分からない」ということで台湾人ツアーを受け入れることになった。ツアー受け入れを積み重ね、試行錯誤の中で外国人に対するおもてなしの仕方を固めていくことで、スタートした2011年度の92名から、2014年度には222名の受け入れ実績をあげるまでに成長した。<br>&nbsp; &nbsp; 飯豊町における台湾人ツアー受け入れの実務的な流れは以下の通りである。まず、観光協会は年1回程度台湾へ営業に赴き、ランドオペレーターとともに台湾の旅行会社に対して飯豊町の観光コンテンツについて営業活動を行い、それを受けて台湾の旅行会社は、飯豊町の商品を取り入れたツアーを設定して広告・募集活動を行う。このツアーの催行が決まった段階で旅行会社はランドオペレーターを通して観光協会に発注するという手順を取る。 このように、基本的には、観光協会は台湾の旅行会社と直接やり取りをするのではなく、ランドオペレーターを仲介してのやり取りとなっている。このことによって、言語上の問題が解決され、台湾での営業コストも圧縮されて、リスク対策ともなっており、観光協会の職員数が少なく組織が小さくても、台湾人ツアーの受け入れが可能となっているのである。 <br>&nbsp; &nbsp; 台湾人客の受け入れが一過性にならなかった背景には、観光協会が継続的な営業努力を重ねてきたことと、地域内の調整やフォローをこまめに担ってきたことが重要な要素であるといえる。飯豊町の事例をみると、外国人観光客の受け入れに際した地方における人的資源不足の問題は、ランドオペレーターの起用により解消できると考えられる。一方で、仲介役の介入によってサービスを供給する地域とサービスを受ける消費者との間が乖離することにもつながり、観光客のリアルな反応がつかみにくくなり、また常に新しいツアー受け入れが中心となってしまうため、リピーターの育成に結び付きにくい側面があるといえよう。 今回の報告は台湾人観光客自身がどのような志向・意見持っているかについて十分考察できなかった。この点については今後の課題としたい。
著者
原 将也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.40-58, 2017 (Released:2017-06-09)
参考文献数
54

本稿では現代のアフリカ農村において,移住を仲介する保証人という存在に着目し,人びとが移住して生活基盤を確立していく過程を明らかにする.ザンビア北西部州ムフンブウェ県にはカオンデという民族が居住するが,ルンダ,ルバレ,チョークウェ,ルチャジという異なる民族の移入者を受け入れたことで,複数の民族が混住する.移入者の移住形態は農村を転々とした「農村→農村型」,都市で働いたのちに農村へ移住した「都市経由型」,都市生まれで農村へ移った「都市→農村型」の三つに分けられた.カオンデ以外の移入者は,親族間のもめごとや親族からの都市生活に対する妬みを避けるため,カオンデ農村へ移住した.彼らは親族ではなく,ルンダ語でチンサフという保証人を頼っている.移入者が信頼を寄せる人物であれば,だれもが保証人になりうる.アフリカ農村では人間関係を礎とした保証人によって,人びとの移住と平穏な暮らしが実現されている.
著者
西野 寿章
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.448-459, 2016 (Released:2016-12-10)
参考文献数
13

1990年代半ばから野菜の輸入が急増し,輸入野菜の農薬問題が顕在化して,安全性を求める消費者の声が高まった.これに対応するように,地産地消型の農産物直売所の開設が活発となった.本稿は,地方都市近郊に開設された農産物直売所が設立された背景や活動状況を追いながら,農産物直売所の地域農業持続に果たす役割について考察した.調査地域では,養蚕が盛んに行われていたが,1980年代末の繭価の下落を契機として養蚕を終了し,野菜栽培に転換した.その結果,畑地面積が増加して地域農業は維持されたものの,後継者の育成は困難を極めている.地域農業の存続のためには,就農を希望している人々に農業技術と販売方法を伝えていくことが重要となっている.
著者
清水 昌人 中川 雅貴 小池 司朗
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.375-389, 2016 (Released:2016-11-16)
参考文献数
18

本研究では全国の自治体における日本人と外国人の転入超過の状況を観察した.特に外国人の転入超過が日本人の転出超過の絶対値と同じか上回っている自治体を中心に,自治体の地域分布や人口学的特徴を検討した.総務省の2014年のデータを用い,総人口の転入超過を日本人分と外国人分に分けて分析した結果,外国人分の転入超過が日本人分の転出超過の絶対値と同じか上回っている自治体は分析対象全体の7%だった.それらの自治体は相対的に北関東や名古屋圏などで多く,北海道や東北で少なかった.また単純平均によれば,相対的に国外からの外国人分の転入が多いほか,総人口が多い,日本人の65歳以上人口割合が低い,外国人割合が高いなどの特徴があった.今回の分析による限りでは,全体として外国人の転入超過が自治体人口の転出超過に対して十分な量的効果をもたらしているとはいえず,またこのことは特に小規模自治体で顕著だった.
著者
岩田 修二
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2013, 2013

はじめに 来年度(2013年4月)から高等学校の新教育課程がはじまる。帝国書院の『新詳地理B』(審査用見本;2012年3月検定済み)をみたところ,地形の部分はほとんど変わっていなかった.報告者の関心が深い山地地形についてみると,相変わらず新期・古期造山帯という概念で世界の山地地形が説明されている.これは,最近の変動地形学の進展と適合しないし,生徒に大きな誤解をあたえる可能性がある.問題点を提示し,改善案を示す.高校教科書の造山帯と山地地形の説明 多くの教科書に共通している説明は,「造山帯とは,山脈が形成される地帯である.新生代と中生代に形成された造山帯は新期造山帯とよばれ,険しい大山脈を形づくっている.古生代に形成された造山帯は古期造山帯とよばれ,長期間の侵食によって低くなだらかな山地になっている」というものである.教科書の説明と現実との不一致 高校時代に上記とおなじ造山帯と山地地形の説明を学んだ報告者は,長い間,登山の対象になる高く険しい山は新期造山帯にしかないと思いこんでいた.しかし,古期造山帯である天山山脈・崑崙山脈・チベット高原北半で調査した時,古期造山帯にもヒマラヤ山脈に匹敵する険しい山脈があることを知った.東南極大陸のセールロンダーネ山地で調査をしたときには,安定陸塊にも日本アルプスよりはるかに険しい3000メートル級の山地があることを知った.地形図と地質図(地体構造Geotectonic図)を照らし合わせると,東シベリアからアラスカ北部にかけての,なだらかな山地しかない新期造山帯,広い平原がいくつも存在する新期造山帯,安定陸塊なのに険しい山岳がみられる東アフリカ地溝帯など,教科書の説明とは一致しない場所が多いことが分かった.造山運動とは何か 造山運動 (orogeny) を"The process of forming mountains" (Dictionary of Geological Terms, Dolphin Books, 1962) や「褶曲山脈や地塊山地が形成される運動」(新版地学事典,平凡社,1996)とした辞書もあるが,造山運動とは「山脈の地質構造をつくり,広域変成作用や火成活動をおこす作用のこと」であり,「造山運動もある程度は地形的山脈をつくるであろうが,山脈の隆起の中には造山運動とは関係のない成因によるものもたくさんある」(都城,1979:岩波講座地球科学12:103-6)とされる.つまり,造山運動と造山帯は地質学の概念であり,そもそもは,大陸地殻(花崗岩類)をつくる作用のことである.山地地形の説明に用いるのは不適当なのである. 最近ではプレート論が高校教科書にも導入されたので,本来おなじ内容である変動帯と造山帯とを使い分ける必要がでてきたらしく,「プレート運動によって激しい地殻変動が起こる地帯を変動帯とよぶ。変動帯のうちで高い山脈が形成される地帯が造山帯にあたる」(上記の『新詳地理B』28ページ)という誤った記述がでてきた.改善策 山岳の地形の特徴を示すのは起伏(高さと険しさ)である.だから,世界の山岳地域を起伏という地形の指標で整理するのが山岳地域の地形理解の第一歩である.山地地形の説明には起伏を指標にした地形特性そのもので説明すべきである.わざわざ地質学の概念を借りてくる必要はない.日本の山地の区分でよくおこなわれる大起伏・中起伏・小起伏山地という区分で十分である. 20世紀前半の地向斜造山論を引きずっている造山帯の概念は,しかし,地下資源の分布を整理するには便利である.それならば,はっきりと,地質形成時代を示すことを明記したうえで鉱物資源・鉱業の部分で教えればよい.結論 1)山岳地域の大地形の説明として新期・古期造山帯を用いるのは止める. 2)鉱物資源の説明のために造山帯を使うならば,地質を説明する概念であることをきちんと説明すべきである.
著者
野中 直樹
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2017, 2017

@font-face { font-family: "MS 明朝"; }@font-face { font-family: "Century"; }@font-face { font-family: "Century"; }@font-face { font-family: "@MS 明朝"; }p.MsoNormal, li.MsoNormal, div.MsoNormal { margin: 0mm 0mm 0.0001pt; text-align: justify; font-size: 10.5pt; font-family: Century; }.MsoChpDefault { font-size: 10pt; font-family: Century; }div.WordSection1 { } 近年の日本では3GやLTEと呼ばれる携帯電話回線の普及によって通信機能を有する機器をどこでもインターネットに繋げられるようになった.このような時代背景で遠隔地に設置したセンサを使ってセンシングしたデータを収集し,インターネット上にデータをアップロード可能なIoT機器が数多く登場してきている.また,ArduinoやRaspberryPiなど低価格で初心者にも扱いやすいマイコンボードの登場により,IoT機器を自作するMakerムーブメントがおこり,好きなセンサを組み合わせてIoT関連機器を自作するキットが各社から販売されている.これにより,自分の求めるデータを遠隔でセンシングし収集するIoT機器の作成があたかもブロックを組み立てるかのようにできるようになっている.<br>@font-face { font-family: "MS 明朝"; }@font-face { font-family: "Century"; }@font-face { font-family: "Cambria Math"; }@font-face { font-family: "@MS 明朝"; }p.MsoNormal, li.MsoNormal, div.MsoNormal { margin: 0mm 0mm 0.0001pt; text-align: justify; font-size: 10.5pt; font-family: Century; }.MsoChpDefault { font-size: 10pt; font-family: Century; }div.WordSection1 { } データをインターネットにアップロードして収集する際,データの受け先となるWebサーバを用意する必要がある.情報系の詳しい知識があれば目的にあった機能を持ったWebサーバを自作することも可能だが,そうでない場合は困難である.そこで,IoT機器のセンシングデータを収集し,それをグラフとしてリアルタイムで可視化するWebサーバを提供するサービスとしてKibanaやThing Speakといったサービスがある.これらは高機能で,使いこなすことができればとても便利なサービスではあるが,センシングデータの可視化を思い通りに行うためにはある程度のプログラムを書く能力が必要である.また,各サービス独自の多数の設定項目を持つUser Interface(以下UI)を理解する必要もある.<br>@font-face { font-family: "MS 明朝"; }@font-face { font-family: "Century"; }@font-face { font-family: "Cambria Math"; }@font-face { font-family: "@MS 明朝"; }p.MsoNormal, li.MsoNormal, div.MsoNormal { margin: 0mm 0mm 0.0001pt; text-align: justify; font-size: 10.5pt; font-family: Century; }.MsoChpDefault { font-size: 10pt; font-family: Century; }div.WordSection1 { } そこで本研究では,普段からデータ処理に使うことの多いMicrosoft Excelと同様のUIをもつGoogleスプレッドシートに注目し,より簡単にわかりやすくデータの収集と可視化を行う手法を提案する.
著者
貞方 昇
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.64, no.11, pp.759-778, 1991-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
39
被引用文献数
1 9

鳥取県弓が浜半島における「外浜」浜堤群の形成に関与した,鉄穴流しに由来するとみられる堆積物の役割を論じた.美保湾に面する「外浜」の地形は,より古い他の二帯の浜堤群(「中浜」,「内浜」)と大きく異なり,低平で堤間低地に乏しく,ほとんど砂丘の発達をみない.また「外浜」の表層堆積物の粒度組成と岩石・鉱物組成は,他の二帯のそれらと比較して著しく粗粒で,花崗岩類起源の岩片・鉱物に富むとともに,鑪製鉄の廃棄物である鋲滓粒を多く含む.地表下10mまでの「外浜」堆積物は,海浜の急速な堆積過程を反映して,深さ約6mまでの粗粒堆積物と,その下の数mの厚さの細粒堆積物に二分される.そのいずれにも鉄津粒を含み,「外浜」の堆積物が鉄穴流しと密接な関係をもつことを裏付ける.火山岩類の割合を指標として,「外浜」と「内浜」両浜堤群の堆積物を比較検討した結果,「外浜」の堆積物中における,鉄穴流しによるとみられる堆積物の割合は,少なくとも,全体のおよそ75%に及ぶものと評価された.また,既存地質柱状図と地区別の面積から得た「外浜」浜堤群の堆積物の全土量のうち, 1.3×108m3が,おもに鉄穴流しに由来するとみられた.この値は,日野川流域における既知の鉄穴流しによる廃土量のおよそ半分近くに相当する.
著者
藤村 健一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.199-218, 2016-09-30 (Released:2016-10-11)
参考文献数
28

本稿では,上海における仏教の観光寺院5カ寺の調査結果に基づいて,中国の観光寺院の空間構造や性格,拝観の特徴を考察する.中国仏教には,寺院の建物配置の基本的なパターンが存在する.中心市街地に近く境内が狭い寺院でも,そのパターンに近づくよう工夫している.一般に,観光寺院には宗教空間・観光施設・文化財(文化遺産)という3つの性格がある.中国の場合,日本の観光寺院と比べて,宗教空間としての性格は濃厚である.多くの拝観者が仏像に対して叩頭の拝礼を行っている.また境内には,位牌を祀る殿堂を備えていることが多い.観光施設としての性格ももつが,むしろ観光にとどまらず多様な手段で収益をあげる商業施設としての性格をもつ.一方,文化財としての性格は日本と比べて希薄である.
著者
松山 侑樹 遠藤 尚 中村 努
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.40-55, 2016 (Released:2016-06-23)
参考文献数
21

本稿は,高知県高知市におけるコンビニエンスストア(コンビニ)の立地要因を地理的条件から明らかにした.高知市におけるコンビニの立地は,他都市とは異なった展開を示した.高知市では,出店初期の1980年代に,主要道路沿い以外の地域への出店が多く,1990年代には,主要道路沿いへの出店が増加した.しかし,2000年代以降,他の地方都市と同様に,高知市においても,都心内部への集中出店や商圏環境の多様化がみられるようになった.外部条件の変化のうち,高速道路網の整備が,大手チェーンの参入および地元チェーンの出店戦略の変更を促進する要因として示唆された.特に,高知市では,地元チェーンがエリアフランチャイズ契約を通じて,県外資本のチェーンを運営している.したがって,契約条件の変更が,コンビニの立地パターンを劇的に変化させる要因の一つとなったことが明らかとなった.
著者
中村 努
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.21-39, 2016 (Released:2016-06-23)
参考文献数
30
被引用文献数
1

本稿では,高知県高知市における街路市出店者へのアンケート調査をもとに,ローカルな流通システムの展開とその空間特性を明らかにした.特に,出店者の商品調達から販売に至る行動に着目し,全国的に衰退過程にある定期市が,高知市において存続している要因について検討した.出店者の大部分は,自家生産によって農産物,花卉,青果,茶などを収穫したうえで,販売していた.しかしながら,出店者数の減少と高齢化が進行していた.夫婦2人で運営している出店者が多く,自家生産のみによる農産物の販路を,街路市以外に求める出店者の割合が高くなっている.その反面,街路市は対面販売を基本としており,出店者は街路市に対して,顧客とのコミュニケーションに楽しみや,生きがいを感じていた.ただ,今後も出店者に出店継続の意思はあるものの,後継者が確保できていないことが,多くの出店者にとっての課題となっていた.
著者
長谷川 均
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.63, no.10, pp.676-692, 1990-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
23
被引用文献数
3

The Hatenohama sand cays located at the eastern end of Kume Island are the largest coral sand cays in Japan, with a total length of about 6 km and a width at the widest point of 300m. The aim of this paper is to describe the long-term changes in shorelines along the Hatenohama sand cays caused by typhoons. Vertical aerial photographs were taken 5 times in the period between 1962 and 1984. Shoreline changes in the sand cays were measured with a digitizer from these aerial photographs. In order to compare changes of intertidal and subtidal sand areas in the areas surrounding the sand cays, image enhancement techniques were employed on these photographs using a personal computer system and a CCD camera. Typhoons and their wind data recorded at the Kume Island Weather Station over the period 1.962-1984 were analyzed. During those 22 years the number of typhoons wihch approached Kume Island was 126. Wind energy resultant vectors were calculated using the wind velocity and the wind direction at the times when typhoons passed near or over the island. The analysis of sand cay shoreline changes and wind date of typhoons for the period 1962-1984 at Kume Island indicated that the changes of shorelines reflect changes inn the wind-induced waves. Shoreline changes occurring since 1962 were related to the wind-induced waves from the south associated with the occurrence of typhoons. Significant changes have occurred since 1970. Con-siderable quantities of sand have moved, exposing beach rocks on the southern beach and covering formerly exposed beach rocks on the northern beach. Because of the strong south wind, the south sides of the cays experienced ramparts erosion, while the sandy beaches on the northern sides increased in area. It was found that the shoreline changes and changes in the shapes of the sand areas surrounding the sand cays occurred frequently. However, the long-term trends of shoreline erosion/accretion patterns and the changes in mor-phology of sand areas are not clearly understood. This study shows that the eastern and the western ends of the sand cays have been elongated and significant changes have occurred, On the other hand, the middle of the southern beach has suffered little or no shoreline change, with the beach rock being extensively exposed for the length of about 1km. It is assumed that the beach rock supports sandy sediments and protects the shoreline from wind-induced wave erosion.
著者
宮川 泰夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.71, no.5, pp.351-361, 1998-05-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
28

中部圏開発整備の課題について,地域計画の理念と計画地域の領域との両面から考察した.中央日本,中部圏,中京という計画地域の概念は戦時体制下での地域計画成熟していたが,計画地域として明示されるに至ったのはいずれも高度経済成長期の1960年代である.しかしその後は国土庁大都市圏局や東海旅客鉄道のような中央日本を管理領域とする官民の地域計画主体が誕生しても,1960年代のような三者の関連についての議論は深あられていない.中央日本の要となる計画領域としての中京が中部圏において明瞭に位置付けられ,中京の役割を内外のクロスロードとして明示することが,構造的に中部圏開発整備の一つの課題となってきた.地域計画理念の上では,地域からの発想と地域主体による自主的な工業振興計画が継承されてきている.これに加えて,地域が培ってきた地域住民の生活と地域環境の改善とを重視し,地球の環境と人類の厚生に配慮して,地域自らが自律的に内外の地域と連携してそれらを実現する計画の立案が,中部圏開発整備において今求められてきている.
著者
国府田 諭
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2010年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.163, 2010 (Released:2010-06-10)

日本版PTALの概要,目的,手法 PTAL(Public Transport Accessibility Level)は,ある地点や地域における公共交通の利用しやすさを定量的に評価する指標算出の手法である.2000年に英国の大ロンドン市が発足し,その交通局(Transport for London)で開発され都市計画規制で実際に用いられている.2008年に策定された大ロンドン市の現行マスタープランは「PTALメソッドは公共交通アクセシビリティを評価するための一貫した枠組みを提供する」と位置づけている. この手法の眼目は,(1)公共交通の利用しやすさに関わる様々な要素の中から<交通機関への距離>と<運行本数>を選び,(2)一貫性と透明性のある計算過程を経て,(3)政策立案や行政運営にも使える数値を算出することにある.日本での試みはまだない.(3)は尚早としても(1)(2)を備えた社会指標があれば諸研究に資するであろう.これが本研究の動機である. 今回は,上記(1)と同様,交通機関への距離と運行本数を軸として,ある地点や地域での公共交通の利用しやすさを5 段階に分けて評価した.例えば600m以内に鉄道駅(1日の運行本数150本以上)があれば最も利用しやすさの高い「5」となる.逆に600m以内に鉄道駅がなく,かつ300m以内にバス停がなければ最も低い「1」となる. 交通機関データは2009年9月時点である. 算出されたPTAL区分に,国勢調査の町丁別人口(2005年)と国土数値情報の土地利用細分メッシュ(2006年)を組み合わせて全国市区町村における「PTAL別の居住人口割合」を算出した.データの年次が異なるため,町丁別人口分布と土地利用が各調査年以降変化していないと仮定した.算出にあたり,PostGIS によるパソコン上のGIS を構築した. 算出結果の分析と今後の課題 分析の第一として,札幌市と広島市それぞれの政令区別PTALを見る.両市とも人口1千万人を超え,高密な業務集中地区をもつと同時に郊外部や丘陵・山間部があり,中心部に路面電車が運行されている.札幌市の結果を見ると,路面電車が走る中央区が最も良好でPTAL4および5の地域への居住人口割合が64%,PTAL2および3を加えると83%である.路面電車のない区でも概ね高PTAL 地域への居住が一定見られる. 一方広島市は,中心部(中区)は札幌市中央区と同様であるが全体として高PTAL地域への居住が札幌市ほど進んでいない.しかし中程度の地域を含めると札幌市より良好な区もある.両市における都市計画上の経緯,地理条件,地下鉄の有無などの違いが影響していると考えられる.今後は区だけでなく交通機関沿線別などで集計し,両市を含む諸都市間の詳しい分析を行ないたい. 分析の第二として,首都圏と地方都市圏それぞれ人口30万人以上の都市を対象に,横軸に高PTAL地域への居住割合を,縦軸に低PTALへの居住割合をとってプロットした(政令指定都市を除く).圏域間で顕著な差があるが圏域内での差も大きい.特に首都圏では高PTAL地域への居住割合に相当な幅がある.一つの原因として,運行本数の多い鉄道駅はあるがスプロール化によって駅から離れた居住が進んだ都市がかなりあるためと思われる.今回は一時点での算出だが,今後は経年的な算出を行なうことによりスプロール化など都市構造の変化と交通機関の変化が与える影響を可視化・定量化したい.