著者
藤原 英里奈 角井 真名美 小野 陽介
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.278, 2013 (Released:2014-02-14)

大分舞鶴高校科学部では,2011年 2月より,高崎山自然動物園のB群とC群を対象に,ニホンザルの餌付け群で観察される「石遊び」行動を調査してきた.2011年度の研究では,「石遊び」行動が餌撒きの直後に頻繁に行われることと,自然餌が採れず餌獲得欲求の満たされない季節に多く観察されることを明らかにした.そこで,2012年度の研究では,「石遊び」行動が餌付け群で行われる原因を探ることを目的に,前年度の調査方法を見直すとともに,新たに個体ごとの行動追跡調査を行い,さらに詳細な行動分析を行った. 「石遊び」個体数の調査では,餌撒き開始時間から1分毎に調査員が担当する区域内を歩いて,そのときに目視された「石遊び」をしている個体の雌雄・年齢・「石遊び」の種類などの情報を記録し,「石遊び」行動のピーク時間を調べた.さらに,同時に調査区域内の総個体数を調べることによって,「石遊び」をする個体数の変動を調べた.また,個体ごとの行動追跡調査では,餌撒きから次の餌撒きまでの時間における子ザルと大人ザルの行動パターンを分析した.「石遊び」と「餌撒き」の関係については,群れのサルは餌撒き時間に合わせて餌撒き場所とその周辺を移動しており,餌拾いと移動にかかった 4分後に「石遊び」のピークがあることがわかった.大人ザルと子ザルの比較によると,大人ザルが餌拾い直後に「石遊び」をするのに対して,子ザルは時間が経過しても「石遊び」をしていることがわかった. s以上の結果から,特に大人ザルは,餌付けによって生じる群れの中のストレスを「石を扱う」行動によって解消していると考えた.この行動によって,特定の地域で餌付けされている群れの個体同士の争いが避けられており,「石遊び」行動は高崎山のような大きな群れを維持するために必要な行動と考えられた.
著者
松田 一希
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.14-14, 2015

開催日時:2015年7月18日(土)13:00-15:30<br>会場:ホールC(国際交流ホールIII)<br><br>研究を始めるにあたり大事なことは、どういったフィールドでどのような霊長類種を研究するかを決めることである。既に多くの基礎データが蓄積された長期調査地、霊長類種の研究は、研究テーマを速やかに開始できるのが長所である一方、他の研究者とのテーマ重複を避けるために限られたデータしか集められないという短所もあるだろう。しかし、新たな調査地の開拓や、まだ研究が進んでいない霊長類種の研究を開始するには、並々ならぬ困難もありそうだ。そこで、新たなフィールド開拓、新しい霊長類種の研究に着手し、今なお第一線で研究を続けている研究者に、その魅力をについて語ってもらう。<br>調査地を開拓し、新たな霊長類種の追跡が軌道に乗っても、次に待ち受けるのはどういったデータを、どのように集めるのかという問題である。正しくデータを集めなくては、せっかくの苦労が報われないこともあるだろう。そこで、一昨年「野生動物の行動観察法」を出版した研究者に、霊長類の行動データを集める際に特に注意する点について語ってもらう。<br>行動データが集まり、分析が終わると論文執筆作業が待ち受けている。昨今のポスドク就職難を考えると、まとめたデータを素早く論文として出版していくことが重要である。また野外で研究をする研究者にとっては、この室内での執筆作業はなるべく早く終わらせ、次のフィールド調査に出かけたいものである。そこで、効率の良い論文の書き方について語ってもらう。<br>自身の研究を更に発展させるために極めて重要なことは、いかに研究費を獲得していくかであろう。そのためには、自分の調査対象、自分の調査地の魅力を客観的に評価した上で、今後の研究戦略を練り上げていく構想力が必要となる。第一線で途切れることなく資金を獲得し、新たなプロジェクトを次々と立ち上げている研究者に、資金獲得に欠かすことのできない申請書をどう書いてきたか、実例をもとに語ってもらう。<br><br>予定プログラム<br>1. 金森朝子(京大・霊長研)「新たなフィールドの開拓―野生オランウータンの調査地」<br>2. 本郷峻(京大・人類進化)「新たな霊長類種の研究開拓―マンドリル研究」<br>3. 井上英治(京大・人類進化)「その手法はだいじょうぶ?―霊長類の行動データ収集」<br>4. 松田一希(京大・霊長研)「どうやって論文をまとめるか―効率の良い書き方」<br>5. 半谷吾郎(京大・霊長研)「どうやって研究資金を獲得するか―研究戦略の練り上げ」<br><br>主催:<br>企画責任者:松田一希(京大・霊長研)<br>連絡先:ikki.matsuda@gmail.com / 0568-63-0271
著者
山越 言 森村 成樹 松沢 哲郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.41-41, 2016

<p>ギニア共和国ボッソウでは、1976年より同村周辺を生息域とするチンパンジー一群の長期継続観察が行われてきた。研究開始当初から個体数は約20個体で推移して来たが、2003年の感染症によりほぼ3/4の個体が失われた。その後も個体数は減少を続け、2016年4月現在で8個体を残すのみである。また、8個体のうち半数は老齢個体であり、近い将来、個体数がさらに半減する可能性が高い。2013年末に発生したエボラウィルス病による研究中断を挟み、2015年末から研究活動を再開したところであるが、現状においてギニア政府筋からは、個体群の「持続性」の担保をもくろみ、同国内のサンクチュアリ施設からの個体導入の検討を強く求められている。ボッソウのチンパンジー個体群の存続のために何ができるのか,という問いを真剣に検討する時期に来ているといえる。周辺群との個体の移出入の促進と近親交配回避の現状、地域個体群の遺伝子の「真正性」の維持、道具使用等の地域文化の継続性、地域住民の観光資源となっている社会的継続性の問題など、この問題に影響を与える要因は多様である。ギニア政府からの要望にどのように対処するかも含めた当面の対策として、観察者との接触頻度を抑え、過剰な人馴れを防ぐことで周辺群からの移入を促すという暫定的方針を提案する。1970年代以降、「地域絶滅」していたオナガザルが、エボラによる中断期にボッソウの森で確認されたことをひとつの希望と考えたい。</p>
著者
小薮 大輔
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;ヒトの後頭部を構成する骨の一つに頭頂間骨という骨がある.形態学の教科書を紐解くと,頭頂間骨はヒト,齧歯類,奇偶蹄類,食肉類に存在し,異節類,鰭脚類,モグラ類,センザンコウ類などの系統では存在しないとされている.その進化的起源に関し 19世紀以来,幾人かの解剖学者が注目してきたものの,その有無が系統的に安定しないこと,そして成長に伴ってすぐに他の骨に癒合することから,多くの学説を混乱させてきた.そこで発表者は 300種以上の現生及び化石単弓類を対象に頭頂間骨の発生学的,系統学的変異を調査した.その結果,通説に反して全ての目で胎子期には頭頂間骨が存在することが確認された.胎子期初期には容易に確認しうるが成長に伴ってすぐに他の骨に癒合するため,多くの系統でその存在が見落とされてきたと考えられる.さらに,頭頂間骨は基本的に 2組の骨化中心(内側外側各 1組)から発生することが確認された.従来,祖先的単弓類の後頭頂骨 1組が哺乳類の頭頂間骨となり,祖先的単弓類の板状骨 1組が喪失することで哺乳類の後頭部は成立したと考えられてきた.しかし ,本研究の結果は哺乳類の頭頂間骨は進化的に 2組の骨から起源した可能性を示唆する.つまり頭頂間骨の内側骨化中心の 1組は祖先的単弓類の後頭頂骨 1組とのみ相同であり,また哺乳類に至る系統で喪失したとされてきた祖先的単弓類の板状骨は,実は頭頂間骨の外側骨化中心の 1組と相同であり,通説に反し哺乳類でも失われることなく存在していると考えられる.また最近の研究から,頭頂間骨を除きマウスの頭骨を構成する全ての骨は中胚葉もしくは神経堤細胞由来のいずれかに由来することが明らかになった.一方,頭頂間骨は内側が神経堤細胞から,外側は中胚葉からそれぞれ発生する.頭頂間骨におけるこの複合的な発生学的由来は,板状骨と後頭頂骨が進化的に融合して哺乳類の頭頂間骨が起源したことと関連しているかもしれない.
著者
西江 仁徳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.39-40, 2016

<p>2014年11月に、タンザニア・マハレM集団のチンパンジーが、地中の穴の中にいるセンザンコウに遭遇した事例を報告する。ギニア・ボッソウのチンパンジーはキノボリセンザンコウを捕食することが知られているが、これまでマハレではチンパンジーとセンザンコウの遭遇事例の報告はない。今回の観察では、マハレM集団全65個体(当時)のうち20個体が、地中の穴の中にいるセンザンコウに対して何らかの働きかけをおこなった。このうち、穴の中を覗き込んだだけの個体が17個体、さらに穴に枝を挿入した個体が3個体、さらにそのうち2個体は自分の腕を穴の奥に突っ込んだ。穴の中を覗き込むさいには、穴に顔を突っ込む個体も多く見られた。穴に枝を挿入した3個体は、1個体がオトナオス、2個体がワカモノオスで、最初にオトナオスが枝を挿入したあと、ワカモノオス2個体が引き続いて枝の挿入をした。穴の中に腕を突っ込んだのはこのワカモノオス2個体で、いずれも覗き込みや枝挿入をしたあとに腕の挿入をおこなった。穴に挿入した枝は4本回収し、最長のもので約4メートル(基部の直径≒1.5センチメートル)、最短のもので約50センチメートル(基部の直径≒1.2センチメートル)だった。チンパンジーはセンザンコウに対しておおむね新奇な対象を探索するような反応をしていたことから、マハレではチンパンジーとセンザンコウはふだんから互いに出会うことがほとんどなく、ボッソウのような捕食/被食関係にはないことが示唆される。</p>
著者
小林 恒平 淺野 玄 羽田 真吾 松井 基純
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.235, 2013 (Released:2014-02-14)

近年,野生動物の個体数管理の手法として,繁殖の成功に不可欠な物質を標的とした抗体を産生し,繁殖を抑制する避妊ワクチンが注目されている.避妊ワクチンの野外適用には,効率的に多数の個体に投与できること,種特異性が高く他種動物に影響がないことが求められる.我々はこれまで,卵子の周囲に存在し精子の結合部位となる透明帯について,ブタのアミノ酸配列に基づく合成ペプチドをニホンジカに投与し,ブタ透明帯に特異的な抗体を産生されることを示した.本研究では我々が同定したニホンジカ透明帯のアミノ酸配列に基づいて透明体を模した合成ペプチドによる抗体産生を試みた. エゾシカ透明帯のアミノ酸配列の中で,種特異性が期待され,精子との結合に関与すると考えられるエピトープを基に,18アミノ酸残基からなる合成ペプチドを設計した.設計した合成ペプチドにキャリア蛋白(KLH)を結合したものをウサギに免疫し,抗体を作成した.免疫は 2週間間隔で4回行い,1回につき合成ペプチド 100 μ gとアジュバンド(TiterMax) 100 μ lを投与し抗血清を得た.合成ペプチドに対する抗体の透明帯への結合能およびその特異性を検証するために,合成ペプチド投与によるウサギへの免疫によって得られた抗血清を一次抗体として用い,ニホンジカ,ウシおよびブタの卵巣の凍結切片を用いた免疫染色を行った. 産生された抗体は,ニホンジカの透明帯を認識し結合する事が明らかになった.一方,ウシおよびブタの透明帯に対する結合は認められず,種特異性が示された. 本研究で用いたニホンジカ透明帯の一部の配列に基づく合成ペプチドは,ニホンジカの透明帯に特異的に結合する抗体の産生を誘導することがわかった.また,ウサギへの投与で透明帯に結合する抗体が得られたことから,ウサギを用いた抗体作成と免疫染色による機能検査が,避妊ワクチンの候補抗原の選択に有用であることがわかった.
著者
古川 研
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.36-39, 1986 (Released:2009-09-07)
著者
平田 聡
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.55-66, 2009-12-20 (Released:2010-06-17)
参考文献数
43
被引用文献数
1 1

Cooperation plays an important role in daily social interactions in humans. Wild chimpanzees have been reported to act cooperatively during hunting, but whether or not they are really engaging in cooperation is under debate. Investigation of cooperation in captive chimpanzees dates back to Kohler&rsquos observation, but experimental examination of cooperative ability in chimpanzees has been limited. The present paper describes recent advances in the study of cooperation and other related behaviors in chimpanzees, focusing on two kinds of experiments. In one of the experiments, two individuals had to move a set of heavy stones in order to obtain food under them. Two chimpanzees never succeeded in the task, but a pair of a chimpanzee and a human succeeded, and the chimpanzee began to solicit the human partner when he was not responding. In the other experiment, two individuals had to pull both ends of a string simultaneously to obtain food. The two chimpanzees did not succeed initially, but they gradually began to adjust their behavior to succeed in the task, by watching the partner and waiting for her. These studies indicate that the chimpanzees are able to comprehend some aspect of cooperation, but they never showed ostensive communicative behavior to achieve cooperation with the partner. Taken together other related studies, competitive social skill hypothesis and emotional reactivity hypothesis may have a key in understanding evolution of cooperation. However, these hypotheses seem to be insufficient in explaining the whole picture, and future research in needed especially by focusing on the nature of mother-infant relationships.
著者
堀 智彦
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;一般的に,哺乳類の大臼歯の基本型はトリボスフェニック型大臼歯であり,上顎臼歯ではその進化上 3咬頭から遠心舌側に hypoconeが出現し 4咬頭となった.現生の新世界ザルにおいてマーモセット類は 3咬頭であるが,それは必ずしも原始的というわけではない.本研究ではオマキザル類とマーモセット類の上顎第 1大臼歯,特に hypoconeの出現パターンを比較検討し,その進化傾向について予備的に考察する.現在のところ最古の新世界ザルとされている <i>Branisella boliviana<i>は hypoconeを持つが,上顎大臼歯の形質はマーモセット類に近い.ここで,現生のマーモセット類をみると, <i>Callithrix</i>は 3咬頭で hypoconeは存在しない.いっぽう <i>Saguinus</i>は小さな hypoconeを持つ種もあり,3咬頭と4咬頭が混在している.マーモセット類の次のステージで,かつ新世界ザルにおいて原始的な形質とされる大臼歯を持つ <i>Saimiri</i>は hypoconeがあり完全に 4咬頭である.<i>Saimiri</i>の化石種である <i>Neosaimiri</i>と現生 <i>Saimiri</i>の進化傾向をみると,現生種への進化過程において hypoconeの高さは縮小傾向にあり,高い hypoconeをもつ個体は減少していることが示唆された.マーモセット類における hypoconeの出現パターンおよび <i>Saimiri</i>の進化傾向を検討した結果,新世界ザルは 4咬頭から 3咬頭に進化している可能性がある.
著者
高井 正成
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;東南アジア大陸部の中新世末(約 700万年前)~鮮新世末(約 250万年前)にかけての陸生哺乳類相の変遷を,最新の化石発掘調査の成果を基に報告し,同地域の現生哺乳類相への進化プロセスについての検討をおこなう.<br><br>&nbsp;京都大学霊長類研究所では,2002年からミャンマー中央部の第三紀後半の地層を対象に,霊長類化石の発掘を主目的とした発掘調査を行ってきた.この調査では複数の調査地点を対象にしているが,これまでに中新世末~鮮新世初頭に相当するチャインザウック地点と,鮮新世後半のグウェビン地点の化石動物相の記載が進展し,この期間におけるミャンマー中央部の動物相の変遷状況が明らかになりつつある.<br><br>&nbsp;現在のミャンマー中央部はモンスーン気候の影響下にあるが,夏季の湿った季節風は西部のアラカン山脈で雨となってしまうため,風下側では比較的乾燥した環境にある.しかし後期中新世の前半では,南~東南アジア地域は比較的湿潤な森林地帯であり,ミャンマー中央部でも主に森林性の哺乳類が生息していたことが先行研究で明らかになっていた.最近のミャンマー中央部の鮮新世初頭~鮮新世末の地層の発掘調査の結果,当時の環境が森林と草原の混在する状況で,森林性と草原性の動物が混在していたことが判明している.現在のような乾燥地域ほどではないが,ヒマラヤ山脈やチベット高原の上昇に伴いモンスーン気候が進み,次第に乾燥化・草原化が進む段階にあったことが明らかになりつつある.<br><br>&nbsp;またチャインザウック相では南アジアの動物相の要素が多いのに対し,グウェビン相では東南アジアの動物相が急増していることが判明した.その原因としては,後期中新世以降に顕著になったアラカン山脈の上昇にともない,ブラマプトラ河などの大型河川の流路が変わり,現在の様な地理的障壁が成立して南アジアと東南アジアの動物相の交流が低下したのではないかと考えられる.<br><br>&nbsp;今回のシンポジウムでは,霊長類(オナガザル科),小型齧歯類(ヤマアラシ科,ネズミ科,リス科),大型食肉類(クマ科など),長鼻類(ステゴドン科など)の化石の産出状況について4名の発表者が成果を報告し,東南アジアや南アジアの現生種との関連性を中心に話題提供をおこないたい.古生物学者だけでなく現生種の研究者からの参加も歓迎する.
著者
加賀谷 美幸 青山 裕彦 濱田 穣
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.61-61, 2015

樹上性の強い霊長類ほど前肢の運動範囲が広く、前肢帯の可動性も高いとされる。前肢帯を構成する肩甲骨や鎖骨の立体配置やその位置変化の種間の違いを明らかにするため、京都大学霊長類研究所に飼育されるヒヒ、ニホンザル、オマキザル、クモザルの成体を対象として計測を行った。獣医師の協力のもと、麻酔下、接触型三次元デジタイザを用い、前肢や前肢帯骨格の位置を示す座標を、肢位を変えて取得した。また、X線CT撮影を行い、各個体の骨格要素の形状を抽出し、先に計測した三次元データに重ねあわせることにより、前肢や前肢帯の骨格の位置関係をソフトウェア上で復元した。ヒヒやニホンザルでは、上腕骨は矢状面上の投影角にして180度程度(体幹軸の延長ライン)までしか前方挙上されないが、オマキザルでは180度以上、クモザルはおよそ270度に達し、樹上性の強い新世界ザルでは頭背側への上腕の可動性が大きいことが明らかとなった。これら最大前方挙上位においては、肩甲骨が背側へ移動し、オマキザルやクモザルでは肩甲骨関節窩が頭外側を向くが、ニホンザルやヒヒでは関節窩が頭外側かつ腹側に向いており、肩甲骨棘上窩が長いために脊柱の棘突起と肩甲骨内側縁が干渉していた。とくにヒヒでは、前肢挙上時に鎖骨が胸郭上口をまたぐように胸骨から直線的に背側に向いていた。ヒヒの肩甲骨は内外側に長く鎖骨が相対的に短いことが知られており、これらの骨格形態の特徴が肩甲骨関節窩のとり得る位置や向きの自由度を低めているようであった。また、クモザルの鎖骨は弓状に大きな湾曲を示すことが知られていたが、前肢挙上時には胸郭上口の縁のカーブに鎖骨の湾曲が沿う配置となり、これによって体幹部との干渉を避けつつ肩甲上腕関節を保持できていることが観察された。このように、前肢帯骨の立体配置は種によって異なり、それが前肢の運動機能の種差をもたらしているようすが明らかとなった。
著者
直井 工 Veilleux C. C. Garrett E. C. 松井 淳 新村 芳人 Melin A. D. 東原 和成 河村 正二
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.42-42, 2016

<p>霊長類は3色型色覚の進化に伴い、嗅覚を退化させたと解釈されてきたが、近年の全ゲノムデータの整備に伴い、恒常的3色型色覚の狭鼻猿類と多型的色覚の広鼻猿(新世界ザル)類の間ではORの機能遺伝子数や偽遺伝子数に大きな違いがないことがわかっている。新世界ザルは食性や色覚の多様性が顕著であるため、嗅覚と食性や色覚との関連を検証するのに適している。しかし、全ゲノムデータの公開されている少数の種を除いて、新世界ザル類のOR遺伝子レパートリーは未解明である。そこで本研究は、新世界ザル全3科と多様な色覚型を網羅して、フサオマキザル(オマキザル亜科:3アリル2-3色型色覚)、セマダラタマリン(マーモセット亜科:3アリル2-3色型色覚)、アザレヨザル(ヨザル亜科:1色型色盲)、チュウベイクモザル(クモザル亜科:2アリル2-3色型色覚)、マントホエザル(ホエザル亜科:恒常的3色型色覚)、ダスキーティティ(ティティ亜科:3アリル2-3色型色覚)を対象に、各1個体の高純度ゲノムに対して、真猿類のOR遺伝子の全571orthologous gene groupのターゲットキャプチャーと次世代シークエンシングを行った。一方、種内変異を調べるために、ノドジロオマキザルとチュウベイクモザルの野生群を対象に、リガンド感受性の幅が異なることが他の哺乳類で知られている、一部のOR遺伝子(OR1A1,OR51L1,OR2A25)に対して、PCRとサンガーシーケンシングを行った。本発表ではその経過について報告する。</p>
著者
遠藤 瑞輝 白須 未香 Williamson R. E. Nevo O. Melin A. D. 東原 和成 河村 正二
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.43-43, 2016

<p>霊長類は、視覚や聴覚、嗅覚といった感覚を通じて外界の情報を認知している。中でも視覚に関する知見は多く、3色型色覚を持つ霊長類は、遠方の果実などの食べ物を見分ける際に有利であると考えられてきた。しかし、近年の研究から従来の視覚重視の考えに疑問が持たれるようになってきた。オマキザルやクモザルの野外観察の結果、自然界で背景となる葉と視覚上のコントラストが低い果実ほど頻繁に匂い嗅ぎを行い、果実の成熟を判断しているという結果が得られている。しかし、霊長類が食する果実の匂い成分が、成熟に応じてどのように変化しているのか、またこれらの匂いが霊長類の果実の選好性にどのように関与しているのかは、未知である。匂いの他にも、果実は、成熟に応じて色や大きさ、固さなどの様々な性質を変化させることが知られており、霊長類が、果実採食においてどのような特徴を重視し、選択するのかを解明することは、霊長類がどのような感覚を使って採食するのかを理解するうえで非常に重要である。そこで私たちはコスタリカのグアナカステ保全区内サンタロサ地区において、色覚多様性が既知であるノドジロオマキザル(<i>Cebus capucinus</i>)が実際に食する果実の採集を行った。果実は、シリカ母材のカーボングラファイト含有である吸着剤とともに密閉したオーブンバッグに入れ、匂いを捕集した。果実1種につき成熟段階ごとに3段階に分け、それぞれ5回ずつ匂い捕集を行った。現在、4種の果実の成分分析、及び分析結果を基にした主成分分析までが完了している。その結果、いくつかの果実において、成熟段階に応じて果実の揮発性有機物(VOC)の総量や組成が変化していることわかった。また、種によっては熟度による色の変化よりも匂いの変化の方が大きいという結果も得られている。今後より詳細な解析と検討が必要だが、今回の分析の結果、果実の匂いが霊長類の採食行動に大きな手掛かりとなっていることが予想される。</p>
著者
鈴木 圭 佐川 真由 保田 集 嶌本 樹 古川 竜司 柳川 久
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;餌動物の捕食者認識能力は,彼らが持つ生態的特徴によって様々に変化する.本研究ではこれまで研究されてこなかった夜行性,樹上性および滑空性という生態的特徴を持つタイリクモモンガ <i>Pteromys volans</i>の捕食者認識能力を,視覚と聴覚に注目して調べた.捕食者の存在が本種の出巣に要する時間を変化させると考え,33個のねぐらで以下の 5実験を行い,出巣に要する時間の変化を調べた.1) 視覚実験: 本種の営巣樹洞木から約1m の距離に,捕食者であるフクロウの剥製を置いた ( N=19)2)視覚実験対照区 : フクロウの剥製の代わりにプラスチックケースを同様の方法で置いた ( N=7).3)聴.覚実験 : 本種が巣から顔を出した際にフクロウの声を聞かせた ( N=18).4)聴覚実験対照区 : フクロウの声の代わりに本調査地に普通に生息するカッコウの声を同様の方法で聞かせた ( N=7)5) 通常行動 : 剥製やプラスチックケースを置かず,いずれの声も聴かせなかった ( N=22).出巣に要し.た時間に影響を与える要因を調べるために,一般線形混合モデルよって解析し,多重比較検定によって群間の差をみた.その結果,本種が出巣に要した時間は,フクロウの声を聞かせた時 (平均 1446秒)に,他の実験に比べて長くなった.それに対し,通常行動 (55秒),カッコウの声を聞かせた時 (275秒),フクロウの剥製(58秒)やプラスチックケース (108秒)を置いた時の 4実験の間で時間に違いはみられなかった.つまり本種は聴覚によって捕食者認識を行い,捕食者と非捕食者の区別も可能であった.それに対し,視覚はほとんど役立っていないことがわかった.本種の様な滑空性リスは樹上性リスから進化し,現存する樹上性リスは視覚および聴覚の両方で捕食者を認識できる.夜行性になったことや滑空能力の獲得に必要な立体視に伴って視野が狭くなったことが,滑空性哺乳類の視覚による捕食者認識能力を低下させるのかもしれない.
著者
和久 大介 佐々木 剛 米澤 隆弘 甲能 直樹 佐々木 浩 安藤 元一 小川 博
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;ニホンカワウソは環境省発行の第 4次レッドリスト(2012)で絶滅が宣言された.しかし,本種の分類学的位置づけは混乱したままである.本種は,大陸に現存するユーラシアカワウソ <i>Lutra lutra</i>と近縁種であることは複数の先行研究で認められているが,日本固有種 <i>Lutra nippon</i>かユーラシアカワウソの亜種なのか意見が分かれている.そのため,環境省のレッドリストで本州以南の個体群について <i>Lutra lutra nippon</i>と記載しているが科学的根拠があるわけではない.そこで我々研究グループは,神奈川県城ヶ島産のニホンカワウソ標本に残存していた筋組織から DNAを抽出し,ミトコンドリアDNAに基づいてカワウソ亜科と系統解析を試みた.標本サンプルから抽出した DNAは,薬品や長期保存による DNAの断片化とその量の減少が予想された.そこで,Multiplex PCR法により約 350-500塩基の断片を増幅し,ダイレクトシーケンシング法で配列を決定した.この方法でニホンカワウソの配列を 7,325塩基決定した.また,同じ方法でサハリン産ユーラシアカワウソと中国・重慶由来の飼育下繁殖ユーラシアカワウソのミトコンドリア DNA全長配列を決定した.決定したニホンカワウソ配列を,サハリン /中国 /韓国の 3地域のユーラシアカワウソの配列と ClastalW2.1でアライメントしたところ,ニホンカワウソに特徴的な塩基サイトがND1,co2,co3の 3つのアミノ酸コード領域で7塩基認められた.これらのニホンカワウソに特徴的な塩基サイトを含む配列データを系統樹推定に用いた.推定は RAxML ver.7.2.8プログラム上において進化モデル GTR+I+Gを用いておこない,ニホンカワウソとサハリン /中国 /韓国のユーラシアカワウソの系統類縁関係を評価した.
著者
坂田 拓司 岩本 俊孝 馬場 稔
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;特別天然記念物であるカモシカ <i>Capricornis crispus</i>の生息状況を把握するために,文化庁は 1980年代から調査を実施している.九州においては大分・熊本・宮崎 3県にまたがる九州山地を中心に生息しており,3県合同の特別調査がこれまでに 4回実施されている.特別調査では糞塊法による生息密度の推定に加え,死亡要因の把握や植生調査等を実施し,カモシカの生息状況と生息環境の総合的な把握に努めている.1988・89年の第 1回特別調査よって九州における本種の生息状況が初めて明らかになり,分布の中心となるコアエリアとそれらを結ぶブリッジエリアが連続していることが明らかになった.1994・95年の第 2回では九州全体で約 2000頭と推定され,いくつかの課題はあるものの増加傾向にあると評価された.ところが2002・03年の第 3回で大幅に生息密度が減少し,推定頭数は約600頭と激減した.さらに分布域が低標高化した.2011・12年の第 4回では低密度化と低標高化に変化は見られず,絶滅の危機は継続していると評価された.本報告では過去 4回の結果を概観し,九州におけるカモシカ個体群の変遷とその要因,併せて絶滅危機回避に向けた展望について述べる.<br>&nbsp;カモシカ分布域が人里に近い低標高地に散在することが明らかになった現在,これまでどおりの保護政策では対応できなくなっている.カモシカ個体群は,近年のシカ個体群の増大による様々な間接的影響を受けており,シカ個体群のコントロールが急務である.しかしながら特定種の対策に限るのではなく,国有林における潜在植生への更新を進めるなど,生態系全体を見渡した保護管理が求められている.
著者
小澤 理恵 大岩 幸太 牧野 俊夫 島村 祐輝 山本 修悟 小川 博 安藤 元一
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;神奈川県厚木市では総延長約 25kmのシカ・サル兼用の広域柵が,2008-2012年に段階的に設置された.このような広域柵は耕作地の周囲に設置される簡易柵と異なり,違い容易に張り替えることはできないし,頻繁な維持管理作業も困難である.本研究ではこうした広域柵の維持管理状況を踏査と聞き込みによって調べた.踏査は 2009~ 2012年にかけて 2週間に 1回の割合で実施し,倒木による破損数,動物による破損数,柵上部にある電気柵への通電の有無,破損箇所の修理状況,サルが枝伝いに柵を越えることのできる樹木(柵から 2m以内の樹木)の数を記録した.柵の管理については市役所と自治会にも聞き取りを行った.<br>1)広域柵の設置には地権者の了解が必要なので,柵 25kmの設置を完了するのに 5年を要した.設置費用は 12,000円/m,年間維持管理費用は年間 100円 /mであった.市が管理を地域自治会に委託する折には,月 1回の見回りと年 2回の草刈りが委託条件であった.しかし実際の管理方法は自治会ごとに異なり,倒木や柵のめくれ等が何年も放置されている場所も見られた.<br>2)倒木による破損は 0.6ヶ所 /kmの割合で見られた.地権者の伐採許可を得ることができないために,サルが柵を越えることのできる樹木は 78本 /kmの割合で存在し,サルが広域柵を超えられる場所は数多く存在した.柵基礎部分の土砂が流出することによって将来的に倒壊の危険性のあるカ所は 3.7カ所 /kmの割合で見られた.台風のために大規模な修理を要する柵破損カ所は 1.5カ所 /kmの割合で見られた.すなわち,柵メーカーの示す耐用年数は 16年であったが,実際にはその半分の年数も満たないうちに多くの破損が確認されたことになる.<br>3)漏電や倒壊のために柵上部の電線に電気が流れていない期間は,ある区間の例では 177日中 44日に及んだ.距離で見ると,多くの調査日において 25kmのうち 2-3kmは通電されていなかった.