著者
伊藤 雅之
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

脳形成過程において、周産期にうける物理的あるいは循環動態的変化は、その後の発達に重要な影響を与える。本研究では、周産期脳循環障害におけるアポトーシスの関与を調べ、その病態解明を検討し、その予防および治療の可能性を探ることを目的とした。昨年度の結果から、周産期脳循環障害にアポトーシスがみられたが、caspase3(CPP32)のmRNAの発現には対照群と差がなかった。今年度では、成熟児と未熟児の7ポトーシスのメカニズムの違いを調べた。周産期脳循環障害に多くみられる橋鈎状回壊死(PSN)について、成熟児と未熟児とに分けて分子病理学的に検討した。1.臨床病理学的検索:神経病理学的にPSNと診断された症例と正常対照を、臨床的に低血糖を伴う群と在胎21週から30週の未熟児群、31週から40週の成熟児群にわけて、ヘマトキシリン・エオシン染色、in situ taillng reaction(TUNEL)法により、アポトーシスの形態学的および量的評価を臨床病理学的に調べた。その結果、未熟児群で優位にアポトーシス細胞が多く観察された。未熟神経細胞ほどアポトーシスによる変化をきたしやすいものと思われた。2.遺伝子病理学的検索:PSNの未熟児群と成熟児群および正常対照の橋核のサンプルを用いてcDNAを合成し、RT-PCR法により細胞内シグナルトランスダクションに働く遺伝子群の発現を比較検討した。その結果、PSN症例ではFADD(FASassociateddeathdomainprotein)が優位に高発現していた。特に、未熟児群で高発現であり、Fasを介するシグナルが発達期の神経細胞死に重要な役割をしている。これらの結果から、ヒト発達期の脳障害にFasを介したアポトーシス発現が関与し、脳の未熟性が危険因子であることがわかった。
著者
卯田 昭夫
出版者
日本大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

12年度の研究から神経性ショック前後の心拍RR間隔周波数解析パラメーターの特徴は明瞭化できた。しかし、Mem Calc^【○!R】による周波数解析には数時間から短いものでも数10分を要し、モニターとしての有用性に欠けていた。13年度は心拍RR間隔収集装置(メモリー心拍計LRR-03^【○!R】)を購入し、Tarawa/winシステム^【○!R】を用いパーソナルコンピューターと接続し、リアルタイムに解析結果をモニタリングした。本研究の目的・内容を理解し、同意の得られた患者を対象とした。神経性ショック予防モニター実用化のため、周波数解析より得られたパラメーターの有用性を、臨床応用から検討した。全身麻酔覚醒時には非脱分極性筋弛緩薬の拮抗薬として、抗コリンエステラーゼ薬あるエドロホニウム(エド)やネオスチグミン(ネオ)が用いられる。しかし、アセチルコリン受容体の反応には運動神経伝達をつかさどるニコチン作用と、副交感神経(PSN)刺激症状を示すムスカリン作用があるため、一般にPSN遮断薬である硫酸アトロピン(アト)が併用される。自律神経への作用機序が明らかなこれらの薬物を投与した時のRR間隔を周波数解析し、低周波帯域(LF)、高周波帯域(HF)、LF/HFおよびエントロピー(ENT)(理論上最もランダムなものを100%、等間隔なものを0%と規格化)の表す意義・有用性について検討した。その結果、1.アト投与により、HF減少の持続、LF/HF一過性の上昇を認めた。2.エドおよびネオ投与によりすべての症例で心拍数が減少した。心拍数の減少とHFの上昇に明らかな関係はなかった。3.ENTはHFの増加に同調し、アトによって低下したことから、PSN活動を反映することが示唆された。しかし、頻脈時は低値を示し、その解釈には、今後さらなる検討が必要である。これまでの研究から、神経性ショック前は過度の交感神経緊張状態(LF/HFの上昇)が観察され、ショック状態では逆にPNS亢進(HF上昇)(ENT上昇?)することが判明した。つまり、LF/HFを観察すれば神経性ショックの予防は可能ということになる。しかし、RR間隔の周波数解析から得られる数値は個人差が大きく、評価の基準が現在無いのが現状である。今後、ホルター心電図を用いた24時間正常値、負荷試験による変動観察、あるいは術中の変化率など、個人の評価をどのように行なうかの指標が発見されれば神経性ショックを予防するモニターが実用化できると思われる。
著者
斎藤 茂子
出版者
自治医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

-2SD以下で明らかなGH分泌不全のない低身長患者に対し、インフォームドコンセントを得てミトコンドリアDNA(mtDNA)検査を行った。家族歴のある低身長のみの患者8名、低身長+精神遅滞患者(てんかん合併患者含む)12名、MELAS患者5名(全例低身長あり)、Leigh脳症患者7名(全例低身長あり)、低身長+中枢神経症状+高乳酸血症(MELASやLeigh脳症の画像所見なし)2名の計34名を対象とした。従来、mtDNAの点変異が報告されている塩基部位の変異についてPCR-RFLPを行い、変異の有無を確認した。低身長+精神遅滞(軽度)の患者のうち、母親が糖尿病である例および母親に難聴がある例、それぞれ1名ずつの検体からはmtDNAのシークエンスを行った。MELAS患者の約80%、糖尿病患者の1%に認められるmtDNA塩基番号3243のA-G変異(3243変異)が、MELAS4名(80%)、Leigh脳症1名に認められた。MELAS患者のうち1名は低身長で受診し、高乳酸血症とmtDNA変異が認められ頭痛などの症状出現と脳波異常等をあわせて診断された。低身長のみまたは低身長+精神遅滞の患者では3243変異は認められなかった。シークエンスを行った2例についてもmtDNA変異は見いだせなかった。家族性低身長は多くの遺伝子群が関与する多因子遺伝と考えられ、mtDNA単独では説明できない。しかし、我々の検討で3243変異が発見された症例のうち低身長が主訴である例も存在しており、患者のインフォームドコンセントが得られればmtDNAの検索を行うことが望ましい。また、3243変異は家族性低身長単独の患者の中には認められないものの、糖尿病、MELAS、Leigh脳症といった多様な臨床像を示した。今後この変異によってもたらされる機能障害についての研究をすすめたいと考えている。
著者
村木 美貴
出版者
東京工業大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

バブル経済期に地価の高騰から都心の居住空間は駆逐され、それへの対処方法として住宅付置義務要綱、都心居住推進のための総合設計制度、中高層階住居専用地区などが導入された。これらの方法により都心に住宅確保することは可能となったものの、望ましい住環境の確保、都心居住のあり方は明らかではない。そこで本研究は、都心居住推進のためのミクストユースのあり方、とりわけ義務・商業と住機能の共存方法を明らかにすることを目的として東京とロンドン都心区の都市マスタープランの取り組みと、ミクストユースの実態について明らかにした。イギリスでは、都市計画の基本文書であるデベロップメントプランに住宅供給の必要性と実現方法が明確に位置づけられていた。方法としても、他用途との共存方法が同一ビル内では別アクセス路の確保による、居住アメニティの確保という形で表れ、また、共存しうる業種の指定という方法が採られていた。とりわけ同一建物内での共存方法は、立地場所、階数、業種を明確に提示することで、他用途と住宅との共存を可能とさせていた。現在、サステイナビリティの必要性から、都心部での住宅供給は高く必要性が問われているものの、オフィスビル建設については、住環境の確保という観点からも、飛び地による住宅供給も行われていることが明らかとなった。昨年度の研究との比較を通して、我が国における望ましい複合用途の確保、住宅と他用途との共存のためには、ただ特別用途地区の指定や容積ボーナスによる住宅供給に留まらず、都市計画マスタープランにその必要性を位置づけた上で、居住アメニティを実現させるための詳細なガイドラインの策定とその運用の必要性がある。望ましい住環境を都心部でも確保するためには、用途地域制だけではなく、業種内容をより詳細に分類し、住宅と共存しうる業種、業態を明確化していくことが必要と思われる。
著者
入江 由香
出版者
早稲田大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

今年度は16世紀のスペインで成立した石切術書にみられる切石の作図法の記述方法の解明を課題とし,ヒネス・マルティネス・デ・アランダによる『構築物と石切術の作図法』を主な対象として,その記述構成の分析と整理を行った。作業に先立ち,16世紀スペインの石切術手稿本および関連する16〜17世紀成立の石切術書についての原資料目録を作成し,未入手のものに関しては復刻版を購入あるいは複写を入手した。また昨年度に引き続き,石切術に関する手稿本,刊本の内容(文章,図版)を電子情報化し,読解や分析の際に利便を図った。分析の結果,『構築物と石切術の作図法』本文からは,「前書き」,「規定」,「作図項目」からなる3つの記述の構成要素が抽出された。そして,これらの記述の構成要素の内容と,要素間相互の関係を検討することにより,同書における切石の作図法の記述方法に関して,次の2点の特質を指摘することができた。1.「前書き」において作図上の原型が設定される。それらの原型をもとにして,「作図項目」において構築物の変種を生成する。2.「規定」において基本的な作図操作が設定される。それらの作図操作をもとにして,「作図項目」において作図法を説明する。また,同書におけるこれらの記述方法の特質は,読者への序文において作者マルティネス・デ・アランダ自身が述べているように,「少ないものに多くを内包させる」という考え方を彼が評価し,その考え方を拠り所の一つとして切石の作図法の記述に応用していった結果であると推定される。
著者
佐藤 寿倫
出版者
九州工業大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

近年値予測を用いたデータ依存の投機的実行が注目されているが,値予測のためのハードウェア量が問題となっている.本研究では,値予測機構のハードウエア量を削減することを検討した.具体的には,頻繁な値の局所性に着目し.予測値を0と1だけに限定している.SPECべンチマークではレジスタに書き込まれる値の平均で20%以上が0と1で占められているので,予測値を制限しても有意義なパフォーマンスが得られる.シミュレーションの結果,提案した予測器は2倍以上のハードウエア規模を必要とする従来の最終値型予測器よりも,性能が高いことが確認された.
著者
羽金 重喜
出版者
北里大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

MTT assayを用いて施工した、各肉腫、癌細胞株の各抗癌剤に関する結果は、以下に示す通りであった。ISO-HAS (血管肉腫)、MO-LAS (リンパ管肉腫)の各抗癌剤におけるIC_<50>値は、CPM (シクロホスファミド) (8).でISO-HAS 8μg/ml. MO-LAS 10mg/ml以上、VCR (ビンクリスチン) (C-7)でISO-HAS 10μg/ml MO-LAS 10μg/ml以上、ADM (アドリアマイシン) (C-17)でISO-HAS 25μg/ml, MO-LAS 0.36μg/ml, DTIC (ダカルバジン) (30)でISO-HAS 700μg/ml MO-LASで500μg/mlであった。(各抗癌剤の末尾数字( )は、通常臨床投与量において得られる最高血中濃度を示す。)また、CPM. VCR, ACM, DTIC, 4薬剤併用時(夫々最高血中濃度に設定)においては、ISO-HASで、75%、MO-LAS 9.4%, M/4-W (メラノーマ) 70.2% Ecca (エクリン癌) 18.3%の生存率であった。MO-LASにおいて、各抗癌剤単独では、殺腫瘍効果が、低かったが、4剤を同時に併用すると、著効を示した点は、極めて興味深い結果であった。またETO (エトポシド) (30)用いた実験では、エトポシド最高血中濃度における各細胞生存率は、次の通りであった。ISO-HAS 40%, MO-LAS 33%, M/4-W 25%, Ecca 16%, ISO-HAS, MO-LASともに細胞生存率は、50%を切っており、エトポシドは、今後、使用価値のある薬剤と考えられた。この事実を踏まえて、現在、ISO-B_1, ISO-S_1 (マウス血管肉腫)を用い、In-Viboで、検討中である。
著者
中迫 昇
出版者
近畿大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

本研究では、もともとの変動が有限な範囲内に留まっていたり、(飽和型非線形系の)計測器のダイナミック・レンジなどの存在により有限な範囲内の値を示す実際的な場合において、非定常入力を伴う系の応答解析を最終目標としている。今回は研究の初期的段階にあることから、特に飽和型非線形系における非定常変動観測時の雑音対策を、システムの物理メカニズムと直結するパワースケールとの関連で考究した。すなわち、有限レベル変動範囲のダイナミック・レンジをもつ観測データを用いて、任意分布型の外来雑音に汚された未知非定常信号(特に、パワースケールのような正の物理量)を、動的に推定してゆく推定アルゴリズムをベイズ定理に基づき開発した。具体的には、飽和の影響を受ける前の任意変動の観測値と任意非ガウス型変動を示す未知信号間の線形・非線形の各種相情報を階層的に反映した新たな信号復元法を、広義ディジタルフィルタの形で見い出した。更に本研究で得られた理論的結果を、シミュレーションデータや残響室内における暗騒音混入下の実音響データに適用し、その有効性を検証した。本研究で得られた理論の特長を列挙すると以下のとおりである。1)本手法は、外来雑音の混入とダイナミックレンジの存在に整合している。2)実システムが本質的にもつ非ガウス性、非線形性に対応できる。3)推定アルゴリズムが実用的である。すなわち、観測レンジ内では従来のベイズフィルタを形式的に採用し、観測レンジの上限、下限では確率密度の集中を簡易的に考慮している。4)スペシャルケースとして、ダイナミック・レンジが十分広い場合には、従来のベイズフィルタを理論的に包含している。本研究をもとに、今後、非定常な確率現象と計測における有限性を伴うあらゆる実分野への適用とその成果が期待できる(たとえば、機械振動、地盤振動、道路交通騒音などにおける非定常揺らぎの評価や解析など)。
著者
中迫 昇
出版者
近畿大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

本研究では、我々の生活と切り放すことができない音環境システムに特に着目し、その信号処理を目指して、多変量解析の分野で公知の主成分分析法と因子分析法の拡張を試みた。まず、特に音環境における確率評価量(例えば、Lx、Leq)間での双方向変換関係を見いだす目的で、公知の主成分分析法を理論的に拡張した。具体的には、線形関係および自乗誤差評価(すなわち、線形相関を利用)のみに基づく従来の手法とは異なり、非線形モデルの導入や、高次相関情報の誤差評価への利用などを行なった。さらに、公知の回帰分析法と対比させながら提案手法を実測データに適用し、良好な結果を得た。この成分分析の拡張手法には次のような特長がある。すなわち、1)実現象ごもつ複雑さや各変数間の非線形性に対応できる、2)多変数間の線形相関情報のみでなく非線形相関をも利用できる、3)従来の主成分分析法をスペシャルケースで含んでいる、4)2変数のみでなく、3変数以上の場合のもそのまま本手法が拡張できる、などである。ついで、音環境における複雑な多数遮音システムを、暗騒音に埋もれた出力観測のみから同時に同定したり、その出力応答を(騒音評価量とも関連し)揺らぎ分布全体において予測する目的で、特に実用的な立場から因子分析法の考え方を拡張した。具体的には、共通因子と独自因子に実体的メカニズムをまず反映させて、それぞれ騒音入力インテンシティ、各観測点での暗騒音インテンシティとして捉え、インテンシティスケールでの線形モデルに基づきシステムパラメータとして因子負荷量を推定した。この結果を用いて、暗騒音の影響がない場合、すなわち入力騒音のみに対する出力騒音の分布予測を行うことができる。さらに、本手法を実際の音環境データへ適用することによりその有効性を実験的にも確認できた。この因子分析の拡張手法は次のような特長を持っている。すなわち、1)複数システムを同時に扱える、2)入力および暗騒音が未知でも適用できる、3)計測において入出力間の同期をとる必要がない、などである。
著者
小野坂 仁美
出版者
愛媛大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究では、痴呆性高齢者が人形やぬいぐるみなどの非生物や偶像等を「生きている人、あるいは動物」として認知し、それら対象に対してなんらかの関わりを持とうとする現象を「人形現象」と操作的に定義している。そこで、本研究の目的は、この「人形現象」について、痴呆の病態と認知との関連の有無、痴呆性高齢者のなかでこの現象がみられる割合や傾向、生活歴や病態との関連などを系統的に調査し、当該現象を明らかにすることである。そして、当該現象について明らかになったことをふまえて、人形を痴呆性高齢者のケア及びレクリエーションとして活用できる方策を検討することが次の目的である。当該現象を明らかにするために、脳血管性痴呆の高齢者165名とアルツハイマー型痴呆42名、Pick病7名、ビンスワンガー症候群2名を対象に、形態の異なる3種類の人形を示した上で参加観察法を用いて人形に対する反応の傾向についての調査を行った。結果は、形態の異なる人形の中で最も反応したのは、どの痴呆においても乳児に似せて作った人形であった。人形を見て人形と認知しない割合は脳血管性痴呆とアルツハイマー型痴呆はほぼ同じであったことが判明した。人形として認知しないのは重度の痴呆者が最も多かった。人形に対する関心の高さと継続度は重度の痴呆者が一過性であるのに対し、中等度の痴呆者は継続して人形に対する関心と関わりを維持した。性差でみると、人形に対する関心の高さと関わりについては圧倒的に女性が優位であり、直接自分の乳房に人形の口を当てて哺乳した行為さえ見られた。また、中等度の者は、人形と認知できた上で過去の生活史の回想につながるものが多かったいう結果が得られた。回想については、脳血管痴呆者は人形を「わが子」として認知し世話をするのに対し、アルツハイマー型痴呆者の場合は、人形を見て自分自身が子供に退行し自分の親あるいは子供時代を回想する者が多かった。他者との関係から見ると、人形を介してケア提供者との関わりが容易になり増える反面、人形を人形と認知する他の痴呆者から嫌がらせや叱責を受けたりなどの迫害的行為が見られた。以上のことから、人形を痴呆性高齢者のケア及びレクリエーションとして活用するのは、「子役割」として人形を用いる場合は、脳血管性で中等度痴呆の女性が最も適切であることがわかった。アルツハイマー性痴呆者に用いる場合は、退行が進む可能性に注意する必要がある。また、他の痴呆者やケア提供者との関係性などの環境を整備した上で行うことが重要であることが示唆された。
著者
HIGA MARCELO G.
出版者
フェリス女学院大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

アルゼンチンに定住した日本人移民の間、「ニッケイ・日系」的なアイデンティティの登場は比較的遅く、80年代末から90年代初頭にかけて起こった日本への「出稼ぎ」移住の体験をきっかけに普及したのである。なお、ニッケイという範疇は彼らのアイデンティティ志向の中で重要な指標となって来たが、これを名乗る場所や文脈などによって意義が異なり、必ずしも統一した意味世界を指していると言えない。一方では、アルゼンチン出身者にとって、日本で日系人を名乗ることは合法的に労働する以外の意味が薄く、主観的な選択としてあまり採用されていない。日本人及び他の南米出身者に対しても従来の国籍の方が自他認識の方法としてむしろ有効である。さらに、南米出身者同士は確かに職場を始め様々な生活の場を共有するが、ニッケイとしての特別な連帯感は今のところそれほど強く表れていない。彼らはそれぞれの国籍に沿って結合する傾向があり、日系人・ニッケイよりも互いに外国人として接するのである。他方では、アルゼンチンにおいてニッケイたるものはアイデンティティを語る上で近年新たな意味をもつようになったことも否定できない。この現象の発生状況について前年度の報告で触れたが、今回の調査では「沖縄」に由来する要素について詳しく調べることができた。アルゼンチンの移民集団の構成からして、沖縄の存在は不思議ではないはずであるが、従来移民の子孫の間アルゼンチンに対して日本は対立の対象として認識され、沖縄は積極的な位置を占めていなかった。しかし、ニッケイの登場と共に、オキナワというものも再認識され、アルゼンチンで理解される「ハポネス」の重要な部分を示すようになった。アルゼンチン出身の日本人移民子孫のアイデンティティ志向には、様々な経緯を辿って来た要素が複雑に組み合わせられており、ニッケイとされるものもその中の一つの表現である。人々は定住民だと前提とする場合、国籍または固有文化は指標として採用しやすいが、移民は常の状態となる時その有効性は低下する、今後文化やアイデンティティの動熊を理解する上でこのようなケースを追求し続ける必要がある。
著者
日高 圭一郎
出版者
九州産業大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究では、福岡県福岡市において開催される「博多どんたく」及び「博多祇園山笠」を紹介した観光パンフレット(以下、観光情報媒体)を収集し、分析対象とした。収集した観光情報媒体から、「博多どんたく」及び「博多祇園山笠」を被写体とした観光写真を抽出し、それぞれについて写真枚数、写真面積、写真中における「祭り」部分の面積、「祭り」の前景・背景に撮影されている景観要素別の面積を計測した。前年度に実施した福岡県北九州市の4っの「祭り」の同様の計測結果とあわせて、計測結果の分析を実施した。その結果、各祭りとも写真中における「祭り」部分の面積は、70%前後であることがわかった。また、昨年度、北九州市の分析結果とほぽ同様の傾向が、福岡市における「祭り」においても見られることがわかった。つまり、第一に市街地の風景を前景・背景とする場合が少なく、観光情報媒体の製作者又は情報提供者は、市街地の風景は祭りの前景・背景としてふさわしくないと判断していること、第二に祭りの開催空間の景観整備が観光対象としての祭りの魅力向上に寄与する可能性があることが、北九州市の固有の特徴ではなく、「祭り」を被写体とした観光画像情報の一般性的特徴であることがわかった。以上の研究と並行し、「祭り」が多く行われる場所である神社の立地的特徴についても調査研究を実施した。具体的には明治期の観光画像情報として位置づけられる「名所図録図会」に掲載された名所といわれた神社の立地点について分析を行った。分析の結果、微地形の観点から、名所といわれた神社の立地点は3タイプ(微高地、平地、山頂)に分けられることなどが明らかになった。
著者
立石 憲彦
出版者
愛媛大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

高分子化合物によって赤血球が集合を起こすことはよく知られている。集合体は高分子化合物の濃度によって形成速度や大きさに差が現われてくる。我々は集合体形成物質としてデキストランT-70を用いて濃度(0〜4g/dl)に伴って集合体の形成にどのような影響があるかを次の3つの方法で観察をおこない、比較検討した。(1)単離ウサギ腸間膜に赤血球浮遊液を灌流し、微小血管の壁近くに形成される血漿層の厚みと血管内径の関係。(2)低ズリレオスコープ下における赤血球連銭形成速度。(3)赤血球集合・沈降過程におけるレーザー光透過量の変化。【結果】低ズリレオスコープ法による集合体形成速度およびレーザー散乱光による集合体形成及び沈降速度はデキストラン濃度が2.5g/dlで最大となった。一方、単離ウサギ腸間膜の微小血管における赤血球の流動を観察すると、デキストラン濃度が増加するにつれて血漿層の厚さが増すが、増加率はデキストラン濃度が2.5g/dl付近で最も大きく、逆に2.5g/dl付近のデキストラン濃度では灌流抵抗の増加率が低いことが明らかになった。【考察】低ズリレオスコープによる赤血球集合体形成およびレーザー散乱法による赤血球集合・沈降過程においては、ともに赤血球に加わるずり応力は低く、0〜2dyn/cm^2程度であり、デキストラン濃度変化によって赤血球集合体形成速度に変化が見られた。一方、微小血管内では血管壁に近いところではズリ応力が大きく(〉20dyn/cm^2)、赤血球は軸集中し、かつ、赤血球同士の衝突頻度が増える。中心軸付近ではズリ応力は小さいために集合体形成が促進された状態になったと考えられた。また、血漿層の厚みと灌流抵抗の増加率の変化は赤血球が集合を起こすことで循環抵抗の増加を抑えていることが考えられた。
著者
竹林 英樹
出版者
神戸大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

神戸市灘区の六甲山南麓市街地において実施した観測結果を基に,広域海陸風と冷気流の出現頻度の関係,及び,市街地における冷気流の影響距離に関する検討を行った.広域海陸風が弱い条件に限り,山際から1km程度までの市街地において冷気流による気温低下効果が期待できる.しかし,山から離れるとその可能性は低くなり,広域の風が強くなると冷気流は吹き消され,市街地での気温低下効果は期待できなくなる.谷の中での測定とモデル計算により,冷気の集積,流出の過程について検討を行った.谷の中の気温を比較すると,広域海陸風の弱い場合には,堰堤で最も低く,中間,上流の順になっており,冷気集積効果を反映していた.浅水方程式モデルにより,広域海陸風が弱い条件での冷気の集積,流出過程について検討を行った結果,地形により冷気が谷筋に集積され,重力に従って標高の低い方へ流出する様子が再現された.浅水方程式モデルを用いて,広域海陸風が弱い場合の神戸市全域における六甲山の谷等から流出してくる冷気流の分布(谷による集積)が求められた.樹林内における冷気生成メカニズムを知るため,実測調査と数値計算により気温鉛直分布の形成機構について検討を行った.晴天夜間は気温低下が大きく,上下気温差の変動も大きい.曇天夜間は日没後の冷気の集積と思われる一時的な気温低下が見られるが,その後の気温低下は小さい.数値計算でも実測結果と同様の現象を再現することができた.観測結果を基に,冷気流の市街地冷却効果としての活用可能性について考察を行った.斜面地に位置する市街地における熱環境の特性に基づいて議論されたワークショップの結果を基に,冷気流を積極的に活用する方法が提案された.今後の課題としては,計画指針図において緑化推奨ゾーンとして指定された場所で,屋上緑化などにより確保された緑被がどの程度の冷気源となり得るか,その下流域で立替協調によるスリット構造化ゾーンに指定された場所でどの程度効率よく冷気流を活用することが可能かという点について研究を進め,積極的な冷気流の活用に向けた検討を行っていく必要があると考えている.
著者
西山 浩司
出版者
九州大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

夏季に頻繁に現れる気団性積乱雲と大規模場(前線、台風に伴う場)の中で局地的に形成される強雨ゾーンの発生には必ず空気の収束場の存在が指摘されている。さらに、収束場の強度が持続される場合には積乱雲がある特定の領域に次々と形成され豪雨となるような事例が多い。そこで本研究では、様々なパターンの積乱雲を解析し、豪雨災害につながるような積乱雲の発生機構及び勢力維持機構を探求することを目的とした。本研究では観測手段として既存の観測システム(九州大学農学部気象レーダーと福岡都市域に設置した10数台の雨量計による降雨観測)を中心に,気象庁のアメダスシステム等も利用して、狭い領域(20km×20km)で局地風系を観測した。この観測結果から積乱雲発生以前に先行現象としての空気の収束場が実際に存在したかどうかを調べた。総合的に解析した結果、予想されたように積乱雲の発生の1、2時間前から収束場が形成されていたことが明らかになった。さらに,降水システムが既に存在する場でも収束場が長時間持続し、降雨も持続する傾向も明らかになった。このように収束場が降雨の発生、維持に寄与していることは間違いないが,大気の不安定場の存在も無視できない。高層データとアメダスを用いた解析では夏型の雷雲の発生のプロセスは次のようになると考えられる。まず日射の影響で下層の混合層が徐々に発達し、下層から不安定化する。この不安定化した気層に向かって海風が侵入して収束場を形成する。その結果,収束場の領域で雷雨が発生することがわかった。
著者
羽金 重喜
出版者
北里大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

1、当科にて保有するいくつかの培養細胞株に対して、培養上清液におけるIL-8の濃度をricommbinat IL-8を用いたRIAにて測定した。結果は以下の通りであった。KTL-1:8400pg/ml TL5:700pg/ml TL2:400pg/mlSCC:2500pg/ml ECCA:3600pg/mlM-1/W:420pg/ml ISO-HAS:1700pg/mlMO-LAS:7300pg/ml(MEM他 培養液+10% FCS<100pg/ml)2、IL-8が各種皮膚腫瘍由来の培養細胞株の増殖にどのような影響を与えるかin vitroの組織培養の系で検討したが一定の検査結果は得られなかった。これは、IL-8の短い活性時間と本来の挿入増殖曲線(cell douling timeなど)との兼ね合いによると思われるが、今後、さらに検討する必要がある。3、また、今回、IL-8の生物活性を抑制するIL-8抗体の入手が困難であったため、IL-8抗体が、各培養細胞株の増殖にどのような影響をあたえるかについては、検討できなかった。4、また、K-TL-1細胞株のモルモットでのin vivo培養における病理組織所見において好酸球が多数浸潤していることによりK-TL-1細胞株でのIL-8を介する白血球の遊送作用は十分考えられたものの技術的な問題もあり、これをBoden chamber法により、in vitroでの好中球遊送能の確認は、残念ながら成功しなかった。5、K-TL-1細胞株においてはIL-8産生量は、IL-1,TNF,IFN-γにより亢進することがほぼ判明した。IL-6ではまだ、一定の実験結果が得られていない。また、各サイトカインを添加してからどの位の時間で産生量がピークに達するのか、これは今後の課題といえる。6、IL-8の産生をm-RNAレベルで検討するためのDNA Probeを用いたinsituhybridizatin法による検索は、今回、研究期間の関係もあり、今回はできなかった。これは今後、是非とも施行したいと考える。