著者
豊田 有 丸橋 珠樹 濱田 穣 MALAIVIJITNOND Suchinda
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第33回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.52, 2017-07-01 (Released:2017-10-12)

Food transfer is defined as the unresisted transfer of food from one food-motivated individual, the “possessor”, to another, the “recipient” (Feistner & McGrew 1989). This behavior has been described in different terms, including sharing, scrounging, and tolerbated theft, and it is usually accompanied by diverse behaviors such as begging, displacement of feeding spot, resistance of possessor, stealing, offering, and retrieving (Yamagiwa et al., 2015). Food transfer is mainly reported from apes, however, very few from genus macaca. Here we preliminary report food transfer behavior observed in stump-tailed macaques (Macaca arctoides) in Khao Krapuk Khao Taomor Non Hunting Area, Thailand. In this report, “Retrieving” - an individual takes food that another individual has dropped on the ground or placed there - is regarded as food transfer (see Yamagiwa et al., 2015). The aspect of transfer is different by the food item; transfer was more frequently occurred when they are eating food item that is not abundant and rare, or need to pay risk to obtain. Food transfer is often observed when monkeys are eating big food items which produce the food particles during eating. On the other hand, small food items or all-eatable food items are rarely transferred. Plant food transfer was observed not only among adults but also from adult to immature including transfer from mother to infant. Social interaction which can be interpreted as “Begging behavior” like presenting and greeting was also observed before food transfer occurred.
著者
古賀 彩音 本間 由香里 伊吾田 宏正 吉田 剛司 赤坂 猛 金子 正美 松浦 友紀子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;北海道西部でも個体数が増加しているエゾシカ(<i>Cervus nippon yesoensis</i>)は,近年札幌都市部にも出没し,自動車事故や列車との衝突事故などその被害は年々拡大している.しかし,都市部に出没したエゾシカは銃器を用いた対策などが難しく,未だ管理の有効な手立ては見つかっていない.更に,都市部に生息するエゾシカの生態に関する先行研究も極めて少なく,対策を講じるための基礎情報が不足しているのが現状である.<br>&nbsp;本研究では,都市部に出没するエゾシカの季節移動パターンと生息地利用を把握する為,札幌市に隣接する北広島市及び江別市においてテレメトリー調査とライトセンサス調査を行った.テレメトリー調査は,2012年 1月~ 2013年 3月にかけて北広島市の国有林内で生体捕獲を実施し 4頭(雄 2頭,雌 2頭)を捕獲した.捕獲した雄には VHF発信機を,雌 1頭には VHF発信機及び GPS首輪を,もう 1頭の雌には VHF発信機及び GPS首輪と膣挿入型電波発信機を装着した.放獣後,VHF発信機は三角法を用いて週 2回の頻度で位置を特定した.GPS首輪は 3~ 6時間毎に測位するよう設定し,月1回の頻度で位置データの遠隔回収を行った.ライトセンサス調査は,2008年 5月~ 2012年 12月の期間で北広島市(23.4km)と江別市(26.5km)において実施した.<br>&nbsp;結果,テレメトリー調査では 4頭全てに季節移動がみられ,そのうちの 3頭が JR千歳線と国道 274号線を横断した.また 1頭の雌は昨年利用した越冬地には戻らず,夏に利用した道立野幌自然公園内で越冬し,その後約 7km離れた札幌市厚別区に一時的に移動した.また,ライトセンサス調査では,目撃個体数は両市で増加傾向が見られ特に農地での観察割合が最も高くなった.<br>&nbsp;以上から,捕獲個体が江別市や札幌市に移動している事と,両市でエゾシカの増加傾向が示唆された事から,今後も都市部でのエゾシカによる様々な軋轢の多発が懸念される為,市の垣根を越えた「広域管理」が必要とされる.
著者
杉山 幸丸
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.27, pp.27, 2011

&nbsp;餌付けされた高崎山のニホンザルが寄せ場で投与される餌にどれほど依存しているか。Soumah & Yokota (Folia Primatol, 1991) および横田直人(「霊長類生態学」2002)の資料を基に分析した。原調査は1987、1988年に実施したものであり、この頃、餌投与量は300Kcal/頭/日以下に減量していた。調査は4回にわたり(7-10月と2-3月)各4-5頭のメスを終日追跡してその採食内容を詳細に記録したものである。優位メスがより高い採食量を、高い人工食依存度を示していたのは予想されたとおりだった。人工食率は優位で63.7%、劣位で37.9%だった(平均57.3%)。しかし夏冬ともに、優位・劣位ともに必要エネルギー以上を摂取していた。ただしこの計算には通常の運動量は考慮してあるが成長、妊娠、出産、育児に要するエネルギーは含まれていない。高崎山では出産率の年変動が激しいが、これは森の生産量の年変動に強い影響を受けていると考えられる。
著者
山田 一憲 中道 正之
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第21回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.11, 2005 (Released:2005-06-07)

子殺しはオスの繁殖戦略として進化したと考えられている。しかし、複雄複雌の社会構造と季節性のある乱交的な繁殖様式を持つニホンザルでは、子殺しが起こることは極めて稀である。それは(1)メスが複数のオスと交尾を行い、(2)子ザルの父親である可能性のある複数のオスが群れオスとして集団にとどまり、子殺しの危険から子ザルを守る、(3)子殺しを行っても、子殺しオスがその母ザルと繁殖できる機会は交尾期に限られるためである。 私たちは、勝山ニホンザル集団において、群れ外オスが4ヵ月齢のアカンボウを攻撃して、死亡させるという事例を観察し、その様子をビデオカメラで記録した。 4ヵ月齢のアカンボウが集団から取り残され餌場に単独でいる時に、群れ外オスが餌場に現れた。アカンボウはオスに気づくと即座に逃げ出したが、すぐに捕まった。オスは周囲を何度も見回しながら、アカンボウの手、足首、腕を咬んだが、その場で殺すことはなかった。5分後にアカンボウは逃げ出したが、オスが再度攻撃することはなかった。アカンボウは右上腕から大量の出血が見られ、2日後には姿を消した。 今回の事例の特徴は以下の3点にまとめられる。(1)子殺しを行ったオスはその時初めて観察した個体であった。(2)子殺しが起こる数ヶ月前に3頭の中心部成体オスが続けて死亡・姿を消しており、さらにアカンボウが単独で餌場に取り残されたため、子殺しからそのアカンボウを守る個体がいなかった。(3)子殺しは交尾期開始の数週間前に起こり、その結果、アカンボウの母ザルはすぐに発情し、翌年の出産期に次子を出産した。 ニホンザルにおける子殺しはこれまでに5つの記録があるが、本観察と同様に、(1)攻撃したオスは子ザルの父親である可能性が低く、(2)子ザルを守る群れオスがいない時、(3)交尾期直前または当初の時期には、ニホンザルにおいても、子殺しが生起していることが指摘できた。
著者
友永 雅己
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第32回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.61, 2016-06-20 (Released:2016-09-21)

ヒトを含む霊長類は、他者との相互交渉の中で視線を多様な形で利用している。このような共同注意や視線追従と呼ばれる現象は、特にヒトにおいて顕著である。ヒトの白い強膜などのユニークな形態的特徴はこのような社会的コミュニケーションの進化と密接な関係にあると考えられている。視線コミュニケーションを円滑に進めるためには、他者が自分の方を見ているのか、そうでないのかを的確に識別する能力が必須である。これまでヒトでは、自分の方を見ている顔の方が自分の方を見ていない顔よりも見つけやすい、目が合っている・いないの弁別閾は虹彩の位置であっても頭部の向きであっても回転角2度程度であること、などがわかっている。一方、ヒト以外の霊長類はすべてヒトとは異なり、強膜露出部分にも色素が沈着しているため虹彩とのコントラストが低く、眼裂内の虹彩の位置による視線方向の推定は日常的にはあまり行われていない可能性も示唆される。しかしながら、ラボでの研究では飼育下のチンパンジーでも自分の方を見ているヒトの顔の方がそうでない顔よりも検出が容易であることが報告されており、ヒトとの日常的な社会的かかわりの中で視線のような社会的手がかりの利用を学習している可能性も示唆される。そこで本研究では、チンパンジーとヒトを対象に、視覚探索課題を用いてヒトの顔の視線方向の弁別精度(弁別閾)を測定した。弁別成績(正答率70%程度を維持)に応じて正視と逸視の間の角度の差を変化させる上下法を採用した。その結果、チンパンジーでは、頭部の向き6.9°、虹彩の位置では7.1°であったのに対し(n.s.)、ヒトでは、反応時間制限を付した測定において、頭部の向きでは2.6°、虹彩の位置では5.3°という弁別閾が得られた(p<0.001)。ヒトの結果は先行研究とは異なり頭部の向きの感受性の高さを示唆しているが、この点についてはさらなる検討が必要だ。しかし結論として、チンパンジーの方が視線方向の弁別精度が相対的に低いことが示唆された。
著者
吉田 高志
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.345-355, 2009-03-31 (Released:2010-06-17)
参考文献数
18
被引用文献数
1

We followed physical growth and aging in the cynomolgus monkeys (Macaca fascicularis) bred and reared in the laboratory frorm gestation to old age, for those individuals whose gestational age and/ or exact age were known. Growth patterns of body mass were compared between sexes by a cross sectional study. Although higher rates of growth for infants and early juveniles were observed in both sexes, the pre-pubertal spurt with sexual maturity was observed only in males. The significant sex difference in body mass growth patterns was demonstrated in cynomolgus monkeys, which has not been observed in humans. The characteristics of physical growth from birth to 12 weeks of age in both sexes were examined morphometrically and discussed from the point of view of allometry. The postnatal growth of facial and extremity parts of the body were relatively greater than other body parts, particularly the trunk. Furthermore, physical growth during the first 6 years of life was analyzed. All measurement items in females showed monophasic allometry against the growth of the anterior trunk length. However, several items in males including body mass showed biphasic allometry with the inflection point occurring at about 2.5 years of age. The process producing sexual dimorphism in the cynomolgus monkey was demonstrated.Then age at menarche and menopause and post-menopausal lifespan in female cynomolgus monkeys are presented.
著者
古川 竜司 嶌本 樹 鈴木 圭 柳川 久
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;気温が低い冬季にひとつの巣場所に複数の個体が営巣する集団営巣という行動はタイリクモモンガ <i>Pteromys volans</i>やアメリカハタネズミ <i>Microtus pennsylvanicus</i>といった齧歯類の仲間で知られている.これまでヒメネズミ <i>Apodemus argenteus</i>も巣箱で 3頭から 9頭の集団営巣が観察されているが,その詳しい生態は調べられていない.また,タイリクモモンガとヒメネズミは両種とも樹洞を繁殖や休息の場として利用する.しかし樹洞は数少ない資源であるため,これら 2種間で樹洞をめぐる競合が生じる可能性がある.本発表ではヒメネズミの集団営巣とタイリクモモンガとの樹洞を介した干渉について,ビデオカメラによる撮影で確認した事例を報告する.2013年 4月上旬に北海道十勝地方にある6林分(合計 26.3 ha)でヒメネズミの営巣が 3個の樹洞で確認された.それらの樹洞ではそれぞれ,10頭と 5頭の集団営巣と単独営巣が確認された.ヒメネズミの出巣開始時刻は平均で日没後 53分だった.出巣開始時刻が最も早いもので日没前 4分,もっとも遅いもので日没後 93分だった.統計解析の結果,集団営巣を行っている樹洞では,遅くに出巣する個体のほうが出巣前に顔を出して外の様子をうかがっている時間が長かった.出巣順番が臆病さや慎重さに関わっているのかもしれない.4月の間は出巣開始時刻は日没時刻が遅くなるのに同調して遅くなっていたが,5月以降はその傾向が弱まり出巣開始時刻が日没時刻に近づく傾向が見られた.本発表では,さらに出巣開始時刻に関わる環境要因について調べた内容を報告する.また,ヒメネズミが営巣している樹洞を 47回観察した結果,タイリクモモンガによる樹洞への接近が 13回,そのうち樹洞を覗き込む様子が 8回観察された.しかし撮影時間内では樹洞の中に入り込んでヒメネズミを追い出す直接的な排除行動は観察されなかった.
著者
杉山 幸丸
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.51-56, 2011-06-20 (Released:2011-07-28)
参考文献数
10
被引用文献数
1 1

Bonobo tool-using behavior is rare, limited in variety and relatively simple in form. The tools of bonobos are almost always made of a crude branch with little processing and are used neither for getting food nor as a weapon but for improving "the quality of life" (rain hat, social communication etc.). The paucity is said to be influenced by the abundance and richness of the food resources, relieving them of the need to develop food processing tools. I agree with this explanation and propose another possibility. The chimpanzees' curiosity, high activity and aggressiveness to strangers and strange objects accelerated their development of tool-using behavior. In contrast, the mild and shy disposition of bonobos might have influenced the types of tools they developed.
著者
高井 正成 河野 礼子 金 昌柱 張 穎奇
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;現在東アジア南部の大陸地域には,オランウータン,テナガザル(3属),コロブス亜科(6-7属)オナガザル亜科のマカク,メガネザル,そして原猿類のスローロリスなどが生息している.一方,中,国科学院古脊椎動物・古人類研究所の金昌柱教授が中心となって進めてきた広西壮族自治区崇左地域の更新世の洞窟堆積物の発掘調査では,これまで <i>Homo</i>,<i>Gigantopithecus</i>(ギガントピテクス), <i>Pongo</i>,<i>Hylobates</i>,<i>Macaca</i>,<i>Rhinopithecus</i>,<i>Trachypithecus</i>が確認されていた.その後更に霊長類化石の同定作業を進めた結果,大型オナガザル亜科である <i>Procynocephalus</i>と中型コロブス亜科の <i>Pygathrix</i>らしき化石が含まれていることが分かってきた.本発表では,こういった複数の洞窟から見つかっている霊長類化石の産出パターンの経時的な変化について報告する.<br>&nbsp;扱っている化石標本は 14の洞窟から発掘したものであるが,最も古い百孔洞が後期更新世(約 220万年前),新しいものは後期更新世(約 10万年前以降)と考えられている.霊長類化石の種類は,最古の百孔洞の時点ですでにヒト以外の属が全て出現している可能性が高い.巨大な化石類人猿であるギガントピテクスの標本は後期更新世以降の洞窟からは発見されていないので,おそらく同属は中期更新世の末期から後期更新世の初頭にかけて絶滅したらしい.一方,現生の大型類人猿であるオランウータンは全ての洞窟から化石標本が見つかっているので,中国南部では完新世まで生き残っていたらしい.テナガザル化石の標本比率は非常に少ないのであるが,百孔洞以降ほぼ全ての洞窟から出土していることから,他のホミノイド類(ギガントピテクスとオランウータン)の絶滅とは対照的に現生まで同地域で生き残ることができたらしい.
著者
田多 英興 大森 慈子 廣川 空美 大平 英樹 友永 雅己
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.20, pp.57, 2004

ヒトにおける瞬目の行動研究はある程度知見が蓄積されており、発達的変化や、認知情報処理過程、さらにはストレスとの関連なども検討されている轣Aヒト以外の霊長類ではその知見は極めて限られている。そこで本研究では、瞬目行動の諸側面の比較研究の端緒として、まずヒト以外の霊長類における自発性瞬目の諸指標の系統比較を行なった。日本モンキーセンターで、ケージの中で自由に行動している個体を外からデジタルカメラ(30フレーム/秒)で撮影した。ビデオ記録をおこなった種は計84種であった。個体を特定できる種もあったが、集団で行動する小型の種では個体識別が困難であった。このような場合は複数の個体からのデータをプールした。瞬目が計数できる総観察時間が最低5分間になるように記録した。本発表では、予備的解析の終了した54種について報告する。瞬目率の平均については、最大でボンネットモンキーの20回/分であった。この値はヒトとほぼ同じであった。ついでトクモンキー(17.0)、ニホンザル(15.1)と続いた齦似宗5分間一度も瞬目をしなかったポト(0)、ついでレッサースローロリス(0.2)、オオギャラゴ(0.3)、ショウギャラゴ(0.3)、ワオキツネザル(0.4)と続いた。これらの種では数分間に1回という極めて少ない瞬目頻度を示した。興味深いことに、ヒト以外の霊長類では、瞬目が眼球運動または頭部運動と連動して生じることが非常に多く、54種の平均でみると、眼球/頭部運動なしで生起した瞬目はわずかに27.1%で、残りの多くは水平または垂直の頭部運動と連動して生じた。特に水平の運動と連動する瞬目は全体の50%に達した。さらに、眼瞼の運動速度もまたヒトと比べて非常に速いことが明らかとなった。平均すると194.2ms±44.6となり、ヒトの約半分の時間で眼瞼の開閉が行われている。最長でも323.4ms(エリマキキツネザル)で、ヒト (約400ms) に比べても速いことがわかる。最短は138.6ms(トクモンキー)で、これはヒトの閉瞼の時間に相当する。今後は、種間比較をさらに進めるとともに、上記の結果の成立要因について検討していく予定である。
著者
中川 尚史 後藤 俊二 清野 紘典 森光 由樹 和 秀雄 大沢 秀行 川本 芳 室山 泰之 岡野 美佐夫 奥村 忠誠 吉田 敦久 横山 典子 鳥居 春己 前川 慎吾 他和歌山タイワンザルワーキンググループ メンバー
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.21, pp.22, 2005

本発表では,和歌山市周辺タイワンザル交雑群の第5回個体数調査の際に試みた無人ビデオ撮影による群れの個体数カウントの成功例について報告する。<br> カウントの対象となった沖野々2群は,オトナ雄1頭,オトナ雌2頭に発信器が装着され群れの追跡が可能であった。またこれまでの調査からこの群れは,小池峠のやや東よりの車道を南北に横切ることが分かっていた。<br> 今回の調査3日目の2004年9月22日にも,一部の個体が道を横切るのを確認できた。しかし,カウントの体制を整えると道のすぐ脇まで来ていてもなかなか渡らない個体が大勢おり,フルカウントは叶わなかった。この警戒性の高まりは,2003年3月から始まった大量捕獲によるものと考えられる。翌23日も夕刻になって群れが同じ場所に接近しつつあったのでカウントの体制をとり,最後は道の北側から群れを追い落として強制的に道を渡らせようと試みたが,失敗に終わった。<br> そこで,24日には無人ビデオ撮影によるカウントを試みることにした。無人といってもテープの巻き戻しやバッテリー交換をせねばならない。また,群れが道を横切る場所はほぼ決まっているとはいえ,群れの動きに合わせてある程度のカメラ設置場所の移動は必要であった。そして,最終的に同日16時から35分間に渡って27頭の個体が道を横切る様子が撮影できた。映像からもサルの警戒性が非常に高いことがうかがわれた。<br> こうした成功例から,無人ビデオ撮影は,目視によるカウントが困難なほど警戒性の高い群れの個体数を数えるための有効な手段となりうることが分かる。ただし,比較的見通しのよい特定の場所を頻繁に群れが通過することがわかっており,かつテレメーター等を利用して群れ位置のモニタリングができる,という条件が備わっていることがその成功率を高める必要条件である。
著者
田中 正之 松永 雅之 長尾 充徳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第25回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.91, 2009 (Released:2010-06-17)

食べた物を吐き戻し,その吐しゃ物を再び食べるという吐き戻し行動は飼育下のゴリラでよく見られる異常行動の一種である。京都市動物園に飼育されているニシゴリラ1個体(ゲンキ,女,観察開始時22歳)も,幼時から常習的に給餌後の吐き戻し行動が見られていた。 本研究では,屋内での夕食給餌時に見られた吐き戻し行動を観察,記録し,吐き戻しの様態を分析した。観察は屋内居室に入ってからの45分間おこない,この間に起こった吐き戻しについて入室してからの経過時間を記録した。30日間分の記録を分析した結果,1日あたりの平均吐き戻し回数は23回であり,観察時間の間中,約1分間隔で吐き戻してはその吐しゃ物を食べるという行動を繰り返した。 吐き戻しの過程を観察したところ,やわらかく水分の多い果物や葉もの野菜などを一気に食べては吐き戻す一方で,水分の少ないイモやカシの葉を食べると吐こうとして失敗する場合が見られた。一度吐いた後は吐しゃ物を再び食べてはまた吐くという行為を繰り返した。対策として給餌品目の変更を試みた。 水分が多く,量も多かった白菜を草食獣用の青草やクローバーに変更して与えたところ,青草やクローバーを食べた後の吐き戻しはほとんど見られなくなった。これに加えて,居室に藁を入れ,給餌食物を藁の中に混ぜ込んで採食時間の延長を試みた結果,夕食時の吐き戻しはほとんど消失した。 吐き戻し防止の対策としては,居室内に藁を敷くことで防止効果があることは先行研究で報告されていたが,今回の試みにより,吐きにくい食物を与えることも効果的であることがわかった。給餌品目に青草などを導入することで吐き戻しを防止する試みは,日本モンキーセンターでもおこなわれており,その効果が報告されている。吐き戻し防止の有効な方法のひとつとして考えられる。 今後は,屋内だけでなく,屋外運動場でもおこなわれている吐き戻しにも対策を検討したい。
著者
齋藤 亜矢
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.102, 2015

飼育下のチンパンジーでは、穴にゴミをつめるなどの自発的な物の操作がよくみられる。採食や繁殖、攻撃などの特定の目的とは結びつかない自己報酬的な行動である。では、かれらは物の操作のどこにおもしろさを感じているのだろうか。本研究では、新奇物に対する自発的な行動のなかから、物遊びが発生するプロセスに着目した。京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリのチンパンジー58個体(5~44歳、11群)を対象とし、各運動場に長靴、デッキブラシ、鈴のおもちゃ、布などの18個の新奇物を設置し、通常どおり群れ毎に放飼した。各群2時間の観察をおこない、新奇物に対する行動を随時記録した。その結果、チンパンジーの物の操作は、(1)物の形状に依存しない探索的な操作(例:触る、匂いを嗅ぐ)から、(2)物の形状に依存した探索的な操作(a:変形、b:身体への定位、c:他の物への定位をともなうもの)に進むことが多かった。(2)において、同じ行動の繰り返しや、長時間の持ち運びが見られたケースも多く、これらのケースでは、よりおもしろさを感じていることが示唆された。また、頭に物をかぶったり、ホースを天井の格子にかけてぶら下がるなどの非日常的な身体感覚が生じる場合に、プレイフェイスやプレイパントが観察された。さらには、ベッド作りなどの実用的な使用のほか、デッキブラシで地面をこするなどの模倣的な物の操作、ブラシを筆に見立てて紙の上をこするなどのふり遊びも観察された。物を持ち歩きながらの追いかけっこなど、社会的な遊びに発展するケースもあった。これらの観察から、チンパンジーが、新奇物に対して、物がアフォードする行動を自己強化的に試そうとすることが明らかになった。また別の物を使って同じ操作を試すケースもあり、操作のなかで物の特性を理解する過程におもしろさがあることが示唆された。
著者
齋藤 亜矢
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.44-45, 2016

<p>チンパンジーは、採食などの特定の目的と結びつかない自発的な物の操作をおこなうことがある。この一見無駄にも思える行動の背景を明らかにするため、新奇物に対する物の操作を分析した。対象は、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリのチンパンジー58個体(5~44歳、11群)とした。各運動場に長靴、デッキブラシ、鈴、布などの18個の新奇物を設置して、群れごとに放飼し、120分の観察のなかでの新奇物に対する行動を随時記録した。その結果、物の形状に依存しない単純な探索的操作(例:触る、匂いを嗅ぐ)にはじまり、物の形状に依存した探索的操作(変形、身体への定位、他の物への定位をともなうもの)が多く観察された。繰り返しの操作も多く、たとえば「長靴を倒して起こす」繰り返しのなかでも、微妙に力加減を変えて倒し方を変えるなど「シェマの調節」がされていた。また「ホースを天井格子にかけてぶら下がった後に、長靴を天井格子にかける」など、同じシェマを別の物に試みる「シェマの同化」もおこなわれていた。さらに「長靴のなかに鈴を入れて、上下にふって音を出す」など、一度に複数の物や動作シェマ(行動の枠組み)を組み合わせた複雑な操作も観察された。したがって、チンパンジーが既存のシェマの調節や同化を自己強化的におこなうことで、多様なシェマを獲得し、物の操作の可能性を把握していることが示唆された。このことは「〇〇するもの」というカテゴリーの生成にもつながり、道具使用や、物の表象的な理解の土台にもなるのではないかと考える。実際に、より表象的な操作とされる「ふり」遊びも観察された。たとえば「ホースの先をバケツの中に入れたまま持ち、水をためるような操作」や「ブラシを紙の上に定位するおえかきのような操作」などである。物を見て、一連の操作のイメージが想起されていることが示唆される。実際の観察場面を紹介しながら、これらの考察について論じたい。</p>
著者
本郷 峻
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
pp.34.014, (Released:2018-06-27)
参考文献数
87

Camera trapping is a new method widely used to assess animal distribution, density and behaviour. Although recent studies have reviewed general patterns in camera trap studies and provided recommendations in their usage, primate studies using camera traps have yet to be thoroughly reviewed. Here, I conducted a systematic search for studies using camera traps in primatology (camera trap primate studies [CTPS]). Finding 57 papers published between 2001 and 2017, I recorded their study objectives and methodologies. The number of CTPS started to increase from 2010, and more than half of CTPS (64.9 %) focused on behaviours. The majority of behavioural CTPS investigated foraging behaviours, including tool use, geophagy and predation, while we also found studies exploring activity rhythms, terrestrial behaviour, habitat use and social behaviours. Some studies used camera traps to complete mammal checklists in study areas and confirm the presence of focal primate species. Some ecological CTPS estimated population density using spatial capture-recapture models and capture rates, and I also found a study calculating occupancy probabilities of arboreal primates. I then point out several issues we have to consider when deploying cameras (sensor sensitivity, image type and camera placement) and analysing images obtained (definitions of independent events and potential biases in detection probability). Unfortunately, several CTPS were not designed to test their study questions sufficiently, and many articles failed to report essential information to facilitate repeatability. I argue that future researchers conducting CTPS should focus on nocturnal primates, explore novel methodologies to use the camera-trap images themselves for primate colour and morphology, develop methodologies for density estimation of arboreal primates, and use sophisticated study designs and reporting. Primatologists will be able to test their existing hypotheses using new technologies.
著者
落合 知美
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.45, 2016

<p>日本には、全国各地に動物園がある。それら動物園の運営形態は様々であるが、民間所有の動物園には、私鉄が運営する「電鉄系動物園」がある。これらの動物園は、私鉄沿線に作られ、公立動物園とは異なる発展を遂げてきた。関西地方においても、複数の私鉄が動物園を所有し、そこで大型類人猿を飼育してきた。しかし、2000年に入るといくつかの動物園は閉園し、残る電鉄系動物園も大型類人猿を飼育することはなくなった。そのため、飼育されていた大型類人猿の情報が紛失したり、確認が難しい状況となっている。そこで、関西の電鉄系動物園の成り立ちや歴史を調べるとともに、そこで飼育された大型類人猿の情報収集を試みた。調査は、文献調査を中心としておこなった。公益社団法人日本動物園水族館協会が発行する年報や国内血統登録書、文部科学省ナショナルバイオリソースのデータベース、図書館の郷土資料、地域の過去の新聞などを確認した。調査の結果、関西の電鉄系動物園の始まりは、1907年に阪神電気鉄道が開いた香櫨園大遊園地だろうと推測された。香櫨園大遊園地には、動物園のほか、ウォーターシュートや音楽堂などの施設もあった。1910年には、箕面有馬電気鉄道が箕面動物園を開園し、そこではボルネオオランウータンが飼育された。当時の記録には「佛領ボルネオ産の大ゴリラ」との記載がある。その後、京阪電気鉄道、阪急電気鉄道などが動物園を開園した。これら電鉄系の動物園は、沿線開発の一環として、都市と都市をつなぐ沿線に作られ、大型類人猿は珍しい動物として集客に使われていた。開園時期は、蒸気機関車から電車に変化し、都市間を走る私鉄が増加した時代である。一方、2000年代に入り電鉄系動物園の閉鎖が相次いだのは、沿線の宅地開発が終わった時期である。沿線に動物園を所有する意味や、大型類人猿を飼育する理由が時代とともに変化したことが大きな原因になったと推測された。</p>
著者
高井 正成 李 隆助 伊藤 毅 西岡 佑一郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.28, 2012

韓国中原地域の中期~後期更新世の洞窟堆積物から出土していたマカク類の化石について、予備的な報告を行う。対象とした化石標本は、忠清北道西部のDurubong洞窟(中期~後期更新世)と忠清北道東部のGunang洞窟(後期更新世)からみつかっていたものである。Durubong洞窟は1970年代後半から発表者の李隆助らにより複数の洞窟で発掘調査が行われ、加工された骨や旧石器、人骨が見つかっていた。大型の動物化石としてはマカクザル、サイ、ハイエナ、クマ、シカ、バク、ゾウなどの化石が見つかっていた。またGunang洞窟は1980年代後半から、忠北大学博物館が中心となって発掘調査が行われている、現在も継続中である。旧石器が見つかっている他に、マカクザル、クマ、トラ、シカ、カモシカなどの動物骨が見つかっている。<br> 今回報告するマカクザルの歯は、中国各地のマカク化石やニホンザル化石と比較しても最も大型の部類に含まれる。中国の更新世のマカク化石は、大型の<i>Macaca anderssoni</i>と中型の<i>M. robustus</i>に分けられているが、遊離歯化石だけで両者を区別することは非常に難しいため、同一種とする研究者も多い。今回再検討したマカク化石には、上顎第三大臼歯の遠心部にdistoconulusとよばれる異常咬頭を保持しているものが含まれていた。この形質はニホンザルで高頻度で報告される特徴の一つであるが、<i>M. anderssoni</i>では報告されていない。一方、発表者の伊藤毅がおこなったマカクザル頭骨の内部構造の解析により、M. anderssoniはニホンザルとは別系統に含まれる可能性が高いことが明らかになった。したがって韓国から見つかっているマカクザル化石は、ニホンザルの祖先種グループとしての<i>M. robustus</i>である可能性が高い。
著者
堀田 英莉 関 義正 岡ノ谷 一夫 齋藤 慈子 中村 克樹
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;ヒトの乳児の泣き声(crying)は,苦痛や空腹といった何らかのニーズを非明示的にあらわすシグナルであり,ほとんどの哺乳類の乳児は泣き声をあげることで養育者から養育行動を引き出すことができる(Gustafsonら,2000;Bard,2000).アカゲザルやチンパンジーなどヒト以外の霊長類でも,ヒトほど顕著ではないが,母親を含む養育者との身体的な分離が生じたときに,乳児は distress callやscreamを発する(Bard,2000).ヒト以外の霊長類において,乳児の泣き声への応答について調べた研究は未だ少ないが,ヒトを含めた霊長類の養育行動を明らかにするためにはヒト以外の霊長類の乳児の鳴き声への応答を調べることが重要である.コモンマーモセット <i>Callithrix jacchus</i>はヒトと似た家族を社会の単位とし,協同繁殖を行う.本研究では,コモンマーモセットの乳児の泣き声が父親及び母親個体の発声行動に与える影響について調べた.被験体には,コモンマーモセット 5頭(オス 3頭,メス 2頭,6.0 ± 1.6歳)を,乳児音声刺激として被験体の実子(1-7日齢)の泣き声を(乳児条件),成体音声刺激として同じ飼育室の異なるケージで飼育されている成体個体(オス 3頭,メス 3頭,3.6± 0.64歳)の音声(phee call)を使用した(成体条件).また比較のため,無音刺激を用いた(無音条件).実験では,防音箱内に設置したテストケージへの 15分間の馴化を行ったあと,刺激提示前 5分間と刺激提示中の 5分間,刺激提示後 20分間の発声を録音した.時間と条件の 2要因について分散分析を行った結果,乳児条件では成体条件や無音条件と比較して,刺激提示終了後から 10分間にわたって発声頻度が上昇することがわかった(F = 3.543, df = 10/40, p < .01).今後は,乳児の鳴き声を聞いた親個体の神経系の応答やホルモン変化を調べ,泣き声の養育行動へ与える影響について調べたい.
著者
坂巻 哲也
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第21回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.66, 2005 (Released:2005-06-07)

チンパンジー社会には、パントグラントと呼ばれる服従的発声によって知ることができる基本的な優劣関係(formal dominance)が存在し、オトナオスは同じ集団のメスやコドモからパントグラントを受ける。パントグラントは、複数のオスとメスが平和的に共存するために日々繰り返される挨拶行動と考えられている。本研究は、パントグラントが大声で交わされることの社会的意味を検討した。調査は、1999∼2000年の約1年間、タンザニアのマハレ山塊国立公園のチンパンジーを対象におこない、オトナメスがオトナオスと出会う場面のパントグラントを調べた。その結果、メスが複数のオスと出会う場面では、メスはすべてのオスにパントグラントを発するのではなく、その相手は主にアルファオスだった。また、パントグラントが起こる出会いは、一日の遊動生活の中で、休息後の移動時に頻繁だった。メスは最も優位なアルファオスと大声になるパントグラント交渉を持つことで、多くの個体とその場の社会的状況に関する認識が共有され、同一集団での共存が促進されることが示唆された。パントグラントの特徴ある発声には、交渉が起こったことを他個体に知らせる宣伝の効果があると考えられる。