著者
金水 敏
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.108-121, 2015-02

疑問文の研究の視点を整理した上で,衣畑(2014a, 2014b),野村(2001),高宮(2003)等に沿って日本語疑問文の歴史的変化の方向性やその動機づけ等について概観する。衣畑(2014b)によれば,前上代においては,焦点位置に「か」を置くという原則だけで疑問文形成の説明ができたが,上代に肯否疑問文の焦点位置に「や」も置かれるようになり,中古には疑問詞疑問文と肯否疑問文を区別する方向性が強められたとする。本稿では,なぜ肯否疑問文の領域に「や」が進出してきたのかという問いを立て,その説明のためには「か」と「や」の機能の違いに着目すべきであるということを主張する。さらに衣畑(2014b)では,中世にいったん疑問詞疑問文から「か」が消えたとするが,竹村・金水(2014)では中世末期のキリシタン資料で「か」文末の疑問詞疑問文が一定量存在することを示している。本稿では,竹村・金水論文で示された「ぞ」文末疑問詞疑問文と「か」文末疑問詞疑問文の性質の違いを踏まえ,「リスト表現」という形式の発達,および間接疑問文の発達という観点から,この新しい「か」文末疑問詞疑問文の起源についての仮説を提示する。
著者
塩田 雄大
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.251-264, 2014-05

複合動詞のアクセントは,前部動詞の反対の式をとると言われている(式保存の逆転現象)。前部動詞が平板式であれば複合動詞は起伏式に,また前部動詞が起伏式であれば複合動詞は平板式になるというものである。しかし運用実態としては例外も多く,前部動詞が起伏式・複合動詞も起伏式というものが,少なからずある。 この「複合動詞アクセントの式保存の逆転現象」という一般化を導き出したのは,三宅武郎(1934)である。本稿では,三宅が主な編集を担当した2冊の辞書(国語辞典のアクセント注記と,アクセント辞典)を中心として,その記述の中に「式保存の逆転現象」に合致するものがどの程度見られるのかをめぐって,考察を進める。 この2冊の辞書で示されている複合動詞のアクセントは,同時期のほかのアクセント辞典での掲載内容と比べて,「式保存の逆転現象」に忠実すぎる〔=おそらく実態とはいくらかのずれがある〕様相になっていることを,計量的に示す。 この事実は,一般的法則として三宅が帰納的に指摘した「複合動詞アクセントにおける式保存の逆転現象」が,その後に彼の成したアクセント記述・アクセント辞典編纂に対して,演繹的に「過剰適用」されてしまったこと,すなわち,「規範」の提示にあたって,「実態」の考察を通して得られた「傾向」を,「原則」にまで高めてしまったものとして,解釈することができる。
著者
小島 聡子
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.27-41, 2013-05

近代は「言文一致体」・「標準語」を整備し普及させようとしていた過渡的な時代である。そのため,当時,それらの言語とは異なる方言を用いていた地方出身者は,標準語を用いる際にも母語である方言の影響を受けた言葉づかいをしている可能性があると考え,近代の東北地方出身の童話作家の語法について,彼らの言葉づかいの特徴と方言との関連について考察した。資料としては,宮沢賢治の『注文の多い料理店』,浜田広介の『椋鳥の夢』を全文データ化してコーパスとして利用した。その上で,文法的な要素に着目し,格助詞・接続助詞等の一部について,用法や使用頻度・分布などを既存の近代語のコーパスと比較し,その特徴を明らかにすることを試みた。また,『方言文法全国地図』などの方言資料から,彼らの言葉づかいと方言との関連性を探った。その結果,格助詞「へ」の用法・頻度については,方言の助詞「さ」の存在が関連している可能性があることを指摘した。また,接続助詞の形式,限定を表す表現などにも方言からの影響がある可能性を指摘した。
著者
FRELLESVIG Bjarke
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー = NINJAL project review (ISSN:21850100)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.152-177, 2013-06

本論文は「オックスフォード上代日本語コーパス」の用例に依拠して,上代日本語における動詞「する」の主要な用法を記述しようとするものである。主要な論点は,上代語の「する」は語彙的な用法をもたない純粋に機能的な要素であって,語彙的用法をもつ現代語の「する」とは相違していることを示すことにある。あわせて上代語の「する」を軽動詞(light verb)とよぶことの適否と,印欧語におけるdo動詞がそうであったように,上代語の「する」もまた語彙的な用法をもつ「重たい」動詞が文法化されることによって生じたとみなすことの適否についても簡潔に論じる。This paper provides a basic description of the main uses of the Old Japanese verb suru, on the basis of the material in the Oxford Corpus of Old Japanese. In particular, the paper shows that OJ suru was a purely functional element, with no lexical uses, as opposed to NJ suru which does have lexical uses. The paper also briefly discusses whether suru should be termed a 'light verb' in Old Japanese and whether it may be thought to have been grammaticalized from a lexical 'heavy' verb, as is the case with 'do' verbs in Indo-European.
著者
柳町 智治
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー = NINJAL project review (ISSN:21850100)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.205-210, 2014-06

大学院研究留学生が指導教員から実験の手順について指示説明をうけている場面の相互行為分析をもとに,数をかぞえる,あるいは指示や説明を理解するという認知的活動が社会的に組織化されている様子を示す。また,第二言語話者が日常的実践を行っていく能力をどのように捉え評価したらいいのかという問題を,近年広がりを見せている能力記述文に準拠した評価方法と関連させて検討していく。This paper, based on the microanalysis of a video-taped interaction between an international graduate student and her academic supervisor in a science lab at a Japanese university, demonstrates how cognitive activities such as counting and mutual understanding are socially organized. The paper also discusses the issue of how we should evaluate second-language speakers' competence in organizing daily activities on the basis of recent 'can-do statement' movements in Europe and Japan.
著者
コムリー バーナード
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.29-45, 2010-05

言語類型論は日本語等の個別言語を通言語的変異に照らして位置づけるための1つの方法を提供してくれる。本論では個々の特徴の生起頻度と複数の特徴の相関関係の強さの両方を検証するために,WALS(『言語構造の世界地図』)を研究手段に用いて言語間変動の問題を考察する。日本語と英語は言語類型論的に非常に異なるものの,通言語的変異を総合的に見ると,どちらの言語も同じ程度に典型的であることが明らかになる。また,日本語が一貫して主要部後続型の語順を取ることは,異なる構成素の語順に見られる強い普遍的相関性の反映であるというよりむしろ,日本語の偶発的な性質であると主張できる。最後に,WALSの守備範囲を超えた現象として,多様な意味関係を一様に表す日本語の名詞修飾構造,および類例がないほど豊かな日本語授与動詞の体系に触れ,それらを世界の他の言語との関係で位置づけることで本稿を締めくくる。
著者
太田 聡 太田 真理 Satoshi OHTA Shinri OHTA
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.10, pp.179-191, 2016-01

連濁はもっとも広く知られた日本語の音韻現象の1つである。先行研究では,日本語の複合語は連濁の生起率の違いに基づいて,いくつかのグループに分類されることが提案されている。しかしながら先行研究では,連濁生起率の分類基準が恣意的であった点,またグループの数をあらかじめ仮定していた点に問題があった。そこで本研究では,混合正規分布モデルに基づくクラスター分析と連濁データベース(Irwin and Miyashita 2015)を用いて,日本語複合語を分類する際の最適な分類基準とクラスター数を検討した。複合名詞と複合動詞のどちらも,2つのクラスターを仮定したモデルが最適であり,クラスター同士の分類基準は,複合名詞では連濁生起率が90%,複合動詞では40%であった。これらの結果は先行研究のクラスター数や分類基準とは異なるものであった。我々の結果は,モデルに基づくクラスター分析が言語データに対する最適な分類を行う上で非常に有効であることを示すものである。Rendaku is one of the most well-known phonological phenomena in Japanese, which voices the initial obstruent of the second element of a compound. Previous studies have proposed that Japanese compound words can be classified on the basis of the frequency of rendaku (rendaku rate). However, since these studies used arbitrary criteria to determine clusters, such as 33% and 66%, as well as arbitrary numbers of clusters, it is crucial to examine the plausibility of such criteria. In this study, we examined the optimal boundary criteria as well as the optimal number of clusters using a clustering analysis based on Gaussian mixture modeling and the Rendaku Database (Irwin and Miyashita 2015). The cluster analyses clarified that the two-cluster model was optimal for classifying both compound nouns and compound verbs. The boundary values of the rendaku rate for these clusters were approximately 90% and 40% for the compound nouns and compound verbs, respectively. These results were inconsistent with the findings of previous studies. Our findings demonstrate that model-based clustering analysis is an effective method of determining optimal classification of linguistic data.
著者
金沢 裕之 Hiroyuki KANAZAWA
出版者
国立国語研究所
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
no.1, pp.105-113, 1997-04

岡山大学動詞の否定の連用中止法は,一般には,「~(せ)ず,…」の形が正しく,助動詞「ない」を使った「~(し)なく,…」の形は規範的でないとされている。しかし近年,一部の用例にではあるが,この形式が認められ,それらの用例を観察してみると,先行する動詞句,あるいは「動詞+ない」全体が状態的な意味を表す場合に多く用いられていることがわかった。大学生に対するアンケート調査でも,この観察の妥当性が概ね確認された。この現象を通時的変化の流れから考えると,否定の助動詞における「ず」から「ない」への移行が最終的な段階を迎えようとしていることの予兆として捉えられる可能性がある。
著者
平野 宏子
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.7, pp.45-71, 2014-05

1節では,本研究が国立国語研究所共同研究プロジェクト「日本語教育のためのコーパスを利用したオンライン日本語アクセント辞書の開発」の一部であり,web辞書構築の土台となる韻律教育の効果を,紙媒体を使って検証してきたものであることを述べた。2節では,音声の特徴と,学習者の日本語らしい音声習得へのニーズの高さについて述べた。3節では,日本と中国で学習者の日本語音声に対する関心は高くても,音声教育が体系的に行われていないこと,従来の教科書には単音や語のアクセント型の記述はあっても,連語のアクセントや文のイントネーションの記述は少ないこと,しかし最近は韻律の重要性の認識が高まり,韻律学習を目的とした教材の出版が顕著に増えているが,現在のカリキュラムや教材の中で音声教育が自然に導入されることが理想的であることを述べた。4節では,中国語話者の日本語発話の韻律的特徴について述べた。中国語話者のピッチパターンでは,文節ごとの急峻なピッチの上下変動がみられ,音響的な意味のまとまりの形成を阻害すること,日本語にはないアクセント型が出現しやすいことを述べた。5節では,従来の音声教育の問題点を踏まえ,web辞書OJAD開発に関わる教育効果を検証するために,開発と並行して行ってきた紙媒体での音声教育の実践方法について述べた。6節では,音声教育実践の効果についてアンケート調査をもとに分析を行った。ゼロ初級からの音声教育は従来のカリキュラムを変更することなく行え,韻律視覚化教材使用によって教師と学習者間で音声に関して様々な気づきと対話が生まれ,教師は基準をもとに自信を持って指導することができるようになり,学習者は音声学習を負担に感じるよりむしろ面白いと答えた。7節では,教材のweb化,OJADの開発について紹介した。
著者
大西 拓一郎
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.68-77, 2014-10

私たちのプロジェクトは方言分布を対象にして,経年調査を実施し,方言の形成過程を明らかにしようとしている。全国500地点において,実際に30年から50年程度の比較を可能にする方言分布のデータを得た。その中から現実に発生している言語変化をとらえることができた。新たに発生していることが確認されたナンキンカボチャは50年前にナンキンとカボチャが分布していた境界にあり,両者の混交で生まれたことを示している。動詞否定辞過去形のンカッタは自律的に発生した形で,複数箇所において別々に発生しており,30年前と比べると近畿地方中央部に広がるとともに,中国地方西部や新潟県ではすでに分布領域が確定していたことがわかる。名詞述語推量辞のズラは中部地方の代表的な方言形式であるが,静岡県を中心にコピュラ形式を内包するダラに変化しつつあることが明らかになった。ただし,経年比較を通して言語変化が多数見つかるからといって,現実のことば全体が変動し続けているわけではないことには注意が必要である。
著者
中西 久実子 Kumiko NAKANISHI
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.14, pp.193-207, 2018-01

日本語学習者は,「彼は8歳だけだ」のような「数量語+だけだ」など「名詞+だけだ」を多用することが多い。先行研究では,名詞文の述語の位置の「だけだ」について「量による規定をおこなうが,質による規定とは相入れないのではないかと考えられる」(森本1992: 48)とされている。たしかに,「彼は係長だけだ」のように名詞「係長」に「だけだ」を接続すると不自然になる。これに対して,中西(2014)では,「甘えん坊だ」のような「名詞」に「だ」が付いて述語になったものに,さらに「だけだ」を付けて「彼は甘えん坊なだけだ」としても不自然にならない反例があることが指摘されている。つまり,量による規定の場合は「名詞+だけだ」という形しか使えないが,質による規定の場合は,「甘えん坊なだけだ」のように「名詞な+だけだ」という形で許容されることがあるというのである。しかし,「だけだ」が不自然になる要因が明示されていないため,たとえば,「彼は父より少し年下なだけだ」などの「だけだ」が不自然ではないことなどには説明がつけられない。そこで,本稿では,「数量語+だけだ」など「名詞+だけだ」がなぜ不自然になりやすいかという決定的な要因を明示する。不自然と判断される決定的な要因は,補集合の要素の存在の否定(=「他はない」という「モノの非存在」)が読み取れないことである。たとえば,「この本は1000円だけだ」の「1000円」は「安価だ」というように形容詞的に解釈されていて,前提「高価だ」との間に明確な区切りがなく,補集合の要素の存在の否定(=「他はない」という「モノの非存在」)が読み取れないので,「だけだ」が不自然と判断される。「数量語+だけだ」は形容詞的に解釈されがちで,補集合の要素の存在の否定(=「他はない」という「モノの非存在」)が読み取れないので,不自然になりやすい。Learners of Japanese as a second language tend to misuse dakeda 'just' as in Kare wa 8-sai dakeda 'He is just eight years old.' A previous study has shown that dakeda is impermissible in a noun sentence when it follows a predicate nominal prescribing the quality of the subject. Morimoto (1992) claims that dakeda is incompatible with describing the attribution of the subject of a sentence. It is true that dakeda is not pragmatically permissible, when used in such a sentence as Kare wa kakaricho dakeda 'He is just a chief,' because kakaricho 'chief ' describes the attribution of the subject of the sentence. On the other hand, Nakanishi (2014) points out that there is a counterexample to Morimoto's (1992) assertion. Although Nakanishi (2014) presents a factor as to why dakeda is taken to be pragmatically permissible, it is not sufficient as Nakanishi (2014) fails to present a factor as to why dakeda is not pragmatically permissible. In this article, I present the crucial factor why "Noun + dakeda," especially "Quantifier + dakeda," is often taken to be pragmatically impermissible. In conclusion, in particular for "Quantifier + dakeda," it is difficult to find a clear distinction between the focus noun and its paradigmatic element on a scale. Consequently, a reader cannot understand that there is something deficient between the focus noun and the paradigmatic element. For example, Kono hon wa 1000 yen dakeda 'This book costs 1000 yen' is pragmatically impermissible, because it is difficult to find a clear distinction between the focus noun "1000 yen" and its paradigmatic element "5000 yen" on a scale. Moreover, the reader takes 1000 yen as adjectival "cheap," and there cannot be imagined something deficient between "cheap" and "expensive."
著者
高橋 圭子 東泉 裕子 佐藤 万里 Keiko TAKAHASHI Yuko HIGASHIIZUMI Mari SATO
出版者
国立国語研究所
雑誌
言語資源活用ワークショップ発表論文集 = Proceedings of Language Resources Workshop
巻号頁・発行日
no.3, pp.57-67, 2018

会議名: 言語資源活用ワークショップ2018, 開催地: 国立国語研究所, 会期: 2018年9月4日-5日, 主催: 国立国語研究所 コーパス開発センター近年,ビジネスマナーに関する書籍やウェブ上において,「了解」は上から目線の言葉で失礼なので使わないほうがよい,とする記述が少なからず見られる。本発表では,各種コーパスの用例,辞書やマナー本の記述などを調査し,(1)応答詞としての「了解」とその派生形式,(2)「了解は失礼」説,のそれぞれについて,出現と広がりのさまを探る。
著者
迫田 久美子
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.107-116, 2013-03

第二言語習得研究には,学習者の言語データが不可欠である。「学習者の言語環境と日本語の習得過程に関する研究」のサブプロジェクトでは,日本語学習者の言語コーパス,C-JASを開発した。本稿は,C-JASの特徴とC-JASによって観察された動詞の発達について報告するものである。C-JASの特徴は,中国語母語話者3名,韓国語母語話者3名の3年間の縦断的発話コーパスであり,形態素タグと誤用タグが付与され,システム検索できる点にある。C-JASで動詞「思う」と「食べる」の時期ごとの初出形を分析した結果,日本人幼児の第一言語習得と類似した現象と異なった現象が観察された。前者では,動詞の基となる形(例「思う」)に新たな要素が付加され,新しい形(例「思うから」)が使われること,後者では初出形に日本人幼児は普通体,学習者は丁寧体が多く使用されることがわかった。また,動詞の発達段階で,学習者特有の「動詞普通体+です」(例「思ったです」)の中間言語形が出現し,「動詞普通体+んです」(例「思ったんです」)の過渡的段階の形式であると推測された。
著者
鄭 惠先
出版者
国立国語研究所
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
vol.23, pp.37-58, 2008

本稿では、方言を役割語の一種として定義した上で、日韓両国での方言意識調査を通して、役割語としての両言語方言の共通点と相違点を具現化した。最終的には、日韓・韓日翻訳の上で、両言語方言を役割語として有効活用することが本研究の目的である。考察の結果、以下の4点が明らかになった。1)両言語母語話者の方言正答率から、韓国の方言に比べて日本の方言のほうで役割語度が高いことが予想される。2)「共通語」対「方言」の対比的な役割語スタイルは、両言語母語話者の方言意識の間で共通している。3)「近畿方言」と「慶尚方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で、一部のステレオタイプの過剰一般化が役割語度アップを促進していると推測される。4)「東北方言」と「咸鏡・平安方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で、「東北方言」に比べて「咸鏡・平安方言」の役割語度がきわめて低い可能性がうかがえる。以上の結果をもとに、両言語方言の役割語としての類似性を巧く生かすことで、より上質の日韓・韓日翻訳が実現できると考える。
著者
ホイットマン ジョン John WHITMAN
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー = NINJAL project review (ISSN:21850100)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.69-82, 2016-06

本プロジェクト(日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究)の目的は,日本語とその周辺の言語を主な対象とし,その統語形態論的・音韻的特徴とその変遷を,言語類型論・統語理論・比較歴史言語学の観点から解明することによって,東北アジアを1つの「言語地域」として位置付けることである。統語形態論の観点からは「名詞化と名詞修飾」に焦点を当て,日本語においても見られる名詞修飾形(連体形)の多様な機能を周辺の言語と比較しながら,その機能と形と歴史的変化を究明する。歴史音韻論の観点からは,日本語周辺諸言語の歴史的再建を試み,東北アジア記述言語学における通時言語学研究を推進する。本稿では,この共同研究プロジェクトを紹介しながら,日本語,厳密にいうと日琉語族がどの言語地域に属するかについて検討する。This paper describes the research activities of the joint research project "Diachronic and Typological Research on the Languages of the Japanese Archipelago and Its Environs". A major focus of the project was to investigate the status of Northeast Asia as a linguistic area or Sprachbund. The project was made up of three teams: a team focusing on morphosyntax, one on phonological reconstruction, and one on the Ainu language, headed by Dr. Anna Bugaeva. The morphosyntax team investigated such topics as the role of nominalizations as a source for main clause grammar in Northeast Asia and elsewhere. The phonological reconstruction team examined topics such as accentual change in Japonic and the status of tongue root harmony as a defining feature of the Northeast Asian Sprachbund. Another product of the project was an investigation of the statistical properties of the typological data in the WALS (World Atlas of Linguistic Structures) database (Dryer and Haspelmath 2013).
著者
窪園 晴夫 森 勇太 平塚 雄亮 黒木 邦彦
出版者
国立国語研究所
巻号頁・発行日
pp.1-194, 2015-03

大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 連携研究 「アジアにおける自然と文化の重層的関係の歴史的解明」サブプロジェクト「鹿児島県甑島の限界集落における絶滅危機方言のアクセント調査研究」
著者
儀利古 幹雄 大下 貴央 窪薗 晴夫
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 = NINJAL research papers (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.2, pp.1-18, 2011-11

国立国語研究所 理論・構造研究系 プロジェクト研究員国立国語研究所 理論・構造研究系本研究は,語末が「ズ」であるチーム名およびグループ名(例:ライオンズ,ホエールズ)のアクセントの決定要因を明らかにし,「ズ」という形態素の音韻的本質を考察する。本研究で実施した発話調査の結果,チーム名・グループ名を形成する「ズ」は,語幹の音節構造におけるデフォルト型アクセントを生起させる性質を有することが明らかになった。この現象は,日本語における無標の表出(the emergence of the unmarked)であり,平板型アクセントが有標であることを示唆している。
著者
柳村 裕
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.177-196, 2014-11

岡崎敬語の「丁寧さ」のレベルについて,第3次調査の結果を加えることで明らかになった敬語の大きな変化傾向を報告する。丁寧さが3回の調査を通して数十年にわたって増加し,特に第3次調査で大幅に増加したことが分かった。1940年代前後に生まれた人たちは,3度の調査の対象になったが,半世紀経って丁寧さを増やしている。「成人後習得(late adoption)」が丁寧さでも認められた。これは実時間(real time)による。一方,3回の調査すべてで,世代差という見かけの時間(apparent time)で,中年層以上が丁寧で,若年層はぶっきらぼうという傾向が見られる。また,場面による使い分けについては,依頼関係の有無という個人間の心理的関係に左右されるようになってきたことが読み取れた。さらに,話者の社会的属性と丁寧さの関係については,どの時代においても,女性の丁寧さが高く,学歴が高いほど丁寧さが高いことが分かった。そして,これらの話者属性は丁寧さの経年変化とも密接に関わることが分かった。すなわち,丁寧さの増加を牽引するのは男性であり,また,学歴の高い話者の割合が増加する高学歴化によって,全体の丁寧さが増加したと解釈される。
著者
Narrog Heiko
出版者
国立国語研究所
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
no.4, pp.7-30, 1998-10

北海道大学現代日本語の動詞の活用・派生体系にどのような語形を含めるべきか,そしてその語形はどのような構造をもつかについては様々な説がある。本稿では,実現された形態にもとづき,特定の理論的枠組みに依存しない,かつ誰もが検証可能と思われる方法を用いて,動詞の活用・派生体系の分析を試み,そこから「活用語尾」と「活用語幹を派生する接尾辞」が活用・派生の中心的な要素であると結論づける。また,連続動詞や複合動詞は,活用・派生体系には直接属さないが,その周辺にあるものとして位置づけられる。この活用語形の構造分析は多くの文法理論で使用できると考える。最後に,同じ方法を他言語の動詞の形態分析に応用し,動詞形態の比較をおこなう。
著者
相澤 正夫
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー = NINJAL project review (ISSN:21850100)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.26-37, 2013-06

国立国語研究所時空間変異研究系進行中の共同研究プロジェクト「多角的アプローチによる現代日本語の動態の解明」の一環として,2010年12月に全国規模の方言意識調査を実施した。本稿では,この調査で得られたデータに基づく最新の研究成果2件について紹介する。いずれも,言語使用に関する地域類型を統計手法によって検討したものである。田中(2011a,2011b)は,調査データに「クラスター分析」を適用した結果,2つの大きな地域類型と6つの下位類型を見出した。田中・前田(2012)は,言語使用に関する個人レベルでの確率的なクラスタリングを得るため,同一の調査データに対して「潜在クラス分析」を適用した結果,「クラス1:積極的方言話者」「クラス2:共通語話者」「クラス3:消極的使い分け派」「クラス4:積極的使い分け派」「クラス5:判断逡巡派」のような5つの潜在クラスを抽出した。これにより,話者分類に基づいて地域の類型化を行うことが初めて可能となった。