著者
西野 浩明
出版者
大分大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

平成7年度に開発した「大分大学工学部の3次元ウォークスルー機能」をもとに,以下の項目に関して設計,プロトタイプシステムの開発および実験・評価を行い,その有効性と実用性について実証的研究を行った。1.3次元モデルの分割定義および処理方式の開発:立体視用の液晶シャッターメガネと,視点検出のための磁気センサを利用し,描画対象物の形状と視点からの距離に応じてモデルを分割し,階層的に定義する手法を開発した。さらに本手法を,ネットワークを通して複数利用者間で共有し,使用するマシン性能やグラフィックス描画性能,ネットワークの帯域幅や同時利用者数等に応じて,動的に性能最適化を行うことができる分散仮想環境フレームワークとして拡張した。2.プロトタイプシステムの開発:上述の分散仮想環境フレームワークを実現するソフトウエアを設計・開発した。さらに,ネットワーク上で実験および評価を行うために,新作打上げ花火の設計,試作,製造および花火大会実施までの全プロセスを,仮想環境で行う事が可能な「3次元仮想打上げ花火システム」を,分散仮想環境フレームワーク上に実現した。3.インターネット上での実験と評価:3次元仮想打上げ花火システムのインターネット上での利用実験を行い,本研究で開発を行った手法が,従来のサーバ・クライアント型情報検索のみでなく,対等な関係にある複数ユーザ間での協同作業に有効であることを検証した。以上の研究成果を1996年7月のVRST'96(香港),1996年9月のVSMM(岐阜)および1996年11月電子情報通信学会「マルチメディア・仮想環境基礎研究会」(大分)にて発表した。今後は,大規模ネットワーク環境での評価および本システムの改良を行う予定である。
著者
仲澤 眞
出版者
筑波大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

プロスポーツ観戦者のセグメントマーケティング戦略の策定に有効な情報を開発するために、日本プロサッカーリーグの公式戦(平成11年、平成12年)及び第3回FIFA女子ワールドカップ大会(平成11年)の観戦者を対象とした社会調査を実施した。観戦者のセグメントファクターとして、ジェンダー、観戦動機、観戦歴、観戦頻度、組織化の有無、競技会場の立地、競技会場の収容規模などの有効性が示唆された。各々のファクターについて、マーケティングレコメンデーションを含め、論文化を進めた。一方、それらレコメンデーションのフィジビリティースタディーとして、2つのプロサッカークラブのマーケティング担当者と共同で、いくつかの試験的な事業を行った(平成12年)。日本プロサッカーリーグの観戦者調査からは、Vicarious Achievement、Drama、Community Attachement、Player Interest、Team Interestの観戦行動に関係の深い6つの社会心理的特性が抽出された。それら社会心理的特性と観戦行動の関係についての分析は、北米スポーツマネジメント学会で報告した(平成11年)。国内では、日本体育学会及び日本スポーツ産業学会において、社会心理的特性と観戦者特性との関係について報告した(平成11年)。第3回FIFA女子ワールドカップ大会のデータからは、女性アスリートの観戦者の社会心理特性について、北米スポーツマネジメント学会で報告した(平成12年)。
著者
智原 江美
出版者
奈良佐保女学院短期大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

1853年に中産階級を対象にイギリスで出版された『Field』誌には、ローンテニスが考案された1847年から初期のゲーム形態が整ったと思われる1883年の10年間に、358のローンテニス関連記事が見られた。特に最初の6年間は多くの読者からのさまざまな投稿記事が見られ、その内容は、統一ルールが制定され改良されていくにつれ、次第にイギリス各地及び英領植民地等での試合日程と試合結果が殆どを占めるようになった。投稿記事の内容は、初期のころは、ウィングフィールドが考案したとされている新しいローンテニスのルール・用具に関する問い合わせ等が多く見られ、次にローンテニスは誰が最初に考案したかということをめぐっての論争が主流となる。また統一ルール制定へ向けてのさまざまな意見を述べた投稿、ルールを制定あるいは改定する過程における委員会等での討議の報告なども、制定又は改定の前後には著しく増加した。1877年には『Field』誌の編集長であるJ.H.ウォルシュが全英ローンテニス・クロッケ-協会の役員となり、第1回のウィンブルドン大会を開催する。この大会における出場者募集の案内及び大会で採用されたルール等の記事、試合結果の報告も誌面に掲載された。このように『Field』誌は、ローンテニスという新しいゲームが誕生し発展する過程において、さまざまな情報を中産階級の購読者に対して広く提供してきており、その存在は非常に大きい。考案者のウィングフィールドが『Field』誌に投稿したことから購読者にこのゲームの人気が高まり、ローンテニス愛好者は『Field』誌を講読し、また編集者もかかわって経済的な収益を見込んでのト-ナメント大会をも主催するというような図式が考えられる。このような商業資本との深い結び付きは、近代スポーツの発展における典型的な例といえよう。今回は発行部数や経営に関する記録等は入手できなかったが、上記の図式を裏づけるうえでの今後の課題としたい。
著者
小林 久高
出版者
奈良女子大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

当初より、本研究は、第1に原発問題をとらえる枠組みの構成、第2に島根原発をめぐる地域問題の分析、という2つの課題を設定していた。研究ではまず第1の課題を達成するため、(1)関連の先行業績を検討するとともに、(2)全国紙における原発関連の記事を収集し、また(3)世論関係の資料を収集することによって、原発問題をとらえる基本的な枠組みを構成した。そこで明らかになったことは、原発問題をとらえる際には、社会学の各分野のうち、社会問題論、社会運動論、生活構造論という3つの分野からのアプローチが有用であり、それらを総合した視点が必要であるということである。同時にまた意思決定の過程についての考察が重要であり、政治社会学的な観点からの接近も欠くことはできないということも明らかになった。第2の研究課題である、島根原発の研究は、これら4つの研究分野(政治社会学、社会問題論、社会運動論、生活構造論)との関連で進められていった。具体的には、政治社会学の枠組みをもとに地域政治における意思決定のありようを探るため、地方政治家や議会議事についてのデータが収集された。社会問題論との関連では反原発団体の活動を、主として地方紙を中心に検討した。原発問題をどう考えるかということにかんしては、住民全体が決して一様な意見を保持しているわけではない。商工会と漁民の見解の相違などは顕著なものであるが、そこには当事者の生活のありようが反映している。そして、生活は地域の長い歴史と関連している。したがって、原発所在地である鹿島町の歴史について考察することも重要であると判断し、資料収集を試みた。以上の基礎的な資料をもとに、今後さらに分析を進めていく予定である。
著者
長谷川 誠紀
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

家免を用いた片側肺結紮モデルの確立本実験に入る前に、適度な肺障害を起こすモデルの確立を行った。一定の肺障害を再現できるモデルを作成するため試行錯誤した結果、(1)家免の体温保持が極めて重要である。体温が35℃以下になると障害が大幅に減少する。このため、温水潅流式ブランケットを使用、直腸温を38℃に保持した。(2)肺門をクランプする器具が重要である。家免の肺血管・気管支は極めて脆弱なため、器具によってはクランプによる組織損傷で実験結果が左右される。最終的に、バクスター社製ラバークッション付きクランプ鈕子を採用した。(3)肺門遮断時間は120分が適当である。我々の使用したモデルは、左肺動静脈、気管支の遮断にて温阻血を加えるものであるが、この温阻血時間で障害の程度を調節できる。温阻血時間を90分とすると、再潅流120分後の純酸素呼吸による動脈血ガスは平均10mmHg程度となり、コントロール群の差が有意に出ない恐れがある。一方、温阻血時間を120分とすると、再潅流120分後の純酸素呼吸による動脈血ガスは平均110mmHg程度となり、ネオプテリンが有効であれば有意差を持って高い酸素化を示す可能性がある。以上のようにモデルを確定し、ネオプテリンを投与する実験を開始した。以上のように、ネオプテリンは家免肺門クランプによる温阻血障害を全く抑制しなかった。われわれはネオプテリンのラットにおける脳虚血再潅流障害抑制効果を既に証明しており、今回の結果が種差によるものか臓器の違いによるものかを明らかにする必要がある。われわれは続いて酸化型ネオプテリンを用いて実験を重ねて行く方針である。
著者
大橋 勉
出版者
北海道大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

斜視は眼位異常を主訴とする症候群であるが、小児期に出現すると両眼視機能の消失あるいは永続的な視力傷害を起こすことがある。特に先天性内斜視では、下斜筋過動や交代性上斜位の様な回旋を伴った眼球運動異常が高頻度に合併するがその原因は不明である。しかもその病態を理解する上で必須である眼球回旋運動に関する脳内の機構は全く不明のままである。我々は、内耳を破壊した猫において片側のCajal間質核にGABA agonistであるMuscimolを注入し、その活動を抑制すると注入側の眼球が持続的な内旋を、反対側の眼球が外旋を起こすことを発見し、Cajal間質核が眼球回旋運動に関与することを示した。我々は昨年度より今年度にかけてCajal間質核近傍で眼球運動に関与していると思われるニューロン群を電気生理学的手法を用いて検討し、新しいタイプの細胞であるBurster-driving neuronを報告した。on方向を下方向に持つ細胞群はCajal間質核内に、上方向はCajal間質核の外尾側にあることを見つけ、さらにそれぞれの部位にMuscimolを注入すると選択的に上あるいは下の垂直注視傷害が起きることを報告した。特に上方向Burster-driving neuronの記録された細胞数が少なかったため数頭のネコを用い実験を継続した。その際roll刺激を加えて眼球回旋を起こさせた時にCajal間質核近傍で記録された細胞群の中に回旋時の急速相に細胞発射活動を起こすことを観察した。しかしながら定量的な解析は眼球回旋運動を測定できないため不可能であった。今年度、我々は、垂直および水平眼球運動を記録するために用いていたコイルに改良を加え小型のコイルを水平垂直コイルに直交して接着し、回旋測定用コイルを作成した。コイルからの6種類の出力から回旋運動を記録するためにTweedらの計算式(Vision Res.30,97-100,1990)に従ってプログラムを作成した。水平、垂直、前後、に磁場をかけた中での、作成コイルを用いたin vitroの記録は、ほぼ安定し、回旋運動が記録されるようになった。現在、回旋記録用コイルをネコ眼球強膜に逢着し、回旋運動に関与しているCajal間質核近傍の細胞群を探索中である。
著者
松井 良明
出版者
奈良工業高等専門学校
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

近代スポーツはその大半がイギリスで礎を与えられた。だが、近代スポーツが出現する以前のイギリスには、前近代的な娯楽・スポーツが数多く存在した。たとえば、闘鶏、闘犬、熊がけ、牛がけ、牛追いといったアニマル・スポーツは、今日からすればいずれも残酷で血なまぐさい娯楽であったし、拳闘や棒試合など、人間が直接行うものでも、流血を不可避とするスポーツが少なからず存在した。本研究によってあきらかとなったのは、以下の点である。1.「ブラッディ・スポーツ(流血をともなうスポーツ)」の多くは、とくに王政復古後、ジェントルマン階層のパトロネジを得るとともに、賭を介して民衆のあいだでも大いに人気を博したこと。2.18世紀後半からは、とくに福音主義勢力とそれによる娯楽批判の高まりとともに、その残酷性に対する批判が高まり、「ブラッディ・スポーツ」がその批判対象となっていったこと。3.アニマン・スポーツについて1835年の動物愛護法が、また拳闘についてはコモン・ロ-の罪状が適用されることで、非合法と見なされたこと。4.しかし、ジェントルマンのパトロネジを得た「ブラッディ・スポーツ」は、「八百長試合」を排除し、賭けを公正に行わせるために、ルールの成文化、そして統轄団体の成立を促した。すなわち、民衆の社会規範とジェントルマンの文化が賭博や残酷性を介して、近代スポーツ成立の素地を作りだしていたのである。
著者
森川 嘉一郎
出版者
早稲田大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本年度は、前年度に都内の男子高等学校で実施した調査よりも統制された条件で、かつ男女にまたがる標本を用いることにより、個室に反映された趣味の実態や因子をより精密に測定することを目標とした。前年度の調査ならびにそれに先立つ予備調査から得られた諸々の尺度に基づき、岡山の大学(国立・共学)にて、講師の協力を得て、学生に授業の一環として調査票を宿題の形で配布・集票した。調査内容は予備調査で有効と判断された諸項目の中から本人や両親の学歴、所得階層、職域などのフェイスシートを構成する質問7項目、並びに個室の和/洋、広さ、生活時間、ポスターやヌイグルミなど装飾品の種類別数量、電話やパソコンなどそこで使用されている電化製品の品目や使用時間、来客の頻度、清掃の頻度、物品の整頓状態などの個室の様態や使用状況に関わる質問27項目を抽出した。さらに個室の写真に代わる資料として、個室に飾られているポスターに描かれた人物・キャラクターなどの固有名・国名を書かせる記述回答式の質問を2項目と、幾つかの尺度に沿って順序づけられた典型的な個室の状態の図版と自分の個室を見比べて測定させる質問を4項目加え、計40項目で質問紙を構成した。結果において特徴的だったのは、個室におけるホビーの反映とテイストの反映とで男女の平均の相対的関係が逆になっており、男性はホビーを主体として自らの趣味を部屋に反映させるのに対し、女性はむしろ、テイストを主体とする傾向にあったという点である。これは自室の中の立体的装飾品の点数にも表れており、女性の方が男性より多い平均値が出ている。またこうした装飾品や部屋に反映されたホビーのモチーフについての記述解答をみてみると、マンガ・アニメ・ゲームなどの国内産キャラクターに関連する趣味では男性の方が女性より記述数が多く出ているのに対し、海外のキャラクターやスターの記述では逆に女性の方が多い。
著者
今井 猛嘉
出版者
法政大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

1.今年度もEUに見られる刑事実体法・手続法の統合への動きをフォローし、その理論的意義を検討した。2.手続法の分野では、EU加盟国相互での手続の統一化を目指す動きが加速されており、重要な進展が見られた。具体的には、EUROJUSTが設置されるとともに、ヨーロッパ共通逮捕状の新設も合意された。後者はEU域内でのテロ対策として、特に、2001年9月11日のアメリカにおける同時多発テロを受けて議論され、提案されたものである。ヨーロッパ共通逮捕状の実施条件に関する最低限の情報は集めたので、今後は、この具体化をフォローしたい。合わせて、ヨーロッパ検察設立の動きについても、理論的な検討を開始した。3.実体法の分野でもEU統一刑法にむけた動きに進展が見られ、個別の重要な犯罪に即して統一を図っていくという現実的なアプローチが特徴的であった。2001年度に確認された、EU実体刑法に関する重要な点は、次のとおりである。(1)EUの財政的利益保護を図るため、EUに対する詐欺罪(fraud)の処罰が、各国レベルで要請されている。それを受けて、例えば、ドイツでは、刑法264条(補助金詐欺罪)が新設され、既にその運用が始まっている。(2)賄賂罪(corruption)に対する各国の政策を統一する動きも進んでいる。これは、EUがOECDの勧告を尊重する形で、EU加盟各国に相当の対処を要求しているものである。賄賂罪の実体的要件を各国で統一するには至っていないが、賄賂罪の実行に付随して犯されやすいマネー・ロンダリングの防止については、つい最近、EUが、統一的な犯罪構成要件の提示を行った。今後の動向が注目される。(3)(1)、(2)を包括する形で、統一したEU刑法典を作ろうという動きも数年前から生じており、刑法学者のグループにより、Corpus Jurisが発表されている。これは、各国の伝統的な理解を超える提案も含んでおり、注目される。例えば、その13条は、法人処罰を規定するが、ドイツでは法人は処罰されず、OwiG[一種の行政刑法]によって課徴金が科せられるに止まる。しかし多国籍企業の違法活動には各国レベル、少なくともEUレベルでは統一した処理が望ましいから、ドイツにおいても法人処罰に踏み切るべきではないかが議論されている。近時、政府の諮問機関は、法人処罰に反対する旨を表明したが、今後の政策変更もありうるようであり、引き続いた検討が必要である。(4)以上のように、EU全般にわたる実体刑法の領域では、fraud, corruption, money-launderingが主たるtopicsとなり、可能な限りで加盟各国の犯罪構成要件を統一しようとする動きが具体化していることが確認された。我国も、この三つの犯罪につき、国際標準に合致した条文を作ることが要請されているので、本研究で得た知見を立法論的提言にまとめたいと考えている。4.以上から理解されるように、EU刑事法は、この二年間でかなりの進展が見られたが、昨年の米国多発テロ後に急進展した分野も多く、今まさに、関連情報が入手可能となりつつある。そのため、研究年度中に一定の結論を見出すことは困難であった。2002年度においても、鋭意、研究を継続していく所存である。
著者
中川 諭
出版者
新潟大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

本年度は、昨年度の基礎的作業をもとにしてさらに研究を進めた。具体的には、昨年度明らかにした元代における「三国物語」の特徴をふまえた上で、特に「関雲長単刀会」と「桃園結義」の場面を取り上げて、深く考察を行った。まず正史『三国志』にも関連する記述が見られる場面として「関雲長単刀会」を取り上げ、『三国志』・『三国志平話』・「関雲長独赴単刀会」雑劇・『三国志演義』をそれぞれ比較した。その結果、『三国志』呉書「魯粛伝」などの記述が基礎となって、そこから『三国志平話』や「単刀会」雑劇に見られるような物語へと発展していったこと、そして『三国志演義』では『三国志平話』や「単刀会」雑劇に見られる「単刀会」の物語を基礎としながらも、そこに再び正史『三国志』の記述を引用していることが分かった。また『三国志演義』が成立するに当たって参照された歴史書は、従来言われてきたように『十七史詳節』などの通俗歴史書ではなく、正史『三国志』そのものであったことも指摘した。次に『三国志演義』などの三国物語の中ではフィクションとされる(すなわち『三国志』の中に直接的な記述がない)場面として、「桃園結義」の場面を取り上げて考察を行った。その結果、『三国志演義』の「桃園結義」の場面は直接『三国志平話』や「劉関張桃園三結義」雑劇をもとにして書かれたものではなく、宋元の頃に人々に知られていた「桃園結義」の伝説を基礎としながらも、作者が独自のオリジナル性を発揮しようとして書かれていることが明らかになった。また時に必要に応じて歴史書も参照していることも指摘できた。これらの成果をふまえて研究論文を執筆した。まもなく公刊される予定である。
著者
大六 一志
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

子どもがかな文字の読みを習得する過程において,拗音(小さい"ゃ""ゅ""ょ"を伴う音節)は基本音節文字よりも習得時期が遅いので,その習得のためには基本音節文字の習得以上の何らかの必要条件が存在すると考えられる。本研究ではその必要条件について,発達遅滞事例に対する実験的教育手法を用いて検討した。まず先行研究の検討により,必要条件の候補を2つ見出した。すなわち,音素を客観的にとらえ操作できるようになること,および,二文字で一音節を形成するという規則の習得である。次に,両者が実際に拗音習得の必要条件になっているかどうかを検討するために,発達遅滞事例に訓練を行った。先に音素を操作する技能を育てる訓練を行ったが,この訓練は困難で,結局被験事例は音素を操作できるようにはならなかった。続いて二文字で一音節を形成するという規則に気付かせる訓練を行ったところ,この課題ができるようになるのとほぼ時期を同じくして,拗音節も正しく音読できようになった。なお,すべての拗音節が正しく音読できる段階に至っても,音素の操作は依然困難であった。以上より,二文字で一音節を形成するという規則の習得は,拗音節が音読できるようになるための必須条件であると結論した。一方,音素操作技能は拗音節音読習得の必要条件ではないと結論した。しかしながら,両者の間に相関関係が存在することが報告されているところから,むしろ拗音節の音読の習得が音素操作技能の必要条件となっていることが示唆された。
著者
田中 ゆかり
出版者
日本大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

今年度は、これまで首都圏方言域を中心に実施してきたアクセント・イントネーション関連の「意識形」「実現形」に関するデータの整理・デジタル化を中心に行った。あわせ、多変量データの分析方法について、過去の言語を対象とした多変量データを分析/解釈した研究を対象としたメタ研究を行った。とくに、言語を対象とした多変量データに関する成果として、『日本語科学』9(国立国語研究所)に「調査者属性による偏りのない項目-『国語に関する世論調査』(H7年度調査〜H10年度調査)から-」・『日本語学』20-5「観察法・実験法と日本語研究」を公開できた。「意識形」「実現形」という考え方をデータに導入すると、従来の被調査者と被調査者の反応という2次元のデータではなく、少なくとも3次元のデータとなってしまう。言語事象を対象としたデータ分析としては、ほとんど例のない3次元(以上の)データの分析方法について。考えを深めることができた。また、刊行が遅れているが、「意識形」「実現形」にに関しては、コラムの形式ではあるが、「気づかないが、変わりやすい方言」として提案を行った(2001年12月刊行予定であった『21世紀の方言学』(国書刊行会))。この提案については、具体的なデータの収集・分析には及ばなかったが、今後の課題としたい。
著者
麻野 雅子
出版者
三重大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本研究の目的は、現代政治思想における公共性に関する理論研究を踏まえつつ、阪神・淡路大震災時のボランティア活動に関わった人びとの体験記や活動の記録文書を分析することから、現代の日本人が抱いている公共性意識を解明することである。これまで公共に資する活動を行うのは行政機構の専権事項のように考えられがちであったが、阪神・淡路大震災においては数多くのボランティアが、初期の救出作業や防災活動、安否確認にはじまり、援助物資の搬出・搬入、避難所の運営、炊き出しや水くみ、被災者の在宅支援など多種多様な公益に資する活動を行った。ボランティアは、すべての市民に対して責任をもつわけではないので、公平性に拘束されることなく臨機応変な対応で、行政ができない公共活動を行うことができた。ボランティアによる公共活動に参加したり助けられたり人びとは、行政や市場システムが提供するのとは違う公共活動があることに気付いた。ボランティアが公共サービスを提供するやり方は、一つには、自分たちのやり方で自発的に行うという「自己決定」の原理に支えられている。その一方で被災者の立場に立ち、被災の現実を他人事としてではなく自分に関わることとして受け止め、当事者として何か活動をしようという「協働」の原理によっても支えられている。こうした震災ボランティアの活躍によって、「自己決定」と「協働」の原理に基づいて運営される公益活動が広がり、市民自らが公共活動を担っていこうとする市民的公共性の意識が成立する可能性が高まったといえる。
著者
坂井 忍
出版者
北海道大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

地震時の人的被害軽減を念頭にこれまでに多くの死傷者発生予測式が提案されている。しかしその多くは過去の震害資料をマクロ的に統計処理して得られる実験式であり、建物が何戸倒れ、その結果として死傷者が何人発生したのかというレベルから議論がなかなか進展していない。その一方、近年の地震(フィリピン、イラン、エル・サルバドル)においては緊急救助活動の現場から、どういう建物がどのように倒壊し、何人閉じ込められ、どのくらいのあいだ生きながらえたのか、という資料が蓄積されつつある。これにより従来よりもやや微視的な観点から、死傷者の発生プロセスに深く立ち行って議論することが可能となってきている。本研究では、建物の倒壊から死傷者の発生にいたるプロセスを解明し、モデル化することを目標としている。本年度は、現場資料の充実をはかる一方で、昨年度提案した建物崩壊モデルをもとに負傷者の予測モデルを構築し、プロトタイプモデルとしてコンピュータ上に実現した。本年度の研究期間における成果を、以下にまとめる。資料収集:救助隊からの資料収集を継続する一方、被災現場における救助活動パターンの整理を被害資料等をもとに行った。負傷者の予測モデル:近年の被災現場からの報告書には、瓦礫の下から救出された人間の救命率を救助活動の全期間にわたって記録したものが見うけられ、研究代表者は、これらの解析から建物倒壊時において何割の人々がどの程度の怪我を負ったのかを推定する手法を提案している。本年度では、救助隊から得られた資料を中心にこの手法を適用し、組積造とRCフレーム造の2つの事例について倒壊時における負傷程度を比較検討し、建物の倒壊メカニズムの差異が負傷程度にどの程度の影響を与えるのかを探った。そして、これまでの成果を単一のモデルとしてコンピュータ上に統合した。
著者
太田 智彦
出版者
聖マリアンナ医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

我々は培養フラスコ中でconfluentになった後、増殖を停止し、栄養飢餓状態で300日以上G0期で停止し得る癌細胞を用い、細胞増殖停止に伴うレセプター型プロテイン・チロシン・キナーゼの細胞外ドメイン糖鎖の変化について研究した。ところが、免疫沈降およびwestern blottingに用いたLRPやLARなどの抗体の条件が悪く、他にも適切な抗体を入手できなかったため、目的の蛋白が検出できず、これらについての結論はみちびきだせなかった。しかしながら、この実験の経過中、同時にこの細胞の細胞周期関連蛋白の動態を調べたところ、G0期静止に必要な条件はcdc2蛋白の消失とRb蛋白の脱燐酸化のみで、cdk2,cyclin-A,cyclin-D1,およびMAP kinaseが発現していも、細胞はG0期に移行し得ることが判明した。さらに、G0期より細胞周期に入るときのこれらの蛋白の発現を詳細に調べたところ、G1/S期のいわゆるStart pointでcdc2,cdk2,cyclin-D1の発現、Rbの燐酸化が一斉に起こるが、この変化に先行してそれまで発現していたcdk2とcyclin-D1がいったん消失し、再びRbの燐酸化と時期を一致して発現していることが分かった。これらの結果については、次項の雑誌にて発表予定である。今後の研究課題としては、このG1/Sのstart pointに先行した、cdk2とcyclin-D1の発現消失と関連する細胞周期関連因子間の相互作用があるかどうかを検証することである。すなわち、p15,p16,p21,p27 などのcdk inhibitor(CKI)の発現状況、cdk kinase活性、cdk,cyclinとCKIの結合状態を解析した後,このG0/G1移行期を通過した細胞が、S期に移行せずに再びG0期に戻ることが可能かどうかを検索する予定である。
著者
久保 博子
出版者
奈良女子大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

夏期に温熱的快適となる冷房温度範囲,特にスカートを着用した女性にとって好ましい冷房温度を求め、冷房温度の基準化のための基礎データを得ることを目的とし,約30名の青年女子を被験者として夏期の温熱的快適性を測定する実験を人工気候室で行った。まず,好みの温度を選択する実験を行い,その平均値とばらつきを測定した。また,あらかじめ調節された温度を評価する実験と、好みの温度を選択する実験とでは快適性に違いがあるかどうか、同じ被験者で同時期に実験を行い検討した。さらに個人差が体格、生理的機能の違い、生活習慣等と関係あるか要因分析を行った。その結果以下の点が明らかになった。(1)30名の青年女子被験者に選択された気温は,23.5℃から30.5℃の範囲で約7℃の気温差が認められ,平均値は約27℃であった。その時の皮膚温は選択した気温と相関が認められるが,どの被験者も温冷感は「-1:やや涼しい」から「-2:涼しい」,快適感は「+2:快適」の申告で,選択した気温による差はなかった。(2)設定気温の評価実験では,気温選択実験における高温選択グループと低温選択グループで皮膚温には大差が認められなかったが,高温選択グループでは同じ温度でもより寒く感じ,28℃で最も快適と感じているが,低温選択グループでは同じ温度でもより暑く感じ,24℃付近でもっとも快適と感じている。(3)自己申告である「暑がり」「寒がり」には選択気温にも設定気温評価にもあまり差は認められなかったが,普段の生活で冷暖房機器の使用には差が認められた。(4)一定の環境評価での快適温度より快適な自由選択気温の方が個人差は大きかった。
著者
星野 智子
出版者
大阪女子短期大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本年度も平成12年度に引き続き主に神道系宗教団体の水子供養調査に力を注いだ。平成11年度までは、日本社会では仏教系の宗教団体を対象に水子供養調査を行ってきたので、比較を行うためである。調査を行った中の神道系B教会では、大祭を参与観察し、教会長や信徒にインタビューを行った。この教会では、先祖の冥福を祈る大祭のなかに水子を入れ込んでいる。水子を祀っている人は30歳代前半から70歳代後半の女性まで多様であった。教会長へのインタビューによれば、「今生きている者がすべての御霊を慰める必要があり、とくに亡くなった胎児の霊は悲しがっているので祀ることが大切だ」という。「悲しがる」という表現や信徒へのインタビューでも推察できたが、亡くなった胎児を亡くなった"人間のように"扱っていた。さらに大祭では「食べ物を供えて真心を表しているので、神様の元で安らかに眠り、ゆかりのある人を守って、幸を与えたまえ」という祝詞があげられた。これは、日本の民俗宗教の根底にある「死者の霊をきちんと供養しなければならない。祀ることによってオカゲがある」という考えに繋がるものであろう。報告者が研究の目的で提示した「日本社会では先祖供養を行うことが潜在意識として根付いている。言い換えれば民俗宗教の行為として先祖供養が定着しており、それが現代において水子供養にまで拡大した。」という仮説を裏付けるものである。最終的には、複数の神道系宗教団体などを調査して、胎児の葬送についての考えを仏教系団体と比較し、水子供養について社会学的に考察したい。なお、水子供養というテーマの質から参与観察やインフォーマントへの聞き取りについても慎重に行う必要があり、このことから調査の方法についてもあらためて研究した。報告者は本年度に収集したデータを整理し、水子供養と民俗宗教との関連、質的調査法について論文を執筆し、学術雑誌あるいは図書に掲載する予定である。
著者
市澤 哲
出版者
神戸大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本年度は尊氏・義詮期の公武関係を中心に研究を行った。従来当該テーマの研究は、公武の訴訟管轄、意思伝達システムなどの制度史的考察が中心であった。近年、公家家督の認定者が義詮期に室町殿に移行することが指摘されているが、治天の君の権限が室町殿に吸収されていくという従来の図式をでるものではない。そこで本研究では公家社会の根幹にかかわる公家所領の没収・安堵、儀式の運営への公武のかかわり方を検証し、公武関係の枠組みを仮説的に示すことをめざした。1. 公家所領の没収・安堵については、観応擾乱にともなう、不参公家の処分、回復の過程に注目した。まず南朝側の北朝貴族に対する厳しい処遇などの影響で、北朝貴族が北朝の治天の君を絶対視しなくなる傾向が見られること、かかる事態に対し、室町殿は旗幟不鮮明な北朝貴族の処分を実行したことを明らかにした。さらに室町殿による処分は、北朝の治天の君に諮られ、没収所領の返付については輪旨が発給されていることを指摘し、室町殿の行動は北朝の治天の君からの権限吸収ではなく、むしろその権威の維持をめざす行動と評価すべきであるとの仮説を示した。2. 公家儀式の研究では、『太平記』末尾部に天皇の朝儀復興の意志と武家の支持によって開催されたと位置づけられている貞治6年中殿御会に注目し、天皇の楽器演奏、実際の開催過程の検討という二点から検討を加えた。その結果、御会が天皇が公式行事で笙を吹く最初の機会であり、朝儀の復活と同時に新しい朝儀の始まりをも意味した重要なイベントであったこと、さらに他の記録史料から御会は発案の段階から室町殿の意志が強くはたらいたことがよみとれた。以上の結果、室町殿は北朝の権威を確立し、その権威を独占することを基本的な方針としていたという、1の仮説を補強する見通しを得た。
著者
八木 玲子 大橋 力 河合 徳枝
出版者
(財)国際科学振興財団
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

貴重なアンティーク・オルゴールを多数,所蔵している那須オルゴール美術館の全面的な協力をえて,代表的なアンティーク・オルゴール音の超広帯域デジタル録音をおこなった.録音した音資料について,高速フーリエ解析(FFT)をおこなって周波数パワースペクトルを検討した.その結果,人間の可聴域上限(20kHz)を大幅にうわまわり100kHzにおよぶ豊富な高周波成分が含まれていることを見いだした.オルゴールの構造,材質などによって,その周波数パワースペクトル分布にちがいがあることも明らかになった.また,それらの高周波成分は非定常性のたかいゆらぎ構造を有している可能性があることが見いだされた.つぎに,代表的な古楽器のひとつであるチェンバロと,リュート属の7種類の楽器(ルネサンス・リュート,テオルボ,キタロ-ネ,ルネサンス・ギタ-,バロック・ギタ-,オルファリオン,ビヒュエラ)の超広帯域高精度録音物を入手し,その物理構造を高速フーリエ解析によって分析した.その結果,チェンバロには70kHzを上回る高周波成分が含まれていることが見いだされた.これは,ピアノ音の周波数が10kHzをこえることが希であることと比べると,顕著な違いといえる.リュート属の楽器にはいずれも40kHzをこえる高周波成分が含まれていることがわかった.なかでも,反響音が豊かなバロック・ギタ-,金属弦を用いたオルファリオンに豊富な高周波成分が含まれていることが見いだされた.