著者
白石 祐彰 津田 吉晃 高松 進 津村 義彦 松本 麻子
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.41, no.3, pp.402-409, 2015 (Released:2016-09-09)
参考文献数
55
被引用文献数
1

土木工事により生じた大規模斜面における植栽の際には,自生集団の遺伝的多様性保全のために,自生あるいは遺伝的類縁性の高い近隣集団の種苗を用いるべきことが最近広く認知されている。埼玉県長瀞町および寄居町の送電鉄塔建設予定地において,生物多様性保全に配慮した緑化工を行う観点から,工事に伴う伐採前に採種して育苗したコナラ (Quercus serrata) を建設工事跡地に植栽した。この取組みにより,植栽集団 (実生 2集団) が自生集団の遺伝的多様性に与える影響を評価するために,マイクロサテライトマーカーを用いて植栽集団の遺伝的多様性や他集団 (埼玉県内の近隣 4集団および他県 3集団) との遺伝的分化程度について調査した。その結果,実生集団の遺伝的多様性は近隣の成木集団も含めて他集団と同程度であった。 STRUCTURE解析では埼玉県と他県集団には遺伝構造がみられたが,埼玉県内集団については全体で一つの地域交配集団とみなすことできた。これらのことから,建設工事跡地に植栽したコナラ種苗は自生集団の遺伝的多様性およびその地域性を維持しており,本取り組みによって自生集団の遺伝的多様性保全に貢献できたことがわかった。
著者
大澤 啓志 横堀 耕季 島村 雅英
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.45, no.4, pp.453-456, 2020-05-31 (Released:2020-07-28)
参考文献数
14

トンボ池創出後の園芸スイレンの繁茂に対し,除去効果を検討した。スイレンに覆われた水域に15m2のスイレンを除去した開放水面区画を設け,トンボ類の飛来回数を非除去区画と比較した。初夏から秋季にかけての計10回の調査により,3科9種の計127回の飛来を確認した。それぞれ飛来数の多くなる繁殖期間で比較すると,シオカラトンボ(開放水面区:平均1.5~4回,繁茂水面区:平均0.3~0.7回)とギンヤンマ(同:平均2~3.3回,同:平均0.7~1回)が開放水面区に有意に多く飛来していた。確認数は多くはなかったが,クロスジギンヤンマは非確認であった繁茂水面区に対し,開放水面区に飛来する傾向が認められた。一方,必ずしも繁殖に広い開放水面を必要としないアオモンイトトンボでは,条件間で飛来回数に有意差は認められなかった。繁茂スイレンの除去はトンボ相修復に対して一定の効果が期待されるものの,飛来が期待されたかつての生息記録種の飛来は多くはなく,対象水域周辺地域のトンボ類の生息状況も影響していると考えられた。
著者
富田 基史 小林 聡 阿部 聖哉 津田 その子
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.44, no.1, pp.45-50, 2018-08-31 (Released:2019-05-10)
参考文献数
33

緑化工事において地域性種苗を使用する場合,種苗の移動可能範囲を定めることがまず必要となる。本研究は,種苗移動可能範囲の設定に向け,日本の暖温帯(東北〜九州)において海浜植物6種の葉緑体DNA非コード領域(3,010〜3,647 bp)の遺伝変異にもとづく地域差を評価することを目的とした。ハマエンドウでは主要2グループが,日本海側と太平洋側に分かれて分布する傾向が認められた。一方,ハマヒルガオ・ネコノシタでは複数のハプロタイプが得られたものの明瞭な地域差は認められなかった。コウボウムギ・コウボウシバ・イワダレソウはすべてのサンプルが同一ハプロタイプであった。
著者
加藤 真司 桑沢 保夫 石井 儀光 樋野 公宏 橋本 剛 池田 今日子
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.39-44, 2012 (Released:2013-04-16)
参考文献数
11
被引用文献数
3 4

集合住宅における緑のカーテンによる夏季の室内の温熱環境改善効果を明らかにするため,独立行政法人都市再生機構が所有する集合住宅を使用して,様々な条件設定をした複数の住戸の室内温熱環境改善効果を比較測定したものである。比較条件は,緑のカーテンの設置量の違いと,代替手法である簾との比較である。室内温熱環境の実測の結果,緑のカーテンによる室温の低下が確認できたとともに,簾よりもより大きな室温低下傾向が確認できた。また,この結果をもとに緑のカーテンの節電効果を算定した。さらに,戸窓の開放時においては,通風性と日射遮蔽性を併せ持つ緑のカーテンの特徴から,体感温度においても簾と比べて緑のカーテンの有利性が確認できた。
著者
岩崎 寛 山本 聡 権 孝〓 渡邉 幹夫
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.247-249, 2006 (Released:2007-04-10)
参考文献数
10
被引用文献数
12 14

近年、植物による癒しの効果に注目され、屋内空間においても多くの植物が配置されるようになった。しかし、それらが実際に人の生理的側面に与える効果に関する検証は少ない。そこで本研究では屋内空間における植物の有無が人のストレスホルモンに与える影響を調べた。その結果、観葉植物を配置した場合、無い場合に比べ、ストレスホルモンが減少したことから、室内における植物の存在はストレス緩和に効果があると考えられた。
著者
三島 らすな GARDINER Tim 倉本 宣
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.196-199, 2019-05-31 (Released:2019-12-27)
参考文献数
15
被引用文献数
3

ウラギクは塩性湿地に生育するキク科の植物で,東京都においては絶滅危惧IB 類に指定されている。本研究では,東京都立葛西臨海公園の護岸を対象に,ウラギクの分布規定要因を明らかにすることを目的とした。護岸の測量調査と植生調査の結果,当護岸には満潮時に塩分の含まれた水に浸ることがあるエリアと,普段水に浸ることがないエリアが存在し,ウラギクはどちらにも生育していた。ウラギク個体が存在する箇所には基質の堆積が見られ,基質の堆積は本種の生育に必要な条件となっている可能性が考えられた。護岸において基質の堆積を考慮するという観点は,我が国において,水域と陸域の間の移行帯特有の植生を保全及び再生する上で重要なものだと考える。
著者
南 基泰 森 高子 米村 惣太郎
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.360-364, 2018-11-30 (Released:2019-05-14)
参考文献数
13
被引用文献数
1

横浜市においてイロハモミジ(Acer palmatum),ヤブツバキ(Camellia japonica)及びヤマザクラ(Cerasus jamasakura)を用いた地域性に配慮した緑化工を実施するために,葉緑体DNA情報を利用した地域性判定技術の開発を行った。地域性判定に用いる葉緑体DNA領域を検索するために,これら3樹種の新鮮葉(もしくは越冬芽)を東北から南九州の地域で網羅的に採集し,葉緑体DNAの遺伝子間領域及びイントロンの合計16領域のDNA多型を検索した。その結果,横浜市の地域性を判定できるDNA領域として,イロハモミジはtrnV-trnM遺伝子間領域,ヤブツバキはtrnT-trnL遺伝子間領域,ヤマザクラはtrnH-trnK遺伝子間領域を見出した。関東地区の種苗会社で育成されている地域性が不明なこれら3樹種の苗木から,本技術を用いて横浜市の地域性に適合した苗木を選抜し,外構植栽に用いることができた。また,本技術は3樹種の横浜市だけでなく,東北から南九州の地域性も判定することが可能な技術であることから,今後はこれら3樹種の地域性判定への応用にも期待できると考えられた。
著者
藤井 太一 川本 宏和 白子 智康 上野 薫 南 基泰
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.320-329, 2016 (Released:2017-03-16)
参考文献数
28

愛知県知多半島臨海工業地帯の JXエネルギー (株) 知多製造所,中部電力 (株) 知多火力発電所,出光興産 (株) 愛知製油所及び東邦ガス (株) 知多緑浜工場の企業緑地内に合計 32台の自動撮影カメラを設置し,2011年~2014年の期間カメラトラップ法を用いて哺乳類相を調査した。累計カメラ稼働日数 23,495日,動物,人及び車両を撮影した有効撮影枚数は 26,892枚となり,中型哺乳類 9種および 1属の生息が確認できた。在来種 (タヌキ,ニホンノウサギ,キツネ,アナグマ) が 94.5%,外来種 (イエネコ,イヌ,ハクビシン,イタチ属,ヌートリア,アライグマ) が 5.5%を占めた。最も多く撮影されたのはタヌキ (撮影頻度 17.5枚/100日,以降同様) で,次にニホンノウサギ ( 5.3枚/100日) となり,これら 2種は林縁部や草地植生で多く撮影された。 4企業緑地共に中型哺乳類が活動していた地点の多くは日中 (6時~18時) に企業活動が行われている地点であったが,中型哺乳類の活動は夜間 (18時~翌 6時) に集中していて企業活動と中型哺乳類の時間的すみわけが起きていた。撮影頻度の高かった在来の中型哺乳類は知多半島での生息が確認されていることから,在来種の生息地としてのポテンシャルの高い企業緑地であることが明らかとなった。
著者
東口 涼 柴田 昌三
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.74-79, 2017 (Released:2018-03-15)
参考文献数
18
被引用文献数
1

摘要:京都市北部において 2000年代にチュウゴクザサの一斉開花・枯死が起きたが,発生した実生がニホンジカによる高い採食圧を受けることで,群落再生が阻害される可能性が指摘されていた。本研究では 2007年に開花し,継続的な採食を受け続けた群落の再生過程を追跡調査した。また防鹿柵によって実験的にシカを排除し,柵内外で実生の成長をモニタリングすることで,一斉開花後の再生過程におけるシカ採食圧の影響を明らかにした。その結果,継続的採食下では個体サイズが矮小であり,群落が衰退していたことがわかった。加えて,自然下では採食圧が大きな再生阻害要因となっており,これを排除することがササ群落の再生を促進することが示された。
著者
高林 裕 福井 亘 藤原 春奈
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.157-160, 2021-08-31 (Released:2021-12-29)
参考文献数
11

本稿では,様々な施設を内包する総合公園である京都市の梅小路公園を調査対象地として,様々な利用目的を持って訪れる利用者における公園の満足度や緑への関心を明らかにした。梅小路公園の無料区域内で対面でのアンケート調査を実施し,204の標本を得た。その結果,梅小路公園は京都市内のみならず市外の人々によっても利用され,「自然の豊かさ」や「広々とした空間」に関して満足度は高い結果が得られた。印象評価の結果,16形容詞対の平均値が全て正の値を示したことから,利用者が梅小路公園に比較的良い印象を持っており,利用者は施設の利用のみならず公園内の緑とのふれあいにも関心を持って訪れていることが明らかになった。
著者
久保 満佐子 小林 美珠 石井 利夫
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.42, no.4, pp.533-542, 2016 (Released:2017-09-01)
参考文献数
33

山地帯の半自然草原における植物の開花数を維持するための管理方法を検討することを目的として,異なる管理による植物の開花数と群落構造の違いを 2006年から 2013年まで調べた。管理方法は草刈り後に刈った草を放置する方法 (草刈り) ,刈った草を持ち出す方法 (持ち出し) ,土壌を掻き起す方法 (掻き起し) とし,それらに 1年毎と 2年毎,3年毎の管理頻度と無処理を加えた。開花数および開花種数はいずれの管理方法も無処理より多く,1年毎の持ち出しと掻き起しで 5・6月の開花数が多かった。植被率と群落高は 1年毎の掻き起しでは管理開始の翌年から低くなり,持ち出しでは管理継続 6年目に群落高が低下した。2年および 3年毎ではいずれの管理方法でも,7月以降の開花数は 1年毎と同程度であった。このため,遊歩道沿いは概ね継続年数 6年を上限に毎年持ち出しの管理を行い,季節を通して開花を確保すること,その他の区域では,本研究で実施した最も省力的な管理である 3年毎の草刈りを行い,7月以降の開花を確保することで,広域的な植生管理を実施できる。ただし,3年毎の管理では,植被率や群落高が無処理と同程度に高く,長期的に開花数を維持できない可能性もある。
著者
斎藤 翔 小林 達明 高橋 輝昌
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.168-173, 2017 (Released:2018-03-15)
参考文献数
17
被引用文献数
2 3

有機物層除去試験が行われた福島県川俣町山木屋地区の落葉広葉樹林の林床にリターバッグを設置し,2016年 5月から 10月にかけて,リターバッグを毎月採取し,逐次抽出法によって 137Cs の吸着様式の変化を調査した。その結果,リターバッグ内リターの 137Cs 濃度は増加傾向であり,不可給態は 5月には 17%であったが,10月には対照区で 76%,林床処理区で 89%に増加した。このことから,リターの分解を行う糸状菌の体内に 137Cs が吸収,蓄積され不動化している可能性が考えられた。また林床の有機物層除去は,リターバッグ内リターと土壌の混入を引き起こし,粘土鉱物による 137Cs の固定化を促進する可能性が考えられた。
著者
淑 敏 日置 佳之
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.318-329, 2011 (Released:2012-05-31)
参考文献数
25
被引用文献数
1 3

異なる緑化タイプの駐車場の熱環境改善効果を比較するため,日向のアスファルト舗装と,日向の芝生地,樹木緑陰下のアスファルト舗装,樹木緑陰下の芝生地において,同時にその地表面温度,黒球温度,気温(地上0.1 m,0.5 m,1.0 m,1.5 m),車内気温・車体温度を測定した。その結果,夏季の昼間(9 時~19 時)に日向のアスファルトと比較した地表面温度の低減効果が最も大きかったのは樹木緑陰下の芝生地で平均約17.9℃ であり,黒球温度の低減効果もまた最も大きく平均約8.8℃ であった。気温(地上0.5 m,1.0 m,1.5 m)の低減効果はいずれの緑化タイプでも認められなかった。車内気温の低減効果は,樹木緑陰下の芝生地と樹木緑陰下のアスファルトにおいて同程度で平均約11.3℃ であった。また,MRT(平均放射温度)の低減効果が最も大きかったのは樹木緑陰下の芝生地で平均約27.4℃ であった。一方,夜間(20 時~翌朝4 時)に地表面温度の低減効果が最も大きかったのは日向の芝生地で,平均約4.0℃ であった。黒球温度とMRT の低減効果が最も大きかったのは日向の芝生地で,それぞれ平均約1.5℃と約2.0℃ であった。夜間,気温の低減効果はいずれの緑化タイプでも認められ,効果が最も大きかったのは樹木緑陰下の芝生地で,地上1.5 m で平均約1.8℃ であった。昼間に樹木緑陰で体感される涼しさは気温差によるものではなく,放射環境による差異であった。一方,夜間には緑化によって気温の低下が引き起こされており,ヒートアイランド現象の緩和が期待できた。駐車場の熱環境改善のためには,樹木による緑陰形成と芝生化の組み合わせが最も望ましいと言える。
著者
七海 絵里香 松井 春佳 大澤 啓志
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.273-276, 2014 (Released:2015-09-18)
参考文献数
16
被引用文献数
1 2

近年,農村ではコンクリート製品の影響に加え,圃場整備等の土地造成により土壌 pH がアルカリ性に傾き,在来植物が発芽不良や生育不良を起こしている可能性がある。本研究では,pH が在来植物,特に草原性の野草類の発芽に及ぼす影響を明らかにした。結果,対象 16種のうち,7種は有意差が認められ,草原性野草類の中には,pH が発芽に影響を及ぼし,アルカリ性が強いと発芽を抑制・もしくは遅らせる種があることがわかった。特に,オトコエシ・オミナエシ・ワレモコウ・カワラナデシコの 4種は,強アルカリ性の条件下での発芽率が低く,在来野草類からなる良質な半自然草地の保全・復元には,土壌 pH が重要な要素であると考えられた。
著者
永松 大 山中 雪愛
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.44, no.1, pp.57-62, 2018-08-31 (Released:2019-05-10)
参考文献数
15

ハマナスは植栽の一方で,自生個体群は各地で希少化している。日本海側自生南限地帯である鳥取市白兎海岸のハマナス群落の現状を詳細に調査し,1988 年の学術調査と比較して分布南限での 28 年間の変化,保全効果と課題を検討した。その結果,群落の縮小はみられないが,被度が低くなっていた。以前多かったネザサは保全活動により大幅に減少したが,新たに多くの内陸性植物が定着し,特にチガヤの影響が懸念された。ハマナス群落維持と内陸性植物の抑制には継続的な砂丘砂の供給が望ましく,過去の人為改変により海岸砂丘から切り離された白兎海岸のハマナス群落では,その役割を人間が果たすことが必要と思われる。
著者
檜垣 守男
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.518-523, 2005 (Released:2005-11-24)
参考文献数
10
被引用文献数
1

キリギリス科昆虫の一種イブキヒメギス(イブキ)は,本州中部以北,特に高地に多く生息する。本種は,胚発育中に初期胚で起こる初期休眠と成熟胚で起こる最終休眠の 2 つの休眠を経験する。それぞれの休眠期で越冬してから孵化する 2 年 1 化の生活史を基本とするが,初期休眠の長期休眠性により,孵化までに 2 - 4年を要する卵が混在する。初期休眠の生態的意義を探るため,本種と,最終休眠のみを持ち,主に低地に生息する年 1 化のヒメギス(ヒメ)の生活史を比較した。弘前では,ヒメの産卵は 7 月下旬に始まり,短期間に集中的に行われた。8月下旬以降に産下された卵は最終休眠期に到達できず,翌春の孵化が大きく遅れた。一方,イブキの産卵は 8 月上旬に始まり,秋遅くまで続いた。産卵期の早晩は 2 年後の孵化期に影響しなかった。高地のイブキの孵化, 羽化期は平地の系統より遅く,特に羽化期は年によって大きく変動した。ヒメギ類は幼虫発育に高温を必要とするため,高地のイブキは,冷夏や日照不足によって深刻な影響を受けると考えられた。以上より,イブキは初期休眠を持つことによって,発育季節が短く,不安定な地域での生活を可能にしていると考えられる。