- 著者
-
菅井 榮松
- 出版者
- 宇宙航空研究開発機構
- 雑誌
- 東京帝國大學航空研究所報告
- 巻号頁・発行日
- vol.17, no.227, pp.425-459, 1942-04
過渡的外力による彈性翼の撓み振動に就いて考察を試みた.演算子法を用ひることによつて,靜的撓みを表す式と,過渡的外力によつて誘起されるn次振動の振幅を表す式との關係が容易に求められる.即ち,重心に相對的な,翼の任意の點に於ける撓み振動は一般に[numerical formula]の如き式で表されるのであるが,茲に本式中のT_n(t)を總て恒等的に1とおいて得られる量[numerical formula]は,過渡的外力の時間的に最大な値が靜的に加へられた場合の靜的撓みとなる.過渡的外力に依つて起る高次振動の最大撓みに及ぼす影響はこの無限級數の收斂性を吟味することによつて確かめられる.S_n(x)は振動のn次のモードに對應するものであるが集中質量がある爲に直交性を有しない.撓みのモーメント及び剪斷力に關しても類似の關係が存在する.吾々は先づ短時間に働く外力としてf(t)=csinωt(0≦ωt≦π),[numerical formula](-∞<t<∞)及びf(t)=t/k(0≦t≦k),(2k-t)/k(k≦t≦2k)なる3個の型を選び,その各々の場合に就いて上記のT_n(t)の性質を調べ,特にT_n(t)の最大値と外力の持續時間との關係を圖示して置いた.T_n(t)のとる時間的の最大値は外力の持續時間に依つて大いに左右されるものなることがわかる.例へば,外力の型がf(t)=csinωt(0≦ωt≦π)なる場合には,持續時間に關するパラメターωが小,從つて衝撃が極めて緩慢で靜的荷重と殆ど變らぬ間はT_n(t)の最大値は1なる値を有するが,n次の固有振動數ν_nとωとの關係がほぼω=0.62ν_nに在る時T_n(t)は最大の値1.77をとり,更に衝撃が急激となりωが大となるに從ひT_n(t)の最大値は零に近づく.他の型を有する外力に就いても同樣な性質が見られる.[numerical formula](-∞<t<∞)の時はkν_n=1.7に於いてT_n(t)は最大値1.61をとり,f(t)=t/k(0≦t≦k),(2k-t)/k(k≦t≦2k)の場合はkν_n=2.8に於いてT_n(t)の最大値は1.52となる.以上は加へられた外力の最大値を一定に保ちつつ持續時間を變へて行つた場合であるが,外力の力積を一定として考察する時は,衝撃が急激となるに從ひ振動の式は力積に比例する一定の形に近づき,其と同時に高次振動の影響が段々著しくなつて來ることがわかる.又,同じ型の衝撃が週期的に働く場合に就いても簡單な考察を加へた.相隣れる衝撃の時間的間隔をkとすればsinkν_n=0なる關係が成立する時,強制振動の共鳴に似た現象が現れる.演算子法を用ひることにより,個々の衝撃力の最大値が幾何級數的に増大又は減少する樣な場合に於ける振動の式も比較的容易に導くことが出來た.次に,垂直突風によつて生ずる翼の撓み振動を取扱つた.其際吾々は,W. R. Searsに依つて與へられた二次元理論に基づく揚力變化の嚴密な式[numerical formula]を簡単で近似的な式[numerical formula]に置換へて計算を行つた.ここに,ρaは空氣密度,Uは翼に相對的な風速,Vは突風の速度,2cは翼弦長,tは時間,K_0及びK_1は第二種の變形ベツセル凾數である.正確な式と近似式との値の相違は,原點の近傍を除いてはほぼ1%の程度である.突風に依つて起る翼の上下運動から生ずる揚力變化は翼幅に沿うて一樣なものと假定し,見掛けの質量とワグナー凾數とを考慮に入れて,先の場合と同樣にT_n(s)の性質を調べた.sはUt/cである.この場合T_n(s)は,2πρacUVなる力が單位翼幅毎に靜的に加へられた時恒等的に1なる値を有する量である.機體の運動から生ずる揚力の減少は機體と翼との質量の比1+a,翼密度ρ/(4c^2)及び空氣密度ρaを含む單一のパラメターδ=πc^2ρa/(ρ(1+a))に依つて決定されるが,T_n(s)の最大値はこのパラメターの同一の値の下では還元振動數cν/Uが大なる程小となる.例へばδ=0.005に對してはcν/Uが0.5,1.0,1.5となるに從つてT_n(s)は1.34,1.24,1.17となる.この結果は,若し高次振動の影響がないものと假定すれば突風に依つて起る翼の最大の撓みは夫々の場合に應じて,翼が單位翼幅毎に2πρacUVなる靜的荷重に依る撓みの1.34,1.24,1.17倍なることを示して居る.又,同一の還元振動數の下ではδの大となるに從つてT_n(s)の最大値は減少してゆく.而もその減少する量は,揚力の時間的變化と振動の位相との關係から生ずる若干の偏倚を除けば,風速U,Vにはほぼ無關係に,單にパラメターの二つの値δ_1,δ_2のみによつて定まる.吾々の計算ではδ_1=0.000とδ_1=0.010との間ではT_n(s)の最大値は20%以上の減少が見られた.最後に,[numerical formula]の收斂性を問題とした.翼の模型として中央に單一な集中質量を有するものをとる場合には最大撓みを知るには第一次の項のみで事實上充分である.双發機の如く集中質量が中央以外に更に左右に一個づつ存在する場合には第二次の項を無視することは出來ない.撓みのモーメント及び剪斷力の計算に於いては第二次の項が一層重要なものとなる.この場合には,[numerical formula]の收斂が緩慢である結果として,翼の或個所では,衝撃に依つて生ずる例へば最大の撓みモーメントが,衝撃力の時間的に最大の値に等しい荷重が靜的に加へられた際のモーメントの2倍を超えることが有り得ることになる.以上吾々は,着陸の際や突風を受けた場合の如き過渡的外力に依る彈性翼の振動を考察し,夫々の場合に於ける外力の條件に應じて,翼幅の各點に於ける最大の撓み,其モーメント乃至は剪斷力の大いさと靜的撓み,其モーメント,剪斷力との各々の比をば高次振動の影響をも考慮しつゝ,之を定量的に導いた.