著者
梶田 展人
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2018-04-25

中国の東シナ海大陸棚に存在する陸源砕屑物堆積帯(Inner shelf mud belt)から採取された堆積物コア(MD06-3040)のアルケノン古水温分析(Uk37’)を行い、完新世の表層水温(SST)変動を高時間解像度で明らかにした。コア採取地は沿岸の浅海であるため、SSTは気温(AT)と良い相関がある。よって、Uk37’-SSTの復元記録から揚子江デルタのATを定量的に推定することができた。Uk37’-SSTのデータに基づくと、Little Ice Age (約0.1-0.3 cal. kyr BPの寒冷期)など全球的な気候変動と整合的な温度変化が復元されたことから、この指標の信頼性は高いと言える。約4.4-3.8 cal. kyr BPには、複数回かつ急激な寒冷化 (3-4℃の水温低下、3-5℃の気温低下に相当) が発生していたことが示された。この寒冷化は4.2 kaイベントに呼応し、顕著な全地球規模の気候変動と関連するものと考えられる。この時期に、東アジア及び北西太平洋では、偏西風ジェットの北限位置の南下、エルニーニョの発生頻度の増加、黒潮の変調 (Pulleniatina Minimum Event) などの大きな環境変動が先行研究より示唆されている。これらの要素が相互に関係し、急激な寒冷化およびアジアモンスーンの変調がもたらされた可能性が高い。同時期は、揚子江デルタで栄えていた世界最古の水稲栽培を基盤とした長江文明が一時的に中断した期間と重なる。本研究が明らかにした急激で大きな寒冷化イベントは、稲作にダメージを与え、揚子江デルタの社会や文明を崩壊させる一因となったかもしれない。本研究のデータと考察の一部をオランダの国際誌Quaternary Science Reviews誌に投稿し、受理された。
著者
大塚 淳
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

1.スピノザ心理学における目的論の位置づけ;スピノザ『エチカ』における目的論の扱いを考察した。彼の目的原因論批判は目的論全般の否定とは区別されなければならないこと、また彼の体系において目的論は排除されているのではなく、むしろその心理学の根本をなしていることを、彼の目的論を個物について成立する法則的言明として解釈することにより示した。2.生物学的な機能に関する問題;生物学の哲学において議論が交わされている二つの機能解釈、すなわち起源論的機能と因果役割機能について、それぞれの批判を検討したうえで、それぞれは互いに相互背反な関係にあるのではなく、生物を理解するための二つの異なったアプローチを示していることを明らかにした。3.目的論全般に対する考察;現在主流である、目的論の因果的な由来による解釈(etiological view)に対し、目的論の本来的な役割は事物の因果的基盤に関するのではなく、むしろ対象を現象論的・統合的に説明する方式であるという、異なった目的論解釈を示した。4.古生物学での機能推定に関する考察;機能推定メソッドとして古生物学で用いられている「パラダイム法」を,3の考察に基づき形質を統合する目的論的な説明とみなした上で,その説明仮説の真偽を,その仮説がどの程度データを説明するか(尤度)に基づき,ベイズ的手法にのっとって判定する,というアイデアを示した。
著者
山口 絢
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

本研究は、高齢者の法的支援においてインフォーマルネットワークが担っている役割、およびフォーマル・インフォーマルネットワークの連携による高齢者の法的支援の課題を明らかにすることを目的としている。平成30年度は、(1)地域包括支援センターへのインタビュー調査、(2)ケアマネージャーへのインターネット調査を行った。(1)地域包括支援センターへのインタビュー調査自治体Aの複数の地域包括支援センターの職員を対象に、高齢者のニーズを把握するプロセス、法専門家を含む専門機関につなぐ判断基準等についてのインタビュー調査を行った。その結果、とくに成年後見の問題に関しては、民生委員や家族から相談を受けて高齢者の支援を開始し、職員が高齢者本人や家族を訪問する等、インフォーマルネットワークと連携した地道な支援を続ける中で、一つの可能性として成年後見というアプローチを提案するという支援プロセスが明らかになった。(2)ケアマネージャーへの成年後見制度に関するインターネット調査本年度までの調査から、ケアマネージャーが、インフォーマルネットワークを通して発見された高齢者のニーズを整理し、必要に応じ成年後見のニーズとして再定式化する重要な役割を担っていることが示唆された。そこで、ケアマネージャーによる成年後見ニーズの発見経緯、対応、インフォーマルネットワークとの連携、成年後見制度への意識等を明らかにするために、地域包括支援センター、居宅介護支援事業所等に勤務するケアマネージャーを対象として、調査会社に委託したインターネット調査を実施した(回答数492名)。分析の結果、多くの回答者が成年後見のニーズがありそうな高齢者に対応しているものの、家族の同意を得る難しさ、手続の複雑さ等から、必ずしも成年後見制度を活用できていない状況が明らかとなった。このほか、成果をまとめた論文の執筆を進めた。
著者
佐々木 顕 BEN J Adams BEN J.Adams
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

デング熱は全世界の熱帯および亜熱帯地域で猛威をふるう昆虫媒介のウイルス性伝染病で、複数回感染するとデング出血熱(DHS)という致死率の高い症状に移行する。デングウイルスは4つの大きく異なる抗原サブタイプに分かれ、近年の人類集団の人口増加と移動性の上昇により、異なる抗原型が同一の地域で流行するようになった。これが宿主の複数回感染を可能にし,抗体特異的エンハンスメント(ADE)と呼ばれる特異な免疫応答現象(過去の感染によって出来た抗体が、2度目の感染で宿主に害をもたらす)によってデング出血熱が起こる。本研究課題では、数理モデルを開発することにより、交差免疫や交差増強がデングウイルスやその他の病原体の疫学動態と進化にどのような影響を与えるかを解明した。複数の抗原サブタイプと交差免疫,抗原依存的エンハンスメント、感染率の季節変動を考慮した疫学動態数理モデルの解析により、各サブタイプは、季節変動性に対する疫学動態の非線形共鳴によって、パラメータに応じて2〜数年おきに大流行する複数年周期の変動を示すこと、異なるサブタイプ流行の同期する条件を調べた。非同期振動は、交差免疫が弱いときに見られ、非同期アタラクタはパラメータに敏感に依存することを明らかにした。また何種類の抗原型が共存できるかについても理論的な解明を行った。これらの成果はMathematical Biosciences誌などに投稿中である。また、ペンシルバニア州立大学のEC Hohnesとの共同研究により、系統学的データを用いて、タイ・バンコクで蔓延するデングウイルスの複数の血清型が過去20年間の進化を解明し、デングウイルスの大きな進化的な変化は周期的に起きており、異なる血清型それぞれが約8〜10年周期で相関を持ちながら振動してきたこと、そして血清型のシフトが宿主の集団免疫による自然淘汰によるものであることを明らかにした。交差免疫あるいは交差増強を取り入れた複数血清型ウイルスの疫学動態数理モデルを開発することにより、このデングタイルス血清型の流行パターンを解析した。この研究成果はProceedings of the National Academy of Science, USAに掲載発表され、日本経済新聞等に記事が掲載された。
著者
齋藤 暁
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

平成30年度は、昨年度の研究が日本憲法学史に傾斜した反省をうけ、戦後ドイツ憲法学史の検討を主に試みた。具体的には、ドイツ連邦憲法裁判所ならびにその国法学への(相互)影響を、連邦憲法裁判所の創設期から1970年代に至るまで順次考察した。それを通じて、最初期のドイツ憲法学を考察する1つの視座として、戦後初期の帰国亡命者やアメリカ留学経験者が西ドイツの国法学に重要な役割を果たしていた可能性があることを提示するに至った。本来であれば、以上の仮説の検証を行う必要があるが、齋藤は末延財団から在外研究支援奨学金を受給するために、7月31日付で特別研究員を中途辞退することとなった。本研究は日独の比較憲法学史研究であり、両国の戦後憲法学を「国家論の衰退傾向」を補助線として剔抉することを目的とするものであるが、本研究の完成は将来的な課題として残された。なお、辞退までの期間で、立教大学図書館所蔵の宮沢俊義文庫で『憲法講義案』を中心に宮沢の国家論と憲法学に関する史料を蒐集し、また同時に、昨年度の研究を纏めた雑誌論文(拙稿「初期樋口陽一の憲法学と〈戦後憲法学〉の知的状況(1・2・3)--日本戦後憲法学史研究・序説」法学論叢)の公表準備を行った。
著者
平野 達志
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

今年度は特別研究員採用期間の3年目に当たり、昨年度に続いて資料収を継続し、2009年9月から2010年2月までの期間に日独共同大学院プログラムを利用してドイツ、ハレ=ヴィッテンベルク・マルティン=ルター大学での在外研究を行った。まず資料収集作業としては、モスクワと北京に滞在してロシア国立図書館(2009年8月)、中国国家図書館(同9月)に関連文献を調査したことが挙げられる。さらにドイツ渡航後にはドイツ外務省政策文書館(同10~11月)、イギリス国立公文書館(同11~12月)、ミュンヘン歴史学研究所(2010年1月)、ベルリン=リヒターフェルデ連邦文書館(同)、国際連盟公文書館(同)で作業を実施した。すでにベルリンでは何度も渡航して資料を収集していたが、今回はとりわけ中央や在外公館の間の公信だけでなく、1930年代に駐華大使を務め、日中戦争初期に和平工作を行ったオスカル・トラウトマンの日記を撮影できたことが成果として特筆される。また、ロンドンでの作業は今回が初めてであり、華北分離工作から日中戦争、日米開戦に至る東アジア情勢や、世界政治における枢軸形成に関するイギリス側の基本資料を収集できた。また年明けにはジュネーヴ国際連盟文書館を訪れ、デジタルカメラで約3,000枚分の資料を集めることができた。ハレでの在外研究では、まずこの都市で9月末から10月初頭にかけて開催されたドイツ語圏日本研究学会に出席し、ドイツ、オーストリア、スイスなどから訪れた日本学研究者と知遇を得た。それに続いて10月初頭に1週間開催された東大・ハレ大秋季共同アカデミーでは、「市民社会とその対抗構想」というテーマでの討論に参加した。その後、面談を通じてパトリック・ワーグナー教授からの博士論文指導を受けた。
著者
上野 幹憲
出版者
熊本大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2018-04-25

後天性免疫不全症候群(エイズ)はヒト免疫不全ウイルス(HIV)が免疫細胞に感染することにより,免疫細胞を破壊して免疫不全を起こす疾患である。本邦ではHIV感染者1.9万人,世界では2017年現在で3,690万人に昇る。現在では,逆転写酵素阻害剤の発見,その後の新薬の開発により治療が可能になった。しかしながら,エイズを根治する治療法は未だ確立されていない。本研究では,新たな治療薬の開発のため,抗HIV活性を有する海藻由来生理活性物質の探索を行った。市販のアオサ,コンブ,ヒジキ,ノリをサンプルとし,水抽出(水溶性画分)とエタノール抽出(脂溶性画分)をそれぞれ抽出した。その後,HIV-1 (R9)とTZM-bl細胞を用いて抗HIV-1活性を検討した。水溶性画分では,アオサ,コンブ,ヒジキにおいてHIV-1の初期感染を有意に抑制した。脂溶性画分において,コンブのみ初期感染を抑制した。これまでの報告により海藻由来多糖類であるフコイダンは抗HIV-1活性を有することから,海藻由来多糖類であるアスコフィラン,アルギン酸,フコイダン,ポルフィランの抗HIV-1活性を比較検討した。アスコフィラン及びフコイダンではHIV-1 (R9およびJR-FL)の初期感染を強く阻害した。一方で,アルギン酸,ポルフィランは弱い抗HIV-1活性を示した。しかしながら,HIV-1感染細胞内ウイルス量への影響が無かったことから,これら多糖類はHIV-1の初期感染を抑制すると考えられた。さらに,硫酸基を持つ化合物が血中のアルブミン(BSA)により抗HIV-1活性が阻害された報告より,10%FBSおよび50%FBS存在下でHIV-1初期感染を検討した。アスコフィラン,フコイダンの抗HIV-1活性が50%FBSにおいて低下したことから,これら海藻由来多糖類の抗ウイルス活性は非特異的であると考えられた。
著者
太田 悠介
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

β-カルボリン骨格は生物活性天然物に広く存在する基本骨格であり、その効率的構築は天然物や医薬品合成分野において重要な課題の一つである。報告者は、最近開発した三成分インドール形成反応を用いれば、官能基化されたβ-カルボリン骨格がワンポットで効率的に構築できると考えた。検討の結果、N-(p-クロロベンゼンスルホニル)-2-エチニルアニリン、アルデヒド、及びN-メチルエタノールアミンを銅触媒存在下において反応させ、2-(アミノメチル)インドール形成後、t-BuOKを加えたところ、目的の置換β-カルボリン誘導体を効率的に得ることに成功した。一方、一価の銅塩(5mol%)を触媒として、マイクロ波照射中、N-メチル-2-エチニルアニリン、(HCHO)n、様々なN-アルキルグリシンや不斉中心を有するアミノ酸誘導体を用いてインドール誘導体形成後、メタンスルホン酸を加えさらに加熱すると、目的のβ-カルボリン化合物が効率的に得られることを示した。一方報告者は最近、四成分3-(アミノメチル)イソキノリン合成法を開発した。本法をさらに展開し、t-BuNH2の代わりに分子内に求核的官能基の有するアミンを用いればイソキノリニウムイオンに対して分子内求核攻撃が進行し、イソキノリン縮環型多環式骨格が形成されると考えた。検討の結果、酸素雰囲気下2-エチニルベンズアルデヒド、(HCHO)n、及び二級アミンを触媒量の塩化銅の存在下で反応させ、プロパルギルアミンの生成後、ジアミンを加えさらに反応させた。その結果カスケード環化、酸化反応を経て3-(アミノメチル)イソキノリン縮環型多環式化合物を高収率で得ることに成功した。本法は入手容易な各成分を用いた多様性指向型イソキノリン合成法として有用である。
著者
打越 文弥
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2018-04-25

本研究では、学歴結合が夫婦関係の解消(離別)に与える影響に着目した。具体的な課題として以下の二つを検討した。まず、 70年にわたる出生コーホートにおいて学歴結合と離別の間に関連があるか、及びこの関連がコーホート間で変化しているかを解明することとした。この際、計量分析によって得た推定値をもとに、本人・配偶者の平均教育年数や学歴ごとの平均初婚年齢、失業率と いった離別行動に影響する要因を調整した数理シミュレーションを行う。次に、学歴結合と離別の関連かがなぜ生じているかを説明する要因を解明する。特に、婚外子を持つことが難しい日本的な文脈において特徴的な婚前妊娠が、妻下降婚と関連を持つことから、学歴結合パターンと離別行動の関連が;、婚前妊娠やこれに伴う早婚により説明されるかを検討することを目指した。採用期間(2018年4月-8月)における当初の計画については、概ね達成された。提出した研究計画では、4-7月期において課題①「学歴結合が離別に与える影響のコーホート比較」を進めつつ、研究成果をアメリカ人口学会と国際分析社会学ネットワークで報告するとした。後者の学会については日程の都合上キャンセルしたが、前者では予定通り学会報告を行った。8-11月期では、研究課題①の成果をまとめ、学会誌への投稿を行うとしたが、予定通り課題についてはすでに学術雑誌に投稿し、査読を経て掲載が決定した。また、並行して進める予定だった日本の婚前妊娠カップルの特徴を先進諸国で増加する非婚カップルとの比較から検討する計画については、その成果の一部を学会において報告した。研究課題②「婚前妊娠と早婚に着目した学歴結合と離別行動の分析」については、本特別研究員を途中で辞退することになったため、十分に進めることができなかった。
著者
青木 勝輝
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

ダークマター・ダークエネルギーはその存在は宇宙観測によって確かとなっているが、これらの正体は未だに明らかになっていない。本年度は昨年度に我々が提案した質量をもった重力子によって宇宙のダークマターを説明する手法を発展させ3件の論文をPhysical Review Dに発表した。1件目ではダークマター(質量をもった重力子)とダークエネルギーの結合を考え、その結果現在の宇宙のダークマターとバリオン比が初期条件によらず自然に説明されることを示したものである。一方、2件目では昨年度の手法をより一般化させ、大スケールの宇宙磁場によって生成される宇宙の僅かな非等方性(コヒーレントな重力子)によってダークマターを説明できることを示した。3件目ではこれらの手法を使うことで、重力波の有質量モードが自己重力によって安定に局在した新たな真空解を見つけることに成功した。これは一般相対論と明らかに区別可能な現象を予言するという意味で興味深い。さらに本研究課題で培った経験を使って、重力理論の拡張という大きな課題の下、現在投稿中および投稿準備中の論文として以下の研究を行っている。1つ目は一般相対論の正準形式と正準変換に注目したものである。我々は正準変換の自由度を使って全く新たな重力場と物質場の結合方法を提案した。これにより例えば一般相対論で問題となる宇宙初期特異点が回避可能であることを示した。一方で投稿準備中の内容は幾何学の拡張に基づいた一般相対論の拡張である。我々は独立量の特殊な関係を要請せず重力法則によって時空の幾何構造を決定する計量アフィン形式を用いて、インフレーション理論への応用やこれまで議論されてきたスカラーテンソル理論への新たな示唆を与えることに成功した。
著者
牧 杏奈
出版者
明治大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

本研究は、「インド民主主義」および「民主主義」について、①インド政治学の主流的見解、②サバルタン(被抑圧者)の視点を導入しようと試みるサバルタン・スタディーズ・グループによる見解、そして③サバルタンの立場に置かれているインドの先住部族民の見解を比較検討し、民主主義における<理論・制度の場>と<現場>との間に生じる齟齬について分析・考察を行う。これにより、制度上は「民主主義国」であるインドにおいて、ナクサライト運動などで顕著に示されるような社会経済的問題が実質的に解消されないシステムについて論じる。
著者
藤本 忠
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

カントの『純粋理性批判』における「超越論的論理学」を批判の論理学として把握するとともに、カント以前の論理思想、及び、18世紀のドイツ学校哲学の論理学、学校哲学の形而上学を射程に入れつつ、文献学的な解明を行なってきた。本年度は、ライプニッツ、マイヤー、ヘーゲルといったカントと関係のあるドイツ近世思想全般へ研究を広げ、また、現代の意味論や論理学、科学論との関係を探ることを研究の目的とした。ライプニッツはカント哲学に通じる論理学の内包的視点を構築しており、認識論的な概念枠組みを多く用意したことが理解できた。但し、ライプニッツにおいては、概念の結合法的要素が多分に含まれており、概念の外延的視点も無視できない。また、カントと比べて、統覚や意識といったタームが、より広い存在論的脈絡の中で使われており、カントとの単純な比較ができない場合もある。マイヤーは、カントの論理思想に直接影響を与えており、カントは、マイヤーが用意した体系論に従って、とりわけ『理性論綱要』に従って、『純粋理性批判』を作り上げていったことが、研究の成果として明確に理解できる。特に、カントが『純粋理性批判』の中で論じた「分析論」と「弁証論」との区別が、すでにマイヤーの『理性論綱要』の中に見られる。ヘーゲルの論理思想はカントやライプニッツなど、ドイツ近世の論理思想における論理と概念の内包思想を極限まで推し進めた論理思想であると推察できる。したがって、ヘーゲルの論理学を正しく評価するには、ライプニッツのモナドにおける意識や表象の階層理論やカントのカテゴリー論における意味論的な理解が必要不可欠である。以上、カントを中心とした近世ドイツの論理思想(ライプニッツ〜ヘーゲルの論理思想)にながれる思想的軸を考察し得た。
著者
馬ノ段 梨乃
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

仕事に関して強い不安やストレスを感じている労働者の増加に伴い、近年、労働者のストレス対策の必要性が高まっている。本研究では、労働者を対象とした個人向けストレス対策プログラムを開発し、プログラム実施の効果を検討することを目的とした。本年度は、研究成果の発表を中心に以下の2点を実施した。(1)個人向けストレス対策に関するシステマティックレビューの結果(60研究、昨年度実施)に最新研究(5研究)を追加して、データを再検討した。(2)ストレス対処法に関するweb学習プログラムの効果に関して、マルチレベル分析によるデータの再解析を行った。(1)システマティックレビューの結果から、ストレスマネジメント教育が労働者のストレス対策に有効であること、介入効果を維持するためにはフォローアップセッションなどの継続した学習が必要であること等が概観された。また、効果評価研究におけるデータの再解析の結果から(2)ストレス対処法に関するweb学習プログラムの実施により、受講者のストレス対処法に関する知識の改善が認められた。さらに、複数回(3回以上)に分けて学習した分散学習者においては知識の改善に加えてストレス対処法(問題解決)に関する得点に有意な改善が認められた。このことから、学習を複数回に分けて実施することの有用性が確認された。受講者の動機づけを高める工夫と継続した学習を促進するための方法論の検討が今後必要とされる。
著者
井上 雄介
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

トランスポゾンは生物のゲノム上を転移するDNA配列であり、あらゆる生物種に普遍的に存在する。その転移は遺伝情報を変化させるため、宿主生物種のゲノム進化に寄与していると考えられている。当研究室の先行研究により、メダカDa変異体の原因因子として少なくとも42 kb以上である大型の新規DNAトランスポゾンが見出され、Albatrossと命名された。Albatrossの挿入が原因と推定されるメダカ変異体は他にも複数報告があり、メダカゲノムにおいて転移していることが示唆されていた。しかし、その全配列は決定されておらず、サイズ、内部配列の由来、転移活性の有無などは不明であった。昨年度までに、Albatrossはヘルペスウイルスゲノムと一体化した、長さ180 kbを上回る巨大なpiggyBac型DNAトランスポゾンであり、さらに転移活性を保持していることを示した。これより、Albatrossはトランスポゾンの転移機構を二次的に獲得して宿主ゲノム内に内在化したヘルペスウイルスである可能性が示唆された。今年度は本現象の普遍性を検証するために、他の生物種におけるAlbatross様配列の探索および系統解析を行った。その結果、ゲノムが解読されている約60種の真骨魚類のうち16種について、Albatrossと相同性の高いヘルペスウイルス様配列が検出された。系統解析の結果、これらのAlbatross様配列は互いに近縁であり、魚類・両生類感染型ヘルペスウイルス内で一つのクラスターを形成した。さらに、いくつかの種についてはAlbatross様配列がゲノム内で複数コピー存在していることが示唆され、メダカと同様にAlbatross様配列がゲノム内で増幅している可能性が示唆された。以上より、ゲノムに内在化する性質をもった新規のヘルペスウイルスの一群が存在している可能性が示唆された。
著者
河原 梓水
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

本研究は、日本におけるサドマゾヒズム概念の受容期に関する歴史的・思想史的研究である。本年度は、社会心理学における暴力論を検討しつつ、フィールドワークを行なった。今年度も、ドイツ国ベルリン市・ベルリン自由大学東アジア研究所を拠点として研究活動を行ない、論文1本、解説記事1本の執筆、1度の国際会議での発表、2度の招待講演を行った。 文献の収集・検討に加えて、ベルリン市およびその近郊における、性的マイノリティーに関する史跡や博物館の調査・見学、同市に所在するSMスタジオ、愛好者コミュニティサークルにおけるフィールドワーク、プロのドミナトリクスとして活動しているSM愛好家へのインタビュー調査などを行った。これらの調査において、日独において性的マイノリティーが置かれた歴史的状況の相違を確認するとともに、現代SMカルチャーのSNSにおける展開、安全性のためのガイドラインに対する様々な考え方、ヨーロッパ全体におよぶ愛好家のコミュニティーのあり方、そしてドイツにおけるLGBTIQの社会的受容についての知見を得、日本の歴史的状況の相対化を行なった。
著者
安藤 浩志
出版者
千葉大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

(1) Eberhard Kirchberg氏との共同研究で、以下を示した: Aが可分単純非I型C*-環ならば、Kirchbergの中心列環F(A)で、sub-quotientがIII型因子環となるものが連続個存在する。特に自由群の被約群C*環の中心列環が非可換であるかを問うKirchbergの問を解決した(現在論文投稿中)(2) 松澤泰道氏との共同研究で、以下を示した: Hを可分無限次元Hilbert空間とするとき、H上の自己共役作用素全体の空間SA(H)は強resolvent収束に関してPolish空間(可分・完備距離付可能)となる。SA(H)上に様々な同値関係を与えることができるが、私は特にWeyl-von Neumannの同値関係(自己共役作用素A, Bはあるコンパクト作用素Kとユニタリ作用素uに対して、uAu*+K=Bを満たすとき、Weyl-von Neumann同値であると呼ぶ)について2014年にその同値関係としての複雑さの研究を開始した。今年度は次の事を証明した: 実数列全体の空間X上の上に「数列a,bはある置換πによってa_{π(n)}-b_nがc_0となるとき同値」として同値関係Eを定めると、EはWeyl-von Neumann同値関係の可換版に相当するものと解釈できる。このEがBorelである事をBecker-Kechrisの定理を用いて証明した。また自己共役作用素のSchatten属作用素による摂動して得られる同値関係はessentiallly K_σである事を証明した。これらは論文を準備中である。
著者
山下 泰幸
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

本研究の初年度にあたる2017年度は、以下の研究活動を行った。第一に、2016年夏季にフランスで実施した質的調査に基づくデータから、パリに在住する社会・経済的な成功をおさめる北アフリカ系の移民二世のムスリムたちの語りを分析し、その結果を2017年5月に開催された関西社会学会第68回大会にて口頭発表した。そこで得られた批判を受けて内容を大幅に再検討したものを、2018年1月に学術雑誌『ソシオロジ』に研究論文として投稿し、査読の結果、2018年7月に刊行予定の同誌192号での掲載を許可された。この研究においては、新しいイスラームの理念型のひとつでとして「順応型イスラーム」という概念を提起した。新しい世代のムスリムたちの一部は、目立った信仰実践を行わないことで、社会・経済的な成功を目指す上で周囲の人々との間で発生しかねないコンフリクトを回避していることが明らかになった。第二に、今後の研究において理論的な一つの主軸として用いるために、ポストコロニアル研究に関連する理論的な先行研究を広く収集・学習した。とりわけスピヴァックやモハンティなどをはじめとするポストコロニアル・フェミニズムに関連する研究や、フランスにおいて比較的参照されることの多いサヤードなどの著作を読み進めた。ポストコロニアル研究の影響が限定的であるフランスのイスラーム関連の先行研究を批判的に再検討するためには、このような研究において用いられている視座が必要不可欠である。第三に、2017年夏および2018年初春に、それぞれ二カ月程度フランス・パリに滞在し、ムスリム・コミュニティへの参与観察およびインタビュー調査を実施した。この調査結果をもとに、今後、ジェンダーとレイシズムへの抵抗の関係性に焦点を当てながら、ムスリムとしてのアイデンティティを有し、自らの権利を主張する女性たちを事例とした分析を行う予定である。
著者
福田 耕佑
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

今年度の研究では、現代ギリシアを代表する作家ニコス・カザンザキスの文学において、第一次世界大戦前後に難民としてギリシアに流入したポントス人表象を主に取り上げた。この研究において、ポントス人とカザンザキスとの接触がカザンザキスの「ギリシア性」探求におけるモチーフのきっかけを与えたこと、そして彼の主著群を成す『その男ゾルバ』と『キリストは再び十字架に』、そして自伝的小説『エル・グレコへの報告』において「ギリシア性」を表象する際の中心的な登場人物として取り上げられていることを明らかにした。ここで挙げらた研究はギリシアの新聞であるPontosnewsにおいて取り上げられる等、国外においても一定の評価を得たと言えよう(http://www.pontos-news.gr/article/168983/o-iaponas-poy-agapise-ton-kazantzaki-kai-vrike-toys-pontioys 最終閲覧日;1917年9月13日)また、1920年までの、カザンザキスが政治的にナショナリストとして中央で活動した時期の作品について分析し、イオン・ドラグミス等の先行する作家や「メガリ・イデア」等の政治思想から大きな影響を受けていたことを明らかにし、ここでの成果を主に、「福田耕佑、二十世紀初頭のカザンザキスの政治活動とナショナリズム : ディモティキ運動とドラグミスからの影響、プロピレアー日本ギリシア語ギリシア文学会、(23) 12-30、2017年」として論文化した。
著者
森 功次
出版者
山形大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

本年度は、主に現象学的アプローチから研究を進めるとともに、批評実践の場面に積極的に関わることで批評家や芸術家たちと議論を行なった。論文としては、2015年3月刊行の『サルトル読本』に「芸術は道徳に寄与するのか――中期サルトルにおける芸術論と道徳論との関係」という論文を寄せた。また、2015年3月に「前期サルトルの芸術哲学――想像力・道徳・独自性」という題目で東京大学に博士論文を提出した。学会発表としては、7月に日本サルトル学会にて「サルトル研究における哲学研究者の役割」というタイトルで発表した。9月には、露光研究発表会にて「芸術作品は非現実的なものである」というテーゼについて:初期サルトルにおける芸術作品の存在論的身分と美的経験論」というタイトルで発表した。この発表の内容は、さらに議論を改訂・追加したかたちで、1月の科研会議、「表象媒体の哲学的研究――画像の像性と媒体性の分析を中心に」(基盤C、研究代表者:小熊正久)でも発表した(この内容はのちに科研の報告書として出版される論文集に採録予定となっている)。12月には、第9回KoSACにて『美術手帖』の第15回芸術評論で第1席を受賞したgnckの評論文「画像の問題系 演算性の美学」の合評会で評者を務めた。また3月には第11回KoSACにて岡沢亮修士論文「人々の実践としての芸術/非芸術の区別:法・倫理・批評領域に焦点を当てて」合評会の評者をつとめた。雑誌記事としては、6月に「失礼な観賞」、『エステティーク』、p. 72-76.を執筆した。さらにアウトリーチ活動として、11月に名古屋のアートサークル「ロプロプ」が主催するArts Audience Tables 、オーディエンス筋トレテーブル#06にて、「多元化するアートワールドを考える:関係性の美学、地域アート、芸術的価値」というタイトルでレクチャーを行った。また2月には、展覧会「オントロジカル・スニップ」(HIGURE17-15cas)のトークイベントに登壇した。
著者
星野 太
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

昨年度に引き続き、今年度も近代における「崇高」概念を広く検討し、まずはエドマンド・バークに関する研究の成果を論文として公表した。従来の先行研究には欠けていた偽ロンギノスとバークの崇高論のつながりを指摘した同論文は、美学会の欧文誌である国際版『美学(Aesthetics)』に掲載された。また、近代における偽ロンギノスの再評価を踏まえつつ、『崇高論』というテクストの構造を論じた口頭発表を1度(英語)、20世紀後半のフランスにおけるリオタールの「崇高」を主題とする口頭発表を1度(英語)行なった。以上の国際会議における発表および国外の研究者との議論を通じて、本研究は当初の研究計画に即して大きく進展したと言える。さらに特筆すべき成果としては、フランスのパリ国際哲学コレージュにおいて、近代の崇高概念をめぐる発表を行なったことが挙げられる(仏語)。コレージュのプログラムの一環として行われた同発表では、18世紀から20世紀にかけての崇高論の展開を「理性」と「非理1生」という近代の主要な問題系のもとに位置づけることができた。これは、近代における崇高論の展開を「モダニティ」という錯綜した概念との連関のもとに論じることを目的とした本研究において、大きな成果であったと言える。以上の成果とともに、今年度はフランスの哲学者ジャン=リュック・ナンシーをめぐるワークショップでの発表(日本語)、書籍『人文学と制度』への執筆および翻訳、さらに同書をめぐるワークショップでの発表(日本語)を行なった。以上の成果は、先に挙げた本研究課題の主要実績とも緊密に連動し、今後のさらなる研究へと発展していくことが予想される。