著者
ブロシェイ ネルソン ハフマン M.A
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.34, pp.71-72, 2018

<p>Human studies have revealed salivary alpha-amylase (sAA) enzyme levels are positively correlated with the release of the hormone norepinephrine, allowing sAA to act as a biomarker for sympathetic nervous system (SNS) activity. The SNS is associated with the fight-or-flight response and is a separate but parallel stress response system to the hypothalamic-pituitary-adrenal (HPA) axis. Recent non-human primate studies have made progress in using sAA as an additional physiological stress marker. However, there are currently no published reports of sAA validation as an acute stress response marker in Japanese macaques. Furthermore, saliva collection could prove itself to be stressful for the monkey. Consequently, developing a non-invasive method for cooperative saliva collection between the researcher and monkey is not only necessary for accurate data collection but is also ethically sound. Therefore, this study has a two-fold aim: [1] non-invasively collect saliva with the monkey's cooperation and [2] validate sAA as a biomarker of acute stress in <i>M. fuscata</i>. Validation of sAA enzyme as an acute biomarker in Japanese macaques could provide a useful tool for future research questions as well as practical uses in animal welfare. I will discuss developing a methodology for saliva collection, current findings, and other recent research activities.</p>
著者
山田 一憲 中道 正之
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.21, pp.11, 2005

子殺しはオスの繁殖戦略として進化したと考えられている。しかし、複雄複雌の社会構造と季節性のある乱交的な繁殖様式を持つニホンザルでは、子殺しが起こることは極めて稀である。それは(1)メスが複数のオスと交尾を行い、(2)子ザルの父親である可能性のある複数のオスが群れオスとして集団にとどまり、子殺しの危険から子ザルを守る、(3)子殺しを行っても、子殺しオスがその母ザルと繁殖できる機会は交尾期に限られるためである。<br> 私たちは、勝山ニホンザル集団において、群れ外オスが4ヵ月齢のアカンボウを攻撃して、死亡させるという事例を観察し、その様子をビデオカメラで記録した。<br> 4ヵ月齢のアカンボウが集団から取り残され餌場に単独でいる時に、群れ外オスが餌場に現れた。アカンボウはオスに気づくと即座に逃げ出したが、すぐに捕まった。オスは周囲を何度も見回しながら、アカンボウの手、足首、腕を咬んだが、その場で殺すことはなかった。5分後にアカンボウは逃げ出したが、オスが再度攻撃することはなかった。アカンボウは右上腕から大量の出血が見られ、2日後には姿を消した。<br> 今回の事例の特徴は以下の3点にまとめられる。(1)子殺しを行ったオスはその時初めて観察した個体であった。(2)子殺しが起こる数ヶ月前に3頭の中心部成体オスが続けて死亡・姿を消しており、さらにアカンボウが単独で餌場に取り残されたため、子殺しからそのアカンボウを守る個体がいなかった。(3)子殺しは交尾期開始の数週間前に起こり、その結果、アカンボウの母ザルはすぐに発情し、翌年の出産期に次子を出産した。<br> ニホンザルにおける子殺しはこれまでに5つの記録があるが、本観察と同様に、(1)攻撃したオスは子ザルの父親である可能性が低く、(2)子ザルを守る群れオスがいない時、(3)交尾期直前または当初の時期には、ニホンザルにおいても、子殺しが生起していることが指摘できた。
著者
中道 正之 シルドルフ エイプリル セクトン ペギー
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.21, pp.80, 2005

サンディエゴワイルドアニマルパーク(カリフォルニア州)のゴリラ集団において、「母子交換」が自発的に生じた。初産メスA(7歳)が出産当日に子aを床に置き去りにした時、生後11ヶ月の子bを養育中の母B(18歳、経産)が子aを抱き上げて授乳を開始した。母Bは実子のbと養子のaの両方に授乳したり、抱いたりなどの養育行動を示したが、2週間後、実子aの子育てができなかった母Aが子bを抱いて授乳を開始した。子bは約1ヶ月間、実母Bと養母Aの両方から授乳を受けたが、その後は養母のAからのみ授乳を受けるようになり、母子交換が成立した。しかし、その後も、子bは驚いたときなどの避難場所として養母Aだけでなく、実母Bも用いることがあった。<br> 母子交換によって、子bは実母Bからの授乳がなくなり、「母子分離」を経験したことになるが、母子交換開始から1.5年後でも、子bは養母Aだけでなく実母Bをも避難場所とすることがあり、二人の母を持つような状態であった。さらに、養母となった母Aが一度は子育てしなかった実子のaを抱いたり運搬したりするようになり、母子交換から2年後には子aへの授乳が始まった。母Aが子aへの授乳開始から間もなくして、母Aから子bへの授乳が終了した。つまり、子bは3歳で離乳と2度目の「母子分離」を経験したことになる。<br> 2度目の母子分離を経験してからも、子bは養母Aの前でAの胸を見つめる、指先で乳首を触るなどの行動を示すことがあり、さらに、額、頭部、腕などの「毛抜き」を開始した。<br> 子bは1歳のときと3歳のときに、授乳や抱く、運搬などの養育行動をしてくれていた母から離れなければならなかった。同じ集団で暮らしながら、母の喪失という精神的負荷を2度も経験したことが、社会で暮らすゴリラの子では珍しい「毛抜き」という不適切な行動の発現に関係していると推測される。
著者
宗近 功 田中 洋之 田中 美希子 川本 芳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.25, pp.60, 2009

[目的]絶滅危惧種であるクロキツネザル(<i>Eulemur macaco macaco</i>)において,その飼育個体群を対象に,父子判定を含む遺伝的管理を実施するためにマイクロサテライトDNAの多型調査を行っている。前回の日本霊長類学会第24回大会にて,近縁他種で開発されたマイクロサテライトDNAのうち,10遺伝子座が対象の個体群で多型的であることを報告した。本研究では,これらのマイクロサテライトDNAを用いて親子判定を行い,その結果,飼育群の血縁構造に関して興味深い知見を見いだしたので報告する。<br>[方法]対象としたのは(財)進化生物学研究所で飼育している群れで,父親候補3頭,母親3頭,その間の子供5頭および血縁の無い成体オス1頭が含まれる計12頭である。分析には,多型が認められた10遺伝子座(<i>Efr09</i>, <i>Efr30</i>, <i>Em2</i>, <i>Em4</i>, <i>Em5</i>, <i>Em9</i>, <i>Lc1</i>, <i>Lc7</i>, <i>47HDZ268</i>)を用いた。マイクロサテライトの遺伝子型を比較し,父子関係および母子関係を明らかにし,当研究所の飼育管理記録と比較した。<br>[結果]マイクロサテライトの遺伝子型から,5頭全ての子供の父親を解明する事が出来た。また,母子関係についても確認したところ,子供をもつ成体メス2頭は,それぞれ異なる父親の子供を産んでいた事が判明した。一方,我々の記録の上で母親としていた個体がマイクロサテライト分析から否定される結果が得られた。<br>[考察]今回,飼育記録上の母親と子供の組み合わせに誤りがあったことが指摘された。その2例とは,出産日が互いに近い2頭の子供とその母親を取り違えて記録していたことである。最初は単なるミスと考えてられたが,クロキツネザルの子供は生後1週間を過ぎると群れ内の個体とよく遊ぶことや,メス間で子供を奪い合うことも観察されているため,飼育下のクロキツネザルにおいてswappingによる子育てが起きている可能性もあると考えられた。その後,群れ内で闘争が起こり,メス3頭のグループが1頭の繁殖可能なメスを攻撃し,死に至らしめた。マイクロサテライトの分析から,死亡したメスは実の子を含むメスグループから攻撃を受けた事が判明した。また,例数が少ないので断定は出来ないが,群内の繁殖可能なメス2頭から生まれる子供の父親が毎年変わっていることから,クロキツネザルの繁殖は「雑婚」の形態を取っている可能性が考えられた。
著者
宗近 功 田中 洋之 田中 美希子 川本 芳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.24, pp.62, 2008

[目的] 霊長類はワシントン条約や防疫上の問題から輸入が厳しく規制され、新しい系統の入手が難しくなっている。マダガスカルに生息するキツネザル類も同様で、国内の動物園・研究機関は、現存の群を維持してゆくほかない。本研究は、絶滅危惧種であるクロキツネザル(<i>Eulemur macaco macaco</i>)において、繁殖群の遺伝的管理法確立の為の基礎情報を得る目的で、マイクロサテライトDNAの分子標識の開発と父子判定を行った。<br>[方法] クロキツネザル(<i>Eulemur m. macaco</i>)を対象とし、父親候補3頭、母親3頭、その間の子供5頭および血縁の無い成体♂1頭が含まれる計12頭である。マイクロサテライト遺伝子座は近縁種において報告されている15種類(<i>Eulemur fulvus</i> 用5座位、<i>E. mongoza</i>用7座位、<i>Lemur catta</i>用2座位、<i>Propithecus verreauxi</i>用1座位) を用いてPCR増幅を試みた。<br>[結果]調査したプライマー15種類中14種類が増幅し、1種類(Em1座)は増幅しなかった。増幅した14種類中4種類(Efr04座、Efr26座、Efr56座、Em11座)では変異が認められず、変異が確認されたのは残りの10種類であった(Lc1座、Lc7座、47HDZ268座、Em2座、Em4座、Em5座、Em7座、Em9座、Efr09座、Efr30座)。変異の見られたマイクロサテライト遺伝子座の遺伝子型から、5頭全ての子供の父親を解明する事が出来た。<br>[考察]近縁種のプライマー15を使い10遺伝子座位がクロキツネザル(<i>Eulemur m. macaco</i>)の父子判定に使用可能であることが判明したのでこれらのマイクロサテライト遺伝子座を使用して父子判定を行い、血統登録を行うとともに遺伝的管理の精度を上げることが可能と考えられる。
著者
井上 英治 井上-村山 美穂 高崎 浩幸 西田 利貞
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.25, pp.50, 2009

チンパンジーの第1位オスは,在位期間に受胎した3割以上の子供の父性を確保していることが多くの調査地で知られている。タンザニア,マハレ山塊国立公園の第1位オスの在位期間は平均5年強であるが,M集団のNTは,1979-91年,1992-95年の計15年間第1位オスであった。在位期間が長いと残した子供の総数も多いと考えられる。そこで,NTの繁殖成功を解明するため,父子判定を行なった。1995年以前に採取されたNTを含む21頭のワッジおよび毛からDNA抽出を行ない,マイクロサテライト8領域の遺伝子型を決定した。すでにM集団で1999年以降に採取された試料をもとに決定していた54頭の遺伝子型と合わせ,1981-96年に生まれた15頭の父子判定を行なった。このうち,NTの子供は1頭のみであり,他の14頭の父親であることは否定された。同集団で1999-2005年に生まれた子供の父子判定では,第1位オスが45%の子供の父親であったので,第1位オスの繁殖成功が低いことはこの集団の特徴とは言えない。NTの繁殖成功が低かった理由として,2つの可能性が考えられる。1つは,NTが第1位であるときM集団の個体数が90頭前後と多く,発情するメスの数およびライバルとなるオスの数が多かったために,交尾を独占できなかったと考えられる。もう1つは,NTは推定24歳で第1位になり,1981年ですでに26歳になっていたことである。他集団において,20歳以下の繁殖成功が高いことが知られているため,年齢が影響したことも考えられる。過去に保存していた貴重な試料を解析することにより,長期間第1位であったオスが在位期間中に多くの子供を残していなかったことが示された。
著者
丸橋 珠樹 岡崎 祥子 小川 秀司 Nilpaung Warayut 浜田 穣 Malaivijitnond Suchinda
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.28, 2012

2007年12月5日から2008年2月10日までの乾季66日間、158時間の観察時間のデータから、樹上活動時間割合は3%で、ほとんどすべての時間を地上で過ごし、移動は地上移動である。採食部位別時間構成は、果実50%、葉25%、種子24%である。昆虫食は頻繁にみられる。なお、石をひっくり返してカタツムリを採食しようとする行動がみられるが、実際に採食したのは観察158時間で4回に過ぎなかった。また、カエル(未同定)採食も1度観察され、内臓の一部を食べて遺棄した。<br> このような採食生態をもっているベニガオザルの、ウサギの捕獲、肉食が観察された。ウサギ捕食あるいは試みの3例の事例を報告する。2008年1月9日に、何か振り回して捨てていった所に近づいたところ、背中の皮を剥がれたウサギが残され、ウサギは飛び跳ねて森へ逃げていった(丸橋)。2011年10月14日、5歳雄のウサギ捕獲・肉食のVIDEO撮影に成功した(岡崎)。また、2011年12月29日にオトナ雌のウサギ肉食が観察され短時間のVIDEO撮影に成功した(小川)。<br> ベニガオザルのウサギ肉食行動観察の特徴として以下の点を指摘できる。1)肉食対象種はビルマノウサギ (<i>Lepus peguensis</i>) Blyth. 1855 (from Mammals of Thailand) である。2)ウサギが生きている状態で肉食が始まり、つまり捕獲し、その時点でウサギは断末魔の悲鳴を上げていた。3)ウサギの大部分、内臓も含めて消費され、観察時間内では、毛皮は食べられなかった。4)捕獲した個体がだけが継続して、移動しながら肉食し、最低7分半は継続していた。5)他個体の近接や近接個体の追随は見られるが、他の優位個体による奪取や残渣の拾い食いなどは見られなかった。議論では、同じ程度の大きさであるロリスとベニガオザルとの異種間行動についても報告し、反撃を行うロリス<i>Nycticebus coucang</i> (from Mammals of Thailand) では捕食にいたらなかった事例観察(丸橋)との比較を行う。<br> ベニガオザルにとって、ウサギ肉食行動は頻度が低い行動であると考えられ、群のなかで肉食経験のある個体は少なく、食物としての共有認識は低いと考えられ、その影響は個体間での競争や追随はほとんどみられなかったことにも現れている。
著者
田代 靖子 伊谷 原一 ボンゴリ リンゴモ 木村 大治
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.21, pp.67, 2005

コンゴ民主共和国ルオー学術保護区ワンバ地区におけるボノボの研究は、1996年から続いた内戦後、2002年に再開された。内戦の前後でワンバにおけるボノボの生息状況に変化が生じたか、またもし変化したならその原因は何かを明らかにすることを目的として調査をおこなった。<br> 2005年1月から2月(約40日間)ワンバにおいて現地調査をおこなった。内戦前にワンバ地区に生息していた6集団の生息状況を調べるとともに、森林における人間活動について資料を収集した。また、ランドサットデータを用いて、内戦前後の二次林の分布を比較した。その結果、以下のようなことが明らかになった。(1)主な調査対象集団であるE1群は依然村に近いところを遊動しているが、個体数は変化していないのにも関わらずその遊動域が拡大し、過去に利用しなかった場所も利用している。(2)E2集団、P集団は遊動域を大きく変え、ワンバ地区とは異なる地域を主な遊動域としている。(3)他のB, K, Sといった3集団の生息状況は不明。(4)多くの一次林が伐採されて畑になっている。<br> 1973年の調査開始時から内戦開始前まで、各集団の遊動域が大きく変化することはなかったことを考えると、内戦による人為的な影響によってボノボの遊動域が大きく変化した可能性が高い。銃や罠を用いた密猟という直接的な影響以外にも、戦争中村人の多くが森に逃げ込んで生活したことや、戦後の貧困から一次林を伐採した焼畑が急速に拡大したことなどによる植生の変化が、ボノボの生息数を減少させ、各集団の遊動域に影響を与えたと考えられる。ワンバの村人はボノボを食べないが、他の地域からの密猟者の侵入という直接的影響に加え、生息環境の変化という間接的な影響によって、ボノボの生息数が急激に減少していることが予想される。コンゴ民主共和国全体のボノボの詳しい生息状況は不明だが、かなり危機的な状況にあると考えられる。
著者
藤野 健
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.23, pp.117, 2007

【はじめに】立位を安定的に取り得る哺乳類が知られるが、殆どは極く短時間を除き自発的な歩行はしない。ヒトの祖先が如何に二足歩行を開始したのか、どの様なlocomotor habitat 或いはpositional behavior がその前適応として必要だったのかを考察する場では、この様な「立つ」と「歩く」の違いは何か、そしてこの違いをもたらす形態・機能的要因は何かを解明する事は有意義と考えられるが、この視点での研究は進んでいない。今回、シロテテナガザル及びレッサーパンダの動作をビデオ撮影し、骨格形状と併せ、ヒトの二足歩行能獲得に関するブラキエーション仮説を再検討したので報告する。<br>【材料と方法】高知県下の或る動物園にて2種をハイビジョン撮影し、レッサーの立位及び懸垂動作についてはTV放映された映像を参考にした。また2種の全身骨格像を参考にした。<br>【結果】テナガザルは活発なブラキエーション(腕渡り)の合間、時々地面に降り立って二足歩行を行う。ロープ渡りでは、姿勢を立てて前肢を交互に進めて上のロープをたぐり、後肢で二足歩行をして下のロープを渡る。一方レッサーは滑らかな動作で木登りを頻繁に行い、自発的に立位を取るが歩かない。懸垂(静的ぶら下がり)も行い、前肢の伸展度は高いが腕渡りは観察されない。<br>【考察】2つの動物の樹上並びに平坦地での動作性状の比較から、腕渡りvs.懸垂姿勢、二足歩行vs. 静止立位なる対位的、動静の組み合わせで1つの理解が可能である。この対比概念と骨格像の比較から、ヒト型 bipedalism がそもそも「前肢の歩行」であるまさに腕渡りに同期しての「下半身」の運動様式に由来することが強く示唆され、腕渡りに伴う胸郭並びに骨盤の、他に類例のない、体長軸周囲に関する左右交互の回転運動、並びに胸郭と骨盤の横幅の拡大こそがヒト型「歩く」の前適応条件であると考えた。
著者
松本 明子 井原 庸 油野木 公盛 細井 栄嗣
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.177, 2013 (Released:2014-02-14)

宮島には餌づけによって市街地周辺に約 500頭のニホンジカが生息する.島外との個体の移出入がない閉鎖個体群で,生息密度が高く餌資源制限の状態にあると考えられる.体格の小型化と成長の遅延がみられるほか,繁殖開始齢が上昇し多くのメスが 4歳以上で初産を迎える.ほかの地域のニホンジカと比べて成長に要する時間が長く,育児期間が長期化している.また,子ジカの体重はばらつきが大きく,同じ時期に約 3倍の差があることがわかっている.そのため,性成熟していない複数齢の子ジカが母ジカとともに行動している場合や,1歳への授乳が散見されるなど,育児様式が多様化している.また,繁殖コストのうち哺乳は妊娠に比べて多大なコストがかかることが知られ,金華山では栄養状態の悪化により隔年繁殖を招いている.同様に栄養状態が悪いといわれる宮島でも授乳中の母ジカの体重が 10%程度低下する場合もあり,幼獣にも母ジカの栄養状態の影響と考えられる成長の遅滞が観察された.そこで,翌年の繁殖への投資やタイミングに影響を与える子ジカの成長パターンや死亡率を明らかにし,出生時期や性による違いを検討した.さらに,子ジカに対する授乳行動の性差についても成長や死亡率との関連から考察した.また,ニホンジカのような体サイズに性的二型がある種では,体の大きいオスのほうが栄養の要求量が大きく成長速度が速い反面,脆弱性と結びついている可能性が指摘されている.金華山などでは初期のオスの死亡率が高いことが指摘されている.宮島においても 0歳から 1歳までと 1歳から 2歳までの子ジカの死亡率を推定し,性による違いがあるかを検討した.
著者
井上 英治 河村 正二
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.34, pp.12, 2018

<p>日時:2018年7月15日(日) 13:30-16:30<br>場所:1号館地下1階1002教室<br><br>霊長類学はチンパンジーなどを対象にした野外での生態学的研究と実験室での認知能力研究が著名である一方で,遺伝子,発生,疾患モデル,進化などをテーマにした研究も長い歴史がある。従来これらの様々な領域の融合研究は試みられ続けているものの,実質的な成果を上げるのは困難であった。しかし,この状況が大きく変わろうとしている。大規模並列塩基配列決定(次世代シーケンス)技術による全ゲノム配列決定や誘導多能性幹細胞(iPS細胞)化と分化誘導の開発などの近年の目を見張るような技術革新は,大きなうねりとなって霊長類のゲノム,発生,生態,そして進化の研究を繋ぎ,変革している。<br>本シンポジウムは,このムーブメントを広く市民に伝えることを目的として,最新のゲノム・細胞研究テクノロジーを用いた,腸内細菌,採食生態,種分化,医科学発生モデル,脳の進化といった幅広い研究を高校生でもわかるように紹介する。<br><br>講演プログラム<br>司会 河村正二(東京大学・大学院新領域創成科学研究科)<br>13:30-13:35 趣旨説明<br>13:35-14:00 「先端技術とフィールド調査―面白い研究ってなんだろう?―」<br>松田 一希 (中部大学・創発学術院)<br>14:00-14:25 「霊長類の味覚―味覚に関わる遺伝子とその多様性―」<br>今井 啓雄 (京都大学・霊長類研究所)<br>14:25-14:50 「ゲノム解析が明かす種分化の謎―スラウェシ島のマカクの種分化と二次的接触―」<br>寺井 洋平 (総合研究大学院大学・先導科学研究科)<br>14:50-15:00 休憩<br>15:00-15:25 「最新医科学に貢献する霊長類―霊長類だから知り得たこと―」<br>中村 紳一朗 (滋賀医科大学・動物生命科学研究センター)<br>15:25-15:50 「ゲノムを通して我が身を知る―ヒトとサルの間にあるもの―」<br>郷 康広 (自然科学研究機構・生理学研究所)<br>15:50-16:00 休憩<br>16:00-16:30 パネルディスカッション<br><br>企画:井上英治(東邦大学・理学部),河村正二(東京大学・大学院新領域創成科学研究科)</p>
著者
狩野 文浩
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 = Primate research (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.95-108, 2012-12-20
参考文献数
33

Despite the importance of eye movement analysis in comparative and cognitive studies, the eye movements of great apes have not been examined until recently using the eye-tracking method. This is due to the lack of a non-invasive, unrestrained eye-tracking method, which is appropriate for great apes. In this review, I first show how a recent user-friendly corneal-reflection eye-tracking technique captures their eye movements accurately and stably. I then introduce several comparative studies that examined the eye movements of great apes (chimpanzees, gorillas, and orangutan) and humans when viewing still pictures of scenes and faces under similar conditions. The major conclusion of those studies is that, although the species were similar in their viewing patterns, quantitative species differences existed in those similarities. That is, great apes and humans viewed similar parts of scenes/faces for similar lengths of time. However, great apes and humans differed from each other in that (1) great apes scanned the scene more quickly and more widely than did humans in general, and (2) humans viewed the eye part of faces longer than did great apes. These species differences may reflect their cognitive differences. In future, there are at least three promising directions. (1) Movie presentations about other individuals' actions to reveal how great apes anticipate the others' action goals. (2) A wearable eye-tracker to reveal how their vision actively interacts with the environment. (3) A correlational analysis to reveal how their basic gaze patterns influence their gaze-related performances such as gaze following and observational learning.
著者
大久保 直美 近藤 紫 平川 歩
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.34, pp.79, 2018

<p>一部の霊長類では,他個体の生んだアカンボウに接触する行動(infant handling: 以下IH)がみられる。私たちはボリビアリスザルのアカンボウの成長にともなう他個体との関わりの変化,特にIHについて明らかにするため本研究を行った。公益財団法人日本モンキーセンター内「リスザルの島」は広さ1500m2,シイ・カシ類などの常緑高木の森で,ボリビアリスザル(2018年5月現在16頭)が放飼されている。4家系あり,石垣島から来園した20才を超える個体から0才までさまざまな年齢の個体がいる。0才の個体,ハス(2016/7/18出生),オルガ(2017/6/16出生)について個体追跡を行い,接触個体,50cm以内の近接個体,授乳を連続記録,島内の位置(2m格子)を1分毎に記録した(10日間,計340分)。結果,アカンボウが乗っている個体は母から2~5才の個体へ移行していくこと,IHは家系に関わらず行うことがわかった。また,複数の0才個体がいる状況での他個体との関わりを明らかにするため,2017年生まれの3頭目が生まれた秋にハミル(2017/9/6出生)の個体追跡を行った(生後60日目,2017/11/5,計49分間)。結果,近接個体はハニワ(2017/8/13出生)が最も多く[観察時間の42.9%],ハニワとの近接時はハミルもハニワも他個体に乗っていなかったため,自発的に近接したと考えられる。乗っている個体はハロが最多であった[1分毎記録で16/49,他はハル・オメガ各1/49]。ハロはハス生後71日目の調査,オルガ生後59日目の調査でも最多だった個体である。ハロは2014年出生♂,ハミルと兄弟,ハス・ハニワといとこ,オルガとは別家系である。そこで,ハロの社会関係(成長したアカンボウやその母との関係)を明らかにするためハロの個体追跡調査を行っている(2018/5/3~)。5/6の調査の結果は,さまざまな個体と近接し,特に関係の多い個体はなかった。本研究はJST中高生の科学研究実践活動推進プログラム(~2017年度)の支援を受けた。</p>
著者
三上 章允 西村 剛 三輪 隆子 松井 三枝 田中 正之 友永 雅己 松沢 哲郎 鈴木 樹里 加藤 朗野 松林 清明 後藤 俊二 橋本 ちひろ
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第22回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.90, 2006 (Released:2007-02-14)

大人のチンパンジーの脳容量はヒトの3分の1に達しないが、300万年前の人類とほぼ同じサイズである。また、脳形態とその基本構造もチンパンジーとヒトで良く似ている。そこでチンパンジー脳の発達変化をMRI計測し検討した。[方法] 霊長類研究所において2000年に出生したアユム、クレオ、パルの3頭と2003年に出生したピコ、計4頭のチンパンジーを用いた。測定装置はGE製 Profile 0.2Tを用い、3Dグラディエントエコー法で計測した。データ解析にはDr_View(旭化成情報システム製)を用いた。[結果] (1)脳容量の増加は生後1年以内に急速に進行し、その後増加のスピードは鈍化した。(2)大脳を前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉に分けて容量変化を見ると前頭葉の増加が最も著明であった。(3)MRIで高輝度の領域の大脳全体に占める比率は年齢とともにゆっくりと増加した。[考察] チンパンジーとヒトの大人の脳容量の差を用いてチンパンジーのデータを補正して比較すると、5歳までのチンパンジーの脳容量の増加曲線、高輝度領域に相当すると考えられる白質の増加曲線は、ヒトと良く似ていた。今回の計測結果はチンパンジーの大脳における髄鞘形成がゆっくりと進行することを示しており、大脳のゆっくりとした発達はチンパンジーの高次脳機能の発達に対応するものと考えられる。
著者
桜木 敬子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.52, 2016

<p>母親以外の個体がアカンボウの世話をすることを、アロマザリング(allomothering)と呼ぶ。霊長類の中にも、アロマザリングを行う種は多く存在する。アロマザリングは多くの場合、父親、叔母、兄・姉等の、血縁個体によって行われる。すなわち、アロマザリングの進化においては、血縁選択が大きな役割を果たしたと考えられる。アロマザリングの程度や量は種ごとに大きく異なるが、チンパンジー(<i>Pan troglodytes</i>)は、あまりアロマザリングを行わない種である(Nishida, 1983)。チンパンジーは複雄複雌の集団を形成し、メスが集団を移籍する。メスは移籍先の集団で子を産むので、血縁個体としてアカンボウの世話を手伝うことができるのは、一般に子の父親、(いれば)兄・姉に限られる。ただ、チンパンジーは乱婚制であるから、父親が実子を認知することは容易ではないと考えられる。したがって、チンパンジーにおいて、血縁個体による投資としてのアロマザリングがあまり見られないことは、不思議なことではない。とはいえ、機会さえあれば、アカンボウが非母親個体と関わる場面は少なくない。前述の先行研究では、アカンボウと非母親とのほぼすべての相互交渉がアロマザリングに含まれている。しかし、実際、どのような行動および交渉が、チンパンジーにおけるアロマザリング、すなわち「母親以外の個体による、アカンボウの世話」と呼ばれるべきだろうか。本研究では、約7か月にわたって、タンザニア・マハレ山塊国立公園に生息するおよそ65頭のチンパンジーの集団における、0歳から3歳までのアカンボウ10頭を個体追跡した。ここでは、アカンボウと、非血縁個体、兄・姉等の母親以外の血縁個体、そして母親との間の相互交渉を(その有無を含め)比較しつつ、予備的な結果を発表する。</p>
著者
大井 徹 Thao Sokunthia Meas Seanghun 濱田 穣
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.49, 2012-06-20 (Released:2012-09-22)
参考文献数
16

We conducted a field survey of the distribution of primates at 73 sites in Cambodia, primarily in the Rattanakiri Highlands and the Cardamom, Elephant, and Dangrek Mountains, in 2008 and 2010, based on interviews with local residents, and observations of pet monkeys, wild monkeys, and monkeys fed at temples. In the Rattanakiri Highlands, information on Nycticebus pygmaeus, N. bengalensis, Macaca fascicularis, M. leonina, M. assamensis, M. mulatta, M. arctoides, Pygathrix nigripes, Nomascus gabriellae, and Trachypithecus margarita was obtained, although the presence of M. mulatta and M. assamensis should be confirmed in further studies. In the Cardamom Mountains, information on N. pygmaeus, N. bengalensis, M. fascicularis, M. leonina, M. assamensis, M. mulatta, M. arctoides, T. germaini, and Hylobates pileatus was obtained, although information on N. pygmaeus, M. assamensis, M. mulatta, and M. arctoides should be confirmed in further studies. In the Dangrek Mountains, information on N. bengalensis, M. fascicularis, and M. leonina was obtained. The habitat loss and degradation caused by large timber concessions, agricultural concessions, and illegal hunting are major threats to primates. Primates are protected by the Forest Law of 2002. Nevertheless, local residents are not aware of the law, and many consume and trade wild meat and animal parts. Unrecovered weapons and explosives from the civil war have accelerated excessive hunting of wild animals. Captive breeding of M. fascicularis for international trade for use in pharmaceutical testing and biomedical experiments might also threaten the wild populations, and its effect on wild populations should be examined carefully in future studies. Another problem is the translocation of wild monkeys to Buddhist temples, which affects the natural distribution of endemic genetic variation.
著者
西村 剛 ヘルブスト クリスチャン 香田 啓貴 國枝 匠 鈴木 樹理 兼子 明久 ガルシア マキシム 徳田 功 フィッチ W・テカムセ
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.34, pp.53, 2018

<p>ニホンザルを含むマカクザルでは,音声行動の研究が精力的に行われており,多様な音声レパートリーが知られている。しかし,その発声メカニズムに関する知見は技術的限界により限られていた。本研究は,声帯振動の様態を声帯を通過する電流の変化により非侵襲的に観測する声門電図(EGG)を用いて,生体の音声条件付けおよび摘出喉頭の吹鳴実験により,音声の多様性をうむ発声メカニズムを明らかにした。生体からは,coo,glow,chirp発声中の計測に成功し,それぞれのEGG信号の特徴を明らかにした。摘出喉頭による実験により,その特徴を生じさせる発声運動を明らかにした。これら3つの音声の声帯振動は,声帯の内外転および呼気流の強弱により調整されており,ごくわずかな変化によって異なる音声タイプへと遷移することを示した。また,その声帯振動は,おおよそヒトの7歳児でみられるものに類似した。これらの結果は,ヒトを含む霊長類における発声メカニズムの共通性を示すとともに,サル類でも発声運動をわずかに変化させるだけで,大きく異なる音声タイプを作り出せることを示した。一方,ヒトとの相異もみられた。吹鳴実験では,マカクザルでは,声帯と同時に仮声帯も振動させている可能性を示した。それにより,音声の基本周波数を大きく下げる効果があることが示された。ヒトと異なり,喉頭室が発達したサル類では,前庭ヒダの自由度が高く,仮声帯も容易に振動し得ると考えられる。本研究は,科研費(#16H04848,西村; #17H06380, #18H03503,香田),APART(Herbst)の支援を受けた。</p>
著者
三谷 曜子 V Burkanov R Andrews
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;ロシアの北千島列島で繁殖するキタオットセイ(<i>Callorhinus ursinus</i>)成熟メスは,育子期間中に数日間の採餌トリップを繰り返す.トリップ中は,主に夜に採餌潜水を行うことが明らかになっている.日中は,海面で休息や移動,毛繕いなどを行っていると考えられるが,潜水深度データからのみでは,これらの行動を区別できない.そこで,採餌トリップ中の行動シークエンスを明らかにすることを目的とし,育子中のメス 6個体に加速度データロガーを装着した.加速度データロガーから,個体の姿勢変化に伴う低周波成分の加速度,また,ヒレを動かすことによる高周波成分の加速度,および体を震わせて水気を飛ばしたり,毛繕いの際に毛をこすることによる,より細かい動きを抽出し,個体の行動に伴う動きの構成要素を分解した.その後,動きを組み合わせて行動に再構築し,行動シークエンスを明らかにした.この結果,長時間の休息においても,初期と後期では動きの構成が異なっていることが明らかとなった.この手法により,採餌トリップ中のエネルギー収支を詳細に明らかにすることができると考えられる.
著者
松田 一希 Chua Ying Shi Physilia John Chih Mun Sha Clauss Marcus
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.69, 2015

コロブス類は、一日の活動時間割合の半分以上を休息に費やすことが知られているが、彼らが休息するときの姿勢に着目した研究例はほとんどない。そこで演者らは、シンガポール動物園の霊長類8種(コロブス類2種:テングザル、アンゴラコロブス;他の霊長類6種:パタスモンキー、クロザル、ホエザル、クモザル、オランウータン、チンパンジー)を対象に、休息時の姿勢を調査した。また同時に、野生霊長類の休息姿勢が記されている文献調査も実施した。その結果、飼育、野生ともに、コロブス類は他の霊長類種に比べて、日中の休息時間の中で頻繁に垂直姿勢をとることが明らかとなった(飼育:73% vs. 23.2%;野生:83.0% vs. 60.9%)。これらの行動観察に加えて、演者らはシンガポール動物園においてコロブス類を対象とした消化実験も行った。この消化実験より明らかになった、コロブス類の消化管内での詳細な消化機構の特性と合わせて、なぜコロブス類が垂直姿勢を好むのかを議論する。