著者
中野 茂樹 桑田 雅彦 長谷川 浩之 入村 兼司 丸伝 章 森田 健一
出版者
日本毒性学会
雑誌
The Journal of Toxicological Sciences (ISSN:03881350)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.13-59, 1989-10-31
被引用文献数
3 5

ラットにP-4を2, 10, 50および150mg/kg/dayの投与量で13週間経口投与し, その亜急性毒性ならびに回復性を検討し, 以下の知見を得た. 1. 一般状態の観察では, 50mg/kg/day以上の雌雄各群で投薬後一過性の流涎と主に雌で尿による下腹部の汚染が観察された. その他に重篤な中毒症状はみられず, P-4投与によると思われる死亡例もなかった. 2. 体重は, 雄の50mg/kg/day以上, 雌の150mg/kg/dayの群で増加抑制がみられたが, 摂餌量に著しい変動はなかった. 摂水量は雌雄とも50mg/kg/day以上群で, 投薬初期より明らかな増加を示した. 3. 尿検査では, 50mg/kg/day以上の雌雄各群で尿量の増加, 浸透圧の低下, 蛋白およびウロビリノーゲンの陰性化, さらに電解質排泄量の軽度増加がみられた. 4. 血液学的検査では,150mg/kg/day群の雌雄に赤血球数の増加およびAPTTの短縮, さらに雄ではヘモグロビン量およびヘマトクリット値の増加, 白血球数の減少と雌ではフィブリノーゲン量の増加がいずれも軽度にみられた. 5. 血液生化学的検査では, 雄の50mg/kg/day以上および雌の150mg/kg/dayの群に中性脂肪の減少とγ-GTPおよびAlP活性, および尿素窒素の増加がみられた. さらに雄では総および遊離コレステロール, およびリン脂質が減少し, 雌では総コレステロールの増加およびコリンエステラーゼ活性の減少がみられた. 6. 病理学的検査では, 50mg/kg/day以上の雌雄各群に胸腺および脾臓の肉眼的萎縮がみられたが, 病理組織学的異常は認められなかった. 雄の50mg/kg/day以上および雌の150mg/kg/day群では肝臓重量または重量比が増加し, 病理組織学的検査で肝細胞の肥大および脂肪変性が観察された. 電子顕微鏡検査では, 同群でさらに肝細胞に著明な滑面小胞体の増殖を認めた. 腎臓では, 雄の10mg/kg/day以上, 雌の50mg/kg/day以上の群の近位尿細管上皮細胞内に好酸性の核内封入物を認めたが, その細胞質に腎障害像は全くみられなかった. 7. 回復試験では, P-4投与によるいずれの変化も回復ないし回復傾向を示し, 可逆性の変化であることが示唆された. 8. 無影響量は雄で2mg/kg/day, 雌で10mg/kg/day, 確実中毒量は雄で50mg/kg/day, 雌で150mg/kg/dayと推察された.
著者
Ken-ichi Wakabayashi Yoshimasa Kurata Tomoo Harada Yasushi Tamaki Naohiro Nishiyama Toshio Kasamatsu
出版者
日本毒性学会
雑誌
The Journal of Toxicological Sciences (ISSN:03881350)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.691-698, 2012-08-01 (Released:2012-08-01)
参考文献数
23
被引用文献数
10 22

Glycidol fatty acid esters (GEs) have been identified as contaminants in refined edible oils. Although the possible release of glycidol (G) from GEs is a concern, little is known about the conversion of GEs to G in the human body. This study addressed the toxicokinetics of glycidol linoleate (GL) and G in male Crl:CD(SD) rats and cynomolgus monkeys. Equimolar amounts of GL (341 mg/kg) or G (75 mg/kg) were administered by gavage to each animal. G was found in both species after the G and GL administration, while plasma GL concentrations were below the lower limit of quantification (5 ng/ml) in both species. In rats, the administration of GL or G produced similar concentration-time profiles for G. In monkeys, the Cmax and AUC values after GL administration were significantly lower than those after G administration. The oral bioavailability of G in monkeys (34.3%) was remarkably lower than that in rats (68.8%) at 75 mg/kg G administration. In addition, plasma G concentrations after oral administration at three lower doses of GL or G were measured in both species. In monkeys, G was detected only at the highest dose of G. In contrast, the rats exhibited similar plasma G concentration-time profiles after GL or G administration with significantly higher G levels than those in monkeys. In conclusion, these results indicate that there are remarkable species differences in the toxicokinetics of GEs and G between rodents and primates, findings that should be considered when assessing the human risk of GEs.
著者
平野 哲史 池中 良徳 星 信彦 田渕 圭章
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第49回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.P-4E, 2022 (Released:2022-08-25)

【背景・目的】化学物質のリスク評価における課題の一つとして、個々の化学物質を対象とする従来の毒性評価システムによっては複数の化学物質による複合影響のリスクを評価できない点が挙げられる。近年提唱されたAdverse Outcome Pathway(AOP)の概念に基づくと、複合影響に対する効率的な毒性評価を行うためには毒性発現における共通のKey Eventを活用することが重要となる。我々は前回大会にて、ピレスロイド系農薬デルタメトリン曝露時において、マイトファジーの活性化およびプロテアソーム活性低下を介したタンパク質分解系の不均衡状態が関与する新たな神経毒性メカニズムを報告した。そこで本研究では、これらのエンドポイントを神経毒性のKey Eventとすることで農薬類の複合影響評価への応用を検証することを目的とした。【方法】マウス神経芽細胞腫Neuro-2a細胞に農薬類10種を曝露し、ミトコンドリア膜電位やオートファジーおよびプロテアソーム活性を指標としてミトコンドリアやタンパク質分解系への機能的影響を評価した。またWST-8アッセイにより細胞生存性を評価し、CompuSynソフトウェアにより複合影響の用量反応性を解析した。【結果・考察】ピレスロイド系農薬ペルメトリンおよびデルタメトリンとフェニルピラゾール系農薬フィプロニルの曝露により、ミトコンドリアの機能低下、オートファジーの分解基質マーカーであるp62の蓄積等の共通したKey Eventの変動がみられた。さらにこれらの複合曝露により、単独曝露時と比べてより低濃度で細胞生存性が低下し、Combination Index < 1を示す相乗効果が認められた。本研究により、神経毒性に関するAOPの共通Key Eventを指標とすることで異種の農薬類の複合曝露が引き起こす相乗的な神経毒性を検出できることが初めて示された。
著者
大隅 典子
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第48回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.S16-2, 2021 (Released:2021-08-12)

近年、疾病の原因が胎児期にまで遡ることができるというDOHaD(Developmental Origin of Health and Disease)説が着目を浴びている。DOHaDでは古典的には母体の栄養摂取や薬物暴露等、胎仔にとっての子宮環境に主眼が置かれてきたが、近年の疫学研究により、父親側の因子も次世代に影響することが指摘されつつある(Paternal Origin of Health and Disease, POHaD)。例えば、高齢の父から生まれた子どもにおいて、低体重出生児や、神経発達障害の増加が繰り返し報告されている。米国では、神経発達障害の一つである自閉スペクトラム症(ASD)のリスク因子を特定するための試みとして縦断調査(EARLI study)が行われ(http://www.earlistudy.org/)、この調査成果により、父親の精子DNAメチル化の変化と子どものASD的な兆候が確かに相関することや、そのうちの複数のDNAメチル化変化がASD患者の剖検脳においても共通していることが明らかにされた。このような背景にもとづき、我々は、加齢雄マウスを用いて父親の加齢が子どもの神経発達障害のリスクとなる分子機構について研究し、継精子エピゲノム変異に着目している。このような父親の加齢だけでなく、内分泌かく乱物質等、様々な要因によって変化し得る雄性生殖細胞エピゲノムが子どもの疾患リスクとなることが明らかとなりつつある。これは精子を介するエピゲノムの経世代影響の結果として、子孫が多様な表現型を持ち得るということも示唆している。エピゲノム変異の経世代影響という観点はこの問題に対する新たな切り口となるかもしれない。
著者
野原 恵子 鈴木 武博 岡村 和幸 秦 健一郎 中林 一彦
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第49回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.S18-3, 2022 (Released:2022-08-25)

妊娠中の環境因子曝露が、子の成長後の各種疾患リスクを増加させるばかりでなく、孫世代や、それ以降の世代にも同様の影響をおよぼすという報告が増加している。ヒ素についても、オスが成長後に肝腫瘍を発症しやすい系統であるC3Hマウスにおいて、妊娠期無機ヒ素曝露を受けたF1オスを介して孫世代(F2)で肝腫瘍が対照群と比較して増加することがみつかっている。このような世代間の影響伝搬の分子メカニズムはまだほぼ未解明であるが、父性経由、すなわち精子を介する影響の伝搬は精子のエピゲノムが担うと考えられている。 代表的なエピゲノム因子であるDNAメチル化は、ヒ素の影響をうけることが1990年代から報告されている。そこで私たちは、F2への影響伝搬のメカニズム研究として、F1精子のDNAメチル化変化の次世代シークエンス解析を行った。その結果、妊娠期ヒ素曝露を受けたマウスの仔(ヒ素群F1)の精子では対照群と比較して全染色体でDNAメチル化が低下し、特にレトロトランスポゾンのLINEとLTRで低メチル化DNAの出現頻度が増加することをみいだした。 一方、生殖細胞のDNAメチル化は受精後いったんほぼ消去され再構成を受けることから、環境因子による精子のメチル化変化が受精後の胚に伝わるのかはこれまで不明であった。そこでヒ素群と対照群のF1オスをそれぞれ対照群雌と交配してDNAメチル化再構成後のF2胚を得、同様にDNAメチル化解析を行った。その結果、ヒ素群F2胚においても、F1精子と同様のDNAメチル化変化を検出した。 DNAメチル化はレトロトランスポゾンの有害な転移を抑制する役割をもち、メチル化低下はゲノム機能のかく乱につながりうる。本研究は、妊娠期無機ヒ素曝露によってF1精子でLINEやLTRの低メチル化がおこり、この領域のDNAメチル化変化が精子から次世代の胚に受けつがれることを示した。
著者
西村 泰光
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第49回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.S5-4, 2022 (Released:2022-08-25)

結晶性シリカとアスベスト(石綿)は共に二酸化ケイ素を主成分とし、両粉塵への曝露は塵肺(珪肺, 石綿肺)や肺癌の原因となる。一方、前者は強皮症などの自己免疫疾患の合併を示し、後者は特徴的な悪性疾患である中皮腫を引き起こす。吸入された粉塵は肺組織において肺胞マクロファージによる炎症応答を引き起こすだけでなく、リンパ節へ蓄積した粉塵が慢性的に免疫機能に影響し関連疾患の一因となることが考えられた。そこで我々は、シリカと石綿の曝露が引き起こす免疫機能影響に着目し、基礎的検討と臨床検体の免疫機能解析を行ってきた。研究成果は、シリカ曝露下で培養されたリンパ球および珪肺患者の末梢血リンパ球が共に活性化および免疫抑制機能の低下の特徴を示すこと、逆に石綿曝露下で培養されたリンパ球および悪性中皮腫患者の末梢血リンパ球が抗腫瘍免疫機能低下および免疫抑制機能の亢進を示すことを明らかにした。シリカ曝露はCD69+活性化T細胞の誘導とFoxp3+制御性T細胞(Treg)の減少を引き起こした。これと一致して珪肺患者の末梢血では活性化指標である可溶性IL-2R濃度の高値とTreg細胞の免疫抑制能の低下が確認された。一方で、石綿曝露下での培養はNK細胞の活性化受容体発現低下、CD4+T細胞のTh1機能低下とTreg機能亢進およびCD8+T細胞の細胞傷害性低下を引き起こした。それらの知見と一致して、抗腫瘍免疫機能低下および関わる指標分子の発現量変動は悪性中皮腫患者の末梢血細胞においても確認された。以上の知見は、シリカやアスベストの曝露が炎症応答として肺胞腔内に類似の影響を与えるだけでなく、“免疫機能影響”としてリンパ球機能の活性化または機能低下を引き起こし、関連する自己免疫疾患や悪性疾患の発症にそれぞれ寄与することを示す。免疫機能分子が関連疾患の予防や早期発見に資するバイオマーカーや治療標的となることが期待される。
著者
種村 健太郎 古川 佑介 大塚 まき 五十嵐 勝秀 相崎 健一 北嶋 聡 佐藤 英明 菅野 純
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第39回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.S5-5, 2012 (Released:2012-11-24)

個体の胎生期-幼若期の脳は、その発生-発達段階にある。その期間に、遺伝子という設計図を元にして、脳の基本構造が出来ると共に、神経活動(主に神経伝達物質とその受容体を介した神経シグナル)による微調整がなされ、脳が完成に向かう。すなわち、脳は「活動」しつつ、その「形態・機能」を完成させていく。従って、この時期の神経作動性化学物質の暴露による神経シグナルのかく乱は、一時的な神経症状を呈するだけに留まらず、脳構造や神経回路の形成過程に影響を及ぼす危険を高める。そして、こうした影響が不可逆的に固定されたまま成長した結果、成熟後に遅発性行動異常等の脳高次機能障害として顕在化することが危惧される。しかしながら、従来の神経毒性評価手法は成熟動物への化学物質投与による急性~亜急性の、痙攣、麻痺といった末梢神経毒性を主対象としており、遅発性の中枢神経機能に対する影響評価への対応は、比較的に立ち遅れてきた。こうした問題に対して、我々は、マウスを用いて、①神経作動性化学物質の胎生期~幼若期暴露、②複数の行動解析試験を組み合わせたバッテリー式の情動-認知行動解析による行動異常の検出、及び③行動異常に対応する神経科学的物証の収集、により遅発性の中枢神経毒性検出系の構築を進めてきた。 本シンポジウムでは、モデル化学物質として、イボテン酸(イボテングダケ等の毒キノコとされる一部のテングタケ属に含まれる)を用いた解析として、幼若期(生後2週齢)における単回強制経口投与による、成熟期(生後12~13週齢時)の不安関連行動の逸脱、学習記憶異常、情報処理不全といった異常行動と、それと対応する海馬の形態所見、及び遺伝子発現プロファイルについて紹介する。さらに、遅発中枢影響としての異常発現のメカニズム解明を目的とした、イボテン酸投与後の遺伝子発現変動解析結果についても議論したい。
著者
星野 幹雄
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第46回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.S26-5, 2019 (Released:2019-07-10)

男性と女性では脳の構造や機能に生まれつき差異があり、その差異を出発点とし、成長を通じてものの考え方や立ち居振る舞い、嗜好などに違いが現れる。ヒトを含む哺乳類の脳は「臨界期」と呼ばれる時期にテストステロン刺激を受けると男性化し、その刺激を受けないと女性化することが知られている。しかし「臨界期」以前の脳の性分化機構についてはよくわかっていなかった。 われわれは、膵臓や小脳の発達に関わるPtf1a遺伝子が「臨界期」より遥かに前の胎児期において視床下部と呼ばれる脳領域の神経前駆細胞で発現することを見出した。その領域でPtf1a遺伝子を破壊したノックアウトマウスを作製したところ、その脳は「臨界期」にテストステロン刺激を受けても男性化できず、その一方でテストステロン刺激を受けない場合でも女性化できないことが観察された。このことから、(1)脳の性分化(男性化または女性化)のためには、「臨界期」以前に「性分化準備状態」になる必要があること、そして(2)胎児期の視床下部Ptf1aが脳を「性分化準備状態」へと導き、その後の「臨界期」でのテストステロン刺激・非刺激によって男性脳・女性脳へと性分化させるということが明らかになった。 これまでにも脳の性分化に関わる遺伝子はいくつか報告されているが、Ptf1aはそれらの中で最も早く働く最上流遺伝子であり、脳の性分化の最初期段階を明らかにしたと考えている。
著者
尾﨑 まみこ
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第47回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.S11-3, 2020 (Released:2020-09-09)

植物は常に食植生昆虫の脅威にさらされているため、昆虫による食害に対抗して植物体内に毒を生産するものが多い。特に解毒機構を進化させてこなかった昆虫種は、植物体を食べ尽くすころには絶命することになる。しかし、昆虫の方でも毒を素早く検出して避けることができれば、生き延びる可能性が高くなることから、ヒトと同様に、毒物を苦味として知覚する味覚受容・認識機構を発達させて毒を検知している。昆虫の苦味受容については2000年ごろまではほとんどわかっておらず、私達とイタリアの研究グループがほぼ同時にハエの味覚器で苦味受容細胞を機能的に特定することに成功したが、その細胞が、経口毒の検出に関わって緊急な嘔吐反応を引き起こすきっかけとなっていることは、味覚器における匂い物質結合蛋白質(gustatory OBP)の関与に気づいた私達の研究によって初めて明らかとなった。また、同一物質の匂いを認知するための嗅覚器も毒の検出に一役買っており、嗅覚器である触角で嗅ぎ分けられた毒物の匂い情報が、昆虫の食欲を有意に低下させること、その匂いの記憶が食欲低下を一生涯維持させることなども分かってきた。この食欲不振はハエにとって、一見不健康にみえるかもしれないが、毒物を摂取して絶命することを思えば有益な反応であるとも考えられる。そうであれば、植物は、もはや自らを食べ尽くさせてまで致死毒を以て昆虫を殺す必要はなく、昆虫の味覚器や嗅覚器の毒検出機構にターゲットを絞って、ほんの少しの食害で、苦い味、食欲を減退させる匂いをもつ嫌悪物質を生産する方が賢明であろう。このような、防除戦略に移行した植物がいる。後半では、双方が死に至る毒に頼った防御放棄して、双方の生き残りが望める新たな防御戦略を獲得したアブラナ科植物の話をつけ加えたい。
著者
吉留 敬
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第46回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.S12-3, 2019 (Released:2019-07-10)

以前に不整脈治療薬であるフレカイニドの過剰摂取による死亡が疑われた事例を経験し,生前の血中薬物濃度と死体内の薬物濃度の比較を行うことができた。その際,死後の左心血中のフレカイニド濃度は,生前血の17.7倍という著しく高い値を示していた。そこで,動物を用いた実験などを行うことで,フレカイニドは死後その心臓血中濃度,特に左心血中濃度が上昇すること,また,この上昇の原因が,フレカイニドの著名な肺への蓄積と死後の血液の酸性化であることを明らかにした。 ところで,覚せい剤であるメタンフェタミンは心臓血中濃度が死後上昇することが以前より知られており,覚せい剤はフレカイニドと同様に塩基性の薬物であることから,その心臓血中濃度の死後上昇機構はフレカイニドと同様のものであると考えられた。そこで,覚せい剤の検出された剖検事例について,その末梢血中濃度と心臓血中濃度の比較検討を行い,血液の流動性などが,末梢血と心臓血中濃度に影響を与えていることを明らかとしてきた。 その後,死体の各種体液中の覚せい剤濃度の比較を行なったところ,胃内で著しく高濃度を示すことが明らかとなった。覚せい剤は法規制対象の薬物であり,乱用者はしばしば第三者によって飲まされたと主張する。そのような主張を生前にしていた場合,その摂取経路の特定は死者が生前に自ら静注により摂取したのか,それとも経口的に飲まされたのかを鑑別する上で重要なものとなる。そこで,動物実験および事例の検討を行うことで,覚せい剤の摂取経路の鑑別法の構築を行なっている。
著者
富永 サラ 金枝 夏紀 市丸 嘉 酒々井 眞澄 前田 徹 中尾 誠 藤井 広久 吉岡 弘毅
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第46回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.P-48S, 2019 (Released:2019-07-10)

【目的】クマザサ抽出液は健康食品や医薬品等で販売されており、近年関心が高まっている。また、抗炎症作用など様々な作用を有し、特に最近は乳がんに対する抗がん作用が注目されている。しかし、抗がん作用の機序や、その活性成分の存在などは明らかにされていない。そこで本研究では、クマザサ抽出液を用い、ヒト乳がん細胞株MCF-7細胞およびヒト肝がん細胞株HepG2に対する抗がん作用の検討と、クマザサの主要成分の1つとされる銅クロロフィリンナトリウム (SCC:0.25%含有)との関連を検討した。【実験方法】本実験ではクマザサ抽出液として株式会社サンクロンのサンクロン (SE) を使用した。(1) MCF-7細胞およびHepG2細胞に対して、SE (0.01-1000 µg/mL) またはSCC (0.25-2500 µg/mL) 処理24時間後の細胞増殖能を3H-チミジン取り込み法によって評価した。(2) SE (10-1000 µg/mL) 処理24時間後のMCF-7細胞を用い、蛍光染色によってアポトーシスを観察し、壊死関連タンパク (RIP1) および細胞周期関連タンパク (GSK-3α/β, Cyclin D1, Cdk1/2, Cdk6) 発現をウエスタンブロット法で測定した。【結果及び考察】(1) MCF-7細胞およびHepG2細胞に対して、SEには濃度依存的な増殖能の低下が認められたが、各SE濃度で含有されている量のSCCはがん細胞の増殖能を低下させなかった。以上のことより、SCC以外の成分が抗がん作用を示すと考えられた。(2) SE濃度依存的にアポトーシス細胞が増加したが、1000 µg/mLでは、RIP1の増加が認められた。また、Cdk1/2に変化は認められなかったが、GSK-3α/β, Cyclin D1, Cdk6はSE濃度依存的に減少した。このことから、中低濃度 (SE≤100 µg/mL) ではアポトーシスの誘導、高濃度 (SE≥1000 mg/mL) ではネクロトーシスの誘導による細胞死が引き起こされることが示唆された。今回はSEのみでの検討であるが、今後は活性成分の探索を行う。
著者
植田 康次 青木 明 岡本 誉士典 神野 透人
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第44回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.P-145, 2017 (Released:2018-03-29)

必須微量元素であるとともに毒性元素でもあるセレン(Se)の細胞毒性の一旦は活性酸素種(ROS)によるもので、こうした酸化ストレスに対し細胞は生体防御因子グルタチオン(GSH)の増産で応じる。一方、GSHによるSeの代謝過程で生成するセレンジグルタチオン(GSSeSG)には細胞障害性が知られており、GSHの代謝動態がSe毒性に及ぼす影響は単純ではない。われわれは、過剰なSeに対する生体防御反応として誘導されるGSH代謝動態の亢進がSeの細胞障害性を増強してしまう可能性を検証した。 亜セレン酸(H2SeO3)がMCF-7細胞の生育を阻害しない濃度(5 µM)において、GSSeSGはROSに起因する8-オキソデオキシグアノシンを増加させ、アポトーシスを誘導した。同濃度域ではH2SeO3はほとんど細胞内に取り込まれないにもかかわらず、GSSeSGはSeを蓄積させることがICP-MSを用いた元素分析により明らかになった。GSSeSGの取り込み経路としてシスチン輸送体であるxCTの関与を想定しxCT阻害剤スルファサラジンを前処理したところ、GSSeSGによる細胞内Se増加量が50%程度減少した。xCTに対するsiRNAを用いた発現抑制によってもGSSeSGによるSe取り込みは40%程度にまで低下した。GSHからシスチンへの分解反応を開始するγ-グルタミン酸転移酵素(γGT)の特異的阻害剤によりSe取り込みが減少した。 Seの毒性から生体を防御するために発動されたGSHの代謝動態亢進が、GSH合成の律速段階であるシステインの取り込み増加にともない、よりいっそうのSeを細胞内に蓄積させるという望ましくないフィードバックループを形成してしまう可能性が示された。GSHはSe以外にも様々な金属と相互作用することが知られており、今回明らかになった機序が各種金属の毒性増強にも加担していることが示唆される。
著者
上江洲 榮子
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本トキシコロジー学会学術年会 第37回日本トキシコロジー学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.20, 2010 (Released:2010-08-18)

沖縄において古くからユリ科カンゾウ(学名:Hemerocallis ,方言名:クワンソウ)は,不眠症に効果があると伝承されている。文 献を遡ってみると,沖縄の古い食療書・御膳本草(渡嘉敷親雲上通寛,1832)に“くわんさう”は「わか葉及び花は食用に供せられる。苗 花は・・黄疸を除け,久しく食へば身を軽くして目あきらかなるなり」とある。この著書にはまだ「不眠症」という表現は出てこない。 浦添為宗によって編集・発行された「家庭医書御膳本草綱要,1931」には不眠症を治すと記載されている。さらに1951年以降に発行さ れた沖縄の薬草関係の図書には,不眠症を治す効用を示す植物として,ノカンゾー,ヤブカンゾー,ベニカンゾー,ホンカンゾーなど と表現されている。従ってこの段階では“くわんさう”が現代のアキノワスレグサを示しているのか明確ではない。不眠症には「アキノ ワスレグサの葉を,ネズミモチ,クコ,カワラヨモギとともに煎じて服用する」(多和田真淳・大田文子,1985)などと記載されている。 この多和田・大田の著書になって,アキノワスレグサとの表現が認められる。 この文献に基づいて,アキノワスレグサと判断される植物について,マウスを用いた動物実験において睡眠に対する影響について検 討し,伝承を確認する結果を得た(Psychiatry Clin Neurosci. 1998)。その後,共同研究者たちと共にさらにこの結果を確認するこ とができた。最近の成分分析によって,アキノワスレグサは抗酸化活性を示すポリフェノール類やカロテノイド類を高濃度に含有する 結果を得た。 従って,御膳本草に収載されている“くわんさう”は肝機能を改善し黄疸を除き,かつ睡眠改善作用のあるアキノワスレグサであると 推定される。
著者
秋山 雅博 関 夏美 熊谷 嘉人 金 倫基
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第48回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.P-13, 2021 (Released:2021-08-12)

【目的】腸内細菌叢は食事や薬剤などの環境因子によって容易に変化し得る。我々は食事を介してメチル水銀(MeHg)を一定量摂取しており、それらが腸内細菌に影響を与える可能性は高い。一方で、腸管には硫酸還元菌が常在し硫化水素 (H2S)などのイオウを産生していることから、イオウ付加体形成を介したMeHgの不活性化に寄与している可能性が高い。そこで、MeHgによる腸内細菌への影響と、MeHgの毒性軽減作用に対する腸内細菌叢の役割を検証した。【方法】腸内細菌タンパク質中チオール(SH)基はBPMアッセイにて検出した。Lactobacillus属菌の増殖は好気条件下37℃で24時間培養し1時間ごとに600 nmの吸光度を測定することで検出した。H2SおよびH2S2はLC-ESI-MS/MSにより測定した。C57BL/6マウス臓器中の水銀濃度測定に際し、抗生剤を14日間飲水投与後、MeHgを経口投与した。臓器中の水銀濃度は原子吸光水銀検出器を用いて測定した。【結果】まず、腸内細菌由来のタンパク質がS-水銀化されるかを調べた。その結果、マウス糞便タンパク質中でBPMにより検出されたSH基はMeHg曝露濃度依存的に減少した。 次に、MeHgが腸内細菌の増殖に与える影響を検証するために、小腸から大腸まで幅広く存在する乳酸菌であるLactobacillus属菌を用い、MeHgを添加した培地で培養した。その結果、非添加培地で培養した場合と比べて、MeHgを曝露した培地では、MeHgの濃度依存的な増殖阻害作用がみられた。また、SPFマウスの糞便中からH2SだけでなくH2S2も検出され、その濃度は無菌マウスで有意に低かった。さらに、抗生剤によって腸内細菌叢を撹乱したマウスでは、MeHg曝露による小脳、肺、肝臓への水銀蓄積が促進された。【考察】本研究よりMeHgは腸内細菌タンパク質へのS-水銀化を介して悪影響を与えている可能性が示唆された。また一方で腸管常在菌により産生されるイオウ化合物がMeHg毒性から宿主を保護している可能性も示唆された。
著者
関本 征史 伊是名 皆人 石坂 真知子 中野 和彦 松井 久実 伊藤 彰英
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第45回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.O-34, 2018 (Released:2018-08-10)

【背景】近年、環境基準が定められていない化学物質による河川の潜在的な汚染が報告されており、ヒトや野生生物に対する生体影響が懸念されている。共同研究者の伊藤らは、天白川(愛知県)や境川(東京都)などの都市部河川において、MRI造影剤に使用される希土類元素ガドリニウム(Gd)の河川中濃度が増加していることを見いだしている(Bull. Chem. Soc. Jpn., 77, 1835(2004)、Chem. Lett., 46, 1327(2017))。本研究では、Gd造影剤の水生生物に対する毒性影響を把握する基礎実験として、水生生物由来培養細胞に対する致死毒性の有無を検討した。【背景】ティラピア肝由来Hepa-T1細胞およびアフリカツメガエルの肝由来A8細胞は理研バイオリソースセンターより入手した。両細胞をそれぞれの培養条件で24時間前培養した後、有害重金属(Cd、Cr、Hg)およびGd無機塩、あるいはGd造影剤(Gd-DOTA、Gd-DTPAおよびGd-DTPA-BMA)を最大濃度100 µMで24時間または72時間曝露し、Alamer Blue Assayにより細胞毒性を評価した。【結果】Hepa-T1細胞に対してHg、CdおよびCrはいずれも強い細胞毒性(生存率20%以下)を示した。一方A8 細胞に対してHgは強い細胞毒性を、Crは弱い細胞毒性(生存率 50%以下)を示したが、Cd は24時間処理では全く毒性を示さなかった。72時間処理では、100 µM Cd 処理によりA8細胞での細胞死が認められた。なお、Gd およびGd造影剤処理による細胞毒性はどちらの細胞株においても観察されなかった。【考察】本研究より、現在の河川中濃度レベルのGd造影剤は細胞死を引き起こさす可能性は小さいものと思われた。また、水生生物由来細胞の間でいくつかの環境汚染重金属の毒性影響が異なることが示された。これは、用いた細胞間での「重金属の取込・排泄」「重金属毒性発現に関わる細胞内因子」の相違に起因することが考えられた。現在、分子レベルでの毒性影響について、遺伝子発現変動を指標とした検討を進めている。
著者
吉田 成一
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第49回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.S37-3, 2022 (Released:2022-08-25)

喫煙による様々な健康影響が懸念されており、男性生殖系への影響も明らかにされている。最近は、副流煙が生じない加熱式たばこの使用が増加しているが、その男性生殖系への影響は不明である。副流煙が生じないが、妊娠中の喫煙は胎児に影響を与えることから、非喫煙者である出生した男性生殖系への影響も不明であり、明らかにする必要がある。そこで、妊娠マウスに加熱式たばこを曝露し雄性首相マウスの生殖系への影響を、成獣の雄性マウスに加熱式たばこを曝露し、雄性生殖系への直接影響を検討した。 加熱式たばこは広く使用されているPhilip Morris社から発売されているIQOSを用い、妊娠マウスに1回4本、妊娠期間中に2回の曝露、あるいは成獣雄性マウスに1回4本、週に1回あるいは5回の曝露を8週間行い、造精機能、精子性状解析などを行い、雄性生殖系への影響を評価した。 妊娠マウスに加熱式たばこを曝露し、雄性出生マウスヘの影響を検討したところ、5週齢のマウスにおいて、精細管障害や造精機能の低下が認められた。15週齢の時点ではこれらの影響が認められなかった。一方、成獣に加熱式たばこを曝露したところ加熱式たばこの曝露により精子性状の悪化が生じた。造精機能への影響は週5回曝露では生じたが週1回曝露では生じなかった。 以上のことから、加熱式たばこは従来のたばこと比べると健康影響が小さいと思われているが、雄性生殖系への影響については、加熱式たばこであっても生じることが示唆された。
著者
小泉 修一 篠崎 陽一
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第43回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.S8-3, 2016 (Released:2016-08-08)

グリア細胞は、多彩な脳機能を制御している。従って、その破綻は脳機能に大きな影響を与える。種々の脳疾患、外傷、精神疾患、さらに各種神経変性疾患等では、先ずグリア細胞の性質が変化し、これがこれら疾患の直接の病因になり得ること、さらに疾患の慢性化、難治化に関与していることが報告され、注目を集めている。このように、脳の生理・病態生理機能と密接に関係するグリア細胞であるが、中枢に移行する種々の医薬品、化学物質、環境汚染物質等がグリア細胞に与える影響についてはほとんど知られていない。本研究では、ミクログリアが、メチル水銀(MeHg)誘発神経毒性を二方向性に制御していることを報告する。ミクログリアは、脳内環境の高感度センサーとして機能しており、低濃度MeHg(~0.1 µM)に曝露された際に、先ずミクログリアが感知・応答して様々なシグナルカスケードを活性化した。大脳皮質スライス培養標本にMeHgを添加すると、曝露初期にはミクログリアは神経保護作用を呈するが、慢性期にはむしろ神経障害作用を呈した。曝露初期の応答は(1)VNUT依存的なATP開講放出、(2)ATP/P2Y1受容体を介したMeHg情報のアストロサイトへの伝達、(3)アストロサイト性神経保護分子(IL-6、adenosine等)産生、による神経保護作用であった。慢性期は、(4)ミクログリアの炎症型フェノタイプへの変化、(5)ミクログリアのROCK活性化、(6) 炎症性サイトカイン産生・放出、による神経障害作用であった。慢性期の神経障害はこのミクログリアの応答依存的であった。最近、水俣病の慢性期の神経症状緩和に、ROCK阻害薬が有効である可能性が示唆され注目を集めている。ROCKを含むミクログリアの持続的活性化が、MeHg誘発性神経障害の分子病態と強くリンクしていること、またその制御が治療に有効である可能性についても考察する。
著者
齊藤 洋克 種村 健太郎 菅野 純 北嶋 聡
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第49回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.S20-5, 2022 (Released:2022-08-25)

発生-発達期の脳では、様々な神経シグナルが厳密に制御され、それを用いて神経回路網が構築される。一方で、この時期の脳は、環境要因の影響を受けやすいことも指摘されている。外因性の神経作動性化学物質は環境要因の代表例であり、神経シグナルの攪乱により正常な神経回路網の形成を妨げ、その結果として、成熟後の脳の高次機能に悪影響を及ぼす恐れがある。そして、自閉スペクトラム症や統合失調症といった精神疾患については、胎児期、小児期における神経作動性化学物質の曝露が要因の1つとして懸念されている。そのため、神経作動性化学物質に対し高感受性を示す子どもの脳の特性を考慮し、従来の神経毒性試験では検出し難い遅発性の脳高次機能に対する影響について慎重に検討することが重要であると考える。そこで、我々はマウスを用いて、神経作動性化学物質の脳の高次機能への影響を解析するため、自発運動量、情動行動、学習記憶能、情報処理機能の変化を客観的かつ定量的に検出するバッテリー式の行動試験評価系、及び、遺伝子発現等の神経科学的物証を収集する方法を体系化した。ここでは、有機リン系農薬であるアセフェートの解析結果を中心に報告する。アセフェートを幼若期(2週齢)および成熟期(11週齢)の雄マウスに単回強制経口投与し、12~13週齢時にバッテリー式行動試験を行った結果、幼若期および成熟期高用量投与群において、質的に異なる行動異常が認められた。また、遺伝子発現解析により、幼若期高用量投与群の大脳皮質に軸索機能異常が生じていることや、成熟期高用量投与群の海馬の機能が低下していることが示唆された。本シンポジウムでは、実験動物を用いての化学物質の曝露実験結果が、ヒトの病態に結び付けられるのかについての議論を深めたい。
著者
藤野 智史 別府 匡貴 村上 聡 早川 磨紀男
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第44回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.P-178, 2017 (Released:2018-03-29)

<背景> 細胞の脱分化・初期化は、老化した細胞や酸化的障害をうけた細胞を“正常化”する手段として期待される。我々は以前、胆汁酸をリガンドとする核内受容体 farnesoid x receptor (FXR) が分化を制御する転写因子 hepatocyte nuclear factor-4 alpha の発現を促進することを見出した。このことはFXRの制御は細胞の脱分化や初期化につながる可能性を示しており、老化細胞、障害細胞の“正常化”の観点から、詳細な検討が必要である。<結果> ヒト近位尿細管細胞HK-2をFXRの合成リガンドGW4064で処理し、細胞初期化マーカーOct3/4の発現レベルを調べた。その結果、Oct3/4レベルはGW4064により顕著に低下した。一方、コレステロール代謝制御においてFXRと共役する核内受容体である liver x receptor の合成リガンドGW3965でHK-2細胞を処理したところ、FXR リガンド処理時と同様に Oct3/4レベルは顕著に低下した。<考察> これらのことから、FXRとLXRはヒト近位尿細管細胞HK-2 の分化に関与する可能性がある。今後、両核内受容体の活性を負に制御した際に細胞の初期化がみられるかどうか検討を行う必要がある。また、両核内受容体による分化制御機構や共役の有無についても解明が待たれる。