著者
西村 明 小泉 宣夫
出版者
東京情報大学
雑誌
東京情報大学研究論集 (ISSN:13432001)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.79-92, 2004-02-20
被引用文献数
3

いくつかの種類のディジタルオーディオ機器におけるサンプリングジッター測定の結果を示した。解析信号を用いたジッター測定は、CD-Rメディアの製造メーカの違い、信号のビットパターン、ディジタル信号伝送系、DAC, ADCそしてプレーヤのクロック発振器など、複数の要因が、オーディオ機器の微細なジッター特性に影響を与えていることを示した。ジッター測定を通じて得られた最大のジッター成分振幅は、ジッター周波数2 Hz以上において、2nsを下回った。従来の周波数変動検知実験の結果と比較すると、この程度のジッターが音質に与える影響を聴取者が検知することは困難であると予想される。
著者
薬本 武則 Takenori Yakumoto
出版者
共栄大学
雑誌
共栄大学研究論集 = The journal of Kyoei University (ISSN:1880859X)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.119-133, 2015-03-31

明治以降の日本での美術教育は, 西欧の教育に準じた方法を採用してきたが, 西欧の精神性を軽視した技術論重視の教育方法が, 日本人特有の精神性までも失わせてしまうのではないかと言う不安を生み出し, 再び日本の伝統文化に根ざした教育方法への強い関心を持つようになった。その時, 私は, 江戸時代後期に茶道から始まり, その後, 芸道・武道などに受け入れられ, 日本の伝統, 教育方法になった「守・破・離」があることに気づいて, それを美術教育にも転用して, まず「守」としての基本的美術意識構築のための方法として、中国の謝赫が著わし張彦遠が論述した「画の六法及び十法」に強い関心を抱いた。そこで, これらの言葉を、西洋画の言葉に慣れ親しんでいる美術関係者にも判りやすい日本語で説明することから, 新たな美術教育の道が開けるのではないかとの考えに至り「画の六法及び十法」について考察することにした。Art education in Japan after the Meiji Restoration adopted a method that followed the European educational model,but this education model only looked at technicques rather than the spirit. Consequently, the Japanese psyche was lost. As a result, Japanese people began to think more about traditional Japanese culture. I have also regained a strong interest in teaching methods rooted in traditional Japanese culture. I have noticed that the traditional Japanese education method, which is based on「 守(shu)・破(ha)・離(ri)」 can be transformed to embody Japanese art education. As a method for the basic art of building consciousness through oberservation (shu), I have a keen interest in the ‶ten methods and six codes of the image" that Shakaku, of China, discussed.Therefore, I decided to consider explaining art in easy-to-understand Japanese using the "ten methods and six codes of the image" in terms that are similiar to those used in Western painting.
著者
野原 康弘 Yasuhiro Nohara 桃山学院大学経営学部
出版者
桃山学院大学総合研究所
雑誌
桃山学院大学キリスト教論集 = St. Andrew's University Journal of Christian Studies (ISSN:0286973X)
巻号頁・発行日
no.44, pp.1-42, 2009-02-20

In UK, the death of Elizabeth II automatically should place her son Charles, Prince of Wales, on the throne. There should be no difficulty at all as to who inherits the crown; no civil strife between her children, Charles, Anne, Andrew and Edward. In the past, however, this peaceful state of crowning was not common, on the contrary, coronations often led to bloodshed; the first in succession to the throne did not always manage to mount the throne. When King Edward the Confessor died childless in 1066, a question, who should succeed the throne, occurred naturally. Edgar, who was the grandson of King Edmund, was one, Norwegian-Danish King Harald was also one, and Guillaume, the Duke of Normandy was another. Nevertheless Harold, the son of Earl Godwin, took a drastic measure: he had two services on the same day; King Edward's burial and his own coronation, which was extremely unusual even at that time, and which eventually aggravated the matter. The above three people appealed Harold's coronation. Edgar, however, was regarded too small to succeed the throne. King Harald from Norway invaded the north of England and occupied York temporarily but was finally defeated by newly crowned King Harold at the Battle of Stamford Bridge. Guillaume with a stronger claim against Harold was different from the two. He was waiting for the good time for a battle with Harold. Guillaume was born in 1027 at Falaise in Normandy, France, as an illegitimate child of the sixth Duke Robert of Normandy. King Edward's mother, Emma, was from Normandy, and Guillaume and King Edward were relatives. Guillaume made an invasion at Pevensey with a great fleet of warships in 1066. As is well-known, he completely beat King Harold's army at the Battle of Hastings. Nevertheless, it was more than two months before he crowned himself as William the Conqueror, King of England. This summer, I visited cities and towns in Normandy which were related to Guillaume, and also drove along the south-eastern coast of England. This means that I tried to follow the steps of Guillaume's conquest of England.
著者
近藤 敏仁 北島 信行
出版者
SOCIETY OF ENVIRONMENTAL SCIENCE, JAPAN
雑誌
環境科学会誌 = Environmental science (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.20, no.5, pp.399-407, 2007-09-28
参考文献数
28

土壌汚染対策法の施行(平成15年2月)をきっかけとして土壌汚染の調査事例件数が大きく増加し,これに伴って環境基準超過事例の件数も年々増えてきている。多様化する汚染サイトの諸条件にあわせて,浄化手法の選択肢も多岐にわたることが望ましい。我々は,低コスト・低環境負荷型の土壌汚染浄化の1手法として,ファイトレメディエーションに注目し,技術開発と実汚染サイトへの適用に取り組んでいる。重金属による汚染土壌には,汚染物質を植物に吸収,蓄積させて,蓄積させた後の植物体を収穫することにより土壌を浄化するファイトエクストラクションが有効である。 平成18年11月に発表された環境省の調査結果によると,ヒ素はわが国において基準超過件数が鉛についで多い元素である(累積)。また自然由来の汚染事例が多く報告されており,ファイトレメディエーションの適用が期待される汚染物質である。 2001年にイノモトソウ科のシダ植物であるモエジマシダについて,ヒ素を吸収・蓄積する能力があることが報告された。筆者らは,室内試験実サイトでの栽培試験により,モエジマシダがヒ素浄化用の植物として有望であるものと判断した。 モエジマシダの持つヒ素汚染除去能力は極めて高いものであるが,実汚染サイトにおける浄化効率は土壌条件,とりわけ汚染土壌に含まれるヒ素の化学形態に大きく左右されると考えられることから,トリータビリティ試験の検討も進めている。 本報告では,モエジマシダを用いたヒ素汚染土壌のファイトレメディエーションに対する筆者らの取り組みを紹介し,今後の展望を述べる。
著者
吉岡 泰夫
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.92-104, 2004-09-30
被引用文献数
2

首都圏と大阪のネイティブを対象に,ポライトネスの観点から,(1)コミュニケーション意識,(2)敬語行動,(3)規範意識について調査した結果,それぞれ次のような地域差・世代差がみられた.(1) 普段の会話で「楽しく話すこと」を大事にする意識は大阪ではどの世代でも高い.首都圏では若い世代ほど高く,上の世代ほど低い.改まった会話で「正しく話すこと」を大事にする意識は首都圏ではどの世代でも高く,特に60代以上で著しい.大阪は首都圏に比べて低く,特に60代以上では20ポイント程度の差がみられる.(2) 改まった場面の敬語行動をみると,首都圏は,若い世代で尊敬語・謙譲語を含まない敬意レベルの低い形式の使用が目立つのに対して,上の世代で敬意レベルの高い尊敬語・謙譲語を含む形式(二重敬語も含む)の使用が目立つ.大阪ではすべての世代で,敬意レベルの低い尊敬語や,仲間内マーカーの働きも併せ持つ方言敬語,方言の受益表現が使われている.(3) 敬語についての規範意識をみると,敬語の過剰な使用である二重尊敬に対して,首都圏の方が大阪に比べてより肯定的である.これらの結果を,Brown & Levinson (1987)のポライトネス理論の枠組みから捉えると,次のような地域的・世代的な傾向がみえる.首都圏は若い世代を除いて,敬語形式の丁寧さ,礼儀正しさを重視したネガティブ・ポライトネスに比重をかける傾向がある.大阪は,お互いの心理的距離を縮めたいという欲求に働きかけるポジティブ・ポライトネスに比重をかける傾向がある.若い世代ではポジティブ・ポライトネス重視の傾向が首都圏・大阪で共通している.
著者
小菅 健一
出版者
山梨英和学院 山梨英和大学
雑誌
山梨英和大学紀要 (ISSN:1348575X)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.27-38, 2012

アニメーション映画と実写映画という視覚芸術、小説という言語芸術のジャンルを超えたユニークな表現活動を繰り広げている、映画監督の押井守の制作・創作の表現原理の問題を解き明かしていくために、押井論の前稿である「《言語映像》と《映像言語》による表現論の結節点ー押井守論の前提としてー」の表現論の考察を踏まえた上で、アニメーション映画・実写映画・小説の三つの領域の存在を確認して、統一した表現原理を措定するために、「押井守」的な表現を実体化する必要性に逢着して、その第一歩として、取り敢えず、同じジャンルに属するアニメーション映画と実写映画に目を向けて、両方を同じ「映画」と捉えることによって展開していく問題の考察と今後の課題を提示した論文である。