著者
高梨 啓和
出版者
鹿児島大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究では、様々なリン除去技術の中で、設置面積が小さく維持管理が容易であり、汚泥生成量が少なく、他の除去技術に比べて低濃度のリンを除去・回収可能な吸着法に着目し、従来より検討例が多く、安価で比較的吸着容量が大きい活性アルミナを、硫酸アルミニウムで処理した吸着剤を用いた検討を行った。その結果、硫酸アルミニウムで処理することにより、吸着容量はほとんど増加しなかったが、連続通水可能倍率は大幅に増加し、処理効果が認められた。これは、硫酸アルミニウムが加水分解してプロトンを生成し、細孔内および吸着カラム内のpHを吸着に適してpHに低下させたためと考えられる。そこで、pHの影響を検討した結果、pHの影響は大きく、リン酸イオンの解離状態が変化して平均電荷が変化することと、吸着剤の表面電位が変化することの両方が影響していた。以上より、本吸着剤がpHの自己調整機能を有することが連続通水可能倍率を増加させた理由と考えられる。また、本吸着は、リン酸イオンと硫酸イオンとのイオン交換であった。通常、活性アルミナによるリン酸イオンの吸着は、表面水酸基とのイオン交換と考えられているが、本吸着剤では、表面水酸基が予め硫酸イオンに置換されているため、硫酸イオンとのイオン交換になったと考えられる。さらに、本吸着剤の吸着等温線、粒内拡散係数を求め、吸着カラムの設計に必要な値を得た。また、吸着容量に対する共存イオンの影響を検討し、ヒ酸イオン、炭酸イオン、珪酸イオンが主な妨害イオンとしてあげられた。これに対し、カルシウムイオンは、中性〜弱アルカリ性域においてリン酸イオンの吸着量を増加させる効果が認められた。これは、リン酸イオンの解離が進行しているpH域において、カルシウムイオンがリン酸イオンの見かけの平均電荷を減少させる効果があることによるものと考えられる。
著者
中村 裕之
出版者
金沢大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

全身振動の暴露を受ける作業環境で働く妊娠中の女性労働者は、その全身振動により流産をはじめとする正常妊娠の障害が生じることが疫学的調査や症例検討により指摘されてはいるが、その発現機序についてはほとんど知られていない。そこで、全身振動による正常妊娠への障害を実験的に証明し、またその際生じる子宮血流量の減少がいかなる内分泌的機序によるかを明らかにするために、ラットに振動数8Hz、振動加速度10m/s^2の全身振動を90分間負荷した結果、全身振動暴露を施したラットでは暴露による子宮血流量の有意な減少を認めた。アンギオテンシンII(AII)前投与のラット子宮血流量は振動暴露を受けない群では増加を認めたが、振動暴露群ではその減少が観察された。コルチコステロンの値は振動負荷後に増加を認め、この増加はAII投与によってまったく影響を受けなかった。AII前投与の有無にかかわらず、対照群と全身振動暴露群の間にエストラジオールの有意な変化はなかった。全身振動負荷によるプロゲステロンの減少を認めたが、AII投与後には、全身振動の影響は認められなかった。AII投与の有無にかかわらず、振動群のプロスタグランジンE_2(PGE_2)は対照群に比べ減少を示した。プロスタグランジンF_2alphaについては、AII投与の有無にかかわらず、全身振動の影響が認められなかった。これらの結果から、全身振動によって子宮血流量が減少し、また妊娠黄体への機能障害を惹起するという正常妊娠への障害が実験的に証明された。この子宮血流量の減少は、主に全身振動の有する情動ストレスとして作用によるPGE_2への制御を介して生じると考えられた。
著者
今泉 裕美子
出版者
法政大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

<資料収集>本研究の対象時期を含めた日本の南洋群島統治資料の所在をほぼ確認し、複写することができた。従来、南洋群島資料は殆どないとされてきたが、戦後アメリカのミクロネシア信託統治行政の資料収集について情報を得、アメリカが押収した資料、また日本への返還文書、それぞれの所在を確認できた。よって、貴会の特別研究員時代の調査研究とあわせて、アジア及び太平洋島嶼地域、アメリカにおける南洋群島資料の所在について、その全体像をほぼ明らかにすることができたことは、南洋群島研究の進展に大きく貢献するものと考える。とくにハワイ大学調査では米国押収資料のほとんどを複写できたこと、また、ハワイ以外の未発掘資料の所在も確認でき、今後の研究計画もたてることができた。以上のような経緯から本研究の資料調査では、結果的には海外における資料調査に重点が置かれることになった。一方、聴き取りでは、引揚者によるミクロネシアへの慰霊団に同行したほか、ミクロネシア、沖縄、東京近郊で調査を進め、日本統治下の人々の世代別、性別、仕事別の諸分野について聴き取りを行なうことができた。<研究発表>海外での資料を多く確認できたため複写手続に時間がとられた。とくに平成13年9月のテロ事件以後、通信や交渉が滞り、資料の入手段階で通常以上の時間が必要となり、論文作成の遅延をもたらさざるを得なかった。すなわち、研究計画に示したように、日本の国際連盟脱退からアジア・太平洋戦争までの時期について、資料分析が行なえたのは第二次世界大戦開始前後までとなった。しかし、アジア・太平洋戦争期の政策や、実態についての分析は現在進行中であり、本奨励研究の研究成果には間に合わなかったにせよ、今後の研究発表がすでに具体的な日程に上っている。また、論文化できた研究成果には、現地住民政策を委任統治の「島民ノ福祉」向上という委任統治条項履行という観点から分析したもの、および、南洋移民研究のサーヴェイがある。前者では、南洋群島統治における1930年代の現地住民政策の特徴を、日本化政策の浸透が福祉向上という解釈で行なわれたことを明らかにした。後者では、南洋群島移民に関する国内外の研究動向について、本奨励研究対象期の日本の南洋群島統治政策と移民政策および移民の実態から検討し、自らの研究の位置づけを行った。平成14年3月1日には「沖縄県地域史協議会」にて「日本の南洋群島政策と移民」と題する講演会を行い、南洋群島統治と移民との相互関連性について本奨励研究の成果を口頭報告した。以上の作業によって従来報告者が進めてきた研究、すなわち海軍統治期、南洋庁統治期の1920年代に加えて、1930年代の統治研究を行いえたので、今後は、日本の南洋群島統治全期のモノグラフ作成をめざしたい。
著者
小宮根 真弓 小宮根 真弓
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

マクロライド系抗生物質は、近年、びまん性汎細気管支炎に対する有効性がクローズアップされ、その有用性については既に臨床、基礎研究において実証されている。我々は、今回の研究で、マクロライド剤が,尋常性乾癬に対しても有効であることを、臨床及び基礎の両面より明らかにした。乾癬外来通院患者20名に対し、同意を得た上てマクロライド内服を行い、PASI、掻痒、軟膏使用量に関して評価を行い、マクロライド内服が尋常性乾癬に対し有効であることを確認した。この結果は、98年度の日本乾癖学会、99年度のマクロライド新作用研究会にて発表した。また、マクロライド剤が、培養表皮細胞のGroα、GMCSF産生に対し抑制的に働くことをin vivoで確認し、99年度の日本乾癬学会にて発表した。以上は、現在Journal Dermatologyに投稿中である。さらに、マクロライド剤の表皮細胞に対するサイトカイン抑制作用機序に関して、AP-1、NFkB抑制に関する知見を得た。また、マクロライドのサイトカイン産生抑制がカルシウム依存性であることを確認し、現在発表準備中である。以上の結果は、現在根治的療法の確立されていない尋常性乾癬において、新しい治療法の確立につながる結果であり、館床上非常に有意義である。と同時に、マクロライドという抗生物質が、抗菌作用以外に抗炎症作用を有するという知見をさらに裏付けるものであり、その作用機序を含めた解析において、新たな知見を加えることとなると考えられる。
著者
澤田 昌人
出版者
山口大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

エフェ・ピグミーの夢とその解釈についてこれまでに得られた資料および、文献を検討して、現在までに以下の知見を得ることができた。1.夢に見られるさまざまな事象について、その象徴的な解釈の体系が存在する。それらは主に人の死の予兆とされており、エフェ・ピグミーの深層心理において人の死がしめる意義の大きさを示唆している。2.上記以外に、狩猟の結果の予兆とされる夢が多く、現実に狩猟などをおこなう際の意志決定の判断材料とされている。これはエフェ・ピグミーにおける夢と現実の密接な関係を示している。3.夢には亡くなった故人が登場することが多く、これがエフェ・ピグミーの死生観を裏付ける結果となっている。エフェ・ピグミーは死後もなお、熱帯雨林の奥深く生前と同じ生活様式で暮らし続けるのであるとの考えを持っているのである。つまり、彼らが先祖の生活を今なお墨守する根拠を、夢が与えているのである。4.また夢に現れる故人は、エフェ・ピグミーの文化的な中核である歌を教えてくれるほか、狩猟のための毒矢の製法など、現実の生活を送るためのさまざまな智恵を与えてくれるとされる。3.で述べたこととあわせると、彼らの夢は現実生活の送り方と、さらにその改良の方策までをも指示するのである。5.以上のように、エフェ・ピグミーにおいて夢は、世界観的、宗教的な意義を持つとともに、生者の生活の多くの側面に決定的な影響を与えており、夢は、エフェ・ピグミーの心性を理解するための重要な鍵であることがわかる。これらの知見のいくつかは、世界の狩猟採集民研究においても従来指摘されなかった点であり、その世界観の研究に寄与するであろう。現在上記のテーマについて、論文を執筆中であり、近いうちに発表する予定である。
著者
加倉井 真樹
出版者
自治医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

1 皮膚における神経ペプチドの局在について免疫組織化学的に検討した。アトピー性皮膚炎と乾癬患者の病変部皮膚と健常者について比較した。神経ペプチドはVasoactive intestinal peptide(VIP),サブスタンスP(SP),calcitonin gene related peptide(CGRP)について検討した。抗VIP抗体では、アトピー性皮膚炎および乾癬患者の病変部皮膚において表皮細胞間に蛍光が認められ、健常者との差が見られた。CGRP抗体では、アトピー性皮膚炎、乾癬患者の病変部皮膚の表皮内や、真皮乳頭層に神経線維様の蛍光が認められ、健常者との間に差が認められた。SP抗体では、健常人との差は認められなかった。2 有棘細胞癌株(DJM-1),ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF),ヒト皮膚角化細胞(NHEK)のtotal RNAを抽出し,RT-PCR法により,VIP,VIP receptor 1(VIP1R),VIP receptor 2(VIP2R)の発現をmRNAレベルで検討した。DJM-1において、VIP1R-およびVIP2R-mRNAは認められたが、VIP-mRNAは認められなかった。NHEKでは、VIP1R-mRNAのみ認められた。NHDFにおいては、いずれも認められなかった。3 培養表皮細胞におけるのVIP1Rの発現に対するサイトカインの作用をRT-PCR法により検討した。DJM-1を培養し、培養液中にIL-4,TNF-α,INF-γを添加した。サイトカイン添加培養1,3,6,12,24時間培養後,DJM-1中VIP1RのmRNAの発現を半定量し、比較したが、サイトカイン添加前後において有為な差は認められなかった。今回の検討では、VIPやCGRPがアトピー性皮膚炎や乾癬において何らかの役割を果たしている可能性が示唆されたが、マスト細胞やリンパ球など真皮に存在する細胞から放出されるサイトカインが、表皮細胞のVIP receptorの発現の制御に関わっているかどうかについては明らかにされなかった。
著者
川田 哲也
出版者
慶応義塾大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

近年、放射線治療の適応は徐々に拡大され、放射線治療単独で根治する腫瘍も明らかになってきた。放射線治療法の問題点の1つに晩期障害がある。最近は子宮頸癌等で骨盤部に放射線治療を行うと、治療後数ヶ月経過して腰痛や骨盤骨折も多く報告されている。腰痛症は高齢者では癌が治癒しても日常生活に著しい制限を与え、癌患者のquality of life上極めて重大な問題の一つである。本研究は子宮癌の骨盤部放射線治療前後にdual photon法により骨塩定量を行ない、放射線による骨粗鬆症と腰痛症の関係を、臨床的に客観的評価を行なうとともに、骨芽細胞由来の培養細胞と動物実験により骨塩減少の機序を検討し、放射線による腰痛症発生の予防法と治療法を開発することを目的とした。まず、臨床的に放射線照射前後における腰椎の骨塩が低下するか否かを検討した。子宮癌等骨盤領域に放射線治療を行う患者は、照射前、30Gy、50Gy照射時および照射3、6、9、12ケ月後にdual photonにより骨盤部と腰椎の骨塩定量の行なった。放射線治療前後の腰椎照射部位と非照射部位の比較で、照射部位の骨塩量の低下している患者と、ほとんど変化しない患者が混在した。骨塩量の変化と放射線の照射線量の間にも有意の関連は認めなかった。しかし、照射後骨塩量の低下する患者があることから、その機序の解明のため、マウスの骨組織より作成した骨芽培養細胞3種に放射線照射を行ない、照射線量と細胞の生存率の関係を求めた。さらに、培養細胞に50%、10%、1%の細胞生存率が得られる線量を照射し、照射直後、12、24、48、96時間後に、細胞中のATP活性を定量した。骨芽細胞由来の培養細胞は、通常の線維芽細胞と同様の放射線感受性を示した。これらの細胞の細胞中のATP活性を測定したが、放射線照射による変化は認められなかった。
著者
甲能 直樹
出版者
千葉県立中央博物館
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

本年度の研究では、仙台の中新統から産した最古のセイウチ科鰭脚類、Prototaria Planicephala Kohno,1994(以下化石セイウチ)のタイプ標本の頭蓋腔を完全に剖出した上で、脳の印象模型(エンドキャスト)を作製し、各部位の比較神経解剖学的な記載を行なった。この過程で、化石セイウチの大脳表面の各機能単位を決定するため、現生鰭脚類および陸生食肉類との解剖学的特徴を比較検討し、とくに現生食肉類との相同関係に基づいて各大脳溝および大脳回(いわゆる脳の皺)を同定した。さらに、電気神経生理学によって明らかにされている現生食肉類の脳の機能分布との比較から、化石セイウチの脳の機能分布地図の復元を試みた。化石セイウチの脳神経は、現生鰭脚類と異なり嗅神経(嗅球)の発達が比較的よく、嗅感覚は海洋生活への依存度がより強い現生鰭脚類に比べて鋭かったことがわかった。また、三叉神経第2枝(上顎神経)が極めてよく発達しており、上唇部を中心とした上顎神経支配領域の感覚がすでに現生鰭脚類と同程度に発達していたことがわかった。大脳形態については、全体に側方への拡大が目立ち、とくに冠状脳回(前側頭部)が目立って拡大していることから、吻部の触覚機能の強化(洞毛の発達)が推定認された。また、後S字状脳回(最前側頭部)も拡大の傾向が認められることから、顔面の運動機能と感覚を司る領域全体が著しく発達していることが改めて確認できた。しかしながら、初期のセイウチ科鰭脚類が、まず最初に魚食適応したのか、あるいは沿岸域の雑食性であったのかを明かにするために、更に詳しい大脳表面の解析が今後の課題となる。
著者
佐々木 隆之
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

平成13年度は、深地層における放射性核種の移行の促進・遅延に対し、それら元素に対する嫌気性微生物の影響の解明を引き続き行なった。微生物とアクチノイドの関わりについて溶液化学的な手法および分光学的手法を用いて検討した。地下環境で生息し得る嫌気性菌混合群とプルトニウム・ネプツニウム・プロトアクチニウム・ストロンチウム・セシウムとの相互作用を、吸着係数データを基に検討した。共存する自然環境水のpH及び酸化還元電位Eh、微生物の活性や放射性核種の酸化状態は、吸着の強さに影響する重要な要素である。さらに、微生物の寿命、アクチノイドイオンの化学状態が変化するのに要する時間、同イオンが膜上或いは膜内へ取り込まれる時間との相関について調査した。微生物の発育に適した35℃及び比較のため低温5℃下で各元素の収着実験を行った。その結果、複数の酸化数を取りうるプルトニウム・ネプツニウム・プロトアクチニウムと、一つの酸化状態しか取りえないストロンチウム及びセシウムでは、吸着計数の時間依存性が全く異なることが明らかになった。すなわち、前者は、時間と共に微生物自身或いはその代謝物によって化学種が変化し、吸着計数が初期値より数十倍から百倍程度増加した一方、後者は顕著な時間依存性を示さなかった。またその増加は実験開始後、数日で急激に起こり120日間持続した。実験に用いたプルトニウム濃度が低いため分光学的手法を用いた直接観察は困難であったが、データを総合的に分析することで、4価水酸化物及び吸着能の高い3価の状態を取り得、微生物による3価への還元反応も関与している可能性があると結論付けた。さらに、高温高圧で滅菌した微生物と低温で休眠状態にした微生物について、その収着能を比較した。
著者
神郡 悦子
出版者
筑波大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

構造主義の限界が叫ばれてすでに久しいが、本申請者は、形式主義・構造主義美学は、形式のみを対象とする「不毛な論理的分析」という非難には納まらない、より広範な射程をもつと考えた。この観点からすると、意味の単位である「テーマ」の多様な変奏・展開によるテクストの網状組織の読解をめざすJ=P・リシャールに代表されるような「テーマ批評」の方法は、形式主義美学を意味のレベルへ拡張する注目すべき試みとして、今日、再評価が必要であると思われた。その基礎として「テーマ」という概念の本質的に構造論的な側面、すなわちテクスト表層の固定した意味を保持しつつ、同時にそれを突き破り、テクストの(無限の)変容と重層化を可能ならしめるいわば意味の機能体としての側面を明らかにすることを本年度の研究の課題として目指した。こうした新たなテーマ概念ならびに「テーマ」という単位によるテクストの重層的な組織化の様態を記述するためには、これまでテーマ批評について用いられてきたのとはまったく異なる言語(ないしは論理)が分析者には必要であった。本研究者はロマーン・ヤ-コブソンの詩的言語理論を批判的に検討することによって、テクストを構造として捉え、さらにそのテクストを象徴的な文学的価値へと収斂させるような概念装置を見出した。これをリシャール独自の、典型的にテーマ批評的な著作の解読に応用し、これまで奔放に想像力を駆使したたげの恣意的な批評と見なされきた彼の批評作業のなかに、文学的体験についてのわれわれの認識を刷新し今後の文学研究の展望を開くような刺激的なテクスト観を見出した。本研究の成果は、筑波大学現代語・現代文化学系紀要『言語文化論集』に三回にわたって掲載する予定で、すでに原稿を準備した。
著者
佐藤 泰弘
出版者
甲南大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

本年度は昨年度の継続として、東大寺文書の帳簿類を収集・検討するとともに、『鎌倉遺文』に収録されている帳簿類の検討を行った。荘園の帳簿を総括的に論じるために、昨年の検討によって手懸かりを得た東大寺領の河上荘など、いくつかの荘園を取り上げた。河上荘では中世後期にはほぼ同じ書式の三斗米の収納帳簿が継続して用いられている。これは収納担当者(納所)が前任者の帳簿を引き継いで、担当年度の帳簿を作成するためであると思われる。このような帳簿様式の継続は、他にもあった可能性が高い。しかしとくに当荘は寺僧による管理が行われ、納所が毎年交替することが、かえって帳簿様式の画一性を高めたのではないかと思われる。また寺僧の管理は平安時代以来の伝統であると考えられること、作職の宛行などもそれを裏付けると思われることなど、当荘の性格を考える上での手懸かりを得た。また当荘に関係して残された多数の売券の検討が必要であることが分かった。当荘の売券については、すでに先行研究があるが、見落された文書もあるため、改めて検討する必要がある。典型的な検注帳のほかに、寺領経営のために作られた種々の坪付類についても考察を広げた。その一つとして東大寺の華厳会免田に関する史料を整理するなかで、赤袈裟著用に関する未紹介の史料を見出した。これは一一世紀末期・一二世紀初期における東大寺の興隆を明らかにするための興味深い史料と思われるため、史料紹介を兼ねた原稿を作成中である。
著者
沢本 修一
出版者
帝京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

近年、気管支喘息は、慢性剥離性好酸球性気管支炎とも呼ばれ、気道の慢性炎症において好酸球が重要な役割を演じていると言われている。好酸球が、その機能を十分に発揮するためには、遊走して来た局所における寿命の延長が重要で、気管支喘息の治療戦略においても、遊走して来た局所における好酸球の寿命を抑制することは有用な治療手段である。本研究では、サイトカインのなかで好酸球に対して最も強力に作用するIL-5を用いて、IL-5による好酸球寿命延長効果を確認するとともに、既存の抗喘息薬としてテオフィリンを取り上げ、IL-5の好酸球寿命延長効果に対するテオフィリンの抑制効果の有無を検討し、さらに、そのメカニズムにapoptosisが関与してるかどうかをDNAのfragmentationを指標にして検討を加えた。1.IL-5による好酸球寿命延長効果:末梢血より分離した好酸球に培養液のみを加えたコントロール群と、好酸球にIL-5(10ng/ml)のみを加えたIL-5単独群で好酸球の生存細胞数の推移を検討した。その結果、コントロール群の生存細胞は、day4において24.4%まで急減し、dya7で全ての好酸球が死滅した。一方、IL-5単独群では、day7での生存細胞数は94.2%とやや低下したが、day10においてさえも%生存細胞数は83.8%維持されていた。以上の結果により、IL-5は、好酸球の寿命を著明に延長し、IL-5が好酸球寿命延長効果を有することを確認した。2.IL-5の好酸球寿命延長効果に対するテオフィリンの抑制効果:好酸球に、IL-5を加えたIL-5単独群のday4における%生存細胞数を100%として生存率を計算したところ、IL-5+テオフィリン群のday4における%生存細胞数は、63.1±3.4%(mean±SEM)で両者間に明らかな有意差(t<0.005)を認め、テオフィリンは、IL-5の好酸球寿命延長効果に対して抑制効果があることが判明した。3.テオフィリンによるIL-5の好酸球寿命延長効果に対する抑制機構の検討-apoptosisの関与について:テオフィリンは、IL-5の好酸球寿命延長効果を抑制したが、その機構がapoptosisによるものかどうかを調べるために、IL-5単独、コントロール、IL-5+テオフィリン、IL-5+dibutyryl-cAMP(d-cAMP)、IL-5+デキサメタゾンの好酸球から抽出したDNAのfragmentationを指標にしてapoptosisの関与を検討した。その結果、IL-5+テオフィリン、IL-5+d-cAMP、IL-5+デキサメタゾンでDNAのfragmentationが見られ、これらの薬剤によるapoptosisの誘導が示唆された。IL-5+テオフィリンとIL-5+d-cAMPでDNAのfragmentationが見られたことは、テオフィリンによるIL-5の好酸球寿命延長効果に対する抑制機構にapoptosisが関与し、さらにテオフィリンは、その薬理作用の中で細胞内cAMP上昇を介することにより好酸球に対してapoptosisを誘導していると考えられた。
著者
安藤 正史
出版者
近畿大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

【目的】コラーゲン分子の大部分は3重らせん構造をとっており,さらに分子間は架橋構造により結合・安定化されている。代表的な成熟架橋成分としてはピリジノリンの存在が報告されており,生体の加齢によりその量が増加するなど,分子あるいは組織の安定化にピリジノリンが大きく関与していると考えられている。しかしながら従来の研究は哺乳類が中心となっており,魚類コラーゲンのピリジノリンに関する研究例は少ない。そこで本研究では,魚類コラーゲン中のピリジノリン量を魚種間で定量・比較し,コラーゲンの安定性との相関性について考察した。【方法】佐藤らの方法に基づき,0.1N NaOHを用いてハマチ・マダイの活魚の筋肉および表皮より粗コラーゲン画分を抽出した。凍結乾燥後,約100mgのコラーゲンを6N塩酸で加水分解し,塩酸を蒸発乾固した。次にn-ブタノール:酢酸:水=4:1:1の混合液で平衡化したCF-11カラムに試料を添加・吸着させた後,蒸留水で溶出した。蒸発乾固した試料に0.02N塩酸を加えて溶解し,日立アミノ酸分析計(L-8500)を用いて蛍光検出器(ex. 295nm, em. 395nm)によりピリジノリンを検出・定量した。【結果】試料をCF-11カラムに吸着させることで効果的に他のアミノ酸を除去することができた。またニンヒドリン発色の場合と比較することにより,蛍光によって検出されたピークは生体構成アミノ酸ではないことが確認された。ピリジノリン含量はマダイにおいてハマチの2〜2.5倍となったが,表皮と筋肉とで比較した場合には、両魚種の間で顕著な違いは認められなかった。筋肉の死後変化において,マダイのコラーゲンはハマチよりも構造的に安定であるが,このことにピリジノリン量の違いが影響している可能性が考えられた。
著者
長田 真紀
出版者
上田女子短期大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

浄土宗の寺に生まれ自らも僧侶となった武田泰淳は、重い体験として仏教のさまざまな問題を切実に文学化した。その問題の一つが、僧侶の妻帯である。自伝的僧侶ものと呼ばれる作品(『異形の者』『快楽』)にも、それが色濃く出ている。本研究では、浄土宗の名僧であり終生独身を貫いた渡邊海旭、武田芳淳、山下現有と武田泰淳との直接・間接的な交流、精神的影響について解明を試みた。京都(知恩院浄土宗学研究所、京都府立図書館、成願寺)への出張では、昭和7年8月3日〜4日に開催された高野山仏教学大会の後、武田泰淳と山下現有の邂逅があったことは判明した。愛知(長谷院、名古屋市鶴舞中央図書館、聖覚寺、源空寺、大森寺、善應寺)への出張では、武田泰淳の事蹟および武田泰淳の父大島泰信との関係を調査する中で、大島泰信の師僧でもあった加賀泰道の存在が浮かび上がってきた。また、大島家の菩提寺はもともと浄土真宗であったことも判明した。加えて『浄土宗学大辞典』『知恩院史』等の浄土宗関係図書によって、日本の近代仏教史の中で、渡邊海旭、武田芳淳、山下現有らの存在はきわめて大きく、僧侶の妻帯の問題において重大な過渡期に立っていたことを確認した。東京(西光寺、潮泉寺、長泉寺)および神奈川(大島淑氏宅)への出張では、武田泰淳には夭折した次兄大島信也がいたことが判明した。水産学者の道を進んだ長兄大島泰雄の存在とも考え合わせると、武田泰淳が僧侶への道を進ことになった一つの必然性が認められる。
著者
中島 知隆
出版者
東海大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

肩峰下インピンジメントの腱板、とくにCodmanの定義した‘critical portion'に対する影響を定量的に解析して腱板断裂ないし変性の発生メカニズムについて検討した。明らかな腱板断裂のないインピンジメント徴候を呈した手術症例(9肩、43-75歳、平均59.7歳)を対象とし、腱板付着部より2mm,7mm,12mm(critical portion)および17mm(筋腱移行部)の四点の滑液包側表面にプラスチック製圧力センサを設置した。また、血流測定用白金電極と組織内酸素分圧測定用電極を挿入した18G針を各点の深さ3mmと8mmまで刺入し、肩峰下接触圧分布とともに組織内血流量、酸素分圧を同時にモニタして、上肢の安静下垂時、他動的前方挙上(30〜180゜)および側方外転時(30〜90゜)における各パラメータの変化と相互の関連性を調べた肩峰下接触圧は安静下垂位〜60゜挙上、30゜外転位まで0であり、その後ほぼ直線的に上昇し140゜挙上、80゜外転位にてピークとなった。安静時、腱板表層の血流量は深層のそれに比べて約1.9倍で、両者は肩挙上、外転時に平行して減少し、90゜挙上、55゜外転位で安静時血流量の1/2、130゜挙上、75゜外転位にて0となった。肩峰下の接触圧と腱血流量の変化は密に相関し、付着部より12mmの表層部ではとくにその傾向が著しかった。一方、腱板酸素分圧は筋腱移行部で最高(243mmHg),critical portionで最低(127mmHg)であり、140゜挙上、80゜外転位において安静時の約1/2に低下した。腱板血流量は上肢を140゜挙上した直後に0になるのに対し、腱板酸素分圧の半減には約20分を要した。すなわち、腱板のなかでもcritical portionにおける易損性は肩峰下インピンジメントによる虚血ではなく、比較的長時間にわたる低酸素状態が腱細胞の軟骨化生を促してその弾性を低下させることに起因すると考えられる。今後、腱組織における酸素代謝がいかに腱変性に関与しているか、について実験モデルを作成してin vitroに検証する予定である。
著者
菊地 光嗣
出版者
静岡大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

当科学研究費補助金を得ての研究の目的は幾何学的測度論を偏微分方程式およびそれに関連する問題に応用することである。幾何学的測度論の偏微分方程式への応用としてはカレント理論に関する研究が盛んであり、最近でもGiaquinta-Modica-SoucekやAviles-Gigaらによって変分問題を中心とする偏微分方程式の問題にカレントが応用されている。しかしながら私の研究は主として幾何学的測度論のもう一つの話題であるヴァリフォルド理論の偏微分方程式への応用を目的としている。ヴァリフォルドに関連した研究としては、K.Brakkeや、Fujiwara-Takakuwaの仕事がある。さらにここ数年平均曲率流の研究が主としてlevel set techniqueを用いて盛んに研究されており、最近これらの結果とBrakkeの仕事との関連が調べられ始めている。このようにヴァリフォルドは非線形偏微分方程式に応用されているが、その研究の数はそれほど多くはない。ヴァリフォルドの理論はそれほど難しくないそういう長所はもっと活かされるべきであり、そのためこの研究に着手した。この目的のために当科学研究費補助金を利用して北海道大学等を訪問して、この分野での日本の中心的人物である北海道大学教授儀我美一氏や北見工業大学講師小俣正朗氏らと連絡をとることにより、この研究に関して有益な情報を得ることができた。そして測度論の一部である確率論との関係から、階数が空間の各点によって異なるような擬微分作用素に関する研究を行い、階数が一定の場合に従来から知られている結果がかなりこのような作用素にも拡張できることがわかった。これに関連する結果は現在確率論の研究者と共同で論文「Pseudodifferential operators and Sobolev spaces of variable order of differentiation」としてまとめているところである。
著者
末岡 榮三朗
出版者
埼玉県立がんセンター
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

ヒト特発性間質性肺炎の中心的メディエーターは、THF-αと考えられている。肺にTNF-αを特異的に高発現するSPC-TNF-αトランスジェニックマウスを用い、TNF-αによって誘導されるサイトカインネットワークの活性化と、特発性間質性肺炎発症との関連を、分子生物学的に解明することを目的とした。更に、このマウスモデルを用いて、ヒト特発性間質性肺炎の予防及び治療法の検討を行った。本年は最終年度であるので2年間の研究成果について記述する。1) SPC-TNF-αトランスジェニックマウスは、生後一ヶ月がら、進行性の間質性肺炎を発症した。肺の組織学的変化を経時的に解析すると、(1)リンパ球が間質へ浸潤する第1期、(2)マクロファージの浸潤が加わる第2期、(3)肺胞上皮細胞の増殖と肺胞腔内へのマクロファージの浸潤を伴う第3期、の3つの病期に分類することができた。2) 上記3つのステージを、サイトカインネットワークの活性化について解析した。第1期では、TNF-αの恒常的高発現に続いて、IL-6及びIL-lβの発現が亢進し、第2期から第3期にかけてはIL-6の発現亢進が著しかった。したがって、間質性肺炎の進展には、TNF-αとIL-6が深く関与していると考えられる。3) 緑茶はTNF-αの遺伝子発現とTNF-αの遊離を抑制することを見いだしている。間質性肺炎の予防を目的として、SPC-TNF-αトランスジェニックマウスに緑茶抽出物を投与した。0.1%緑茶抽出物を4ヶ月間マウスに投与すると、肺でのTNF-αの産生は約30%抑制された。現在、緑茶による間質性肺炎の抑制機構を解明するため、組織学的解析を行っている。発症の予測が難しいヒト間質性肺炎に対して、緑茶のようにTNF-αの産生抑制作用を持ちながら毒性のない化合物を投与することは、ヒト間質性肺炎の新しい予防法にな杢と考える。
著者
森本 光明
出版者
東京歯科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

目的:歯科用金属アレルギーの検査として、リンパ球幼若化反応に注目し、金属の種類や濃度について検討を加えた。方法:金属アレルギーが疑われ皮膚貼付試験陽性を示した皮膚粘膜疾患患者44名を陽性群とし、金属アレルギーの既往が無く皮膚貼付試験陰性であった学生45名を陰性群とした。Hg,Ni,CO,Pdの皮膚貼付試験の試薬を抗原とし、50、250、1250、6250、31250,156250倍の6段階に希釈した濃度系列を用いた。抗原添加時の^3H-チミジンの取り込み量を非添加^3H-チミジンの取り込み量で除した百分率により得た値を判定した。結果:1,0.1%HgCI^2の場合は50倍希釈で陽性群(961.9±504%)、陰性群(652.9±463.8%)ともに最も強い反応を示し、陰性群で200%を越したことにより非特異的なリンパ球幼若化反応を認めた。両群間において250倍希釈時にのみ有意差を認めた。臨床上250倍の濃度の値が重要と考えられた。2,5%NiSO_4の場合は1250倍希釈において陽性群(779.2±564.9%)、陰性群(214.6±107.8%)ともに最も強い反応を示し1250、250倍希釈時に両群間において有意差を認めた。3,2%CoCI_2の場合は6250倍希釈において陽性群(337±225.5%)で最も強い反応を示し、156250、31250、6250、1250倍希釈時に両群間において有意差を認め、6250倍が臨床上重用と考えられた。4,1%PdCI_2の場合は250倍希釈において陽性群(256.0±207.5%)で最も強い反応を示し、両群間において有意差を認めた。この濃度が臨床上有用と考えられた。5.リンパ球幼若化反応において至適濃度の存在が示唆された。現在その他の金属(Ti,Cu,Cr,Zn)についても検討中である。また、今回培養日数を3日で行ったが日数延長することによってより検査の感受性が高まるデータも得ている。
著者
池上 重康
出版者
北海道大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

「桑園博士町」の居住者達が、大正元年12月に発足した「村会」の記録である『村会日誌』、土地閉鎖登記簿などから、各居住者の博士町居住期間や居住箇所が明らかになった。「村会」に参加していたのは戦前までに延べ19名、居住区画は全12区画である。大学より借地ということもあり、各戸の区画が当時の札幌の持家層の標準に比べ圧倒的に広かったといえる。最も狭い敷地で211坪、最大は540坪、平均的なものは、一町角を中小路で半分割した、さらに4分の1の405坪であった。また、「村会」でしばしば議題にあがった土地所有問題については、結局昭和27年秋に払い下げが実施されたことが判明している。「博士町」の呼称は、管見であるが、昭和2年9月10日『北海タイムス』紙に最も古い記述を見ることができる。ここには「村会」構成員以外の北大教授の名前も「博士町」住人として記述されている。この記事から判断するに、一般には桑園での北大教授達のコロニーは認知されていたが、その中で「村会」を開催していたことは知られていなかったと推察できる。一方、「博士町」住人は、自ら「博士町」と呼ぶことに照れがあったであろうし、「村会」と自称していることから考えても、当人たちは「大学村」の名称を用いていたのではないだろうか。また、「博士町」の住宅については、前掲新聞記事に「各博士は文化住宅を建て」とあり、文化住宅の外観を呈していたことがわかる。森本厚吉との関連として月刊誌『文化生活』への寄稿をみると、新島善直、田中義麿の2名のコラムを確認できる。特に新島は「クリスマスツリー」と題したコラムを書いている。林学博士そしてクリスチャンとしての立場で、北海道風景の特質と重ね併せた表現をみてとれる。住宅についての直接的な文章ではないが、文化生活に関連した貴重な記述ととらえることができよう。
著者
宇山 太郎
出版者
広島大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

海産無脊椎動物のホヤは、遷移金属元素のバナジウムを高濃度かつ高選択的に濃縮している。ホヤのバナジウム濃縮細胞(バナドサイト)には、海水濃度の1000万倍に相当する350mM濃度のバナジウムが含まれている。しかし、このような極端な濃度勾配に逆らって金属元素を濃縮する際に必要なエネルギーをどこから得ているのかはまだ不明であった。われわれは、バナドサイトの液胞内が、pH1.9〜2.4という強い硫酸酸性を示し、そこにバナジウムが低酸化状態の3価に還元されて濃縮されていることを明らかにしてきた。このことは、バナジウムの濃縮に液胞内外のプロトンの濃度勾配が関与している可能性を強く示唆している。本研究では、バナドサイトにプロトンポンプが存在するかどうか、クロマフィン顆粒由来の液胞型H^+-ATPaseの72kDaと57kDaのサブユニットに特異的な2種の抗血清を用いて免疫細胞学的に検討した。その結果、酵素の触媒部位を構成し、植物や昆虫にも共通している72kDaと57kDaサブユニットの存在が、原索動物のホヤでも初めて確認された。次に、バナドサイトの液胞内の低pHが実際に液胞型H^+-ATPaseの働きに依っているかどうかを確かめた。バナドサイトをアクリジンオレンジで生体染色すると、液胞は朱色の蛍光を発して低pHであることが分かる。一方、バナドサイトを液胞型H^+-ATPaseの特異的阻害剤であるバフィロマイシンA_1で処理すると、バナドサイトの液胞は緑色の蛍光を発していた。このことは、バナドサイトの液胞で実際に液胞型H^+-ATPaseが働いて低pHを維持しており、この酵素が阻害されると液胞内外のプロトンの濃度勾配が解消されてしまうことを示している。今後は、この液胞型H^+-ATPaseによって形成されたプロトンの濃度勾配がバナジウムの濃縮とエネルギー的に共役していることを明らかにしていきたい。