著者
松山 洋
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.1, pp.40-41, 2020-01-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
5
著者
勝又 悠太朗
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.1, pp.17-33, 2020-01-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
28
被引用文献数
3

本稿は,愛知県瀬戸陶磁器産地を対象に,産業用陶磁器生産企業の生産品目の変化と生産流通構造を明らかにした.当産地は,伝統的な陶磁器産地として知られるが,現在は産業用陶磁器が主力製品となっている.研究対象企業は,生産品目の構成により3類型される.特化型企業I型は,架線碍子を主力製品とし,受注先企業との取引関係は総じて固定的である.特化型企業II型は,架線碍子以外の特定製品の生産に特化し,主力製品の高付加価値化を重視している.また,特化型企業はI型とII型ともに,地域内分業を基調とした生産構造を形成している.一方,多様化型企業は,製品の多品目化を進め,特定製品に依存しない生産構造を構築している.特化型企業に比べると多くの受注先企業を有しており,外注先企業は全国に広がっている.なお,いずれの企業類型も,県域を越えた広域的な受注連関を形成している.このように,当産地は,性格が異なる企業の集積により,産業用陶磁器を中心としたさまざまな製品の受注を広く獲得する産地として存続している.
著者
中山 研一朗 島田 久弥 浦東 聡介 岩井 大河 吉川 厚
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2022年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.120, 2022 (Released:2022-03-28)

1. はじめに 日本における合計特殊出生率(以下TFR)は、南西の地域ほど高く、北東の地域ほど低いことが知られている 。佐々井(2007) は、日本全国を9つのブロックに区分して、夫婦の出生力と、その原因と考えられる項目を比較・分析した。一方、国立社会保障・人口問題研究所による出生動向基本調査(2015)では、男女が結婚を決める理由と、夫婦が子どもを持つに至る理由について幾つかのアンケートを集め、分析を行っている。佐々井の研究におけるブロック単位での分析を、都道府県単位へと細分化することで、都道府県固有の特性にも視点を持たせたより詳細な分析を目指した。出生動向基本調査を踏まえながら、TFRに対する影響要素とそれを示す項目を仮説的に案出し、それらに相当する統計データとTFRの相関の状況を比較・分析した。2. 方法2.1 データ収集方法 項目の分析にあたっては、都道府県別(以下 県)で得られるデータを用いて2項目間の相関分析を行った。データの多くは国勢調査を利用したが、2020年実施分は未だ公開されていない項目があるため、2015年実施分を利用し、他の項目も原則として2015年のデータを用いることとした(2015年のものがない一部項目は近い年のデータを採用)。 2.2 仮説として設定したデータ項目 1)「女性の婚姻率」:日本における非嫡出子割合は低水準であることも踏まえ、TFRとの直接的な相関を確認 するとともに、同項目への影響要素として他項目を案出した。 2)「夫婦あたり子ども数」:同様にTFRに直接かかわる項目であることを確認3し、同項目への影響要素を案出。 3)「女性の就業率」:仕事を優先することで出産を控えるよう影響するものと想定。 4)「非正規雇用率」:非正規雇用による低所得や就業の不安定さが結婚、出産を躊躇させると想定。 5)「女性の大学進学率」:高学歴化により就業開始年を引き上げ、仕事への意欲から結婚の優先度が下がると想定。 6)「三世代同居率」:祖父母に子どもの面倒を見てもらえることが、子育てのしやすさに繋がると想定。 7)「女性の初婚年齢」:早期結婚は出産可能期間を拡げ、体力のある若い時期の子育てが多産へ繋がると想定。 8)「世帯年収」:収入が高いことで養育費、教育費が確保でき、多産につながると想定。9)「教育支出」:教育支出が高い地域では、2人目、3人目の出産を躊躇する傾向にあるとの想定。3. 分析結果の概要 今回の分析結果は要旨に記載した表1のとおり。 3)20代の女性就業率が高い県は婚姻率も高く、仮説に反して強い正の相関が認められ、TFRとの正の相関もみられる。 4)男性20代の非正規雇用率が高い県は婚姻率が低く、強い負の相関がある一方で、男性30代の非正規雇用率の場合、婚姻率との相関は低下した。 5)女性大学進学率が高い県は、30歳前後の女性婚姻率とTFRに強い負の相関がみられる。 6)三世代同居率は夫婦あたり子ども数とは相関はみられず、仮説には合致しなかった。 7)女性初婚年齢が高い県は、女性婚姻率、TFRともに低く、強い負の相関がみられた。 8)世帯年収が高い県は、仮説に反し、夫婦あたり子ども数、TFRともに低く、強い負の相関がみられる。9)教育への支出は、仮説に反して夫婦当たり子ども数には相関が見られない一方で、女性婚姻率とTFRに負の相関がみられた。4. 考察 分析前に立てた仮説に合致しなかったものについて、下記のとおり仮説を修正、考察する。 3)女性就業率との正の相関は、仕事をきっかけに出逢いの機会が得やすいことと、「出生動向基本調査」(2015)にある通り、結婚への最大の障害が結婚資金であるという調査結果を支持すると考える。 4)男性30代非正規率を県別に見ると、20代に比べ分散が低い。歳とともに正規雇用が増えることで県別正規雇用率が均され、婚姻率との相関が弱まったものと予想。 6)三世代同居率との無相関は、子どもが増えると家が手狭になり別居し始めることや、子ども数の少ない東北地域で三世代同居率が高かったことが背景していると予想。 8)世帯年収との負の相関は、世帯年収の高い世帯は共働き世帯が多く、出産を抑制する影響があるためと予想。 9)子ども数の少ない県では一人あたりの教育支出が高く、多い県では一人あたりの教育支出が低く、結果として子ども数と教育支出に相関が現れないと予想。更なる分析を行う上では、対象地域の細分化や、複数年度のデータによる精度の向上や、相関分析から一歩進め、因果関係の側面から掘り下げるなど、仮説の更なる検証を進める余地があり、これが今後の課題と考える。
著者
山下 亜紀郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.74, no.11, pp.621-642, 2001-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
15
被引用文献数
2

本研究では,金沢市における都市住民による用水路利用,ならびに用水路の維持に対する意識と実践にっいて,住民や地域組織などへのアンケート調査および聞取り調査に基づいて解明した.1970年頃まで,用水路は都市住民の生活にとって多様な機能を有していたが,現在では,景観要素としての「見て楽しむ」機能と火災や積雪に対する「防災」機能に特化している.用水路利用者の住民属性に関しては両校下で相違がみられ,長町校下では,用水路は幅広い住民層によって利用されているが,小立野校下では高年齢層や居住年数の長い人に限られる.居住地に関しては両校下とも,利用者が用水路からの距離に比例して減少している.用水路の維持に関しては,地域組織による活動が重要な役割を果たしている・現在の都市生活者にとって,個人単位で用水路を生活に利用し,維持するには限界があり,地域組織で用水路の新しい活用法を見出し,維持・管理していくことが重要である.
著者
南雲 直子 大原 美保 バドリ バクタ シュレスタ 澤野 久弥
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.361-374, 2016 (Released:2016-11-16)
参考文献数
22
被引用文献数
2

洪水常襲地帯であるフィリピン共和国パンパンガ川下流域のブラカン州カルンピット市をモデル地域に,降雨流出氾濫モデルによる洪水氾濫解析とGISマッピングを実施し,地域の住民避難や時系列の洪水災害対応計画に役立つリソースマップ,浸水想定マップ,浸水確率マップ,浸水チャートを作成した.こうした資料の作成には,高解像度数値標高モデルをはじめとする地理空間情報と洪水記録の蓄積が必須である.また,地域の浸水危険性の把握には洪水氾濫解析結果だけでなく,地理学的視点からの土地の成り立ちへの理解も重要で,同時に住民が自ら考え行動できるよう継続的な支援を行っていくことが洪水被害の軽減に役立つ.
著者
原口 剛
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.263, 2020 (Released:2020-03-30)

Ⅰ はじめに 本報告は,地理学における労働への問いにとって資本と労働の対立が根本的であるとの視点にたち,それが生み出す「空間の政治」の論理を示すことを目的とする。具体的には,神戸港において全日本港湾労働組合神戸弁天浜支部が1970年代以降に主導した,労災職業病闘争を取り上げる。とくに注目されるのは,「港湾病」という病名が労働運動によって提唱され,争われた事実である。本報告では,この名づけがいかなる意義をもったのかを論点の中心に据えつつ,災害職業病闘争の展開過程を検証する。Ⅱ「港湾病」とは何か 労災職業病闘争は,1966年の港湾労働法を契機に結成された神戸弁天浜支部がいちはやく繰り広げた闘争だった。同支部は,1974年にアンケート調査を実施したことを皮切りとして,1988年までに13次にわたる労災職業病の申請闘争を展開し,現在もじん肺をめぐる闘争が継続されている.この闘争のなかで,港湾の労災職業病は「港湾病」と名づけられた.その病名は,主として次の症状を包含するものだった.第一に腰痛症や関節症などの全身運動器疾病であり.第二に船内でのチェーンソー利用に起因する振動病(白ろう病)であり,第三に有害物質による粉じん病,なかでもアスベストによるじん肺である.全港湾の闘争は,これらの疾病を段階的に認定させていった.それは同時に,「港湾病」が字義的にも空間的にも拡張されていく過程だった。Ⅲ 闘争の展開過程(1)「フォークリフト病」から「港湾病」へ 労災職業病認定闘争が開始された当初,港湾では労働の機械化が急速に進み,労働運動にとって喫緊の課題として浮上していた。この状況下にあって全港湾は,フォークリフトが労働者の身体におよぼす影響,とりわけ腰痛に注意を向け.当初は「フォークリフト病」という病名を掲げた,しかし,弁天浜支部が独自に実施した74年に実施されたアンケート調査と集団検診によって,腰痛症のほかにも,頚椎症,膝関節炎,気管支炎,じん肺など,全身的な症状が広がっている実態が明るみとなった.弁天浜支部は,これらの諸症状を総体的に指し示すべく,新たに「港湾病」という呼称を案出し,提起した. だが,第1次・第2次の申請(1974〜75年)の段階では,労災職業病として認定されたのは腰痛のみであり,それ以外の症状は港湾労働との因果関係が否認された.これに対し弁天浜支部は,腰痛以外の症状についても認定を勝ち取るべく闘争を進め,1976年の第3次申請以降には,腰痛のほか頚椎症や膝関節症などの認定を実現させた.さらには,1977年にはチェーンソー使用による振動病への取り組みを重点化し,これについても認定を勝ち取った.(2)「港湾病」の全国化と港運業者の抵抗 1970年代後半になると,「港湾病」認定闘争は新たな局面に入った.第3次申請までは,その主体は登録日雇労働者だったのに対し,1977年の第4次申請以降は常用労働者が主体として加わった.また,1978年には横浜港および関門港においても労災職業病認定闘争が開始された. このような主体の拡大と他港への波及に対し脅威を感じた日本港運協会は,「このように特定の港にのみ,且つ日雇労働者に多数の認定者が発生していることは……むしろ職業病申請に当って申請者集団の心理的欲求と,組織の指導による特定診療機関の受診がもたらした結果である」との非難を繰り広げた(全港湾関西地本労災・職業病対策特別委員会 1980: 107).このような日本港運協会の言葉は,はからずも「港湾病」という名称がもつ政治的な効果を浮き彫りにしている.すなわち,「港湾」という具体的かつ一般的な地理的概念を冠した病名を提起することで,労働運動は,あらゆる港湾へと闘争を波及させうる状況を生み出そうとしたのだった.(3)「港湾病」としてのじん肺 さらに,じん肺をめぐる闘争は,もうひとつの角度から空間的次元の重要性を示唆している.旧来のじん肺法においては,粉じん作業とは「鉱石専用埠頭に接岸している鉱石専用船の船倉内」での作業とされ,この定義により港湾それ自体を粉じん作業の現場とみる可能性は閉ざされていた.全港湾はこれを変更させるべく運動を繰り広げ,1985年の法改正において「鉱物等を運搬する船舶の船倉内」へとその定義を拡張させた.こうして,港湾を粉じん作業の現場として把握し,じん肺を「港湾病」として認定する可能性が,はじめて切り開かれた.Ⅳ おわりに 以上の各段階にみられるように,「港湾病」という名称は,闘争の政治的次元とその空間性を如実に表わしている。ずなわち,これら一連の行為に共通して見出されるのは,複数の次元において対抗的空間を生産しようとする,港湾労働者の企図である。
著者
山縣 耕太郎 町田 洋 新井 房夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.195-207, 1989-03-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
22
被引用文献数
4 4

北海道南部の函館付近には後期更新世に噴出したと考えられる数枚のテフラ層が分布し,別個のテフラ層として銭亀沢火砕流堆積物・女那川火山灰という名称が与えられていた.本稿は従来明らかでなかったこれらのテフラの対比を行なうとともに給源火山,分布,層序を解明することを目的とした. まず層序,岩石記載的性質を調べた結果,上記の名称をもつテフラは,同一の給源火山から降下軽石の噴出に始まり火砕流の噴出で終わる一連の噴火によって堆積したことがわかった.この一連のテフラを銭亀一女那川テフラ(Z-M)と呼ぶ.このテフラ層の岩石記載的性質は垂直方向に顕著な変化を示す.これは分帯構造をもつマグマ溜りが存在していたことを示唆し,かつテフラの同定に役立った.次にその給源火口は,降下軽石と火砕流堆積物の層厚・粒径分布をもとに,函館東方の津軽海峡浅海底にある火口状凹地と推定された.またZ-Mのうち降下テフラは亀田半島から日高,十勝まで分布することがわかった.Z-Mテフラの噴出年代は,既存の14C年代やテフラと河成段丘堆積物の層位関係などから総合して, 3.3万年前と 4.5万年前との間と考えられる.
著者
西脇 圭一郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.207, 2020 (Released:2020-03-30)

従来から天井川は、歴史的経緯や地質から西日本に多いとされてきた。今回あらためて日本列島全体を俯瞰して天井川の分布を把握し、糸魚川・静岡構造線や中央構造線沿いに多くが分布していることを明らかにし、日本列島の東西での分布の特徴を調べた。また、天井川の流路の平面形はその形成要因として人為的要因と深く関わっていると考えられるため、それぞれの流路の平面形態を直線型・山寄せ型・河道延長型・条里地割型の4タイプに分類した。とくに従来の視点に加え、利水の観点から天井川の成因について検討した。
著者
筒井 一伸 小関 久恵
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.1-21, 2023 (Released:2023-01-07)
参考文献数
25

政策的議論が本格化して15年近く経過した地域運営組織(RMO)は2020年度には5,783まで増加した.RMOは平成の市町村合併で広域化したことによる地域課題への対応を目指した,2000年代の第二次コミュニティブームの時期に設立されたものが多いが,1970年代前半からの第一次コミュニティブームの中で設立されたものもある.本稿では,前者の例として山形県酒田市日向(にっこう)地区,後者の例として鶴岡市三瀬地区のRMOを事例にその再編過程の実態を明らかにした.その結果,RMO設立という組織再編だけではなく,社会的背景に応じた機能再編が図られているものの,RMOがもつ機能には時代性があり,それにより分離型と一体型の志向性の違いが読み取れた.また三瀬地区ではRMO設立に伴い,基盤となる地区の空間再編が行われたことも明らかになった.
著者
渡邉 佳奈絵
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2010年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.91, 2010 (Released:2010-11-22)

I はじめに 景観とは,人間の環境知覚によって特定の意味を付与された場所のことである.ここでは地域の景観を知る手がかりとして,地域の伝承の変化を読み解くことを提案したい.なぜならば地域の伝説や昔話は長年にわたって住民の環境知覚を反映し続けているため景観研究において有効だと考えられるためである. 本研究では,ある地域を研究する手がかりとして苧環型蛇聟入(おだまきがたへびむこいり)伝承を取り上げた.蛇聟入伝承は,蛇聟と人間との婚姻譚であり,三輪山伝説のような神話,英雄の出生を語る伝説,節句の儀礼の由来としての昔話のようにそれぞれの形をとって存在している.その理由として佐々木(2007)は,特に苧環型の蛇聟入伝承が,地域の豪族によって自らの支配の正当性を主張するために用いられ,戦国時代に豪族が没落するにつれて神話の聖性を失い,昔話へ変化したためであると主張している. 本研究では,佐々木の考え方を参照しつつ,苧環型蛇聟入伝承が語られる地域の伝承の変化と景観との関係について考察を加えるものである.研究対象地域の苧環型蛇聟入伝承は昭和から平成にかけて急速に変化を遂げており,戦国時代の権力者の没落という文脈では捉えきれないと考えられる. II 対象地域と調査の概要 研究対象伝承として,福島県いわき市好間町の好間川に伝わる蛇岸淵という伝説を取りあげた.好間川は昔から暴れ川として周辺の地域に飢饉などの甚大な被害を及ぼしている.しかし現在では,昭和10年から20年頃行われた河川改修工事によって洪水被害は起こらなくなっている.さらにこの工事によって蛇岸淵そのものが消滅しており,1988年には蛇岸淵のすぐ近くを常磐自動車道が通るようになった. 実際の調査は蛇岸淵伝承の掲載された民話集,伝説集を収集し,年代ごとに傾向をまとめた.また蛇岸淵周辺の住民12人,地域の伝承を編纂した委員会の方,伝説に登場する家と寺院の方に聞き取り調査を行った. III 結果・考察 好間川の河川改修工事が行われた昭和10年から20年に採集された伝承と蛇岸淵周辺の住民への聞き取り調査,また昭和10年に蛇岸淵で行われた法要の記録から,河川改修工事が行われる前には蛇岸淵の蛇には好間川の流れを支配する神としての信仰があったと考えられる.民話集の発行年が河川改修工事以後の昭和50年以降になるとそれまでの伝承に加えて,蛇が好間川の流れと関係しない伝承が存在するようになる.さらに平成14年に好間町で結成されたよしま民話集編纂委員会による『よしまの民話と伝説』の中には,蛇が人を攫う,食べるなど,かつては神として崇められていた蛇が妖怪化した描写が見受けられる. さらに,好間町では民話集に記されたものとは別に,蛇岸淵の周辺だけで語られている話が現存している.聞き取り調査によると,蛇岸淵のすぐ近くのある家は好間川が氾濫してもなぜか水が上がらなかった.その家の女性とその子どもの顔のつくりが普通とは違っていたため,蛇と結婚して子どもをもうけたのだろうという噂があったという.さらに,この話に登場する家は常磐自動車道建設の際移転したものの現在でもまだ存在している.この際,この家を移転させるために補助金が支払われたことについて,当時周囲の人々の間では,さぞ儲かっただろうという噂が流通していたともいう.これらのことから,蛇岸淵周辺では洪水の被害に遭わない奇妙なこの家に対し,あまり良い印象が持たれておらず,同家が洪水に際して自分たちよりも得をし,自分たちの富を奪う家,という住民の意識が生成されるようになったことが伺われる. こうして好間川河川改修以後の好間町では,住民の持つ景観の違いに対応して伝承が変化してきたと考えられる.すなわち,蛇岸淵から遠い場所に住む人々は,河川改修工事によって,神の棲み処としての好間川と洪水の被害を受けない奇妙な家,という「ふたつの景観」を失ったことにより,伝承を続けていくための創作が必要になった.対して,蛇岸淵の近くに住む人々は,現在もかつて伝説のモデルとなった家の場所を認知しており,「洪水の被害を受けない奇妙な家」という「景観」が残像している.しかし,神の棲む川という景観が消滅し,蛇の聖性だけが失われたことにより,神と結婚したために洪水の被害を受けなかった家から,蛇と結婚し奇妙な顔の子どもを生んだ家,蛇を祀る家という伝承の変化が起こったものと考えられる. 参考文献:佐々木高弘 2003.『民話の地理学』古今書院.
著者
小俣 利男
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.74, no.10, pp.567-584, 2001-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
29

本研究では,従来の大地域別・州別分析では実態把握上限界があった,ソ連時代末期のロシア共和国における主業分布にっいて集落別の検討を試みた.まずソ連時代の工業・都市両概念を整理後,工業構成と州別工業分布を概観した.それを受けてモスクワ,チェリャビンスク,イルクーツク3州の工業企業に関するデータベースを作成し,企業数や業種の観点から集落別工業分布を検討した.その結果,国内中核部への工業集中と周辺部の採取工業割合の高さが示された.また,採取部門が工業に含められることに起因する見かけ上の分布拡大と周辺部の工業化,および集落特性と工業立地の密接な関係,とりわけモスクワ地域を筆頭とする大都市への顕著な工業集中が明らかになった.そのような大都市工業集中をもたらしたのは,工業の比較大都市指向性と行政中心地指向性であり,前者の典型的な業種は機械・金属加工,後者のそれは出版・印`刷であることも明らかにされた.
著者
荒堀 智彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.145, 2020 (Released:2020-12-01)

1. はじめに 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによって、世界中で健康危機管理情報の配信が行われている.その中で、「インフォデミック(Infodemic)」という現象が発生し、インターネットとSNSの発達によって情報の拡散力が急激に高まっている.インフォデミックは、情報の急速な伝染(Information Epidemic)を短縮した造語で,2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行時に生まれ、正しい情報と不確かな情報が混じり合い、信頼すべき正しい情報を見失った状態を意味する.2009年のインフルエンザAH1N1pdmのパンデミックの際も同様に、インフォデミックによる社会的混乱が発生し、感染症情報のリテラシーに関する問題が指摘された.本発表では、日本における健康危機管理情報の課題を整理し、ポスト・コロナ社会における健康危機管理情報とリスクコミュニケーションに向けた課題を整理する.2. 感染症と健康危機管理情報 これまで、人類は多種多様な感染症のパンデミックを経験し、それらの撲滅や予防のために情報収集と配信を継続してきた.特に2009年のインフルエンザAH1N1pdmのパンデミック以降、リスクマネジメントとリスクコミュニケーションに関する議論が進められており、世界保健機関(WHO)は、2017年にインフルエンザリスクマネジメントに関する基本方針を発表した(WHO 2017).その基本方針の一部には、社会包摂的アプローチの導入が提案され、そこでは、空間スケールに関する言及もされた.感染症を撲滅するのではなく、いかにして予防・制御していくのかに重点が置かれ、日常的な備えとして、地域レベルに応じた効果的な情報配信とリスクコミュニケーション体制の整備が求められている.また、各地域レベルで、経済、交通、エネルギー、福祉などの各分野が協同でリスクマネジメントに取り組むことが明記されている.日本においては、厚生労働省と国立感染症研究所を中心とした感染症発生動向調査(NESID)が国の感染症サーベイランスシステムとして構築され、1週間毎の患者数や病原体検査結果が報告されている.しかし、NESIDで収集される感染症情報は、患者や病原体を報告する医療機関が限られており、速報性に欠ける欠点を持ち、地方レベル以下のローカルスケールにおける詳細な流行状況を知ることには適していない.3. 空間スケールに応じた情報配信体制の構築 NESIDによる感染症の調査監視体制は、各地方の保健所を最初の窓口とし、そこから地方衛生研究所、国立感染症研究所、厚生労働省へ伝達されていくピラミッド型の構造になっている.これは、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)に基づき、感染症類型や患者把握の手法を問わず実施されているものである.一部地方の臨床現場では、この構造から生じる課題を、2009年のAH1N1pdm後から指摘している.具体的な課題として、「情報配信の迅速性の欠如」、「詳細な流行状況の可視化」、「新しい手法・技術の導入」が挙げられる.これらの課題を克服するために、岐阜県や神奈川県川崎市などにおいて、ローカルスケールを対象としたローカルサーベイランスの導入が進んでいる.NESIDと異なり、上位機関へ情報を通すことなく、各専門機関が独自で住民に情報配信をすることで、上記の課題改善に繋げている.加えて臨床現場における診療対応に直接指示を出せるだけでなく、住民の危機意識を啓発させる効果がある(荒堀 2017).4. ポスト・コロナ社会のリスクコミュニケーション COVID-19を契機として、公的機関による情報配信だけでなく、民間企業や報道機関の参入も増えている.今後は、それらに加えてSNSによる新しい手法や、デジタル疾病地図の整備が進むと考えられる.前者はIndicator Based Surveillance(IBS)、後者はEvent Based Surveillance(EBS)と呼ばれる.IBSは,一定の指標に基づいて報告・評価するサーベイランス、EBSは公衆衛生事象の発生に基づくサーベイランスである.しかし、欠点としてIBSは想定外の発生を捉えることができず、EBSは、臨床診断に基づいていないため、リスク評価基準が定まっていないことが挙げられる(中島 2018).臨床現場においては、EBSの導入に賛同する声もあるが、臨床診断が無いことを問題視する指摘がある.先述のローカルサーベイランスは、専門機関の管轄地域内における臨床診断結果に基づいて、直接地域の医療従事者と住民に情報を還元できる利点を持っている.今後の普及に向けて、科学的根拠に基づくリスクコミュニケーションに向けた対話型地図の導入や制度の整備に向けた議論が求められる.
著者
山口 隆子 松本 昭大
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.22, 2020 (Released:2020-03-30)

伊豆諸島の島々では、島の上空だけが雲に覆われることがある。この現象を「島曇り」という。島曇りが発生すると、視界不良により航空機や船の発着が困難になる。伊豆諸島の島曇りに関する研究は、気象庁による報告書が複数あるものの、論文としてまとめられたものはない。そこで、本研究では、長期的な観測のデータを用いて、島における霧の発生条件を気候学的な推定を行った。 対象地域は、伊豆諸島のうち測候所が置かれており、欠測の少ない八丈島と伊豆大島とした。対象期間は目視による雲の観測が行われていた、1989年4月から2009年9月までである。島で広がる霧には、「島曇り」のみならず、海から侵入する「海霧」もある。しかし、島民は両者を区別しておらず、測候所での観測結果はいずれも「霧」となる。本研究では、島曇りと海霧を区別することが困難であることを考慮して、新たに「島霧」として定義を行った。 八丈島の島霧の発生頻度は、1年あたり約20.7日であり、大島の2.5倍弱に達した。このように、八丈島は大島と比べ、島霧が生じやすい。月別発生頻度は、両島ともに、5〜9月に多く、7月にピークを迎えた。一方、秋から冬にかけては、島霧の発生頻度が非常に小さくなる。6月から8月にかけては、気温が海面水温を上回る時期が現われるが、この時期と島霧が多発する時期が一致した。この点を各島霧日について、調べたところ、「気温-海面水温」の値が-3℃以上になると、島霧が急増することが明らかになった。 島霧は6,7月に多く、梅雨前線の影響が窺われたため、前線の位置を調べた。島霧時の前線の緯度は最多が北緯35度、次に37.5度であった。八丈島が北緯約33度であるので、これらの前線は、八丈島の北側かつ、近傍にあるといえる。したがって、前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込みやすい状況にある。一方、前線が32.5度以南、すなわち八丈島の南側に位置する場合、島霧の発生数は極端に少なくなる。これは、風向が北寄りとなり、陸地由来の乾燥大気が流入しやすくなるからだと思われる。 黒潮が島の南側を流れる場合、南方から湿った大気の移流により、島霧が生じていた。ただし、海面水温が低いため、他の条件が悪くても、大気が安定し、島霧となる事例もみられた。黒潮が島の北側を流れる場合、南寄りの風により気温が上昇し、海面水温を上回る際に、島霧の発生が多くなった。黒潮の影響により、北寄りの風の際にも、高温・多湿となることもあった。このように、黒潮の流路によりも、移流の効果が、島霧に影響を及ぼしていた。 島霧の発生条件の推定の結果、以下の条件が揃う際に、島霧が生じやすいことが明らかになった。①気温と海面水温の差が-3℃以上になること②湿度が85%を超えること③南西の風が吹くこと④850hPa以下の下層大気に安定層があること⑤日本列島上に停滞前線があること、もしくは南高北低の夏型気圧配置となること
著者
三冨 正隆
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.66, no.8, pp.439-459, 1993-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
42
被引用文献数
6 6

台湾の蘭嶼に居住するヤミ族は,天上神を中心とした世界観と空間認識の体系を発達させており,人の霊魂は天界から蘭嶼に来りて誕生し,死ぬと死霊となり彼方の死霊の島に去ってここに永久に留まるという不可逆的な時間・空間の観念が卓越していて,他のオーストロネシア諸文化とは逆に外洋方向を良い方向,山岳方向を悪い方向として象徴化している. しかし蘭嶼がバタン諸島と渡洋交易を営んでいたはるか過去の時代には,祖霊を中心とした体系が発達しており,霊魂は山岳方向から来りて誕生し,死とともに外洋方向より死霊の島に去り,いつかまた再生するという循環的な時間・空間の観念が卓越していて,山岳方向が良い方向,外洋方向が悪い方向となっていた.この変容は,バタン諸島がスペイン人に征服されて蘭嶼が孤立した小世界となり,父系的血縁集団が衰退し,個人主義と威信競争が卓越するようになった社会秩序の変化と大きくかかわっている.
著者
若林 芳樹
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.63, no.4, pp.255-273, 1990-04-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
43
被引用文献数
2 1

本稿は,距離評価法と描画法によって測定された,札幌における大学生の認知地図の相対的歪みについて,若林(1989a)の方法を一部修正して,計量的分析を行なったものである.その結果,札幌の大学生の認知地図は,現実の地図との適合度が比較的高いことが明らかになった.ただし,距離評価法による結果は,認知地図と現実の地図との適合度よりも経路距離空間とのそれの方が高いのに対し,描画法では,現実の地図からのずれも個人差も比較的小さいという調査方法による違いが現われた.距離評価法による結果が示唆する認知地図の非ユークリッド性については,MDS(多次元尺度構成法)によって布置を求める際に,ミンコフスキー距離を当てはめて検討したところ,市街距離との適合度がもっとも高くなることから,対象地域の格子状街路が距離評価に影響を与えているものと推定される.このような調査方法による結果の差異は,人間が環境の情報を獲得し,再生するまでの情報処理過程の違いによるものと解釈される.

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出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.E01, 2022 (Released:2022-11-25)