著者
楊 秀娥 Xiue YANG
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 = NINJAL Research Papers (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.14, pp.325-347, 2018-01

本稿は,談話分析の手法で,日本語ピア・リーディング授業の中で,学習者の批判的思考がどのように活性化しているのかを示したものである。日本語ピア・リーディング授業において,学習者はテキストに対する質問とコメントを提起しながら,批判的にテキストを読んでおり,テキストに書かれた原文の考えと様々な異なりを見せた代替案を創り,創造的にテキストを読んでいた。そして,他者との対話を通して,提示された問題に対する解決,深化,共有などの変化がもたらされ,問題解決に向かっていった。ピア・リーディングのプロセスにおいて,学習者は,各々の思考についてメタ的に考え,解釈,説明,推論,評価,分析といった批判的思考の認知技能を多く活性化させていた。一方で,問題解決につながっていない対話がなされるケースも少なくなかった。This paper demonstrates the processes of activating the learners' critical thinking in a Japanese peer reading course using the approach of discourse analysis. In the Japanese peer reading course, the learners have read the text critically by raising both comprehensive questions and querying questions; they have read the text creatively by producing alternative ideas to replace the original ones in the text. Through dialogue with other group members, the learners developed their problem-solving ability by solving the problems, deepening their understanding, and sharing their answers with others. In the process of peer reading, the learners acquired the ability to improve their meta critical thinking, and activate their cognitive skills of interpretation, explanation, inference, evaluation, and analysis. Meanwhile, many cases were confirmed of dialogues that did not lead to problem-solving.
著者
竹田 晃子 鑓水 兼貴 Koko TAKEDA Kanetaka YARIMIZU
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.10, pp.221-243, 2016-01

痛みを表す言語表現のうち動詞ウズクの使用実態について,約18万人を対象に行ったアンケート調査「慢性痛とその言語表現に関する全国調査」をもとに,地域差を中心に世代差・用法差を明らかにし,その背景を考察する。ウズクは,医療現場で患者の病態把握に用いられる質問票でよく用いられる動詞で,共通語と考えられている。しかし,調査結果の分析から,実際には西日本で主に用いられるという地域差と,50~60代で用いられるという世代差があることが明らかになった。用法差については,全国的に部位等によって使用率に違いがあることが明らかになった。この違いは,地域差や世代差と連動する形で現れる。「歯」「切り傷」では東日本を含む全国で用いられるのに対して,「頭」「関節」では西日本に限定され,「腰」「胃/腹」では愛媛県とその周辺地域へと分布域が狭まっている。痛みの性質からみて,「歯」の痛みは,「頭」「関節」「腰」「胃/腹」の順に遠くなっていくと考えられる。そして,歯からの「痛みの連続性」の順に,ウズクの使用率は減少し,分布域も狭くなる。この背景には,ウズクが細かい意味の違いでほかの語と使い分けられている(いた)ことと,身体感覚を表す「気づかない方言」であること,共通語化があると考えられる。身体感覚は個人的な感覚であるため方言が使われやすく,私的場面での使用に偏り,結果的に方言であることが気づかれにくい。関東地方では,もともと使われていたウズクの用法が狭まったか,あるいは,西日本の方言ウズクをごく一部の用法(「歯」「切り傷」)に限定して取り入れたか,双方の可能性が考えられる。In this paper, we clarify the differences in region, generation, and meaning of the verb uzuku, which is used to express a type of pain. We consider the characteristics of its usage through analysis of data from "The Nationwide Survey for Chronic Pain and its Expressions," which was administered to approximately 180,000 people.The verb uzuku is used to diagnose the clinical condition of the patient in a medical context. It is regarded as part of the standard Japanese language and is also used in the survey. However, an analysis of the results of this survey found that uzuku is mainly used in western Japan and by people in their 50s or older.In terms of the differences in meaning, the rate of use declines nationwide in descending order when referring to "toothache," "cut," "headache," "arthralgia," "backache," and "stomachache."Uzuku is used mainly in western Japan to express "toothache," "cut," and "headache." However, it is hardly used for headaches in eastern Japan, while its rate of use in western Japan also declines in under 50s. In Ehime Prefecture, its rate of use is high in expressing "arthralgia," "backache," and "stomachache." Therefore, uzuku has a broader meaning in the Ehime dialect than in other dialects.With regard to the quality of pain, the type of pain is differentiated to an increasing degree from that of "toothache" in the case of "headache," "arthralgia," "backache," and "stomachache." In the order of continuity of pain from "toothache," the rate of use of uzuku decreases and the area of use becomes narrower.Uzuku is part of an "unnoticed dialect," which expresses physical sensation and is standardized with reduction of meaning. Physical sensation is personal, and words of physical sensation tend to be used in the private domain. Therefore, it can easily be overlooked that they are dialect forms.There are many answers to the survey that can be given other than uzuku. These are used differently according to usage or nuance. It is suggested that the meaning of uzuku has become narrower because itai/itamu has taken on the core meaning of pain, especially in the Kanto district.
著者
日高 水穂 Mizuho HIDAKA
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.11, pp.11-24, 2016-07

日本語の授与動詞の語彙体系を〔遠心性授与動詞/求心性授与動詞〕のように表すとすると,近畿地方を中心とした「中央部」の方言では〔ヤル/クレル〕の語彙体系を発達させてきているのに対し,中部地方以東や九州地方以南の「周辺部」の方言では〔クレル/クレル〕を維持するものがある。この〔ヤル/クレル〕と〔クレル/クレル〕が接触する地域では,本動詞用法においては〔クレル/クレル〕が維持されるのに対して,補助動詞用法では〔ヤル/クレル〕の対立を生じている場合がある。この授与動詞体系の方言接触による変容の諸現象と地理的分布を,FPJD調査の結果により検証する。When expressing the lexical system of Japanese verbs of giving as the giving verb of centrifugal direction from a speaker or the giving verb of centripetal direction to a speaker, [kureru/kureru] are maintained in the peripheral dialects used in the east of the Chubu region or in the south of the Kyushu region; however, the lexical system of [yaru/kureru] has been maintained in the central dialects used in the Kinki region. In regions where this [yaru/kureru] makes contact with [kureru/kureru], there are cases where an opposition of [yaru/kureru] occurs in the usage of the auxiliary verb; however, [kureru/kureru] is maintained in the usage of the main verb. Various phenomena of metamorphosis through dialect contact in the system of verbs of giving and their geographical distribution have been investigated through the results of the Field Research Project to Analyze the Formation Process of Japanese Dialects (the FPJD survey).
著者
松田 謙次郎 Kenjiro MATSUDA
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.11, pp.63-81, 2016-07

大正~昭和戦前期のSP盤演説レコードを収めた岡田コレクションでは,「場合」の読みとして「ばやい」という発音が多数を占めている。これに対して辞書記述,コーパス,国会審議の会議録・映像音声などを調査すると,現代語における読みでは「ばあい」が圧倒的多数を占めており,「場合」の発音が岡田コレクションの時代から現代にかけて大きく変化したことが窺われる。「ばやい」は寛政期の複数方言を記した洒落本に登場する形式であり,明治中期に発表された『音韻調査報告書』は「ばやい」という発音が全国的に分布する方言形であったことを示す。本論文では岡田コレクションにおける「ばやい」という発音が,講演者達の母語方言形であり,その後標準語教育が浸透するなかで「ばやい」が方言形,さらに卑語的表現として認知され,最終的に「場合」の読みとして「ばあい」が一般化したことを主張する。A survey of the recordings in the Okada Collection, a collection of speeches from the Taisho era to the early Showa era (from the 1910s to 1940s), shows that the most popular pronunciation of the word baai (場合) was bayai, and not baai. This is in stark contrast to contemporary Japanese, where, if we follow the distribution of dictionary entries, statistics based on the corpora, and actual pronunciations employed in Diet meetings, the word is pronounced as baai by an overwhelming majority. This paper attempts to account for the difference through examining corpus data, historical documents, and dialectological survey results. The form bayai appears in Sharebon, a late Edo-period novelette, from multiple dialectal areas; further, the On-in Chosa Hokokusho, the first official nationwide dialectological survey by the government published in 1905, indicates that bayai was a rather common dialectal form used in a number of dialects across the country. This paper claims that speakers from the Okada Collection simply used their native dialectal forms. With the spread of Standard Japanese after World War II, bayai has come to be recognized as a dialectal form, and in fact, even as a vulgarism. Baai, in contrast, emerged as the standard form that is widely used in contemporary Japanese. Although further research is required to trace the word's exact development in the post-WWII era, this paper demonstrates the historical value of the Okada Collection for the study of the development of contemporary Japanese.
著者
向山 陽子 Yoko MUKOUYAMA
出版者
国立国語研究所
雑誌
日本語教育論集 (ISSN:13469762)
巻号頁・発行日
no.23, pp.17-32, 2007

本研究は文法説明をしない暗示的帰納的指導の中で,学習者の文法学習に関する信念,及び指導方法に対する態度,学習ストラテジー,学習成果との関連を解明することを目的とする。初級中国人学習者161人の5件法質問紙調査データの因子得点とテスト得点との相関を分析した結果,「文法知識の役割の肯定的受け止め」の信念,指導方法に対する「学習困難感」と学習成果に負の相関があること,指導方法に対する態度によって使用する学習ストラテジーが異なることが示された。これらのことから信念・態度,ストラテジー,学習成果は相互に関連すること,学習者の個人差と指導方法が適合しないと指導効果が現れにくいことが示唆された。
著者
小磯 花絵
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.110-117, 2013-10

本稿では,共同研究プロジェクト「会話の韻律機能に関する実証的研究」の中間報告を行う。最初にプロジェクトの目的について簡単に触れたあと,プロジェクトの研究成果の一つとして,アクセント句の複合境界音調(Boundary Pitch Movement, BPM)の分析結果について紹介する。この研究では,プロジェクトメンバーが構築に携ってきた『日本語話し言葉コーパス』を対象に定量的に分析を行い,独話と対話のいずれにおいても,上昇調や上昇下降調といったBPMが意味的・統語的に強い切れ目で生じる傾向にあることを明らかにした。この結果は,BPMが発言継続性の表示機能という共通した役割を独話と対話において担いうることを示している。
著者
福永 由佳
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.33-50, 2014-11

在日パキスタン人は人口規模こそ小さいものの,中古車輸出業をはじめとするエスニック・ビジネスの展開,宗教施設の設立など,自立的な社会活動を展開する活力の高いエスニック集団である。また,彼らは生活のなかで複数の言語を使用する多言語使用者でもある。彼らの多言語使用の実態と言語使用に関わる社会文化的要因をEthnolinguistic Vitality Theoryにもとづき明らかにすることを目指して,本稿では(1)多言語使用に関する諸理論を検討するとともに,(2)参与観察と言語意識調査で得られた定性的データを用いて,Ethnolinguistic Vitality Theoryの適応可能性を検討した。分析の結果,彼らは母国の言語事情や社会構造および日本における社会文化的文脈から形成された言語意識をもとに,複数の言語(日本語,英語,ウルドゥー語,アラビア語,民族語)を使い分けている様相が明らかになった。また,データに見られた言語意識はEthnolinguistic Vitality Theoryの枠組みで説明しうることが示唆された。
著者
杉戸 清樹 塚田 実知代 尾崎 喜光 吉岡 泰夫
出版者
国立国語研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1996

1. 日常の言語場面における談話のまとまり(質問・要求・あいさつなど)が言語行動として実現される際,どのような「構え」のもとに生成され受容されるかについて,言語行動論・社会言語学の枠組みで検討することを目的として,次の研究を進めた。(1) 前年度までに行った愛知県岡崎市,東京都内などでの探索的な臨地調査の結果,及び国語研究所の従来蓄積した敬語意識調査の結果などについて,「構え」という視点から整理・分析し,より具体的な分析の手がかりとして「メタ言語行動表現」という表現類型の有効性を検討した。(2) これらの検討に基づき,「メタ言語行動表現」「構え」「ととのえる」などという研究上の観点・方法論的枠組みについて,その有効性を主張しうる見通しを得て,その内容を提案・議論する研究論文を執筆した(裏面第11項参照)。2. 本研究の最終年度にあたるため,上記の研究論文等を中心にして「研究成果報告書」をとりまとめ印刷した(A4判全75ページ)。
著者
影山 太郎
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.8-18, 2014-06

日本語の語形成の中でも言語類型論の観点から注目される2種類の複合動詞-名詞+動詞型と動詞+動詞型-の性質を述べた。名詞+動詞型の複合動詞については,時制付きの定形文では生産性が低いが,動詞が時制のない非定形になると生産性が増すことを指摘した。これは,複統合型言語の名詞抱合には見られない制約である。他方,動詞+動詞型複合動詞の特異性は,前項動詞が後項動詞を意味的に修飾する「主題関係複合動詞」ではなく,前項動詞が複合動詞全体の項関係を支配し,後項動詞は前項動詞が表す事象に対して何らかの語彙的アスペクトの意味を添加するという特殊なタイプの「アスペクト複合動詞」に求められることを様々な考察から論じた。
著者
阿部 新
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.1-13, 2014-11

本研究では,日本語学習者の文法学習と語彙学習に対するビリーフについて,世界各地の学習者を対象とした先行研究結果を取り出して地域的特徴を考察した。さらに,先行研究で明らかになっているノンネイティブ日本語教師のビリーフの傾向,日本人大学生や日本人教師のビリーフ調査の結果とも比較した。その結果,文法学習も語彙学習も大切だというビリーフに学生が強く賛成し,現地のノンネイティブ日本語教師と同じ傾向を示す地域(南アジア,東南アジア),そのようなビリーフに学生は賛成するが,それほど強く賛成するわけではなく,現地のノンネイティブ日本語教師の傾向とも近い地域(西欧,大洋州),前2者の中間程度の強さで学生がビリーフに賛成し,教師のビリーフとはやや異なる傾向の地域(中南米,東南アジア・東アジアや大洋州の一部)など,地域による違いが見られた。さらに,日本人の結果を見てみると,日本人大学生や教師歴がごく短い日本人教師は,文法学習も語彙学習も大切ではないというビリーフを持ち,世界各地の学習者とは異なる傾向を示す。一方,経験豊富な教師は世界各地の学習者と同じような傾向であることも分かった。最後に,こういった傾向を把握したうえで,文法・語彙のシラバス・教材作成と普及を行う必要があることを指摘した。
著者
バンス ティモシー・J
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.207-214, 2015-07

長年にわたる日本語の連濁研究の結果,制約は色々見出されているが,すべて傾向に過ぎず,包括的な規則はないということが明らかになっている。しかし,21世紀に入り,ローゼンが連濁現象を新鮮な目で見て,独創的な成果を上げた(Rosen 2001, 2003)。「ローゼンの法則」とは,複合語の前部要素と後部要素が両方とも和語名詞の単一形態素であれば,どちらか(または両方)が3モーラ以上の場合は,連濁の有無が予測できるという旨の仮説である。具体的に言うと,これらの条件を満たす連濁可能な複合語は,後部要素が連濁に免疫がない限り,必ず連濁するという主張である。反例がまったくないわけではないが,きわめて強い傾向であることは否定できない。本稿の目的は,以下の三つである。まず,第1〜2節でローゼンの研究を簡潔に紹介する。次に,第3〜5節で和語名詞単一形態素以外の要素を含む複合語に考察を広げ,要素の制限を緩和しても,ローゼンの法則がある程度当てはまることを示す。最後に,第6節でローゼンが提案した理論的説明に着目し,残念ながらこの説明は説得力が乏しく,法則の根本原因は依然として謎であることを指摘する。
著者
市嶋 典子 Noriko ICHISHIMA
出版者
国立国語研究所
雑誌
日本語教育論集 (ISSN:13469762)
巻号頁・発行日
no.25, pp.3-17, 2009

早稲田大学本稿では,日本語教育学会の学会誌『日本語教育』に掲載された「実践研究」の質的変化を分析し,問題点を考察した。分析の結果,(1)1966-1979年には,「実践と教育理論の関わりをそれほど重視しない」論文が掲載されていた,(2)1980-1989年には,教授法や理論を前提とした論文が現れた,(3)1990年以降,(2)の研究に加え,仮説検証型,実験型の研究や,教室内でのインターアクションや自己の内省に基づいた論文も見られるようになってきた-という傾向が浮かび上がってきた。また,問題点としては,多くの論文が,自身の教育観や教育実践のプロセスを示すデータ・次の実践への示唆を明らかにしていないという点が明らかになった。
著者
窪薗 晴夫
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.1-7, 2014-06

日本語諸方言のアクセント体系が高さ(ピッチ)にもとづく「ピッチアクセント体系」であることは日本語音声研究の中で常識とされていることであるが,日本語以外の言語から見ると必ずしも自明のこととは言えない。実際,「ピッチアクセント体系(言語)」という類型概念そのものを否定する研究者も数多い。本稿は,2010年に本プロジェクトが主催した国際シンポジウムISAT 2010の成果(Lingua 122特集号)の一部を報告する形で,日本語の研究が一般言語学や言語類型論に貢献できる可能性を指摘する。
著者
柳村 裕 Yu YANAGIMURA
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 = NINJAL research papers (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.12, pp.205-225, 2017-01

東京外国語大学 特別研究員本研究では,岡崎敬語調査資料の分析に基づき,「敬語の使用」と「話者の職業」がどのような関係にあるかを探る。敬語使用の特徴に関わる指標として発話の「丁寧さ」と「長さ」を集計し,話者の職業は「事務系」「接客系」「労務系」の三つを区別した。これらの敬語使用の特徴が話者の職業によってどう異なるかを調べた。また,岡崎敬語調査資料の複数の調査時点での多様な生年・年齢の話者を比較することにより,職業による敬語使用特徴の差異のパターンがどのように変化してきたか,また,個人内でどのように変化するかを調べた。結果の概要は以下の通り。まず,事務系,接客系,労務系のうち,労務系が最も短くぞんざいに話す。事務系と接客系では,発話の長さは同程度であり,丁寧さは事務系のほうがわずかに高い。また,経年変化パターンに関して,接客系の話者は年齢が高くなるほど長く丁寧に話すようになる。つまり,言語形成期以降の加齢に伴う言語変化である「成人後採用」のパターンが観察される。事務系と労務系では,成人後採用は観察されないか,あるいは観察されたとしてもその変化幅が接客系のものより小さい。以上の分析結果に基づき以下のような解釈を行った。まず,敬語使用特徴の職業差は,職務の中での敬語使用の違いによるものとして説明できる。つまり,職務の中での敬語使用は,職務以外の私的な場面での敬語使用に影響を与えると解釈できる。また,職務の中での敬語使用の違いは,敬語の習得・変化のパターンにも影響すると解釈できる。以上より,職業という話者属性は,敬語の使用・習得・変化と,それらの社会的変異を理解する上で重要な話者属性の一つであるといえる。
著者
舩橋 瑞貴 Mizuki FUNAHASHI
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.12, pp.13-27, 2017-01

日本語と韓国語の口頭発表における修復(注釈挿入と言い直し)を取り上げ,修復を実現する際の言語的手段が異なることをみる。助詞の言い直しにおいては,選択される言語的手段が助詞と名詞の膠着度の異なりとかかわっている可能性を示す。さらに,助詞と名詞の膠着度が低い日本語に関しては,言い直しの開始位置と関係があることを示す。従来の対照研究では,言語体系内の要素を対照単位とするアプローチが多くとられるが,日本語教育のための対照研究においては,ある言語行為を行う際の言語的手段の選択というアプローチも必要であることを主張する。This paper examines the language in repair (annotation insertion and self-repair) in Japanese and Korean oral presentations and confirms different verbal measures used to realize these repairs. The self-repair of particles, which is one of the representative self-repairs, implies the possibility that the selected verbal measures are associated with differences in the agglutination degree of the particles and nouns. Further, it is shown that in Japanese, in which the agglutination degree of the particles and nouns is low, these are connected with the start position of the self-repair. In most approaches used in conventional contrastive analysis, the elements in the language system are assumed as units for comparison; however, I believe that approaches involving the selection of verbal measures for specific language actions are also needed in contrastive analysis for Japanese language education.
著者
加藤 祥 柏野 和佳子 立花 幸子 丸山 岳彦
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 = NINJAL research papers (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.8, pp.85-108, 2014-11

国立国語研究所 コーパス開発センター プロジェクト研究員国立国語研究所 言語資源研究系国立国語研究所 コーパス開発センター 技術補佐員国立国語研究所 言語資源研究系書籍テキストに見られる「語りかける」という文体の特徴を報告する。調査対象には,『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(BCCWJ)に収録されている図書館サブコーパスを使用した。コーパスを用いた文体分析を行うにあたっては,語や文脈的な語の結びつきなどの頻度情報のほか,コーパスに付与された書誌情報やアノテーターによる作業コメントなどを用いた。「語りかける」という文体は,エッセイやブログなどのくだけたテキストにのみ出現しやすく,直接的に読み手へ呼びかけや問いかけを行うなどの表現を有すると考えられてきた。しかし,書籍においては,いわゆるハウツー本をはじめとするような教示的な態度を示すテキストに出現しやすい傾向があり,必ずしも直感的に「語りかける」ととらえられる表現が多く含まれるばかりではないことがわかった。本稿は,テキストが「語りかける」と読み手が判断した際に,文脈に依存した表現や,テキストに向かう読み手の前提的態度などが影響していたことを示す。