- 著者
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中村 努
- 出版者
- 一般社団法人 人文地理学会
- 雑誌
- 人文地理 (ISSN:00187216)
- 巻号頁・発行日
- vol.73, no.1, pp.55-74, 2021 (Released:2021-04-13)
- 参考文献数
- 37
- 被引用文献数
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5
本稿では,台湾島嶼部の地理的条件と地域固有の歴史的経緯から多様な空間スケールのケア供給体制が構築されてきた過程と,現在のケアの利用行動からケア供給体制が抱える課題を明らかにした。台湾本島との隔絶性が高い緑島では,1990年代以前,衛生所による一次医療が展開されるのみで,その他のケアニーズはもっぱら近居の家族による支援によって対処せざるを得なかった。一方,民主化が進展した1990年代後半以降は,民間診療所の開設と,東南アジアからの介護労働者の受け入れによる高齢者介護や生活支援サービスの確保が確認できた。こうして,複数のアクターがローカル・スケールのみならず,グローバルなレベルに及ぶ広域で重層的なローカル・ガバナンスを形成することによって,台湾の島嶼部におけるケア供給が図られてきた。しかし,台湾政府は時間的,地理的制約を克服するために有効とされる,遠隔画像診断と救急搬送の活用に消極的であった。ケアサービスの利用行動を検討した結果,島内では家族や外国人労働力が在宅介護を支える一方,休職や家族の分断を伴った島外への受療行動が確認できた。こうした政府の役割を代替あるいは補完しようとするアクターで構成されるローカル・ガバナンスは,台湾固有のケア規範に加えて,緑島固有の歴史的経緯とも密接に関係しており,外国人介護労働者の人権に対する法的整備や,身近な地域でケア供給が完結する体制の整備が課題であることも明らかになった。