著者
松崎 克彦
出版者
東京工業大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

低次元トポロジー、擬等角写像の理論、タイヒミュラー空間論、双曲幾何学を使いながら、双曲的3次元多様体の剛性定理、離散群の極限集合上の作用のエルゴード性の研究、リーマン面のタイヒミュラー空間および射影構造の研究に関して成果をあげた。[1]では、リーマン面の射影構造を、展開写像のSchwarz微分により正則2次微分の空間として表現するときのいくつかの注意をあたえた。[2]では、グリーン函数を持たないような双曲的リーマン面に対応するフックス群の特徴づけに関するレビューをした。フックス群のMostow剛性についてのAstala-Zinsmeisterの定理の簡単な証明も紹介している。[3]では、非定数有界調和函数を許容しないリーマン面を、その正規被覆に対応するフックス群の保存性に関する条件で特徴づけた。[4]では、リーマン面のタイヒミュラー空間を普遍タイヒミュラー空間内に実現したとき、面積有限なリーマン面のタイヒミュラー空間の埋め込みが基点の変化に対して離散的であることを証明した。[5]では、有限型リーマン面の射影構造で展開写像が被覆となっている表現に対して、モノドロミ-表現の核が一致するとき、それらの表現は展開写像の像の間の等角写像で共役の関係にあるという基本定理を証明した。[6]では、有限生成クライン群間の代数的同型が幾何学的に誘導されるためのシャープな条件を与えている。但し、論文の番号は上の表に並べた順番にふられている。
著者
梅本 智文
出版者
国立天文台
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

本年度に行った研究によって以下のような成果が得られた。●分子流天体でありH_2Oメーザー源でもあるL1287(IRAS00338+6312)について分子ガスエンベロープの空間的・速度的構造を明らかにした。H^<13>CO^+(J=1-0)とC^<18>O(J=1-0)分子輝線から、高密度ガスは分子流に垂直なディスク状をしていることがわかった。そのサイズは0.30パーセック×0.21パーセックである。ディスク状エンベロープの中心付近では、ディスクの長軸に沿って大きな速度勾配が見い出され、これはH_2Oメーザによって得られた数十AUスケールのディスクのそれと同じ傾向を示したことから、半径7800天文単位で速度0.44kms^<-1>で回転しているディスク状エンベロープであることをあらわしている。さらに短軸方向に沿っても非常に大きな速度勾配が見い出され、これは半径4700天文単位で速度0.84km s^<-1>での原始星方向への動的降着運動を見ていることがわかった。降着運動の大きさから中心(星)の質量を求めると約2M【of sun】となる(M【of sun】は太陽質量)。これらの結果から、半径4700天文単位での質量降着率を計算すると、5.6×10^<-5>M【of sun】yr^<-1>となった。この比較的高い質量降着率は、赤外線源IRAS00338+6312が1100L【of sun】と高い光度をもつ原因となっていると考えられる。
著者
長井 圭治
出版者
大阪大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

レーザー核融合に置ける燃料球には、1.低原子番号元素材料からなること2.真球性が高いこと3.壁厚が均一であることが求められ、これまで有機高分子で加工性に優れるポリスチレンによって以上の性能を満たすターゲットが開発され実験に供されている。一方で低原子番号元素材料である有機材料の分野では近年さまざまな機能材料(耐熱性、高弾性率、導電性等)が発見、開発されており、実用に供されているものも多いが、レーザー核融合には活用されていない。以上の状況を踏まえ、次の研究を行い成果を収めた。1.高性能燃料球へ向けた機能性有機材料開発導電性材料、光電子材料ではキャリヤによるプラズマのためレーザー照射による不均一なダメージを抑制し、核融合反応に必要な高密度が期待される。このための材料に関する基礎物性とレーザーアブレーション制御の可能性を明らかにした。1-1.有機光起電力材料として知られるPV/H2Pc積層薄膜の反射スペクトルを初めて明らかにした。1-2.PV膜の蛍光のH2Pc積層による消光測定から、PVの励起子とPV-の強い相互作用を明らかにした。1-3.PV/H2Pc積層薄膜をポリスチレンにコートするとレーザー入射側から、均一に、しかもポリスチレンにダメージを与えることなくアブレーションが起こることを明らかにした。2.エマルジョン法による燃料球の精密作成法2-1.エマルジョン法による燃料球作成における、真球性・均一性発現機構に関して、エマルジョン相間にごくわずかの密度不整合が存在することが、均一性向上に有用なことを理論的に明らかにした。2-2.エマルジョン法による燃料球作成における、溶媒の除去過程において、加熱よりも、水相への溶媒の溶解が律速であることを明らかにした。3.いわゆるフォームハイブリッド爆縮方式は流体不安定性を抑制すると期待されているが、その実験には低密度プラスチックをコートした燃料球が必要である。低密度プラスチックを通常のプラスチックにコートするような、球殻構造に精密化したターゲットを作成し、爆縮実験に供した。
著者
永野 真理子
出版者
東京医科歯科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

全身疾患を有する患者に対して,緩和精神安定材を用いる静脈内鎮静法は有効であるが,薬剤静脈内投与の場合,過量投与や覚醒遅延などの問題が生ずることがある.最近では,緩和精神安定剤の拮抗薬フルマゼニルが市販されるようになった.これを有効に利用することは,静脈内鎮静法のリスクを低くするばかりではなく,患者の帰宅可能時間の短縮,帰宅時のさまざまな問題の解決にもつながる.フルマゼニルについては多くの研究があるが,実際の応用方法は,歯科麻酔領域での基準確立には未だ至っていない.また,フルマゼニルの副作用として,頭痛,興奮などの精神神経症状や血圧上昇,頻脈などの循環器系症状が知られている.本研究では,静脈内鎮静法をより安全に行なうためのフルマゼニル投与法の確立を目的とし,今回は虚血性心疾患を有する患者に対するフルマゼニルの投与を行なって投与後の循環器系副作用について検索した.虚血性心疾患を有する患者のうちミダゾラム(ドルミカム^<(8)>)による静脈内鎮静法を行う患者のうち,本研究に対しての充分な理解と承諾を得られた症例を対象とした.ドルミカム^<(8)>による静脈内鎮静法下治療終了後フルマゼニル(アニキセート^<(8)>)0.5mgを静脈内投与した.術中および術後2時間は,BP,ECGなどをモニタリングし,バイタルサインを記録,帰宅許可時にホルターECGを装着し,術後24時間のECG変化を記録した.なお,帰宅許可にあたっては,平衡機能計(1G06SP)を用いた重心動揺を測定、平衡機能回復をもって帰宅許可した.以上より,虚血性心疾患患者に対するフルマゼニル(アネキセート^<(8)>)0.5mg静脈内投与は,術後24時間心電図上では影響を及ぼさなかった.虚血性心疾患患者に対するフルマゼニル使用は,術後平衡機能回復時間を短縮させ帰宅時間を早くするのみならず,安全に使用できると考えられた.今後は,症例数を増やし,安全な投与方法についてさらに多方向から研究する予定である.
著者
伊藤 和貴
出版者
愛媛大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

天然からスクリーニングした3種(563,V1,V2)の木材腐朽菌による2,4,8-トリクロロジベンゾフラン(2,4,8-TCDF)の微生物分解を行った結果,0.25mMの2,4,8-TCDFを添加した場合に30日間の培養で11.9%〜72.8%分解することができた。また,2,4,8-TCDFは培養中,菌体中に取り込まれていたので分解率と菌体への取り込み率を併せて除去率とした。3種の菌によって27〜76%が培養液中から除去された。分解能の最も高かったV2菌からの菌体外粗酵素について部分精製を行った結果,2,4,8-TCDFの分解初期(培養15日以前)にリグニンペルオキシダーゼが関与し,培養後期(培養15日以降)にジオキシゲナーゼが関与していることが示唆された。また,天然からスクリーニングした4種(267,65,E,V2)の木材腐朽菌とPhanerochaete chrysosporium(p.c.)を細胞融合した。0.25mMの2,7-ジクロロジベンゾ-p-ダイオキシン(2,7-DCDD)を添加した場合,得られた6種の融合菌による30日間の培養で45%〜96%培養液中から除去することができた。得られた6種の中で3種(p.c.×267-1,p.c.×65-1,p.c.×65-2)の融合菌は両親株よりも高い除去率を示した。さらに,汚染土壌中のダイオキシン類の解毒化(バイオレメディエーション)を実施するための基礎的知見を得るために267菌および融合菌(p.c.×267-1)による土壌中の2,7-DCDDの分解についても検討した。1ppmの2,7-DCDDを添加して30日間培養した結果,59〜63%が分解された。これらの結果から,天然からスクリーニングした菌(木材腐朽菌)によってダイオキシン類を分解できることが示唆された。ダイオキシン分解能を有する菌を土壌中に繁殖させてダイオキシン類を分解(バイオレメディエーション)できることも示唆された。今回の2年間の研究によって,天然からスクリーニングした菌によるバイオレメディエーションについて,その有効性,および実現性が示唆された。
著者
森 太郎
出版者
北海道大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

1実測結果のまとめと各遮光布,遮光方法の比較(1)白の垂直遮光:白色の布は日射吸収率が低いため,日射が当たっても布温度が上昇しない.そのため遮光効果によって居住域温度を下げることはできたが,頂部の温度は変化しない.(2)青の垂直遮光:白色の垂直遮光と同様に,居住域の温度を下げることができた.しかし頂部では,布が日射を吸収したため,布温度が上昇し,遮光したB棟の温度の方が上がってしまった.(3)白の水平遮光:遮光したB棟において,居住域の温度を下げることができたが,頂部の温度は上がってしまった.この原因は水平に設置された白い布が反射板となり,日射が反射され,周辺の温度を上昇させたためと考えられる.(4)青の水平遮光:居住域,頂部とも遮光したB棟の温度の方が上昇してしまった.空間内の上下温度差が大きくなるので,頂部の温度と外気温の差を動力とした自然換気の計画の際に有利になる.(5)透過率の高い布:日射透過性の高い布を使用すると,床面や壁面の日射受熱量をあまり減らすことができないため,他の布と比較すると,下部を涼しくすることができない.2遮光布の短波長に対する性状把握実験アトリウムの壁面への入射日射量の計算のために,数種類の布の光学的な性状を把握するための実験を行い,数値計算用にモデル化を行った.透過・反射成分の分布は,CGで用いられる表現技法を使用したモデル化から推定した[拡散性透過(反射)の様子⇒Lambert Model,指向性透過の様子⇒Phong Model,入射角毎の透過率,反射率,吸収率⇒フレネルの式]3数値計算による日射受熱量分布の把握モンテカルロ法による数値計算によって,遮光布を設置したアトリウム空間[10M×10M×10M]の日射受熱量分布[7/1,13:00]を把握した.その結果,遮光を行っていないケースと他のケースを比較すると,高さ6m以下において,日射受熱量が減少した.これは遮光布の設置によって日射が拡散反射,透過され,空間下部に直接日射が届かなくなったためである.また垂直遮光よりも水平遮光の方が,下部の日射受熱量は減少した.これは太陽高度が高いため,垂直遮光よりも水平遮光の方が,遮光面積が大きくなったためである.また日射反射率が高い布を水平に使用した場合,頂部の日射受熱量が非常に多くなった.布面での反射成分が頂部付近の壁面へ多く入射,吸収したためと考えられる.これらのシミュレーションの結果は実測調査結果ともおおむね一致している.
著者
山中 俊夫
出版者
大阪大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

京都市内、大阪府吹田市千里ニュータウン、奈良市内の戸建て住宅、集合住宅の居住者に対するアンケート調査によって、夏期における通風の利用実態や冷房の使用状況、通風に期待する役割、居住している住宅の通風環境の評価の実態を明らかにしたうえで、通風環境が良かった住宅を一軒選定し、居室内の温度・湿度・風速の時間変化の実測調査を約六ケ月間(1995年9月〜1996年3月)実施した。また、風洞内において、通風時の温熱環境の評価実験を行なった。この研究で明らかになった知見は下記の通り。住宅の通風環境に関するアンケート調査・殆ど全ての人が住宅にとって通風は必要であると考えており、通風の目的は、第1位:汚れた空気の入れ替え、第2位:湿気の除去、第3位:寒暖の調節、第4位:爽快感を得ることであった。・気温が高いほど、また、居住者の活動性が高い時間帯ほど通風行為の頻度も多い。・「風通しの良い」という通風環境の評価と通風環境の満足度はほぼ対応している。・風通しの良い室数や住宅の室数に対する風通しの良い室数と満足度には正の相関が認められる。住宅の通風環境要素の実測・冷暖房中間期における通風による屋内風速は、10分間平均で最大1.5m/s以下であり、平均的には数10cm/sになるよう居住者によって調節がなされている。・通風が行われる時間の長さは、居住者の生活と室内気温によって大きく影響を受ける。・冬季においては通風が温熱環境の改善のために行われるものではないため、10分間平均の風速に通風による風速増加は殆ど現れない。・熱環境の改善を目的とした通風設計で対象とすべき季節・時間帯は、自然室温が29℃〜24℃で、かつ通風を行うことによる室温が20℃程度以上になる期間の起床時間帯である。通風時の温熱環境に関する主観評価実験・通風による快適感は、風速の変動時に顕著に表出する。
著者
沼崎 一郎
出版者
東北大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

本研究では、植民地期から戦後にいたるまでの日本と台湾との企業間関係のエスノヒストリーを再構成することを目的とし、文献調査と聞き取り調査を組み合わせて、日台企業文化交流史の基礎資料の収集を行った。植民地期の台湾における日本人企業家と台湾人企業家の交流については、自伝や回顧録、社史やパンフレットを収集した。戦後の日台企業関係については、台湾駐在経験のある日本人ビジネスマン数名を対象にインタビューを実施した。戦前の台湾で企業活動を行っていた日本人に対する聞き取りは実施できなかった。これは今後の課題として残る。ただし、戦前台湾に居住していた大学教授夫人にインタビューし、女性の立場から見た当時の日本人と台湾人との関係についての体験を聞くことができた。植民地期の台湾では、多くの台湾人が日本人経営の商店で丁稚奉公をしており、そのような体験を通して、日本的な商業慣行や文化を学習した。これに対して、日本人の側は、日本語を解し、日本的行動様式を学習した台湾人とのみ交流した結果、台湾商人固有の商業文化を学という姿勢は見られなかった。ここで、台湾では「日本式」企業文化が通用するという「誤解」が形成され、この「誤解」は現在まで継承されている。この「誤解」の中核にあるのが、台湾側が個人と個人の関係とみなす関係を、日本側が組織と組織の関係と誤認することである。しかし、この文化的「誤解」は、日本と台湾の企業間関係を損なうこともあったが、新たな展開を生むこともあった。台湾人社員を日本的な組織人と「誤解」した日本企業が技術研修を与え、退社して独立した台湾人が本社の下請け企業となり、結果として意図せざる技術移転が行われた事例が多々ある。このようにして、日本的に社会組織に台湾的な個人企業を結び付くという、新しい形態の異文化間ビジネス・ネットワークが形成されてきたことが明らかとなった。
著者
大槻 知子
出版者
滋賀医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

1. 双胎妊婦で本研究の同意が得られた妊婦5名に対して、定期健診時及び家庭訪問により妊娠期間縦断的に面接を行った。(1) 面接内容は、生理的変化、生活上の変化、不安、家族の状況などで主に「現在の思い」を聞く中でデータ収集をした。(2) 対象妊婦に共通していたことは、・双胎妊娠・分娩・育児に関して情報不足を感じていること・双胎の母親という仲間を求めていること・妊娠末期に入った時期からは、身体的な苦痛が強いこと 等である。今後の計画:データ分析を引き続き行い、双胎妊婦の心理面をモデル化する。2. 双胎の特殊性をふまえた保健指導用の教材開発に取り組んだ。(1) 対象妊婦の許可を得て、腹部の増大や妊婦自身の体型の変化などの生理的変化をビデオ、写真に収め、双胎妊娠がイメージできるための教材の作成を試みた。(2) 双胎妊娠及び分娩についての保健指導用のパンフレットの一部を作成し、対象妊婦の保健指導に試用した。今後の計画:検討を重ねて保健指導用の教材の開発を行う。
著者
小笠原 直人
出版者
岩手県立大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

本研究の目的は,ユーザがリソースの質を理解することを可能とする,空間に基づくメタファーを提供するユーザインタフェースを構築することである.そのために本年度は以下の研究を実施した.1.モデルに基づく空間メタファーUIの実装前年度の研究成果である空間メタファーのモデルを,システムとして容易に設計,実装するための空間メタファーUI記述言語を開発した.前年度実装したプロトタイプシステムはVRMLをベースとした物であり,空間比喩写像の記述能力が低い物であったため,Javaを基本にした記述言語として設計した.この空間メタファー記述言語により,前年度のプロトタイプと同性能のシステムを容易に実装できたことにより,記述言語の実用性が確認された.2.空間メタファーUIの認知科学的評価1で実装したシステムを用いてユーザによる利用実験をおこなった.実験結果として,距離比喩写像,空間比喩写像空間メタファーがサービスのリソースの質の理解に有効であることを確認した.具体的には比喩写像に写像される目標領域と規定領域の組合せとして,1:サービスに関する距離比喩写像,2:ユーザに関する距離比喩写像,3:サービスに関する空間比喩写像の3つの比喩写像において,分散環境独特の情報の理解のに及ぼす効果があることが確認された.また,コミュニケーションを行う相手のユーザとサービス間に関する距離比喩写像を提供することにより,ユーザ間の総合的な距離がわかるが,実験システムではこの距離をユーザに提示できないという問題点があることが解った.3.サービス選択支援エージェントのモデルの設計2で得られた結果に基づいて,サービス空間に存在するユーザを各々のサービスのアドレス情報,TPOの情報の2つの情報を管理するエージェントとして実現し,サービス選択時に,エージェントの持つ情報と,両者のユーザの距離比喩写像で表現される距離に基づいて最適な選択を支援するエージェントモデルを設計した.
著者
堤 博文
出版者
日本大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

歯の各組織のうち、主として歯髄についてDNAを抽出し、PCR法を応用してシングルローカスD1S80座位ならびにHLAクラスII抗原遺伝子DQα座位を増幅し、それらの多型について検討した。【試料】歯科診療時に採取した新鮮歯髄、ならびに1〜23年間室内保存の抜去歯から採取した陳旧歯髄を用いた。DIS80型では30例、HLADQα型では140例について検討した。【結果・考察】歯髄から得られたDNAは、低分子化している場合が多かった。D1S80型のallele sizeは約300〜800bpと比較的大であるので、歯髄DNAからの型判定はやや困難であり、また目的以外のバンドが多数認められた。そこでPCR条件を各種検討した結果、温度条件を変えたところ、多少エキストラバンドが減少する傾向が認められた。現在は、PCR増幅する際の鋳型DNAの濃度、プライマー、DNAポリメラーゼなどの至適濃度について、より詳細に検討中である。HLADQα型のallele sizeは242/239bpであり、低分子化した歯髄DNAからのHLADQα型判定は容易であった。しかし、検査時に非特異的反応が生じる場合が認められたが、鋳型DNA量を減らすことによって良好な成績が得られた。歯髄140例についてHLADQα型検査を行った結果、対立遺伝子の出現頻度は3型が48.2%、1.3型17.5%、1.2型14.3%、4型12.1%、1.1型7.5%および2型0.4%であった。また遺伝子型は、21type中16typeが出現し、その出現頻度は1.3-3型が31例(22.1%)と最も多く、ついで3-3型28例(20.0%)、1.2-3型24例(17.1%)の順であった。また、23年間保存した陳旧試料からもHLADQα型判定は十分に可能であったことから、法医鑑定には非常に有効な検査法と考えられる。
著者
藤垣 裕子
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

ソフトウェア開発に携わる10人の技術者のデータを、隔週で半年間に渡り採集した。ストレスの生化学的指標として、仕事時間中の尿、および正午の唾液を採集した。また、心理的(主観的)指標として、ZUNGのSDSを用いた抑欝症状、および不安、覚醒、だるさ、痛みなどの症状も評定尺度法で評価を得た。作業内容は、調査日については15分間隔で作業内容をコードで記入してもらった。また、調査日間の2週分(あるいは1週分)の仕事内容の概略も得た。その結果、ストレス指標は、作業密度、作業内容、仕事上のイベントに伴って変化することが示された。仕事上のイベントとの対応の検討結果は以下のとおりである。1.仕事上のイベントとアドレナリン値各個人ごと、各個人の平均値から週毎変動の標準偏差以上の変動を示した日は全181case中25caseであった。この25case中、22case(88.9%)に対応するjob-eventが存在した。eventのあるなしをevent1効果とし、個人差効果もふくめて2元配置分散分析を行った結果、アドレナリン値は、event1効果が有意(p<0.01)であることが示された。(後述のevent2効果は有意でない)2.仕事上のイベントとコルチゾール値各個人ごと、各個人の平均値から週毎変動の標準偏差以上の変動を示した日をpick-upすると、全181case中、24caseであった。この24case中、18case(75%)に対応するjob-eventが存在した。eventのあるなしをevent2効果とし、個人差効果もふくめて2元配置分散分析を行った結果、コルチゾール値は、event2効果が有意(p<0.01)であることが示された。(前述のevent1効果は有意でない)
著者
藤垣 裕子
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

高速度マシン使用による作業密度の増加の精神的負荷への影響評価を行うために、今年度は以下の研究を行った。(1)実験室調査1 : 93年度の助成(奨励研究:課題番号05780314)を得て購入した、小型で携帯しやすく長時間にわたり作業者の負担の少ない形で心電図を記録できるホルターレコーダを用い、今年度の助成をもとに被験者数を増やして実験を行った。高速マシンによる作業密度の増加(純粋思考時間の割合の増加/一定時間内のコマンド数の増加)によって被験者の緊張度が増加し、それに対応して心拍R-R間隔の分散の低周波数成分の増加があらわれるか、について検討した。実験はA(作業密度大)、B(作業密度小)の2つのマシン環境を設定し、プログラミングタスクを課して行った。その結果、A条件のほうが心拍RR間隔の分散が小さく集中の見られる傾向が見出されたが、個人差が大きいことも示唆された。また自己回帰スペクトルでは、呼吸成分の分離が課題となった。(2)実験室調査2 :上記の実験設計において、作業密度条件の設定の他に、タスク設定による影響が示唆された。そのため、思考作業をタスクの特性から階層モデル化して分類し、performance曲線を求める作業を行った。これを上記の実験設計におけるタスク設計の指針とした。(3)現場調査:実際に勤務する現場のソフトウェア技術者における、マシン環境によるストレス増加を検討するために、仕事上のストレス要因(job-event)を7ヶ月に渡って調査し、それによるストレス反応を計測した。
著者
井上 英史
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

結果1. Aspergillus niger var.macrosporusが分泌する非ペプシン型酸性プロテアーゼであるプロクターゼAの活性中心残基を検索するために化学修飾を行った。プロクターゼAはpH6以上で不可逆的に失活するので用いることのできる反応は限定される。本研究ではカルボキシル基、トリプトファン、ヒスチジンに対する化学修飾を行った。その結果、カルボキシル基の収縮により活性の低下が見られ、トリプトファンやヒスチジンは修飾されなかった。結果2. アスパラギン酸残基・グルタミン酸残基を標的に部位特異的変異を行った。プロクターゼAはScytalidium lignicolumのプロテアーゼBとアミノ酸配列が50%一致することから、活性中心は両者の間で保存されていると考えられる。そこで保存されている16個のアスパラギン酸及びグルタミン酸残基をそれぞれアスパラギンまたはグルタミンに変換した変異体を作製し、活性を測定した。その結果、Asp123とAsp220を変異した場合のみに活性が消失した。結論 この2つの残基は近傍に分子内ジスルフィド結合が存在することから、高次構造上で近くに位置すると考えられ、プロクターゼAはペプシン型アスパラギン酸プロテアーゼと同様に2つのアスパラギン酸残基が活性中心を形成していると考えられる。プロクターゼAはペプシン型アスパラギン酸プロテアーゼと一次構造の共通性が全く見られないことから、収斂進化により触媒機構の類似した2つのアスパラギン酸ファミリーが存在すると予想される。
著者
三浦 隆史
出版者
東北大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

プリオン病は脳内タンパク質により引き起こされる致死性の神経変性疾患であり、感染性を示す点でアルツハイマー病などの他の痴呆症とは異なる特徴を持つ。正常なプリオンタンパク質(PrP^c)は約210アミノ酸残基からなり、C末端側約半分の領域はαヘリックスに富む。このαヘリックスの一部がβシートに転移すると分子間会合によってアミロイド化し病原性を示すようになる。最近、研究代表者はPrP^cのN末端領域に存在するPHGGGWGQというオクタペプチドの繰り返し配列にCu (II)イオンが結合すると、そのC末端方向にαヘリックス構造が誘起される新しい現象を見い出した。本研究では、この知見を基礎として、(1)金属結合部位の特定と(2)繰り返しの理由の解明を行った。1.オクタペプチド(NPr1)とCuの複合体のラマンスペクトルから、ヒスチジンのイミダゾール側鎖および脱プロトン化した主鎖アミドの窒素原子が配位子となることがわかった。さらにオクタペプチドの断片化を行うことにより、HGGG領域がCu結合部位であることを明らかにした。2.NPr1の場合、金属複合体形成はペプチドに対して2当量以上のCu (II)イオンの存在を必要とする。しかし、オクタペプチド2回繰り返しからなる16merペプチド(NPr2)ではオクタペプチドユニット当り1当量のCu存在下で顕著な複合体形成を示し、Cuに対する親和性の増加が認められた。以上の結果から、PHGGGWGQ配列が連続することで、HGGG部位がCuに効率的に結合し、PrP^cのαヘリックス構造が安定化されることがわかった。脳内の金属イオン濃度やpHの変動によるオクタペプチド領域の構造変化がプリオンタンパク質の病原化の原因である可能性がある。
著者
小口 一郎
出版者
静岡大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

研究計画の二年目にあたる本年は、一年目の研究で明らかとなった「宇宙有機体説」または「万象生命体論」の思想が、イギリス・ロマン主義の想像力論の形成に果たした役割を、三つの段階に区分して解明し、合わせて研究成果の総括を行なった。1)まず、フランス革命に代表される急進主義思想と有機体論哲学、そしてロマン主義との関連を初期のロマン主義思想と当時の科学者や政治思想家の中に探った。その結果、政治的急進主義思想を媒介として、キリスト教の千年王国主義と有機体論が結びつき、全宇宙が生命体として進歩するという、生物進化論を産み出したこと、およびこの思想がエラズマス・ダーウィンなどを経由してロマン主義に重要な思想的枠組みを与えたことが明かとなった。2)次にロマン派の第一世代を代表するワーズワスを取り上げ、彼の世界像が有機体的な世界観に書き換えられ、「生命霊気」の概念に基づく新しい文学理論と想像力説を生み出す過程を検証した。この新しい文学観は、精神内面の神格化と、生成発展する自律的自我という、ロマン主義に特有の二つの概念を両立させる思想的装置であることが判明した。これは後にコールリッジにおいて、ドイツロマン派の哲学を取り入れた想像力論として結実した。3)最後に、有機体論の観点から、第二世代のロマン主義者が抱いた想像力論を検証した。その結果、1810年代以降も科学思想は政治的急進主義に影響を受け、パーシー・シェリーの神なき宇宙の動因としての生命霊気、ジョン・キーツの進化論的宇宙論を産み出したことが明かとなり、最終的にメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』において生命霊気が人工的操作の対象として神性を失ったことが判明した。この第二世代のロマン派こそが、現代科学が急速に成立する直前の時代にあって、生命体論や有機体論を文学的思想として昇華し得た最後の世代であった。
著者
小口 一郎
出版者
静岡大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本年度は、自然科学の思想性の観点から、イギリス・ロマン主義文学を読解する作業を行った。研究の主たる対象はウィリアム・ワーズワスとS.T.コールリッジに絞り、他の思想家や文学者は彼等との関連において取り上げた。まず、ワーズワスが1790年代の政治的急進主義思想に強く影響を受けていたことを前提に、彼の文学における自然科学思想の役割を検証した。その結果、彼の文学作品に現れた進歩的共和主義思想と、「『叙情民謡集』序文」などの革新的な文学論が、十八世紀の連想主義心理学と、それに付随した黙示録思想および政治的革命思想と深く結び付いたものであることが判明した。またここでハートリー、プリーストリー、ゴドウィン、E ダーウィンを経由してロマン主義へと至る、進歩主義と黙示録思想を包摂した生理・心理学思想の系譜が明らかにされた。次にロマン主義の想像力論と自然科学思想との関連を、ニュートンのエーテルの概念に着目して研究した。特にコールリッジは十八世紀には理神論的に解釈されていたエーテルを、本来の新プラトン主義的な解釈に戻し、物理現象における神の直接的介在を主張した。これによって機械論的な宇宙像を否定しワーズワスと共に汎神論的な宇宙観を打ち立てた。また、コールリッジは生物学と化学の立場から、神の創造行為と人間の想像力、そして自然界の生命現象を相照応し合う生命体的創造過程と考え、生命体論に基づく新たな想像力論と宇宙観を創出した。後期ロマン主義の宇宙観も、基本的にこの思想を無神論の立場から解釈し直したものであり、その終端には『フランケンシュタイン』が位置する。このように科学が未だに持ち続けていた形而上学的性格に基づいてロマン主義は発展し、1820年代を過ぎると急速に終焉を向かえる。それは同時に自然科学が新しい物質観の下で、実証主義の立場へと本格的に変貌したことも意味していた。
著者
加藤 洋介
出版者
愛知県立大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

本研究の目的は、河内本源氏物語に関する全校異の集成と、それによって河内本源氏物語の成立過程解明の目途を探ることにある。これまで平成4年度科研費 奨励研究(A)「河内本源氏物語の校合と校異語彙索引の作成」、および平成6〜8年度科研費 一般研究(C)「河内本源氏物語の諸本調査と校異作成およびそのデータベース化についての研究」において、『源氏物語大成』に採用された伝本の再調査を行なってきた。本研究ではこの成果に加え、『源氏物語大成』に未収録の岩国吉川家本・書陵部本・吉田本などの校異を加え、また調査に時間がかかるため先回は見送らざるをえなかった鳳来寺本(東海大学蔵現写本による)の調査を計画し、この2年間の研究期間においてこれらの伝本についてはすべて調査を終了した。その成果は『河内本源氏物語校異集成』(風間書房、来年度刊行予定)として一書にまとめ、研究者に広く公開できるよう準備を進めている。その調査の過程で、岩国吉川家本についての従来の見解を改めるべき必要が認められたため、その旨を論文化し、合わせて河内本源氏物語の成立に関わる問題の所在についても言及した。また河内本源氏物語の本文が別本に近いことは、以前より指摘されていたが、それがいかなる成立事情によるものかについて明らかにされていなかった。本研究においては、蜻蛉・手習という二巻についてだけであるが、河内本源氏物語は青表紙本を底本とし、それを若干の別本によって校訂することで出来上がった本文であることが明らかになり、その旨を論文化した。
著者
苫米地 英人
出版者
徳島大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

理論的な問題解決においては、以下の二点に焦点をあてた。1)制約の超並列処理の枠組みの確立。2)非記号的情報と記号的情報の混在・融合の枠組みの確立。第一点に関しては、現在提唱中の超並列制約伝播の手法を導入した。この手法は、制約記述に情報内容の包摂半順序関係を表す有向グラフを利用し、このグラフの超並列的な伝播により制約処理を行うという特色があった。また、第二点に関しては、ニューラルネットのベクトル空間の状態と超並列制約伝播グラフの活性化状態をベクトルとグラフの変換を利用することにより関連づける手法をとった。また、工学的には特に音声情報と視覚情報の両方を利用するマルチモーダルなシステムを構築した。これには、音声認識と視覚認識に時間遅れニューラルネットと環帰型ニューラルネットをそれぞれ利用することにより、非記号的なマルチモーダル入力を実現した。これらの入力を上記の二手法により記号的な制約と超並列的に融合していくことにより、実時間システムを実現した。
著者
浅野 美礼
出版者
滋賀医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

難解と感じる一般ユーザのパソコンの使用感は,アプリケーションの使用方法や機器操作自体の難解さよりも,ファイルシステムなどのコンピュータ特有の空間の概念を表現しているインターフェースに対する違和感が相当すると考察し,ユーザが老人あるいは高齢者である場合に適用してその改善の余地を検討した。現実とファイルシステムとの空間の概念の相違を違和感なく吸収するのに貢献するツールは,機器と人間との相互の情報のやり取りを実現する対話型のインターフェースである。現在のインターフェースは,情報の入力側と出力側に分類すると,入力側としてキーボード・マウス・トラックボールや比較的最近のものとしてタッチスクリーン・音声入力といったデバイスがあり,出力側としてGUI・CUI・音・光・震動といった発信器などが既に普及しているものとしては存在する。アプリケーションの設計において,主として上肢の機能が低下した身体障害者・視力・聴力の低下した知覚障害者を使用するユーザとして想定したが,現在の主流であるGUIまたはCUIでは,低下したある能力に対処して搭載した機能は他の障害に対して対処できない。これは複数の機能の低下した高齢者においては,機能面でユーザのニーズを満足させる見込みがほとんどないという結果になった。一方で,高齢者にとっては可能な限り単純化された,操作に迷うことのないインターフェースが求められた。ここにも,複数の機能を搭載しより複数なインターフェースを備えるアプリケーションでは,高齢者にとって円滑に操作できる見込みが低下するという矛盾を抱えた。