著者
仲村 匡司
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

環境問題および資源の有効利用の点から木製品の有利性を論じるとき,その炭素ストック性が強調される傾向にある.この主張は木製品が物理的寿命を全うすることを前提としているため,使用者によって規定される心理的寿命と生産者が設定した物理的寿命は必ずしも一致しない.本研究は「木製品の心理的寿命の客観的評価の実現」を目指して,木製品の第一印象および記銘性に影響する諸因子を,心理応答および生理応答計測によって抽出することを目的とする.1)そもそも我々は,身の回りの木材や木製品の存在をどのくらい正確に把握しているのだろうか?そこで,木材部分の割合が既知の住宅内装画像(インテリア画像)を種々用意し,見た目の木材率(心理的木材率)を調査した.その結果,我々は意外なほど正確に木材の存在量を見積もれることがわかった.また,柱や梁,桟など木材が軸的(線的)に使われている場合には,木材量評価のばらつきが大きくなる傾向が見いだされた.2)上記の知見をさらに系統的に究明するために,広さや調度品は同じで,内装部材として用いられる木材だけが種々変化するインテリア画像をコンピュータ・グラフィックスで表現し,これらの心理的木材率を調査した.調査票を用いた調査においても,ヘッドマウンテッドディスプレイを用いた調査においても,我々は木材量を概ね正確に把握していることが明らかになったが,木材量が多いほどその内装が好ましいわけではなく,適度な木材量とともにその使い方(面的か,軸的かなど)も考慮する必要があることがわかった.今後,木質インテリアのデザイン性評価に使用可能な要因を抽出し,これを数量表現するための手法を考えるべきといえる.
著者
川名 敬
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

子宮頚癌の発生に深く関与しているヒトパピローマウイルス(HPV)は、性行為感染により腟粘膜や子宮腟部の粘膜上皮に感染する。このHPV感染を防御することで、子宮頚癌の発生を制御する試みが既に諸外国で始まっている。しかし、子宮頚癌に関連するHPVは10種類以上(16、18など)あり、それらの抗原性はHPV型によって異なっているため、どの型のHPVにも有効なワクチンを開発することが大きな課題となっている。本研究ではHPVの粒子を形成する蛋白質のうち、L2蛋白質に注目し、その一部にどのHPV型にもほぼ共通でかつHPV粒子の表面に露出している領域があることを見出した。HPV16型のこの領域と同じアミノ酸を持つ合成ペプチドをL2ワクチンとして、BALB/cマウスでのワクチン実験を行った。HPVは性器感染することを考慮し、粘膜免疫を誘導できるように経鼻接種により16L2ペプチドを投与した。マウスの血清中、腟洗浄液中にHPV6、16、18型に対する特異抗体が誘導された。腟洗浄液中には主としてIgA抗体が誘導された。HPVはマウスには感染しないため、ワクチンの効果判定には、培養細胞でのHPV感染系を用いた。マウス血清中、腟洗浄液中のいずれにも、HPV6、16型の感染を阻害できる中和抗体が含まれていた。L2ペプチドワクチンの経鼻接種は、性器粘膜面に複数のHPV感染を阻害できる抗体を誘導できることが示された。一方、MHCクラスIIのハプロタイプが異なる系統であるC57BL10マウスで同様のワクチン実験を行ったが、特異抗体が誘導されなかった。16L2ペプチドをC57BL10マウスのMHCクラスII分子に結合できるように改変したところ、BALB/cマウスと同様の中和抗体誘導が示された。このペプチドワクチンはMHCハプロタイプに応じた改変が可能であることが示された。
著者
多賀谷 光男
出版者
大阪大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

分泌系蛋白質の細胞内輸送は角オルガネラをつなぐ小胞によって媒介されている。N-エチルマレイミド感受性因子(NSF)は、最初ゴルジ体内小胞輸送に関与する因子として発見、精製されたが、後に小胞体からゴルジ体への輸送やエンドソームの融合にも関与することが明らかにされ、小胞輸送の中心的役割を担う蛋白質であると考えられている。NSFはSNAPと呼ばれる膜表在性蛋白質と膜内在性のSNAPレセプターとの複合体を形成して膜に結合している。私たちは今年度の研究によって、NSFがシナプス小胞にも存在することを生化学的、形態学的に明らかにし、この蛋白質が神経伝達物質のエキソサトーシスにも関与している可能性を示唆した。また、ヒト脳NSFのクローニングに成功し、アミノ酸の推定一次構造においてチャイニーズハムスター卵巣細胞のNSFと97%もの相同性があることがわかった。更に、各臓器におけるmRNAの発現量を調べたところ、NSFは脳において最も多く発現していることが明らかとなった。これらの知見および肝臓からゴルジ体が比較的きれいに精製できることを考慮して、NSF複合体をラット脳および肝臓より精製することを試みた。まず最初に、NSFのシナプス小胞への結合様式について調べた。ゴルジ体のNSFはATP・Mg^<2+>の添加によって膜より遊離してくるが、シナプス小胞に結合したNSFはこの条件では膜から遊離せず、可溶化にはコール酸やデオキシコール酸のようなイオン性の界面活性剤が必要であった。現在、可溶化したNSF複合体の精製を進めている。ラット肝臓のNSFは非イオン界面活性剤であるTriton X-100で可溶化された。このNSFは20Sの沈降計数を持つことから複合体として存在することは確実であり、現在この複合体の精製も進めている。
著者
中川 敦子
出版者
金沢医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

被験者は外来通院の分裂病患者10名。各患者の症状評価は精神科医2名によって行われた。課題は、プライム、ターゲットともに視野中央に提示する語彙判断であった。実験計画;プライム条件(反対、遠隔連想、無関連、中立)×SOA(67msec,750msec)の被験者内2要因実験。反対、遠隔連想という意味関係は、意味ネットワーク上のターゲットとの意味距離がより近い、より遠いことをそれぞれ示した。刺激:各試行はプライムとターゲットの平仮名表記の文字列ペアより成った。1つの刺激リストは,YES反応用の4つの異なった意味的関係を含む24ペア、およびNO反応用の非単語(単語の1文字を入れ替えて作られた)を含む24ペアによって構成された。4つの刺激リストを設け,1つの刺激リスト内で同じターゲットが繰りかえされることはなかった。例えば,リスト1で反対語条件(さむい-あつい)のターゲットは,リスト2では遠隔連想条件(あせ-あつい),リスト3では無関係条件(ゆずる-あつい),リスト4では中立条件(くうはく-あつい)であった。手続き;各被験者に、練習の後,4ブロックをとおして4つの刺激リストが与えられた。各試行では、視野中央に注視点そしてプライム60msecの提示後、ISI(SOA条件によって7msecまたは690msec)の後、ターゲットが示された。被験者は、実験中は視野スクリーンの中心を凝視し、ターゲットが有意味な文字列(単語)であるか否か(非単語)の判断をボタン押しによってできるだけ早くかつ正確に行なうよう求められた。結果;分析は単語に対する正反対時間およびエラー率について行ない、反応の促進および抑制効果は,各プライム条件での反応時間が中立条件(くうはく)での反応時間よりも早いか遅いかによって決定された。外来通院の予後良好な分裂病患者の意味プライミングパタンは、コントロール群のパタンと同様であった。各症状と意味プライミングパタンの関係について検討したが、明らかな結果は得られなかった。
著者
小林 雅之
出版者
日本歯科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

【被験者】日本歯科大学新潟歯学部附属病院小児歯科に来院した,年齢5歳3か月から11歳9か月の小児小児患者19名。【実験方法】治療椅子を中心とした時計式表示法の位置で12時に歯科医師,3時に歯科衛生士,7時半に母親を配置した。そして,歯科医師が「おくちをあいて」,母親が「いいこにしてね」,歯科衛生士が「がんばったね」と話しかけ,被験児の眼球運動を両眼眼球運動測定装置で測定した。分析の結果,三者が話しかけたとき,話しかけた人の顔を視線が走査した被験児(走査群)と,走査しなかった被験児(非走査群)とに二分することができた。そして,両者間に性格特性があるか検討するため,被験児の眼球運動の結果と高木・坂本幼児児童性格診断検査との関連を,林式数量化理論II類により比較検討した。【結果および考察】1.数量化II類の結果は,相関比が0.701,判別的中率が94.7%,判別的中点が-0.127であった。2.高木・坂本幼児児童性格診断検査の性格特性で,走査群と非走査群の判別に大きな影響を与えるアイテムは,自制力,顕示性,神経質そして学校への適応であった。走査群に判別できるカテゴリーは,自制力なし,顕示性なし,神経質傾向,学校へ適応で,非走査群に判別できるカテゴリーは,自制力あり,顕示性あり,神経質でない,学校へ不適応であった。3.性格特性で,アイテム間相互の偏相関係数が0.700以上の強い相関を示すアイテムは,顕示性と神経質,神経質と自主性,不安傾向と社会性,自制力と個人的安定性であった。以上より,走査群と非走査群の被験児間に性格特性があることがわかった。
著者
小島 郷子
出版者
高知大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

学校教育における金銭教育の実態を把握するための、中学校・高等学校の教員を対象としたアンケート調査結果の分析をとおして、学校教育における金銭教育の今日的課題と家庭科教育の役割を明らかにするために研究を行った。その結果、中学校・高校の7割の教員が金銭教育の実践経験を持っており、中学校においては、道徳や特別活動での実践が多く、高校では家庭と社会での実践が多くみられた。さらに、実践経験がない教員の理由の分析からも、中学校教員は金銭教育を教科指導と捉えていないことがわかった。目標の分析からは、全体的に情意的な目標が重視される傾向がみられた。教育内容については、情意的な内容は家庭教育の役割で、認知的な内容は学校教育の課題であるとの認識を持っていた。金銭や金融への関心では、関連書物の購読状況は悪く、研究会や講演会などの研修の機会もほとんどなかった。このことは、教員の意識面の改革のみならず、講座や講演会、さらには研究会を増やすなどのハード面の改革も重要な課題である。自由記述による子どもの金銭感覚・金銭教育観については、物が豊富にある社会背景と親から金銭を自由に与えられ、金銭を得るための労働経験がないことが当然になっている生活環境の中で、望ましい金銭感覚を身につけることが困難な状況にあることが浮き彫りになった。高校生については、自由に個人の価値観を優先させ、その欲求を満たすためには手段を選ばない、自己中心的な消費行動があらわれていた。以上の結果から、学校教育における金銭教育の在り方を探るためには、まず、金銭教育を担う教育主体が、各主体ごとの役割を明確化することが必要である。本来家庭教育の役割である情意的領域の教育を学校教育が担っている現状を少しでも改善するために、家庭教育における情意的な教育の充実を保護者に対して働きかけることが必要である。そして、学校教育においては、金銭に関わる認知的な学習を実践しなければならない。金銭教育研究指定校における、金銭教育プロジェクト研究などにおいても教科指導の時間、特に家庭科と社会科の時間数を確保し、両教科で金銭に関わる認知的な学習を保証していかなければならない。2002年度からの新教育課程においては、小学校家庭科から「金銭の記録」が、中学校家庭科から「契約」の内容がそれぞれ削除されることになっている。現行と比較して、さらに認知的な学習の機会が減少することになる。今日のようなカード社会、キャッシュレス社会に必要な教育は金銭に関わる認知的学習であり、金銭を管理する能力の育成である。義務教育の早い時期から始め、発達段階に応じた系統的な教育を行うことが金銭教育の今日的課題であり、家庭科は一教科としてその役割を果たすためにも、家庭経済の中での金銭に関する教育を、金銭の機能や働きといった金銭知識、金銭管理能力という視点から見直し、認知的領域の学習を取り入れていかなければならない。
著者
竹村 一夫
出版者
樟蔭女子短期大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

喫煙行動に関する資料・文献の収集および整理,データベース化について,前年度から継続して行った。収集した資料・文献の書名や出版年などをデータベース化し,一部については目次もデータ化した。目次については,今後もデータ化の作業を進め,内容の要約についてもデータ化の予定である。また,雑誌・マンガ雑誌からの画像データベースについて,画像の説明がキーワード程度では有用でないため,より詳しいコメントを付け加えた。テレビドラマ等の映像に関しては,編集にかなりの時間を要したため,データベース化は当初の予定通りにはいかず,分析には至らなかった。この点は,今後の課題である。これらの作業と平行して,大学生に対する聞き取り調査を実施した。その結果,単純に判断することは出来ないが,例えば,喫煙に関して,男性の場合は,直接的には友人の影響や周囲の大人,特に父親・兄の影響が大きかったといった回答がえられた。女性の場合も男性とそれほど異なるわけではないが,友人の影響が男性よりもより強く,喫煙について自分の意志で選択したことを強調するケースは,男性よりも多く見受けられた。メディアの影響については,特に意識されているわけではないが,映画やテレビドラマ等でタバコが小道具として有効に使われていることについて,多くの学生が理解しており,男性性の強調や自立した強い女性のシンボルとして使われていること,マンガのストーリー中に出てくるタバコ・喫煙行動については,特定のイメージの男女を登場させるときには必ず出てくるなど,一定のパターン化された使われ方がされていることについて,指摘した学生もいた。このように,喫煙イメージの形成および伝達に関して,親子や友人などの人間関係が大きな影響力をもっているだけではなく,特にステレオタイプ化されたイメージについては,メディアが一定の役割を果たしていることが指摘できる。
著者
國土 将平
出版者
鳥取大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

本研究の目的は、エイズに関する知識テストに対して項目反応理論を適用し、それぞれのテスト項目の特性を明らかにし、エイズに関する知識テストの標準化を行うことである。対象は小6から高校3年生までの4048名であった。知識項目は、対象の発育発達段階、学習のレディネスを考慮して選択した、小6・中1年13項目、中2・3年27項目、高校生28項目である。これらの資料に基づいて、学年別に2母数の潜在特性モデルを用いて、対象者の能力スコア、調査項目の困難度、識別度のパラメータを推計した。また、調査項目のパラメータを利用して、スコア、困難度、識別度を等化し、全ての学年に共通した被験者の評価得点、項目パラメータを算出した。なお、学年は該当学年の4月を基準とした。学年別の能力スコアの分布により、小学生、中学1・2年生、中学3年生、高校1・2年生、高校3年生に分類され、それそれの時期に適切な学習が有効であることが推測された。日常生活における感染の項目について、プールやお風呂、トイレでの感染、飲食による感染に関する知識は、困難度-1、識別力1以上であり、小学生の時期に有効な知識項目、及び学習内容である。しかし、動物からの感染、献血による感染、歯科医などからの感染は困難度1以上、識別力も0.5を下回り、難しい項目であることが示唆された。これらの項目は継続的な学習並びに評価によって、その学習状態が確認できると推測される。「早く処置すると発症を遅らせることができる」、「母子感染することがある」,「HIVは熱に弱い」といった項目は、小学生では安定した特性値が得られず、論理的記述による知識は中学生以上になって学習・評価することが好ましいと示唆された。以上の様な解析を経て、小学生、中学1年生では10項目、中学2・3年生では25項目、高校生では26項目が標準化テストとして適切であると結論された。
著者
真鍋 真
出版者
国立科学博物館
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

魚竜の胎児から、幼体、亜成体、成体にかけての個体発生における、大きさと形の変化を数量的に解析した。大きさは、従来から数量解析が行われていたが、形を数量化することが本研究の目的であった。東北大学、北海道大学、神奈川県立生命の星・地球博物館の所蔵の魚竜標本を35mmスライドフィルムで撮影し、本補助金で購入したスライドスキャナーでデジタル画像として取り込み、現有コンピューターで画像処理、計測を行い、統計処理を行った。徳島県立博物館、林原自然科学博物館準備室の標本については、写真の提供を受け、写真をもとに解析を行った。このほかにも、画像取り込みをビデオで行ったり、ドロ-イングスレートを用いる方法を試みたが、現段階では、上述の方法が最適であるという結論に達した。ステノプテリギウス、イクチオサウルス属をもとに得られた2属の相対成長(アロメトリー)データから、コンピューター上で、骨格各部の成長率、成長開始時期、成長停止時期の3変数を変化させることによって、可能な形と大きさの多様性をシミュレーションした。その結果、中性代のいろいろ時期に繁栄した代表的な魚竜10種の形態の多様性は、イクチオサウルスからステノプテリギウスへの相対成長の変数を変化させることによって、創り出せる可能性があることが明らかになった。魚竜の進化をヘテロクロニ-で説明できる可能性が明らかになったわけである。本研究では、3次元(立体)の魚竜化石を、平面に投影することによって、2次元のデータとして扱ったが、3次元から2次元への変換の際の歪みが大きいことから、今後は3次元のままデータ処理を行えるような方法を、ハード、ソフトの両面から研究する必要がある。また、化石化の過程での変形による誤差が、解析の結果に及ぼす影響が大きいことから、変形した化石標本を復元するモデルが必要であることが指摘された。本研究における試行錯誤の結果、仮想の3次元フレームを定義し、それに化石を投影して近似するような方法を開発する必要があると考えられる。
著者
本間 猛
出版者
東京都立大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

本研究課題は、最近の言語理論である最善性理論(Optimality Theory)の展開を調査し、その知見を日本語音韻論の理論的研究に応用することが目的であった。この目的を達成するために、最善性理論の枠組みに基づく研究において提案されている「制約」を詳しく検討し、その結果に基づき、制約を分類整理し、その目録を作ることを具体的な目的に据えた。最善性理論とは、1992年前後からアメリカの音韻理論の研究者が中心となって開発をすすめてきた言語理論で、その理論では、「制約」(constraints)が、重要な役割を果たしている。言語は、互いに相矛盾する可能性のある複数の制約の相互作用の結果、生み出されるものであるとされる。ある制約の要求を満たすためには、別の制約を破る必要があるかもしれないということである。また、制約は、普遍的であると考えられ、どの言語の文法にも含まれており、ある特定の言語の文法は、ある特定のしかたで順位付けられた制約の階層であるとされる。平成11年度におこなわれた研究を引き継いで、平成12年度(今年度)は、さらに、制約の分類整理のための基準を検討した。その結果、制約は、有標性制約群(Markedness constraints)、忠実性制約群(Faithfulness constraintsまたは、Identity Constraints)、整列制約群(Alignment constraints)に大別されるとする見方が有力であることが分かった。さらに、それぞれの制約の群は、下位区分を持っている。有標性制約群は、分節有標性制約群(Segmental markedness constraints)や音素配列有標性制約群(Phonotactic markedness constraints)などに分類される。忠実性制約群は、どの要素が他のどの要素に忠実であるかにしたがって、下位区分される。要素間の関係については、対応理論(Correspondence Theory)と呼ばれる下位理論が開発されている。最近の成果については、The Prosodic-Morphology Interface(Kager,van der HulstおよびZonneveld編集,Cambridge University Press)に収録されているMcCarthy and Prince(1999)"Faithfulness and Identity in Prosodic Morphology"が参考になる。本研究課題の成果として、忠実性制約群の下位区分の一つである共感制約(Sympathy Constraint)を用いる共感理論(Sympathy Theory)に関する二つの論文を仕上げ、出版の予定である。共感理論とは、実際の出力の形式と潜在的に出力になりえる形式との間の忠実性を問題にする理論である。詳しくは、McCarthy(1999)"Sympathy and Phonological Opacity"(http://www-unix.oit.umass.edu/^-jjmccart/にて入手可能、Phonology Cambridge University.Pressにて、出版予定)を参照のこと。また、英語の音素配列に関する論考をまとめ、著書の一部として、出版の予定である。
著者
神波 雅之
出版者
鳥取大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

1.磁気共鳴映像法による脳循環評価健常者における無呼吸時の脳の信号変化をT_2^*強調画像(スピンエコー型エコープラナー法)により測定し、無呼吸時の信号強度上昇を確認した。信号強度上昇はhypercapniaによる脳血流量増加の効果が脳血液量増加、動脈血酸素飽和度低下の効果を上回り、oxygenation上昇がもたらされたためと考えられた。閉塞型睡眠時無呼吸症候群患者においても無呼吸時の脳の信号上昇を認めた。閉塞型睡眠時無呼吸症候群患者においては健常者に比して信号強度変化は有意に大きかった。無呼吸発作の頻発する患者では無呼吸と過呼吸の反復によりhypercapniaの効果が増強されているものと考えられた。本研究により無呼吸時の脳の信号変化が臨床用磁気共鳴映像装置により測定可能であることが明らかにされた。本研究の成果は学会において発表ならびに学術雑誌に投稿中である。2.磁気共鳴分光法による脳機能評価脳の器質的異常を有さない閉塞型睡眠時無呼吸症候群患者の脳プロトンスペクトルを測定し、ポリソムノグラフィーによる重症度(apnea index;AI)別および健常者との比較検討を行なった。中等症以上(AI≧20)の閉塞型睡眠時無呼吸症候群患者において大脳深部白質のN-acetylaspartate/choline比の有意な低下を認めた。本知見は通常の磁気共鳴映像法等の検査では全く異常を認めない閉塞型睡眠時無呼吸症候群患者においても脳代謝の変化を生じていることを示すものである。本研究により閉塞型睡眠時無呼吸症候群の中枢神経障害の評価法としての磁気共鳴分光法の可能性が明らかにされた。本研究の成果は学会および学術雑誌に発表した。
著者
赤羽根 有里子
出版者
岡崎女子短期大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

本研究では、江戸期昔話絵本の書誌、並びに本文・絵柄の特徴を明らかにすることを目的とした。書誌的事項の調査は、各種書籍目録の記載事項の整理を行い、「桃太郎」四十三種・六十一作品、「花咲爺」十六種二十四作品について、原本の閲覧または原本の写真版によって記載事項の確認を行った。調査の結果、目録には赤本『枯木に花さかせ親仁』の版本に京大本とあるものが、複製本であること、黄表紙『古昔花咲勢祖父』の版本所蔵者として記載のあった東博では、そのような書名の作品を所蔵していないこと、また、目録に記載はないが黄表紙『桃太郎一代記』の版本に松浦資料博物館本があることなど、目録記載事項を修正すべき点があった。「花咲爺」の諸本については日本昔話学会で発表し、その内容を論文「江戸期昔話絵本『花咲爺』の諸本」にまとめた。「桃太郎」については作品数が多く、諸本の調査結果については順次明らかにする予定であるが、今年度は合巻『赤本再興桃太郎』の書誌・翻字と解説を発表した(黄表紙『桃太郎一代記』は平成9年6月刊行を予定)。本文・絵柄の検討は、特にまだ研究が進められていない合巻体裁絵本三作品『桃太郎』『桃太郎一代記』『昔噺桃太郎』について行った。その結果、出生の場面の描かれ方については、爺婆が桃を食べて若やぐことは三作品全てに共通するが、初期の赤本に見られた「婆が若やいで男児を出産するのは『昔噺桃太郎』のみで、他二作品は桃の中から生まれていることや、拾った桃の食べ方や保存場所など、作品ごとに相違が見られ、それらが作品の趣向になっていることが判明した。桃太郎像についても赤本では神格化した存在として描かれていたが、合巻では心情や性格を表すような詞書や会話が付加され、各作品ごとに桃太郎の人物造形が具象化されていることが明らかになった。
著者
酒井 一光
出版者
大阪市立博物館
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

研究題目について、昨年度の摂津の事例に続き、本年度は全国の代表的な事例について調査を進め、神仏分離における神社境内の「仏教的建造物」の保存・転用の実態について研究、分析した。今回の調査・研究を通して以下の点を明らかにした。神仏分離における神社境内の「仏教的建造物」の排除は、必ずしも神社側の本位ばかりではなかった。その際、境内の由緒ある建造物は以下のような方法で移築、転用された。1.神社境内の「仏教的建造物」が機能を変え、一部改造を受けた上で、神社の社殿のひとつに転用された。今回の調査ではこの事例が最も多くみられた。例)知立神社(愛知県)多宝塔→知立文庫に改造し現地保存2.神社境内の「仏教的建造物」は売却され、移築の上、当時荒廃していた寺院の復興にあてられた。例)旧住吉神宮寺西塔(大阪市)→切幡寺(徳島県)に移築3.神社境内の「仏教的建造物」がそのまま、当初の機能として、神仏分離以前の場所に残された。その場合、その建造物のみが、旧神宮寺などの飛地境内となったことがある。また売却後、移築が遅れたり、買い手が付かないためにその場所に残され、古社寺保存法成立以降、文化財的価値が認められて保存された場合もある。例)花岡八幡宮(下松市)多宝塔→隣接する閼伽井坊の飛び地境内として現地保存4.神仏分離以降、寺院が神社となり、境内の堂宇が一部改変され、神社の社殿に転用する例が見られた。例)永福寺(高槻市)→畑山神社に変更し現地で保存5.廃寺により、寺院境内の建造物が神社に移築された。例)常楽寺(茨木市)堂宇→廃寺にともない井於神社(摂津市)に移築6.鎮守社が寺院から独立し、社殿はそのままに単独の神社となった。例)広済寺(尼崎市)久々知妙見祠→久々知須佐男神社に変更し現地で保存
著者
高岡 昌輝
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

本研究はバグフィルターにおける微量有害物質を同時除去することを目的に、金属担持活性炭での窒素酸化物除去実験を行った。対象とした窒素酸化物はごみ焼却排ガスでは90%以上を占める一酸化窒素とし、濃度は150〜200ppm程度のものを用いた。実験条件は実機のバグフィルターの条件に合わせて、温度は100℃〜200℃、ろ過風速1m/min、層厚5mmを基本とし、粉粒体および雰囲気ガスの条件を変化させた。今回供試した粉粒体は活性炭および金属を担持させた活性炭を用いた。選択した金属は文献調査等から銅およびカリウム、カルシウムとした。担持されている金属の形態も窒素除去に影響があることが考えられたので、900℃、ヘリウム気流中で焼成したものとしなかったものの両方について行った。雰囲気は窒素雰囲気をベースにアンモニアおよび酸素を混合した。アンモニアの混合比はモル比でNO:NH3=1:1で酸素は5%とした。以下に得られた知見をまとめた。(1)窒素雰囲気下では、活性炭のみによる除去効果は小さく、酸素を混合すると大きく除去率は向上した。これは活性炭中の微量なカリウムが触媒効果を示したものと考えられた。アンモニアの注入効果はみられなかった。(2)カリウムを担持させた活性炭では焼成することによりNO除去効果が現れた。温度の上昇とともに、また担持量の増加とともに除去率は高くなった。酸素を混合した場合、200℃で73%の除去率を示した。この除去機構は一酸化窒素のカリウムおよび酸化カリウム上への解離吸着によるものと考えられた。(3)銅を担持させた活性炭では、アンモニアを混合すると温度の上昇とともに大きく除去率は向上した。このことからアンモニアによる水素脱離反応が生じたと考えられた。(4)塩化カルシウムを混合した場合、温度を低下させ酸素を混合すると除去率が向上したことから、主たる反応は一酸化窒素の酸化による除去であると推測された。
著者
大矢 俊明
出版者
筑波大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

本奨励研究では,ドイツ語における能格構文(1a,b),中間構文(2),結果構文(3),非人称構文(4)の考察を通じ,ドイツ語では外界をどのように切りとって統語構造にとりいれているのか,具体的には外項ないし内項の選択の根底に潜む認知意味論的原理を明らかにしようと試みた.(1)a.Die Tur offnet sich.ドアが開く b.Das Eis schmilzt.氷がとける(2)Zur Front marschiert es sich noch schwieriger.前線に進軍する方がより困難である(3)Es schneit das Auto zu.雪が降って車が埋まる(4)Das Auto schneit zu.雪が雪に埋まるまず,自発的事態をあらわす(1)であるが,a.では再帰代名詞が用いられているのに,b.では自動詞が用いられている.この相違は事態が外部からのエネルギー(=動作主)がなくても生起可能であるかという点から捉えることができる.すなわち,氷は自然にとけていくことは容易に想定できるが,ドアは放っておいても開くとは考えにくい.すると,ドイツ語では「開ける」という他動詞が基本にあり,「開く」という自発的事態の表現に生起する再帰代名詞は,その主語である動作主の代わりとして具現していると想定できる.また,(2)で用いられている移動様態動詞には方向規定詞が付加されており,このような動詞は(1)と同様に非対格性を有すると指摘されることがある.しかし,一般に非対格動詞からは中間構文を形成することはできず,ドイツ語では移動様態動詞は非能格動詞であると考えられる.この根底には,事態を統御することができる実体は常に外項として,また事態に否応なく巻き込まれてしまう実体は内項として投射されるという規則があると仮定できる.そのため,(3)のような非人称動詞の主語は真の外項としての条件を満たさず,(4)のように非対格動詞に期待される結果構文の形成が可能になると考えられる.
著者
日野原 啓子
出版者
千葉大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

本年度は、昨年度に行った学会発表にて得られた示唆をもとにデータ収集方法及び概念の修正を行いながら、継続して縦断的・前向きなデータ収集を積み重ねた。しかしながら、自然死産・早期新生児死亡後の次子妊娠出産までの追跡には至らず、今後も継続してデータ収集を行う必要性が示唆された。自然死産・早期新生児死亡を経験した母親は、児の喪失後きわめて早期に次子の妊娠出産を痛切に願う時期が共通してみられていた。しかし、1〜3か月が経過すると次子妊娠出産への希望は一度小さくなる傾向があった。その後、その母親なりに亡くなった児の存在や、亡くした体験を成長へのステップとして意味づけ、亡くなった児との時間を過ごすことに満足ができると、改めて次子の妊娠を現実的に考えるに至っていた。そのような考えの変化が起こる時期として、亡くなった児の出産予定日が過ぎた頃、100か日を終えた頃、お盆を過ぎた頃などがあった。児の喪失直後の次子妊娠出産への希望は、亡くした子どもの代償として、あるいはとにかく子どもが欲しいと、次子を望む傾向が見られていた。しかし、数か月が経過してからの次子妊娠出産への希望は、喪失直後と異なり、自分や夫、(亡くなった児以外の生存している)他の子どもにとって、次子の誕生がどのような意味を持つのか、ライフサイクルの中でいう次子を持つことが家族全員とってよいのかを考慮した上で、「いつ頃次の子どもが欲しい」と考えるように変化していた。また、このような現実的な希望を抱くようになると、母親は自分の健康を維持するようなセルフケア行動をより積極的にとるような変化も見られた。基礎体温を測定する、体重コントロールを心がけるなど、できる限り次子の妊娠をよりよい健康状態で迎えることができるような行動であった。
著者
桑澤 保夫
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

近年、地球環境に対する関心の高まりから省エネルギーの叫ばれることが多くなってきた一方で、高齢化社会を迎えるにあたって快適・健康的な環境に対する要求も大きなものがある。そのような状況を念頭に置いて、これまでにも変動風の影響について検討を行ってきたが、被験者を用いる実験である温熱環境に対して心理・生理的な応答を得るためには比較的時間のかかることや、装置や実験室の都合上同時に1人のみに対する実験しかできないといった状況から、これまでに蓄積されたデータでは解析上必要とされる数にはおよんでいなかった。そこで、今年度は風向は前方からの場合のみに絞りデータ数の充実を当面の目標として研究を行った。実験は、椅座位の被験者に前方より0.4〜1.0m/s程度の定常風、また周波数特性や振幅を変化させた変動風を暴露し、そのときの環境条件として気温、風速など、生理量として皮膚温、心理量として温冷感、快適感をそれぞれ測定した。いずれも皮膚温の経時変化をリアルタイムでモニタして、ほぼ定常となったことが確認されるまでで最低でも15分間以上暴露した。被験者は20歳前後の健康な男性9名を用いた。解析では既往の実験結果も併せて用いてより信頼性の高い値を求めることとした。その結果、測定された環境条件と皮膚温をもとに、風速と平均対流熱伝達率の関係式を求めた。次に、ある条件における平均皮膚温と、そのときの温冷感申告値が「どちらでもない」よりも暑い側、もしくはさらに快適感申告値が「どちらでもない」よりも不快側となる比率の関係は、probit modelで仮定できるとして、モデル中の平均値および標準偏差に相当する数値を、実験結果をもとに同定した。
著者
芹澤 知広
出版者
奈良大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

本年度は前年度に引き続き、大阪、名古屋、東京、福岡においてアジアの大衆文化の普及状況についての実地調査を行い、文化人類学・社会学・カルチュラルスタディーズの分野を中心に文献を調査し研究動向・展望を俯瞰することを行った。またその間、日本においては、5月の日本民族学会第33回研究大会における分科会「文化を売る/売ることの文化:ポピュラーカルチャーの人類学」を組織し、香港においては、12月の香港大学日本研究学科主催・国際交流基金後援のワークショップ「Japan in Hong Kong/Hong Kong in Japan:Systems of production、Circulation、and Consumption of Culture」に参加して、とくに「同人誌」の問題を扱った研究報告を口頭で行った。本年度も香港芸能専門店など、大衆文化の生産・流通・消費の結節点となる場所や商品、集団に注目して調査研究を行ったが、「同人誌」(「ミニコミ誌」ともいう)はそのなかでも興味深い研究対象である。それは、「おたく」や「コミケ」ということばで紹介される1980年代以降の消費社会の成熟と市場の多様化、消費者の生産・流通への積極的な関与にかかわる現代的な事象である。しかしながら、日本の「同人誌」ブームの歴史は1950年代の市民運動に遡ることができ、「アジア」ブームについては「反米帝国主義」としてのベトナム戦争反対など1960年代から70年代にかけての「アジアの民衆」の発見と自由旅行ブームなどとも関係がある。「香港」がいわば歴史的な場所となった今日の状況も踏まえ、「アジア文化」、「中国語圏」、「香港」などが歴史的にどのように日本人に受容されてきたのかということについて実証的なデータを積み重ねることで、今後もこの研究を深めていくことを考えている。