著者
河野 穂夏 山田 一憲 中道 正之
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第30回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.60-61, 2014 (Released:2014-08-28)

神戸市立王子動物園で飼育されているアビシニアコロブス(Colobus guereza)集団を2011年12月から2012年10月まで11カ月間観察し、2頭の成体メスによる3回の出産を記録した。アビシニアコロブスの妊娠期間は約160日であるが、出産直前になっても妊娠メスの腹部が大きく膨らむことはなく、出産前に外見で妊娠を判断することは困難であった。また、アビシニアコロブスの繁殖に季節性はないと言われており、発情時に特有の音声を発したり、性皮が明らかに腫脹することもないため、観察からメスの繁殖状態を推察することは難しい。本研究では、出産日から逆算し、妊娠状態とメスの社会行動の関連を検討した。妊娠していないと推察される期間には83%であった成体メスと集団内の他個体との接触率は、出産の2カ月前には40%まで減少した。集団内のどの他個体とも接触および近接していない割合は、妊娠していないと推察される期間には4%であったが、出産の2カ月前には41%まで増加した。これらの傾向は、対象となった3回の出産いずれにおいても確認された。これらの結果から、アビシニアコロブスのメスは妊娠、出産といった繁殖状態によって、集団内の他個体との関係性を変化させている可能性が示唆された。さらに、成体メスの行動を観察することによって、外見からだけでは判断できないメスの妊娠を推察できる可能性が示された。観察期間に、集団には4頭から7頭の未成体が存在した。誕生時期が異なる5頭の子の行動を月齢ごとに解析すると。子が母親に抱かれている割合は加齢に伴って顕著な減少を示したが、子ども同士での社会的遊びの生起率は加齢に伴う増減を示さず。5頭の子で観察月ごとに似た傾向を示した。社会的遊びは子ども同士で同期していること、社会的遊びの生起率は少なくとも28カ月齢までの子の発達段階を示す指標とはならないと考えられた。
著者
小薮 大輔
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.157, 2013 (Released:2014-02-14)

ヒトの後頭部を構成する骨の一つに頭頂間骨という骨がある.形態学の教科書を紐解くと,頭頂間骨はヒト,齧歯類,奇偶蹄類,食肉類に存在し,異節類,鰭脚類,モグラ類,センザンコウ類などの系統では存在しないとされている.その進化的起源に関し 19世紀以来,幾人かの解剖学者が注目してきたものの,その有無が系統的に安定しないこと,そして成長に伴ってすぐに他の骨に癒合することから,多くの学説を混乱させてきた.そこで発表者は 300種以上の現生及び化石単弓類を対象に頭頂間骨の発生学的,系統学的変異を調査した.その結果,通説に反して全ての目で胎子期には頭頂間骨が存在することが確認された.胎子期初期には容易に確認しうるが成長に伴ってすぐに他の骨に癒合するため,多くの系統でその存在が見落とされてきたと考えられる.さらに,頭頂間骨は基本的に 2組の骨化中心(内側外側各 1組)から発生することが確認された.従来,祖先的単弓類の後頭頂骨 1組が哺乳類の頭頂間骨となり,祖先的単弓類の板状骨 1組が喪失することで哺乳類の後頭部は成立したと考えられてきた.しかし ,本研究の結果は哺乳類の頭頂間骨は進化的に 2組の骨から起源した可能性を示唆する.つまり頭頂間骨の内側骨化中心の 1組は祖先的単弓類の後頭頂骨 1組とのみ相同であり,また哺乳類に至る系統で喪失したとされてきた祖先的単弓類の板状骨は,実は頭頂間骨の外側骨化中心の 1組と相同であり,通説に反し哺乳類でも失われることなく存在していると考えられる.また最近の研究から,頭頂間骨を除きマウスの頭骨を構成する全ての骨は中胚葉もしくは神経堤細胞由来のいずれかに由来することが明らかになった.一方,頭頂間骨は内側が神経堤細胞から,外側は中胚葉からそれぞれ発生する.頭頂間骨におけるこの複合的な発生学的由来は,板状骨と後頭頂骨が進化的に融合して哺乳類の頭頂間骨が起源したことと関連しているかもしれない.
著者
川上 礼四郎 伊藤 太郎 本田 豊 黒田 峻平
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第33回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.78-79, 2017-07-01 (Released:2017-10-12)

東京都動物園協会の多摩動物公園では,育児放棄されたボルネオオランウータン(Pongo pygmaeus,以下オランウータン)のチェリア(メス,2歳)に代理母であるジュリー(メス,51歳)を充てるという国内初の試みが行われている。そのため,代理母を充てた血縁関係のない親子の行動を血縁関係のある親子の行動と比較して考察していこうと考えている。過去に行った血縁関係のある親子間におけるオランウータンの社会的行動に関する研究では,ワカモノ以下の個体は母親だけでなく血縁関係のない個体とも身体接触を伴う社会的交流を行うのに対し,オトナは自身の子供としか交流を行わないという結果になった。また,ワカモノ以下の個体の方がオトナの個体に比べ単独行動時間が短く,また,血縁関係のない個体と個体間距離が短くなる時間が多いと考えられた。そこで本研究では「血縁関係がある親子,ない親子でも交流時間や個体間距離が短くなる時間は大きく変わらない」という仮説を立て,それを検証するために「母親(子供)と交流する時間」「母親(子供)と個体間距離が短くなる時間」を記録し,その結果を血縁関係がある親子(2組)と血縁関係がない親子(1組)で比較する予定である。調査は東京都動物園協会の多摩動物公園において4/23~6/18まで計13回,9:45~16:45まで行う予定である。調査対象は血縁関係がないジュリー(オトナメス,51歳)とチェリア(アカンボウ,2歳)の親子,血縁関係があるチャッピー(オトナメス,43歳)とアピ(アカンボウ,3歳)の親子,同じく血縁関係があるキキ(オトナメス,16歳)とリキ(コドモ,4歳)の親子である。収集したデータをもとに,代理母を充てることによる子供の行動変化について考察を行う予定である。
著者
山梨 裕美
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.23-32, 2019-06-20 (Released:2019-07-12)
参考文献数
71

Both general and academic attention toward animal welfare has been increasing and the importance of scientific investigation into welfare states of captive animals is being recognized. One of the big questions in scientific studies of animal welfare is how we can assess animal welfare in an objective manner, and this is an intensively debated topic. In this paper, I reviewed the studies on captive chimpanzees (Pan troglodytes) in order to discuss the methodologies used to assess welfare states and introduce studies that have investigated how social environments affect chimpanzee welfare by combining behavioral and hair cortisol (HC) measurements. Recently, cortisol accumulated in the hair of animals has been considered as an indicator of the long-term hypothalamus-pituitary-adrenal (HPA) axis. From a welfare perspective, long-term stress is more problematic than acute stress as it is challenging for animals to experience distress over a long period and long-term activation of the HPA axis can result in overall health deterioration. A series of studies on captive chimpanzees show that HC is useful for monitoring the long-term stress levels in captive chimpanzees. Furthermore, using the novel measure of long-term stress, I found that the stress level of male chimpanzees is affected by social variables and that male chimpanzees use social play as a means to reduce social tension. Although scientific investigation of animal welfare is still not a prevalent practice in Japan, it is a promising area of study both for improving animal welfare and deepening our understanding about animals.
著者
清水 慶子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.367-383, 2009-03-31 (Released:2010-06-17)
参考文献数
121
被引用文献数
2 1

Noninvasive methods for the measurement of estrone conjugates (E1C), pregnanediol-3-glucronide (PdG), testosterone (T), follicle stimulating hormone (FSH), monkey chorionic gonadotropin (mCG) and cortisol in excreta of non-human primates were described. In the series of studies, results suggest that 1) urinary and fecal steroid metabolites accurately reflected the same ovarian or testicular events as observed in plasma steroid profiles in captive Japanese macaques, time lags associated with fecal measurements were one day after appearance in urine; 2) these noninvasive methods were applicable to wild and free-ranging animals for determining reproductive status; 3) hormonal changes during menstrual cycles and pregnancy could be analyzed by measurement of FSH, CG and steroid metabolites in the excreta in captive great apes and macaques; and 4) hormone-behavior relationships of macaques in their natural habitats and social setting could be analyzed. In these studies, we confirmed an association between maternal rejection and excreted estrogen, but not excreted progesterone, for Japanese macaques. We also reported that significantly higher levels of fecal cortisol were observed in high-ranking male Japanese macaques. 5) A reliable non- instrumented enzyme-linked immunosorbent assay for detection of early pregnancy in macaques was established.These results suggest that the noninvasive methods for monitoring characteristics of excreted hormones provide a stress-free approach to the accurate evaluation of reproductive status in primates. These methods provide the opportunities for the study of hormone-behavior interactions in not only captive but also wild and free-ranging animal species.
著者
小山 直樹 高畑 由起夫
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.289-299, 2009-03-31 (Released:2010-06-17)
参考文献数
50
被引用文献数
2
著者
保坂 和彦 井上 英治 藤本 麻里子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第22回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.15, 2006 (Released:2007-02-14)

〔目的〕 野生チンパンジーがツチブタの死体に遭遇した事例を報告する。他の動物(チンパンジーを含む)の死体に遭遇したときの反応については、先行研究ないし未発表資料がある。これらと比較しつつ、本事例が「チンパンジーにおける異種・同種死体に対する反応」「狩猟における獲物認識」「初期人類における屍肉食仮説」といった話題に投げかける意味を論じたい。 〔資料と方法〕 調査地マハレ(タンザニア)の約40年の調査史において、チンパンジーがツチブタの死体に遭遇した事例は観察されていない。今回報告するのは、2005年8月17日(事例1)と9月3日(事例2)の2例である。前者は爪痕等からヒョウが殺したと推定される新鮮な死体、後者は死後4、5日の腐乱死体との遭遇であった。いずれも、野帳記録またはビデオ録画によるアドリブサンプリング資料である。〔結果〕(1)「恐れ」の情動表出と解釈される音声が聞かれた。とくに事例1においては遭遇直後にwraaが高頻度で聞かれ、たちまち多くの個体が集まった。(2)死体を覗き込んだり臭いをかいだり触ろうとしたりする好奇行動の一方で、忌避/威嚇をするというアンビヴァレントな反応が見られた。事例2については、未成熟個体のみが強い関心を示した。(3)屍肉食はいっさい起きなかった。〔考察〕(1)チンパンジーが死体に対して示す「恐怖」と「好奇心」が入り混じった反応の基本的なパターンには、死体の種による本質的な違いは見出されない。(2)チンパンジーに恐怖を喚起したものの実体としては、1.近傍にいると推測できる潜在的捕食者(ヒョウ)、あるいは死因としてのヒョウの殺戮行為、2.死因とは無関係に、「死体」あるいは「死体現象」、3.死体とは限らず、未知のもの、生得的に不安を呼び起こすもの一般、の三通りが挙げられる。(3)チンパンジーは狩猟対象ではない動物は屍肉食の対象としても認知しないらしい。
著者
本郷 峻
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第27回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.6, 2011 (Released:2011-10-08)

アフリカ大陸中部の熱帯雨林林床に生息するマンドリルMandrillus sphinxは、最大800個体を超える群れが報告され、100 km2以上に及ぶ広大な遊動域を持つことで知られる。系統的には、one-male unitを単位とする重層社会を持つマントヒヒやゲラダヒヒを含む、ヒヒ亜族(Papionina)に分類される。これまでいくつかの野生群を対象とする報告がなされているものの、観察の困難さ・広い遊動域などの理由により研究は極めて遅れており、社会構造に関する統一された見解は得られていない。本発表では、野生マンドリルの集団個体数の変化や群れの社会構造に関する予備的な結果を報告し、彼らの食性の季節的変化との関連から考察する。 調査はガボン共和国・ムカラバ‐ドゥドゥ国立公園において、2009年8-11月と2010年1-6月の間、合計約7ヶ月間にわたり実施された。約30 km2の調査域において発見されたマンドリル集団の個体数を目視によりカウントするとともに、集団が調査路や川など開けたところを横切る際にビデオカメラで撮影し、群れの性・年齢構成と移動時の個体順序を分析した。また、通跡上の糞を採集して分析し、果実・葉・葉以外の繊維質・アリなど節足動物などの食物カテゴリー体積比から食性を推定した。 調査の結果、集中分布する果実を多く食べる時期の方が、繊維質や地表のアリ類といった高密度一様分布する食物を多く食べる時期に比べて、集団内でカウントされた個体数が有意に少ないことがわかった。また、しばしば集団が複数の小集団へ分派し、再び合流することも観察された。これらの結果は、マンドリルが各時期の主要食物の分布様式に対応して、分派と合流によって群れのまとまりの程度を変化させている可能性があることを示す。 さらに、集団に占めるオトナオス・ワカモノオス(推定6歳以上)の割合は、最大でも7.2%にしか及ばず、移動時の個体順序もone-male unitとして想定されるものとは異なり、オトナオス・ワカモノオスは集団内に均等に配置されていなかった。この結果は、マンドリルが極端に社会性比に偏りのある群れ構成を示し、マントヒヒやゲラダヒヒで見られるような重層社会とは異なる社会構造を持つことを示唆する。
著者
相馬 貴代
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.67, 2015

(目的)ワオキツネザルは、マダガスカル南部の乾燥有刺林から南東部の河辺林、中央高地の落葉林、高山地帯や低地林などの極めて多様な環境に分布する。他群領域に侵入する「エクスカーション」を行って採食し、果実の利用可能性の低い時には葉食にシフトする日和見採食者である。本研究では、マダガスカル南部の導入樹種と在来樹種の混在する河辺林において、上位採食樹種の除去がワオキツネザルの採食行動へ与える影響を調べた。(方法)ベレンティ保護区においては、ワオキツネザルの脱毛症の原因となる上位採食樹種ギンネム(<i>Leucaena leucocephala</i>)が2007年に除去された。1年後の2008年、先行研究の結果からギンネムが最も多く採食された乾季の6月に、同じ調査群2群を選び個体識別に基づいた同様の方法で、採食生態について観察を行った。(結果と考察)2群いずれも除去前と後の栄養摂取量に有意差は見られなかった。2001年と2005年にエクスカーションを行い他群領域でギンネムを中心に導入樹種を採食していた自然植生地域のCX群は、エクスカーション先を変え、同じく自然植生地域の他群領域で在来樹種を中心に採食した。導入樹種地域のC1群は以前と同じくエクスカーションを行わなかったが、休息時間割合を41.9%から31.1%に減らし採食時間割合を25.9%から36.1%に増やした。以上から、ワオキツネザルはエクスカーション先を変え、採食時間を延ばすなど採食行動を変化させ、重要採食樹種の消失という環境の変化に柔軟に対応することが示唆された。このようなワオキツネザルの採食戦略の可塑性が、マダガスカルの予測不可能な厳しい環境への適応を可能とし、キツネザル類の中でも比較的多様な環境に広く分布できる一因であるのかもしれない。
著者
市野 進一郎 フィヒテル クローディア 相馬 貴代 宮本 直美 佐藤 宏樹 茶谷 薫 小山 直樹 高畑 由起夫 カペラー ピーター
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

(目的)マダガスカルに生息する原猿類(キツネザル類)は,真猿類とは独立に群れ生活を進化させた分類群である.集団性キツネザルには,性的二型の欠如,等しい社会的性比,メス優位など哺乳類一般とは異なるいくつかの特徴がみられる.こうした一連の特徴は,社会生態学理論でうまく説明できないものであったが,近年,メスの繁殖競合によって生じたとする考え方が出てきた.本研究では,長期デモグラフィ資料を用いて,ワオキツネザルのメス間の繁殖競合のメカニズムを調べることを目的とした.<br>(方法)マダガスカル南部ベレンティ保護区に設定された 14.2haの主調査地域では,1989年以降 24年間にわたって個体識別にもとづく継続調査がおこなわれてきた.そこで蓄積されたデモグラフィ資料を分析に用いた.メスの出産の有無,幼児の生存,メスの追い出しの有無を応答変数に,社会的要因や生態的要因を説明変数にして一般化線形混合モデル(GLMM)を用いた分析をおこなった.<br>(結果と考察)出産の有無および幼児の生存は,群れサイズによって正の影響を受けた.すなわち,小さい群れのほうが大きい群れよりも繁殖上の不利益が生じていることが明らかになった.この結果は,ワオキツネザルの群れ間の強い競合を反映していると思われる.一方,メスの追い出しの有無は,群れサイズよりもオトナメスの数に影響を受けた.すなわち,群れのオトナメスが多い群れでは,メスの追い出しが起きる確率が高かった.このように,ワオキツネザルのメスは群れ内のオトナメスの数に反応し,非血縁や遠い血縁のメスを追い出すことで群れ内の競合を回避するメカニズムをもっているようだ.
著者
松沢 哲郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.187-196, 2009-03-31 (Released:2010-06-17)
参考文献数
45
被引用文献数
1
著者
佐鹿 万里子 阿部 豪 郡山 尚紀 前田 健 坪田 敏男
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.256, 2013 (Released:2014-02-14)

【背景】近年,エゾタヌキ Nyctereutes procyonoides albusの地域個体数減少が報告されており,この原因として疥癬やジステンパーなどの感染症や外来種アライグマの影響が考えられているが,その原因は明らかとなっていない.そこで本研究では,エゾタヌキ(以下,タヌキとする)を対象に,ホンドタヌキで集団感染死が報告されているイヌジステンパーウイルス(Canine distemper virus:以下,CDVとする)について疫学調査を行った.【材料と方法】調査地域は,2002~ 2004年に重度疥癬タヌキが捕獲され,さらにタヌキ個体数減少も確認されている北海道立野幌森林公園を選定した.2004~ 2012年に同公園内で捕獲されたタヌキ 111頭において麻酔処置下で採血を行うと同時に,マイクロチップの挿入と身体検査を行った.血液から血漿を分離し,CDVに対する中和抗体試験を行った.【結果】CDVに対する抗体保有率は 2004年:44.4%,2005年:8.3%,2006年:14.3%,2007年:11.1%,2008年:7.7%,2009年:54.5%,2010年:8.3%,2011年:0%,2012年: 0%であった.また,同公園内では 2003年に 26頭のタヌキが確認されたが,2004年には 9頭にまで激減し,その後,2010年までは 10頭前後で推移していた.しかし,2011年は 18頭,2012年には 16頭のタヌキが確認され,タヌキ個体数が回復傾向を示した.【考察】抗体保有率は 2004年および 2009年に顕著に高い値を示したことから,同公園内では 2004年と 2009年に CDVの流行が起きた可能性が示唆された.また,2002~ 2004年には,同公園内で疥癬が流行していたことが確認されているため,同公園内では CDVと疥癬が同時期に流行したことによってタヌキ個体数が減少したと考えられた.
著者
三上 章允
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.197-212, 2009-03-31 (Released:2010-06-17)
参考文献数
28

In 1966, Edward Evarts reported the neuronal activities of mortar cortex of behaving monkeys. That was the first report of the cellular level research using behaving monkeys. The Primate Research Institute (PRI) was established in Kyoto University, next year in 1967. To start a new research project in the new institute using primates, research on cellular level of brain functions, especially the functions of the frontal association cortex was selected. This topic was selected since the higher brain functions are the well-developed functions in the primates. Later, in 1970, Edward Evarts was invited to come to Japan. He stayed PRI for 4 months and brought his new techniques to PRI. Thus the cellular level of study on functions of the association corteces started using behaving monkeys in Japan. Since then, the cellular basis of the integrative brain functions, such as, perceptual decision making, emotional decision making, planning of complex behavior or complex motor control were revealed based on the analyses of the correlations of behavior and neuronal activities while monkeys are performing behavioral tasks. To investigate correlations, it was important to segregate behavioral events in the time sequence of the single task or in the multiple tasks. In addition to this, the effect of the lesion and the effect of electrical stimulation of the target brain area were helped to understand the behavioral role of the neuronal activities. Although this field of research revealed higher brain functions of monkeys in the single neuronal level, the understanding of the brain mechanisms of higher brain functions is still in the primitive phenomenal level. In future, it is necessary to reveal the role of each neuronal activity in the neural circuit of the brain.
著者
金森 朝子 久世 濃子 山崎 彩夏 バナード ヘンリー マリム・ティトル ペーター 半谷 吾郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;ボルネオ島マレーシア領サバ州北東部に位置するダナムバレイ森林保護区は,第一級保護林に指定されている低地混交フタバガキ林である.保護区内にある観光用ロッジ Borneo Rainforest Lodge周辺2平方 kmでは,エコツアーのガイドや観光客によって豊富な動物相が確認されており,今後はエコツーリズムだけでなく学術研究や学習活動の利用が期待されている.しかし,これまでに生息相の把握を目的とした本格的な調査は行われておらず,基礎的なデータ整備を行う必要がある.そこで,本研究ではカメラトラップ法による調査を実施した.また,調査期間中には,数年に一度爆発的な果実量の増加をひきおこす一斉結実が起こった.哺乳類相の季節変化についても知見を得たのであわせて報告する. 調査方法は,赤外線センサーを内蔵した自動撮影カメラを,調査地内にあるトレイル 8本(計11km)に 500m間隔で 20台設置した.カメラは,常に 20台が稼働するように,約 1ヶ月間隔でカメラ本体もしくは SDカードと電池交換を行った.調査期間は,2010年 7月から 2011年 8月までの約 14ヶ月間,総カメラ稼働日数は 6515日であった.その結果,少なくとも 29種の哺乳類が撮影された.もっとも高い撮影頻度指標(RAI)の種は,順にマメジカ 0.11(撮影頻度割合の33.8%),ヒゲイノシシ 0.07(24.3%),スイロク0.02(7.5%)だった.その他,撮影頻度は低いものの,ボルネオゾウ,オランウータン,マレーグマ,ビントロン,マーブルキャット,センザンコウなどが撮影された.また,一斉結実期には,マメジカ,ヒゲイノシシ,スイロクの RAI値と果実量の増加に正の相関がみられた.ヒゲイノシシは,一斉結実期よりコドモを連れた親子の写真が増加する傾向がみられた.これらの結果を用いて,本調査地の哺乳類相と一斉結実による影響を詳しく紹介する.
著者
小島 龍平
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第28回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.74, 2012 (Released:2013-11-01)

ニホンザル広背筋の筋線維タイプ構成を検索した.骨格筋試料は10%ホルマリンによる注入固定を施され,同液中に約14年間保存された標本から採取した.筋線維タイプの判別は免疫組織化学手的手法を用いて行った.筋の起始と停止の中央付近で筋腹の全横断面をカバーするように切片を作成した.一次抗体として市販のモノクローナル抗体(抗速筋型MHC抗体としてclone MY-32,Sigma,抗遅筋型MHC抗体としてclone NOQ7.5.4D,Sigma)を用いて間接蛍光抗体法により染色した.筋線維タイプ構成をあらわすパラメータとして遅筋線維の数比(%ST)を求めた.広背筋の%STは35~40%程度の値を示した.背側部の筋束に比べ腹側部の筋束の方が速筋線維の比率がやや高いようにも思われたが,その違いは大きなものではなかった.すでに検索した同一個体の他の骨格筋の%STは,腓腹筋外側頭:21%,ヒラメ筋:96%,僧帽筋頭側部:56%,同尾側部:34%,板状筋内側部:58%,同外側部42%,腹直筋:25~30%,外腹斜筋:24~39%,内腹斜筋:25~32%,腹横筋:25~33%であった.広背筋の筋線維タイプ構成は,腓腹筋外側頭に比べればやや遅筋線維の数が多いが,比較的速筋線維優位の構成を示した.広背筋は上腕骨近位部に停止し,肩関節を伸展する(上腕骨を尾方に引く)大きな筋である.速筋線維優位の筋線維タイプ構成を示すことは,四足移動時の駆動力として,あるいは樹上活動時に短時間に大きな力を発揮するような働きが優位であることを示唆する.また,広背筋は広い範囲にわたって起始する.今回の検索では,背腹方向で部位により筋線維タイプ構成に大きな違いはみられなかったが,さらに部位間の機能的な特性の違いについてより詳細に検討する必要があると考える.また体幹と肩帯や上腕骨とを連結する筋群の中での広背筋の特性について検討する必要があると考える.
著者
竹下 毅
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;日本各地で野生動物による農林業被害や生活被害が発生し,野生動物と人間との軋轢が社会問題となっている.これまで多くの地方自治体は野生動物問題の対応を地元猟友会に頼ってきたが,猟友会員の高齢化・会員数減少により猟友会員の負担は年々増加しており,従来行われてきた「猟友会に頼った野生鳥獣問題対策」が成り立たない地域や地方自治体も現れてきている.長野県小諸市も例に漏れず,平成 19年に 95人いた猟友会員数は平成 24年には 57人(年齢平均値 62歳,中央値 65歳)にまで減少・高齢化し,今後も減少していくことが予想される.このため,猟友会の負担を減らしつつ被害も減少させる「新たな野生鳥獣問題対策」を構築する必要があった.<br>&nbsp;このような状況の中,長野県小諸市では野生動物問題を専門職とするガバメントハンター(鳥獣専門員)を地方上級公務員として正規雇用すると共に,行政職員に狩猟免許を取得させ,ガバメントハンターをリーダーとする有害鳥獣対策実施隊(以下,実施隊)を結成した.<br>&nbsp;銃器を必要とする大型獣(クマ・イノシシ)は猟友会員から構成される小諸市有害鳥獣駆除班(以下,駆除班)が主に対策を行い,小・中型獣は実施隊が主に対策を行うという分業体制を敷いた.この取り組みによって駆除班の負担を減少させると共に,被害を減少させることに成功した.<br>&nbsp;現在のガバメントハンターの活動内容は,1)有害鳥獣の捕獲・駆除,2)ニホンジカの個体数管理のための捕獲,3)野生鳥獣のモニタリング,3)猟友会と行政との連絡,4)市民への野生動物問題の普及啓発,5)捕獲動物の科学的利用である.<br>&nbsp;本発表では,小諸市にガバメントハンターが正規雇用される経緯と活動内容について報告するとともに,今後の課題について議論したい.