著者
大庭 絵里
出版者
神奈川大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本研究は、昨年度から継続しており、犯罪事件のニュース言説において「犯罪」がいかに語られ、「犯罪」のリアリティはどのように社会的に構築され、可視化されるか、構築主義の視点から考察するものである。本年度(1998年度)においては、1997年に引き続き、神戸で起きた小学生殺害事件に関する資料収集、新聞記者へのインタビュー、さらに、1998年夏に和歌山県で起きた殺人事件に関する資料収集並びにその関係者へのインタビューなどを行った。いかなる事件であろうと、記者たちは日常の取材活動のルーティンにしたがっている。情報源が警察に偏っていることは、従来からも指摘されているが、ルーティン以外での情報収集がなされても、記事化されにくい。神戸の事件に関しては、被疑者が少年であること自体が、報道機関の情報源を限定させた。記事のニュースストリーの構成は通常の犯罪報道と変わりはない。「残虐」性を強調する報道、被害者の権利の強調する報道は、やがて、少年法「改正」議論の報道へとつながり、「改正」派の言説にとって言語的資源となった。少年事件の「凶悪化」は、情報源である警察庁などの統制機関と報道機関とが、少年事件のリアリティをどう見るのかについての定義づけであり、「凶悪」な事件の存在の境界を恣意的に設定した結果である。報道機関は単に情報源機関からの情報をストーリー化するだけでなく、自らも統制の役割を果たすようなニュース言説を構成する。被疑者に関する適性手続に関してはストーリー化されにくい。「子ども」に関する言説も、事件の枠組に適応するように恣意的に構築される。98年度後半から和歌山県内で起きた「毒物混入殺人事件」についても、資料収集やインタビューを続けいているが、この件についての研究はまだ未完であり、「犯罪事件」の社会的構築についての研究は今後も継続する。
著者
新井 宗仁
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

本研究で明らかになったことは、主に次の3つである。1.[α-ラクトアルブミン(α-LA)のモルテン・グロビュール(MG)状態の構造および安定性の解析]ヒトα-LAのMG状態及び巻き戻り中間体の構造と安定性を測定した結果、ヒトα-LAのMG状態は他のα-LAのMG状態よりも安定であり、かつ、より多くのα-ヘリックスを含むことが明らかになった。 2.[α-LAの変異体のフォールディング反応の解析]α-LAの様々な変異体を作成するために、ヤギα-LAの遺伝子をpSCREEN-1b(+)に組み込み、蛋白質の発現を行った。変異体を使った研究から、α-LAのフォールディング反応の遷移状態では、T29,I95,W118周辺の構造はまだ十分には形成されていないことが明らかになった。このことは、MG状態で形成される疎水性コアやCヘリックス周辺は遷移状態において構造化されていないことを示している。 3.[ストップトフローX線溶液散乱法によるα-LAの巻き戻り反応の測定]従来のストップトフローX線溶液散乱法では一次元PSPC型X線検出器を用いて測定を行っていたが、新たに開発された二次元CCD型X線検出器を用いることにより、400倍以上の感度向上に成功した。また、データの補正方法を確立した。本研究で完成した時分割X線溶液散乱法は、蛋白質のフォールディング研究のみならず、様々な研究に適用可能な優れた方法である。この方法を用いてα-LAの巻き戻り反応の測定を行った結果、α-LAは巻き戻り反応開始後数10ミリ秒以内に、平衡条件下で観測されるMG状態と同じ分子サイズと分子形状を持つ巻き戻り中間体を形成することが明らかになった。本研究の結果およびストップトフロー円二色性法による結果から、α-LAの巻き戻り中間体は平衡条件下で観測されるMG状態と同一であることが示された。
著者
國頭 恭
出版者
愛媛大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

鯨類、鰭脚類、海鳥類、海亀類におけるヒ素の体内分布を調べた。鯨類、鰭脚類、海鳥類ではヒ素濃度は肝臓と腎臓で高く、筋肉で低かったのに対し、海亀類、特にタイマイでは筋肉中のヒ素濃度がきわめて高く、低次生物に匹敵するレベルであった。また、これらの種の肝臓中ヒ素の化学形態分析を行なったところ、他の海棲低次動物と同様に、アルセノベタインが主要なヒ素化合物であることが明らかとなった。興味深いことに、ヒ素の蓄積レベルの高い種ほど、アルセノベタインの占める割合が高いことが分かった。ヒトおよび実験動物ではアルセノベタインの排泄は速く、体内に蓄積しないことが報告されているため、海棲高等動物は特異的なアルセノベタイン蓄積機構を有することが予想された。これらの海棲高等動物とは対照的に、イシイルカの肝臓では、ジメチルアルシン酸が主要なヒ素化合物であった。このため、種によりヒ素の代謝あるいは餌生物中のヒ素化合物組成が異なることが予想された。本研究では、毒性の高い無機ヒ素は、大部分の種で検出されなかった。このため、海棲高等動物ではヒ素の蓄積レベルは高いが、その毒性影響は小さいものと予想される。しかしながら、最近の研究により遺伝毒性を示すことが明らかとなったジメチルアルシン酸は、大部分の種で検出された。また海鳥類の羽毛および鰭脚類の毛でヒ素が検出された。毛には、毒性がきわめて強い3価の無機ヒ素と3価の有機ヒ素が蓄積することが知られており、低い濃度ながらこれら毒性の強いヒ素化合物が海棲高等動物の体内に存在することが示唆された。また、無機ヒ素は、非常に低濃度で内分泌撹乱作用を示すことが報告されており、海棲高等動物に対する影響あるいはそれらが進化の過程で獲得した適応能力に興味が持たれる。
著者
西村 欣也
出版者
筑波大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

繁殖行動(繁殖の時期、産卵場所の選択、産卵する子の大きさなど)は、子孫を残すことに密接に関係をしている。そのため、繁殖行動は自薦選択によってどの様にデザインされてきたかを考えることは、行動の進化を研究する上で重要となる。産卵のためのコストと産卵された子どもの適応度の間にトレードオフの関係があるとき、産卵行動はそのトレードオフによってどの様の影響を受けるだろうか。寄生蜂(Dinarmus vasalis)を用いた実験から、寄生蜂の寄主選択は、産卵する雌が、交尾を受けているかどうかによって変わることが明らかになった(Nishimura,in MS)。生活史進化の数理生物学的解析によると、産卵のこめのコストと、産卵された子どもの適応度のバランスによって、寄主選択の仕方は左右される。寄生蜂は、未受精卵は雄となり受精卵は雌となる。卵の大きさに雌雄で違いはないので,寄主の条件が同じであれば、産卵のためのコストは、受精を受けた雌、未受精の雌の間で違いはない。産卵のためのコストと産卵された子どもの適応度の間にトレードオフがあるような2つのタイプの寄主(一方は、産卵しやすいが産みつけられた子どもの適応度が低くなる、他方はその逆)の利用の仕方は、産卵にかかるコストによって現在の生存率が減ることと、産卵のコストをかけることによって子どもの適応度が上がる事のバランスによって決まる。交尾を受けた雌では、よい発育条件のもとで、より適応度が上がる雌を産めるので、産卵に、よりコストをかけ、子どもの適応度が高くなるような寄主に産卵する、一方、未交尾雌では、よい発育条件のもとで雄の子が適応度を上げる利点よりも、産卵コストの少ない寄主に産卵して、生存率を高めた方が進化的に有利は方法となる。寄主選択は、生活史進化の解析から、交尾の有無、産卵にかけるコスト、産みつけられた子どもの適応度よって変化することが分かる。
著者
福山 欣司
出版者
慶応義塾大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

日本産のカエル類に対する酸性雨の影響について調べるために、数種のカエルについて飼育実験を行った。今回は特に卵期と幼生期における影響について、アオガエル科のカジカガエル(Buergeria buergeri)、モリアオガエル(Rhacophorus arboreus)、シュレ-ゲルアオガエル(R. schlegelii)の3種を重点的に調査した。B. buergeriについては野外で採取した1ペアを実験室で産卵させて得た受精卵を実験に供した。R. arboreusとR. schlegeliiについては、野外に産みつけられている1卵塊を採取し、それを実験に供した。受精卵に対する酸の影響を調べるためにB. buergeriの受精卵をpHを3.0〜6.0に調整した飼育水にそれぞれ30卵ずつ入れ、20℃で孵化率を調べた。同じ実験をニホンアマガエル(Hyla japonica)とダルマガエル(Rana porosa brevipoda)についても行い、種間比較をした。その結果、pH3.5以下では3種とも孵化率0%となりB. buergeriでは4.0でも孵化率0%であった。これらより高いpHではいずれも場合も孵化率100%であった。幼生に対する酸の影響を調べるために、pHを3.0〜6.0に調整した飼育水に孵化直後の幼生(B. buergeri、 R. arboreus、およびR. schlegelii)を30匹または20匹ずつ入れ、20℃で飼育し、幼生の生存率と成長速度を調べた。その結果、B. buergeriでは、pHが低くなるにつれて生残率が低下する傾向があったが、他の2種については差は見られなかった。また3種ともpH5.0以下ではコントロールと比較して上陸時の体長が有意に小さかった。以上の結果から、オタマジャクシが流水で成長するB. buergeriは、他の種と比較して酸性に対する耐性がやや低いと考えられる。また、今回実験した3種すべてにおいてpH5.0を下回するような酸性条件では、卵や幼生にダメ-ジを与える可能性があると考えられる。
著者
小田 寛貴
出版者
名古屋大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究では,加速器質量分析法(AMS)による^<14>C年代測定が古文書の年代判定法としてもつ有効性を検証することを目的とし,文献史学・書跡史学などの立場から歴史学的な年代が一年〜数十年単位で明らかになっている古文書・古経典の^<14>C年代測定を行った.一般に木製文化財には心材部や伐採後乾燥させた木材が利用されるため,その^<14>C年代は歴史学的年代よりも古くなるが,本研究によって,古文書・古経典については^<14>C年代が歴史学的年代とよく一致するという結果が得られ,AMS^<14>C年代測定法が古文書の年代判定法として有効であることが示された.さらに,この研究成果の上に立ち,文献史学・書跡史学などの手法だけでは年代を特定することができなかった古文書資料についてAMS^<14>C年代測定法を適用し,それらの年代決定を行った.浄瑠璃寺阿弥陀如来像の胎内に納められていたと伝えられる印仏は,印刷物であるため書風などからの年代決定が困難な資料であったが,^<14>C年代測定によってこれらが11世紀から12世紀前半のものであることが判明した.実践女子大学蔵源氏物語は室町後期の学者三条西公条の筆と伝えられていたが,AMS^<14>C年代測定によって,これが近世に入ってからのものであることが明らかにされた.また古筆切に適用することで,AMS^<14>C年代測定が散逸物語の年代判定などに重要な知見を与えることも本研究によって示されている.さらに,経筒などに入れられ土中に埋納されていたため炭化してしまった経典についても,AMSが有効な年代決定の手法となることが示された.また,近世前期末葉の薄墨紙の^<14>C年代測定では,この紙が漉き返しの紙ではなく新たに漉いた紙に墨を添加したものであることを支持する結果が得られた.
著者
安藤 寿康
出版者
慶応義塾大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

小学6年生の双生児34組(一卵性19組、二卵性15組)を対象に、英語教授法に関する双生児統制実験を行った。すなわち2つの異なる教授法群(コミュニカティヴ・アプローチ「CA」と文法的アプローチ「GA」)に双生児きょうだいを別々に割り当て、8日間のべ7時間の教授・学習過程後の成果を比較した。ここで一卵性双生児は遺伝要因を完全に共有しているので、50%の遺伝的関係である二卵性双生児と比較することによって、学習成果に及ぼす遺伝要因の効果、教授条件の効果ならびに両者の交互作用を明らかにすることが可能である。口頭による会話能力では遺伝規定性が見いだされたが、筆記による読む・書く・聞く・文法の各能力では遺伝規定性は見いだされなかった。一般知能、言語性知能、ならびに理科の能力の3つの適性次元と各教授法との間に、統計的にマージナルな交互作用が見いだされた。これらはいずれも、それぞれの適性において、高いものではGAが、低いものではCAがそれぞれ有利であることを示したもので、これまでの研究を追証するものであった。これは表現型と教授法との交互作用である。しかし各適性次元の双生児きょうだいの平均値を遺伝子型の推定値とみなすと、遺伝子型と教授法との間に、その傾向はあるが統計的に有意な交互作用は見いだされなかった。なお筆記能力ではGAが、また会話能力ではCAがそれぞれ有意であることは、本研究の教授法の妥当性を示したものといえる。
著者
五十嵐 徹
出版者
日本医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

流血中に生じた免疫複合体(IC)のほとんどは赤血球上の補体C3bレセプター(CR1)によって赤血球に捕捉され、速やかに肝・脾等の網内系に運ばれて処理されているといわれている。従って現在臨床検査として広く行われている。血清免疫複合体の測定では、この赤血球によって血清中から除かれているICについては測定されていないと考えられる。本研究ではこの問題の解決の糸口を探るのが目的である。現在までのところ、健常ヒト赤血球と同人の血清とを再構成した血液中にIC(熱凝集IgG)を加えるという実験系では、抗Clq法,抗C3d法,mRF法とも、それぞれの正常値とされる程度のICは添加物数分間ですべて血清中から消失してしまうというデータが得られている。赤血球1個あたりのCR1数は個人差が大きいためか、データにばらつきがあるものの、検体によっては正常値とされるIC量の数倍のICすら消失しまう場合もある。このことは、これまでの血清中ICの測定という臨床検査は、よほど大量のICが存在する場合にのみ陽性となることを意味し、実際の生体内におけるIC産生状況を反映しているとは言い難いことになる。現在、真の血液中ICの測定法を開発しようとしているが、単なる抗凝固剤ではCR1と1Cは解離せず、その解離を起すような処理を加えるとIC自体の抗原と抗体の解離が生じてしまうという点で更なる研究が必要である。現在種々の操作を検討中の段階である。
著者
佐藤 格夫
出版者
日本歯科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

咬合様式の違いによる義歯床への影響を検索するため下顎義歯床の歪みを測定するには、床の形態,床の厚さ等の条件を被験義歯間において一定にすることが難しかったため、レデュースドオクルージョン,リンガライズドオクルージョン,フルバランスドオクルージョンの咬合を付与するために用いられるコンデュロフォーム,リンガライズド人工歯,リブデントFB20の各種人工歯における上下右側第一大臼歯を用いて、疑似モデルを作製して応力分析を行った。上顎人工歯は定荷重圧縮試験器に、下顎人工歯はアクリル板にそれぞれ即時重合レジンにて取り付けた。アクリル板の頬舌側相当部には歪みゲージを取り付け、上顎人工歯を2Kgの荷重で高さ3cmから落下させたときのアクリル板に及ぼす応力を繰り返し3回にて測定した。上下人工歯が嵌合した状態を基準として、咬合面に疑似食品としてオクル-ザルインディケ-ティングワックス1枚を介在させ3種類の咬合様式について歪みを測定した。疑似モデルのアクリル板に及ぼす影響は、義歯床にも同様に加わるものと考えられる。また、その違いによって義歯の有用性の評価につながる1要因となる。各種咬合様式における歪み量は、フルバランスドオクルージョンが最も大きく、ついで、リンガライズドオクルージョン、レデュースドオクルージョンの順となった。疑似食品としてワックスのみを用いたため、食品のもつ種々の性質は網羅できていないと思われ、この面から明らかでない部分もあると考えられるが、3種類の咬合様式で義歯床に及ぼす影響はレデュースドオクルージョンが最も小さいと推察される。
著者
佐藤 知己
出版者
北海道大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

調査の結果、北海道大学が所蔵しているものだけでも、江戸時代のアイヌ語文献は膨大な量にのぼることがわかった。中でも、「加賀屋文書」は約千ページ分にも相当し、資料の少ない道東地方のアイヌ語を復元する上で貴重な資料となるものであることが明らかとなった。特に、根室、別海等の地方が明らかな資料を多数含んでおり、これらの地方のアイヌ語を知る上で非常に役立つものとおもわれる。なお、この資料は、寛政頃から明治初期まで、約70年にわたる記録であり、その間のアイヌ語の変遷、翻訳技術の変遷などを探る上でも非常に貴重なものであることが判明した。また、北海道立図書館等に所蔵されている文献の中にもこれまで研究されていない貴重な文献がみられ、中にはこれまでほとんど知られていない日本海沿岸地方のアイヌ語に関する情報を含むものも新たに見いだされた。また、旅行記のような、直接アイヌ語を記したのではない文献の中にも相当多数のアイヌ語が記録されていることが改めて確かめられた。これらはアイヌ語が文献の中に散在しているために調査に膨大な時間がかかり、組織的な調査は今後にまたなければならないが、アイヌ語の全体像を知る上で重要な手がかりを与えるものである見通しが得られた。なお、副次的な成果として、江戸時代に出版された世界最初のアイヌ語辞書である上原熊治郎「藻汐草」について調べたところ、道内に存在するものを調査しただけでも極論すれば一冊一冊が異なる状態を示し、特に印刷の精度に差があるために、文字の脱落の箇所や程度が一冊一冊異なっており、この辞書の正確な理解や評価は従来の一部の版本によるものでは極めて不十分であり、現存の版本を多数比較し、校訂版を作成しなければ下せないものであることが明らかとなった。資料数が膨大に上るため、未調査な文献がまだ多量にあり、今後も調査を継続する必要がある。また、既に収集した資料も膨大に上り、さらなる組織的な整理、分析が必要である。
著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

1992年8月以来、現地調査を行い蓄積してきた、グイ語(中部コイサン語族)の資料のうちまだ非公開で量的に大きな比重を占める語彙データを学際的な利用にたえる「辞書」として編纂するために必要な基礎的な分析総合作業を行った.その具体的な内容は以下の通りである:1)これまで未解決であった3音節語根の声調組織を解明した;2)音韻的に対立する分節音および声調を表記する言語学的に妥当な正書法を作製した.以上の結果の一部は論文のなかで報告済みである.同時に、日本国内在住のブッシュマン研究者および研究機関への取材を行い、非言語学的情報の提供を受けた。入手情報と取材先は以下の通りである:1)地名と地点(GPSによる観測データ)の同定、および昆虫・小動物の名称と学名の同定(三重大学人文学部);2)人名とその起源に関する情報および動植物の名称および利用法と学名の同定(京都大学人間総合学部、アフリカ地域研究センター);3)狩猟に関する特殊語彙の意味記述に関する情報収集(兵庫県立人と自然の博物館生態研究部);4)親族名称の体系記述に関する情報収集(麗澤大学外国語学部)。15EA03:以上の新たな表記法と情報とを組み込んだ辞書のコンピュータ入力および編集は、主要な語彙項目のほぼすべてについて(2000項目以上)を終了した.このほかに、昆虫など小動物の標本写真や物質文化の実測図や写真の一部はフォトCDなどの形で変換し、将来的に計画している当辞書への統合の方法を予備調査した.この試みもある程度の成功をおさめた.
著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

1992年から毎年行ってきた現地調査で採集したグイ語語彙のデータベースを、次の3つの点で修正と改訂をした:すなわち、1)1995年と1996年の調査結果を加える;2)クリック伴音表記の新しい方法の導入;3)データの並べ変え(ソ-ト)のための情報の入力である。これまで、現地調査で撮影をした物質文化に関連する写真をすべてフォトCDの形でデジタイズし終えた。それには、道具など、物質文化の要素それ自体の写真に加えて、道具の製作過程や利用過程の写真も含まれる。データベース化するこれらの写真資料は、検索のためのキーワードが必要となる。キーワードの設定のために、関連する文献の調査を行った。対象としたものは『文化項目分類表』や『基礎語彙集』の意味分野のリスト、動植物の利用を扱った生態人類学的研究論文である。その結果、一般的な枠組みを準備するのは困難であることがわかり、結局、当該の民族を対象とした生態人類学的民族誌(田中二郎とシルバ-バウアーによるもの)で用いられている項目や記述のラベルに基づくことにした。キーワードの付与は、他の研究者からのフィードバックも取り入れながら試行錯誤的に進めざるを得ないため、部分的に進行中というのが現状である。データベース化に用いているソフトウエアが、今年度途中にバ-ジョンアップを行い、リレーショナル機能をあらたに付け加えたので、写真資料は独立のデータベースにして、語彙データベースとの相互参照機能を構築するよう研究方針を修正した。このシステムのほうが、ツァイルが軽くなり、検索にかかる時間が短縮されるからである。現在、上記の検索キーワード付与とリレーショナルデータベースへの改編を進めている。
著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

1.ボツワナでの実地調査によって採集したグイクエ=ブッシュマンの言語(グイ語)の記述資料(フィールドノート)を音韻分析した。その結果、この言語の音素目録、および語彙的語根ならびに機能語の音素配列、声調の体系、さらに主な動詞形態音韻論的現象を明らかにした。2.上記の分析に基づき、この言語の約2500項目の基礎語彙についての情報をカード型データベースに入力した。(1)表記法は音素表記を原則とする簡略音声表記を用いた。(2)表記のための特殊記号を含むグイ語専用フォントを一組作成した。(3)様々な音韻的条件からの検索を可能とするソ-トフィールドを、音素配列分析、声調分析の結果をもとに作成した。(4)語彙の形態論的、意味論的および民族学的な情報を入力した。(意味的・民族学的情報の入力に先立ち調査地を同じくする人類学者との意見交換、情報交換をおこなった。)3.録音資料(アナログテープ及びDATによる記録)を編集し、その一部を音響分析した。さらにこの音響資料をカード型データベースに画像データとして入力した。(ただしこの作業は現在も進行中である。)4.調音器官の図版(上顎と舌の断面図)を作成し、画像ファイルとして入力した。5.言語調査がまだ初期段階である現時点では、資料が非常に流動的であるため、枠組みを変更しやすいカード型データベースを用いているが、録音、画像、文字という異質な資料を統合的に扱うには、リレーショナルデータベースのほうが好都合である。将来的にはリレーショナルデータベースに移行する予定である。また、現在用いているパソコンの処理能力では検索に時間がかかり過ぎる。データベースの公開には高速マシンが必要である。
著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本研究は、ボツワナ共和国のカラハリ地域でブッシュマンの1グループによって話されている、グイ語(中部コイサン語族)が有する極めて複雑な子音組織の理解のために、この組織を特徴付ける4つのクリック種、13種類のクリック伴音、4つの“軟口蓋化"歯茎閉鎖音([tx,tx',tsx、tsx'])、またこれらの音韻分析に直接関連する口蓋垂摩擦音と軟口蓋側面破察放出音の音響的特徴を、CSL-Computerized Speech Labを用いて分析した。その結果は、これまで私が行ってきた伝統的な主観的音声観察に主に基づく記述を大筋では支持し、それに音声的詳細に関する新たな事実を付加するものであった。細かい点では再考や修正に有益であった(たとえば破擦的放出伴音における喉頭の調節に関する推測に関して)。本研究の結果の一部として、すでに、Nakagawa,H.(1998)Unnatural Palatalization in Gui and Gana?Quellen zur Khoisan-Forschung 15,245-263で非クリック子音に関する議論を、また中川裕(1998)「コサイン諸語のクリック子音の記述的枠組み」『音声研究』ではクリック子音の記述に関する議論を、さらにNakagawa,H(1998)A cluster analysis of clicks and their accompaniments,Linguisitics and Phonetics 98(Sept.1998,Ohaio State University)ではクリック子音および“軟口蓋化"歯茎閉鎖音の新子音クラスター解釈の可能性を、それぞれ報告した。本研究の結果の主要部分にあたる子音組織全体の詳細な記述は現在進めているところである。そこでは、クリック子音と非クリック子音とを統一的に記述し分類するのに妥当な弁別特徴に関しても議論をする予定である。
著者
黒瀬 陽平
出版者
北里大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

ベンゾジアゼピンには食欲を刺激する作用のあることが報告されている。本研究では、ベンゾジアゼピン類による食欲制御機構を明らかにするために3種類の実験を行った。まず、ラットの側脳室内に1日1回定時にジアゼパム(10mug)を注入し、1日あたりの採食量を10日間にわたって測定した。その結果、ジアゼパム投与直後に一時的に採食量が減少し、再び増加したが、投与前以上の採食量の増加はみられなかった。次にベンゾジアゼピンによる中枢セロトニン神経の活動変化を調べるため、食欲中枢の存在する視床下部(室傍核)に半透膜のついたプローブを埋め込み、セロトニンとその代謝産物(5HIAA)を連続的に回収し、高速液体クロマトグラフィーによってその濃度変化を測定した。その結果、ジアゼパム(160mug)を側脳室投与したところ、ジアゼパム投与群の方が対照群に比べ5HIAA濃度が高くなる傾向がみられ、セロトニン神経の活動が高くなっていると考えられた。最後に、ベンゾジアゼピンがインスリン分泌能に及ぼす影響を調べるため、動静脈カテーテルを装着したラットに可変的にグルコース溶液を注入し、一定の高血糖値を維持することによってインスリン分泌を促した。続いてグルコース溶液注入開始90分後にジアゼパム(2.5mg/kg体重)を動脈投与し、10分ごとにグルコース注入量と血糖値を、20分ごとに血漿インスリン濃度を測定した。その結果、ジアゼパム投与はインスリン濃度の増加量には影響しなかったが、グリコース注入量を有意(p<0.05)に減少させた。すなわち、ジアゼパム投与はインスリン分泌能を高めたと考えられた。以上3種類の実験から、ベンゾジアゼピンは中枢セロトニン神経の活動変化を介して食欲およびインスリン分泌に影響する可能性が示唆された。今後の研究では、実験動物として反すう動物を用いてベンゾジアゼピンの作用機序を調べる必要がある。
著者
佐藤 英明
出版者
神戸大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

(1)アメリカの連邦遺産税と比較した場合、現在のわが国の相続税の下での非居住者への相続税は、無制限納税義務者たる居住者の場合ときわめて相違点が少ないという特徴が浮かび上がってくる。これは諸控除等の適用に関して顕著であるが、その他、日本の相続税負担がかなり重いことを考えると、租税回避に対応する規定等を整備する必要が強調される。(2)日本が現在結んでいる唯一の相続税条約であるいわゆる日米相続税条約は、相続される財産の所在を条約によって細かく決定し、それをもとに両国の課税権を決定していくという発想にもとづく所在地型条約である。しかし、1970年代以降は、被相続人の住所地をまず決定し、それをもとに各国の課税権の範囲・内容を決定していく住所地型条約が、国際的には一般化してきている。(3)わが国のように相続人の住所地によって制限納税義務者と無制限納税義務者とを区別する相続税法を有する国が、アメリカのように被相続人の国籍および住所地によって両者を区別する遺産税制の国と、住所地型条約を締結する場合には、相続人等に無制限納税義務を課す国がない場合が生じる可能性や、一見対等に見える条約により、わが国の課税権が実際上大きな制約を被る可能性が存在する。後者の問題を回避するためには、国内法において、特別な場合には、被相続人の住所地が日本である場合にも相続人に無制限納税義務を課す制度を設けることが必要であるが、そのような対処を行なうにあたっては、わが国の相続税法が遺産取得税という考え方にもとづいていることとの関係で、慎重な検討が必要である。
著者
濱 多寿子
出版者
浦和短期大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

1 1980年代における「自分史」ブームの実態を把握するために、自分史関係の出版物および自費出版された「自分史」等の資料調査をおこなった。またカルチャーセンターにおける自分史講座で参与観察をおこない、どのような人びとが「自分史」に関心をもっているのか、またどのような指導がなされているのかを調査した。2 大阪の自費出版センターで所蔵する約三千冊の「自分史」のなかから、1980年代に出版された「自分史」を資料として分析をおこなった。「自分史」を出版した人の社会的属性や「自分史」に表現されたライフコース、「自分史」執筆の動機を中心に資料の整理と分析をおこなった。3 「自分史」執筆者や出版関係者へのインタビューをおこなった。自費出版による「自分史」の作成のプロセスをあきらかにし、そこでモデル化された「人生の表現」を検討した。また「自分史」執筆者自身から動機や「自分史」をめぐる語りを得た。4 以上のような実態調査と資料分析をもとに、1980年代の「自分史」ブームを社会学的に考察している。個人の人生をあらわす「自分史」は一見非常に個人的なレベルの営みであるが、実はさまざまな社会的な動向の背景と個人の「人生の表現」の社会的な定式化の影響を抜きには考えられないことをあきらかにしている。
著者
森 哲
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

調査地域でのシマヘビとヤマカガシの食性は主にカエル類で、共にシュレ-ゲルアオガエルとモリアオガエルが中心であった。このほかに胃内容物からアマガエル、トノサマガエルが少数発見されたほか、ヤマカガシではタゴガエルやヒキガエルを捕食していることもあり、シマヘビに比べてヤマカガシは食べているカエルの種類が多かった。一方、シマヘビはカエル以外にトカゲや小型哺乳類も食していた。捕食していたカモルの大きさを2種のヘビの間で比較したところ、ヤマカガシの方がシマヘビよりも相対的に大きなカエルを食べていた。さらに、呑み込んだ方向を調べたところ、シマヘビは大きなカエルの場合は頭部から呑む傾向が強かったのに対し、ヤマカガシではその様な傾向は見られなかった。しかしながら、ヤマカガシはカエルを後肢から呑み込むときは、両後肢をそろえて呑むという、シマヘビには見られない傾向が観察された。呑み込む方向の違いが、どのような理由から起こっているかを確認するため、飼育下で両者の捕食行動をビデオを用いて詳細に観察し比較した。この結果、シマヘビは大きなカエルを捕食する場合には、最初に咬み付いた場所に関わらず、ほとんど頭部から呑み込んだのに対し、ヤマカガシでは呑み込む方向は最初に咬み付いた場所に大きく依存することがわかった。しかしながら、ヤマカガシは、最初に片方の後肢のみに咬み付いた場合、まず両後肢を呑み込んで続いて胴体へとうつっていき、片方の後肢だけを先に呑んでしまうことはほとんどなかった。このように、ヤマカガシは顎を用いてのカエルの扱い方においてシマヘビよりも器用であることが示唆された。一方、野外での電波発信機を用いた採餌行動の調査は現在も継続中であり、特にヤマカガシについて、さらにデータを追加していく必要がある。
著者
林崎 健一
出版者
北里大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

シロザケの鱗の輪紋パターンから、年齢の判別を自動化するための基礎的ソフトウェアの開発とその評価を行った。鱗の顕微鏡画像をCCDカメラを用いて取り込み、ぼかし法により画像変換して年輪である休止帯を強調した後、最長軸方向に鱗の焦点から縁辺部までの濃淡の値を計測し、さらに0から1の間の値に変換したものをニューロシステムへの入力とした。ニューロコンピューティングにはSUN SparcSattionl上でニューラルネットシミュレータPlaNet5.7を用い、学習方法には逆誤差伝搬学習法(バックプロパゲーション)を用いた。多数標本に基づく学習では、200から300回程度の学習で収束し、学習済みのデータに対して100%の認識率を得たものの、未学習のデータに対しては正確な判別ができなかった。さらに、学習後のシステムの中間層の隠れニューロンとニューロン間の結合荷重の観察を行ったところ、中間層の隠れニューロンの値は、各年齢内でよく似た反応パターンを示した。また、結合荷重の観察から、鱗の縁辺部分から外の空白領域に比較的強い反応が認められた。このことから、学習後のニューラルネットは、年齢に対してある程度の認識を行っているものの、その情報は鱗のサイズの寄与が大きかったものと推察された。さらにこの例では、入力ニューロンの数が450と大きいのに対してデータの数が少なかったため、局所的な最適解(local minimum)に落ち込んでいるのかもしれない。大標本に基づく学習は現在解析中であるが、今後は、年齢の位置情報を認識可能であるかを検討する必要があるものと考えられる。そのためにはノイズの少ない人工のデータを用いた実験を行い、学習方法の改良も検討する必要がある。
著者
太田 真祈
出版者
武庫川女子大学短期大学部
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

藍の生葉染めでは、条件によっては青く染色できない場合がある。藍の色素であるインジゴの生成過程で、その構造異性体である赤色色素のインジルビンが生成することも一因であるが、どのような条件でインジルビンが生成するのか、詳しく検討されていない。またこの赤色のインジルビンを積極的に染色に利用すれば、インジゴの青と混ざって、赤紫色の染色物を生葉染めで得ることが可能であると考えられる。インジルビンは、藍の葉に含まれるインジゴの前駆体であるインジカンの加水分解物であるインドキシルと、その酸化生成物であるイサチンとの反応で生成することがわかっている。インジカンは試薬として入手可能であるが、高価である上、酵素でしか加水分解できないので、インジカンの代わりに安価な試薬である酢酸インドキシルを用いて、どのような加水分解条件でインジルビンが多く生成するかを調べたところ、pHや温度等に依存することがわかった。また、酢酸インドキシルからアルカリ加水分解でインドキシルを生成させ、pHを中性付近に下げ絹布を染色したところ、長時間放置しておいたものが赤紫色に染色された。酢酸インドキシルのメタノール溶液を絹にしみこませて長時間放置することによっても赤紫色に染色されることがわかり、加水分解されずに残っていた酢酸インドキシルが絹布内でインジルビンに変化することがわかった。さらに、生葉染めを様々な条件で検討したところ、インドキシルが酸化される時にアルカリ性になる条件、また水への溶解性の小さいイサチンを可溶化できるような条件で赤紫色に染色することができた。