著者
五百部 裕 田代 靖子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.45-46, 2015

演者らは、既存の調査路を繰り返しゆっくり歩き直接観察した調査対象種を記録するという方法で、タンザニア共和国マハレ山塊国立公園やウガンダ共和国カリンズ森林において、中・大型哺乳類の生息密度を推定してきた。この方法の最大のメリットは、新たに調査路を切り開く労力がいらず、極めて低コストで調査対象種の生息密度を推定できることであり、定期的に資料を収集することで生息密度の変化も把握できることにある。一方で、同じルートを何回歩けば、信頼できる資料が収集できるのかといった点は検討されてこなかった。そこで本研究は、カリンズにおいて、比較的短い間隔で二つの時期に資料を収集し、この方法の問題点を検証した。小乾季の中ほどにあたる2014年2月と大乾季の終わりの8月に現地調査を行った。この調査では、長さ2.5kmのセンサスルート6本(うち1本は1.5km)を利用して、センサスルートを歩きながら発見した哺乳類種を記録するという方法によって生息密度の推定を行った。1日に二つのルートを歩き、2月はそれぞれのルートを3回ずつ、8月は4回ずつ歩いた。調査期間中に直接観察できたのは、オナガザル科霊長類5種(レッドテイルモンキー、ブルーモンキー、ロエストモンキー、アヌビスヒヒ、アビシニアコロブス)と森林性リス(種不明)、ブルーダイカーであった。このようにして得られた資料を用いてこの方法の問題点を検証するとともに、1997年度にほぼ同様の方法で行われたセンサス結果と比較し、カリンズの中・大型哺乳類の生息密度の変化を考察する。
著者
藤野 健
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第25回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.78, 2009 (Released:2010-06-17)

<はじめに>新世界ザルのクモザルは樹上での枝渡りの際に前肢のみならず尾や後肢も動員してのアクロバティックな移動運動性(ロコモーション)を示す。一方オランの子供や雌個体でも律動性の欠如した,崩れたようなブラキエーションやぶら下がり動作が観察され,2者の運動性は一見類似する。 そこで動物園での観察並びにweb上で得られた動画を元にこれら動物の運動性の差について体幹の角運動性の違いを元に解析した。<結果>クモザルではテナガザルに見られる様な胸郭を左右に往復回転させるブラキエーションを時に示すものの,胸郭を無回転で前方に向けたまま,前肢を交互に進めて腕渡りをする運動が寧ろ頻繁に観察される。 この際,枝などの適当な媒体があれば尾を使用して媒体確保を行う。体幹の角運動性からは体幹を貫く背腹軸,左右軸,長軸の3軸回りの回転性がおおかた等しく行われる動物と理解可能である。これに対しオランでは,クモザル様の多軸性の回転性は有するものの,前肢での腕渡り時にはテナガザルに観察されるような体幹長軸回りの反復回転性が明確に観察される。<考察>祖先型霊長類が体幹を直立させて体幹長軸回りの回転運動性を新たに獲得した時,即ちブラキエーションと二足歩行を同時に開始した時が,我々ヒトの直立二足歩行に至る系列の誕生した瞬間である(藤野,ヒト二足歩行の起源仮説)。 この仮説に立つと,クモザルはおそらくは霊長類の原始的祖先が獲得していた多軸性の運動性を,尻尾の利用を伴い高度に独自の方向へと進化させた霊長類であり,一方オランは一度体幹長軸回りの運動性を得た祖先が,再び樹上性を強めて体幹運動性の多軸化を二次的に遂げた霊長類であると考えられる。 クモザルの地上二足歩行は腰の回転を殆ど伴わず短く単発的であるが,これはこの動物のロコモーションが体幹長軸周りの回転性を優勢のものとしていないことで説明が可能である。
著者
木村 直人 寺尾 由美子 鏡味 芳宏 東峯 万葉 廣澤 麻里 岡部 直樹 新宅 勇太 伊谷 原一
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.33, pp.59-60, 2017

<p>日常的な動物園飼育下サル類の栄養評価は,飼育員の観察眼に頼った主観的評価となることが多い。客観的な評価法としてよく用いられるのは体重測定であるが,栄養評価に重要な体脂肪率は分からない。体脂肪率の測定法にはCTやDEXA等があるが,いずれも機器が大型であったり高価であったりするため動物園では実用性に乏しい。本研究は簡易で安価,かつ客観的な栄養評価を実施するためイヌ用の体脂肪計が応用できないか検討するとともに,体サイズやサル種によって標準的な体脂肪率に違いがあるか否か調べることを目的とした。検査や治療等の目的で麻酔をかけられ不動化された個体のうち,体重600g以上のリスザルからチンパンジーまでを対象とし,測定部位に外傷や皮膚疾患のないこと,消毒用アルコールに対する過敏症をもっていないこと,妊娠または授乳中ではないことといった諸条件を遵守した。①体重測定,②ボディーコンディションスコア(以下BCS)評価,③身体計測,④皮厚計測,⑤伏臥位にてイヌ用体脂肪計(花王ヘルスラボ犬用体脂肪計IBF-D02®)を用いての体脂肪率測定,⑥獣医療上必要に応じて実施される血液検査の6項目を実施した。結果,キツネザル科からヒト科までの20種86頭から90件のデータを得た。体脂肪率の最低値は10%未満(マントヒヒ♂),最高値は30.7%(カニクイザル♀)であった。体脂肪率の測定は1分ほどでできた。皮厚値と体脂肪率,BCSと体脂肪率の間でそれぞれ正の相関傾向が見られ,イヌ用体脂肪計がサルの体脂肪率測定に応用可能であることを確認した。皮厚値と体脂肪率の散布図における象限分析の結果,体サイズ別で標準的な体脂肪率に差が出る傾向がみられた。このことはサル類において体サイズごとに標準の体脂肪率が異なる可能性を示唆している。イヌでも犬種ごとに標準体脂肪率が異なることが知られているので,今後はデータ数を増やしてサル種ごとの標準体脂肪率を求めていきたいと考えている。</p>
著者
高田 伸弘
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;ここではヒトと動物に共通の感染症,とくにダニ媒介性のものを中心に紹介するが,通常の医学的な視点とはやや変えて,今回のシンポジウムの趣旨に沿って述べてみようと思う.そのような視点は演者の持論の一つでもある.すなわち,ヒトと動物に共通した感染症を,動物がヒトにもたらす迷惑な医学問題としてだけ捉えるのでなく,そこに絡む環境要因などとともに動物側の事情も勘案してみようということである.<br>&nbsp;ヒトーヒト伝播の微生物は別にして,自然界を源とする微生物はヒトを害せんと頭で念じているわけでなく,彼ら自身の在り方で淡々と生きている.ただ,その微生物種が,例えばダニ類と動物の間を循環するものである場合,ヒトがその循環の場に絡むことがあれば偶発的にヒトに感染してしまい,その微生物種は「病原体」と呼ばれて誹られることになる.それでも,動物とヒトの距離が保たれているならほどほどの感染頻度で収まるだろうが,距離が縮まって接触の機会が増えるようになれば(多くの場合,ヒトが動物のテリトリーに侵入する,あるいは逆にテリトリーの境目が分からなくなるなど,ヒト誘導の結果であるが),偶発的なはずの感染リスクが常態化することになり,住民の危惧感も加われば問題が膨らんでくる.<br>&nbsp;感染症法の中の第4類として公式届け出される感染症統計の中で,近年は,ツツガムシによる恙虫病とマダニによる紅斑熱はトップグループを占めるが,それらの患者発生は各地にただ漫然と見られるのでなく,地域ごとに観察すれば,地理,気候など環境要因および動物相に伴って発生し,しばしば多発地(有毒地)が形成されるなどのパターンが見られる.例えば,大きな水系や山系,時には人工的な町筋や交通路などで囲まれた地区,あるいは河川の氾濫原としての中山間盆地などに限局された多発地がしばしば見られる.そういった複数の多発地が境を作って住み分けの状態になることもある.そういう多発地の内部では,媒介能をもったダニ種が住家に密着して生息したり,その供血源としての動物が密度高く繁殖もしている.気候条件も重要な要因で,例えばツツガムシでは種類ごとに列島の雪の降る寒い地方と冬暖かい地方で分布に違いがあり,それに伴い異なった型の恙虫病が見られる.マダニでは,南方系と言えるチマダニ類の分布に依存して,例えば日本紅斑熱や最近注目の SFTSが南西日本に偏って確認されたりする.<br>&nbsp;そのようなことで,ダニ媒介感染症については,通り一遍に「山野で注意しよう」と呼びかけるだけでなく,そのようなダニ類は例えばタヌキが背負って来て家の裏庭に落としてゆくような身近な問題であることを直に啓発すべきであろう.かと申して,それがヒトと動物との触れ合いの狭間で起こる軋轢であるとしても,動物を悪者扱いにして一方的にコントロールしてよいものか,もし動物が消え去るようなことがあれば,それは自然界のゆがみや崩壊につながりかねないだろうから,やはり,ヒトと動物は互いに迷惑をかけあって生きてゆかねばならない定めと達観すべきなのであろうか? そうこうして,医動物学の分野でコントロール controlという英単語の解釈は実にむずかしいことになる.
著者
綿貫 宏史朗
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.34, pp.63-64, 2018

<p>近年の研究の進展による分類の見直しや新種の発見により,霊長目に属す種は年々増加しており,IUCNの最新の分類基準では約450種にのぼる。そのうち日本の在来種はニホンザルのみであり,ヒトを除くその他のすべての霊長類は外国産サル類ということになる。これらはヒトが持ち込まなければ日本に来ることはないはずのものたちだ。では,これまでにいったいどれだけの外国産サル類が日本に輸入されたのだろうか。江戸時代の鳥獣図誌などの各種史料や書籍,報道資料,動物園等の出版物や飼育台帳,日本動物園水族館協会年報,剥製や写真などの博物館資料をもとに,日本で飼育された記録のある霊長類種を集計した。種の分類基準は日本モンキーセンターが2018年3月に発表した霊長類和名リストに掲載される14科74属447種に準拠した。その結果,コビトキツネザル科2種,キツネザル科9種,イタチキツネザル科1種,インドリ科2種,アイアイ科1種,ガラゴ科3種,ロリス科7種,メガネザル科2種,サキ科7種,クモザル科9種,オマキザル科31種,オナガザル科オナガザル亜科48種,同コロブス亜科15種,テナガザル科11種,ヒト科6種の計154種について日本への輸入の記録が見つかった。写真記録や剥製標本により現在の分類基準に基づく種を推定できた例がある一方,ショウガラゴ<i>Galago senegalensis</i>,ヨザル<i>Aotus trivirgatus</i>,サバンナモンキー<i>Chlorocebus aethiops</i>など長らく1種とみなされておりながら現在細分化されているような分類群において細分化後の実態が不明な例もあった。その場合は「少なくとも」の数字でカウントした。こういった情報を日本における霊長類の飼育史として整理することで,今後の飼育下個体の福祉向上や希少霊長類の保全に貢献するとともに,博物館や大学で保管される標本や写真等の資料価値を高めることにつながると考える。本発表ではまだ資料収集や考察が不十分な点も理解しているが,今後も引き続き情報の集積に努めたい。</p>
著者
矢澤 正人 青井 俊樹 坂庭 浩之 安江 悠真 高橋 広和 西 千秋 瀬川 典久 時田 賢一
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

1:動物には個体ごとの形態的な特徴が顕著な種とそうでない種がある.ヒトの個体ごとの形態的特徴は多くの哺乳類の中でもばらつきが大きく,他に例を見ないほど多くの装着物を装着する種である.装着物によっては数千年にも及ぶ進化発展を経ているが,ほぼすべての個体に適合する装着物は稀である.野生動物の行動調査に用いる装着物には,標識タグ,無線タグ,テレメトリ無線送信機,GPS無線送信機,などがある.筆者自身が装着を経験した装着物には,衣服および靴,腕時計,サングラス,ヘルニア治療用コルセット,ナイトガード(就寝時用マウスピース)ピアス,指輪,スキー,スノーボード・シュノーケルなどがある.これらを機能の観点から分類すれば,,躯体保護,機能補完,装身,機能拡張となる.別の分類方法として,個体の形態的特徴を考慮して制作したもの,選択したもの,調節したもの,考慮しなかったもの,の4つに分類することができる.個体の形態的特徴を考慮しなかった装着物は,上記装着物の中ではピアスだけである.<br>2:野生動物の装着物の外装を設計製造するにあたり著者らが連携している相手先は,紡績,縫製,樹脂成型(インジェクション及びヒートプレス),切削,プレス,めっき,溶接,ポッティング,などの分野が主体である.いずれも大量生産品以外は高額という第二次産業革命の特徴を持つ.<br>s3:開発にあたって最も参考にした文献として,セミプロ向けの模型製作技術を解説した書籍が挙げられる.彼の分野における品質は工業製品を凌駕し美術品に迫るものすら散見される.量産品の数千分の一未満の製造数でありながら価格を数十倍以下に収め商業的に成立させる総合的な技量は,ものづくり大国・技術立国といった言葉に積もる埃を吹き飛ばしてくれる.動物装着物の外装を考える際は,彼の分野とも積極的に関わることを推奨する.
著者
白井 啓 川本 芳 森光 由樹
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.34, pp.15, 2018

<p>日時:2018年7月13日(金) 14:40-17:50<br>場所:8号館6階8603教室<br><br>日本で特定外来生物に指定されているタイワンザル,アカゲザルが野生化し,ニホンザルへの交雑等が問題になっている。<br>2004年に青森県下北半島のタイワンザルの全頭捕獲が達成されたのに続いて,2017年12月,和歌山県北部で野生化していたタイワンザルの群れの根絶達成が,5年間の残存個体有無のモニタリングを経て,和歌山県知事によって公表された。366頭目である最後の交雑個体が捕獲,除去された2012年4月30日に根絶が達成されていたことになる。自由集会では群れ根絶の報告とともに,経過をふりかえり学んだことを整理する。<br>一方,千葉アカゲザル問題は対策が進められているものの,さらなる課題がある。房総半島南部に野生化しているアカゲザル個体群では,2000頭を超える捕獲,除去が進んでいるものの,半島中央部の房総半島ニホンザル地域個体群に交雑が波及し,ニホンザルのメスが交雑個体を出産しているという緊急事態になっている。そこには国の天然記念物「高宕山サル生息地」もあり,ニホンザル,ひいては房総半島の生物多様性保全のための今後の課題を整理する。<br>以上,行政を含む和歌山タイワンザル関係者,千葉アカゲザル関係者から報告し,会員のみなさまと議論する予定である。<br><br>責任者:白井啓,川本芳,森光由樹(保全福祉委員会)<br>連絡先:shirai@wmo.co.jp</p>
著者
藤野 健
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.66, 2016

<p>【はじめに】ゴリラは幅のある樹幹上や地上では専らナックルウォーキングで水平移動するが、他方腕渡りが観察される機会は大変少ない。3歳7ヶ月齢のコドモ個体の腕渡りを動画撮影する機会を得たのでその特徴を報告する。【材料と方法】京都市動物園にて飼育されるニシゴリラ(G)コドモ雄(撮影は2015年7月)を、過去に撮影したキンシコウ(R)のコドモ雄、アカアシドゥクラングール(P)雌雄成体、シロテテナガザル(H)雌成体のビデオ画像と比較した。【結果】Gはケージ内に渡された全長約7mのロープを休み休みに緩慢に腕渡り移動した。両手でぶら下がり、後肢、特に下腿をぴょんと屈して幾らか重心を後方に移動させ、その反動で片手でぶら下がりを開始する際の推進力の足しにすると思われる独特な像を示す。これはブランコの漕ぎ始めの動作を連想させるが、前方推進力産生に寄与する効果は少ない様に見え、当個体が学習した動作の可能性もある。左右交互の前肢突き出しに伴い、顔面は前方を向くが、Hの様に頸部を迅速に回転させ常時顔を前方に向ける程では無い。体長軸回りの胸郭の回転発生に伴い。腰も位相差なく、つまり「胴体」が一体となり、左右に反復回転する。尚G成体に腕渡りは観察されなかった。【考察】Gの腕渡り動作には、Hの様な頭部、胸郭、腰間の逆回転性の発生は弱いか或いは観察されない。これに加え俊敏性と巧緻性に劣る点からもセミブラキエーターの腕渡りに類似する。但し手指で体重を支える能力は手足を用いて頻繁にぶら下がり遊びする点からも明らかにGが優れる。Gの胸郭形態と肩甲骨の背側配置は、祖先が腕渡りに相当程度進んでいた事を物語るが、観察された運動特性からもGがヒトと同様に、前方推進機能を低下させた腕渡り動物、即ち過去に獲得したブラキエーターとしての能力を失いつつある動物と理解可能である。</p>
著者
藤野 健
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第32回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.66, 2016-06-20 (Released:2016-09-21)

【はじめに】ゴリラは幅のある樹幹上や地上では専らナックルウォーキングで水平移動するが、他方腕渡りが観察される機会は大変少ない。3歳7ヶ月齢のコドモ個体の腕渡りを動画撮影する機会を得たのでその特徴を報告する。【材料と方法】京都市動物園にて飼育されるニシゴリラ(G)コドモ雄(撮影は2015年7月)を、過去に撮影したキンシコウ(R)のコドモ雄、アカアシドゥクラングール(P)雌雄成体、シロテテナガザル(H)雌成体のビデオ画像と比較した。【結果】Gはケージ内に渡された全長約7mのロープを休み休みに緩慢に腕渡り移動した。両手でぶら下がり、後肢、特に下腿をぴょんと屈して幾らか重心を後方に移動させ、その反動で片手でぶら下がりを開始する際の推進力の足しにすると思われる独特な像を示す。これはブランコの漕ぎ始めの動作を連想させるが、前方推進力産生に寄与する効果は少ない様に見え、当個体が学習した動作の可能性もある。左右交互の前肢突き出しに伴い、顔面は前方を向くが、Hの様に頸部を迅速に回転させ常時顔を前方に向ける程では無い。体長軸回りの胸郭の回転発生に伴い。腰も位相差なく、つまり「胴体」が一体となり、左右に反復回転する。尚G成体に腕渡りは観察されなかった。【考察】Gの腕渡り動作には、Hの様な頭部、胸郭、腰間の逆回転性の発生は弱いか或いは観察されない。これに加え俊敏性と巧緻性に劣る点からもセミブラキエーターの腕渡りに類似する。但し手指で体重を支える能力は手足を用いて頻繁にぶら下がり遊びする点からも明らかにGが優れる。Gの胸郭形態と肩甲骨の背側配置は、祖先が腕渡りに相当程度進んでいた事を物語るが、観察された運動特性からもGがヒトと同様に、前方推進機能を低下させた腕渡り動物、即ち過去に獲得したブラキエーターとしての能力を失いつつある動物と理解可能である。
著者
平井 仁智 石黒 龍司 島原 直樹 岡田 彩 清水 慶子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;オランウータンは,東南アジアのボルネオ島とスマトラ島のみに生息する樹上性の大型類人猿である.生息している島によって,ボルネオオランウータン <i>Pongo pygmaeus</i>とスマトラオランウータン <i>Pongo abelii</i>の 2種に分けられる.雌の寿命は,53歳以上で,霊長類の中では最長の 6.1~ 9.3年間隔で子どもを出産し,母親が単独で子を育てることが報告されている.このことが主要因となり,個体数の減少が始まると歯止めをかけるのが難しい.野生下では 50歳での出産報告があるにも関わらず,飼育下では,40歳を過ぎると年老いた個体とされているため繁殖に用いられない.この理由の一つとして,いつ繁殖不可となるのかの基礎データがないことがある.また,本種においては妊娠した個体や若い個体を対象とした生殖生理学的研究はあるが,老齢個体を対象とした研究はほとんどない.<br>&nbsp;現在,日本国内においてボルネオオランウータンは 12園館で 34頭( ♂ 19頭, ♀ 15頭),スマトラオランウータンは 5園館で 11頭( ♂ 5頭, ♀ 6頭)が飼育されているが,本研究では飼育個体数が多いボルネオオランウータンを研究対象とし,2012年 8月~ 9月に多摩動物公園にて,雌ボルネオオランウータン 4個体(推定 57歳,47歳,推定 42歳,39歳)を対象として糞尿の採取をおこなった.酵素免疫測定法により,糞尿中性ホルモン代謝産物を測定し,年齢不明の個体の生殖状況の推定が可能になり繁殖計画の基礎データとなることを目的として,加齢に伴い変化する生殖内分泌動態について考察をおこなったので報告する.
著者
中田 圭亮 明石 信廣
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;ミズハタネズミ亜科のネズミの個体数変化が季節的また年次的に減衰していることが近年多く報告されている.従前と異なるこれらの減衰事例は次のように指摘されている:1)年次的なピークが縮小した,2)ピークの間隔が延長した,3)季節変化が減少した,などである.ヨーロッパではとくに 1970年代からタイリクヤチネズミ( <i>M. rufocanus</i>)の密度が長期にわたり減少していることが観察されているが,ここでは北海道に分布する亜種であるエゾヤチネズミ( <i>M. r. bedfordiae</i>)での状況を紹介したい.<br>&nbsp;1970年から 2012年にいたる 43年間の発生予察資料を利用して,道有林の 13の地区を調べたところ,エゾヤチネズミで観察されたのは多様な変動系列である.一定の傾向や大きな変化を示さない地区がある一方,1990年代以降に個体数変化が減衰する地区,また逆に拡大する地区もあった.例えば,後志地区などでは特別な傾向はなく,ピーク密度や季節変化の振幅などにも大きな変化はなかった.一方,顕著な減衰傾向を示した釧路地区などではピークが低密度化し季節変化も小さくなっていた.ピークの間隔は延長していなかった.また個体数変化が拡大した上川南部地区などでは,ピークが高密度化するとともに季節変化も大きくなっていた.ピーク間隔は変わっていないように見える.こうした変化が始まった時期は各地区間で同じではなく,さまざまであることもわかった.さらに年次変化を統計的に分析すると,北海道内は 3型から 5型に大きく類別可能であり,先行事例とは異なる地域的なまとまりが観察された.エゾヤチネズミの個体群動態は類似したパターンを繰り返すほか,新しい傾向を示しつつ移り変わっている.
著者
藤野 健
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.88, 2015

【はじめに】四足姿勢のサルは掌を接地させるが、何故にまた如何にして、指背を接地させるに至ったのか、ナックルウォーキング(= KW)成立に関する論考が等閑視されて来た。今回、類人猿以外にKWを示すとされるアリクイ(anteater = AE)を採り上げ、形態と行動的特徴を基にその実態を検討する。【材料と方法】静岡市立日本平動物園にて飼育されるオオアリクイ(Giant anteater, <i>Myrmecophaga tridactyla</i>)(= GA)雌成体1頭の動画記録を解析し、固定標本雌成体1頭の手の外観を観察した。併せてミナミコアリクイ(Northern tamandua)(= NT)冷凍解凍標本雌1頭並びにwebから得られたGAの交連骨格像も比較の為に供した。【結果】GAの第2,3指及びその爪は弯曲して強大だが、第1,4指のものはずっと小さく第5指は退化的である。歩行時には手を尺側に傾け、第2,3指を、大きく発達したボール様の掌球の橈側に沿う様に配置する。厚い掌球をあたかも地面に判を押すかの様に歩くが、これら2指の指背並びに爪は歩行時に幾らか接地する。NTの手の構造もGAに類似していた。【考察】GAは通常四足歩行するが、蟻塚を前にして後肢で立ち上がりこれを爪で破壊しながらシロアリを採食する。即ち巨大な、弯曲した爪と手指はそれに適応的である。歩行時の体重は掌球を介して主に中手骨及び手根で支え、指と爪は破壊道具へと明瞭に機能分化させている。斯くして指骨が主たる体重支持者でない故に類人猿のKWとは性質を異にする。GAの交連骨格像はKWの手を持つとしばしば示説展示されるが正確ではない。AEの手は-NTは手の爪を利用しての木登りも得意とするが-過去に四足歩行性から離れるまでの特殊化は経ておらず、四足歩行と採食活動を共に可能とする漸進的且つ折衷的な進化形態像を示すものと考えた。
著者
服部 裕子 友永 雅己 松沢 哲郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;ダンスや合唱など,音楽のリズムに合わせて大勢が体の動きを同調させる行為は,世界中の多くの文化で見られており,同調行動はヒトの社会的なつながりを強めるために重要な働きをしていることが示唆されている.こうした行為ができるのは,ヒトがリズムに対して自発的に同調する能力があるために可能になるのであるが,本研究では,チンパンジーも音のリズムに対して自発的に行動を同期させることを実験的に検討した.まず,電子キーボードを複数回タッピングさせると餌をもらえることを学習させた.その後,タッピングを行っている間に,一定間隔の音刺激を呈示し,タッピングのリズムが音のリズムに同調するのかを調べた.その結果,チンパンジー3個体中1個体において,刺激間間隔 600msの音に自発的に同調してタッピングを行っていたことがわかった.このことから,外部の等間隔の音に対する自発的な同調傾向は,チンパンジーにも共通してみられることが示された.ヒトにみられるダンスや合唱は,こうした傾向をさらに発展させたコミュニケーション方法だと考えられる.
著者
瀧山 拓哉 服部 裕子 松沢 哲郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.64, 2016

<p>音楽は世界中でヒトの文化の発展に重要な役割をはたしてきた。音楽はヒトが独自に発展させたコミュニケーション様式であり、リズムや用いられる音の多様性など、他の動物の音声コミュニケーションにはあまり見られない特徴が存在する。例えば高音は旋律を奏でる際に使われやすく、低音はリズムを伝える際につかわれやすいというように、音楽においては伝達する情報の種類によって異なる高さの音が使われている。ヒトの聴覚システムに関する先行研究によるとヒトは低音の音刺激に対して、リズムを知覚しやすく、逆に高音の音刺激に対して旋律を受容しやすいということが示唆されている。しかしながら、こういった音楽の聴覚的基盤における進化的起源は明らかになっていない。そこで本研究では、音楽の進化的起源を明らかにするためにチンパンジーのリズムに対する感受性を実験的に調べた。対象は霊長類研究所に暮らすチンパンジーのうち5人であり、まず電子ピアノのオクターブ違いの2音を交互にタッピングするようにトレーニングした。その後、妨害刺激として4種類(高音協和音・低音協和音・高音不協和音・低音不協和音)のメトロノーム音のうちいずれかを与えながら課題を行い、自発的なタッピングとメトロノーム音との同調性を計測した。その結果、音の協和性に対しては有意差が認められなかったが、チンパンジーのタッピングに対する音刺激の引き込みは低音刺激を使用したときの方が高音刺激を使用したときよりも優位に大きかった(p=0.013)。このことよりチンパンジーは高音より低音のリズムを知覚しやすいということが示唆された。従って、低音の方がよりリズムを知覚しやすいという傾向は、チンパンジーとヒトの共通祖先で既に獲得されていたと考えられる。</p>
著者
花塚 優貴 清水 美香 高岡 英正 緑川 晶
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第31回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.88-89, 2015-06-20 (Released:2016-02-02)

鏡に映った像を自身の像と認識する能力、すなわち自己鏡像認知はヒトやチンパンジー、オランウータンなど限られた種でのみ認められる。しかし2秒遅れて同期する自己像を呈示される条件では、自己鏡像認知が可能なヒト幼児でも自身の像として認識することが困難になることが報告されている。つまり自己像を認識するうえで、自己の運動とその視覚的なフィードバックが時間的に一致していることが重要であることが示唆されている。本研究ではヒトに近縁なオランウータンを対象とし、オランウータンが遅延呈示される自己像を自己の運動と同期しない自己像と区別できるか検討することで、自己像の時間的な遅延が自己像認知に及ぼす影響の進化的な起源について明らかにすることを目的とした。対象は東京都多摩動物公園にて飼育されている3頭のオランウータン(推定59歳のメス、49歳のメス、29歳のオス)とした。まずオランウータンがモニタに映し出された自己像を認識できるかを確認するため、自己の動作と遅延なしで同期する自己像と、別の日に撮影され今現在の自己の運動とは同期しない自己像を対呈示し、それぞれに対する注視時間を指標として両者を区別できるか検討した。結果、3頭のオランウータンは同期する自己像を同期しない自己像よりも有意に長く注視することが示され、オランウータンはモニタ上でも自己の動作を検出することができることが確認された。続いて2秒遅れて同期する自己像と同期しない自己像を対呈示し、両者を区別できるか検討した。結果、推定59歳のメスを除く2個体において、2秒遅れて同期する自己像を同期しない自己像よりも有意に長く注視することが明らかになった。以上の結果から、オランウータンは2秒遅れて呈示する自己像を同期しない自己像と区別できることが示され、オランウータンは少なくとも2秒遅延して同期する自己像を、自己の動作と因果的に認識できる可能性が示唆された。
著者
田中 沙耶 江崎 芳子 谷藤 香菜江 藤本 真衣 波田 善夫 西村 直樹 松尾 太郎 小林 秀司
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;近年,ニホンジカ <i>Cervus nippon</i>(以下,シカとする )の個体数が全国的に増加しつつある.これに伴い,各地で農林業被害や自動車・鉄道との衝突事故が増加し,自然植生への影響も危惧されている.対策として,これまでは個体の直接駆除や防止柵などによる排除が行われてきた.しかし,猟友会や農山村の高齢化などの問題から,十分な個体数の駆除ができているとは言えない.また,防止柵についても,設置費や維持費がかかること,人の移動まで阻害することなど,さまざまな問題が生じている.そこで岡山理科大学動物系統分類学・自然史研究室では,シカが心理的な圧迫を受けることで,シカ自らが忌避するような移動阻害構造体 (以下,構造体と表記 )の開発を一昨年から試みている.<br>&nbsp;今回は,岡山理科大学内で飼育しているメスの成獣個体2頭を用いて,シカが構造体上を通過する際に,どのような行動がみられるのかを観察した.試験個体は 2011年に岡山県美作市の山中で捕獲されたもので,野生状態での実験結果に近づけるため,山の中で隔離して飼っている.過去のデータより,構造体上で,静止・構造体に鼻先を近づける・檻のフェンスに鼻先を近づけるといった行動や,構造体を前に引き返す・セルフグルーミングをするなどといった行動がみられることがわかっているが,これらの行動と,構造体を設置していない場合にみられる行動を比較することにより,構造体がシカにどの程度の心理的圧迫を与えているか分析した.また,構造体設置による行動の変化の度合いが個体によって異なることや,慣れによってシカの行動が変化することが考えられる.このことより,構造体を通過する際,どのような行動変化がみられるかを,構造体設置後から継続観察することで,行動の変化も調査することにした.そしてこれらのデータを分析し,構造体はどの程度シカに心理的圧迫を与えるのか,どれほどの期間シカに効果があるのかについて評価した.
著者
保坂 和彦 桜木 敬子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第32回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.39, 2016-06-20 (Released:2016-09-21)

マハレのチンパンジー研究が50周年を迎えた2015年の8月20日朝、通算14例目にあたるカニバリズム(子殺しだけの観察を除く)がM集団で観察されたため速報する。犠牲者は生後間もない乳児(♀)である。母親は不明であるが、現場で採取した頭蓋骨片の輸入手続きが終わり次第、M集団のDNAバンクを扱う研究者の協力を得て、DNAによる親子判定を進めたい。本発表では、約3時間の映像写真資料を用い、肉を所持したアルファ雄PRと周囲個体との社会的相互作用を分析した結果を報告する。PRは、観察者が騒ぎを聞きつけた時点から死体を食べ始めるまでの約5分間、周囲の雌からwraaやbarkを浴びながら、死体を口に銜えたまま河原をcharging displayした。騒ぎが収まった後、PRは河原に座り死体を頭からかじり始めた。PRが樹上に位置を移すと、年寄り雌NKが近づいてきて物乞いを始め、僅かな肉片を獲得した。その他の雌は距離を置いて観察するか、河原に落ちてくる骨片の拾い食いを始めた。騒ぎが聞こえる範囲にいたオトナ雄2頭は現場には近づかず、ワカモノ雄1頭だけが拾い食い集団に加わった。PRは約2.3時間かけて死体が皮になるまで食べきった。その皮は妹PFが譲り受けた。集団内カニバリズムの観察は1995年の事例を最後に途切れていたが、昨年のPSJ大会で西江が約20年ぶりの事例を報告した。今回の新事例は、わずか8ヶ月半後の出来事であった。偶然の可能性も排除できないが、新生児をねらったカニバリズムが一時的に流行した可能性も否定できない。マハレにおけるカニバリズムは犠牲者が♂に大きく偏り、犠牲者の性別が判明している13例中2例だけが♀である。かつて、集団内の性的競争者を減らす社会性比調節機構としての子殺しが論じられた経緯があるが、カニバリズムが減った過去20年間も社会性比に大きな変化はなく、今その存在を主張する根拠は乏しい。代替仮説として、肉食それ自体がカニバリズムの動機づけとなりうることを論じる。
著者
中井 真理子 山下 國廣 福江 佑子 池田 透
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.128, 2013 (Released:2014-02-14)

特定外来生物アライグマの防除では,根絶に向けた低密度状況下における捕獲が課題となっている.本研究では,アライグマの痕跡の確認手段として,アライグマ探索犬の育成を試みた(2009年開始).動物の探索に特化する狩猟犬種群から甲斐犬を選び,行動学と学習理論に基づいたモチベーショントレーニングを採用した.今回の試験は,探索犬とハンドラー(犬の反応を読み取り指示を出す者)の能力確認を目的とした.捕獲したアライグマに VHF発信器を装着し,ラジオテレメトリー法により日中の位置を記録した.探索中の記録はボイスレコーダーと動画撮影で行い,インストラクター(訓練の指導者)とハンドラーの発言の違いを比較した. 夏季の探索試験は,2012年 7月の連続する二日間(アライグマの位置は同じ)に実施.現場は農地に隣接する針広混交林の林縁部で,林床は 100cm前後の草本類が密生する場所.一日目は一部でアライグマ臭気特有の行動が見られたが,ハンドラーの判断ミスで体力を消耗させたため,終了した.二日目は前日に反応を示した谷から絞り込み,朽木根元の樹洞に吠えて告知した.冬季の探索試験は,2012年 12月一日間に実施.現場は積雪約 40cmの平坦な農地で,民家が点在する場所.倉庫群周辺で動きが速くなり,発信音を確認した倉庫の風下で吠えて告知した. 探索犬は,野生アライグマの臭気を敏感に感知できた.ハンドラーは探索犬の反応を観察していたが,時々刻々と変化する風向きや地形などから臭気の流れを推測し的確に探索範囲を選ぶ判断力と経験に不足する部分があった.現場での活動には探索犬とハンドラーのペアが経験を積むことが重要である.また,気温が高いと体力消耗が早い点や探索の障害物となる植物の茂りの点などを考慮して探索計画を立てることで,より効率よく探索できると予想される. なお,本研究の一部は平成 23~ 25年度環境省環境研究総合推進費により実施された.

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著者
濱田 穣
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.179-180, 2009-03-31 (Released:2010-06-17)
著者
澤田 晶子 西川 真理 中川 尚史
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第34回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.36-37, 2018-07-01 (Released:2018-11-22)

群れで生活する霊長類は,他個体との親和的な関係を維持するために社会的行動をとる。複数の動物種が同所的に生息する環境では,異種間での社会的行動も報告されており,ニホンザルとニホンジカが高密度で生息する鹿児島県屋久島や大阪府箕面市においても,両者による異種間関係(以下,サル-シカ関係)が報告されている。サル-シカ関係の大半は,シカによる落穂拾い行動(樹上で採食するサルが地上に落とした果実や葉を食べる)であるが,稀に身体接触を伴う関係もみられる。本発表では,これまでに発表者らが西部林道海岸域で観察した異種間交渉の事例を報告する。敵対的行動(攻撃・威嚇)と親和的行動(グルーミング),いずれの場合でもサルが率先者になることが多かった。シカへのグルーミングはコドモとワカモノで観察され,サルとシカの組み合わせに決まったパターンはなかった。シカがグルーミングを拒否することはなく,シカからサルへのグルーミングは確認されなかった。コドモとワカモノによる「シカ乗り」も数例観察された。ワカモノのシカ乗りは交尾期(9月~1月)に起きており,前を向いて座った状態でシカの背中や腰に陰部を擦りつける自慰行動がみられた。実際に交尾に至ることはなかったものの,ワカモノにとってはシカ乗りが性的な意味合いをもつことが示唆される。一方のコドモは,非交尾期でもシカに乗ることがあった。その際,シカの首に座ったり背中にぶら下がったりと体位や向きにバリエーションがみられたこと,自慰行動を示さなかったことから,コドモにとってのシカ乗りは遊びの要素が強いと考えられる。先行研究との比較を通して,サル-シカ関係について議論し情報を共有したい。