著者
松本 正和 矢ケ崎 琢磨 平田 雅典
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.75, no.7, pp.410-415, 2020-07-05 (Released:2020-11-01)
参考文献数
43

マクロな単成分系では,温度,圧力が指定されれば,熱力学的に最も安定な相が一意に定まり,その構造は分子(の相互作用)のみに依存する.つまり,結晶構造は分子そのものにエンコードされていると言える.では,我々は分子を見ただけで,「ああ,この分子は結晶の種類が多いな」「この分子の相図は単純にちがいない」と判断できるだろうか? この質問に答えるためには,さまざまな物質で相図をくまなく描き,分子間相互作用と相図の複雑さの一般的な関係を導く必要があるが,現状ではこの問題はほとんど手つかずと言ってもさしつかえないだろう.水に関していえば,分子はもうこれ以上ないほど単純であるにもかかわらず,これまでに実験で17種類もの結晶形が見つかっている.しかも,おそらく最も研究されてきた物質なのに,今も次々に新たな結晶形が発見されているのである.近年の傾向として,計算機シミュレーションが実験に先立って氷の結晶構造とその物性を予測するようになったことが挙げられる.計算機を使えば,極端な熱力学条件を扱いやすいし,安定相だけでなく,競合する準安定相の安定性を見積もることもできる.2014年に合成された第16番目の氷結晶形(氷XVI)は,2001年にはその物性や安定条件が理論的に予測されていた.次に合成される結晶形も,シミュレーションですでに予測されているかもしれない.水は分子が極めて単純なので,最もシミュレーションしやすい物質のひとつである.水分子は原子3つが共有結合でつながった小分子で,ごく単純化されたモデルを使って近似計算すれば,さまざまな熱力学的な物性を短時間で再現できる.そのため,極めて早い時期(1970年代初頭)には分子動力学シミュレーションが実施され,以来計算機の発展とともに大規模なシミュレーションが行われ,相互作用モデルも精密化されてきた.では,計算機を使えば,冒頭に書いたように,分子間相互作用の知識だけから氷の相図を描けるのか.これまでにさまざまな結晶予測手法が提案されているものの,決定打と言うべき方法はまだ見つかっていない.分子間相互作用が弱く,精密な相互作用計算が必要であること,氷の単位胞が大きく,探索すべき構造の多様性が膨大であることがこの問題を難しくしている.我々は,はじめから新しい氷を探しだすことを狙っていたわけではなく,また,結晶構造を探索する革新的な手法を見つけたわけでもない.既知のさまざまな氷の結晶形の相転移過程(融解・凍結)を計算機シミュレーションで再現したい,という目的で計算をはじめたが,その過程で期せずして新奇な氷の形成に次々に遭遇し,結晶構造探索の奥深さと困難さを思い知ることになった.一方で,水素結合ネットワークが形作る結晶構造の面白さと可能性を知ることができた.分子が多数集まることではじめて生じる面白い現象を,水分子を先鋒として探っていこう,そこでの発見や経験がゆくゆくはもっと複雑な分子で起こる現象,ひいては新しい物理の発見にもつながるだろう,というのが我々の研究の目指す方向である.
著者
松本 正生
出版者
日本選挙学会
雑誌
選挙研究 (ISSN:09123512)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.60-73, 2013 (Released:2017-12-06)
参考文献数
14

「小泉郵政解散」総選挙時(2005年)に筆者が措定した「そのつど支持」は,日本人の政治意識として広く一般化した観がある。09年の政権交代前後からは,とりわけ,中高年層の「そのつど支持」化が顕著である。投票態度との関連で言えば,「そのつど支持」と は「その時限り」の選択でもあり,投票行動は眼前の選挙限りで完結し,選挙そのものが短期的なイベントとして消費されがちになる。いわゆる無党派層や浮動票は,若年層の政治意識や投票行動を表象する概念として用いられてきた。しかしながら,これらはすでに,中高年層の特性へと転移したと言わざるを得ない。中高年層の「そのつど支持」化は,また,選挙ばなれと表裏の関係にある。2012年総選挙結果は,近年の地方選挙における選挙ばなれが,国政選挙にも波及しつつあることを示唆している。すなわち,12年総選挙での投票率の低落には,政治不信や政党不信と形容される一票のリアリティの消失に加えて,社会の無縁化に起因する地域社会の変容も介在していると思われる。この小論では,筆者が上記解釈のよりどころとしたデータをいくつか紹介する。なお,論述のスタイルは,仮説-検証型の演繹的手法ではなく,各種調査結果の単純比較を通じた経験的解釈に終始する。会員諸兄のご批判を仰ぎたい。
著者
松本 正俊 井上 和男 竹内 啓祐
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.103-112, 2012 (Released:2012-04-28)
参考文献数
54
被引用文献数
3 5

医師の都市部集中とへき地・地方での医師不足は積年の社会問題となっている。医師の地理的偏在是正のために政策の果たす役割は大きく,特に医学教育への政策介入について,過去に多くの実証研究が行われた。本稿では過去の研究成果をレビューし,効果的に地方やへき地で働く医師を増やすためのエビデンスに基づく方策を考察する。医師のへき地就労を促進する因子として,医師自身がへき地出身であること,プライマリ・ケアに関連する総合性の高い診療科を標榜していること,へき地医師養成プログラム出身であること,卒後早期のへき地診療経験などがある。その他,卒前の地域医療実習,へき地勤務を条件とした奨学金貸与,医学部キャンパスをへき地に設置することなども有効性が示唆されている。わが国における政策としては昭和47年設立の自治医科大学,および平成20年以降急速に拡大し入学定員が1,000名を超えた医学部地域枠がある。さらに近年,卒前医学教育における地域医療実習,卒後臨床研修における地域医療研修が必修化された。これら政策はある程度上記のエビデンスを踏まえたものになっている。しかしながら地域枠の制度設計は都道府県によってばらつきが大きく,また地域枠の入試制度,卒前の地域医療実習,卒後の地域医療研修にはまだ改善の余地が大きい。今後これらの政策が有効に働くために,科学的根拠に基づくさらなる改革が求められる。
著者
前納 玲 松本 正生
出版者
埼玉大学社会調査研究センター
雑誌
政策と調査 (ISSN:2186411X)
巻号頁・発行日
no.16, pp.61-72, 2019

(株)グリーン・シップは,「寄付型ショートメール調査」と名付けた独自方式の調査を2018 年4 月から毎月実施している。この調査は対象者のスマートフォンに架電し,調査への協力意思を確認した後,ショートメール(SMS)を送信する。架電対象をスマートフォンに限定しているのは,若年層にとって最も身近な通信デバイスだからである。また,現行の世論調査や情勢調査に代わる新方式を開発するための実験的な試みでもある。Since April 2018, Green Ship Co., Ltd., has performed a monthly survey using an original method referred to as “donation-type SMS survey”. To conduct the survey, the company calls potential respondents on their smartphones to confirm their participation and then sends the survey via SMS. The company only calls participants with smartphones in order to target the younger demographic. The survey is also an experiment in developing a new method to replace current opinion polls and attitude surveys.
著者
松本 正夫
出版者
慶應義塾大学
雑誌
哲學 (ISSN:05632099)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.1-47, 1961-12

Relying upon the existence-experience of regions of matter, life and mind, and using the analogy of proportionality of essences, I explained the conception of their essences and categories, Thus I arrived at the standpoint of analogical universal which transcends particular regions of beings. On this basis we get the regional metaphysics about the world in general. As we consider the essence of world as relative being and the essence of God as absolute being in the proof of God's existence, and by using the analogy of proportionality of existences, proportioned to each essence, we arrive at the standpoint of transcendental wholeness, ens commune sive analogicum, in which the absolute being and the relative being can coexist. Here we get metaphysics, i.e. ontology which treats not only regional beings in the world, but also the absolute being as its object. If ens commune sive analogicum, which covers both the absolute and the relative were itself an objective being, it would have to be another world, containing God and the world, where the God can not retain His absoluteness and becomes a mere relative being. So in order that, without loosing their "thing in itselfness", the absolute and the relative might still relate with each other in their coexistence, ens commune sive analogicum should not be universal in object but universal in function. Kitaro Nishida's place-universal and the voidness in Mahayana thought are the equivalents for that. This is an excessus from the absolute itsself and "diffusivum sui" of God. God establishes ens commune sive analogicum "the place" which is not aliquid in any sense i.e. nothing, or voidness, by throwing His pure act of actual existing upon not-existence; thus His pure act leaves behind all sorts of essences and even His own essence of the absolute i.e. the existence itself. This is the only place where the absolute and the relative can coexist. In His nature God has ens universale which can cause every creature but can only have ens commune sive analogicum as "the place" of Himself and His creature in habitus of creation. On one hand in ens commune God makes creatures coexist with Himself, still in the full possession of His absoluteness and on the other hand the mind of creature must expand (dilatare) itsself by ens commune in its habitus, though in its nature it remains finite and relative. "anima quodammodo omnia fit." For man, it is possible to meet the absolute as "you" in its transcendental itsselfness, and mot in any shade of idolatry only when he makes his mind-structure coincide with voidness of "the place", that can be realized in acquired habitus but never in its apriori nature.
著者
松本 正俊
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.97-107, 2011 (Released:2011-05-17)
参考文献数
15
被引用文献数
2 4

本研究は医師の地理的分布について日米英の国際比較を行った。まず日英比較では,日本の診療所医師は英国の診療所医師に比べて地理的偏在度が高い傾向が認められた。英国の診療所医師は原則として総合医(GP)であり,またGPの定員は医療圏ごとに決まっている。日本における開業医の専門分化および自由開業制が地理的偏在に影響を及ぼしている可能性がある。続いて医師の地理的偏在度の推移を日米で比較した。1980年から2005年にかけて両国ともに医師数は一貫して増加していたが,医師の地理的偏在度はほとんど変化していなかった。米国では医師が所得の地理的分布に従って分布してゆく傾向があるのに対して,日本ではそのような傾向はなかった。公的医療保険の有無がこの差に影響を及ぼしている可能性がある。さらに米国では地域が医療過疎であるほど医師数は減っていく傾向があるのに対して,日本では医療過疎であるほど医師数が増えていく傾向があった。米国では医療過疎地に医師を誘導する政策が効果を挙げていない可能性がある。最後に医師の診療科目ごとの数と地理的分布を日米で比較した。2006年時点で日本の単位人口あたりの麻酔科医,放射線科医,救急医,病理医数は米国の半分以下であった。また日本では開業率の低い科ほど医師数が少なく地理的偏在度は高くなる傾向が見られた。日本においては開業の困難さがその科の医師数と医師分布に影響を及ぼしている可能性がある。本研究の結果より,わが国固有の医療制度が医師の地理的偏在に影響を与えていることが示唆された。
著者
堀内 由樹子 坂元 章 秋山 久美子 寺本 水羽 河本 泰信 松本 正生 村井 俊哉 佐々木 輝美 渋谷 明子 篠原 菊紀
出版者
NPO法人 日本シミュレーション&ゲーミング学会
雑誌
シミュレーション&ゲーミング (ISSN:13451499)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.1-11, 2022-06-30 (Released:2022-06-30)
参考文献数
31

本研究では,ゲーム障害尺度であるIGDT-10 (Király et al. 2017, 2019)に基づいて,子どもから大人まで適用できる日本語版の尺度を作成した.IGDT-10の著者の協力のもと,原文の項目文をより平易な日本語の文章に変更することを行った.作成した尺度について,小中学生を対象とした学校での一斉回収による郵送調査(N=1006),高校生を対象としたウェブ調査(N=219),18–79歳の大人を対象としたウェブ調査(N=1308)の3つの調査により,信頼性及び妥当性の検討を行った.対象者は,年間でのゲーム利用者及び過去にゲーム利用をしたことがある経験者であった.結果として,クロンバックのα係数が3つの調査のいずれでも0.8を超えており,本尺度は信頼性があることが示された.また,確認的因子分析及び外的基準となる尺度及び変数との相関の結果から,因子的妥当性及び基準関連妥当性があることが示された.
著者
松本 正生
出版者
Japanese Association of Electoral Studies
雑誌
選挙研究 (ISSN:09123512)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.39-50,214, 2006-02-28 (Released:2009-01-22)
参考文献数
17
被引用文献数
2

1995年統一地方選の「青島•ノック現象」を嚆矢とする無党派の時代も,ようやく終焉を迎えつつある。93年政変からはじまる連立政権期の十数年間に,有権者レベルでは,政党支持の質的変化が生じていた。旧来の政党支持の退場による,「潜在的支持」層化の進展である。すなわち,特定の支持政党を持たないという前提の上で,そのつど政党を選好する新しい政党支持の時代の到来だ。「そのつど支持」層(contingent voters)は,政党を横並びで比較し,政党本位の選択を行う。「政党」支持から政党支持への変容と表現することもできよう。いずれにせよ,無党派層と政党支持層との間の区分は,もはやあまり意味をもたない。無党派を政党支持の残余カテゴリー(残りの部分)と捉えるのは,そろそろ終わりにすべきだろう。「無党派層の反乱」に象徴される政党を否定した時代から,相対化して比較する時代へと変わった現在,無党派層という呼称もやめた方がよいかもしれない。
著者
松本 正美
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.49, no.10, pp.655-668, 1976-10-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
45

筆者は1975年の6月に Harvey の処女作“Explanation in Geography”(第15章まで)の邦訳を完了した.それを機会に,現代地理学め歴史と構造とを整理してみようとしたのが本稿である.我が国のこれまでの地理学史や地理学方法論は,地理学の「対象」や,それを取り扱う「方法」に関する議論に終始している.しかし,そのような「対象」や「方法」の論理は,「主体」の論理に先行されねばならない.本稿はその論理を「人間の人間化」と規定し,その論理を詳述するとともに,それをHartshorneからHarveyへの流れに沿って具体化している.人間が「生理的人間」から「知的存在」を経由して「志向的意識の主体」へと純化されるにつれ,その各段階にそれぞれの地理学が存在し,しかも人間の規定様式が地理学の内容を制約するのである.現代地理学の構造と歴史は,英文要旨の中に図表化しておいた.これらの認識が,地理学そのものを洞察する唯一の手段であると信じる.
著者
松本 正夫
出版者
慶應義塾大学
雑誌
哲學 (ISSN:05632099)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.149-178, 1958-01

小林澄兄先生古稀記念論文集Since the translation of "The Mind and Heart of Love", a work by Rev. M.C. D'Arcy, was recently published, I tried to give a sort of comment and criticism on the several subjects I pickcd up from it. According to modern subjectivism, thing in itself is denied and thing as such is considered nothing else but an objectivation or projection of a central subject, in a word, it becomes merely a certain mode of subject itself. In such German idealism, just like in oriental monism, all is ego though it does recognize the difference between small and big ego and there is no room for the true existence of thouness. Thing in itself is exactly what the category of substance signified in the traditional philosophy and it occupied a highly estimated position in the field though modern philosophy lowered and dismissed it. Substance means simply that a thing is identical with itself solely by itself without any help from the other and does not mean necessarily that a thing is immutable and incorruptible in its essence. It is an assurance that some things can keep their own subjectivity in a perfect independence from conscious subject or ego. Therefore thing in itself is a necessary presupposition of thouness. It is said that true love exists between "I and you", not between "I and it". However even in the case of "I and it", "it" is not a merely projection of "I", "it" really transcends me as a thing in itself. In the case of "I and you", "you" transcends me as a thing in itself; yet here "you" is not only "in itself" but also "for itself", and so "you" is a subject (a mind) just like "I". Considering the difference between Eros and Agape, it is commonly admitted that Eros is self-immanent-love and Agape is self-transcendent-love. I am opposed to this doctrine and wish to say that the former is a love for man and the latter is a love for God. And in these cases of (1) thing-love (if admitted to say so) and (2) man-love and (3) god-love, both that self-immanent-love and that self-transcendent-love always coexist but in some different degrees as follows. In the case of (1) the former must be more and the latter less, in the case of (2) the former and the latter are almost equal in amount and in the case of (3) the former must be quite less and the latter must be the most part. This self-immanent-love is compared to animus, that is, the masculine character and this self-transcendent-love to anima, that is, the feminine character. According to Rev. D'Arcy, the former is further considered as an essential ego and the latter as an existential ego and humanism corresponds to the former and mysticism to the latter. Against this conclusion I suggested that there is no real division between both egos and their operations are mostly done together. So in a long run they must be considered one. Thus I emphasized the roll which animus takes in mysticism when not only anima but also animus, that is, the whole ego is overwhelmed by the gift from above. In the end I argued against Rev. D'Arcy's voluntarism which claims the immanent character of reason and the transcendent character of will, with the intellectualism which, to my analysis, depends on the fact of transcendency of reason and of immanency of will.
著者
松本 正美
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.50, no.11, pp.617-634, 1977

地図は地理学の生命であり,地図作成は地理学者が最も精魂を傾ける側面の1つである.地図は「地理学の言語」である.地理学者は1枚の白紙を地図という言語(記号系)に転化し,それを媒体として自己の主張を表現し伝達する.この転化過程は,次の2つの要件を満足しているはずである.第1に,その過程は無矛盾な記号系への転化過程でなければならない.さもなくば,地図は最も基本的な機能ですら果たすことができない.第2に,その過程は同時に地図が研究手段としての有効性を獲得していく過程でなければならない.さもなくば,地図は単なる表現・伝達の道具に終始する.しかし,この転化過程の真相,すなわち「地図を描く」ことの本質は,具体的作業の裏に隠蔽されている.もしその本質が解明できるならば,研究手段としての地図の能力は高まるであろう.本稿はその転化過程の掘り起こしを試みたものである.このような議論は,「カルトグラフィ」を超えた「メタカルトグラフィ」とみなされよう.
著者
松本 正生
出版者
埼玉大学経済学会
雑誌
社会科学論集 (ISSN:05597056)
巻号頁・発行日
no.164, pp.5-32, 2021-06

小泉政権当時の2005 年に、無党派層に代わる、新たな概念として筆者が措定した「そのつど支持」は、その後、日本人の政治意識として広く定着した。「そのつど支持」とは、「特定の支持政党を持たず、(選挙のたびに)そのつど政党を選択する」態度を意味する。2009 年の民主党への政権交代以降は、とりわけ、中高年層の「そのつど支持」化が顕著であった。いわゆる無党派層や浮動票とは、若年層の政治意識や投票行動を表象する概念として用いられてきた。こうした意識や態度は、むしろ、中高年層の特性へと転化している。 有権者の「そのつど支持」化は、また、「選挙ばなれ」と表裏の関係にあった。2012 年に自民党が再び政権に復帰してからは、地方選挙で先行してみられた「選挙ばなれ」が国政選挙にも波及してきた。投票率の低落には、政治不信や政党不信と通称される一票のリアリティの消失に加え、社会の無縁化に起因する地域社会の変容も介在している。 本小論の論述スタイルは、仮説-検証の演繹的手法は採用せず、各種の調査結果や統計データの単純比較を通じた経験的解釈に終始する。諸兄のご批判を請いたい。 The term "sonotsudo-shiji" (new independent voter) that I defined at the time of the snap general election in 2005, now seems to have become widely generalized as the political mindset of the general Japanese population. The "sonotsudo-shiji" tendency is significant, especially among middle-aged and elderly voters. The term "independent voter" or "swing voter" has been used to describe the political attitude and voting behavior of young people. However, it is now better used to describe the middle-aged and elderly voter. Their tendency of being "sonotsudo-shiji" is inextricably associated with apathy toward elections. The general election in 2012 showed us that disinterest in local political elections has now spread into the national elections. The decrease in voting turnout in the 2012 general election was caused by a lack of involvement with the local society, and the feeling that a single vote did not count. This is reflected in a distrust of politics and political parties, born out of indifference toward other people. In this report, I present data in support of this hypothesis. I would like to thank you in advance for your comments on this report.はじめに1.政党支持の流動:無党派層の多数派化2.55 年体制の政党支持3.政党支持の融解:「そのつど支持」の登場4.政党支持から内閣支持へ5.「選挙ばなれ」の位相まとめにかえて
著者
松本 正生
出版者
埼玉大学社会調査研究センター
雑誌
政策と調査 = Policy & research (ISSN:2186411X)
巻号頁・発行日
no.12, pp.3-36, 2017-03

2016年7月の参院選後にさいたま市で実施した中学生・高校生・有権者の3調査の結果をもとに、高校生を中心とした若者の政治意識や情報環境を検討する。併せて、子どもから大人へと至る政治的社会化の過程も探索する。若者は、自分の一票にリアリティを持てず、政治への不満や政治家への不信も抱いている。にもかかわらず、高校3年生をはじめとする18、19歳の新有権者たちは、初めての選挙に予想以上の高い投票率で対応した。彼らを投票へと動機付けた要因は何か。In this paper, we examine the political consciousness and socialization environment of young people, especially high school students. At the same time, we also explore the process of political socialization from children to adults. This is based on the results of three surveys targeting junior high school students, high school students, and voters conducted in Saitama City following the elections of the Upper House of the Diet in July 2016. Young people do not believe in their vote, are dissatisfied with politics, and distrust politicians. Despite this, new voters between the ages of 18 and 19 years, including high school third graders, responded to their first election with a voting rate higher than expected.What were the factors that motivated them to vote?はじめにⅠ.政治意識1.「選挙権」と「被選挙権」2.「政治を動かしているのは…」3.「政治満足度」と「政治家信頼度」Ⅱ.社会化環境1.「ニュース・ソースへの接触度」2.「友人」と「家族」3.「コミュニケーション・ツールは…」Ⅲ.投票への動機付けと投票志向性1.「(投票)した」か「しなかった」か2.「(投票に)行く」か「行かない」かまとめにかえて
著者
松本 正生
出版者
埼玉大学社会調査研究センター
雑誌
政策と調査 = Policy & research (ISSN:2186411X)
巻号頁・発行日
no.14, pp.3-18, 2018-03

2017年10月の衆院選直後に実施した,さいたま市の高校生に対する意識調査の結果をもとに,高校生有権者の投票行動,および,非有権者を含む高校生全体の政治意識と社会化環境を概観する.併せて,2016年7月参院選後に,同じさいたま市の高校生を対象に実施した意識調査結果との比較を行い,「18歳選挙権」導入から1年後の位相を確認し,今後を展望する.An amendment to the Public Offices Election Law in Japan has lowered the voting age to 18 years. High school students casted their ballots in the July 2016 (House of Councilors election) and the October 2017 (House of Representatives election). This essay discusses the political consciousness of high school students based on the results of a survey among students in the city of Saitama. The results showed that the students have a negative atttitude towards modern politics and politicians. The essay explores ways to eliminate their political distrust and motivate them to vote.はじめにⅠ.若者の投票行動1.高校生有権者の投票率2.誰と投票に行くのか3.選挙権と被選挙権Ⅱ.政治のリアリティ1.「政治を動かしているのは…」2.政治満足度と政治家信頼度3.「最も印象に残っている政治家は…」Ⅲ.マス・メディアからSNSへ1.テレビ・新聞・インターネット2.利用するSNSⅣ.「18歳選挙権」のインパクト1.「政治の話をするか」2.「投票した」と「投票しなかった」まとめにかえて : 継続は力なり
著者
松本 正幸
出版者
日本動物心理学会
雑誌
動物心理学研究 (ISSN:09168419)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.1-6, 2013 (Released:2013-07-31)
参考文献数
34

Midbrain dopamine neurons are key components of the brain’s reward system. These neurons are excited by reward and sensory stimuli predicting reward, while they are inhibited by reward omission. These excitatory and inhibitory responses have been shown to play important roles in reward learning and positive motivation. However, it was unknown which parts of the brain provide dopamine neurons with reward-related signals necessary for their responses. Recent studies showed evidence that the lateral habenula, part of the structure called the epithalamus, is a good candidate for a source of reward-related signals in dopamine neurons. The lateral habenula projects to midbrain structures such as the substantia nigra pars compacta and ventral tegmental area which contain dopamine neurons. Electrical stimulation of the lateral habenula inhibits dopamine neuron activity. Neurons in the lateral habenula also encode reward-related signals but in an opposite manner to dopamine neurons (i.e., they are inhibited by reward and sensory stimuli predicting reward, and excited by reward omission). These findings suggest that the lateral habenula transmits reward-related signals to dopamine neurons by inhibiting them.