著者
八幡 恵一
出版者
『年報 地域文化研究』編集委員会
雑誌
年報地域文化研究 (ISSN:13439103)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.91-113, 2014-03-31 (Released:2016-11-04)

Nous nous proposons dans cet essai de mettre au jour la théorie particulière de la « vérité » que Maurice Merleau-Ponty esquisse dans son ouvrage intitulé La prose du monde. Ce livre de 1951 devrait selon nous compter parmi ses chefs-d’oeuvre, au même titre que la Phénoménologie de la perception et Le visible et l’invisible. Toutefois, peut-être parce que Merleau-Ponty a laissé ce livre inachevé et que celui-ci ne constitue donc qu’un manuscrit resté inédit de son vivant, La prose du monde n’a à ce jour que rarement fait l’objet d’une analyse sérieuse et approfondie. Dans ces circonstances, nous mettons ici en valeur la centralité de ce livre en démontrant notamment la singularité de la théorie de la « vérité » qui y est exprimée. Cette théorie se caractérise en particulier par ce que le philosophe appelle le « devenir de connaissance ». C’est-à-dire qu’il considère la vérité non pas comme une entité idéale ou immuable mais comme un mouvement dynamique de « devenir ». D’après Merleau-Ponty, l’« être mathématique » n’est pas à proprement parler une pure idéalité ni un système supra-temporel mais constitue une « structure » qui est toujours ouverte et mobile, et le lieu propre de la « vérité » ne se trouve qu’au moment précis où cet être se restructure et se réorganise autour d’un « sens neuf », lequel émerge de façon imprévue au sein de cette structure même et à la fois la déforme et reforme systématiquement. Nous essayons enfin de montrer que cette nouvelle théorie de la vérité s’appuyant sur le mouvement d’un « devenir » constitue effectivement l’un des éléments importants de la « philosophie de l’expression » qui marque – discrètement mais profondément – la pensée de Merleau-Ponty des années quarante et cinquante. L’« expression » ne désigne pas chez lui la simple extériorisation d’un objet intérieur mais renvoie plutôt à un acte d’auto-réalisation. La « vérité » s’inscrit elle-même dans ce mouvement expressif : elle consiste à se réaliser, ou plus exactement ici, à « devenir soi-même » dans sa propre structuration. La vérité est bien le mouvement même de devenir la vérité de la vérité.
著者
曽我部 真裕
出版者
KDDI総研
雑誌
Nextcom
巻号頁・発行日
no.16, pp.15-23, 2013-12-01

本稿は、従来の学説と近年の批判論を踏まえ、通信の秘密条項(憲法21条2項)の解釈論を試みる。従来の解釈論は通信事業が国営であることを前提としたものであるが、民営化・自由化後の今日では、民間事業者に憲法の拘束は及ばず、民間事業者の義務は憲法の趣旨等を踏まえた法律によって創設されたものと位置づけられる。他方、国家に対する憲法的な要請としては、通信の秘密を侵害しないという不作為義務が中心であり、近時主張されている通信制度の設営義務といった広汎な作為義務を憲法から引き出すことには慎重であるべきである。
著者
田村 俊作 三輪 眞木子 池谷 のぞみ 齋藤 泰則 越塚 美加 河西 由美子 齋藤 誠一
雑誌
科学研究費補助金研究成果報告書
巻号頁・発行日
2011 (Released:2012-00-00)

研究種目 : 基盤研究(B)研究期間 : 2008~2011課題番号 : 20300087研究分野 : 総合領域科研費の分科・細目 : 情報学・図書館情報学・人文社会情報学 公共図書館の課題対応型サービスが定着するための条件を明確にすることを目的に各種調査を行い、以下の点を明らかにした。①サービスは複合的であり、重点の置き方は図書館により異なる。②図書館員はサービスの多様性を容認している一方、業務負担の増大に対して根強い抵抗がある。③従って、課題対応型のサービスに対する図書館員の理解と参加、および必要な技能の獲得が鍵となる。④また、関連組織との協働型の連携がサービス展開に効果的である。
著者
増淵 勝一
出版者
立正女子大学短期大学部
雑誌
研究紀要
巻号頁・発行日
vol.16, pp.33-46, 1972-12 (Released:2012-01-18)
著者
増淵 勝一
出版者
立正女子大学短期大学部
雑誌
研究紀要
巻号頁・発行日
vol.18, pp.28-41, 1974-12 (Released:2012-01-18)
著者
久保田 裕次 クボタ ユウジ

26865 博士(文学) 2014-03-25 大阪大学 14401甲第17031号

1 0 0 0 OA かたちの詩学

著者
森川 晃輔 國枝 孝弘
出版者
慶應義塾大学湘南藤沢学会
雑誌
研究会優秀論文
巻号頁・発行日
(Released:2013-03-00)

國枝孝弘研究会2012年度秋学期 はじめに 第一節 本研究の意義 第二節 本研究の概要第一章 言語メッセージを芸術作品たらしめるものは何か 第一節 詩的機能 第二節 詩的機能の応用 第三節 ボードレール「猫たち」の分析 第四節 ヤコブソンの詩学の問題点第二章 詩における主体性 第一節 言語における主体性 第二節 詩における主体性 第三節 言葉と沈黙第三章詩のかたち 第一節 詩的言語と意味の弾性 第二節 イメージと記号 第三節 詩のかたち 第四節 他者への呼びかけとしてのかたち結論おわりに謝辞参考文献一覧
著者
松尾 麻理
出版者
慶應義塾大学大学院社会学研究科
雑誌
慶応義塾大学大学院社会学研究科紀要 : 社会学心理学教育学 : 人間と社会の探究 (ISSN:0912456X)
巻号頁・発行日
no.68, pp.109-121, 2009 (Released:2009-00-00)

論文 1. はじめに2. 先行研究検討3. ウィリアム・レイニー・ハーパーの生涯4. ウィリアム・レイニー・ハーパーの批判的聖書解釈4-1. 高等批評支持4-2. 創世記の人的要素4-3. ハーパーの信仰心5. 批判的聖書研究への反応6. おわりに
著者
金子 英世
出版者
慶應義塾大学藝文学会
雑誌
藝文研究 (ISSN:04351630)
巻号頁・発行日
vol.72, pp.1-22, 1997-06 (Released:1997-00-00)

一 「寛和二年 内裏歌合」について二 「寛和元年 内裏歌合」について三 結び
著者
岩﨑 洋介
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要. フランス語フランス文学
巻号頁・発行日
no.42, pp.97-111, 2006-03 (Released:2006-00-00)

ジャック・ラカンは1966年に出版されたそれまでの主要論文や講演の記録をまとめた『エクリ』の段階で既にシェーマZ など図形や記号を伴う概念を導入していたが、『エクリ』以降もメビウスの輪やクロス・キャップ、トーラスといったトポロジー的な図形、さらに「マテーム( mathème)」とラカン自身により名づけられた定式や論理学の量記号を援用してきた。そしてその晩年にあたる1970年代、学説的に最も力を注いでいたのはボロメオの輪、ないし結び目を己の学説に導入することであり、その執着ぶりは例えばエリザベト・ルディネスコによる『ジャック・ラカン伝』に窺えよう。 「ボロメオの結び目」とは北イタリアのマジョーレ湖上の島にその名を残すボロメオ家の紋章に由来し、三つの輪、仮に輪a、b、c、とすると、a はb の、b はc のそれぞれ上に部分的に重なる形で位置する時、c がa の上になるように組み合わされた図形を指し、三つの輪の上下関係がa > b > c > a > b…という形で循環している。ラカンも度々指摘するように正確には「結び目」ではなく、三つの「輪」が三すくみに繋がれている図形である。その輪の交叉する部分を取り出した三つ葉のクローバー状の「結び目」もボロメオの輪と同様に言及される。これら図形の重要な特徴は、輪を一つ外すと、残りの二つの輪も互いに外れること、結び目の場合は線が交叉する個所が三箇所あるわけだが、そのうちの一箇所で交叉する線の上下を入れ替えると結び目が解消されただの輪になってしまうことである。こうした特徴を持つ輪は必ずしも三つとは限らず輪の数をいくら増やしても、そのうちの一つの輪を外すと鎖状に繋がっていたそれらの輪は個々の輪に分解してしまうといった図形を考えることは可能であるが、それは輪の数が三未満ではそうした関係は得られず、三が最小値である。 こうしたボロメオの輪自体は明らかにトポロジー的な図形であるが、このボロメオの輪への関心はことに『エクリ』以降に強まったラカンのトポロジーの援用の単なる延長とみなせるのであろうか。 ラカンのトポロジーへの関心は上記ルディネスコの評伝によると1951年に始まるが、『エクリ』に収められた諸編を見る限りでは、場(topos)と場の関係といったトポロジーの出発点となった観点による考察は色濃いものの、メビウスの輪などのパラドクシカルな図形はそれ以降の60年代後半になって盛んに援用されてくる(メビウスの輪が『エクリ』の中では最も後年に書かれた〈 La science et la vérité〉 で軽く言及されてはいるが)。ラカンがボロメオの輪について初めて言及したのは1972年の2月9日のセミネールでのことであるが、集中的に取り上げられ始めるのはその次の年度である1972–73年度のセミネールEncoreの全11回あった講義の内の第10回目(〈Ronds de ficelle〉)以降のことで、丁度マテームと入れ替わり講義中にしきりと描かれる図式となる。すなわちまとめると『エクリ』以降のラカンの図式に関する主な関心は、トポロジー的な図形→マテーム→結び目、という順で移行している。 マテームとは分析家、大学、主人、ヒステリー患者の四つにディスクールを分け、精神分析の立場を明確に位置づけるものであった。これは当時ラカンの属していたフランス精神分析学会( La Société française de psychanalyse)の解消に伴い、1963年に自ら創設したパリ・フロイト学派( l’Ecole freudienne deParis)の基礎付け、また精神分析が新設されるパリ大八大学に独立した学部を設置するにあたり、取分け科学的な知と精神分析の関係に見通しをつけ、いかに精神分析を「教育」しうるかという問いへの根本的な反省が要請されていたという外部的な事情も重なっている。 結び目を考える時、結び目の取り上げられた時期がこのマテームの時期の後にあるということが重要となってくる。ジャン=クロード・ミルネールはラカンの学説を三つの時期に分けているが、1972–73年度のセミネールEncore を第二期から第三期を分かつ位置にあるとしている。それはこの年度の講義でマテームの時代が頂点に達し、それと同時にそれをいわば「脱構築」するものとしての結び目が本格的に導入され始めるからだ。ミルネールに拠れば、第二期のラカンは数学におけるブルバキの影響を受け、その数学言語の形式化に倣い精神分析におけるディスクールの形式化を推し進めたものであったが(ラカンを除いてはブルバキと同じように執筆者が無記名なパリ・フロイト学派公認の雑誌Scilicet においてその傾向は著しい)、1968年の学生運動から70年代にかけての数学におけるブルバキ自体の後退、そして自身の学派内の不和といった外部的な影響もあり、マテームによる形式化及びそれに基づく精神分析の伝授へのさらなる見直しの必要をラカンが感じざるをえない状況で登場し、マテームに替わり盛んに援用されるようになったのが「結び目」であった。そうした見地に立つと、70年代にラカンが執着を示した結び目とはマテーム以前のトポロジー的な図形の援用とは性格を異とするもの、少なくともその単なる延長にあるのではない、と見なさねばなるまい。ラカンが結び目に着目したのも(少なくとも当時は)結び目が数学的に理論化されていないものであったからである。実際、ラカンの結び目とは以下に見るように、トポロジー的な対象として数学に基盤を求めるものではなく、むしろ数学を含めたあらゆる言語の「起源」を射程にいれたものである。
著者
大竹 晋
出版者
筑波大学哲学・思想学会
雑誌
哲学・思想論叢 (ISSN:02873702)
巻号頁・発行日
no.21, pp.67-80, 2003-01-31 (Released:2013-12-18)

小稿は先に発表した二つの菩提留支研究、拙稿A「菩提留支の失われた三著作」(『東方学』102)拙稿B「『金剛仙論』の成立問題」(「仏教史学研究」44,1)および、それを踏まえた『大乗起信論』研究、拙稿C「[?][?]行派文献と『大乗起信論』」 ...
著者
小峰 隆夫
出版者
法政大学地域研究センター
雑誌
地域イノベーション (ISSN:18833934)
巻号頁・発行日
pp.1-8, 2008-03-31

日本の地域政策はパラダイム転換を迫られている。その方向としては、次の5つが考えられる。第1は、誰が地域政策の主役になるのかである。1日パラダイムでは、国と企業が国士作りの中心だった。今後は地域が主役となり、これに、企業、大学、NPO、市民など多様な主体が関わっていく時代になっていくだろう。第2は、どんな方向を目指すのかである。旧パラダイムでは、「集中」を抑え「分散」を促進するというコンセプトが維持されてきた。今後は、必要な集中はむしろ促進していくという「選択的集中」が求められるようになり、各地域が地域資源を生かして個性的な方向を目指すことになるだろう。第3は、どんな地域を対象にするかである。旧パラダイムでは、「遅れた地域をいかに救うか」が政策の中心だった。今後は、「伸びる地域をできるだけ伸ばし、立ち遅れた地域は対象を絞って集中的に助成する」という方向に進むだろう。第4は、どんな手段を使うかである。1日パラダイムでは、公共投資の拡大中心としたハード路線が中心だった。今後は、歴史的な伝統や人間同士の信頼関係などの「ソーシャル・キャピタル」をベースとし、ソフトな社会的、知的資源を重視した政策手段が有効になるだろう。さらに、これからの日本の地域政策は「人ロオーナス」(従属人口比率の上昇)という困難な課題に直面することになる。今後日本の地方部は、特に強くこの人口オーナス現象の影響を受ける。これに対処していくためには、地域資源を生かして雇用の場を創出し、社会移動による人口減を防ぐことが必要となる。 The regional policy of Japan is now under the process of the paradigm shift The following five are its main direction. Firstly, who should be the main player of the regional policy? In thd old paradigm, the central government and the enterprises were the main players. Under the new paradigm,the local government will become a center player and the various players such as the enterprises,the university, NPO, and the citizens will participate in the future.Secondly ,what is the main target of the regional policy? In the old paradigm,they are promoting decentralization and suppressing concentration. Under the new paradigm, selective concentration will be required, and various places will make the best use of their regional resources aiming at a unique direction in the future. Thirdly, what type of region is the target ofregional policy? In the old paradigm, the region that lags behind was the main target. Under the new paradigm, the regional policy will aim at both promoting eveloping area and taking intensive care of the lagging area. Fourthly, what type of policy is implemented? In the old paradigm, a hard type of policy such as public investment is mainly implemented. Under the new paradigm, the soft type of policy such as promoting social intellectual resources will become effective. ln addition, the regional policy ofJapan will be faced to a difflcult problem of population onus(rise of the dependent population ratio). This population onus phenomenon will have the negative impact especially on rural area. Itis necessary to create the employment opportunities and to prevent the outflow of regional population.
著者
金沢 裕之 カナザワ ヒロユキ

12805 博士(文学) 1997-01-31 大阪大学 14401乙第07102号