著者
中塚 和希
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

これまでの研究によりフラーレンC60を光応答性分子として触媒に組み込むことでアンモニアボランなどの水素キャリアからの脱水素反応に有効な触媒設計を試みてきた。また、フラーレンC60を用いた研究の知見を生かし、炭素材料に担持したCo(salen)を金属前駆体として、金属ナノ触媒の調製法を開発した。既報の方法でCo(salen)を調製し炭素担体に含浸後、熱処理を施すという簡便な方法で触媒活性点の制御を実現してきた。当該年度は、更なる研究の発展を求めて、有機金属化合物であるCo(salen)に代わり、Ni含有金属有機構造体(Ni-MOF)を前駆体として用いることで、ナノ構造制御された金属活性種を有する炭素触媒材料の開発を行った。既報のNi-MOFに適切な熱処理を施し、Ni-MOFを部分的に分解することで、多孔質炭素上に均一な粒子径のNi粒子が高分散に担持されることを見出した。また、本触媒が残存したMOF構造によりオレフィンの水素化反応に対して基質のサイズ選択性を発現することを見出した。得られた触媒の構造について、高輝度光科学研究センター(SPring-8)での放射光XAFS測定やTEM観察、XRD測定などの分析手法をうまく組み合わせることで解析し、その構造と触媒性能との関係性を明らかにしている。また、当該年度において計1報の論文投稿および国内外学会の5件の発表を行うなど、多くの研究成果を出している。これらの研究成果をフィードバックすることで、将来的に研究の更なる発展が期待される。
著者
山下 雄大
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

本年度(2018年度)は前年度の研究成果を考慮した上で、公安委員会の理論的指導者であるサン=ジュスト、ビヨ=ヴァレンヌ、ロベスピエールの三者に共有されている「統治への不信」というモチーフに基づく「統治」概念の特殊な用法、および1793年後半に完成した「革命政府」の理論形成におけるその帰結の究明に取り組んだ。具体的な内容は以下の通りである。まずはルソーの政治哲学における「統治」概念の形成過程と「行政官」の意義に着目するとともに、ルソー主義の関連文献を読解・分析し、革命期の「統治」批判とルソー受容の関係性について検討した。ルソーにおいては必要悪と位置づけられている行政官をめぐる議論を参照軸とした結果、革命初期にすでに登場していたことが指摘されているルソーを叩き台とした理論形成の傾向、すなわち「アンチ・ルソー主義」が93年のジャコバン主義に及ぼした影響の範囲が画定された。続いて、革命政府の理論化に大きく寄与したとされている上記三者の演説をコーパスとして、「統治」と「立法者」概念に注目しながら93年のジャコバン主義に通底するレトリックを検討した。共和政の安定のために求められる自己統治の理想が人民の対概念として形成された可変的な「敵」と名指された人物に対する統治へと向かうアポリアのなかで成立を余儀なくされた革命政府の理論にあっては、特徴的な解釈を施された「立法者」概念が重要な役割を果たしている。この視点を導入することにより、立法府の成員たる代表者としての近代的立法者による、人民それ自体の創造・再生を担う古典的立法者像への自己同一化の試みが93年のジャコバン主義を際立たせる争点のひとつであることが判明した。
著者
古林 太郎
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

本研究の目的は、生命の起源で想定されるような単純な自己複製系においても避けがたく発生してしまう寄生性分子(ウイルスのようなもの)が宿主との生存競争を通じて複製系に及ぼす進化的影響を、実験と理論の両面から追求することであった。理論では、区画化された単純な宿主・寄生体複製系の数理モデルの構築と解析を行った。広いパラメータ空間上での網羅的な計算機シミュレーションの結果、原始地球でも実現可能であろう単純な区画ダイナミクスのみによって複製系が安定に持続可能な条件を見出した。また、複製系が安定に持続可能となるためには区画が多数あること、区画の融合分裂頻度が大きいこと、栄養量が適度な範囲にあることなどが重要な要件であることが明らかになった。これらの知見を用いれば、宿主と寄生体の相互作用の程度を段階的に変化させた新しい進化実験の条件設定を行うことができると考えられる。この成果は、平成29年度内に論文化した。実験では、自己複製能力を持つ宿主RNAと寄生体RNAの長期的な実験進化を実施し、その進化ダイナミクスを次世代シーケンサと生化学的なアッセイにより解析した。配列解析の結果、宿主RNAは多系統に分岐進化を起こしていたこと、寄生体の側では新たな分子種が進化途中で発生していたことが判明した。生化学アッセイにより宿主と寄生体の関係がいかに発展したかを解析した結果、宿主RNA側での寄生体RNAの複製を防ぐ適応進化と、寄生体RNA側での進化後宿主への新たな寄生能力の適応進化が繰り返し起こっており、寄生体が宿主の継続進化と多様化に貢献していることを示唆していた。これらの結果は、単純な複製子集団がダーウィン進化を通じて自発的に宿主・寄生体の関係がダイナミックに変動する複雑な生態系へと発展したことを示しており、生命の初期進化について重要な知見が得られたと言える。この成果は、平成31年度に出版予定である。
著者
佐々木 淳
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

自我漏洩感とは、対入恐怖症や統合失調症等に広くみられる重要な症状であり、自分の内面的な情報(感情や思考)が他者に伝わったと感じる体験である。自我漏洩感については、これまで実証的な研究が行われてこなかったため、治療法開発に至っていない。本研究課題は、自我漏洩感による苦痛を長びかせる要因(維持要因)を対処方略の観点から明らかにし、治療法を考案することを目標とする。日本学術振興会特別研究員採用第3年度である平成19年度は、前年度に得られた維持要因についての知見に加えて、これまでの実証研究で示された知見に基づき、自我漏洩感に対してどのように認知行動療法的なアプローチがおこないうるか、そのプロセスの具体化を試みた。まず、自我漏洩症状をもっている人は、他者に気持ちがつたわってしまうと感じること自体に違和感を感じたり苦痛を感じたりしていること(佐々木・丹野,2005)が明らかになっている。よって、介入の第一段階として、自我漏洩感を持つことに対するノーマライジングを行なうことが必要である。その上で、自我漏洩感に没入してしまう対処行動は何か、自我漏洩感から距離をとることのできる対処行動は何か、について心理教育を行う必要がある。更に、自我漏洩感をどのようにとらえるかによって苦痛な体験となるか自然な心の働きと感じることができるかが決定されるため、その捉え方に焦点をあててその修正を試みる。今後は実際の事例に即して、プロセスの精緻化を行う予定である。
著者
小林 康夫 小林 元雄 KOBAYASHI M.
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

前年度の研究を基に英文モノグラフの草稿作成を主とし、新たに下記のトピックを研究した。1.明治30年代小説が前景化した「社会」「家庭」とそれをめぐるドラマを国民国家生成に関連づけ、そこに固有の主体形成に関わる物語として分析した。近代文学史的枠を外し、尾崎紅葉、広津柳浪、川上眉山等、代表的文壇作家の小説を同じメディア空間に現れた、徳富蘆花、菊地幽芳、村井弦斎等の非文壇的「流行」小説と対比し、関連づけた。特に、弦斎の『日之出島』、蘆花の『黒潮』に注目した。2.20年代「美文」と近代紀行文成立との関係を、表象としての「自然」の生成過程として考察した。さらに、30年代の蘆花、子規の写生文との関連を探った。背景に明治初頭以来の近代地理学的知の移入、『日本風景論』に至る国粋保存的地政学言説の勃興、そして近代的「地誌」の「民俗誌」への変成という歴史過程がある。この背景も含めて「日本」というトポスがいかに形成され機能したかを考察した。『自然と人生』等の詩的自然風物誌に対象化された「自然」、そして同時代小説で他者として表象される「地方」はこの「日本」を共通の背景として生成する。3.出版資本の発達に伴う想像の共同体の成立は、知のパラダイム転換として理解されているが、文学がナショナリズムに関わるいま一つ重要な様式は、声、物語の共有に基づく情念の共同体の形成である。大衆小説の原型とされる講談落語そして歴史小説における、「実録物」的物語の再説話化は、活字化されても、声の共同体の記憶をひきずっており、そのことで大衆的道徳感情に訴える。明治20年代に勃興する新派劇、浪花節は、このメカニズムを内包しており、講談落語の速記出版、歴史小説の流行とも相関関係にある。この視角から、村上浪六、村井弦斎等の大衆歴史小説に焦点を当て、近世的世俗道徳理念を国民国家の情緒的共同性のエトスとして転位させる説話構造を探った。
著者
神田 祥子
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

◇平成23年度は、(1)「科学」(2)「美術」を中心に、比較文学における先行研究の成果を参照しつつ、漱石自身や同時代における国内外の科学論・芸術論などを以下の手順により検証した。(1)「虞美人草」(明治四十年)を中心に、科学的客観性が近代社会の価値観に影響を与える中で、作中に描写された倫理観について検討し、またこうした内容を表現する上で、造形芸術との相互関係から抽出された美文的文体が選択されたことの意義を考え、活字論文として投稿した。また漱石の「文学論ノート」の精読を行い、漱石の科学観について検討した。東北大学図書館漱石文庫所蔵の漱石手沢本の書き入れ調査を基本とし、同時代ヨーロッパの科学観の把握や社会観に関わる文献調査を行った。具体的にはM.Nordau"Degeneration"、G.Allen"The Colour-Sense"など「文学論ノート」に散見される文献を中心とした。さらに受入研究者である慶應義塾大学・松村友視教授の専門的指導のもと、「近代文学における科学」をテーマとする同教授の博士課程演習に参加、同時代主要作品における科学観との比較検討を行った。(2)「三四郎」(明治四十一年)を中心に、造形芸術的な手法を言語表現に反映させる「断面的文学」の表現が、長編小説においてどのように作用するかを検討し、また作中で「美術」的要素を相対化するものとして取り入れられている「科学」的要素の意義について考察した。また、東北大学図書館漱石文庫所蔵の漱石手沢本の書き入れ調査を行い、漱石が「三四郎」構想に用いたと考えられる美術関連書の調査を行った。具体的にはJ.Ruskin"Modern Painters"全6巻の書き入れについて詳細に調査および記録を行った。◇以上の内容を元に、博士学位論文の内容をさらに再検証・発展させた著書原稿の準備を行い、また合わせて出版社(株式会社 青簡舎)と内容、目次案、ページ数、刊行時期などについて、具体的な打ち合わせを開始した.
著者
山崎 百合香
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

これまでの研究により、ミツバチの働き蜂の育児蜂から採餌蜂の行動変化において、エクダイステロイド(変態ホルモン)情報伝達経路に関わる核内受容体遺伝HR38が脳のキノコ体(高次中枢)で女王蜂、育児蜂よりも採餌蜂で強く発現する事を発見し、働き蜂の分業を変態ホルモンが調節する可能性を提示した。変態ホルモンは変態時には脱皮を促進し、成体では生殖に関わる事が知られているが、このような脳での機能については不明である。ところで、エクダイステロイドは前胸腺と卵巣がその合成器官として知られているが、不妊化されている働き蜂においては卵巣が退縮しており、前胸腺も見つかっていない。しかしながら、卵巣の発達している女王蜂と同程度のエクダイステロイドtiterが働き蜂においても検出される。申請者はまず、働き蜂におけるエクダイステロイド合成場所の決定を試みた。(1)エクダイステロイド合成酵素遺伝子群の発現解析昆虫は植物に含まれるコレステロールをphantom、disembodied、shadow、shadeによってコードされるエクダイステロイド合成酵素によってエクダイソンや20-hydroxyecdysoneに変換する。これらの遺伝子についてRT-PCRを行うと、体中のどの組織においても発現が確認された。他の昆虫種においては、これらの遺伝子は前胸腺や卵巣で局所的に発現している。今回のように、さまざまな領域で発現が確認された例は初めてであり、ミツバチにおいては体内でのエクダイステロイド合成の仕方が特殊なのかもしれない。(2)さまざまな組織培養による分泌エクダイステロイド量の定量摘出した脳、下咽頭腺、脂肪体組織について培養液中で30℃12時間ほどインキュベートし、培養液中に分泌されたエクダイステロイドを抗エクダイソン抗体を用いたRIA法によって検出したところ、抗エクダイソン抗体との反応がみられた。この結果は変態時に変態ホルモンとして働くエクダイステロイドが成虫では脳からも分泌されていることを示唆する初めてのデータとなる。分泌されたエクダイステロイドは働き蜂の行動変化や生理状態変化を制御しているかもしれない。
著者
栗原 大輔
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究ではヒストンH3リン酸化の可視化により、染色体構造構築メカニズムの解明を目指したが、平成20年度は植物におけるヒストンH3 Thr3をリン酸化するHaspinのシロイヌナズナホモログの細胞分裂期における機能解析、またヒストンH3 Ser10およびSer28をリン酸化するAtAUR3について植物体における機能解析を行った。昨年度までにAtHaspinがvitroにおいてH3 Thr3およびThr11をリン酸化することを明らかにしていたが、タバコ培養細胞BY-2において、AtHaspinを過剰発現したところ、分裂期にH3 Thr3のリン酸化パターンがより広がることが明らかになった。このことはAtHaspinが少なくとも細胞内においてもH3 Thr3をリン酸化することを示唆している。またAtAUR3の機能を明らかにするために、RNAi法を用いてAtAUR3を発現抑制したシロイヌナズナ形質転換体を確立し解析したところ、野生型と比べて根の伸長速度が遅くなっていた。また根の細胞を顕微鏡観察したところ、細胞分布が野生型とは異なっていた。また、AtAUR3は胚においても発現が見られることが予想されたため、胚において染色体が可視化できるH2B-tdTomato形質転換体を構築し、Auroraキナーゼ阻害剤によってAtAUR3を機能阻害したところ、全ての染色体が正常に赤道面に整列する前に染色体が分離するという染色体分離異常が認められた。このように本研究では、遺伝情報を均等に分配するという,生命の根幹をなす過程である細胞分裂において重要な染色体動態に、ヒストンH3をリン酸化するAtAUR3およびAtHaspinが植物において重要な役割を担っていることを明らかにした。
著者
福永 玄弥
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

今年度の研究実施状況は次の2点に分けることができる。第一に、4月1日より8月20日まで台湾に滞在し、前年度に引き続き、性的マイノリティの制度への包摂という点において日本よりも先行ポジションにある台湾の事例を調査し、その研究成果を論文や学会で発表した。第二に、日本の事例について調査を実施し、学会発表を行った。今年度の補助金はこれらの研究を遂行するために使用し、主にフィールド調査(旅費)や関連図書の購入費に当てた。なお、台湾の滞在にあたっては貴会若手研究者海外挑戦プログラムの支援を受けた。具体的な研究実施状況およびその成果は以下のとおりである。1. 日本と台湾における性的マイノリティの社会運動が、東京と台北のプライド・パレードをプラットフォームとして近年、連帯関係を形成してきたことを指摘し、その政治的背景を批判的に考察した。その成果は台湾、韓国、香港における学会ならびに東京で開催された公開シンポジウムで口頭報告として発表した。また、同成果を国際学会誌に論文として投稿しており、掲載の可否について連絡を待っているところである。2. 日本の事例として、2014年に成立した「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」を取り上げ、同性パートナーシップが制度化されるに至った政治的背景を調査した。現在も調査は継続して進めているが、その成果の一部は学会で発表した。3. 2018年に米国で始まり、その後、日本や台湾、韓国、中国でも急速に広がった#MeTooムーブメントをフェミニズム運動のグローバル化として位置づけ、それが日本や台湾ではモダニティと関連づけて表象されていることを批判的に検討した。その成果は香港の学会誌に中国語で投稿した。
著者
高橋 徹
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-04-25

能動的低代謝とは、一部の哺乳類が故意に基礎代謝を低下させる現象である。能動的低代謝は冬季や飢餓を生延びるための省エネルギー生存戦略であり、継続期間によって冬眠(数週間)と休眠(数時間)に分類される。冬眠ではリス、休眠ではマウスが代表動物である。これら安全な低代謝の原理を理解し人為的に医療応用できれば、重症患者の一時的延命などが実現し得る。しかし、冬眠・休眠が誘導される仕組みは全く不明なままである。基礎代謝(生命活動維持に最低限必要な代謝)の可逆的な抑制というこの驚異的な現象は、いかにして成されるのか。本研究ではその誘導中枢が脳に存在すると仮説し、冬眠・休眠の神経経路・誘導因子特定を目指す。
著者
岡崎 龍太
出版者
電気通信大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

本課題の目的はポータブル環境において,聴覚を触覚刺激提示によって補助・向上させることである.最終年度である本年度は下に述べた2項目において,これまでの研究成果の取りまとめをおこなった.一つ目は,聴覚と触覚の知覚可能な周波数範囲の隔たりに着目した触覚提示手法である.触覚の知覚可能周波数範囲は0 Hzから高々1000 Hz程度であり,音波形をそのまま触覚提示に用いると,音周波数の上昇に伴って触覚刺激が消失する.この問題に対して,提示する振動を低音域にしぼって身体全体へ高強度で提示したり,音の高低を振動提示部位の高低に置き換えるなどの手法が提案されているが,提示振動の強度や範囲が制限されるモバイル端末においてはこのような提示は困難である.そこで本研究では提示する振動に対して,ピッチシフト処理を行い,オクターブ低い刺激を振動提示する手法を提案した.生成した振動を音楽と合わせて体験した際の主観的な音楽体験評価を行った結果,これまで振動提示が困難であった比較的周波数の高い音を含む音楽に対して提案手法を用いて触覚提示することで,音楽に対する主観的な評価が有意に向上することが明らかになった.二つ目は,全身体感音響装置のモバイル化を目的としたものである.従来の体感音響装置に共通の問題である装置の大きさ,重さ,拘束性といった問題を解決するため,ユーザの骨を介して身体の広範囲に振動を提示する手法を提案した.これまでに,鎖骨が最も簡便かつ効率よく振動を体内へ伝達可能であることを検証した.また提案手法と従来手法で用いられてきた部位に対して振動提示を行い,ユーザが主観的に知覚する振動の「心地よさ」および音楽コンテンツへの影響に関して検証を行った.その結果,提案手法は物理的にも主観的にも身体広範へ振動を伝搬可能であり,またそれによってユーザが知覚する主観的な音楽体験が向上することが明らかになった.
著者
渡邉 真代
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

昨年度に引き続き、ジャービル・ブン・ハイヤーンに帰される『探求の書』を収めたアラビア語写本の読解に取り組み、内容理解を深める場として、『探求の書』読書会を毎月開催した。『探求の書』第1章には、質料と形相の何であるかが記されている。その中身は基本的にアリストテレスの質料形相論を踏襲しているが、「形相すなわち運動」とする独自の形相論も展開されている。この特異な形相論の源泉は、『探求の書』第6章に見出された。第6章には、アフロディシアスのアレクサンドロスの著作を引用した箇所がある。引用の出典は「アレクサンドロスの論文」とだけ記され、その原典はこれまで特定されずにいた。しかしこの度、「形相が質料の内にいかにしてあるか」を主題とする箇所で引用されている「論文」が、アレクサンドロス『問題集』第1巻第17問のアラビア語訳である可能性に行き着いた。続いて、「運動の何であるか」を論じた箇所で引用される「論文」がD8と一致することを確認し(D8とは、[Dietrich (1964)] がアレクサンドロスのアラビア語作品に付した整理番号で8番目の作品を指す)、さらにD8が『問題集』第1巻第21問(=1.21)のアラビア語訳であると判断するに至った。ところが、1.21のアラビア語訳としては、既に別の作品D2が認知されている。D8とD2は異なる作品として数えられているものの、訳語の違いが見かけ上の差異をもたらしているだけであり、両者は同じ原典を持つ作品であると理解できる。特にD8では、1.21の内容理解において決定的な意味を持つ一文が誤訳されており、それが本来1.21には見出されない「形相すなわち運動」という思想を、D8の内に生み出す契機となっていた。以上の内容を口頭発表にて報告し、また、関連するアラビア語写本資料を求め、3月にはイランのテヘラン大学図書館、議会図書館にて写本データの収集を行った。
著者
西本 希呼
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究の目的は、言語研究の立場から、無文字社会における地域社会固有の"数学的概念"を、オーストロネシア語圏を中心に現地調査を行い、記述・分析することである。現時点では、マダガスカル、インドネシア、仏領ポリネシア、イースター島が提案者の主な現地調査の対象としている。2012年8月より約5ヶ月間、米国ハワイ大学マノア校言語学科に客員研究員として滞在し、当該専門分野の研究者との議論を通じて研鑽を積んだ。昨年度の仏領ポリネシアで行った現地調査で得た資料を整理し、成果の一部を、2012年6月インドネシアで開催された国際オーストロネシア言語学会で発表した。国際オーストロネシア言語学会では、当該分野で世界最先端を行く研究者が世界各国から集結し、学術的ネットワークの構築や情報交換の面でも大変有意義であった。マダガスカル語Tandroy方言の植物利用、色彩語彙、昔のお金の数え方等をまとめ、論文としてまとめた。また、ルルツ語(仏領ポリネシア・オーストラル諸島)に関しては、数の範疇の諸相について、研究ノートをまとめた。2013年3月に京都大学にて、海外から2名の研究者を招聘し、国際研究集会(International Meeting on Austronesian Languages and Cultures : Communication Between Linguists and Ecologists)を企画し、盛況に終わった。主催者として、予稿集の作成、パンフレットの作成、当日の司会進行、口頭発表を行った。本国際研究集会の主催経験は、若手研究者として大変学ぶところの多い良い体験であった。
著者
浅枝 隆 AMIRNIA SHAHRAM
出版者
埼玉大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-11-07

昨年度までに、シャジクモによる有害金属を除去することを目的に研究を行ってきており、マンガンが存在することで、ヒ素の取り込みが増加されること等を得てきた。ところが、その際に、シャジクモ自体にも大きなストレスがかかっていることが考えられ、本年度は、植物体におけるストレスの評価手法の研究に着手した。植物体に掛かるストレスに関しては、これまで光合成蛍光を用いる方法が一般的に用いられているが、これはチラコイド膜のPSIIにおける光エネルギーの吸収量を評価するものであり、必ずしも、他の組織に掛かるストレス全体を評価しているわけではない。そのため、ここでは、ストレスが負荷された際に、細胞内の様々な場所に生成される活性酸素そのものを評価することを考えた。ストレス負荷下で生成される活性酸素の多くはスパーオキシドであり、これは抗酸化酵素の働きで比較的安定な過酸化水素に変化する。そのため、過酸化水素量からストレス強度を評価することを考え、様々なストレス下で実験を行い、植物中に含まれる過酸化水素量を測定、ストレスの強度との関係を求めた。一般性を求めるために、ここでは様々な沈水植物を用いた。その結果、光ストレス、流速ストレス、有害金属ストレス、貧酸素ストレス等、様々なストレスに対し、実用的な範囲であれば、ストレス強度に対し過酸化水素量は、同一の種であれば時期等にかかわらず、ほぼ一定の増加関数で表されることが示された。また、多くの複数のストレスにおいて、全体の過酸化水素濃度は、個々のストレス強度で得られる過酸化水素濃度の和で表されることが得られた。これは過酸化水素濃度で、それぞれのストレス強度を個別に評価できる可能性を示したものであり、非常に有効な指標になる可能性が示された。
著者
由水 輝
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

1年度目に引き続きボローニャ大学の Ugo Dal Lago 氏, パリ第7大学の Claudia Faggian 氏, フランス CentraleSupelec の Benoit Valiron 氏と共同で研究を行い, 本研究の実施計画における中心概念である Geometry of Interaction の複数トークン機械意味論としての理論を更に拡張し, 再帰・高階関数に加えて種々の確率的分岐を含むようなプログラミング言語を解釈することに成功した. 特に研究計画において目標としていた量子的な分岐はこの枠組みに含まれている. この結果はプログラミング言語理論のトップ国際会議であるPOPL 2017に共著論文として採択された. また, 申請者はこの研究の途中経過に関してマルセイユで行われたJSPS日仏二国間プロジェクト CRECOGI のワークショップにおいて対外発表を行った.さらに, 逐次的計算だけでなく並行計算に対し同様の意味論を与えることを考え, Ugo Dal Lago 氏および申請者の所属研究室の修士課程学生である田中諒氏と共同研究を行った. 結果として, multiport interaction net (MIN) と呼ばれるクラスのグラフ書換え系の妥当な意味論を複数トークン機械によって与えることに成功した. 同グラフ書換え系は並行計算における標準的な計算モデルのひとつである π 計算を埋め込めることが知られており, この結果は理論的には複数トークン機械によって並行計算プログラム一般の意味論を与えられることを示すものである. この結果は共著論文として理論計算機科学分野のトップ国際会議である LICS 2017 に投稿し採択された. さらに同結果を用いてプロセス計算系に対し望ましい性質を保証する型システムの構成を与える研究も進行中である. この進行中の研究には multiport interaction net の基礎理論を整備したパリ第13大学の Damiano Mazza 氏も既に加わっており, 今後より一層の進展が大いに期待できるものである.
著者
宮廻 裕樹
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

本研究は,電子線により誘導されるナノ電場(バーチャル電極)を用いて分子間の静電相互作用などの分子間力を操作することにより,ソフトマターがつくる自己組織化構造を動的に誘導する制御インタフェースを構築することを目的としている.本年度は,人工脂質二重膜の流動性パターニングや相分離ドメイン構造の誘導への応用について研究を行った.DOPC(1,2-dioleoyl-sn-glycero-3-phosphocholine),DPPC(1,2-dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphocholine),コレステロールと蛍光標識された脂質を含む脂質二重膜を自発展開法によって厚さ100 nmの窒化ケイ素(SiN)膜上に形成し,SiN薄膜を介して加速電圧2.5 kVの電子線を間接的に照射したときの蛍光強度の変化を計測した.その結果,電子線の照射領域において蛍光強度の減少が見られ,電子線照射終了後には蛍光強度の急速な回復が見られた.これは,電子線による電場によってSiN薄膜の表面エネルギーが変化したことにより,脂質分子がSiN薄膜上から脱離したあと,照射領域外から脂質分子が再展開したためであると考えられる.さらに,蛍光強度の回復が見られたあとドメイン構造の成長が観察された.コレラ毒素Bサブユニットが特異的に吸着する糖脂質を混ぜて同様の実験をした結果,成長したドメイン構造においてコレラ毒素Bサブユニットの吸着量が多くなり,このドメイン構造が液体秩序相であることを示唆する結果が得られた.以上の結果から,人工脂質二重膜の流動性を電子線によるバーチャル電極により制御することで,人工脂質二重膜のドメイン構造を動的に誘導できることが実証された.開発された制御インタフェースは人工脂質二重膜を用いたデバイスのラピットプロトタイピングなどへ応用できると考えられる.
著者
嶋 秀明
出版者
横浜市立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究は新規粘膜ワクチンの創出を最終目的とし、ドラッグデリバリーの標的分子として腸管粘膜において抗原取り込みに特化したM細胞上に存在している事が示唆されているSIgA受容体の探索を行うものであった。初年度、次年度において、いくつかの試験方法を試みた結果、適切にSIgA受容体を探索することが困難であり、また、新たにM細胞上にはIgGと結合する分子の存在が示唆された。本研究が新規粘膜ワクチンの創出であるため、同時期に同定されたM細胞特異的な抗原取り込み受容体「GP2」を標的としたワクチン創出を行った。ビオチンと特異的に結合するストレプトアビジンと抗GP2抗体の可変領域を繋いだ融合タンパク質をドラッグデリバリーツールとして用いた。当該タンパク質をanti-GP2-SAと名付け、精製度やGP2に対する結合能、糞便中抗原特異的IgA量および誘導されたlgAによる感染防御の評価をマウス組織や、マウスに対する投与試験によって確認した。その結果、anti-GP2-SAは抗体の可変領域とストレプトアビジン領域を同時に持ち、GP2に対する結合能も損傷を受けていないことが示された。さらに、anti-GP2-SAをマウスに経口投与した結果、抗原特異的な分泌型IgAの力価が、対照群に比べ有意に増加している事が示された。抗原を異なるタンパク質、且つ、複数のタンパク質を同時に結合させたものを投与した場合においても、抗原特異的な糞便中IgAの力価が上昇している事が示された。新規粘膜ワクチンanti-GP2-SAによって誘導された抗原特異的なIgAは、致死性のSalmonellaを感染させた場合に、有意に生存率を上げることが出来ることが示された。また、生存率と誘導された糞便中IgA量との間には有意な相関があろうことが示唆された。なお、これらの結果をまとめた論文は英語論文誌へ投稿されている。本研究結果は、腸管に存在するM細胞を標的とした粘膜ワクチンが、これまで経口粘膜ワクチンが実用化されてこなかった原因となるいくつかの課題をクリアし、さらに、腸管免疫の研究をより詳細に解析することの出来る有用なシステムとなる。
著者
杉本 安寛 LIN Dongzhi
出版者
宮崎大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本研究の目的は、薬用植物から化学除草剤や殺菌剤の代替となる天然化合物を見出し、将来安全性の高い天然化合物による生物的除草剤・殺菌剤開発に関する基礎知見を得、省農薬農業技術確立に資することにある。これまでには以下の結果を得た。1.九州暖地に生育する多数の薬用植物を供試し、それらの植物体抽出液がレタスならびに水田雑草(ヒメタイムビエやコナギなど)の生育に及ぼす影響を検討したところ、強い抑制効果のあるリュウノヒゲ(Ophiopogon japonicusK)やドクダミ(Houttynia cordataT.)やビワ(Eriobotrya japonica)やカンナ(Canna generali)の4種薬用植物を見出した。2.リュウノヒゲに含まれる天然抑制物質の同定を行った結果、ρ-ヒドロキシ安息香酸、バニリン酸、シリンガ酸、シリングアルデヒド、シナピン酸およびサリチル酸の6種フェノール性物質が存在することが分かった。そのなかで、最も含量高い成分はサリチル酸であった。3.ドクダミに含まれる天然抑制化学物質の同定を試み、メチ-n-ノニルケトン、ラウリンアルデヒド、カプリンアルデヒドならびにクエルシトリンのような化合物の存在することが推測できた。そのなかで、最も抑制効果のある成分はメチ-n-ノニルケトンならびにカプリンアルデヒドであることが判明した。4.リュウノヒゲ(Ophiopogon japonicusK)やドクダミ(Houttynia cordataT.)やビワ(Eriobotrya japonica)やカンナ(Canna generali)の乾燥粉末を用いて実際の農業現場において、水田雑草がかなり抑制され、水稲の生育と収量に対する抑制作用はあまり見られなかった。