著者
花井 一夫
出版者
名古屋大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

1.黄体化ホルモン(LH)に対するモノクローナル抗体(Spac LH RIA kit)を用いた免疫学的測定法にて、血清LHが測定不能であった5例の患者より採血し、リンパ球を分離後、ゲノムDNAを抽出した。polymerase chain reaction(PCR)法で、このゲノムDNAよりLHbeta鎖DNAの各エクソンを増幅した。アガロース電気泳動法により増幅された各エクソンの大きさを正常LH遺伝子と比較したが、明かな遺伝子の欠損は認められなかった。2.TA-cloning kitを用い、増幅されたLH-beta鎖のDNAをクローニングした。各クローンDNAに塩基配列をシークエンシングしたところ、トリプシン^8(TGG)がアルギニン(CGG)に、またイソロイシン^<15>(ATC)がセレオニン(ACC)に変異していることが明かとなった。3.これらの変異により、制限酵素の切断部位が変化することが明かとなったので、患者家族のゲノムDNAも同様に処理し、restriction-fragment-length polymorphism法により遺伝子異常の有無を調査した。その結果、患者家族内にheterozygoteの存在が明かとなり、遺伝的経路も解明された。さらに、免疫学的測定法により、heterozygoteはその血清LHの測定値が正常者の約半分であることが観察された。4.この変異LHの生物学的活性を、マウス精巣細胞を用いたin vitroにおけるテストステロン産生能により測定したが、正常LHとの間に差異は認められなかった。
著者
藤澤 敦
出版者
東北大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

日本の律令国家とは相対的に独自の文化を維持した、古代の東北北部と北海道の社会を究明する-手法として、武器と馬具を対象に、その生産と流通という観点から検討した。なかでも出土例が多い、武器では刀類と鉄鏃、馬具では轡を主要な検討対象として検討した。金属製品の検討にあたっては、残存有機質部分を含めた詳細な実物観察が必要であり、昨年度に引き続き、北海道を中心に資料調査を行った。北海道のオホーツク海沿岸地域の、オホーツク文化に伴う蕨手刀には、鍔の平面形が隅丸長方形を呈するもので占められていることが判明した。このような鍔の形態は、他に例のないものであり、日本列島の他の地域から出土した蕨手刀とは、異なった系譜を引くものである可能性も考えられる。今後、大陸の刀剣類の諸例を含めた、広範囲での比較検討が必要である。馬具では、北海道出土の例が、一部の部材だけが取り外された形で出土しており、馬具本来の用途を失っている。装飾品などに転用された結果と考えられた。この点で、東北北部と北海道では、古代における馬具の受容、馬利用のあり方に相違が認められる。これらの2ケ年間の検討を通じて、東北北部と、オホーツク文化以外の北海道出土の古代武器・馬具は、基本的に律令国家のもとで製作されたものが移入されたものと考えられた。特に、律令国家における北方との窓口となった、陸奥国の領域内で製作されたものが、多数を占めると予測された。ただし、オホーツク文化では、他地域とは異なるルートで、武器類を移入していたことが推定できる。
著者
前田 陽一郎
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

向精神薬誘発性と考えられる鼻閉について(目的)日常診療において、鼻閉を愁訴として来院する患者さんの中に向精神薬を長期にわたり使用し、鼻閉コントロールが困難となる症例に対し、多面的な検討を行った。(方法)向精神薬を長期にわたって使用している症例につき、その前鼻鏡所見、5000倍ノルアドレナリン経鼻投与前後における鼻腔通気性の変化、CT所見、採取した鼻粘膜の病理所見およびその粘膜収縮力の評価を行った。なお、鼻腔通気性の変化はacoustic rhinometryにより測定し、粘膜収縮力の評価はin vitro bioassay法を使用し、肥厚性鼻炎症例の鼻粘膜(通常のヒト鼻粘膜)と比較した。(結果)前鼻鏡では著しい粘膜肥厚を認めた。ノルアドレナリン投与前および5分後のacoustic rhinometry所見では、C-notchの断面積や鼻腔容積に影響をほとんど与えなかった。また、CT所見では著しい下鼻甲介の腫脹を認めた。採取した鼻粘膜の病理所見では腺組織周囲に細胞浸潤を認め、粘膜固有層は著しく増生した線維化組織および浮腫を認めた。粘膜収縮力は手術的に切除された標本にノルアドレナリンを投与してそのdose-response curveを比較検討したが、向精神薬使用症例は肥厚性鼻炎症例に比較して収縮閾値の上昇と最大収縮力が低下していた。(考察)クロルプロマジンを代表とするフェノチアジン系抗精神薬は強いα1受容体遮断作用を有しており、この薬理作用がヒト鼻粘膜の収縮作用低下をおこす引き金になったと推察される。また、鼻粘膜に線維化を引き起こした症例などでは通常の鼻粘膜浮腫を改善する薬剤の効果は期待できないため、手術治療のよい適応になると考えた。
著者
塚田 三香子
出版者
秋田大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

我々は長期間食餌を制限したマウスにおいては、体温の日周変動が見られるようになり、夜間から明け方にかけて体温が37℃から室温(23℃)付近にまで下降し、次の夕方までに再び37℃付近に上昇するという、いわゆる日周性仮性冬眠(daily forpor)状態にあることを見出した。これは十分にカロリーを与えられているマウスには決して見られない事象であり、エネルギー制限という環境下で自発的に獲得された適応形質であると考えられる。この適応形態を考える上で、初めに注目されるのは、低体温における膜電位の脱分極化による細胞内へのCa^<2+>流入の毒性制御の問題である。この機序を考える一端として我々はエネルギー制限マウスと非制限マウスにおける数種の臓器中におけるCa^<2+>-ATPaseの活性を測定し、次の知見を得た。実験にはコントロールマウスとして95kcal/週、エネルギー制限マウスとして48kcal/週の食餌を与えているマウスを用いた。脳・唾液腺でのCa^<2+>-ATPase活性はコントロールマウスに比し有意に低い。一方、肝臓、脾臓、腎臓におけるCa^<2+>-ATPase活性はコントロールマウス、エネルギー制限マウス間で有意差はなかった。このことから低体温下での細胞内Ca^<2+>濃度ホスメスタシス維持のために、Ca^<2+>-ATPase活性の上昇という機序は採用されていないということが明らかにされ、Ca^<2+>の膜透過性の変化、細胞内器官へのCa^<2+>蓄積の変化に今後、着目すべきことが示唆された。
著者
湧川 基史
出版者
帝京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

近年,いくつかのケモカインレセプターがTh1,Th2の指標になることが明らかとなり,アトピー性皮膚炎(AD)の病態にも密接に関わっていると考えられるが,ADにおいての発現と病態との関係については不明であった.筆者らは,AD末梢血CD4T細胞上におけるこれらのケモカインレセプターの発現がTh1,Th2を反映するのか,さらにADの病態,重症度や検査値異常を反映しうるか,また,ADの活性化の指標とされるCD25や皮膚へのhoming moleculeであるcutaneous lymphocyte associated antigen(CLA)などを発現しうるか否かを検討した.さらに,病変部浸潤細胞におけるこれらレセプターの発現についても検討した.結果1.CCR4陽性細胞は,ほとんどがIL-4のみ産生するいわゆるTh2細胞と,IL-4,IFN-γの両者を産生するTh0細胞である一方,IFN-γのみ産生するTh1細胞は1%以下であり,Th2優位のサイトカイン産生パターンを示した.CXCR3産生細胞は,Th1細胞が約7割を占め,逆にTh2細胞は1%以下であった.つまり,CCR4の発現はTh2細胞の数を反映し,CXCR3の発現はTh1細胞の数をほぼ反映していた.2.CD4T細胞中のCCR4の発現率はAD群は20%を超え,健常人群の約4倍と高値を示した.CXCR3の発現率は健常人群とAD群で差はなかった.3.CCR4発現率は重症群で特に高く,重症群と中等症群において,健常人群よりも有意に高い発現率を示した.CXCR3陽性率は各群とも健常人群との相関が得られなかった.CCR4陽性率は末梢好酸球数と相関する傾向を示した.血清IgE値はCXCR3陽性率と有意な逆相関を認めたが,CCR4陽性率とは相関しなかった.4.CCR4陽性率は治療により低下する傾向を認め,CXCR3陽性率は逆にやや上昇を示した.5.CCR4陽性CD4細胞は,CCR4陰性細胞に比べ,有意にCD25,CLAの発現率が高かった.6.急性病変部の真皮血管周囲のCD4T細胞の多くがCCR4を同時に発現していた.AD患者末梢血中ではCCR4陽性細胞が増加し,ADの病態に関与していることが示された.CD4T細胞におけるCCR4,CXCR3発現はTh1,Th2バランスの指標になり,ADの重症度の指標にもなりうることが示唆された.
著者
秋 利彦
出版者
山口大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

心筋虚血による細胞傷害・細胞死のメカニズムの解明を目的として、特に解糖系(グルコース代謝)の細胞死への関与を中心に研究を行った。ラット心筋由来細胞株H9c2細胞を用い虚血のモデルとして低酸素ストレスを細胞に負荷したところグルコース存在下の低酸素においては、代謝性アシドーシスに起因するネクローシスが起こり、またグルコース代謝を促進する作用を持つphosphatidylinositol 3-kinase(PI 3-kinase)がネクローシスを促進することを見いだした。この研究は強力な生存促進因子と言われているPI 3-kinaseが条件によっては細胞死を促進することもあるということを初めて示したものである。又、アシドーシスがNa^+/H^+交換体,Na^+/Ca^<2+>交換体を通じたCa^<2+>流入を介してCa^<2+>依存性プロテアーゼであるカルパイン活性化を引き起こし、細胞膜の障害を起こすことも明らかにした。アシドーシス及びCa^<2+>流入はまた、H^+ATPase、Ca^<2+>ATPaseによるATP消費を促しATP depletionによるネクローシスを助長していることもわかった。更に、グルコース非存在下の低酸素ではアポトーシスになることがわかった。次に解糖系酵素グリセルアルデヒド3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の低酸素ストレスにおける動態を調べたところ発現が上昇していることがわかった。グルコース存在下の低酸素による細胞死におけるGAPDHの発現亢進は、従来いわれていたGAPDHのアポトーシス促進因子としての役割を反映しているというより、低酸素下の解糖系の亢進を反映しているものであると思われる。
著者
清水 則夫
出版者
山口大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

バ-キットリンバ腫由来Akata細胞は、細胞表面に発現する抗体を抗Ig抗体でクロスリンクする(抗体処理)と潜伏EBウイルスの活性化が起き、ウイルス産生が誘導される。この抗体処理によるシグナル伝達の遮断に働いているEBV抗原の同定をするために、亜鉛イオンにより発現誘導可能なメタロチオネインプロモーターの下流へ、潜伏感染状態で発現する9種類のウイルス抗原の遺伝子をそれぞれ挿入した発現プラスミドを作成した。得られたそれぞれのプラスミドと薬剤抵抗性プラスミドをAkata細胞へ同時に導入し、薬剤選択により両方のプラスミドDNAを保持するクローンを選択した。さらに得られたクローンから、亜鉛処理によりウイルス抗原の発現誘導が起こる細胞クローンを蛍光抗体法により選択した。得られた細胞クローンを12時間亜鉛処理してウイルス抗原の発現を誘導し、亜鉛を除いた後、抗Ig抗体を加えてさらに12時間培養し、どのウイルス抗原誘導でウイルス産生が起こらなくなるのかを蛍光抗体法で調べた。その結果、LMP1を発現している細胞クローンでは、潜伏感染しているEBウイルスの活性化が抑制されることが明らかとなった。この結果は、従来から我々が得ていた結果と矛盾しない。しかし、用いた細胞クローンでは、亜鉛処理によりLMP1の発現は、通常のEBウイルス陽性細胞で発現する量より数倍程度多く発現していた。LMP1は大量に発現すると細胞毒性があることが知られているため、得られた結果がLMP1による細胞毒性を反映していることを否定できない。現在、LMP1の発現量を通常のEBウイルス陽性細胞と同等なレベルにまで落とすための亜鉛処理の条件を検討中である。
著者
近藤 滋
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

免疫グロブリン遺伝子のスイッチ組み換えを制御する分子機構を解明するため、我々の研究室で樹立した高頻度SS組み換えB細胞株(CH12. F3)を用い、まず組み換えに必要な遺伝子配列の詳細な同定を進めている。当初はV領域とCm, Ca領域の全体を細胞に導入して解析を行っていたが、それだと導入するDNAが長すぎ、DNAの制作、細胞への導入に時間がかかることがわかったため、特に重要と考えられる部分だけをつないだミニコンストラクトを使うやり方に変更し、現在種々の変異ミニコンストラクトを制作中である。それと平行して、変異を導入すべき配列の目星をつけるためS配列の上流で、SS組み替えが誘導されたときにどのような変化が起きるかを詳細に解析し、ふたつの重要な発見をした。(International Immunology, 1996, vol8に掲載)種々の実験系でgermline transcriptの量と組み替えの率の間に相関関係が認められており、germline transcriptの重要性が指摘されている。しかし我々の系では、IL-4はgermline transcriptを減らすのに、組み替えは誘導することがわかった。この発見は、germline transcriptの役割を考える上で今後重要な要素になると考えられる。第2は、リガンドの刺激により、I領域に一過性にメチレーションが入ることの発見である。CH12F3のIa領域は、刺激以前より脱メチル化されており、このことが組み替え先がIgAに定まっている理由と考えられる。しかし、組み替えを誘導する刺激により、一過性にメチレーションが入るという事実は報告された例がなく、きわめて興味深い。おそらく組み替えの分子機構に直接に関係した現象と考え、現在解析を進めている。
著者
細田 耕
出版者
大阪大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

1.提案する適応型視覚サーボ系の安定性に関する考察をし,その証明をした.2.提案するビジュアルサーボ系の有効性を検証する実験を行った.産業用ロボットアーム(川崎重工業,Js-5)とカメラ(エルモ,UN401)を用いてロボット・カメラシステムを構成し.制御装置としてVMEラックにVxWorksのシステムを構成,高速相関演算装置(トラッキングビジョン,富士通)を用いて,画像特徴量の追跡を行った.3.トラッキングビジョンを用いるための,特徴量の選択について考察し,障害物による隠蔽や,画像ノイズの影響に頑健な方法を提案した.4.提案するビジュアルサーボ系を用いて,未知環境内で障害物を回避する目標値の生成法を考案した.(1)環境やロボットアーム自身の運動学的構成やパラメータを用いず,環境の3次元情報をカメラシステムから再構成することなく,目標値を生成するために,2つのカメラの画像間に存在するエピポーラ拘束を推定した.(2)推定されたエポピ-ラ拘束を用いて,画像内で障害物が背景から分離できるという制限のもとで,ロボットアーム先端の画像内での軌跡を生成する手法を提案した.5.提案した目標値の生成方法を適応型視覚サーボ系に適用することによって,ロボットシステムと環境に関する知識がほとんどない場合にも,障害物回避軌道を生成することができ,また,実際に障害物に回避できることを構成した実験システムにより検証した.
著者
中島 尚樹
出版者
調布学園女子短期大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

本研究(今年度実施分)では、英語における受動文の意味的条件となる概念の明確化、および、日本語の「テアル」の構文において「受動化」という性質がどのように導入されたか、という点を検討した。前者に関しては、これまでの研究から「影響性(Affectedness)」と「主語の特徴づけ」という概念を取り上げて検討した。まず、これらの概念が「状態/非状態」、stage/individualという概念、また、意味役割とどのような関係にあるかを調べた。一般に「主語の特徴づけ」という性質を持つ状態動詞の受動文は、受動化で移動する要素がその動詞の項でなくてもよいが、影響性に従う受動文のタイプにも、小節をとる知覚動詞の受動化の例など、その動詞の項でないものがあることが分かった。これらの意味概念を明確にするには、その概念が統語的にどの項との意味合成から得られるかということを明示することが有益であると思われる。この点をTenny(1987,1982)の「限定性(delimitedness)」stage/individualという概念を取り上げて検討した。また、これらの意味的条件の適用範囲を調べるために、統語的、意味的性質による受動文タイプの細分化を行なった。後者に関しては、受動化の性質を持つ補助動詞「テアル」をserial verb constructionとして分析し、本動詞「アル」の等位構造から補助動詞の「テアル」が生まれたという分析を動的文法理論の枠組みで検討した。この分析は、補助動詞「テモラウ」などにも一般に拡張して適用することが出来ると考えられ、今後この可能性も検討する必要がある。
著者
神子 直之
出版者
茨城大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

水環境中の微生物が太陽光の紫外線によりどの程度影響を受けるかを、生残数とその変化速度によって定量的に評価することを目的として検討を行った。微生物の代表として大腸菌群を用い、また、光源として低圧紫外線ランプ、蛍光灯、そして太陽光を用いて様々な照射を行った。結果から数式モデルを導き、様々な照射条件における大腸菌群数の濃度変化の予測式を構築した。まず、低圧紫外線ランプによって発せられる紫外線によって不活化された大腸菌群の、蛍光灯の可視光による光回復の速度を調べ、その反応速度が従来言われていた1ヒット性1標的のモデルよりも、損傷の蓄積を前提とした多ヒット性1標的のモデルによってよりよく説明できることを示した。また、太陽光に大腸菌群を直接照射したときに不活化が進行することを実験的に確かめ、その不活化が紫外線による不活化と比べてゆるやかであり、核酸への直接的な作用以外の水中ラジカル等によるものであることを示した。また、下水処理水に対して紫外線消毒を行った場合に水環境中でどの程度光回復をするのか、大腸菌群に太陽光を照射する実験を行い、その濃度変化の速度が光回復と太陽光による不活化の積になることを示した。その結果を数式化して計算した結果、放流先の水環境の水深が大きくなるほど有害紫外線よりも光回復光が卓越し、濃度の増大が大きくなることを示した。オゾン層破壊による近紫外光の増大の影響は、現在の太陽光成分の有害性が不明確であるためはっきりとした結論を得るには至らなかったが、紫外線消毒後の放流水における光回復は照射強度に応じて増大し、現在よりも光回復量が多くなることが示唆され、衛生状態が悪化する可能性が高くなると考えられる。
著者
安冨 歩
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

20世紀前半の満洲(中国東北地方)の歴史には二つの大きな特徴がある.まず第一はその急激な経済発展である.清末におけるこの地域は,長い封禁政策の影響により明らかに辺境性を色濃く残した「後進」地域であった.しかるに辛亥革命以降,満洲は急速な「近代化」に成功し,他の地方とは比較にならない重化学工業地帯がこの地域に出現する.第二の特徴は,この地域が東北軍という中国国内で最も強力な軍隊を有していたにもかかわらず,満洲事変における関東軍の軍事行動に対して脆弱であり,その後の反満抗日運動も,華北等に比して短期間で勢力が衰えたことである.この二つの特徴がなぜ満洲に見られたのかという問題に対し,本研究により一つの回答を提案することができた.まず,満洲における定期市の分布を調査し,中国本土に広く見られる定期市の稠密な分布が満洲には見られないことを示した.満洲における商品流通は定期市ではなく,県城を中心として展開されていたのである.このようなシステムが形成された理由は,(1)モンゴルからの安定した家畜の供給と朝鮮国境からの広葉樹材木の供給に支えられた荷馬車の広汎な使用,(2)冬季の道路面・河川の凍結による荷馬車輸送コストの低下,(3)鉄道の敷設率が高く,華北からの移民が鉄道周辺から開拓を進めていたこと,に求められる.農民が荷馬車を使用することで長距離移動が可能となり,県城商人との直接の売買が主流となった.この接触と鉄直輸送を結合することで,大豆モノカルチュアとも言うべき輸出指向農業が展開し,農民はより強く県城商人に依存するようになった.この県城商人と農民の直接の接触により,県城が農村を掌握する政治力が強く,県を単位とする政治的な凝集性が満洲にあったと予想される.この凝集性こそが張政権の基盤であり,圧倒的な軍事力で華北を支配する原動力となった.逆に満洲事変の際には関東軍に県城を占領されることで県全体が掌握されるという事態をもたらし,県城を占領されても根拠地を維持しえた華北と対照的な結果となったのである.研究成果は「満洲における農村市場」(『アジア経済』投稿中)および「満洲事変と県流通券」(福井千衣と共著:投稿準備中)として纏めた.
著者
安冨 歩
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

1)基礎資料の収集と整理日本銀行金融関係資料・満洲重工業開発社報・満洲中央銀行営業報告書・満洲興業銀行営業報告書財務諸表のコピー作成と収集を行った。2)「満洲国」関係者への聞き取り調査元満洲中央銀行職員への聞き取り調査を行った。特に永島勝介氏より貴重な情報と資料の提供を受けることができた。3)経済データの整備本研究で収集した資料を解析し、金融機関・主要企業の財務データや経済活動に関する数値を抽出した。これにこれまでの研究で既に整理していたデータを統合し、コンピュータに入力した。満洲国経済史を研究する上で基礎となすデータベースの構築ができたものと考える。4)戦時インフレーションの解明上記データと資料の解析により、全く明らかとなっていなかった満洲国の農業金融の研究を行い、戦時インフレーションと農業金融との深い関連を明らかにした。既に行っていた鉱工業方面の研究と接合することで、戦時インフレ下の満洲国の実態の再構成に一応成功したものと考える。
著者
安江 健
出版者
茨城大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

前年度の研究では、羊に山羊を新たに加えた場合、1放牧期間程度の期間では、両者は1つの群を形成するには至らず、明確なLeader-Follower関係も成立しなかった。そこで本研究では、混群期間の違いが羊・山羊群の放牧行動に及ぼす影響を明確にするため、混群として管理された期間が1年以上の羊・山羊群(長期群)と、混群として管理された期間が3ヶ月以下の羊・山羊群(短期群)を同一の野草地で観察し、両群における羊-山羊間の社会行動や移動順序を比較検討した。得られた結果は次の通りである。(1)羊間、山羊間の個体間距離の平均値はそれぞれ4〜8m、8〜10m、13〜17mと、両群とも全観察を通してほぼ一定で推移し、いずれの群および観察日においても種間の個体間距離は種内のそれより有意(P<0.01)に大きかった。(2)羊-山羊間の敵対行動は、長期群ではいずれの観察日も60回程度で一定し、威嚇、回避などの非物理的敵対行動が常に50%以上を占めていたのに対して、短期群では観察の進行に伴って頭突きや押し退けなどの物理的敵対行動が増加し、敵対行動の総数は35回から119回に急増した。(3)羊-山羊間の敵対行動以外の社会行動では、子供が仕掛ける遊戯行動および親和行動と考えられる行動が両群において観察されたが、いずれも長期群が短期群に比べて多い傾向にあった。長期群では探査行動、乗駕および角かじりも観察された。(4)強制的移動時における移動順序は、長期群では試験期間を通して山羊が先頭であり、群全体での反復性も高かったのに対して、短期群では山羊の移動順序が安定せず、群全体での反復性も低かった。(5)以上の様な結果から、1年以上混群として管理されている羊・山羊群では、混群期間の短い群に比べ、より社会的に安定した群が形成されているものと考えられた。また、この様に社会的に安定した群では、山羊のLeader-羊のFollower関係が確立され得る可能性が示唆された。
著者
國府 寛司
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

本研究では3次元ベクトル場におけるホモクリニック軌道の分岐によるカオスの出現の検証について以下のような成果を得た。(1)余次元2のホモクリニック軌道からのカオスの発生の数学的証明:inclination-flip型ホモクリニック軌道については[Homburg-Kokubu-Krupa]の論文で解決され、orbit-flip型ホモクリニック軌道については現在準備中の論文で解決された。これらは共に余次元2のホモクリニック軌道に沿ったポアンカレ写像を構成し、それがSmaleの馬蹄型写像を含むことを示すことによって証明された。またこの結果の副産物として、ある種のベクトル場の退化特異点の開折に幾何的Lorenzアトラクタが存在することがinclination-flip型ホモクリニック軌道の解析によって証明できた。これは論文[Dumortier-Kokubu-Oka]にまとめられた。(2)ホモクリニック軌道の分岐の計算機を用いた研究:小室、岡との共同研究で区分線型ベクトル場におけるorbit-flip型ホモクリニック軌道の大域的な分岐を計算機を用いて精密に解析した。これによりある条件の下ではorbit-flip型ホモクリニック軌道からは従来の研究によって知られていたものよりもはるかに複雑な分岐が見られることが示された。この結果は現在準備中の論文に発表される予定である。一方、3次元で余次元3の退化特異点の標準形を与える常微分方程式の族における分岐の解析も行った。特にAUTOと呼ばれる分岐解析のために開発されたプログラムを用いて、ホモクリニック軌道の存在する分岐曲線を2次元パラメータ平面内で追跡し、その大域的構造についての興味深い現象を発見した。これは今後の研究の重要な課題となるであろう。この研究は西山、岡との共同研究で現在論文を準備中である。
著者
伊藤 正裕
出版者
香川医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

発育期にある各週令マウスの精巣マクロファージの分布をマウス抗マクロファージ抗体を用いて免疫組織学的に検索すると、新生マウスの精巣で既にマクロファージはその間質に認められるものの、その数は少なく直精細管周囲に集中する局在は認められなかった。このマクロファージの直精細管を取り巻く局在性は3週令マウス精巣より観察された。これは自己免疫源性抗原を持つ精子細胞の出現時期とほぼ一致していた。しかしここを中心に始まる自己免疫性精巣炎におけるリンパ球浸潤は6週令マウスからは認められたものの、それより若いマウスでは認めることはできなかった。抗精巣細胞抗体とその細胞に対する遅延型過敏反応は3週令から5週令までは成獣マウスのそれと比べて有意に低いことがわかった。これは精巣内マクロファージ集中の局在性が3週令から認められるものの、精巣を取り巻く免疫環境により、リンパ球が浸潤しにくいことを示唆している。成獣マウスの精巣炎における内分泌反応の変化は、血清テストステロンは明らかな減少を示さず中には正常よりも高値を示すものも認められた。血清LHも有意な変化を示さなかったが、血清FSHはどのマウスも高値を示した。これは精細管上皮は障害を受けるもののリンパ球浸潤の最も厳しい間質においLEYDIG細胞及びそのテストステロン分泌能は比較的保たれていることが考えられた。過去の研究でマクロファージとLEYDIG細胞のCELL-CELL INTERACTIONがテストステロンの分泌に重要であると報告が多い。実際に様々なサイトカインを分泌するリンパ球が浸潤し精巣マクロファージにも何らかの機能変化があったと推察され、これが一部のマウスにおいてLEYDIG細胞を刺激して高テストステロン状態を誘導したことも考えられる。
著者
中島 俊樹
出版者
大阪大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

1990年頃京都大学数理解析研究所の柏原氏により発見された結晶基底の理論と、1991年にロシアの数理物理学者フレンケルとレシェティヒンにより発見されたq-頂点作用素の理論は量子群、格子模型、共形場理論などに特に大きな影響を及ぼした。申請者は、結晶基底を記述するために柏原氏により導入された柏原代数に対しq-頂点作用素の類似物を定義しその2点関数が、いわゆる量子R行列と一致することを示した。申請者の目的としては、2点関数のみならず、Nが2より大きい場合にN点関数の具体的な記述を与えるということがあった。申請者は、まず、柏原代数に対するq-頂点作用素の双対的な描写として現れる、変形された量子群の結晶基底の構造をリー環sl_2の場合に明らかにした。そこでは、変形された量子群の結晶基底が、道空間表示としうものを用いて、最も単純な2次元アファイン結晶のテンソル積のアファイン化の無限直和の形で表されることを示した。これは、フレンケルとレシェティヒンのq-頂点作用素の理論を用いて、京都大学の神保氏らによって解析されたXXZ模型の場合の結晶基底による描写のある種の極限に相当することが分かった。これらをもとにして、N点関数の具体的な記述に対しては、R行列の積に関係したものであるという予想が立つが、これは今後の大きな課題である。R行列の解析は、現在なお世界中の多くの研究者達が追求する大きなテーマであり、量子R行列が柏原代数に付随したq-頂点作用素と深い関係をもつということは、量子R行列に新しい解釈を与えたと言え、他のR行列の解析に役立つものと期待できる。
著者
寺沢 なお子 村田 容常 本間 清一
出版者
お茶の水女子大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

土壌中よりメラノイジン脱色能を有する放線菌Streptomyces werraensis TT 14を、また開封したインスタントコーヒー中よりコーヒーを脱色する糸状菌Paecilomyces canadensis NC-1を得た。これらの微生物と、高いメラノイジン脱色活性を有する担子菌Coriolus versicolor IFO 30340の3株を用い、褐色色素の脱色率を調べた。その結果、モデル褐色色素においてはS.werraensis TT 14はXylとGly、またGlcとLysより調整したメラノイジンをよく脱色した。またフェノールの重合色素は脱色せず、逆に着色した。C.versicolor IFO 30340はすべてのモデルメラノイジンをよく脱色したが、フェノール系の色素は脱色せず、着色した。P.canadensis NC-1はXylとGly、GlcとTrpから調整したメラノイジンを50%以上脱色し、またフェノール系の色素も脱色した。各種食品の褐色色素の脱色率をみると、S.werraensis TT 14は市販のカラメルA、コーラ、ココアを、C.versicolor IFO 30340は糖蜜、醤油、味噌、カラメルA、黒ビール、麦茶、ウスターソースA,B,C、ココア、チョコレートなど、アミノカルボニル反応が主体と考えられる食品を50%以上脱色した。一方P.canadensis NC-1は、インスタントコーヒー、紅茶、ウスターソースC、ココア、チョコレートなど、フェノールの重合反応が関わっていると考えられる食品も50%以上脱色した。これはモデル褐色色素の脱色の結果とよく一致している。このことより、カラメルAはGlyやLysが着色促進剤として加えられ、Xyl-Gly、Glc-Lysメラノイジンのような反応が起こっているのではないか、またコーラにはカラメルAのようなカラメルが添加されているのではないか、ウスターソースCはウスターソースAやBよりもフェノールの関与が強そうであるなど、これらの微生物を用いることにより、食品の褐色色素の識別が可能であることが示唆された。