著者
梅田 聡
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.133-138, 2018-06-30 (Released:2019-07-01)
参考文献数
34

共感に関する研究は, 近年, さまざまな観点から進められており, 理論的に確立され, 神経メカニズムも徐々に明らかにされつつある。本稿では, 共感を1) 行動的共感, 2) 身体的共感, 3) 主観的共感に分ける理論的枠組みを提案し, それぞれの定義および特徴について述べる。次に, sympathy とempathy の違いについて触れた上で, 共感の背後にある「心の理論」および共感との関係性について再検討する。 さらに, 共感を生じさせる上で重要な身体性について述べた上で, 各種の共感を支える神経メカニズムについて, ネットワーク的視点および局在論的視点からまとめる。最後に, 自閉症スペクトラム障害などの発達障害や神経心理学の視点から, 共感の病理について考える。
著者
板口 典弘 森 真由子 内山 由美子 吉澤 浩志 小池 康晴 福澤 一吉
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.39, no.4, pp.436-443, 2019-12-31 (Released:2021-01-04)
参考文献数
16

本研究は, 日常的に利用できるタブレットから取得できる情報を用いて, 書字運動および書字障害を定量的に評価する手法を提案することを目的とした。頭頂葉を含む病変を有する症例 5 名 (以下, 患者群) と高齢健常者 5 名 (以下, 統制群) が参加した。提案手法によって, (1) 書字障害を呈する症例のみにおいて, 字画間にかかる時間が長かったこと, (2) 症状にかかわらず, 患者群の速度極小点の数が統制群の範囲を越えて大きかったこと, (3) 複数症例で, 字画間の時間と距離の関係が統制群と異なっていたこと, (4) 統制群の字画間の時間と距離の相関係数は, 比較的安定であったことが明らかとなった。この知見に基づき, タブレットによる書字運動評価の有用性について議論した。

8 0 0 0 OA 失語症

著者
大槻 美佳
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.194-205, 2009-06-30 (Released:2010-07-01)
参考文献数
49
被引用文献数
4

失語症を理解するには,脳を音素・音韻に関する領域 (phonetic & phonemic area) と,内容・語と語の関係に関する領域 (content & context area) の二大機能系に分けて考えるとわかりやすく,この機能系とその解剖学的基盤を基本的視点として提示した。  また,失語症を分類するには質的な評価が必要であり,これを重症度や経時的変動の評価に適している量的尺度と使い分けることが妥当であること,さらに発語の分類は流暢・非流暢ではなく,失構音の有無で判断するのが有用であること,復唱能力の判断に苦慮した場合には音韻性錯語の有無,言語性短期記憶障害の有無を援用することが有用であることを指摘した。  次に,言語の要素的症状の局在地図と,古典的失語型との関係を概説し,未解決問題として,超皮質性運動失語の位置づけ,皮質下性失語の特徴,文レベルの障害について考察した。  最後に,言語機能に影響を与える非言語的背景について検討した。まず,意図性と自動性の解離について,ウェルニッケ失語患者における復唱能力が,あえて復唱を意識しない場合のほうが良好であることを示した。次に,呼称課題について,最初の語が出やすいことも定量的に示した。これは,とくに側頭葉に病巣が及んでいる患者で明らかであり,病巣による違いも考慮すべきことが推測された。最後に,呼称課題を行う際に,右半球に負荷がかかるような課題と交互に施行すると呼称の成績が改善した1 例を報告した。以上より,失語症に対峙する場合,非言語性の要因も考慮することが重要であることを指摘した。
著者
大東 祥孝
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.295-303, 2009-09-30 (Released:2010-10-01)
参考文献数
27
被引用文献数
3 1

広義の病態失認について,その臨床像と発現機序に論及した。(1) 皮質盲や皮質聾に対する Anton 症状,(2) ウェルニッケ失語における病識の欠如,(3) 健忘症状における病態失認,(4) 左半身麻痺の否認としてみとめられる Babinski 型病態失認,について述べ,とりわけ,(4) については,これを「身体意識」の病態と考える視点が重要であることを指摘した。身体図式と身体意識を区別し,前者は Edelman のいう「高次意識」に帰属する象徴的水準における身体像であって,その病理が自己身体失認や手指失認であるのに対し,後者は,「一次意識」に帰属するものであって,言語的判断の要因を含まない直接的で無媒介な自己意識に裏打ちされた,自己身体への背景的な気づきによって特徴づけられるような身体像であり,「身体意識」が右半球優位 (右半球:両側身体,左半球:右半身) に構造化されていると仮定することで,(4) の発現機序が説明可能になることを述べた。
著者
小森 規代 藤田 郁代 橋本 律夫
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.356-363, 2013-09-30 (Released:2014-10-02)
参考文献数
21
被引用文献数
6 2

左中前頭回脚部の限局病変により純粋仮名失書を呈した症例について,単語の音節数とモーラ数,仮名数の対応関係から症状を分析し,同部位の機能について検討した。症例は71 歳の右利き男性で,脳梗塞発症後5 年を経てなお仮名失書を呈した。本症例に仮名表記親密度を統制した仮名単語書取テストと音節数・モーラ数・仮名数の対応を統制した仮名単語書取テスト,モーラ分解テストを実施したところ,仮名表記親密度が低い語の書取が困難で,特に音節数とモーラ数,仮名数が一致しない特殊音節を含む語で誤りが顕著であった。誤りは長音,促音に相当する仮名の脱落と拗音に相当する仮名の置換であり,長音,捉音を含む語ではモーラ分解も困難であった。以上から,本症例の仮名失書は音節のモーラ分解障害および複雑な音韻-仮名変換の障害を特徴とし,左中前頭回脚部は仮名書字過程におけるモーラ分解および音韻を仮名に変換する機能に関係すると考えられた。
著者
豊倉 穣
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.28, no.3, pp.320-328, 2008-09-30 (Released:2009-10-27)
参考文献数
16
被引用文献数
7 6

注意障害に関する臨床的事項を概説した。軽微な注意障害はADL に影響せず,臨床上見逃されることが少なくない。日頃から注意障害を疑う姿勢が重要である。日本高次脳機能障害学会は日本人で標準化された標準注意力検査を開発した。Trail Making Test もよく用いられる課題である。非利き手での成績が利き手での動作と同等に扱えること,施行時間は動作プロセスより認知プロセスに大きく依存すること,などの報告がある。日常生活の問題に還元しやすいとの利点から,注意障害の行動評価も検討されている。一例として著者の考案したBAAD(Behavioral Assessment of Attentional Disturbance)を紹介した。認知リハビリテーションとして多くのプログラムが紹介されている。APT(Attention Process Training)およびより軽症例を対象とするAPT IIは特異的に注意障害を改善する訓練プログラムとして開発されたものである。
著者
宮崎 泰広 種村 純 伊藤 絵里子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.20-27, 2013-03-31 (Released:2014-04-02)
参考文献数
20

新造語を呈した失語症者の呼称課題における反応を分析し, 新造語の出現機序について検討した。初回評価時の呼称課題にて, 新造語がその他の発話症状に比べもっとも多く出現した失語症 10 例を対象とした。初回評価時と発症1 ヵ月後の再評価時における呼称課題の反応を継時的に分析した。その結果は, 新造語の減少に伴い, 音韻性錯語の出現が増加した者は3 例, 無関連性錯語の出現が増加した者は3 例, 意味性錯語の出現が増加した者は2 例, 音韻性錯語と語性錯語の出現がともに増加した者は2 例であった。新造語の減少に伴い他の錯語が増加し, 症例により経過的に種々の錯語タイプに分かれた。これは言語処理の障害過程を反映している可能性を示し, 新造語は音韻レベル, 意味・語彙レベル, その複合的な障害により生じることが示唆された。

7 0 0 0 OA 半側空間無視

著者
前田 真治
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.214-223, 2008-06-30 (Released:2009-07-01)
参考文献数
36
被引用文献数
1

半側空間無視は,右半球損傷に伴いやすく,損傷大脳半球と反対側の刺激を無視する症状である。臨床症状の特徴は,顔や視線が健側を向いている,患側にいる人に気づかない,患側の食事の食べ残しで気づくことが多い。また読字・書字障害や談話障害などもみられる。半側空間無視の検査にはBehavioural Inattention Test やCatherine Bergego Scale などがある。発現機序には,注意障害説,方向性運動低下説,表象障害説などがある。また左視野の刺激もプライミング刺激が認められ,ある程度まで脳内で処理されている。責任病巣は,中大脳動脈,後大脳動脈,前大脳動脈領域,視床などがある。リハビリテーションは,左側へ注意をうながす訓練や代償を用いた訓練などが報告されている。その要点は,左側にとらわれずに感情的交流を工夫すること,刺激方法に工夫を入れること,意欲を高めることなどである。これらの注意点を理解した上で,リハビリテーションチームで適切に対応すべきである。
著者
山鳥 重
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.9-15, 2009-03-31 (Released:2010-06-02)
参考文献数
28
被引用文献数
2

脳損傷が引き起こす認知・行動障害は単一認知能力の単純な欠損(陰性症状)として出現することは少なく,多くの場合,行動・認知能力の変容(陰性症状と陽性症状の複合)として出現する。超複雑構造である大脳が,ある程度自律性を持つ複数の機能系から成っているため,これら複数の機能系の間に損傷機能系の活動低下と非損傷機能系の相対的な活動亢進という,複雑な力動関係が発生するためである。このような力動関係の破綻を表していると考えられるさまざまな症候群のうち,筆者が個人的に経験し,論文として発表したことのあるものを 4 種に大別し,その病態メカニズムをまとめた。  すなわち,(1) 上位神経水準と下位神経水準の統合・拮抗関係の破綻を示す症状,(2) 左右大脳半球の統合・均衡関係の破綻を示す症状,(3) 前頭葉機能と頭頂葉機能の統合・均衡関係の破綻を示す症状,そして (4) 言語機能における情報統合能力の破綻を示す症状である。
著者
梅田 聡
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.265-270, 2016-06-30 (Released:2017-07-03)
参考文献数
25
被引用文献数
3

情動に関する神経科学的アプローチによる研究は, 近年, 急速に発展しており, その背景にあるメカニズムについて, さまざまな事実が明らかにされつつある。情動のメカニズムを理解するうえで特に重要な点は, (1) 情動は, 精神活動と脳活動だけでは捉えきれず, 自律神経を介した身体活動に着目する必要があること, (2) 脳活動について検討する際, 関連する脳部位レベルの局在論に限定せず, ネットワークとして理解すべきであること, の 2 点である。本稿では, 情動に関連する概念についてまとめ, 関連する脳部位とネットワークの機能に焦点を当てる。そして, 共感という側面から, 各ネットワークがどのように関与しているかについて考察する。
著者
粟屋 徳子 春原 則子 宇野 彰 金子 真人 後藤 多可志 狐塚 順子 孫入 里英
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.294-301, 2012-06-30 (Released:2013-07-01)
参考文献数
25
被引用文献数
12 3

発達性読み書き障害児に対し, 春原ら (2005) の方法に従って漢字の成り立ちを音声言語化して覚える学習方法 (聴覚法) と書き写しながら覚える従来の学習方法 (視覚法) の 2 種の漢字書字訓練を行い聴覚法の適用を検討した。対象は発達性読み書き障害の小学 3 年生から中学 2 年生の 14 名で, 全例, 全般的知的機能, 音声言語の発達, 音声言語の長期記憶に問題はなかったが, 音韻認識や視覚的認知機能, 視覚的記憶に問題があると考えられた。症例ごとに未習得の漢字を選択し, 視覚法と聴覚法の 2 通りの方法で訓練を行い, 単一事例実験研究法を用いて効果を比較した。その結果, 2 例では両方法の間の成績に差を認めなかったが, 12 例では聴覚法が視覚法よりも有効であった。この 12 例はいずれも, 視覚的認知機能または視覚的記憶に問題を認めた。この結果は, 聴覚法による漢字書字訓練の適用に関する示唆を与えるものと思われた。
著者
三村 將
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.28, no.3, pp.257-266, 2008-09-30 (Released:2009-10-27)
参考文献数
21
被引用文献数
4 2

前頭葉損傷に伴うさまざまな精神症状のなかで,もっとも対応困難な問題のひとつは,社会的認知の障害である。前頭葉損傷により,自己と他者の関係が歪み,集団のなかで適応的な生活を送れなくなる。このような社会性の障害が生じる背景には,相互に関連したいくつかの要因があると考えられる。ひとつは衝動コントロールの不良であり,また,これと関連して,自己の行動を意識的,無意識的に規定する報酬—罰の問題がある。前頭葉損傷患者では一般に,目先の報酬に引きずられ,将来的な罰に無関心になる。ギャンブリング課題施行中の反応パターンや皮膚電位反応から,前頭葉損傷患者の情動反応をある程度読み取ることができ,ときに症例の逸脱行動への対応を考える際にヒントになる。さらに,自己の言動を相手がどう思うかが理解できないこと(心的推測の問題)が対人関係障害・不適応を生んでいる場合もある。我々は対人関係トラブルを繰り返す前頭葉損傷患者を対象に,広汎性発達障害者に対する「心の理論」のワークを援用して,小グループによる訓練を試みた。前頭葉損傷患者はある程度「心の理論」を知識的に再獲得することは可能であったが,獲得した「心の理論」をみずからの日常生活に応用することは困難であった。前頭葉損傷患者の社会的認知の改善をめざす訓練はまだ予備的な検討にとどまっているが,今後さらに重要性を増していくものと思われる。
著者
宮崎 泰広 種村 純 伊藤 慈秀 三寳 季実子 福本 真弓
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.289-296, 2003 (Released:2006-04-21)
参考文献数
22
被引用文献数
3 1

失語症患者8人を対象に,呼称課題を施行した。その課題施行時に出現した保続を分析し,保続の出現機序について考察した。  まず出現した保続を,保続として出現した語彙が表出されてから直後に出現したか否かで直後型・遅延型に分類し,その出現した保続と目標語間での意味的・音韻的類似性について検討した。この結果,出現した保続と目標語との間に意味的または音韻的類似性がある場合の割合が,直後型に比べ遅延型のほうが有意に高かった。  以上より,遅延型保続の出現には保続した語と目標語との意味的もしくは音韻的類似性が影響していることが示唆された。このことより,遅延型保続の出現には意味・音韻の処理過程における選択性の障害が関与していると考えられた。保続出現機序は一般に経時的な抑制障害である易動性の障害で説明されるが,易動性の障害によってのみでは説明できず,意味もしくは音韻の処理過程における選択性の障害の関与を示唆すると考えられた。

7 0 0 0 OA 視覚失認

著者
太田 久晶
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.2, pp.271-276, 2010-06-30 (Released:2011-07-02)
参考文献数
11

視覚失認は,統覚 (知覚) 型と連合型に古典分類で分けられていたが,視覚情報の処理過程にもとづいて,近年,これら 2 つのタイプに統合型を加えた 3 つのタイプによる症状分類が提唱された。病巣分析より統覚 (知覚) .型は両側内側後頭皮質が,統合型と連合型は左内側側頭後頭皮質が責任部位として報告されている。その一方で,脳機能画像研究において,外側後頭皮質が視覚形態処理に関与することが明らかとなっている。これらの結果を総合すると左内側後頭皮質から外側後頭皮質までの経路が著しく損傷されると統覚 (知覚) 型となり,この経路が部分的にでも機能していれば統合型となると考えられる。また,左外側後頭皮質までの経路は保たれているものの,そこから吻側の経路に損傷があれば連合型になると考えられる。このように,視覚情報の神経経路を推定することによって,3 タイプの視覚失認のそれぞれに対する責任部位は理論上,説明可能であった。
著者
藤田 郁代
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.1-11, 2013-03-31 (Released:2014-04-02)
参考文献数
45
被引用文献数
1 2

統語機能は非常に複雑な機能であり, その障害は多様な現れ方をする。統語機能の神経学的基盤を解明するには単純な局在論を超えたアプローチが必要と考えられる。本稿では統語障害のうち表出面の問題である失文法を取り上げ, 近年の研究の動向を解説した。次に自験例を用いて日本語の表出面における統語障害を分析し, その特徴と発現メカニズムについて検討した。その結果, 統語障害には複数のパタンがあり, これには動詞, 動詞の項構造, 統語構造, 格助詞, 助動詞の処理が関係すると考えられた。病変部位との関係については統語構造の構成障害には左前頭葉下部の病変が関与し, 格助詞と動詞の障害には左側頭葉病変も関与する可能性が示された。統語機能は単一の脳部位のみに依存するのではなく, 複数の脳部位からなる神経ネットワークの協調作用に支えられていると考えられる。
著者
菊池 大一
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.319-327, 2011-09-30 (Released:2012-10-13)
参考文献数
30

解離性健忘は, 脳の器質的損傷ではなく, 精神的ストレス・外傷を契機として発症し, 自伝的記憶を想起することが持続してできない状態をいい, 心因性あるいは機能性健忘とも呼ばれる。解離性健忘は従来, 精神医学的な視点から論じられてきたが, 近年は神経科学的なアプローチがなされ, とくに機能画像を用いた研究により脳の水準での機能異常が示されるようになってきた。解離性健忘の脳内機序として, 前頭葉の遂行機能システムの活動による内側側頭葉の記憶システムの抑制という説, 自伝的記憶の想起の始動に関わる右半球の前頭-側頭領域の機能的離断という説があり, 最近の研究からはそれぞれを支持する結果がともに得られている。本稿では解離性健忘の神経基盤について, 機能画像研究の結果を中心に最近の神経科学的知見をまとめ, 神経学的な視点から概説し考察する。
著者
小野 武年 西条 寿夫
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.116-128, 2005 (Released:2006-07-14)
参考文献数
40
被引用文献数
2 5

近年, 理性的な情報処理に中心的な役割を果たしていると考えられてきた前頭葉が, 感情や情動発現においても重要な役割を果たしていることが注目されている。すなわち, 1) 前頭葉背外側部は, 情動や感情に中心的な役割を果たしている大脳辺縁系の活動を制御 (抑制, あるいは促進) することにより, その個体が生存する確率を上げるように機能している, 2) 眼窩皮質は, すべての外界環境情報を脳内に再現し, それにもとづいて生物学的な行動戦略を形成することに関与する, 3) 前部帯状回は, 前頭葉背外側部や眼窩皮質からの高次情報を受けて, 自己の行動を生物学的に評価し, 適切な行動を導くことに関与していることなどが示唆されている。本稿では, これら領域のヒトの神経心理学的な研究やサルを用いてニューロン活動を記録した研究を紹介し, これら前頭葉の機能について考察する。
著者
辰巳 寛 山本 正彦 仲秋 秀太郎 波多野 和夫
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.514-524, 2012-09-30 (Released:2013-10-07)
参考文献数
15
被引用文献数
2 1

失語症者とのコミュニケーションに対する家族の自己効力感評価尺度を開発した。予備調査による内容的妥当性の検証を経て, 16 項目からなるコミュニケーション自己効力感尺度 (Communication Self-Efficacy Scale : CSE) の原案を作成した。本調査では, 失語症者の家族介護者86 名にCSE と一般性セルフ・エフィカシー尺度 (GSES) , Zarit 介護負担感尺度 (ZBI) , コミュニケーション介護負担感尺度 (COM-B) , 抑うつ評価尺度 (GDS-15) を実施した。その結果, CSEの欠損値比率は0.7 %で, 天井・床効果を示した項目はなく, Good-poor 分析にて全項目の識別力を確認した。探索的因子分析では3 因子が抽出され因子的妥当性を確認した。CSE 総得点とGSES, ZBI との相関はそれぞれrs = 0.215, -0.335, COM-B (4 因子) との相関はrs =-0.317 ~-0.440 と有意であった。CSE のCronbach's α係数は0.938 で内的整合性は優れていた。CSE は失語症者とのコミュニケーション場面に特化した家族の自己効力感を評価する尺度として高い妥当性と信頼性を有しており, 臨床的有用性を十分に備えたスケールであると判断した。
著者
望月 聡
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.2, pp.263-270, 2010-06-30 (Released:2011-07-02)
参考文献数
29
被引用文献数
3

古典的失行とされる観念性失行 / 観念運動性失行の分類を再考する試みを行った。はじめに,臨床場面において病態把握のための検査を施す際に考慮すべき,行為のカテゴリー,入力刺激提示様式・出力様式,誤反応分析の3 つの観点を整理した。次に,Liepmann モデルから Rothi-Ochipa-Heilman モデルまでの拡張の経緯を概観したうえで,失行症状が出現すると想定される7 つの原因を示し,症状発現機序を考察するうえでの有用性を論じた。最後に,他の高次脳機能障害と失行症状 (行為表出障害) との関連について言及し,むしろ積極的に他の高次脳機能との関係で「行為」を捉える視点の必要性を論じた。これらの理由から,観念性失行 / 観念運動性失行の分類体系は,今日の視点からみると症状を過度に矮小化して捉えてしまうおそれがあり,症状も発現機序も適切に把握することができないことから,解体すべきであると思われた。
著者
唐澤 健太 春原 則子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.39, no.4, pp.421-428, 2019-12-31 (Released:2021-01-04)
参考文献数
17
被引用文献数
1

視床出血後にタイピング困難を主訴とした 1 例を経験した。失語, 失行, 失認は認めなかった。知的機能は良好だが, 処理速度に低下があると考えられた。発症 2 ヵ月後に, 音韻操作, 書字, タイピング能力の評価を実施した。結果, 音韻操作, 仮名書取, 仮名のローマ字への変換書字は良好だが, ローマ字書取で誤りを認めた。また, ローマ字音読においても誤りが認められた。本例は音韻表象とローマ字表象の双方向の情報処理過程が障害され, この影響により本例が訴えていたタイピングの困難さに繋がっていたのではないかと考える。また, 書字に比しタイピングが有意に保たれていた点は, 障害された音韻表象から文字表象への変換過程を, 音韻表象から直接運動エングラムへ変換する, いわゆる手続き記憶による処理過程が補うことでキー操作が行われていたためではないかと考える。