著者
浅井 潔
雑誌
情報処理
巻号頁・発行日
vol.46, no.3, pp.271-276, 2005-03-15

バクテリアに始まりヒトを含む多くの真核生物のゲノム配列が決定されたが,もとよりゲノム配列の決定はその解読ではなく,ゲノム配列情報の意味を解明するためには多くの課題が残されている.その第一は遺伝子発見と機能アノテーションである.多くのゲノム配列が遺伝子位置,機能が注釈付けされた形で公表されているが,その作業は熟練した研究者の人手によるところが多く,自動化された技術としては確立していない.遺伝子制御ネットワーク,代謝パスウェイ,シグナル伝達パスウェイなどを解明し,データベース化することはより高次の課題であるが,ゲノムに存在する遺伝子セットの機能アノテーションが前提となっている.今後は,DNA マイクロアレイによる発現解析,タンパク質相互作用の解析,タンパク質立体構造などの多元的な情報と配列情報を統合した取り組みが主流となっていくであろう多くのゲノムが決定されたことにより可能になった「比較ゲノム」の研究により,共通の保存領域の中には,タンパク質コード領域ではない部分(非コード領域)の方が多いことが明らかになった.このうち相当部分が機能を持つRNA ではないかと考えられている.RNA 干渉とmiRNA の発見によっても注目を浴びているRNA ではあるが,実はRNA 配列の情報解析技術は確立された技術とは言いがたい.二次構造と配列相同性の両方を考慮した実用的な配列の比較・検索手法はまだ存在しないが,近年カーネル法や共通二次構造予測など,新しい手法が提案されている.
著者
薄井 智貴 坂 匠 山本 俊行
雑誌
マルチメディア,分散協調とモバイルシンポジウム2016論文集
巻号頁・発行日
vol.2016, pp.1172-1174, 2016-07-06

センサ技術の高性能 ・ 高精度化に伴い,ウェアラブルデバイスが脚光を浴びている.本研究では,昨年末に販売が開始された眼電位センサを搭載したウェアラブルメガネ 「JINS MEME」 の運転行動把握における利活用を検討しており,本稿においては,まず,本製品の特徴および取得データによる視線方向推定の可能性について検討した結果について述べる.被験者 1 名による簡易計測実験の結果,取得できる水平 ・ 垂直方向の EOG 値を利用することで,誤分類率 8% 程度で,視線方向を把握することができることが示唆された.
著者
布施谷 節子 柴田 優子 SETSUKO FUSEYA YUKO SHIBATA
出版者
和洋女子大学
雑誌
和洋女子大学紀要 = The journal of Wayo Women's University (ISSN:18846351)
巻号頁・発行日
vol.52, pp.141-151, 2012-03

ハイヒールの歩容の特徴を、裸足歩行との比較において明らかにすることを目的に、ハイヒール歩行に関する質問紙調査と2台のビデオカメラの撮影による歩行の三次元動作実験を行った。質問紙調査の対象者は本学女子学生176人、歩行動作実験の被験者は本学女子学生および女性職員45人で、調査及び実験は2008年7 月~ 9 月に行った。主な結果は以下のとおりである。 質問紙調査から、女子大学生は「膝を曲げて歩かない」、「背筋を伸ばす」、「真っ直ぐに歩く」などが美しい歩容だと意識していた。また、安全性や足の障害も問題視していた。 ハイヒール歩行では離床と同時に膝を上げ、足部を外に蹴り出すことなく、ほぼそのまま着地するということがわかった。ハイヒール歩行では裸足歩行のようないわゆるあおり歩行ができていないといえる。ハイヒール歩行の一歩は歩幅が狭く所要時間がやや長い傾向であった。ハイヒール歩行は裸足歩行より膝を高く上げているものの、踵を後に蹴り上げずに、靴を床面とほぼ平行に置きに行くような歩行をしていることがわかった。膝の動きを経時変化でみると、ハイヒール歩行では最高点に達するまでに膝を早く高く上げ、最高点以降は早く接地しており、接地による片足の支持時間が長いといえる。また、膝の軌跡のパターンは、ハイヒール歩行は裸足歩行に比べて画一的な傾向であった。各マークを結んでできる空間角度でみると、裸足歩行とハイヒール歩行の違いは腰と膝の曲がり具合に表れるということがわかった。
著者
岩淵 令治
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.199, pp.261-299, 2015-12-25

巨大都市江戸において、諸国から定期的に移動してくる各藩の勤番武士は重要な存在である。従来の研究では、勤番武士の行動は、外出、とくに遠出のみが注目され、「江戸ッ子」が創り出した田舎者イメージ「浅黄裏」、および江戸各所の名所をめぐる行動文化の担い手としての自由なイメージで語られてきた。こうした従来の検討に対して、筆者は勤番武士の日記や生活マニュアルについて、①江戸定住者によって作り出された田舎者のイメージから離れる、②勤務日・非外出日も含めた全行動を検討する、③外出については近距離の行動も視野に入れる、という視点から分析をすすめ、他者から見た江戸像や、江戸の体験(他文化)を経た自文化の発見、また彼らの消費行動に支えられた江戸の商人や地域を論じてきた。本稿では、臼杵藩の中級藩士国枝外右馬が初めての江戸勤番中に執筆した「国枝外右馬江戸日記」から行動を検討し、以下の点を明らかにした。第一に、本日記は手紙のように国元に頻繁に送られており、国元への報告という性格を明確に持っていることが特徴である。勤番武士の日記の検討にあたっては、こうした視点が今後不可欠であろう。第二に、行動についての概要を検討し、既に検討を加えた八戸藩・庄内藩の事例と比較した。その結果、他藩士と同様に、基本的には勤務と外出制限によって、居住地から二キロメートル以上離れた場所に出る日は少なく、とくに藩邸から離れた本所・深川などへはあまり訪れていないこと、ただし本事例では外出日が若干多く、また行動範囲もやや広い傾向がある点を明らかにした。第三に、勤務の内容から、外右馬の経験を検討し、自藩の大名社会における位置、ひいては幕府権力の巨大さを認識するに至った可能性を指摘した。これは政治都市・儀礼都市江戸における勤番による特徴的な経験であり、こうした情報が伝えられることによって、格式や自藩の位置が認識されていったのではないかと考えられる。勤番武士については、今後、時期、藩の規模、藩士の階層、藩邸の所在地など、異なる事例を蓄積した上で、さらに全行動を対象として比較・検討する必要があろう。
著者
山田 慎也
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.193, pp.95-112, 2015-02-27

本稿では,徳島県勝浦郡勝浦町のビッグひな祭りの事例を通して,地域固有の特徴ある民俗文化ではないごく一般的な民俗が,その地域を特徴付けるイベントとして成功し,地域おこしを果たしていく過程とその要因について分析し,現代社会における民俗の利用の様相を照射することを目的としている。徳島県勝浦町は,戦前から県下で最も早くミカン栽培が導入され,昭和40年代までミカン産地としてかなり潤っていたが,その後生産は低迷し,他の地方と同様人口流出が続いていた。こうしたなかで,地域おこしとして1988年,ビッグひな祭りが開催され,途中1年は開催されなかったが,以後現在まで連続して行っている。当初役場の職員を中心に,全国で誇れるイベントを作り出そうとして企画され,その対象はおもに町民であった。しかも雛祭り自体は勝浦町に特徴あるものではなく,また地域に固有の雛人形を前面に出したわけではない。各家庭で収蔵されていた雛人形を,勝浦町周辺地域からあつめて,巨大な雛段に飾ることで,イベントの特性を形成していった。さらに,町民が参加するかたちで,主催は役場職員から民間団体に移行し,開催会場のために土地建物を所有する。こうして民間主催のイベントにすることで,行政では制約が課されていたさまざまな企画を可能とするとともに,創作的な人形の飾り方を導入することで,多様な形態での町民の参加が可能となり,その新奇性からも町内外の観覧者を集めることに成功した。そして徳島県下から,近畿圏など広域の観光イベントとして成長していった。さらに,このノウハウとともに,集まった雛人形自体を贈与し,地域おこしを必要とする全国の市町村に積極的に供与することで,全国での認知も高まっていった。こうした状況を生み出す背景となったのは,実は戦後衣装着の人形飾りを用いた三月節供の行事が全国に浸透し,大量に消費された雛人形が各家庭で役目を終えたままとなっているからであり,それらを再利用する方法がみいだされたことによる。さらに自宅で飾られなくなった雛人形を観光を通して享受していくという,民俗の現在的な展開をも見て取ることができる。
著者
渡辺 昭治
出版者
麻布大学
巻号頁・発行日
1976-04-26

薬剤の開発から各種実験等における実験動物科学のめざましい進展は近年特に著しいものがある。そこで著者は実験動物を用いFT-207〔N_1-(2-Tetrahydrofuryl)-5-fluorouracil〕の実験的腫瘍に対する制癌効果に関する研究をする機会を得た。FT-207はラトビア共和国科学アカデミー会員のHillerらにより制癌剤として合成された化合物である。FT-207は各種の実験的腫瘍に有効であるとされ、また臨床例においても特に腺癌(主に胃癌および大腸癌)に効果を示し、FT-207は動物実験および臨床例での毒性、副作用(吐気、嘔吐、めまい、下痢等)はDuschinskyらにより、antipirimidine剤として合成された5-Fu(5-Fluorouracil)に比べきわめて少ないとされている。FT-207は白色の無晶形粉末でdimethyl formamideによく溶け、Chloroformおよびmethanolにやや溶けやすい、融点は164~169℃で分子量は200.17である。5-FuはDuschinskyによりantipirimidine剤として合成され、白色または微黄色の結晶で、ほとんど無臭、水、エタノールにわずかに溶ける。Heidelbergerらによって著しい制癌効果を有することが報告された。作用はformate-C^14のDNAのチミジン酸へのとりこみを阻害することからDNAの生合成を阻害するといわれている。臨床的にはとくに大腸癌に有効であり、副作用として悪心、嘔吐、下痢、脱毛、血便、白血球減少などが頻発するといわれている。分子量は130,08である。FT-207の作用は生体内において徐々に抗癌作用のある活性物質に変換されDNAの合成阻害を示す。血中および組織内濃度が長時間持続すると共に毒性面においても低毒性であり、優れた抗腫瘍効果を発揮する。FT-207が本邦に始めて導入されたのは1970年1月であり、この時より日ソ共同での研究が開始され、著者は実験動物により毒性実験を実施し、これを基にして各種実験的腫瘍を用いて効力実験を行ない、あわせて生体内分布、排泄、代謝実験を実施した。 1. 毒性実験 マウス及びラットを使用した急性、亜急性及び慢性毒性実験の結果、FT-207は5-Fuに比べて毒性が低く、薬用量の約3倍投与による催奇型実験においても安全性が立証された。 2. 効力実験 FT-207の実験的腫瘍に対する制癌効果については、4n-Ehrlich carcinoma、Sarcoma180、Sarcoma37をマウスに、吉田肉腫、AH-130及びローダミン肉腫をラットにそれぞれ移植し、移植24時間後からFT-207をマウス及びラットにそれぞれ腹腔内投与及び経口投与した。そして腹水腫瘍抑制実験、固型腫瘍抑制実験及び延命効果実験を実施した。その結果、腹水腫瘍抑制実験では腹腔内投与においてSarcoma37に対し効果がみられた。固型腫瘍抑制実験では、腹腔投与において4n-Ehrlich carcinoma、Sarcoma180、Sarcoma37、AH-130、ローダミン肉腫の実験的腫瘍に対し効果がみられた。また経口投与においては吉田肉腫、AH-130において効果がみられた。延命効果実験では腹腔内投与において、Sarcoma37に効果がみられ、経口投与ではSarcoma180、Sarcoma37にそれぞれ効果がみられた。この様にFT-207は固型腫瘍に効果を示し、かつ副作用も極めて低い制癌剤であることが分った。著者はさらにFT-207坐剤投与における転移肝腫瘍の形態的変化を観察した。 最近転移癌の化学療法等による治療法が注目されるようになった。しかし転移肝腫瘍の治療法となると現在のところ確実に完治せしめ得る方法はない。治療法としては転移巣と共に肝を切除する方法、放射線治療等が行なわれているがあまり効果的でないようである。そこで残されたのは化学療法による治療法である。著者は、白色家兎の転移性肝腫瘍に対する化学療法を行ったところ、意義ある結果を得た。すなわち、著者は徳島大学医学部(井上教授)より家兎のB.P腫瘍をゆずりうけ、B.P腫瘍細胞数と肝腫瘍生に関する基礎的実験より、B.P腫瘍細胞数1.0×10^3個を盲腸上腸間膜静脈より注入する事により、転移肝腫瘍を発生させる事に成功した。そこでFT-207投与群5羽、FT-207無投与群5羽にそれぞれB.P腫瘍細胞を家兎の盲腸上腸間膜静脈より1.0×10^3個を注入し、肝へ転移せしめ、転移後28日目に肝を摘出し、転移肝腫瘍を形態的(肉眼的、病理組織学的)に比較した。肉眼的にはFT-207坐剤投与した家兎はFT-207坐剤無投与家兎に比べてB.P腫瘍数が少なく、B.P腫瘍の大きさもFT-207坐剤投与した方が著じるしく小さく、縮小効果を示した。 組織学的にはFT-207坐剤投与した家兎はFT-207坐剤無投与家兎に比べてB.P腫瘍組織と肝の正常組織との間にみられる細胞の反応層が広く、B.P腫瘍組織の増殖を抑制していることがわかる。FT-207を経直腸的に投与する坐剤が開発され、その血中濃度の推移から経口投与におとらぬ効果が期待され、経口投与不能症例に有用であると考えられる。又、中野等の行なったFT-207の使用経験でも扁平上皮癌に著効例がみられたと報告しておる。岡崎等は有効率の低かった腺癌の肝転移例の治療成績がFT-207の導入により向上したと述べている。 これらの事より本剤は投与方法が簡便で他の制癌剤に比べ長期にわたり投与でき、今後利用価値の高まる薬剤と考えられる。 3. Bioassay法によるFT-207の体内分布、排泄及び代謝実験 実験動物を用いFT-207の生体内動態をBioassay法で検討した結果、本剤は血中及び組織中で長く存在し、尿中への排泄も5-Fuに比べ著しく遅れる。更に長時間留まった本剤は徐々に抗菌性及び抗癌性の強い活性物質に転換されていく。特に経口投与において、この性質は助長される。FT-207及びその活性物質の長時間持続性は、5-Fu投与の際にはみられない特性であって、5-Fuよりも制癌作用の持続時間が長くなることを期待させるもので、臨床面での治療法を考える場合、その投与方法などに大きな示唆を与える。活性物質として5-Fu、FuR、FuRMP等に代謝され、これらの活性物質が制癌作用を示すものと考えられる。活性化は肝において最も強く、特に腫瘍組織内に活性物質が極めて高値にしかも長時間認められることは注目に値する所見である。
著者
島田 直明 米地 文夫
雑誌
総合政策 = Journal of policy studies (ISSN:13446347)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.119-131, 2006-03-01

カラマツは宮沢賢治作品への登場頻度の高い樹木である。そのカラマツ林やその周辺の景観について賢治の描写を分析するとともに、同時代の代表的詩人北原白秋の作品と比較検討を行った。本論文では特に心象スケッチ『春と修羅』のなかの作品群に描かれたカラマツに着目した。それらの多くは岩手山麓の牧草地や放牧地の防風林としてのカラマツ林であった。賢治の作品から1920年代の岩手山麓は、草地や草地から遷移が進んだ森林、カシワ林などさまざまな植生タイプがみられ、また草地を囲むようにカラマツ林が列状に連なる景観であったと読み取れた。旧版地形図や岩手県統計書などの資料から判読した当時の景観も同様であり、賢治が『春と修羅』の作品群において正確に景観を描写していたことが検証できた。一方、北原白秋の有名な詩「落葉松」は、カラマツ林の中に歩み入り、また歩み去る己れを抒情的に詠いあげた。この詩人の絶唱ともいうべき作品ではあるが、カラマツ林の景観そのものについては全く描写していない。これに対して、賢治はカラマツ林の景観をナチュラリストの眼で観察し、心象スケッチという形で具体的に描写・記録した。彼はのち,カラマツを用いて景観を造る「装景」をも考えていたのであった。