著者
三島 雅之
出版者
日本毒性学会
巻号頁・発行日
pp.S11-2, 2016 (Released:2016-08-08)

バイオ医薬品の高分子不純物には、製造に用いた宿主細胞由来の蛋白質(host cell protein, HCP)、医薬品本体の分解、修飾、会合により発生する蛋白質成分、大量培養中に発生する遺伝子突然変異による医薬品の変異体(sequence valiant, SV)などがある。これらの不純物については通常の分析法では検出しにくいこともあり、その種類や量について十分に把握できないまま、非臨床試験において許容できない毒性が認められないことを根拠に臨床試験に進んでいる。近年の分析技術の進歩により、抗体医薬に混入する高分子不純物の詳細が解明されつつあり、それに伴い、それらの不純物がヒトに与える影響についても徐々に理解されはじめている。CHO細胞に由来するHCPの一種であるPLBL2タンパクは、抗体医薬品に結合して原薬に混入するが、ポリクロ―ナル抗体を用いるHCP分析法では見えにくく、ヒトに対して極めて免疫原性が高い。少量のSVは偶発的に発生するが、アミノ酸変異によりそれまで抗原提示されなかった部位が提示され、医薬品本体が本来誘発しないT細胞の活性化を誘発することがある。抗体医薬のアグリゲートは、ヒト抗原提示細胞において医薬品本体に由来する潜在的T細胞エピトープ配列の抗原提示を増強すると同時に、本体が持たない新たなエピトープを有し、抗医薬品抗体を誘導する可能性がある。また、アグリゲートはFc受容体を通じて、強力にADCC活性やサイトカインを誘導する可能性がある。これら免疫系が介在する反応は、「適切な動物種」を用いた非臨床試験を実施しても、免疫の種差によりヒト毒性が予測できないことが多い。ここでは、最近明らかにされつつある高分子不純物に起因する免疫反応を毒性の観点から整理し、動物で検出できない潜在的リスクに対する非臨床毒性評価の可能性と、医薬品不純物としての許容値設定にむけた課題を論じたい。
著者
Kosuke Kawamoto Itaru Sato Midori Yoshida Shuji Tsuda
出版者
日本毒性学会
雑誌
The Journal of Toxicological Sciences (ISSN:03881350)
巻号頁・発行日
vol.35, no.6, pp.929-933, 2010-12-01 (Released:2010-12-01)
参考文献数
16
被引用文献数
1

Several appliance manufacturers have recently released new type air purifiers that can disinfect bacteria, fungi and viruses by diffusing reactive oxygen species (ROS) into the air. In this study, mice were exposed to the outlet air from each of 3 air purifiers from different manufacturers (A, B, C), and the lung was examined for DNA damage, lipid peroxidation and histopathology to confirm the safety of these air purifiers. Neither abnormal behavior during exposure nor gross abnormality at necropsy was observed. No histopathological changes were also observed in the lung. However, significant increase of DNA damage was detected by the comet assay in the lung immediately after the direct exposure for 48 hr to models A and B, and for 16 hr to model B. As for model B, DNA migration was also increased by 2 hr exposure in a 1 m3 plastic chamber but not by 48 hr exposure in a room (12.6 m3). Model C did not cause DNA damage. Lipid peroxidation and 8-hydroxy deoxyguanosine (8-OH-dG) was not increased under the conditions DNA damage was detected by the comet assay. The present results revealed that some models of air purifiers that diffuse ROS potentially cause DNA damage in the lung although the mechanism was left unsolved.
著者
黒田 悦史 石井 健
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第44回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.EL2, 2017 (Released:2018-03-29)

アジュバントはワクチンに添加されている免疫増強剤であり、ワクチンの種類によってはなくてはならないものです。現在日本で認可されている主なアジュバントはアルミニウム塩(アラム)であり、安全性が高いアジュバントとして多くのワクチンに添加されています。しかしながら、アラムがどのような作用機序で免疫系を活性化するのかについては不明な点が多く残されています。またアラムのみならず、多くの粒子状物質(尿酸塩結晶やシリカなど)もアジュバントとして働くことが知られていますが、その作用機序も詳細には明らかにされておりません。さらに最近話題になっているPM2.5などの大気中の微細粒子もアジュバント作用を介してアレルギー性炎症などを誘導していると考えられています。 近年の免疫学の発展により、T細胞やB細胞を主体とする獲得免疫の誘導には、マクロファージや樹状細胞を主体とする自然免疫の活性化が必須であることが明らかにされています。そのためアラムを含めた粒子状物質の多くが何らかの形で自然免疫を活性化すると考えられています。最近になり、アジュバント活性を有する粒子状物質の多くが免疫細胞の細胞死を誘導し、そこから遊離される死細胞由来因子(内因性デンジャーシグナル)が自然免疫の活性化に重要であることが報告されてきています。 このように、ある種のアジュバントはそれ自身がアジュバントとして機能するのではなく、細胞死を介して内因性のアジュバント(内因性デンジャーシグナル)を誘導する「アジュバント誘導物質」として働くと考えられます。このような観点から毒性研究は医薬品の副作用の研究だけでなく、新規アジュバントの探索/開発という点においても重要であると言えます。本教育講演では、アジュバントによる細胞死やデンジャーシグナルを介した免疫活性化のメカニズムについて私たちの研究成果を含めながら紹介したいと思います。
著者
香川(田中) 聡子 大河原 晋 埴岡 伸光 神野 透人
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
vol.43, pp.P-207, 2016

【目的】近年、高残香性の衣料用柔軟仕上げ剤や香り付けを目的とする加香剤商品等の市場規模が拡大している。それに伴い、これら生活用品の使用に起因する危害情報も含めた相談件数が急増しており、呼吸器障害をはじめ、頭痛や吐き気等の体調不良が危害内容として報告されている。このような室内環境中の化学物質はシックハウス症候群や喘息等の主要な原因、あるいは増悪因子となることが指摘されているが、そのメカニズムについては不明な点が多く残されている。本研究では、欧州連合の化粧品指令でアレルギー物質としてラベル表示を義務付けられた香料成分を対象として、FormaldehydeやAcroleinなどのアルデヒド類や防腐剤パラベン、抗菌剤など多様な室内環境化学物質の生体内標的分子であり、これらの化学物質による気道刺激などに関与するTRP (Transient Receptor Potential Channel)イオンチャネル活性化について検討を行った。<br>【方法】ヒトTRPV1及びTRPA1の安定発現細胞株を用いて、細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度の増加を指標として対象化合物のイオンチャネルの活性化能を評価した。Ca<sup>2+</sup>濃度の測定にはFLIPR Calcium 6 Assay Kitを用い、蛍光強度の時間的な変化をFlexStation 3で記録した。<br>【結果および考察】香料アレルゲンとして表示義務のある香料リストのうち植物エキス等を除いて今回評価可能であった18物質中9物質が濃度依存的にTRPA1の活性化を引き起こすことが判明した。なかでも、2-(4-tert-Butylbenzyl) propionaldehydeによるTRPA1の活性化の程度は陽性対象物質であるCinnamaldehydeに匹敵することが明らかとなった。以上の結果は、これら香料アレルゲンがTRPA1の活性化を介して気道過敏の亢進を引き起こす可能性を示唆しており、シックハウス症候群の発症メカニズムを明らかにする上でも極めて重要な情報であると考えられる。
著者
佐藤 至 河本 光祐 西川 裕夫 齋藤 憲光 大網 一則 金 一和 津田 修治
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本トキシコロジー学会学術年会 第33回日本トキシコロジー学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.101, 2006 (Released:2006-06-23)

【目的】パーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)ならびにパーフルオロオクタン酸(PFOA)は界面活性剤の一種であり,合成樹脂原料,撥水・撥油剤,コーティング剤など,様々な用途に使用されている。これらは極めて安定性が高いために環境中に長期間残留し,人や多くの野生動物においても蓄積が確認されていることから残留性有機汚染物質に区分される。これらの物質の毒性については肝障害や発癌性などが指摘されているが,未だ十分な情報が得られていない。このため本研究ではPFOSおよびPFOAの神経毒性について検討した。【方法】Wistar系雄ラットまたはICR系雄マウスにPFOSまたはPFOAを経口投与し,一般症状を観察するとともに超音波刺激に対する反応を観察した。また,PFOSを50-200 mg/kg経口投与したラットの大脳皮質,海馬および小脳にニッスル染色を施し,病理組織学的検索を行った。【結 果】PFOSおよびPFOAのマウスおよびラットに対する致死量は約500 mg/kgであった。これ以下の投与量では一時的な体重の減少または増加の抑制が認められたが,その他の一般症状に著変は見られなかった。しかし,PFOSを投与した動物では超音波刺激によって強直性痙攣が誘発された。この痙攣は超音波刺激前にジアゼパムを投与しても抑制されなかった。一方ゾウリムシにおいてPFOSと同じ後退遊泳作用を有したSodium Dodecyl Sulfate(SDS)ならびにSodium Dodecanoylsalcosinateは痙攣を引き起こさなかった。PFOS投与24時間後の脳組織(大脳皮質,海馬,小脳)において,神経突起の短縮または消失,ニッスル小体の減少などの変化が用量依存性に認められた。これらの結果からPFOSは神経毒性を有すると結論される。
著者
石塚 真由美
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第45回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.S5-3, 2018 (Released:2018-08-10)

ネオニコチノイド系殺虫剤(ネオニコチノイド)は、現在世界で広範囲に使用されている農薬の一つである。ネオニコチノイドは浸透性であり、根や葉面、実に施用すると、植物全体に行き渡り、殺虫効果が必要とされる成長期の葉や実の表面だけでなく収穫期の可食部にも移行し残留する。そのため水洗により取り除くことができず、摂食によりネオニコチノイド大部分が体内に取り込まれ、生物活性のある原体または一次代謝物として排泄される。ネオニコチノイドに関し、哺乳類を含む脊椎動物に対する曝露影響については未だ議論が続いている。これまでの動物を用いた投与実験の結果では、ネオニコチノイドの高濃度曝露はニコチン性アセチルコリン受容体刺激によりニコチン中毒様症状をきたすが、少量では無症状で、持続曝露による中毒や胎内曝露による発達神経障害の危険性は無いとされてきた。しかし、2012年にネオニコチノイドが哺乳類の神経細胞に対しても毒性を有する事が見いだされ、その後、NOAELレベルの曝露量で、高等脊椎動物の行動や生殖器系に毒性が生じる可能性が報告された。一方で、現在、ヒトがどのようなネオニコチノイドにどの程度日常的に暴露されているのか、正確に分析したデータは少ない。そこで本研究では、ネオニコチノイドによる感受性が高いと考えられる小児(3歳~6歳)から尿を採取し、尿中のネオニコチノイドおよびその代謝物を測定することで、曝露評価を行う事を目的とした。分析した結果、thiaclopridは検出頻度が30%程度であり、濃度は<LOD~0.13µg/Lであった。この頻度と濃度は、dinotefuran(頻度、48~56%;濃度、<LOD ~ 72µg/L)やN-dm-acetamiprid(頻度、83~94%;濃度<LOD ~18.7µg/L)など今回検出された他のネオニコチノイドに比べて低い値であった。次に、尿中濃度から曝露量を推定した結果、分析対象とした全ネオニコチノイドの曝露量は最大640µg/日であり、中でもdinotefuranの曝露量は最大450µg/日に達した。一方、これらの曝露量はADIに比べ数%程度であった。
著者
江馬 眞 原 洋明 松本 真理子 広瀬 明彦 鎌田 栄一
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本トキシコロジー学会学術年会 第34回日本トキシコロジー学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.5026, 2007 (Released:2007-06-23)

食品添加物として使われているpolysorbate 80 (PS80)のラットにおける発生神経毒性をOECD試験ガイドライン・ドラフトに準拠して実施した。ラットの妊娠0日から分娩後21日まで、0, 0.018, 0.13, 1.0または7.5%のPS80 (0, 0.04, 0.25, 1.86, or 16.78 ml/kg bw/day)を含む飲水を自由摂取させた。妊娠ラットは自然分娩させ、児は21日に離乳させた。妊娠中及び授乳中の母ラットの体重は7.5%投与群で有意に低かった。繁殖指標へのPS80投与に関連した影響は認められなかった。児の生後14-15日、 17-18日、 20-21日、 33-37日及び60-66日の20時、2時、8時及び14時に測定した自発運動量にはPS80投与の影響はみられなかった。耳介開展、毛生及び切歯萌出等の発育指標、性成熟、正向反射、負の走地性、瞳孔反射、耳介反射、疼痛反応、空中正向反射にはPS80投与の影響は観察されなかった。条件回避反応については、生後23-27日の検査において7.5%投与群の雌雄の児で回避反応率の低下がみられたが、生後60-67日の検査ではいずれのPS80投与群にも投与の影響は認められなかった。離乳前及び離乳後の児体重は7.5%投与群の雌雄で対照群に比べて有意に低かった。生後22日及び70日の雌雄の児の主要器官重量にPS80投与の影響はみられず、脳、脊髄及び座骨神経の病理組織学的所見にもPS80投与の影響は観察されなかった。以上の結果から、ラットの妊娠中及び授乳中にPS80を含む飲水を与えたとき、母体及び児の体重低下を引き起こす7.5%投与群において一過性の条件回避反応率の低下が惹起されることが明らかになった。本実験におけるNOAELは1.0% (1.86 ml/kg bw/day)と考えられた。
著者
Masahiko Yamaguchi Daisuke Araki Takeshi Kanamori Yasuko Okiyama Hirokazu Seto Masaki Uda Masahito Usami Yutaka Yamamoto Takuji Masunaga Hitoshi Sasa
出版者
日本毒性学会
雑誌
The Journal of Toxicological Sciences (ISSN:03881350)
巻号頁・発行日
vol.42, no.6, pp.797-814, 2017-12-01 (Released:2017-11-16)
参考文献数
15
被引用文献数
10

Safety assessments of cosmetics are carried out by identifying possible harmful effects of substances in cosmetic products and assessing the exposure to products containing these substances. The present study provided data on the amounts of cosmetic products consumed in Japan to enhance and complement the existing data from Europe and the United States, i.e., the West. The outcomes of this study increase the accuracy of exposure assessments and enable more sophisticated risk assessment as a part of the safety assessment of cosmetic products. Actual amounts of products applied were calculated by determining the difference in the weight of products before and after use by approximately 300 subjects. The results of the study of skincare products revealed that in comparison with the West, large amounts of lotions and emulsions were applied, whereas lower amounts of cream and essence were applied in Japan. In the study of sunscreen products, actual measured values during outdoor leisure use were obtained, and these were lower than the values from the West. The study of the use of facial mask packs yielded data on typical Japanese sheet-type impregnated masks and revealed that high amounts were applied. Furthermore, data were obtained on cleansing foams, makeup removers and makeup products. The data from the present study enhance and complement existing information and will facilitate more sophisticated risk assessments. The present results should be extremely useful in safety assessments of newly developed cosmetic products and to regulatory authorities in Japan and around the world.
著者
野村 大成
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.1103, 2013 (Released:2013-08-14)

放射線も化学物質も,受精(男性にとっては授精)前の被曝により,子孫に継世代的(遺伝的)影響が発生することは,膨大な数のマウスを用いて証明されている(通称“100万匹マウス実験”等)。また,親の被曝により子孫にがんや形態異常が発生することもマウス,ラットで報告されています(通称“大阪レポート”)。ヒトにおいても,放射線被曝(健康診断,核実験,原発事故等)で,次世代にがん,形態異常や突然変異が発生したという論文も発表されている。しかし,広島・長崎被曝者の子供において,近距離被爆と遠距離被曝の間での差は明らかにされていないことから,“放射線は調べた限りヒトを除くすべての生物に突然変異を起こす”というような表現がされることがある。日本毒性学会シンポジウム「放射線毒性学における課題」においては,放射線の継世代影響に焦点を絞り,各種放射線の外部・内部被曝による遺伝的影響に関するこれまでの動物実験での成果に最新の研究成果を加えて総括を行うとともに,ヒト放射線被曝集団での次世代影響について最近の調査研究と今後の方針を紹介する。動物実験においては,生殖細胞期や胎児期放射線被曝単独では,次世代での腫瘍発生頻度の増加はわずかであるが,生まれてから,非発がん性,非変異原性腫瘍促進物質や,微量の発がん性物質の投与や放射線照射を受けると,がん発生が大きく促進されることが示されている。放射線と化学物質の複合被曝による生体影響の増幅であり,後日,放射線による遺伝的不安定性を示した最初の動物実験と評価されている。このような複合被曝においても,放射線の線量率効果は明確に存在している。人類の実際の被曝形態が,このような複合被曝であることを考えると,放射線毒性学における大きな課題を提起するものであり,そのリスク推定と防護の見地から重要な意味がある。
著者
香川(田中) 聡子 中森 俊輔 大河原 晋 岡元 陽子 真弓 加織 小林 義典 五十嵐 良明 神野 透人
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.2003146, 2013 (Released:2013-08-14)

【目的】室内環境中の化学物質はシックハウス症候群や喘息等の主要な原因,あるいは増悪因子となることが指摘されているが,そのメカニズムについては不明な点が多く残されている。イソチアゾリン系抗菌剤は塗料や化粧品・衛生用品等様々な製品に使用されており,塗料中に含まれるこれら抗菌剤が室内空気を介して皮膚炎を発症させる事例や,鼻炎や微熱等のシックハウス様症状を示す事例も報告されている。本研究では,侵害受容器であり気道過敏性や接触皮膚炎の亢進にも関与することが明らかになりつつあるTRPイオンチャネルに対するイソチアゾリン系抗菌剤の活性化能を検討した。【方法】ヒトTRPV1及びTRPA1の安定発現細胞株を用いて,細胞内Ca2+濃度の増加を指標としてイオンチャネルの活性化能を評価した。Ca2+濃度の測定にはFLIPR Calcium 5 Assay Kitを用い,蛍光強度の時間的な変化をFlexStation 3で記録した。【結果および考察】2-n-octyl-4-isothiazolin-3-one (OIT)がTRPV1の活性化を引き起こすことが明らかになった(EC50:50 µM)。また,TRPA1に関しては,2-methyl-4-isothiazolin-3-one (MIT),5-chloro-2-methyl-4-isothiazolin-3-one (Cl-MIT),OIT,4,5-dichloro-2-n-noctyl-4-isothiazolin-3-one (2Cl-OIT)及び1,2-benzisothizolin-3-one (BIT)が顕著に活性化することが判明し,そのEC50は1~8 µM (Cl-MIT, OIT, 2Cl-OIT, BIT)から70 µM (MIT)であった。これらの物質が,TRPV1及びA1の活性化を介して気道過敏性の亢進等を引き起こす可能性が考えられる。諸外国においてはこれら抗菌剤を含む製品の使用により接触皮膚炎等の臨床事例が数多く報告されており,我が国でも近年,冷感効果を謳った製品の使用による接触皮膚炎が報告され,その原因としてイソチアゾリン系抗菌剤の可能性が指摘された。これら家庭用品の使用により,皮膚炎のみならず,気道過敏性の亢進等シックハウス様の症状が引き起こされる可能性も考えられる。
著者
Akifumi Eguchi Hidenobu Miyaso Chisato Mori
出版者
日本毒性学会
雑誌
The Journal of Toxicological Sciences (ISSN:03881350)
巻号頁・発行日
vol.41, no.5, pp.667-675, 2016-10-01 (Released:2016-09-24)
参考文献数
52
被引用文献数
9

The toxicity of decabromodiphenyl ether (BDE-209) has been reported in several studies. However, there is not much known about the toxicological biomarkers that characterize BDE-209 exposure. In this study, we subcutaneously exposed mice to 0.025 mg/kg/day BDE-209 on postnatal days 1‑5 and sacrificed the animals at 12 weeks of age (day 84). Flow injection analysis and hydrophilic interaction chromatography-triple quadrupole mass spectrometry were used to determine the serum metabolomes of these mice in order to characterize the effects of BDE-209 exposure. Data analysis showed a good separation between control and exposed mice (R2 = 0.953, Q2 = 0.728, and ANOVA of the cross‑validated residuals (CV‑ANOVA): P‑value = 0.0317) and 54 metabolites were identified as altered in the exposed animals. These were selected using variable importance (VIP) and loadings scaled by a correlation coefficient criteria and orthogonal partial least squares discriminant analysis (OPLS‑DA). BDE‑209‑exposed mice showed lower levels of long-chain acylcarnitines and citrate cycle-related metabolites, and higher levels of some amino acids, long-chain phospholipids, and short-chain acylcarnitines. The disruption of fatty acid, carbohydrate, and amino acid metabolism observed in the serum metabolome might be related to the previously observed impaired spermatogenesis in mice with early postnatal exposure to a low dose of BDE-209.
著者
東阪 和馬 宇治 美由紀 山口 真奈美 三里 一貴 角田 慎一 吉岡 靖雄 堤 康央
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.2003167, 2013 (Released:2013-08-14)

近年,ナノマテリアル(NM)や,蛋白質と同等サイズのサブナノマテリアル(sNM)など,種々超微粒子の利用が食品業界においても急速に進行している。例えば,sNMの代表例であるサブナノ銀・サブナノ白金は,強い抗酸化活性や抗菌活性を有し,健康食品・サプリメント・食品添加物に幅広く実用化されている。一方で,これらNM・sNMがサブミクロンサイズの従来素材とは異なる想定外の生体影響を誘発し得ることが懸念されている。しかし現状では,食品中超微粒子の安全性評価は世界的にも殆ど手つかずであり,物性や曝露実態情報と,それに基づく毒性解析(所謂,ADMET情報)は殆ど理解されていない。そこで本研究では,強力な殺菌/抗菌効果を発揮することが知られている1次粒子径が20 nmのナノ銀粒子(nAg)と,1 nmのサブナノ銀粒子(snAg),コントロール群として硝酸銀水溶液(Agイオン)を用い,単回経口投与時の体内動態解析を試みた(なお,本年会において,サブナノ白金の体内動態解析についても別演題で発表予定である)。BALB/cマウスにnAg,snAgを単回経口投与し,経時的に血液を回収した後,誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)を用いて血中・臓器中の銀量を測定した。その結果,nAgは体内へ殆ど吸収されない一方で,snAgは投与量の約0.2%が血中に残留していることが判明した。すなわち,snAgが,同一素材のnAgあるいはAgイオンとは異なり,経口曝露後に高い腸管吸収性や体内滞留性を示すことを示唆するものであると考えている。現在,より詳細な体内動態解析を進めると共に,一般毒性学的観点からのハザード情報の収集を図っている。今後,閾値追求や物性-経口曝露後動態-安全性についての定量的連関解析を推進することで,NM・sNMのリスク解析に資するADMET情報を集積したいと念じている。
著者
寺尾 惠治
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本トキシコロジー学会学術年会 第35回日本トキシコロジー学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.18, 2008 (Released:2008-06-25)
被引用文献数
3

免疫系はそれぞれ機能の異なる複数の細胞集団により構成され、それぞれの細胞集団の密接な相互作用により複雑な免疫反応が発現する。これらの免疫担当細胞はいずれも骨髄の造血幹細胞から分化し末梢で成熟するが、末梢での分化成熟の程度は免疫系の発達と暴露される抗原の質および量に左右される。新生児は免疫学的には未熟な状態で生を受け、誕生直後から膨大な抗原に暴露されることになる。免疫系の初期発達の過程は、暴露された抗原に対する免疫応答の結果を反映したものであり、それぞれの抗原に対応する細胞クローンの活性化、増殖、消滅、記憶細胞の蓄積というダイナミックなサイクルが増幅される過程ととらえることができる。下記に要約するマカク属サルでの免疫系の初期発達に関わる調査結果は、いずれも成長に伴う免疫系の活性化を示唆している。 1)B細胞、ヘルパーT細胞、細胞障害性T細胞、ナチュラルキラー細胞の末梢主要リンパ球サブセットは、いずれも出生直後には未熟(naive)な表現型を示す細胞が大半を占めるが、発達過程で表現型はダイナミックに変化し、活性化マーカーを発現している細胞(activate)が急激に増加してゆく。 2)T細胞レセプターからみたT細胞クローンのレパトリー(T細胞クローン数)は成長に伴い増加する。 3)リンパ球の分裂回数を反映するテロメア長は成長に伴って短縮してゆく。 4)免疫グロブリン(IgG, IgA, IgM)量および自然抗体価はいずれも成長に伴い増加し、性成熟前後で成体レベルに達する。 以上の結果を総合すると、マカクザルで免疫系の発達が完了する時期はサブセットおよび機能により若干異なるが、3歳から5歳前後、すなわち、ヒトと同様に性成熟に達する前後でその成熟が完了すると判断され、小さな大人ザルにはみられないダイナミックな変化がそれを支える。
著者
田辺 信介
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第41回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.EL7, 2014 (Released:2014-08-26)

化学物質の中でヒトや生態系にとって厄介なものは、毒性が強く、生体内に容易に侵入し、そこに長期間とどまる物質であろう。こうした性質を持つ化学物質の代表に、PCBs(ポリ塩素化ビフェニール)やダイオキシン類などPOPs (Persistent Organic Pollutants:残留性有機汚染物質)と呼ばれる生物蓄積性の有害物質がある。私がPOPsの汚染研究を開始したのは1972年のことで、テーマは「瀬戸内海のPCBs汚染に関する研究」であった。当時の汚染実態はきわめて深刻化していたが、不思議なことに瀬戸内海に残存しているPOPs量は使用量に比べ予想外に少ないことに気がついた。この疑問は、「大気経由でPCBsが広域拡散したのではないか」という仮説を生み、地球汚染を実証する研究へと進展した。この研究の中で、ダイオキシン類やDDTは局在性が強く地域汚染型の物質であるが、PCBsや殺虫剤のHCHsは長距離輸送されやすい地球汚染型の物質であることを、大気や水質の調査だけでなく生物を指標とした研究でも明らかにした。また冷水域は、POPsの最終的な到達点となることを示唆した。さらに、POPsは食物連鎖を通して生物濃縮され高次の生物種ほど汚染が著しいこと、とくに海洋生態系の頂点にいる鯨類や鰭脚類などの水棲生物は、体内にきわめて高い濃度のPOPsを蓄積していることが認められた。この要因として、この種の動物は体内に有害物質の貯蔵庫(皮下脂肪)が存在すること、授乳による母子間移行量が大きいこと、有害物質を分解する酵素系が一部欠落していること、などが判明した。また、薬物代謝酵素等に注目した研究により、海棲哺乳動物はPOPs(親化合物)のリスクが最も高い生物種(ハイリスクアニマル)であること、一方陸棲の哺乳動物はPOPs代謝物のハイリスクアニマルであることを示唆した。以上の研究成果から、生態系本位の環境観・社会観を醸成する施策が必要なことを提言した。
著者
石松 伸一
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本トキシコロジー学会学術年会 第38回日本トキシコロジー学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.193, 2011 (Released:2011-08-11)

【はじめに】1995年3月20日朝、発生した地下鉄サリン事件では死者13名、傷病者6000名を超えるテロ事件であった。当院では当日だけで640名、その後1週間で1200名以上の傷病者が来院した。初期に見られた中毒症状も次第に軽減し、消失するものと思われたが、1年以上を経過しても症状の残存する事例を多数経験したので、継続的に症状の追跡調査を開始した。 【方法】事件後5年間は、当院を初診した被害者にアンケート用紙を郵送して記入後返信してもらった。6年以降は同様に被害者のケアを行なっていたNPO法人リカバリーサポートセンター(RSC)とともに調査を行ない、希望者には検診を実施した。症状アンケートは事件後、被害者の訴えの多かった33種類の症状について重症度を1〜5までのリカートスケールを用いた。なお重症度の3〜5と回答したものを「症状あり」とした。 【結果】後遺症と認定されている眼症状、PTSDをはじめとする精神症状以外での身体症状では、「体がだるい」1年後7.3%、5年後16.0%、10年後43.4%、「体が疲れやすい」は1年後11.9%、5年後23.1%、10年後56.3%、「頭痛」は1年後8.6%、5年後12.5%、10年後44.7%、「下痢をしやすい」は1年後1.0%、5年後11.9%、10年後18.6%。なお、アンケート調査開始時には項目になかった症状のうち「手足のしびれ」は13年後の時点で49.8%と実に半数近くが症状を訴えていた。また受傷時未成年であった被害者への小児科による追跡調査では身体症状は遅発的に発生しており、精神健康度、不安尺度ともに正常域であった。 【考察】多くの身体症状で経年的に訴える頻度が増加していたことは、年齢の変化以外にアンケート回答者の特異性などの因子も関連していると思われるが、有機リン系毒物の遅発的障害に関しても否定できない。
著者
森 大樹 井口 綾子 仁平 守俊 石橋 弘志 高良 真也 武政 剛弘 有薗 幸司
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本トキシコロジー学会学術年会 第34回日本トキシコロジー学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.5001, 2007 (Released:2007-06-23)

合成香料である合成ムスクは、洗濯洗剤、石鹸、化粧品等の家庭用品の芳香化合物として年間約5,000t生産されており、世界中で広く使用されている。欧米では新たな環境汚染物質として注目されており、近年の研究では、水環境、大気環境中での存在が確認され、ヒトの脂肪組織や母乳中からも検出が報告されている。これらの化合物は、脂溶性が高く生体内で加水分解されにくいため生体への生物濃縮性が憂慮される。本研究では、合成ムスク類である6-acetyl-1,1,2,4,4,7-hexamethyltetraline(AHTN)および1,2,4,6,7,8-hexahydro-4,6,6,7,8,8-hexamethylcyclopenta-γ-2-benzopyran(HHCB)をヒト遺伝子と高い相同性があり、ヒトへの影響解析モデルとしても有用とされている土壌自活線虫C. elegansを用いた各種毒性試験法および新たに約80種のチトクロームP450(CYPs)遺伝子群をスポットした自作カスタムチップを用いて、DNAマイクロアレイによる発現変動遺伝子解析を行った。 実験には、野生型線虫を用い、AHTNおよびHHCBはDMSOに溶解して試験物質とした。溶媒対照群をDMSO0.1%として、同調・孵化させたL1幼虫を24時間曝露し、mRNAを抽出した。対照群をCy3、曝露群をCy5で蛍光標識し、CYP遺伝子群の発現変動解析を行った。対照群と比較して、変動倍率が2倍以上の遺伝子を誘導遺伝子とし、2分の1以下の遺伝子を抑制遺伝子とした。 AHTN、HHCB曝露後のCYP遺伝子群の発現変動解析を行った結果、AHTN、HHCBに共通してCYP14群およびCYP34群、CYP35群の発現誘導が確認された。一方、両化学物質曝露によるCYP遺伝子群の発現抑制は認められなかった。これらから、多環ムスク類はヒトへの曝露影響も憂慮されることから今後、詳細に検討する必要があると思われる。
著者
黒田 悦史
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第41回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.S19-2, 2014 (Released:2014-08-26)

アレルギー性疾患の増加は社会問題の一つとなっており、その原因の解明と効果的な治療法の開発が急務とされている。アレルギー性疾患の増加の要因としては、アレルゲンの増加、感染症の減少(衛生仮説)、食生活の変化、生活環境における化学物質の増加などが考えられている。化学物質の増加に関しては,産業の発達とともに産出されてきた様々な微小粒子状物質のアレルギー性疾患への関与が示唆されており、さらに最近では微小粒子状物質の一つであるParticulate Matter 2.5(PM2.5)が健康被害を引き起こすとしてその影響が懸念されている。粒子状物質はアレルゲンとは異なり、それ自身は抗原とはならない。しかしながら粒子状物質を抗原とともに感作することで、その抗原に対する免疫応答を増強させるアジュバント効果を有することが知られている。興味深いことに、粒子状物質の多くがアレルギー反応の原因となるTh2型免疫反応を誘導することが報告されており、粒子状物質によるTh2アジュバント効果と近年のアレルギー性疾患の増加との関連が示唆されている。しかしながら、粒子状物質がどのような機構で免疫反応を活性化し、Th2型免疫反応を誘導するかについては明らかにされていない。 我々は、粒子状物質をマウスの肺に注入することで誘発される免疫反応について解析を行っており、粒子状物質によってダメージを受けた細胞から遊離される内因性アジュバント、すなわちダメージ関連分子パターン(DAMPs)が抗原特異的なIgEの誘導に重要であることを見いだした。本シンポジウムでは、DAMPsに焦点をあて、粒子状物質によって活性化されるTh2型免疫応答のメカニズムについて紹介したい。
著者
今井 則夫 難波江 恭子 河部 真弓 安藤 好佑 戸田 庸介 玉野 静光 野島 俊雄 白井 智之
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本トキシコロジー学会学術年会 第35回日本トキシコロジー学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.123, 2008 (Released:2008-06-25)

【目的】携帯電話の利用者数は年々増加しており、精巣も携帯電話の長時間使用によって電磁波にばく露される対象臓器であり、精巣毒性が懸念される。そこで、携帯電話で用いられている1.95GHz電磁波の精巣毒性の有無について、ラットを用いて検討した。【方法】ばく露箱内の照射用ケージにSD系雄ラットを入れ、ばく露箱内上部に直交させたダイポールアンテナで、周波数1.95GHz、W-CDMA方式の電磁波を全身に照射した。電磁波ばく露は、性成熟過程である5週齢から10週齢に至る5週間、1日5時間行った。照射レベルは全身平均SAR(Specific absorption rate)が0 W/kg(対照群)、0.08 W/kg(低ばく露群)および0.4 W/kg(高ばく露群)の3段階を設定した。なお、実験は各群24匹を2回(1回に各群12匹)に分けて行った。ばく露終了後、剖検を実施して全身の諸器官・組織の肉眼的病理学検査を実施し、雄性生殖器の器官重量の測定を行うとともに、精子検査(精子の運動率、精巣および精巣上体の精子の数、精子の形態異常率)を行った。また、雄性生殖器の組織について病理組織学的に評価するとともに、精巣のステージング(精子形成サイクルの検査)についても評価した。【結果】ばく露期間中に死亡例はみられず、一般状態においても著変は認められなかった。体重、摂餌量、雄性生殖器系器官・組織の重量、精子の運動率、精巣上体の精子数、精子の形態異常率、精巣のステージ分析において、ばく露群と対照群との間に有意な差は認められなかった。また、肉眼的病理学検査および病理組織学的検査においても電磁波ばく露に起因すると思われる変化は認められなかった。【結論】5週齢のSD系雄ラットに1.95GHz電磁波を5週間全身ばく露した結果、電磁波ばく露の影響と考えられる変化がみられなかったことから、電磁波ばく露による精巣毒性はないと判断した。(この研究は社団法人電波産業会(ARIB)の支援によって実施した)
著者
荒川 泰昭
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本トキシコロジー学会学術年会 第35回日本トキシコロジー学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.21, 2008 (Released:2008-06-25)

ヒトでは、胸腺Thymusは免疫系器官のうちで最も早期にリンパ球の現われる器官であり、以後胎生期を通じて最も活発にリンパ球造成を継続する。胸腺の絶対重量でみるとヒトでは思春期直前に最大値となるが、体重あたりの相対臓器重量でみると出生直後が最大で、以後減少を続ける。ヒトの胸腺は胎齢16週で形態学的に完成しており、げっ歯類を除く哺乳類でも胎齢中期以降に完成する。げっ歯類を除く哺乳類では、ヒトも含めて、免疫系は出生時までに十分成熟しており、出生時には胸腺に対する依存度も比較的小さくなっている。しかし、げっ歯類の胸腺は形態学的には出生時まで未完成であり、その発育は新生児期までには完了するが、末梢性Tリンパ球集団(末梢性リンパ性器官の胸腺依存性領域)の形成は未だほとんど行われていない。したがって、この時期に胸腺を摘出すると、この末梢性Tリンパ球集団の出現が阻止されることになる。すなわち、成体の胸腺を摘出した場合には末梢性のリンパ球集団にも免疫応答能力にも影響は少ないが、新生児期に胸腺を摘出すると、リンパ球減少症、寿命の長い再循環性リンパ球の顕著な減少、細胞性免疫応答の欠落、Tリンパ球関与の体液性免疫応答の著明な低下などが起こる。 一方、胸腺は加齢と共に生理的に退縮し、リンパ球の産生は低下し、皮質は菲薄となり、実質は縮小し、その大部分が脂肪組織で置き換えられる。この加齢退縮age involutionは一般には思春期から始まると考えられているが、胸腺実質全体に対する皮質の占める割合の減少を、胸腺の機能的活性の低下を示す指標と見なすと、ヒトの加齢退縮は実際には小児期の初期にすでに始まっていることになる。 以上の観点から、本講では、飼育可能な乳離れしたばかりの幼若ラットを用いて、化学的な胸腺萎縮Thymus Atrophy(化学的胸腺摘出Chemical Thymectomy状態)を中心に、その病的老化の誘導メカニズムを考察する。
著者
菅野 純
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第39回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.S15-5, 2012 (Released:2012-11-24)

大量ではほぼ全員が肝不全により死亡、微量では用量依存的に肝がんが増加する、というのは遺伝子障害性発がん物質のアフラトキシンの毒性である。この用量作用関係は電離放射線のそれと類似している。これも最終的にラジカルなどの化学反応が生体分子を修飾して毒性を表すので共通性は当然存在する。1mGy程の低線量を前照射する(Tickle dose)と、その後の放射線障害を緩和する。化学物質でも、少量を前投与するとその後の投与の影響が変わる事は、紀元前2世紀の王様が毒物による暗殺に備えて少量の毒物を摂取するなど、太古から知られている。 しかし、放射線には化学物質には無い「魔術性」がある。例えば、抗がん剤のメトトレキセートが慢性関節リウマチに効くことから、現在「リュウマトレックス」と名を変えて処方されている。他方、放射線も効果を示すと報告されており、それを引用して低線量の放射線が体に良いという宣伝がなされている。さらに「だから、普通の健康な人にも良い」と言う者がいて、それをマスコミが取り上げる。しかし、抗がん剤であるメトトレキセートを健康な一般人に勧めることはないし、マスコミもその様な報道をしない。 既存の科学的データからリスクを評価する。データ不足は適切な仮説で補われる。閾値設定の適否もこれに含まれる。その結果に基づいて施策を決め措置を取るのがリスク管理である。本来、リスク評価は毒性専門研究者が、リスク管理は行政担当者が扱う。しばしば両者が共同で管理を実施したための弊害が指摘され改善が叫ばれているが、放射線はこれに逆行した様である。放射線の魔術性という特殊性はここにも影響していると思われる。 この魔術性を打破する事は国民の放射線影響に対する理解を深める為に必要であると考える。その為には「放射線毒性学」に於いて、化学物質と放射線の毒性を対等に扱う毒性学問領域の存在意義を広め、その研究を進めることを提案する。