著者
吉田 篤司
出版者
浜松医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

IL-12はTh1細胞やNK細胞にIFN-γ産生を誘導することが知られている。我々はIFN-γがマクロファージにIL-12mRNAの発現を誘導する事を見出し、IFN-γ⇒マクロファージ⇒IL-12⇒Th1細胞⇒IFN-γというPositive regulatory circuit(PRC)が存在するのではないかと考えた。本研究ではこのPRCがどの程度生体防御に関与しているかを明らかにするために、実験動物にはIFN-γレセプターを持たずPRCを形成できないIFN-γレセプターノックアウト(IFN-γ-KOマウス)を用い、そのBCGに対する生体防御能を調べた。しかし、このマウスではIFN-γレセプターを持たないため一酸化窒素(NO)等のIFN-γにより誘導されるもの全てが産生されないのでBCGの増殖抑制を指標にしたのではPRCの重要性を見ることはできない。そこでIFN-γmRNA産生を指標にしてPRCのBCG排除における重要性を調べた。IFN-γ-KOマウス及びコントロールマウスにBCGを経静脈的に感染させ、脾臓に発現するIFN-γ,IL-12及び誘導型NO合成酵素(iNOS)mRNAの量を定量的RT-PCR法で比較したところ、iNOS mRNAの発現は有意に低下していたが、IFN-γmRNA及びIL-12mRNA発現は僅かに低下が認められたのみであった。また、これらマウスより得た脾細胞を試験管内でBCG刺激し、脾細胞に発現するIFN-γ,IL-12及びiNOSmRNAの量を同様に調べたが、結果は同じであった。さらに、これらマウスより得た骨髄マクロファージを試験管内でBCG刺激し、発現するIL-12mRNAの量を定量的RT-PCR法べたがこれにはまったく差がなかった。以上の結果より、コントロールマウスに比べPRCを形成できないIFN-γ-KOマウスではBCG感染によるIFN-γ mRNA及びIL-12mRNA発現は僅かに低下していることが分かったが、これはそれほど有意なものではなく、PRCはBCGに対する生体防御において中心的な働きをするものではないことが明らかになった。
著者
薩本 弥生
出版者
文化女子大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

高温多湿の寝床環境においてタオルケットの透湿と皮膚との接触の度合いが寝心地に与える効果1.実験の目的日本の夏の高温多湿の環境では人体から放散された水蒸気をいかに速やかに環境に移動させるかが寝心地の鍵になると考えられる。熱帯夜にタオルケットを掛けて眠った場合、タオルケットが皮膚にまとわりついてしばしば寝苦しく不快に感じることがある。汗でタオルケットが湿り腰がなくなり皮膚との隙間が少なくなり寝床内の空気の流通が阻害されるためと思われる。また、人体からの水蒸気の移動には布の透湿する経路も重要である。透湿は布の両側の水蒸気圧差が原動力となるが高温多湿では環境側の水蒸気圧も高く結果的に発汗した皮膚面との水蒸気圧差が小さくなるのでは透湿は起きにくい。それでも完全に透湿性が無いのと比べれば布を通しての水蒸気移動は無視できないと予想される。そこで人工気候室で高温(28℃)で高低2種類の湿度(50%RHおよび70%RH)の環境を再現して被験者5名により実験を行いタオルケットの透湿性の有無が寝床環境の寝心地にどのように影響するか検討した。熱帯夜の不快感に対する対策として、糊付けし腰を持たせたタオルケットを用いることが考えられる。糊付けすると普通のタオルケットよりも皮膚との接触を減らせるので空気の流通路ができると予想される。そこで温度28℃、湿度75%RHの高温多湿環境で実験を行いタオルケットの腰による寝床内の空気流通の度合いが寝床環境の寝心地にどのように影響するか検討した。2.実験結果透湿性および環境の湿度の寝心地への効果を検討した結果、環境の湿度にかかわらず透湿性が無いことによる寝心地の悪化は非常に大きいことが被験者の申告および放熱量、寝床内温湿度より確かめられた。また、糊付けすることによりタオルケットの皮膚との接触を減らすことが寝心地にどの程度影響するか検討した。通常、糊付けすることは浴衣やシ-ツの例のように夏の高温多湿の環境で涼しさを得るために効果的と考えられているが本実験の実験条件では寝心地悪化を緩和することに効果がないことがわかった。以上の内容は生理人類学会第33回大会(1994年11月5,6日)で発表し「第33回大会の発表奨励賞」をいただいた。
著者
上町 達也
出版者
滋賀県立短期大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

本実験では,アジサイのがく片の弁化の機構を解明することを目的として,アジサイの花序形成及び小花の発達過程について調査を行った.花序形成初期の花序原基は1つの原基が3つの原基に分裂して発達しているように見えた.しかし花序形成の後半になるにつれ,花序は1つの原基の基部に新たな原基が腋芽的に形成される,いわゆる岐散型の発達の様相を示した.開花調査と照らし合わせると,アジサイの花序はいくつかの岐散型の花序が集まった複集散型の花序であると考えられた.手鞠咲きアジサイでは,両性花の花軸に4〜6個の装飾花が着生するが,装飾花の花軸には側花蕾は着生しなかった.装飾花は両性花に比べて発達が遅かった.両性花の原基は花軸に側花蕾が着生した後にがく片の形成を始めたが,装飾花の原基は側花蕾を形成せずにがく片を形成した.装飾花の着生位置に花序が着生する場合があるが,その花序の中心の小花では,がく片の一部が弁化した,両性花と装飾花の中間型を示すものが多くみられた.またこの小花の花軸には1〜2個の装飾花が着生していた.額咲きアジサイでは,いずれの両性花においても花軸に側花序,あるいは側花蕾が着生していた.最も開花が遅く,形成された時期が遅かったと思われる両性花においても,その花軸には未熟な側花蕾が着生していた.額咲きアジサイでは,装飾花よりも発達時期の遅い両性花がいくつかみられた.これらの結果から,アジサイにおいて小花のがく片の弁化は,その小花の形成・発達時期よりもむしろ側花蕾形成と何らかの因果関係を持つことが示唆された.小花分化期に加温処理を行ったところ,額咲きの'紅ヤマアジサイ'及び額咲きで八重咲きの'隅田の花火'において,がく片の弁化した小花の割合が増加した.植物生長調節物質ががく片の弁化に及ぼす影響については現在調査中である.
著者
松田 直樹
出版者
東京女子医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

心臓に伸展刺激が加わることにより、様々な現象が引き起こされることが知られている。洞結節が機械的伸展刺激を受けることにより、心拍数は増加する(陽性変時作用)が、その電気生理学的機序については全く明らかにされていない。一方、カルシウム電流は、洞結節細胞のペースメーカー電位形成において最も重要な構成要素である。本研究では、細胞膜伸展刺激によりカルシウム電流がどのような影響を受けるかを検討する。家兎単一洞結節ならびに心房筋細胞にガラスパッチ電極を用いてwhole-cell電圧固定法を行なった。10mM EGTAを含む電極内液を用い細胞内カルシウムをキレートし、2mM カルシウムを含む外液潅流下で、細胞膜伸展前後における電流変化を測定した。細胞膜の伸展にはパッチ電極を介して直接細胞膜に陽圧を加える方法と細胞外液に低浸透圧液を潅流させる方法を用いた。細胞膜伸展刺激によって内向き電流が増大し、この変化はNifedipineによって完全に抑制され、カルシウム以外にバリウム等も透過し得ることから、既存のL型カルシウム電流が膜伸展感受性を示すことが明かとなった。この細胞膜伸展によるカルシウム電流の増加は再現性をもって認めたが、カルシウム電流のキネティクスには影響を与えなかった。つぎに、細胞膜伸展によるカルシウム電流増加の機序を分析した。カルシウム電流の主な調節はCyclicAMP依存性タンパクキナーゼ(Aキナーゼ)によるチャンネルのリン酸化によることが知られている。Aキナーゼを特異的に抑制するProtein kinase inhibitor存在下でも膜伸展によりカルシウム電流は増加した。このことより、細胞膜伸展刺激は、これまで知られている機序を介さずにカルシウム電流を直接増加させることが判明した。この心筋細胞膜伸展によるカルシウム電流の増加は、既述した伸展による陽性変時作用のひとつの機序となると考えらた。
著者
TANSURIYAVONG Suriyon
出版者
長岡技術科学大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究は、双方向映像通信を利用したコミュニケーションにおいて,効果的に状況映像を伝えつつ,かつプライバシの保護手法を確立することを目的としている.具体的には,(1)状況映像の中から個々の人物像を実時間で自動的に抽出・認識・追跡する手法を確立し,(2)個々の人物像の細部を加工し隠蔽表示が可能とする制御機能を実現し,(3)プライバシ保護機能を組み込んだ双方向映像通信システムを構築して運用実験を行い,システムの有効性を確認することである.研究実績:(1)動画像処理装置IMPA-VISINを利用した人物像の実時間抽出手法の確立背景差分法と移動方向コードを組合せてビデオ映像から人物像を実時間で自動的に抽出する手法を確立した.(2)IDバッジを利用した人物の認識実験名札サイズの紙に印刷してIDバッジを作成し,認識用のビットパターンを決めて,画素の輝度の差を利用してビットパターンをIDバッジの背景から抽出し,ラベリング処理を行って,ビットパターンのコードを認識する実験システムを構築した.(3)人物の顔画像を利用した人物の認識実験多重解像度モザイク化処理を利用し,正面顔から12×12,合計144次元の顔部品特徴ベクトルを求め,それらから顔辞書を作成した.入力映像から実時間で自動的に正面顔を抽出し,モザイク化処理を施して顔辞書と照合し,人物を認識するシステムを構築した.(4)同一人物の追跡と人物隠蔽実験上記の(1)の抽出結果を利用して,人物像のラベリング処理をし,フレーム間での変化を追いつつ,同一人物を追跡しながら隠蔽表示できるシステムを構築した.隠蔽表示方法としては,シルエット表示,名前付きシルエット表示,名札シルエット表示及び透明人間表示を用いた.上記の(2)又は(3)と組み合わせて,識別した人物の名前と各隠蔽表示方法で,状況映像における人物のプライバシ保護手法を開発した.さらに,運用実験を行いシステムの有効性を確認した.(5)2000年9月13日に長岡技術科学大学で開催された電子情報通信学会オフィスシステム研究会で研究成果を発表した.(6)2001年11月16日にOrlando Florida, USAで開催されたWorkshop on Perceptive User Interfaces(PUI'01)にて研究成果を発表した.
著者
栗本 康司
出版者
秋田県立大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究の目的は、廃棄CCA処理木材を液化し、得られた液化生成物からCCA薬剤を完全に除去回収すると共に残った液化物を接着剤や発泡体として利用することを検討した。1.CCA処理木材の調製CCA含有濃度の異なった防腐処理木材を,ベイスギを用いて調製した。液化試料には処理材をウィレーミルで粉砕し0.5-1mmの粒度にしたものを使用した。2.最適液化条件の検討液化溶媒として10%のグリセリンを含むPEG#400を用い、液化条件の検討を行った。本研究での最適な液化条件は、短時間かつ低温度で、木質部のすべてが液化することである。液化率には、反応温度、反応時間、触媒濃度、液比が影響を与えた。液化率を90%以上にするためには150℃以上の反応温度と45分の反応時間を必要とした。触媒濃度は3%が最適であった。液化率が100%に達しなかったのは、一部のCCA薬剤が未溶解であるあるためである。液化物をアルカリ(NaOH)で中和し,液化に用いた触媒を中和すると同時に,CCA薬剤を不溶性の塩として液化物から除去することができた。3.ポリウレタン樹脂の調製とその特性CCA薬剤を取り除いた液化物の水酸基価と水分を基にイソシアネートの配合量を決定し,ポリウレタンフィルムおよびフォームを調製した。フィルムおよびフォームの機械的特性は,液化物を含まない場合(コントロール)と比較して,イソシアネート量が少ないにも関わらず同等の強度を有した。耐熱性,加水分解性などについても,コントロールと比較して劣っている項目は見られなかった。
著者
吉川 玄逸
出版者
滋賀医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

研究対象は当初予定の32チーム約100名の投手から、最終的に22チーム80名の投手に変更され、調査を実施した。調査方法のうち(1)アンケート調査および全員の診察・レントゲン検査は対象80名に対して施行し得た。(2)投球動作の三次元解析については現在、対象者を順次呼び出しあるいは訪問によって解析を続行中である。現在までの結果は主に(1)によるものである。投球時の肩痛の既往がある選手は38.8%,現在投球時痛がある選手は12.5%であった。Relocation testは肩の痛みや痛みの既往と有意な関連があったが、個々の病態との特異性はなかった。全身関節過可動性と肩関節動揺性は肩の痛みや、理学検査上の異常とは関連がなく、投球障害には無関係であるように思われた。肩峰の形態と肩の痛みやimpingement signはとくに関連性はなかった。但し,type II群には有意に肩甲上腕関節後面の圧痛が少ないことが判明した。以上の概要を第12回日本肩関節学会で報告した。
著者
吉川 玄逸
出版者
滋賀医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

研究対象は以前に調査した22チーム80名を再度対象にして施行した。今回は肩に加えて肘関節の解析にも重点を置いた。アンケート調査の結果、肘痛の既往がある者は38名、現在肘に痛みのある者は15名であった。肘の痛みがある群に偏って多いのは肘外反ストレス検査と内上顆、肘頭外側の圧痛であった。X線検査上、肘に異常を認めたは12名(15%)であり、その殆どは上腕骨内上顆下方の異常であった。投球動作解析は今回から肩回旋運動、肘運動に対してねじりゴニオメーターを応用することを試みた。試験的運用において、データの正確な採取にいくつかの改良を要する点が見つかり、現在、改良を加えて解析方法の信頼性向上に努めている。
著者
小池 則満
出版者
愛知工業大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本年度は、傷病者搬送システムの評価モデルを構築し、傷病者発生から搬送までの一連のプロセスを定式化して評価を行い、次のような知見を得た。・傷病者搬送活動に関わるリスクは、「留置リスク」「長時間搬送リスク」「医療混乱リスク」に分類され、これらのリスクは相互に関係していることを明らかにした。・「医療混乱リスク」は、医療機関における傷病者の受入速度として定義することにより、過去の事例との相対的評価が可能となることを指摘した。・ケーススタディとして、航空機事故(ガルーダ・インドネシア航空機火災)および列車事故(信楽高原鉄道事故)をとりあげた。搬送時間を政策変数とした場合、全体のリスク低減は難しいがリスクの性質を変えることは可能であることを指摘した。・阪神・淡路大震災において、医療機関混乱の原因となった傷病者の医療機関への集中について、予測モデルを構築し、医療機関のロケーションが重要であることを指摘した。・名古屋市およびその周辺の災害拠点病院について、周辺地域の現状を調査し、それぞれの医療機関の立地状況に即した対策立案が必要と考えられることを指摘した。これら一連の研究は、災害医学分野と土木工学・交通工学分野の研究者・担当者がリスクに関する認識を共有して対応を話し合うための理論として、有用であると考える。課題としては、リスクを低減する災害情報システムの提案、具体的には、指令システムの改良、地理情報システムを用いたリスク評価システムなどが挙げられる。
著者
平田 孝道
出版者
東北大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

申請備品である直流電源装置、温度調整器、電子天秤が納入されてから、C_<60>プラズマに関する実験を行った。その結果、以下に述べる結果を得ている。(1)接触電離カリウムプラズマへのC_<60>導入量(昇華用オ-ブンへのC_<60>塗布量)とC_<60>プラズマ生成時間の一部定量化を行った。さらにC_<60>の昇華温度を微調整することによって長寿命かつ安定したC_<60>プラズマの生成・制御が可能になった。(2)プラズマ中の終端電極に取り付けたオメガトロン型質量分析器により、C_<60>プラズマ中のイオン種の分析を行った結果、K^+、C_<60>^-イオンの検出に成功した。さらにオメガトロンの入射、背面及び側面電極へ印加する直流バイアス電圧の微調整によって、高感度かつ高精度のイオン種分析が可能になり、C_<60>^-イオン信号と負イオン交換率との相関関係が明らかになった。(3)C_<60>プラズマ中にシリコン及びガラス基板を設置し、基板バイアスに対するC_<60>プラズマ膜の電気伝導度変化を調べた結果、10^<-2>〜10^<+6>(Ω・cm)の広範囲にわたって膜の電気伝導度を制御することに成功した。また基板バイアスによってC_<60>とカリウムの入射比率を自由に制御することにより、特異な性質を有する膜を生成させることも可能になった。この結果に関しては、赤外吸収分光法による光学的測定及びX線回折による結晶性分析などとの定性的一致を得ている。今後の研究展開としては、高真空かつ強磁場中でのイオン種の“その場"測定及び成膜実験を考えている。
著者
山下 太郎
出版者
京都工芸繊維大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

平成11年度は、ウェルギリウスの作品『アエネーイス』における創作技法を考察する手がかりとして、『国家について』(De Re Publica)等、膨大な作品群を残したマルクス・キケロの思想のこの作品に対する影響関係を取り上げた。『アエネーイス』第一巻の冒頭には、国家(ローマ)建設を主人公の使命として位置づけるモチーフが繰り返し認められる。この使命を、トロイア崩壊とともに全ての希望を失った主人公にたいし、詩人はどのように、あるいは、それがどのようなものであるとして、伝えているのだろうか。この問題は、詩人の言葉で言うところのpietasとは何か、という問題と不可分である。当時のローマ社会独特の社会通念、宗教観、倫理観などの考察を抜きに、この問題を検討することはできない。このとき、とりわけ、「国家の父」と呼ばれ、当時のローマ社会のみならず、後代のヨーロッパ社会に絶大なる思想的影響を与えたキケロの思想を手がかりとして、同時代の桂冠詩人であったウェルギリウスの作品解釈を行うことが有益である。従って、平成11年度は、キケロの作品の中でも、とりわけpietasの概念を中心として扱っている『神々の本性について』(De Natura Deorum)を取り上げ、その作品解釈を綿密に行うことを研究の中心課題とした。
著者
佐々木 陽子
出版者
南山大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

異文化とコミュニケーションする能力及び感性の伸長を期待すべき若年層にとって、他者のどのような態度や外見から相手を文化背景が異なると認識するのか、その境界はどのような条件でゆらぐのか、障害者や老人などを含めた異文化とのコミュニケーション環境にどのように置かれており、それが他者への意識や関心にどう反映されているかを研究し、とくに共生的な志向や態度がどのような条件で伸長しやすいかを模索した。理論研究としては、異文化間コミュニケーションにおける「他者」を分析し、共生することと多文化主義であることがグローバリズムの中で並立するためには、「他者の」ものとして外在化した問題を「自らの」問題として再統合するイマジナリーな領域の保持が重要だと結論付けた。エスノグラフィック・リサーチでは、高校の国際事情クラスや偏見低減教育から収集したデータを分析し、共感の喚起や追体験的要素が「他者の問題を自らに統合する態度」と関わりがあることを見出した。質問紙調査は、愛知県と東京都の高校生を中心にした若者約3000人を対象に、先行の異文化間コミュニケーション能力に関する研究や多文化主義(教育)に関連する研究から、関連する心理尺度を使用したうえ、社会心理学における接触仮説をもとにした接触と偏見の関連、さらに心理係数および国際化とされる態度のうちとくにグローバリゼーションにおける共生的態度との関連を調べた。接触仮説は支持されたが、心理係数のうちあいまい耐性尺度と共感尺度の接触仮説への影響が確認された。また、経験した教育内容や、平素の友人や外国文化とのコミニニケーションの取り方や興味もまた、接触仮説を揺るがせる要因として大きく、そこから、教育における共生的態度や偏見のない認知の育成への可能性を見出した。
著者
藤尾 伸三
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

2年計画の最終年であり,診断モデルによりLevitus et al.(1994)による水温・塩分データセットから流速場を計算した.モデルは全体として観測などによる海洋循環像をよく再現する.1991年に行った結果を比較しても,モデルのエラーは小さくなった.水温・塩分データ(Levitus,1981)が更新され,精度が向上したことやモデルの解像度を高めた(水平2度,鉛直15層から水平0.5度,鉛直29層),海底地形をより正確に再現できたことによる.深層での流れを調べるため,標識粒子を投入してその移動を調べた.深層水の起源とされるグリーンランド沖やウェッデル海に投入した標識粒子の一部は北太平洋の深層に達することが確かめられた.最も速い粒子の移動に要する時間は200年程度であり,化学トレーサーなどからの数千年という推定とは異なるが,主に混合・拡散の効果をモデルでは無視しているためであり,今後の課題である.標識粒子により同定された深層水の移動経路などを今後,観測などと比較し,その確からしさなどを把握する必要もある.なお,モデル計算と合わせて,日本東方域の流速観測・CTD観測データなどの解析も行い,伊豆小笠原海溝における北上・南下の流れを明らかにした.流速観測では局所的な地形の効果は明瞭である一方,CTD観測では水塊の性質が均一化されているため,循環がわかりづらい.これらをモデルと合わせることで深層循環に関する理解を深めることができよう.
著者
赤川 学
出版者
信州大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

本研究は、近代日本におけるセクシュアリティ(性、性欲)に関する言説が、いかに形成され変容したかを、一般向け性啓蒙書を中心とする豊富な一次史料をもとに、言説分析・歴史社会学の手法を用いて分析している。本研究の主要な知見は、以下の通りである。第一に、19世紀に西洋社会で沸騰した、「オナニー有害論」の言説が、近代日本社会に輸入・定着・消滅する過程を分析した。オナニーに関する医学的言説は、「強い」有害論/「弱い」有害論/必要論の三つからなっており、「強い」有害論全盛期(1870-1950)、「弱い」有害論全盛期(1950-60)、必要論全盛期(1970-)という経過をたどることが示された。そして、(1)「強い」有害論から「弱い」有害論への変化の背景に、「買売春するよりはオナニーの方がまし」とする「性欲のエコノミー問題」が存在したこと、(2)「弱い」有害論から必要論への変化の背景に、「性欲=本能論から性=人格論へ」という性欲の意味論的転換が存在したことを明らかにした。第二に、近代日本における「性欲の意味論」が、「性欲=本能論」と「性=人格論」の二つからなることを示した。前者は「抑えきれない性欲をいかに満足させるか」という「性欲のエコノミー問題」を社会問題として提起し、この問題に人々がどう解決を与えるかに応じて、個別性行動に対する社会的規制の緩和/強化が定まることを論じた。また性=人格論には、フロイト式のそれとカント式のそれが存在し、この二つはときに合流したり(純潔教育)、ときに拮抗・対立したりする(オナニー中心主義とセックス中心主義)ことを示した。最後に1970年代以降、あらゆる性の領域において、愛や親密性を称揚する親密性のパラダイムが、行為の価値を定める至高の原理となりつつあることを確認した。
著者
今井 晋哉
出版者
帯広畜産大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

形成期の近代ドイツ市民社会における「市民的公共」の正と負の両面の解明を目指し、今年度は1840年代のハンブルクを例に、市民的公共の担い手としての啓蒙主義的市民結社「パトリオット協会」と、同結社の援助・指導の下、活動を始めた初期の「労働者教育協会」との相互関係を直接の対象として、文献・史料の蒐集・分析に取りかかった。この間、ハンブルクの文書館・図書館への史料情報の照会、先方からの返答など、発注段階での手続きに思いの外時間がかかり、注文した史料のなかには、なお現地でフィルム化を進めてもらっている最中のものもあり、したがって、今年度内における原史料の入手については計画通りいかなかった面もあるが、一方公刊史料や各種研究・参考文献については、本補助金のおかげで非常に充実した蒐集を行うことができた。パトリオット協会自身による協会史や労働者教育協会会員による新聞への寄稿などを読み進むうち、教育協会の活動についての両協会の交渉過程で鮮明になっていった両者の対立においては、協会構成員の経済的地位の相違に起因したという側面よりも、直接にはむしろ、行われるべき教育を、技術・職業教育や市民として修得すべき生活道徳の面に限定しようとするパトリオット協会と、歴史や社会問題についての講義や討論会をも求める教育協会の手工業職人との間の、教育プログラムをめぐる対立の方が中心的であったことが明らかになってきた。現在、この論点を中心とする論文の原稿を執筆中である。また、教育協会に参加した多様な「労働者」の状況を探るため、19世紀初め以来の社会下層民の、とりわけ手工業職人の状況についても勉強にも取り組んだ。この過程で、社会経済史学会からの依頼もあり、裏面の通り、ドイツにおける労働者階級形成を主題とする近年の歴史研究の動向についてまとめた論考を執筆、発表することとなった。
著者
坂本 真士
出版者
大妻女子大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本年度は昨年度の成果をもとに、抑うつ的な自己注目のあり方と適応的な自己注目のあり方をモデル化した(この成果については、本年度の日本心理臨床学会および日本心理学会にて発表した)。そして、適応的な自己注目のあり方の指導を取り入れた、抑うつ予防のためのプログラムを作成し、女子大学生(1年生、社会心理学専攻)21名を対象に実施した。実施期間は平成13年4月から7月であった。本研究で1年生前期において実施としたのは、大学における適応・不適応を考える上で、入学直後から1年次前半が特に重要な時期だからである。この時期、生活リズムの変化、新しい人間関係づくり、勉学の問題など様々な変化に新入生はさらされている。自分について振り返る時間が増えた分、不適応的な自己注目のために抑うつなどの問題を発生させる可能性も高いと考えられる。申請者らは、本年度前期に週1回の割合で心理教育予防プログラムを実施した。実施は授業の単位とは全く関係のない「自主ゼミ」という形で行い、ボランティアで参加者を募った。前半では、参加者同士知り合うためのグループワークを積極的に取り入れた。また、自分を知るために様々な心理テストを実施した。実施した心理テストについては実施の翌週に申請者が解説した。これによって客観的に自己をとらえるようにした。また、ホームワークを課して、事態に対する認知の仕方を明確にした。後半では、認知療法的なパースペクティブから、自己に関するネガティブに歪んだ認知の修正、自己のポジティブな側面に対する注目などについて指導した。10月に実施した事後アンケートから、この予防プログラムは一定の成果を収めていることがわかった。
著者
江守 正多
出版者
国立環境研究所
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

降水過程と陸面過程の相互作用の理解を目的として,領域大気モデルによる現実の降水イベントの再現実験を行なった.1998年7月23日の夕刻から深夜に東シベリアYakutsk付近のGAME-Siberiaタイガ班観測地点(Spaskaya-Pad)において観測された強い雷雨を例に取った.これは,例年に比較して少雨乾燥傾向にあったこの年の東シベリアの夏季において,この付近では最大の降水イベントであった.モデルは,CSU-RAMS(Pielke et al.1992)を適宜変更して用いた.初期値,境界値にはECMWF客観解析値を用いた.3重グリッドネスティングを用い,外側,中間,内側の領域をそれぞれ一辺2000km,420km,84kmの正方形とし,グリッドの解像度をそれぞれ50km,10km,2kmとした.第1,第2グリッドにはKuoタイプの積雲対流スキームと雲微物理スキームを併用し,個々の積雲を直接表現する第3グリッドには雲微物理スキームのみを用いた.陸面水文過程は差し当たって単純に湿潤度を一様の値に固定した.計算は7月21日00Zを初期値とし,84時間行なった.昨年度の成果では,23日朝の層状雲の通過に伴う霧雨は良く再現されたが,夕方からの雷雨は第1,第2グリッドではタイミングが早すぎ,第3グリッドでは全く再現されなかった.今年度は,第1,第2グリッドの積雲対流スキームをオフにし,かつ地表の湿潤度をさまざまに変化させた実験を行なった.この結果,第3グリッドで現実的なタイミングで雷雨を再現することに成功した.これにより,現在の積雲対流スキームに問題があり,早すぎる対流が夕方には大気を安定させてしまうことが示唆された.また,地表の湿潤度を変化させることにより雷雨の場所とタイミングが変化した.これにより,朝方に降った霧雨が地表を濡らした効果が,夕方の雷雨に影響を与えていることが示唆された.
著者
伊藤 貴啓
出版者
愛知教育大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究は経済の国際化・グローバル化における農業地理学分野からの貢献を念頭に,フードシステムにおける農業生産部門に焦点を当て,その国際的なネットワークの形成と構造について花卉産業を事例に究明しようとした。まず,農業に関連した国際化の推移を考察した。農業の国際化は,「農業生産の国際化」と「食の国際化」の両者が相互に作用して農業に影響している。後者では,食の外部化のなかで,加工・小売といった川下部門が影響力を強めて,農産物や加工原料の輸入を拡大させて国内産地に多大な影響を与えてきた。そこで,そのような状況と今後の日本農業の発展戦略を検討した(愛教大研究報告第50輯)。また,前者では,農業生産に海外からの技術や海外産の原材料が利用されているだけでなく,より積極的に国際的ネットワークを形成しながら経営を発展させ,地域的な農業の活性化・発展をもたらしている事例が存在していることが判明した。このような事例のなかから,本研究では,愛知県と沖縄県のキク栽培地域,およびネットワーク提携先のオランダを対象として研究を進めた。愛知県では渥美半島の農家群がオランダのファン・ザンデン社から種苗を輸入していた。これはリーダーが自ら同社とのネットワークを開拓して,試行錯誤しながら品種の導入をはかり,隣接農家をグループ化して形成したものであった。このネットワーク形成は近接効果によるといえよう。その形成目的は生産コストの低減と経営の大規模化であった。これに対して,沖縄県では花卉専門農協がインドネシアに地元出資者と合弁で種苗生産を行い,組合員に種苗を供給していた。これは農協が台風被害を最小限に食い止め,夏季の暑さで難しい県内での育苗をインドネシアで行ったものであった(『21世紀の地域問題』第V章)。次に,ネットワークの提携先としてのオランダで,日本の花卉生産者の国際的ネットワークの形成の特色を知るため,ネットワーク提携先のある花卉生産地域を対象に土地利用調査や資料等の収集を行った。その結果,花き生産を含む,施設園芸の立地移動が大規模に伝統的温室園芸地域で生じていることが明らかになった(経済地理学会中部支部例会発表,2002年2月)。以上から,(1)国勢的なアグロネットワークは,地域リーダーによる個別の情報収集からの形成と組織的な対応という2類型がみらること,(2)後者は合弁という形態で現地化をはかり,中国等への進出とネットワーク形成の類型となりえること,(3)国際的なアグロネットワークは,地域産業や個別経営の上方的発展をドライビングフォースとして内発的に形成されてきたことが明らかになった。しかしながら,ネットワークの形成と構造に関するフードシステムにおける川下部門からの研究が今後の課題として残されている。