著者
矢野 宏光
出版者
聖カタリナ女子大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

これまで・中年期は人生の中でも非常に安定した時期として認知されてきた。しかし、社会が急激に変容を遂げると共に中年期を取り巻く環境も変化し、それにより中年期の社会適応と個人内適応は共に難しさを増している。著者は、UM参加行動は、中年期参加者の持つ自己に関する問題意識と彼らを取り巻く外的要因から生じていると考える。彼らは自己に対して達成困難な課題を設け、それに挑み、あるいは達成する過程で、自己と向き合い、自己を吟味しながら、自己を再構築しようとしていると推察される。言い換えれば、高強度の身体運動が自己の心理的課題の解決を図る場としての役割を果たしているとも考えられる。そこで、本研究においてUMにはどのような人格特性を持った参加者が集まるのか、また彼らは自己に対してどのように評価していて、レース前後でその評価は変わるのかについて着目しながら分析・検討を行った。【方 法】UMにエントリーしてくる参加者に対して、調査用紙を郵送により配布した。そして大会前日の受付時に回答した調査用紙を回収した。1)調査対象:ウルトラマラソン参加者500名2)調査期間:2001年4月〜2002年3月3)調査用紙の構成と内容:a)参加者の属性(年齢、性別、職業、家族構成、UMへの参加状況、マラソン頻度等),b)参加動機の調査項目,c)KG式日常生活質問紙(日本語版成人用タイプA検査):全体のタイプA得点の他に、攻撃・敵意(AH)、精力的活動・時間切迫(HT)・行動の速さ・強さ(SP)の下位得点が測定可能である,d)自尊感情尺度(Self-Esteem Scale):Rosenberg(1965)が作成した10項目を山本ら(1982)が邦訳した尺度,e)改訂版UCLA孤独感尺度:ここで定義している孤独感とは、願望レベルと達成レベルの間にギャップを感じたときに生ずる感情である,f)UMに対する考え方についての設問項目。以上6事項を調査用紙内に配置し、調査用紙を作成した。【結果と考察】1)UM参加者のタイプA特性は、男性42.0、女性48.7であり女性が有意に高い傾向を示した。一般的にタイプA特性は、男性より女性が低いと言われているが、本研究対象者においてはこれに相反する結果がみられた。さらに、女性参加者のHT, SPも高いことが特徴的である。またAHは男女共に低い値を示した。2)UM参加者の自尊感情について平均値±1SDで高自尊感情群(H-SE)、低自尊感情群(L-SE)の2群を設定し、自尊感情の高低、性別が孤独感情に与える影響について検討した。その結果、交互作用は認められなかったが、自尊感情の高低と性別に主効果がみられ、L-SEはH-SEより有意に孤独感が高いことが判明した。また孤独感情は男性が女性より有意に高かった。UM女性参加者はタイプA特性の強いパーソナリティを有することが特徴的であり、さらに高い自尊感情を持ち孤独感の低い集団と考えられる。これは過酷で男性的な色彩の強いUMを完走することで得られる達成感にも強く関連していることが予想される。3)レース前後での比較においては、自己における評価が変化している傾向がみられた。
著者
小田 慶喜
出版者
姫路獨協大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

本研究の目的は車いす競技者の運動処方やトレーニング処方を呼吸循環器系の反応を中心に系統立てようとするものである。世界的に車いすマラソン競技は注目され、その競技者のレベルが年々向上している。しかも、競技スポーツ仕様の車いすに関する研究は、メカニカルな組み合わせや材質に集中するようになってきている。しかし、運動生理学的分析を用いたトレーニング処方が少ないことが、競技を安全に実施する時に大きな障害となっている。今回は初心者が参加することを想定し、車いすマラソン競技を希望する学生を被験者として測定を実施した。被験者は21歳学生(第12胸椎脱臼骨折脊髄損傷による両下肢の機能全廃)であり、普段は生活用車いすで移動をしている。次年度からのトレーニング効果に関する研究を考慮して、意図的に競技の為のトレーニングを負荷しない状況を設定した。車いすマラソン競技として抽出した10kmから42.195km(実際の競技時間は、30分48秒から2時間46分)までの10回の車いす競技に参加した結果、走行中の心拍数は平均173.2±2.9拍/分であった。この競技者の実験室でのピーク心拍数は201拍/分(トラックにおける12分間走トライアル中の心拍数は189.5拍/分)であったことから、走行中は86.2%HRmaxの運動強度で進退運動を実施していた。車いす運動を全身運動としてとして評価しているが、局所運動としての腕運動の評価も今後の課題となる。一般道路を使用して実施される競技は、高低差を分析条件として加えなければならないため、距離だけを単純に比較することは問題がある。しかし、同一競技会に2度目の参加をした場合、6.2%の記録の向上が認められたが、有意な差は認められずほぼ同程度の体力を維持し続けたことが推定される。同時に測定した皮膚温の変化を分析すると、高温環境下での運動においては、一般市民ランナーに対する注意と同じ方法で対処できるが、低温環境下においては、環境温に機能を失っている脚の温度が接近していき、今後の課題として、脚抹消循環の体温低下による全身運動への影響を検討する必要があろう。
著者
高橋 義雄
出版者
名古屋大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

昨年は、多くのスポーツ種目のトップアスリートが雇用され、トレーニングできる環境を与える市場による経済システムについて調査してきた。しかし平成不況による業績不振、さらには資本の国際化により海外投資家や機関投資家らによる事業の見直しもあり、アスリートを雇用してきた企業が本来の事業ドメインとは異なるトップアスリートの育成から撤退している。そこで本年度は、文部科学省が推進している総合型地域スポーツクラブにおける競技力向上に関連する経済的なシステムについて、ヒアリングや質問紙調査を実施した。特にスポーツ競技連盟などのNPO組織が、トップアスリート育成を直接実施している事例をとりあげ、NPO組織と行政、企業との連携を考察した。具体的には、鶴岡市水泳連盟の事業である鶴岡スイミングクラブを調査した。そこでは公共財である市民プールの運営委託を受け、運営・管理するとともにアスリート育成システムを構築している。直接の公共投資ではなく、ソフトの部分をNPOが請け負うことで、公的資金をアスリート育成に還流させるシステムである。このような公的資金を還流させるシステムに成功している競技団体に共通することは、学校では施設や指導者の関係でアスリート育成が難しい点である。例えば、温水プール、スケートリンク、スキージャンプ、スキーアルペンなどである。学校施設ではないために、競技者の意思により選択されるために、アスリートのモチベーションが高く、そして施設の維持管理のために市場とともに公的な資金が支えていることが共通していた。これらの結果から、総合型地域スポーツクラブが単に学校スポーツクラブの代用になるのではなく、アスリート自らの選択が可能となる選択の多様性の確保が大事であることが示唆された。また競技団体やクラブ、学校などが組織横断的にコミュニケーションをとること、さらには今後の資金現となるスポーツ振興投票の配布先についても多様なニーズを汲み取る必要性が示唆された。
著者
由井 哲哉
出版者
東京工業大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

シェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』の4幕1場は本筋とは無関係なラテン語文法レッスンの場であり、Q版には存在しなかったことから、その存在意義についてこれまで様々な憶測を呼んできた。だが、この場面を作品全体に見られる多様で特異な言語スタイルとの関連で見直すと、この芝居の新たな面が見えてくる。本研究では、4幕1場とその前後にある二つの洗濯籠の場を中心に取り上げ、その特異な言語スタイルを、葛藤が起きてもすぐ脱線しいつのまにか立ち消えになってしまうアクションと絡めて考察した。特に、本作品の主人公フォールスタッフが洗濯籠に入れられ運搬されて河に放り込まれる喜劇的場面は、舞台化されずにフォールスタッフ本人の語りで処理されるのだが、ここには「運搬、移動、窃盗、翻訳」に関するこの作品のテーマが集約されている。結局、この作品は、洗濯籠の場と4幕1場を境にして喜劇の質が変わっているように思われる。最終幕では、フォールスタッフ一人に贖罪を負わせるのではなく、むしろ芝居の構造と言語のあり方そのものに自浄作用が働いており、それがこの喜劇の質を決定している。本作品は広い意味での「移動・運搬・翻訳」を根幹に据え、Aの世界からBの世界への移行のズレや拡散をプロットの起動力に仕立てながら、通常の市民喜劇に見られる陰謀喜劇でも祝祭喜劇でもアリストファネス型喜劇でもない新しい形の喜劇形態へのシェイクスピアの実験的散文劇と考えられる要素が見られるのではないか。
著者
加須屋 誠
出版者
帝塚山学院大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

鎌倉後期制作の聖衆来迎寺所蔵「六道絵」は地獄幅四幅・閻魔王庁図一幅・餓鬼道図一幅・畜生道図一幅・阿修羅道図一幅・人道図四幅・天道図一幅・念仏功徳図二幅の計十五幅からなる仏教説話画遺品である。これらは現在、東京及び関西の博物館美術館に分割保管されているが、報告者はその実地調査を行い、各幅の詳細な細部写真撮影をなした。さらに各場面を『往生要集』をはじめとする仏教教典と対照し、カード及びコンピュータ・データベース形式で整理することにより、今後の研究の基礎となる資料を作成した。研究上とりわけ注目したのは、このなかで現実世界を描いた人道図である。これに関しては仏典(教理的プレテクスト)のみならず鎌倉時代の社会状況(社会的コンテクスト)をも考慮して、従来と異なる作品論(テクスト解釈)を試みた。その成果として一昨年すでに「聖衆来迎寺本六道絵「人道不浄相図」考」と題した論文を『帝塚山学院大学研究論集』に発表していたが、引き続き本年度は「生老病死の図像学-仏教説話画研究序説-」と題した論文を著し『国華』に掲載(1996年9月10月刊)。また特に病気の問題については「病草紙」等との比較を中心にして「病・表象・まなざし」と題して口頭発表(1996年12月、国際ワークショップ『美術史と他者』、於高野山福智院)、さらに死の問題に関しては『往生要集』の視覚イメージ論として「臨終行儀の美術-儀礼・身体・物語-」と題して口頭発表(1997年3月、公開フォーラム『宗教と美術』、於名古屋大学)を行った。これらの口頭発表の内容はいずれも平成9年度中に論文として刊行の予定である。そして、さらなる今後の研究課題に、異界についての考察がある。まずは地獄福に関する考察から始めて、順次各福の図像と様式解釈を試みた論文を執筆し、今後5年間をめどにして『聖衆来迎寺本六道絵の研究』をまとめることとしたい。その際には国際ワークショップで同席し、示唆に富んだアドバイスをくださったN.Brysonハーバード大学教授等が主導するいわゆる「ニュー・アート・ヒストリー」の研究方法が有効と考えている。
著者
佐藤 恭道
出版者
鶴見大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

フェノールやユージノールなど歯科治療に用いる薬剤が、嗅覚から患者に不安や精神的苦痛を与える可能性が考えられる。そこで一般歯科医院を訪れる患者に、匂いに対するアンケート調査を行なったところ、80%以上の患者が歯科特有の匂いを感じると答えており、その匂いは、約50%が待合室で感じていた。またそれらの匂いによって嘔吐反射を誘発したり、歯痛を思い出させるなどの精神的苦痛を惹起する患者もいた。しかし矯正歯科ではこの様な匂いは感じないとする患者がほとんでであった。一般歯科と矯正歯科における句いの違いは主に根管治療をするか否かによるものと考えられた。そこで一般歯科医院における匂い強度を測定した。玄関の外を基準値として、玄関内、受付、待合室、治療室(入口、中央部、治療椅子)を測定場所にした。匂い強度は歯科医院によって様々であったが、全ての施設で治療椅子での匂い強度が最高値を示し、玄関内が低値を示していた。多くの患者が歯科特有の匂いを感じるとしていた待合室は比較的低値を示していた。全体的には治療椅子に近くなるほど匂い強度は増加傾向にあった。匂い強度が比較的低値を示した待合室で、約50%の患者が歯科特有の匂いを感じていたのは、これから受けようとする治療に対する恐怖や緊張が嗅覚を敏感にしたためではないかと考えられた。また、アンケートから患者は歯科治療をリラックスして行える匂いとして、無臭もしくはアロマテラピーの応用を期待していた。しかし匂いの好き嫌いは個人の経験や成育環境による影響が大きい。そのため誰もが快く感じる香りの摸索には更なる検索が必要であると考えられた。
著者
原 弘久
出版者
国立天文台
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

本研究では私が発案したマルチスリットを製作し、それを用いて太陽コロナを観測することで、(1)高い時間分解能で太陽コロナの分光観測を行うこと、(2)コロナ中を伝播していると予想されているアルフベン波の存在の有無をマルチスリット分光観測によりつきとめること、という二つの目標があった。昨年度と今年度の前半にそれらの観測を可能とするマルチスリット製作を行い、7月より国立天文台乗鞍コロナ観測所で観測時間をもらって観測を行った。しかしながら、7月,8月,9月中に計4週間の観測を行ったが、観測期間のうち晴れた日が数日で、それも雲間をぬうようなものであったため今回解析するのに十分なデータを取得することができなかった。現在、観測所が閉まる直前の10月後半に取得したデータを解析中である。スペクトルデータの初期処理を終え、視線速度データをもとに定在波・伝播波を捕まえようとしているところである。したがって、現段階でアルフベン波の存在の有無については十分な考察のもとで答えることができない。これについては、結果が肯定的でも否定的でも重要な結果となるので、解析終了後に論文にまとめる予定でいる。それでも今回の目的の一つであった高い時間分解能の観測は達成することができ、太陽活動領域中のコロナの速度構造が3分程度の間にかなり変化しているという様子を捉えることができたことは大きな収穫であった。このスリットを用いた観測を来年度も引き続き行い、コロナ運動の様子を高い時間分解能で観測してコロナ加熱領域の研究を継続することを考えている。
著者
張 樹槐
出版者
弘前大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本研究は,リンゴ果実と葉との体積の違いや光合成作用の相違から,その間に存在する温度差の情報に着目し,赤外線熱画像によるリンゴの検出方法を構築しようと試みた。そのために,まずリンゴ果実と葉の温度を24時間リアルタイムに計測し,その変化の特徴及びそれらが外気温との関係について詳しく調査した。またリンゴ果実と葉の温度差情報を利用して,取得した温度データに基づいてリンゴ果実を検出する方法を提案した。上記の研究結果を踏まえ,遺伝的アルゴリズムによるパターン認識方法を応用し,赤外線熱画像から得られたリンゴの2値画像及び輪郭線画像を基に,リンゴを円として検出することを試みた。検出アルゴリズムは,リンゴの輪郭線画像の情報を基に仮想生物個体の初期設定,検出用円モデルに対する2値画像及び輪郭線の適応度の算出,適応度の高い個体に対するエリート保存,または探索空間の多様性を維持するための突然変異,近親相殺などの遺伝子操作で構成されている。その結果,昼夜の外部環境の相違に関係なく,画像中に存在するすべてのリンゴを検出することができた。しかも検出されたリンゴはおおよそ画像中の位置及び大きさと一致している。またリンゴの一部が葉などに隠れている場合や二つのリンゴが連結されている状態でもよい検出結果を得た。これらの基礎知見は、リンゴのみならず他の果実などにも応用できるものであると考える。
著者
玉井 昌宏
出版者
大阪大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本研究では,植生の幹の直径程度あるいは植生背後に生じる後流が認識できる程度の長さを最小のスケールとして,植生の運動,植生を起源とする乱れと水流の持つより大きなスケールの乱れとの相互干渉を明らかにすることを目的として,木理実験と数値計算を実施した.植生の縮尺を河道のそれと同一にすると,植生と流体間に生じる流体力に関する抵抗則が実物と模型との間で変化することになる.そこで,縮尺の異なる歪み模型により実験を行なうことにした.実験結果そのものに一般性がないことを補うために,植生と流体運動の間の相互作用をモデル化し,それを基礎とする数値計算を実施して,モデル化の妥当性を評価するための基礎データとして利用することとした.乱流計算における植生と乱流の相互作用のモデル化については,前年度において検討した固体粒子運動と流体運動の相互作用について開発した乱流モデルを発展させた.植生と乱流場との相互作用を表示する最も単純な流れ場として,河床に植生を有する等流場に関する鉛直一次元の数値解析を実行した.この数値計算においては,直径や高さといった植生固体の特性と植生密度による流動構造の変化,特に,植生と河床との流体抵抗力の分担,植生部と無植生部との流量分担等について検討した.実務上は,植生部の視覚的な特性によって,植生部と無植生部の基本的な流量分担が決定されている.これでは河道の疎通能力を過小に見積もったり,逆に過大に見積もる可能性があり,治水計画の精度上問題がある.今回の研究で,植生帯特性と流量分担との関係を明確にしたことによって,実務設計面においても有益な情報を提供するものと考えられる.
著者
上寺 康司
出版者
東亜大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

本研究は,1970年代アメリカ合衆国公立学校財政の州集権化を,同年代に公立学校財政の財源負担割合を増大させた全米50州の中でも,10パーセントポイント以上の増大を示した19州について,実証的に解明することを目的として実施した。これらの19州の具体的に言えば,アラスカ州,カリフォルニア州,コロラド州,アイダホ州,インディアナ州,アイオワ州,カンサス州,ケンタッキー州,メイン州,マサチューセッツ州,ミネソタ州,モンタナ州,ネバダ州,ニュージャージー州,ノースダコダ州,オハイオ州,オレゴン州,ワシントン州,ウエストバージニア州である。これら19州の中で,ニュージャージー州,マサチューセッツ州,オハイオ州,オレゴン州,ワシントン州,カリフォルニア州,インディアナ州,モンタナ州について,特に詳しく分析した。公立学校財政における州集権化については,公立学校財政訴訟にもとづく裁判所の命令を受けた州公立学校財政関係法の制定に基づき,公立学校財政改革が実施され,その結果として公立学校に対する州の財政負担割合が増大したことを明らかにした。特に,州の公立学校財政の中心は,州が地方学区に対して配分する基礎教育補助金であり,この基礎教育補助金配分方式の改革が,州の公立学校財政改革の中心,ひいては公立学校財政の州集権化の鍵を握ることを明らかにした。加えて,その基礎教育補助金配分方式の改革にともなう,州と地方学区との基礎教育補助金の配分をめぐる政府間財政関係の変容についても明らかにした。
著者
久保 勘二
出版者
九州大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

近年,筆者はトロポノイドの構造的な特徴を活かした機能性ホストの開発を行っている。これまでに,トロポノイドに種々のイオノファー(アームドクラウン,アザクラウンエーテル,大環状ポリアン,シクロファン)を組み合わせたトロポノイドイオノファーを合成し,その金属イオンに対する錯体形成挙動を評価した。今回,蛍光分子(アントラセン,ナフタレン),トロポン並びにジアザクラウンエーテルを組み合わせたトロポノオイドイオノファーを合成し,その光化学的性質と重金属イオンに対する錯形成評価を試みた。N-アンスリルメチル-N'-トロポニルジアザ-18-クラウン-6エーテルはメタノール溶液中9-メチルアントラセンの発光強度の400分の1という非常に弱い発光を与えた。この発光強度の現象は窒素原子から励起されたアントラセンヘの光誘起電子移動による蛍光消光により説明することができる。また,各種金属イオン存在下での蛍光スペクトルを測定したところ,N-アンスリルメチル-N'-トロポニルジアザ-18-クラウン-6エーテルは平衡定数・発光強度変化共に高い銅イオン選択性を示した。ビスアンスリルメチルジアザ-18-クラウン-6エーテルはカリウムイオン選択性を示すことから,N-アンスリルメチル-N'-トロポニルジアザ-18-クラウン-6エーテルは銅イオン蛍光分析試薬として利用できる。一方,トロポノイドアザマクロサイクルの分子集合体への応用として,トロポノイドアザマクロサイクルをコアに有する液晶化合物を合成した。ビストロポニルピペラジン誘導体はエナンチオトロピックにスメクチックC相を発現することを見い出した。さらに,そのX線結晶構造解析の結果から,ビストロポニルピペラジン誘導体は結晶状態で,分子長軸が層法線に対して30度チルトした層構造を形成していることを見い出した。
著者
東郷 俊宏
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究の目的は、病因、病態、病理に関する唯一の専書として中国医学史上、特異な位置を占める『諸病源候論』(610年成立、巣元方撰)について、その疾病分類の特徴を分析することにあった。また疾病を67門、1739種に分類する本書の疾病記述は、漢代以降に成立した医学文献の内容を多く継承しており、かつその疾病定義が日本、中国の別を問わず後世の医学書にしばしば引用されてきたことを鑑み、本書の他の医学書への影響関係をも分析対象とし、中国医学における疾病観の変遷を探る基礎的な作業とした。具体的な成果としては、両年度を通じ最善本(宋版)を用いた経文のデータベース入力作業を進め、さらに宋改以前の旧態を存すると考えられる『医心方』との校合作業を行った。最終年度に当たる平成13年度はこの成果をもとに、本書と先行する医学経典(『素問』『霊枢』『傷寒論』『金匱要略』)、および本書の疾病分類を採用した日本、中国の医学全書(『医心方』『太平聖恵方』『聖済総録』)との引用関係、相互関係を明らかにするべく、対照表をも含めた総合データベース作成に着手した(平成14年度中完成予定)。作業量が膨大となったため、総合データベースはまだ完成をみていないが、作業過程において明らかになった事項を以下に2点挙げたい。1.計画段階で予想したとおり、『諸病源候論』の記述は先行する医学書の記述を大量に含むが、必ずしも原文とおりの引用ではなく、病因の説明などを補い、原本には見られなかった因果関係を明確にする場合が多く見られる。2.『諸病源候論』の引用書目は多種にわたるが、同一種の疾病の記述に関して、諸書の記述をあえて一貫性のあるものにまとめることはせず、内容的に矛盾、相違する部分に関しては別項目をたて、複数の書の記述を併存させるように編集している。
著者
渡邊 浩文
出版者
東北科学技術短期大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

大規模宅地造成等により環境破壊が進む仙台市において、自然と調和した都市づくりの指針を明らかにするための、面的・基礎的な資料を整備した。1.人工衛星データを活用した土地被覆分布図、地表面温度分布図の作成1995年10月および1985年6月の2時期の、アメリカの人工衛星ランドサット5号のTMデータのうちband3及び4を用いた。土地被覆分布図の作成は特に「緑地」に着目し、正規化植生指標と呼ばれる植生の活性度を算定し分布図に表した。2時期のデータ比較による経年変化の考察を通じて、市街地郊外部の山林を大規模に宅地造成している現状を確認した。地表面温度分布図の作成はband6データを用い、CCT値から輝度温度に変換し、図化を行った。観測時刻が午前10時前のため、市街地部分はさほど昇温していなかったが、特に臨海工業地区、空港(滑走路)が高温域として着目された。また試行的に国土数値情報の土地利用データを用いた人工排熱分布図の作成を行った。2.仙台各地の風速・風向の調査と図化仙台市内に立地する既存の気象観測所11地点における風速風向資料を入手し、夏季(7&8月)時刻別の解析・図化を行った。海陸風により日中と夜間で風向風速とも状況は大きく異なり、日中は主として南南東風が、夜間は主として北風がどの観測所においても観測されていた。主風向は比較的安定した状況であった。3.既存地図情報により大気汚染源の特定と図化供給処理施設、大規模製造工場などを主たる対象とし、大気汚染物質発生源の位置の特定・図化を行った。工場の分布は、市街地の東側郊外にある工業地区および臨海部(仙台港周辺)に集中しているが、このほかにも比較的市街地中心部に混在する形で工場が点在している様子が見受けられた。風向風速の解析結果と合わせてこの状況を考察すると、少なからず都市の大気汚染に影響を及ぼしていることが推量された。
著者
大倉 敬宏
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

マコロード回廊周辺およびフィリピン断層沿いの14カ所で1996年4月から2000年9月までに行われた10回のGPSキャンペーン観測に関して、そのデータ収集および整理を行なった。これらのデータおよびフィリピン内外のIGS観測点のGPSデータをBernese Ver. 4を用いて解析し、ユーラシアプレートに相対的な速度場を求めた。その結果、すべての観測点で西ないし北北西向きに5-9cm/yearの値が得られた。しかし、マコロード回廊の北側と南側ではユーラシアプレートに対する速度が系統的に異なり、マコロード回廊内および回廊の南側が、北側の地域に対して年間2cmの大きさで東ないし北東方向に変位していることが明らかになった。また、マコロード回廊内で2〜4×10E-7の南北ないし北北西-南南東方向の伸長成分が検出された。また、マコロード回廊内の回転成分は反時計回りに0.2-0.4マイクロラジアン/yearであり、この値も周辺より若干大きめであった。この0.2-0.4マイクロラジアン/yearという値は古地磁気学的手法により得られた、過去200万年のブロック回転運動(最大40度)の平均回転速度とほぼ等しい。求められた伸長成分や回転成分がマコロード回廊の生成時から連続するものであるとすると、マコロード回廊の生成には、約2Maにフィリピン海プレートの沈み込み様式がかわったことでパラワンブロックとフィリピン島弧の再衝突がおこったことが密接に関係していると考えられる。
著者
中江 次郎
出版者
奥羽大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

研究目的:通常支配神経が絶たれる大胸筋皮弁や広背筋皮弁に神経移植を行った場合にも、従来行われてきた神経縫合や神経移植術と同様に、筋機能が回復するか否かを組織学的、組織化学的に検索する事を目的に研究を行った。実験方法:実験動物には日本白色ウサギを用い、大胸筋皮弁と広背筋皮弁を形成した後、その皮弁内に残存する神経支配をおよび筋線維の分化や萎縮、筋線維のタイプ変化を検索した。検索方法:大胸筋皮弁、広背筋皮弁部および皮弁周囲組織をそれぞれ摘出し、皮弁の外側部、中央部、血管側部の3つに分け、神経支配がどのようになっているかどうかH-E染色、Gomoriトリクローム染色、ATPase染色およびアセチルコリンエステラーゼ(AChE)染色を行い検鏡し、大胸筋皮弁、広背筋皮弁の筋線維タイプ構成比率について検索した。また、移植部周囲の筋組織についても同様に検索を行った。結果:実験において、大胸筋皮弁、広背筋皮弁ともに、中央部、血管側部については筋肉の萎縮や異常な所見はなく、外側部には筋線維の萎縮が確認できた。また、移植部周囲の筋組織については、筋線維の萎縮が確認できた。ATPase染色においてタイプ2C線維の出現と筋線維の萎縮が確認できた。術後4週頃よりタイプ2C線維の減少とともにタイプ1線維や2線維が増加し、さらにAChE染色では神経筋接合部の活性が確認できた。
著者
中江 次郎
出版者
奥羽大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

研究目的:通常支配神経が絶たれる大胸筋皮弁や広背筋皮弁に神経移植を行った場合にも、従来行われてきた神経縫合や神経移植術と同様に、筋機能が回復するか否かを組織学的、組織化学的に検索する事を目的に研究を行った。実験方法:実験動物には日本白色ウサギを用い、大胸筋皮弁と広背筋皮弁を形成した後、その皮弁内に残存する神経支配をおよび筋線維の分化や萎縮、筋線維のタイプ変化を検索した。検索方法:大胸筋皮弁、広背筋皮弁部および皮弁周囲組織をそれぞれ摘出し、皮弁の外側部、中央部、血管側部の3つに分け、神経支配がどのようになっているかどうかH-E染色、Gomoriトリクローム染色、ATPase染色およびアセチルコリンエステラーゼ(AChE)染色を行い検鏡し、大胸筋皮弁、広背筋皮弁の筋線維タイプ構成比率について検索した。また、移植部周囲の筋組織についても同様に検索した。結果:実験において、大胸筋皮弁、広背筋皮弁ともに、中央部、血管側部については筋肉の萎縮や異常な所見はなく、外側部には筋線維の萎縮が確認できた。また、移植部周囲の筋組織については、筋線維の萎縮が確認できた。今後の展望:大胸筋皮弁・広背筋皮弁を形成した後、皮弁内に残存している神経支配、筋線維等を観察を行った。今後、これらの検索を継続するとともに、アセチルコリン活性や免疫組織学的(NGP、PGP、Brdu)な検索と電気性理学的(筋電図)な検索を加え、筋線維の分化や萎縮、筋線維のタイプ変化を観察していく予定である。
著者
岡野 栄之
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

神経系に発現している遺伝子の多くは、選択的スプライシングにより遺伝子産物の多様性を形成し、偏在的に発現している遺伝子の中でも神経系における特有の構造と機能を獲得しているものが知られている。この結果生じる遺伝子産物の多様性は、複雑な神経系の発生過程と可塑性等において重要な役割を果していることが予想される。しかしながら、この神経系における選択的スプライシングの機構、特にそこに関与する遺伝子産物に関しては、殆ど知見がない。申請者は、神経系のスプライシングを調節していると考えられる神経細胞特異的RNA結合性蛋白質をコードするmusashi遺伝子を、ショウジョウバエ神経系に異常を有する変異体のスクリーニングにより同定することに既に成功している。loss-of-function typeのmusashi変異体においては、成虫の外感覚器を構成する細胞群(Neuron,Glia,Tricogen,Tormogen)の発生過程における運命決定における異常が観察された。即ち、NeuronとGliaの前駆細胞(Neuron Glia Progenitor,NGP)がTricogenとTormogenの前駆細胞(Socket Shaft Precursor;SSP)に形質転換していることが明らかとなった。従って、ショウジョウバエmusashi遺伝子産物は、RNA結合性蛋白質として、post-transcriptional levelにおいて下流遺伝子群の発現を調節することにより、神経発生過程における細胞の運命決定を制御していると考えられた。更に我々は、より複雑で高次の神経系を有する哺乳類におけるmusashi遺伝子ファミリーの役割を明らかにするために、musashi遺伝子のマウス相同分子(mouse-musashi)の単離にも成功しており、これも神経系特異的なRNA結合性蛋白質をコードすることを明らかにした。mouse-musashi遺伝子産物は、神経系の未分化幹細胞において発現しており、ショウジョウバエの相同分子との類似性より、これも、哺乳類神経発生過程における細胞の運命決定を制御していると考えられた。又、本分子のRNA結合能の証明についても成功しており、今後下流標的遺伝子の同定をおこなって行きたい。
著者
山中 克夫
出版者
筑波大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

痴呆高齢者の中には暗いすみの壁に方便したり,洗面台に座って大便をしたりしまう者が存在する。これは,中枢性の異常や泌尿器そのものの異常による失禁とは性質が異なり,いわゆる「勘違い」による現象である。現在のところ,この問題のメカニズムや対処法について科学的に検討した報告はみあたらない。そのため,医療・福祉の現場では,経験的な方法や口コミ情報に頼っている。平成12年度では、老人病院外来でアルツハイマー型痴呆と診断された高齢者1名についてフォローアップし、どのような間違いが起こり、家族はどのような点で失敗しているのか分析を行った。さらに、認知心理学的な視点から、対処法を考え、その効果をみた。対象は、70歳の男性であった。6年ほど前から物忘れが起こるようになり、現在、長谷川式簡易評価スケールで0点、Mini-Mental State Examination(MMSE)で3点(復唱のみが正解。物の名称も答えられない状態)であった。特に見当識面で非常に重篤な問題を呈しており、スリッパをテーブルにおいたり、植木を家の中に入れてしまったりと、行動のフレーム自体が崩壊しているような状態であった。トイレについては、特に夜間に、隣の場所である洗面台やお風呂と間違い、用を足そうとしてしまう状況であった。家族の対処法を尋ねると、トイレの明かりをつけ、オリエンテーションをつけようとしていたが、一向に問題が改善しない状況にあった。これはトイレの明かり自体を誰かが「入っている」と知覚したのだと考え、逆に周囲の洗面所、風呂場の明かりをつけ、トイレの明かりを消す方法を提言した。その結果、トイレの場所の誤りは改善した。これらの誤認識についてアフォーダンス理論と関連させ、考察を行った。
著者
國 雄行
出版者
神奈川県立博物館
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

当初の計画ではプラオ(西洋犂)を内国勧業博覧会に出品していた埼玉県北足立郡大谷村向山の吉田為次郎と福島県安積郡郡山町の斉藤庄五郎について調査を進めていく予定であった。吉田については埼玉県文書館の調査により、ある程度の分析が進んだが、斉藤については未詳のままである。ただ斉藤について調査を進めていく過程で興味深い事実につきあたった。この調査をするにあたり、福島県文化センター歴史資料館に所蔵されている『県庁文書』の分析から開始したが、その際、福島県の場合は、西洋農具は農民ではなく(元)士族に貸与、又は払下げれていた事実が判明した。すなわち福島県は安積等の原野を開墾する者たちを中心に西洋農具の貸与や払い下げを行なったのであり、西洋農具の導入政策と士族授産が密接に結びついていたことが明らかとなった。また、北海道各地の博物館・資料館等を調査するにあたり、西洋農具があらゆる場所で展示されており、農具の性質、使用法等を学ぶことができたのは大きな成果である。東京近辺の調査では、立川の砂川源五右衛門(北多摩郡長)が大日本農会と密接に関連しながら、桑園をひらく際に西洋農具を使用していたことが明らかとなった。しかし、現在、史料発掘中であり、詳しい内容はわからない。今後も引き続き調査を行い、西洋農具の導入政策を研究していきたい。
著者
川合 安
出版者
北海道大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

六朝時代における官制改革論の中で一貫して提起され続けた重要な論点の一つが、地方分権の推進であることが明らかになった。地方分権の主張は、曹操政権の時代(三世紀初頭)、「封建論」として提起される。中央集権的な郡県制を採用した秦漢古代帝国が滅亡の危機に瀕していたこの時期、理想的な周代封建制回帰の志向が強まったのである。「封建論」を最初に提起した荀悦は、封建諸侯の政治は王と領民と双方の規制を受け、王の政治も諸侯の規制を受けて、極端な悪政の出現が防止される点をメリットとして強調する。当時の論者の中には、封建の立場をとらず、郡県制の枠内で地方長官に領兵権を与えることを主張する者もあった(司馬朗)が、権力の分散という方向性においては「封建論」と軌を一にしていたといえよう。三国・魏の後半には、司馬氏の台頭に対する危機感から、皇室曹氏擁護のための皇族封建が強く主張される(曹問等)。司馬氏による西晋王朝創業の際にも、魏滅亡の教訓から皇族封建が主張された(段灼)。これら皇族封建論にも分権という論点が欠落していたわけではないが、皇族重用の方に力点があった。西晋の皇族「封建」政策は、皇族重用ではあっても、地方分権ではなく、実質的には郡県制であった。この点に対する批判は、劉頌や陸機によって展開され、封建制採用による地方政治の活性化が唱えられた。が、四世紀初頭、西晋の皇族「封建」が無惨な失敗に終わると、封建の魅力は大きく後退し、四世紀後半の袁宏を最後に、「封建論」はみられなくなる。かわって登場してくるのが、郡県制の枠内で地方長官の任期を長期化する等の措置を講じて、地方分権を実現しようとする主張である。その嚆矢は、四世紀初頭の丁潭であり、六世紀初頭の南朝・梁の官制改革を主導した沈約の地方分権論へとつながっていくのである。