著者
黄 智慧 宮永 國子
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:00215023)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.292-309, 1989-12-30

本稿は天理教の台湾における布教とその受容過程を分析対象とする。それは近代日本と外なる世界との接触の一環をなしている。まず教義面においては、天理教は世界宗教への志向を内面に備えていた。ところが台湾進出という宗教行動を促した政治・社会的要因を検討していく中で、日本人による布教と台湾人信者の受入れかたが注目される。特に戦後一時的に日本人布教師が引揚げた間に台湾人信者によって守られた信仰の形態が、どのように変化したかは興味深い問題である。天理教は戦後、神名や参拝の対象や儀式を変えることによって台湾の民間信仰と結合していたことが調査によって明らかとなった。しかし、その後再び台湾進出をめざす天理教は、台湾の民間信仰に同化されてしまう危機を覚えて民間信仰の要素を排除しようとしている。以下では、宗教的権威の問題も絡めつつ、他者との差異と同一性をいかに克服するかに焦点をあてて記述を展開していく。
著者
伊地知 紀子
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.292-312, 2004

本論は、韓国・済州島の一海村・杏源里で人々が行う共同慣行、スヌルムとチェという生活実践の姿を通して、生活共同原理の創造性を描く試みである。済州島ではスヌルムとチェと表現される共同慣行は、韓国の農村研究のなかでそれぞれ「プマシ」と「契」と表現され、これらをめぐって数々の記述が蓄積されてきた。そこで、プマシとは労働力の相互交換であり、契とは農村の財政基盤や物的協力を支える伝統的利益集団として規定されてきた。こうして定式化されてきた共同慣行は、いぞれも共同体の構成要素として、社会変化とともに遺物となったり解体されたりするものと看做されてきた。しかし、本論では済州島での調査からの知見を踏まえ、定式化されえない共同慣行の姿から、人々がその時その場の必要に応じて、以前のやり方を踏襲したり、改変、解体し、再編しながら生活世界を共同で構築してきた姿を考察している。植民地化以降資本主義市場経済の浸透とともに、共同慣行は貨幣換算済みの世界へ参入する手立てともなってきた。しかし、日常の営みのなかで人々は多種多様なスヌルムやチェを実践しながら、貨幣換算済みの世界に回収しつくされない共同性を共有してきた。こうした生活実践のプロセスのなかで紡がれていく共同性は、共同慣行に直接参加する人同士を繋げるだけではなく、多様な関わりを生成していく。そのなかで人々は互いの事情を察しあいながら、共に現実に向き合う力を生成してきたのである。
著者
黄 潔
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第52回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.172, 2018 (Released:2018-05-22)

本報告は、「av jiuc」という橋架け習俗を通じ、こうした習俗と関わるトン族の霊魂観から、住民における「橋」の象徴的な意味を論じる。公共建築としての橋ではなく、出生礼や病気の治療に際して、生活者が行う橋をめぐる儀礼の世界を対象とする。使用する資料は、主に広西三江県と湖南省通道県におけるトン族集落での聞き取り調査から得られたものである。
著者
シンジルト シンジルト
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2013, 2013

多民族多宗教が共在する中国西部牧畜地域には多様な屠畜規範があったが、こうした「在来の屠畜規範」を凌ぐものとして、今、動物福祉という思想に基づく「新しい屠畜規範」が導入されている。「新しい屠畜規範」の導入が、「人と動物」及び「人と人」の関係の在り方に何をもたらそうとしているのか。動物福祉という思想が誕生した政治的歴史的な背景、西部牧畜地域のおかれた社会的文化的な状況を射程にいれながら考察したい。
著者
大坪 玲子
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.78, no.2, pp.157-176, 2013-09-30

経済学やバザールを扱う諸学では、情報の非対称性が取引にもたらす非効率性を解消する方法として信頼関係が注目されてきた。本稿は、情報の非対称性下において、信頼関係よりもずっと不安定な一見関係や顔見知りの関係が経済主体に選択されるイエメン共和国のカート市場の事例を紹介する。新鮮な葉を噛むと軽い覚醒作用がもたらされるカートは、イエメンでは嗜好品として午後の集まりに嗜まれている。カートの流通には近代化が及んでいないものの、早朝収穫されたカートがその日の昼前に市場に並び、午後には消費されてしまうという非常に効率的な流通経路が確立されている。カートの流通に関わる経済主体にとって重要なのはカートの品質に関わる情報であるが、これは生産者>商人>購入者という不等号で表せる。生産者と商人、商人と購入者の関係を見ると、情報弱者(商人、購入者)は情報強者(生産者、商人)に対し顧客関係よりもむしろ多くの顔見知り程度の関係や一見の関係を維持しようとする「浮気性」であり、一方情報強者は可能であれば情報弱者と顧客関係を築きたいが、情報弱者の「浮気性」を知っているために自らも「浮気性」にならざるを得ない。もちろん「浮気性」だからといって何をしてもよいということではなく、経済主体はみなそれぞれの商売相手に誠実でなければならず、中でもカート商人は最も「浮気性」であり誠実でなければならない。カート市場において経済主体の間の関係は、一見関係、顔見知りの関係、顧客関係と変化している。従来のバザール研究は商人が圧倒的な情報強者であり、そのため長期的で安定的な信頼関係が注目されすぎてきたのではないかと、カート市場の事例を通して見ると思えるのである。
著者
熊谷 圭知
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第47回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.36, 2013 (Released:2013-05-27)

本報告の目的は、エスノグラフィーへの空間/場所論の再定位である。グローバル化の中で、「場所」への関心が高まり、文化人類学においても、空間や場所が注目されている。その源泉には3つの志向性がある。①身体や物質性への注目、②日常生活実践や共同性(の喪失やその復興)への関心、③フィールドワーク、エスノグラフィーの再構築である。その意味と課題を、私のパプアニューギニアでのフィールドワークをふまえて論じる。
著者
岡本 圭史
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第52回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.111, 2018 (Released:2018-05-22)

文化人類学と心理学の架橋は、容易に成功し難い課題である。その原因の1つは、人類学者による心理学の参照が、しばしばデータから切り離された概念の領有に陥っていたという点であろう。本発表では、いわゆる「宗教の認知科学」における霊的存在のエイジェンシーをめぐる議論について検討する。そのことを通じて、人類学者による認知心理学の正確な理解が、生活世界の中の霊の位置を新たな視点から描く助けとなることを示す。
著者
大川 真由子
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.11-11, 2011

本発表は、本国の植民地化活動に伴い属領の東アフリカに移住したのち、脱植民地化の過程のなかで本国に帰還した入植型帰還移民、アフリカ系オマーン人にとっての帰還およびその後の実践に着目することで、彼らの歴史認識を明らかにすることを目的としている。東アフリカでのオマーン人の歴史を残す作業のなかで彼らが元移住先をどのように語っているのかをみたうえで、その認識を形成する歴史、社会的諸要因について考察する。
著者
襌野 美帆
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:00215023)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.193-220, 1994-12-30

メキシコ,オアハカ州,ミシュテカ高地に位置するサン・マルティン・ウアメルルパン村からは,村が都市社会や国民経済に組み込まれていくなかで,1930年代半ばより,多くの人びとが首都をはじめとする都市部へと移住した。本稿では,サン・マルティンに在住する者と同村から都市部へと移住した者の双方の動態的な諸関係について,とくに社会組織の側面に焦点を当てて論述する。具体的には,サン・マルティンから首都への移住者を成員として取り込むかたちで近年創設された新しい組織である「公共施設整備委員会」と,同村の伝統的な組織である「テキオ」および「カルゴ」を記述の対象としてとりあげる。さらに,この都市に拡がる新しい組織と村の従来の組織の関係性について考察する。この考察を通して,サン・マルティンの人びとが,都市社会との関わりを必然の前提とする現代を生き抜くために,いかに「伝統」を資源としているかが明らかになるであろう。
著者
後藤 明
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.77, no.1, pp.41-59, 2012

本稿は、Mモースに由来するフランス技術人類学の伝統と、英米の人類学・考古学の遭遇という視点から、過去20年の人類学的技術論の展開を分析する。1993年は、フランスの人類学者A.ルロワ=グーランの大著[1964]が英訳された技術人類学の転機である。この年の前後に、フランスの技術人類学関係の論集や、それに呼応した英米圏の考古学などにおいて、新たな動きが進行していた。ルロア=グーランは、人類の骨格、技術、知能、そして言語の共進化を分析する概念としてジェーン・オペラトワール(chaine operatoire)を唱え石器の分析に適用した、フランス人類学のその後の世代によって石器の製作だけではなく、土器、水車、製塩、醸造法など多様な技術的行為の分析に適用されてきた。ジェーン・オペラトワールとは、原材料をその自然uの状態から加工された状態へ変換する一連の動作である。そして、その行為において潜在的な選択可能性のひとつを、行為者が身体を通して物質に働きかけることによって顕在化する過程を意味する。この視点においては、身体技法、技法と技術の違い、さらに素材の選択や生産物に対する認知や社会表象の総体が分析対象となる。またその結果として、技術的選択の社会性あるいは社会に埋め込まれた技術的行為という視点が提唱される。米英の民族誌あるいは考古学の潮流にも、類似の指向性は散見されたが、過去十数年はハビトゥスやエージェンシーのような概念と考古学資料をつなぐミドルレンジ・セオリー(中範囲理論)としてジェーン・オペラトワール論が適用され成果をあげている。またジェーン・オペラトワール論では、認知の問題も重要であり、認知におけるモノの重要性を唱える物質的関与論との接近も予想されている。さらに、近年ルロワ=グーランの再評価の論集が認知科学や哲学の世界でも出版されており、ジェーン・オペラトワール論は、今後も人文学全体においても重要な参照項であり続けるだろう。
著者
猪瀬 浩平
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.70, no.3, pp.309-326, 2005-12-31 (Released:2017-09-25)

障害/障害者についての社会学的研究は、障害の社会構築論をパラダイムとしてなされてきた。それによれば、近代特有の産業形態や、医療・教育制度のフィルターを通る中で、特定の精神的、身体的特質をもつ人間を表象する「障害者」というカテゴリーが生まれ、各個人にそのカテゴリーが内面化されるものと整理される。社会構築論の戦略的意味は、医療モデルや専門家支配を批判する点で評価に値する。しかしミクロな実践に眼を転じてみれば、「障害者」というカテゴリーの意味が微妙に、特に劇的に変化する事態に出会うだろう。極めて複雑に分化した現代社会において、現象の説明をマクロな社会構造の議論を帰着させるよりも、むしろ個々の状況において、「障害」の存在をめぐって不確実性に直面する諸主体が、生き方を如何に構成するのか、その問題系を開くことに人類学的分析は活かされる。このような認識に立った上で、本論文では「障害児」の普通学級就学という問題に焦点を当てる。日本では、「障害児」と「非-障害児」の教育の場を分ける「分離別学体制」が教育制度の基本になっている。しかし、実際の多くの「障害児」が普通学級に在籍している。政策的な位置づけのない彼ら「障害児」の存在は、現場で様々な混乱を引き起こすことになる。本論文では、この不確実な状況において、「障害児」とその保護者、民間支援グループ、教育関係者、行政関係者の間で起こる折衝を学習の過程と捉え、政策のレベルで一元的に同定された「障害児」というカテゴリーが、「障害児も普通学級へ」という主題の下、実践のレベルでどのように反復、模倣、受容されているのかを分析する。
著者
松平 勇二
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2013, 2013

ショナ族は祖霊「ムズィム」(mudzimu)を信仰の対象とする。特に父系クランのムズィムは守護霊としてその子孫を守ると考えられている。ムズィムは憑依を通じて子孫と会話をおこなう。元首長のムズィムは、クランの政治的指導者としても重要な役割を果たしてきた。本発表では、ムズィムの概念を喪明け・相続の儀礼「クロワグワ」(kurova guva)から考察する。この儀礼において死者のムズィムが清められ、家族のもとに守護霊として迎えられる。
著者
藤本 武
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.75, no.3, pp.347-370, 2010-12-31

近年アフリカにおける小規模な紛争について環境変化による希少な資源をめぐる争いとする議論がある。牧畜民と農耕民の間の紛争では放牧地を確保しようとする前者と農地を拡大しようとする後者の土地をめぐる争いとされる。本論はエチオピア西南部の牧畜民と農耕民の間で発生してきた紛争事例について検討を行った。この地域では低地に暮らす牧畜民間の紛争が変動する環境下での資源確保や民族形成との関連で考察されてきた。ところが牧畜民の一部は1970年代から近隣の山地に暮らす農耕民を襲い、遠方の農耕民にまで対象を拡大してウシなどの財を略奪してきた。本論の分析から、紛争の背景には19世紀末にしかれた牧畜民と農耕民に対する国家の異なる統治策、国家支配のエージェントである入植者の私的関与、20世紀前半に主として農耕民になされた奴隷狩り、そして近年の自動小銃の流入など、外部からの地域への関与の問題が無視できないことが明らかとなった。じつは、他のアフリカの牧畜民と農耕民の紛争でも、紛争当事者間の土地などの資源をめぐる争いの背景に、国家や国際機関などによる開発政策が結果として争いを激化させていたり、過去の奴隷制が集団間の関係に影響をおよぼしているなど、資源紛争の構図におさまらない同様の問題が認められた。小規模な紛争を対象に、その個別具体的な相を掘りさげて分析する人類学の紛争研究は、今日常套句的になされがちな紛争説明に対して発言していくべきであるとともに、紛争後も長期に関わることで地域の紛争予防にむけた動きを支援するなど、独自の貢献を果たしていくことが求められる。
著者
池田 光穂
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2015, 2015

この分科会は、発表者の各々が文化人類学、社会人類学、生態人類学、医療人類学、芸術人類学、宗教学等の学徒として、各々のフィールド経験からインスパイアーされた「犬との出会い」を、さまざまな文献を渉猟しつつ、知的に再構成した試論の集成として出発する。本分科会は、従来の「人間と動物」の関係論という研究分野が、もはや「動物一般」として取り扱えない状況に到来しつつあることを、多様な事例を通して指摘する。
著者
川本 直美
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2013, 2013

本発表ではメキシコ西部ミチョアカン州T村にあるカルゴ・システム(自治的、行政的および宗教的な社会組織)が、グローバル化や村内の対立の影響を受けいかに変容しているのかを検討し、現代の文脈で同システムのカルゴを果たすことへの新たな意義及び村内でのカルゴの現在の位置づけを明らかにしたい(ここでいうカルゴとはスペイン語で「(義務的な)仕事」を指す)。
著者
近藤 宏
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.149-149, 2009

現在、各国の先住民は問題を抱えながらも、憲法や法律を通じ権利主体として国家に位置づけられるようになっているが、パナマ共和国では1972年の改正憲法に基づく法律によって、先住民は特別行政区を管理する主体と位置付けられている。さらに80年代以降、数度にわたり「集合的主体」としての先住民の性質を規定する法律が発布されていった。こうした法的な動向とパナマ先住民の先住民の活動について報告する。