著者
徳田 宝成 岩下 明生 小川 博 安藤 元一
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.191, 2013 (Released:2014-02-14)

アライグマが高密度に生息している神奈川県鎌倉市において,緑地と市街地が混在した環境における夏季の胃内容物を調べ,他地域における先行研究と比較した.供試材料は鎌倉市において 6~ 8月に被害報告を受けて捕獲駆除された 39個体のアライグマである.取り出した胃は冷凍保存し,解凍後0.5mmメッシュの篩で水洗し内容物をハンドソーティングで分類した.供試した 39個体中 24個体に内容物を確認でき,目レベルの分類では 24項目を確認できた(グルーミング等による毛等,同時採食と考えられる地衣類,イネ科,その他植物,石は評価から除外した).出現頻度は,動物質において甲虫目 (58% )が最も高く,次いでヨトウムシ等のチョウ目(38%),アメリカザリガニ等の甲殻類 (29% )となった.植物質においてクワ等の果実類 (38% )が最も高く,次いでクルミ目 (4% )となった.人由来の食物をみるとピーマン等の農作物 (4%),パンの残飯 (4%)の出現はわずかであった.しかし,プラスチックの破片や袋等の人工的な無機物 (54% )は高率で出現した.同定不能の内容物も 67%存在した.これらのことから夏季における鎌倉市のような環境では,緑地を主要な採餌場とし動物質を多く利用しており,市街地の利用は相対的に少ないことが知られた.本研究と他地域の比較を行うために各地域における多様度指数 H’を比較したところ,鎌倉市が 3.5であるのに対し,いすみ市では2.9,原産地の米国では 1.7~ 2.6となり,鎌倉市の方が高い傾向が見られた.また Piankaの重複度指数 αを用いて各地域間の重複度を算出したところ,本研究‐各地域間においてはいすみ市が 0.62で最も高く,原産地の米国では 0.45~ 0.57となり,本研究と各地域における重複度は低かった.
著者
澤田 晶子 栗原 洋介 早川 卓志
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第32回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.57, 2016-06-20 (Released:2016-09-21)

食物の消化吸収に密接に関連する腸内細菌叢は、長期の食事パターンの影響を強く受けることでも知られている。本研究では、季節に応じて様々な食物を食べる屋久島の野生ニホンザル(Macaca fuscata yakui)の腸内細菌叢が、葉食、果実・種子食、昆虫食といった採食パターンに応じてどのように変化するのか検証した。調査期間は2012年10月から2013年9月、調査対象であるオトナメス3個体から糞を採取し、次世代シークエンサーで網羅的に細菌種を同定した。エンテロタイプ(3種の細菌の比率に基づき区分される腸内細菌叢の型)に着目したところ、どの採食パターンにおいてもプレボテラタイプ(高炭水化物食と関連するエンテロタイプ)になり、採食時間の70%近くが昆虫食であった昆虫食期においても変化はみられなかった。一方、プレボテラタイプでは同じであっても、採食パターンによって細菌叢の構成が異なることがわかった。たとえば、葉食期にはセルロース分解菌を含むことで知られるトレポネーマ属の細菌種の増加がみられるが、これによりニホンザルは繊維含有量の高い葉を効率よく消化・吸収しているのではないかと推測する。
著者
榎本 知郎 中野 まゆみ 花本 秀子 松林 清明 楠 比呂志
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第20回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.119, 2004 (Released:2005-06-30)

ゴリラの繁殖が難しいことはよく知られているが、その原因の詳細は不明である。そこでわれわれは、ゴリラの精子形成の特性を組織学的に分析してきた。今回は、その続報である。飼育下で死亡したゴリラ10頭から精巣を採取し、通常の組織標本を作製した。これを光学顕微鏡で観察した。前回、10頭のうち4頭でのみ精子形成が認められること、精上皮が薄いこと、退縮した精細管が存在すること、異常巨大細胞が存在すること、の4点で精子形成が不活発であることを報告した。今回は、以下の3点について報告したい。 (1) ゴリラの精上皮サイクルは、6ステージにわけることができた。 (2) 精細胞表面に形成されるアクロゾーム(先体)が非常に小さかった。 (3) チンパンジーやオランウータンに比べて、精上皮からの精子放出の直前のステージ(ステージII)における成熟精子の密度が小さかった。精上皮サイクルは、オナガザル上科のサルでは、12~14ステージに分けられる。これに対し、ヒト、ゴリラ、チンパンジーでは、6ステージにしか分けられない。このステージ分けは、精上皮の細胞構築をていねいに分析することによって得られるもので、オナガザル科のサルの場合、減数分裂直後の精細胞が、アクロゾームシステムの形によって数ステージに分けられるため、ステージ分けも詳細になる。これに対し、ゴリラの場合、アクロゾームがきわめて貧弱で小さいうえに、各細胞におけるその変容が完全に同期しておらず、ステージ分けを難しいものにしている。アクロゾームは、受精の際、卵を取り巻く放線冠を溶かす酵素など、数種の成分を含んでいる。これの少ないことが、ゴリラの繁殖を難しいものにするひとつの要因なのかもしれない。
著者
古賀章彦 平井 百合子 平井 啓久
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第27回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.45, 2011 (Released:2011-10-08)

<目的> StSat 反復配列が形成するブロック1か所あたりの平均の大きさは、 過小に推定して、3 × 109 bp(ゲノムサイズ)× 0.001(割合の推定値)/ 24(染色体数)/ 2(両末端)= 60 kb である。異なる染色体の端部に塩基配列が均質で、かつ長大な領域が、テロメアに加えて存在していることになる。このため「StSat 反復配列の領域で非相同染色体間の組換えが頻繁に起こる」との推測が成り立つ。これを直接検出することを我々は目指している。ただし、特定の反復単位を見分ける手段はないため、マーカーのDNA断片を染色体に組み込んだうえでその挙動を追うことになり、時間を要する。そこで、短時間で可能な間接的な検証のための実験を考案し、これを行った。<方法> StSat 反復配列を含む約 30 kb のプラスミドクローン(A)と、含まない同じ大きさのクローン(B)を作り、それぞれをチンパンジーの培養細胞にリポフェクション法で導入した。クローンはサークル状であるため、染色体との間で組換えが1回起こるとクローンの全域が染色体に組み込まれる。これが起こることを可能にする時間として4世代ほど培養した後、AとBに共通する部分をプローブとして、染色体へのハイブリダイゼーションを行った。<結果> Aを導入した方でのみ、主に染色体端部にシグナルが観察された。StSat 反復配列の部分で組換えが起こってクローンが染色体に取り込まれたとの解釈が順当であり、頻繁な組換えの間接的な検証であるといえる。<考察> 一般に染色体のある場所で組換えが起こるとその近辺での組換えが抑制されることが、知られている。これを考慮すると、「チンパンジーでは StSat 反復配列があるために、隣接する領域での非相同染色体間組換え頻度は、ヒトより低い」ことが可能性として考えられる。
著者
山崎 彩夏 武田 庄平 黒鳥 英俊
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.23, pp.85, 2007

昨今は動物福祉の観点から、飼育動物の特性を考慮し、その欲求を理解した飼育環境の改善が求められるようになってきた。動物本来の行動がより発現されるような刺激を備えた飼育環境では、より主体的な行動の時間配分の表出が促され、行動レパートリーが増加することが知られている。本研究では、2005年3月に多摩動物公園(東京都日野市)に新設されたオランウータン飼育施設において、より多様で、立体的かつ広大化するという飼育環境の変化が、飼育下オランウータンの行動にいかなる質的・量的変容を及ぼすかに関し検証することを目的とし、中長期的・縦断的な観察を行ってきた。旧施設と比較し、新施設では、「飛び地」と称される約50本の自然林に覆われた面積2,092_m2_の放飼場、および「スカイウォーク」と称される全長152mのタワーが設置され、オランウータンによる、3次元空間のより多様な利用が可能となった。観察対象はボルネオオランウータン3個体(ジプシー;メス,推定51歳、チャッピー;メス, 34歳, ポピー;オス,6歳)とし、2005年3月から2006年11月の期間のうちの計156日、9:30~15:30の時間帯において、観察対象個体を1分間毎に走査するスキャンサンプリング法を用いて観察し、各観察対象個体の行動と利用空間を、瞬間サンプリング法を用いて記録した。観察した行動は、採食・休息・移動・社会的行動の各カテゴリーに分類した。その結果、新施設移動直後に活動性の低下傾向が確認され、新奇環境に対する反応性がみられた。その後は、採食に費やす時間の増加、移動と社会的行動に費やす時間の減少が示された。また、移動行動レパートリーの大幅な増加、特に立体的な空間を移動する際の行動レパートリーの増加が確認された。以上から、複雑な放飼場の構造と利用可能な空間の増大、採食対象の増加が、オランウータンの行動パターンに影響を与えたことが示唆された。
著者
山崎 彩夏 武田 庄平 黒鳥 英俊
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.21, pp.33, 2005

野生下では昼夜地上から10-20mの高さで過ごす事が多く樹上性の大型類人猿であるオランウータンは、飼育下においても立体的空間の中で自発的に上層部を好み、行動のタイプ別に利用する空間を使い分けている事が知られている。この様に全ての動物種は各々の生態状況に応じて特異的な形態適応・生理学的適応を遂げ、加えて行動学的性質との総合された結果として種としての独自性を持つに至る。またこの独自性こそが、動物にとって最重要となる生存・繁殖の為に、限られた時間をどのようにやりくりするのかを決定づける要因となり、その自発的に決定された時間の配分パターンは我々に様々な示唆を与えてくれるであろう。本研究では東京都日野市の東京都多摩動物公園で飼育されるボルネオオランウータン3個体、ジプシー(メス、48才)、チャッピー(メス、31才)、ポピー(オス、4才)の3世代に渡る母子を対象として、それまでの比較的平面的な旧飼育施設から、平成17年3月に完成した、高さ12m長さ150mを超える空中施設「スカイウォーク」を含め立体的広がりを持つような新オランウータン飼育施設に移動した場合、各対象個体が展示時間内に採食・休息・移動にあてる時間の配分、そして利用空間の在り方が、従来の飼育施設と比較してどのように変容し新環境に適応を遂げてゆくのか、その行動観察の第一報を報告する。恐らくオランウータンにとってより必需な行動ほど、より時間配分レベルの変化量が少ないまま維持されると推察される。さらにはこれまで潜在的欲求としては存在するが環境要因的に表出されなかった行動が増加する可能性もある。行動時間配分の変化を比較する事で飼育下オランウータンの生活において、どの行動の比重がより高いのかも示す事ができるだろう。
著者
山崎 彩夏 武田 庄平 黒鳥 英俊
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.22, pp.74, 2006

平成17年3月に多摩動物公園(東京都日野市)で完成した「行動展示(その動物種本来の行動特性の発現を促す機能を備えた飼育展示環境)」を導入した国内最大規模のオランウータン飼育施設が完成した。本研究では、空間が立体的広がりと複雑な環境刺激を有するようになるという飼育環境の構造的・質的変化に伴い、飼育下オランウータンにおける各行動が占める時間割合や活動性、空間利用等が如何に変容をもたらし、新規環境に対しどのような適応過程を遂げるのかに関し、中長期的な行動観察を中心として比較検討することを目的とする。<br> 観察は多摩動物公園で飼育されるボルネオオランウータン、ジプシー(メス、推定50才)、チャッピー(メス、32才)、ポピー(オス、5才)の3個体を対象とし、9時30分-15時30分の時間帯において、1分間隔の瞬間サンプリング法により、各個体の行動を行動目録に基づき観察シートに記録した。同時に放飼場平面図に、個体毎に利用した位置と高度を記録した。記録した行動は行動カテゴリーに沿って採食、休息、移動に分類し、各行動項目において観察対象個体が費やす行動時間配分を算出した。観察は旧飼育施設では2005年3月4日から2005年3月22日までの期間中の15日間、新飼育施設では2005年4月28日の一般公開から約1年間行った。<br> 2005年7月の第21回霊長類学会大会では、新規飼育環境へ移動直後にオランウータンが示した行動変容について報告したが、本発表ではより中期的な適応過程の経過を示す。
著者
相馬 貴代 小山直樹
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.23, pp.13, 2007

メス優位のワオキツネザルの社会では、群れ内メスが一定頭数を超えると、Targetting aggressionと呼ばれる、特定個体に対する執拗な攻撃行動が起こり、追い出しにいたることが知られている。何家系を含む群れの場合、優位家系グループから劣位家系グループの個体への攻撃がおこり、結果として群れが分裂することが多い。<br> 2004年8月から2005年11月、2006年4月、2006年9月から11月の間に、すべてのメスが1頭のメスの子孫からなる観察群(オトナメス個体数およそ10頭、総個体数およそ22頭)を観察した。この群れにおける「追い出し」から「追い出され個体の群れ復帰」までの経過を報告する。<br> _丸1_アルファメスであったME89(メス全員の母および祖母)の消失、_丸2_ME89の娘ME8998のアルファメス化と姪グループ(ME8998の死亡した姉ME8994の娘・ME899499とその妹2頭)の追い出し、_丸3_追い出された姪グループのノマド(放浪)群化、_丸4_姪グループの群れ再加入とME8998の追い出し、_丸5_追い出されたME8998グループのノマド群化、_丸6_姪グループの長女ME899499のアルファメス化、というプロセスが観察された。新しくアルファメスになったME89の娘ME8998は、自身の妹たちとグループを作り、姪グループを追い出した。1年半後、姪グループが群れに復帰し、かつて彼女達に最も攻撃を加えた、アルファメスME8998とその妹を反対に追い出した。また、姪グループに攻撃的であったME8998グループのメスはすべて劣位となった。<br> 単一家系からなる群れの場合、 共通の祖先メス個体の消失後にアルファメスとなった個体が、血縁度が低い姪グループを選択的に追い出すことは妥当なのかもしれない。また、自分を攻撃した個体を追い出したり、攻撃を加えたりすることは、ワオキツネザルにおける「復讐」という意識とそれを確実にする記憶の存在を示唆することにならないだろうか。
著者
丸橋 珠樹 NILPAUNG Warayut 濱田 穣 MALAIVIJITNONG Suchinda
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.25, pp.46, 2009

ベニガオザルの採食生態を半野生群で現地調査した。調査地は,Khao Krapuk Khao Taomo保護区で,東経99度44分,北緯12度48分に位置している。現地調査は,2007年12月5日から2008年2月10日までの乾季の盛りに66日間実施した。<br> Ting群を対象として個体追跡を行った。この群れは人に対して警戒心が低く約2週間で観察者に慣れて,森林内でも追跡できるようになった。ただし,森林の一部は植生が非常に密生していて個体追跡するのが困難な場所が繰り返し出現するので,連続する個体追跡時間はさほど長くはなかった。<br> 食物は以下の4タイプに分類できる。(1)寺で出される食事の残りと道路沿いでの人からの餌,(2)バナナ,マンゴー,サトウキビなどの栽培果実,(3)二次林構成種である木本やつる植物,(4)昆虫,クモ,カタツムリなどの動物質。果実や種子食が主体であり,葉食は量的にも少なかった。<br> 2ヶ月あまりの調査期間に,二次林での果実の結実に応じて,群れは次々に食物を変化させていた。調査初期の最重要食物は<i>Zizyphus oenoplia</i> (L.) Mill. (Rhamnaceae)で,二次林の林縁に多数分布していた。調査期間の後半には<i>Leucaena leuccocephala</i> (Lam.) de Wit (Leguminosae-Mimosoideae)が長期間利用された。この豆は家畜を放牧する草原の周辺や道路沿い,あるいは農家周りなどに多数みられ,大きな群落をつくっていた。本種では,若い未熟果実も,完熟した硬い豆も利用され,長期間に渡って若葉を利用していた。分布密度は低いが訪れると多量に食べる食物種としては,大木となる<i>Ficus</i> sp.と<i>Manilkara hexandra</i> (Roxb.) Dubard (Sapotaceae)であり,この木を求めて遊動することも見られた。
著者
牛田 一成 服部 考成 澤田 晶子 緒方 是嗣 土田 さやか 渡辺 淳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.35, pp.63, 2019

<p>次世代シーケンサーを用いた野生動物糞便細菌の網羅解析が盛んに行われている。宿主の生活を反映した細菌叢構成の差異を検出することができるようになったものの,解析対象が「PCR増幅された16S rRNA遺伝子の部分配列に基づく不十分な系統情報」にすぎないため,宿主の生理状態に直接影響する腸内環境を知ることはできない。近年,分子量データーベースの充実からHPLCやCEと質量分析を組み合わせた化合物の網羅解析が発達し,腸内細菌叢が産生する代謝物を網羅的に解析することが可能となった。これを一般にメタボローム解析と呼ぶが,野生動物の生理研究や生態研究における本解析手法の有用性を報告する。屋久島西部林道上の2地域(川原と鹿見橋)で,群れを異にするニホンザル計5頭の糞便を採取した。2検体を除き排泄直後に採取し,全量をドライアイス上で直ちに凍結した。1検体は,前日の排泄糞で発見後直ちに凍結した。もう1検体は,2分割してそれぞれ排泄直後と1時間放置後に凍結した。解凍後,Matsumotoら(<i>Sci Rep</i> <b>2</b>: 233)の方法で前処理し測定試料とした。LCMS-8060(島津製作所)にPFPPカラムを装着し,0.1%ギ酸水溶液と0.1%ギ酸アセトニトリル溶液を移動相としてイオンペアフリー条件のグラジエント分析を行った。遊離アミノ酸のほか,ヌクレオチド, ヌクレオシド、核酸塩基などの核酸代謝物,TCA回路に関わる有機酸等全体で63成分が検出された。PCA解析を行うと,川原の古い糞,川原の新鮮糞,鹿見橋新鮮糞の3つにクラスターが分離した。前日由来の糞の水溶性成分は変化していたが,新鮮糞の水溶性成分については1時間放置の影響はなかった。鹿見橋周辺の群れから採取した糞は川原で採取した糞よりも必須アミノ酸が少なく,逆に核酸代謝産物濃度が高い傾向が見られた。</p>
著者
川上 礼四郎 伊藤 太郎 本田 豊 黒田 峻平
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.33, pp.78-79, 2017

<p>東京都動物園協会の多摩動物公園では,育児放棄されたボルネオオランウータン(<i>Pongo pygmaeus</i>,以下オランウータン)のチェリア(メス,2歳)に代理母であるジュリー(メス,51歳)を充てるという国内初の試みが行われている。そのため,代理母を充てた血縁関係のない親子の行動を血縁関係のある親子の行動と比較して考察していこうと考えている。過去に行った血縁関係のある親子間におけるオランウータンの社会的行動に関する研究では,ワカモノ以下の個体は母親だけでなく血縁関係のない個体とも身体接触を伴う社会的交流を行うのに対し,オトナは自身の子供としか交流を行わないという結果になった。また,ワカモノ以下の個体の方がオトナの個体に比べ単独行動時間が短く,また,血縁関係のない個体と個体間距離が短くなる時間が多いと考えられた。そこで本研究では「血縁関係がある親子,ない親子でも交流時間や個体間距離が短くなる時間は大きく変わらない」という仮説を立て,それを検証するために「母親(子供)と交流する時間」「母親(子供)と個体間距離が短くなる時間」を記録し,その結果を血縁関係がある親子(2組)と血縁関係がない親子(1組)で比較する予定である。調査は東京都動物園協会の多摩動物公園において4/23~6/18まで計13回,9:45~16:45まで行う予定である。調査対象は血縁関係がないジュリー(オトナメス,51歳)とチェリア(アカンボウ,2歳)の親子,血縁関係があるチャッピー(オトナメス,43歳)とアピ(アカンボウ,3歳)の親子,同じく血縁関係があるキキ(オトナメス,16歳)とリキ(コドモ,4歳)の親子である。収集したデータをもとに,代理母を充てることによる子供の行動変化について考察を行う予定である。</p>
著者
ハフマン マイケルA
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.179-187, 1993
被引用文献数
5

It has been proposed that chimpanzees use a number of toxic plant species for their medicinal value. Based on behavior, plant pharmacology, and ethnomedical information, hypotheses concerning the medicinal use of some of these plants by chimpanzees include the following: control of parasites, treatment of gastrointestinal disorders, regulation of fertility, and possible anti-bacterial or anti-hepatotoxic activity. With regards to bitter pith chewing and whole leaf swallowing behaviors, 20 medicinal plant species have been observed to be used not only by chimpanzees, but also by bonobos and lowland gorillas at 7 sites (Mahale, Gombe, Kibale, Kahuzi-Biega, Wamba, Tai, Bossou) across Africa. A detailed description is given of the research program currently being carried out by the author and colleagues of the international research team, The C. H. I. M. P. P. Group, and in particular, of the ongoing multi-disciplinary research into the chimpanzee use of <i>Vernonia amygdalina</i> (Del.) in the Mahale Mountains National Park Tanzania. The hypothesis that this species has medicinal value for chimpanzees comes from detailed observations by the author of ailing individuals' use of the plant. Quantitative analysis and assays of the biological activity of <i>V. amygdalina</i> have revealed the presence of two major classes of bioactive compounds. The most abundant of these constituents, the sesquiterpene lactone vernodalin, and the steroid glucoside vernoioside B1 (and its aglycones) have been demonstrated to possess antibiotic, anti-tumor, anti-amoebic, anti-malarial, anti-leishmanial, and anti-schistosomal properties. At Mahale, the particular parts of an additional 12 plant species ingested by chimpanzees are recognized for their traditional use against parasite or gastrointestinal related diseases in humans. Their physiological activities are now being investigated in the laboratory.
著者
横山 修 泉 明宏 中村 克樹
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.23, pp.91, 2007

近年、マカクザルが、自らがある事柄を記憶しているか否かをある程度理解していること、つまり、メタ記憶能力を持つことを示唆する結果が報告されている。例えば、長期間の訓練後にあるアカゲザルは、記憶課題の正試行と誤試行とで異なる報酬を選択できることが示された。しかし、例数も少なく、また長期の訓練が必要かどうかなど、マカクザルのメタ記憶能力に関しては未だよく分かっていない。本研究では、記憶課題遂行後に報酬を得るためにある画像に触れることを要求する遅延見本合わせ課題を用い、記憶課題の訓練以外に特別な訓練をせず、報酬を要求する行動が記憶課題の正誤に応じて異なるかどうかを解析した。まず、タッチパネルモニタを用いて1頭のニホンザルに遅延見本合わせ課題を訓練した。十分な訓練後、試行の最後に別の画像を呈示するようにした。その画像に触れること(報酬要求行動)で、記憶課題が正解だった場合にはサツマイモ、誤りだった場合にはタイムアウトを与えた。その後、新しい試行を開始した。報酬要求行動における反応潜時を解析したところ、正試行よりも誤試行において有意に長く、ニホンザルが記憶課題に正しく答えたかどうかを区別していたことが示唆された。与えられる報酬や罰は反応潜時によって変化しないため、成績依存的な反応潜時の違いは訓練を通して獲得されたものではない。ニホンザルが、記憶課題後その正誤に応じて自発的に異なる行動をとったと考えられる。特別な訓練を行わずにこうした行動が見られたことは、ニホンザルには記憶に基づいて自ら行なった行動の妥当性を評価する能力があり、外部環境だけでなく内部状態をも考慮に入れたより適応的な行動の産出を行いうることを示唆する。
著者
浅井 隆之 藤田 志歩 塩谷 克典 稲留 陽尉
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.92-93, 2015

ニホンザルの農作物被害対策において、農家によって動物の生態についての理解や対策への意識に差があることが、集落ぐるみの取り組みを行う上での障害となっている。しかし、どのような要因が農家の意識に隔差をもたらすかについては科学的な解析がほとんど行われていない。本研究は、ニホンザルによる農作物被害の程度が農家の対策意識や加害動物に対する感情にどのような影響を及ぼすかについて明らかにすることを目的とし、被害農家を対象に聞き取り調査を実施した。まず、対象地区を選定するため、鹿児島県薩摩郡さつま町および伊佐市において農作物被害を出している群れについてラジオテレメトリー調査を行い、その結果から、群れの出没頻度が異なるA、BおよびC地区を対象に選んだ。3つの地区の住民計19人からの回答を用いて、被害の実態やその対策、およびニホンザルに対する感情に関する8つの質問項目について主成分分析を行い、各主成分の得点を地区間で比較した。さらに、各農家の主成分得点と、被害の頻度、量、年数および季節それぞれとの相関を調べた。その結果、ニホンザルの生態についての理解度を表す第1主成分と嫌悪や憎悪の感情の強さを表す第3主成分は、被害がより古くからあり、被害頻度の高いA地区で最も高く、対策意識の高さを表す第2主成分は、被害は古くからあるが、その頻度は小さいB地区で高かった。一方、被害の年数が最も浅く、その季節が限定的なC地区では、第1、第2および第3主成分のいずれも得点が最も低かったが、恐怖の感情の強さを表す第4主成分の得点は最も高かった。また、各農家の主成分得点と被害の程度との関連では、第2主成分と被害の頻度との間にやや高い正の相関がみとめられた(r = 0.70, <i>P</i> < 0.05)。以上より、地区レベルおよび農家レベルのいずれにおいても、ニホンザルによる被害の程度によって農家の意識格差が生じることが示された。
著者
中村 美知夫
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
no.24, pp.229-240, 2009

More than half a century has passed since Imanishi (1952) proposed &lsquo;culture&rsquo; to nonhuman animals. Now, although there is still some skepticism, the discussion of nonhuman cultures is widely accepted in the international academic world. It seems that the study of cultures has become one of the important topics in primatology. In this review, I introduce recent trends of cultural studies on nonhuman primates. First, I give a brief outline of the history of the studies. Then I summarize recent findings of cultural primatology by dividing them into the following three domains: 1) chimpanzee tool use; 2) chimpanzee cultures other than tool use; 3) cultures in other primate species. The most well studied domain is the foraging tool use where more and more additional information about the distributions of known tool types has been reported from new study sites in addition to several novel tool types. From long studied sites, the details of developmental process or tool selection are often well investigated. There are some reports on cultural behaviors outside of foraging tool techniques but the information is still limited compared to tool use. Finally I introduce some of the recent debates on nonhuman cultures by focusing on the distinction between culture and tradition, the distinction between social and asocial learning, and the &lsquo;ethnographic&rsquo; method often employed by field primatologists. I argue that recent discussions of animal culture often tacitly include the idea of hierarchical advances that implies the complex and sophisticated human culture is in the highest and the best stage. This reminds us of the outdated view on human cultural hierarchism which saw the modernized western culture as the final stage. I stress the importance of writing &lsquo;real&rsquo; ethnographies of nonhuman primates for full development of cultural primatology.
著者
荒川 葉
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第36回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.51, 2020 (Released:2021-04-23)

スクールカーストはクラス内で起こる順位性だが,その決定要因ははっきりしていない。本研究では,ヒトの性格や所属の観点,文化的な観点,そして霊長類学、人類学の観点よりはっきりと定義付けられていないスクールカーストの現実を評価し,負の側面があれば、その解決策を考えることを目的に行った。国分寺高校生100名:(男子42名 女子58名)に自身の性格や所属に関するアンケートを,東京外国語大学( 以下外大) の留学生(14名: 出身国はそれぞれ異なる) には自国の学校生活やスクールカースト,いじめ問題に関するアンケートを実施した。加えて,大学の先生やいじめの経験のある国分寺高校の生徒,教員へのインタビュー調査および文献調査を行い、研究を進めた。高校生のアンケートでは、男子はスクールカーストがあったと答えた生徒の中で上位に所属していると思う生徒は、自分自身の性格を明るく皆を笑わせる、異性ともよく話すと分析している。それに対して女子は委員などクラスの中心的な役割を担っているにも関わらず、自分自身はスクールカーストの上位にいるとは評価していない。外大生のうち順位があると答えた人は、上位にいるのはお金持ちと答えた。個人で自分の意志に従って行動することが多いのでカースト的なものはなかったと日本との違いが見られた。なぜ順位付けが起こるのかをアイブル=アイベスフェルトは,高い地位を持つものは餌場や繁殖行動において優位に経つことが出来るために集団で生活する全ての霊長類に見られ、特にチンパンジーでは誇示行動によって順位を獲得し維持すると述べている。また、キャンプに行った折にメンバーの中で順位付けが起こる事例も上げている。順位は高校の事例でも集団をまとめるのに、必要な役割分担的なものでもあるが、それがいじめに発展する事例も友人や大学の先生などからも得た。人間の社会的本性も理解しながら、男女の違いも含めて順位というものをどう考えたらよいかを発表する。
著者
田中 伊知郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.21, pp.17, 2005

ニホンザルは毛づくろい中にシラミ卵をつまみ上げて食べる。その行動の形成過程B過程を調べるため、毛づくろい中におけるつまみ上げる行動について、餌付け群である志賀A-1群で横断的調査を行った。デジタルビデオカメラを用いて毛づくろい行動を撮影L録し、DVD-Rに落として、DVDプレイヤーで静止tスローを使ってつまみ上げ行動を解析した。コドモではつまみ上げた後、つまみ上げをやめ、別のところを探索することが多かったが、年齢が上昇するにつれてつまみ上げたものを食べる割合が上昇した。このつまみ上げた後でつまみ上げたものを食べる割合は年齢と相関した(Kendall順位相関、P< 0.01)。また同じ年齢群内での食べる割合の分散も年齢が上昇するにつれて、小さくなった。一方、性別による違いは見られなかった。言い換えると、コドモではよく見られるシラミ卵処理以外のつまみ上げるs動が、オトナになると毛づくろいの中で起こらなくなっていく。まとめると、毛づくろい中のつまむ行動は、大人になるにつれて、シラミ卵処理行動に収れんする。食べる割合は、子供期に個体間分散が大きく、成長するにつれて個体間分散が小さくなることから、摘み上げるものがシラミ卵になるようにニホンザルが学習獲得していくのでないかと示唆された。
著者
横山 浩
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.21, pp.36, 2005

(目的)飼育下のニホンザルを適正に飼育管理するためには個体数調整が不可欠である。しかしその方策としての余剰個体の搬出は最小限に留めるべきである。千葉市動物公園ではオトナメス(飼育頭数10&sim;20頭)へのホルモン剤のインプラントなどの避妊措置を実施してきたが、インプラントを行うヒトにもされるサルにも負担が重く、確実で負担が軽い方法として、ニホンザルの季節繁殖性に着目した、オスメス別居飼育による繁殖制限を中心に個体数調整を行ってきた。<br> (方法)1998年から完全繁殖制限のため、交尾期の始まる10月中旬からオトナオス(1&sim;2頭)を群れからはずし、室内ケージで別居飼育した。交尾期終了と共に、ふたたび群れに戻した。この方法で2001年まで行った。2002年は繁殖制限しなかった。2003年からは少数繁殖を目的として2&sim;3頭のオトナメスを選抜し、室内ケージでオトナオスと同居させて交配を試みた。<br> (結果)上記の方法により、1999年から2004年までの総繁殖頭数を9頭、年平均1.5頭に抑えることができた。(これ以前の年平均繁殖頭数は6頭)。また室内ケージにおいて少数繁殖が可能なことが確認できた。当初懸念されたオトナオス不在による群れの乱れや、移動に伴う激しい攻撃的行動も発生しなかった。一方で交尾期が長引き(別居飼育終了後の3月に交尾例あり)、別居飼育の期間を4月過ぎまで延長する必要があった。<br> (考察)上記の方法は単純、確実ではあるが、オトナオスが多数である場合、多くの飼育スペースが必要になりまた、別居飼育期間が半年近くに及ぶなどの難点がある。一方、個体選抜による交配を行うことで、近親交配を避け、計画的繁殖に基づいた個体数調整を行うことも可能である。しかしながら個体数調整を単一の方法で行うには限界がありいくつかの方法と併せて行う必要があると考えられる。
著者
森田 哲夫 平川 浩文 坂口 英 七條 宏樹 近藤 祐志
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;消化管共生微生物の活動を通して栄養素の獲得を行う動物は微生物を宿すいわゆる発酵槽の配置により前胃(腸)発酵動物と後腸発酵動物に大別される.消化管の上流に微生物活動の場がある前胃発酵の場合,発酵産物と微生物体タンパク質はその後の消化管を食物とともに通過し通常の消化吸収を受ける.一方,後腸発酵ではその下流に充分に機能する消化管が存在せず,微生物が産生した栄養分は一旦ふりだしに戻り,消化を受ける必要がある.その手段として小型哺乳類の多くが自らの糞を食べる.このシンポジウムでは消化管形態が異なる小型哺乳類を対象にこの食糞の意義について考える.<br><br>&nbsp;糞食はウサギ類に不可欠の生活要素で高度な発達がみられる.発酵槽は盲腸で,小腸からの流入物がここで発酵される.盲腸に続く結腸には内容物内の微細片を水分と共に盲腸に戻す仕組みがある.この仕組みが働くと硬糞が,休むと軟糞が形成される.硬糞は水気が少なく硬い扁平球体で,主に食物粗片からなる.一方,軟糞は盲腸内容物に成分が近く,ビタミン類や蛋白などの栄養に富む.軟糞は肛門から直接摂食されてしまうため,通常人の目に触れない.軟糞の形状は分類群によって大きく異なり,<i>Lepus</i>属では不定形,<i>Oryctolagus</i>属では丈夫な粘膜で包まれたカプセル状である.<i>Lepus</i>属の糞食は日中休息時に行われ,軟糞・硬糞共に摂食される.<br><br>&nbsp;ヌートリア,モルモットの食糞はウサギ類と同様に飼育環境下でも重要な栄養摂取戦略として位置付けられる.摂取する糞(軟糞,盲腸糞)は盲腸内での微生物の定着と増殖が必須であるが,サイズが小さい動物は消化管の長さや容量が,微生物の定着に十分な内容物滞留時間を与えない.そこで,近位結腸には微生物を分離して盲腸に戻す機能が備えられ,盲腸内での微生物の定着と増殖を保証している.ヌートリア,モルモットでは,この結腸の機能は粘液層への微生物の捕捉と,結腸の溝部分の逆蠕動による粘液の逆流によってもたらされるもので,ウサギとは様式が大きく異なる.この違いは動物種間の消化戦略の違いと密接に関わっているようにみえる.<br><br>&nbsp;ハムスター類は発達した盲腸に加え,腺胃の噴門部に明確に区分された大きな前胃を持つ複胃動物である.ハムスター類の前胃は消化腺をもたない扁平上皮細胞であることや,前胃内には微生物が存在することなどが知られているが,食物の消化や吸収には影響を与えず,その主な機能は明らかとはいえない.一方,ウサギやヌートリアと比較すると食糞回数は少ないが,ハムスター類にとっても食糞は栄養,特にタンパク質栄養に大きな影響を与える.さらに,ハムスター類では食糞により後腸で作られた酵素を前胃へ導入し,これが食物に作用するという,ハムスター類の食糞と前胃の相互作用によって成り立つ,新たな機能が認められている
著者
榎本 知郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.25, pp.49, 2009

霊長類の卵管は腹腔から子宮へ続く管系だが,機能も構成も異なる峡部と膨大部の二部分に分かれている。その構造の進化的意義について考察した。ヒトの性行動の研究から,1.女性は,排卵前の妊娠確率の高い数日間に夫とセックスしたあとで愛人ともセックスする傾向がある,2.愛人とのセックスの時オーガズムを経験する傾向がある,3.女性は,オーガズムの反応で夫の精子を子宮から掻き出し,愛人の精子を吸いこむ,4.女性は,一日のうち夫と離れている時間が長ければ長いほど浮気をする頻度が高くなる,5.夫は,一日のうち妻と離れている時間が長ければ長いほど,セックスした時多数の精子を射精する,と主張される。つまり,精子競争が認められるということである。また,受精のしくみは,1.吸引された精子は子宮の粘液の海を泳いで子宮の左右にある卵管峡部に到達する,2.卵管峡部の上皮細胞は精子をつなぎ止め,栄養を与えて生かし,授精能を与え,夫と愛人の精子がここで待機し,排卵すると精子はいっせいに放たれる,3.精子たちは広大な表面積をもつ卵管膨大部の粘膜を泳いでたったひとつしかない卵子を探し求める,4.卵子は透明帯と放線冠によってバリアーを構築しており,これを突破して授精するには多くの精子の共同作業が必要となる。これらのことから,以下のふたつの仮説が考えられよう。仮説1=ヒトの卵管膨大部と放線冠は,元気の良い精子を多数送り込めるオスを選ぶべく進化した。仮説2=ヒトの卵管峡部は精子競争をすすめるよう進化した。